run rabbit junk day of the regained sky
「第二次海賊事件」って、世間じゃ言われてるが。俺とロブスタージンとの喧嘩の後、「海の家」は。
変わらなかった。案外と。一見しては、だが。いや、ある意味、一見して分かる変わり方以上に、酷く変わりつつあるのか?
正直、驚いたね。ありきたりの陰謀だったらここで、脅威論がぶたれ、軍備が増強され、取り締まりが強化され、ってところだろ?
「ざりざり・・・テロリストに対抗する為に、テロリストに備えて私たちが自由を失う事があっては、それはかえってテロリストに敗北したも同然・・・」
「ばばっ、ばざっ・・・私たちの社会は、私たちの社会の力だけで、テロリストを退ける事が出来ます。むしろ今こそ、自由を重んじ、改革を行うべきなのだと。このたびの事件は社会の貧困と閉塞にも原因があるのだと、言論の自由と福祉について自治当局は大幅な緩和を・・・」
政府は。これまでの企業の欲望の寄り合い所帯の顔を捨てて、あきれ返ったことに、聖人面と性善説で、社会の動揺を抑えにかかった。・・・それはそれで変化なのかもしれないが、すぐに何かが変わるってもんじゃない。
単に、もっともらしいきれいごとの希望が、ニンジンみたいに鼻先にぶら下げられただけだ。そういう宣言だの声明だの所信表明だの演説だのとかいう花が実際に実になるには忘れる程の時間が必要で、そして忘れた間に実は、花が綺麗なほどのもんじゃなくなってるのが当たり前の相場だ。
けれどそれでも、花見をすりゃあそれだけで大半の人間の心は浮つく。実際、見事なもんで、それで割と、ロブスタージンの暴れた証は、社会からぬぐい取られつつある。
これまでからすりゃ信じがたいことに、外部の人間の流入までもが、大分大っぴらになってきた様子だった。この閉鎖的な海の家も、いよいよ解放され、より平和で、平穏で、綺麗な町に再開発されるんだと。・・・まだまだ先の話らしいけどな。
実際に、何かが変わったわけじゃないんだ。ああ、一見しては、だな。
ただ、実際。目や耳や肌で感じるんじゃない部分が。・・・もっともらしい面をして、当然それが正しいんだ、単純で暴力的な現実とは違う、追い求めるべき理想なんだ、って面をして、取り囲んで、それに従わないやつは野蛮な暴力主義者なんだって、絡めとろうとする真綿が。絡んでくるのを感じていた。
・・・保険屋って稼業をしてたのが、運が良かったって言うべきか。あの大立ち回りのあと、俺たちゃ事実上の閑職扱いというか、腫れ物にどう触れたもんかと悩んで放置されたみたいになってたが・・・腫れ物でも体と繋がってる以上、血の巡りは感じ取れる。保険屋に言わせれば、まるで明るい方向に向かおうとしているように動いてる世間とは裏腹に・・・ここ最近、異常なまでに、「原因不明の死や殺しが増えてる」。それも、普通じゃ死なねえような、警察や裏社会の、名の知れたやつらがな。
そいつらは、それこそ、裏のやつなら知っている、という名だからといえばそれまでなんだが・・・奇妙なほどニュースにならなかった。おためごかしのベタ記事で処理されりゃあいいほう。まるで黙殺を決め込まれたように・・・報道されずに消えていく。
この真綿の縄、さらにたちが悪いのが、カンのいいやつしか感じ取れてないのか、それともカンのいいやつらでも、首にそいつがかかって締め上げられるまで気づけずにいるのか、それすらもわからないくらいに、静かだ、ってことだ。気づけば、通りは気味が悪いくらい静かで、顔馴染みの他の問題児どもがどうなったのか・・・伝わってこなくなってきてやがる。あいつらが、真綿に追われて身を隠してるのか、気づいていないのか、それとも・・・気がついたら、中まで綿の詰まったぬいぐるみに成り果てているのか、わかりゃしねえ。
ああ、大したもんだ。静かで見事なな手前ってもんだ・・・あいつらが暴れた理由が、貧困でも言論弾圧でもねえってことを、知ってる俺のことを、おためごかしのニュースの裏できっちり消しに来てんだからな。
路地裏に佇む俺の足元で、砕けかかった端末が、ひび割れた画面に受信したテレビ映像を浮かべ。塵の中で美辞麗句を歌っていた。・・・俺を襲ったやつが、こっちに意識を向けていることをカバーする偽装の為に見ていたものだ。
蹴り上げて、掴み。手持ちの旧式端末から回線を繋げて、二秒。地面に落として、踏み砕いた。吸い出せたデータは極小、手がかりになりそうなものは、ま、たぶん無いだろうな。
そんな隙のあるような雑な相手じゃないと、泡を上げて溶けていく襲撃者の残骸を一瞥する。無機質でのっぺりした、この島で出回ってる粗雑で鋼鉄の感触がむき出しの奴とは違う・・・こいつが持ってた最新型端末やコンピューターじみた、のっぺりとした硬い特殊素材で覆われた無貌の刺客を。
破れかけた上着の裾を引きちぎって、手首を止血する・・・ぎりぎり、一番やばい血管はやられてないが、えげつない程に精密で容赦のない狙い方だった。
踵を返して、俺はその場を去った。
俺たちのこれまでの日々は終わろうとしている。
この世界がよりよく変わっていく陰で。誰にも顧みられることもなく、誰にとっても何ほどの意味も無く。
ってか?
「・・・冗談じゃねえよ。」
煙草を食いしばって、俺は牙を剥いた。
ピンと耳が立って、部屋の中を確認する。・・・さすがに、時計屋の店や今までのアパートに、この状況でぼさっと屯しているわけにもいかねえんで、あの事件の後、すぐさま変えた住処。
前よりずっと海に近いが、窓から、懐かしい昔の住処がこの見通しの悪いごった返した町じゃ珍しい角度の奇跡で見える、センチメンタルな巣穴。
異常はない。聞きなれた幾つかの機械の作動音と、時計屋とクリオネの心臓音。エコーロケーションも、問題ない。
ほっとしながら、扉を開けた。
「よ。」
「よ、ってな・・・」
手を挙げて入った俺の、手首の止血の具合に、時計屋が、あきれかけて、あきれるのも途中でやめた。お互いどういう奴かってくらい、分かる付き合いだもんな。
「ばたばたしちまったが、そろそろ状況を整理したほうがいいみたいだな。」
「そうね。」
今更細かいことを指摘するよりは、先へ行こうか、そのほうがまだトヴァの最終的な傷の数が減る可能性があらあ、という程度には、今更言っても改善されないという、ダメダメな信頼性と共に、時計屋はクリオネを促した。
クリオネも承服する。姿を隠して移動するのに忙しく言えずにいた・・・彼女の知るこの島の真実を。
実際刺客まで現れたというのであれば。今更、言わずに巻き込まずに、なんて、出来っこないんだから。
それでも、もう少しちゃんとした手当てをする時計屋に、お願いね、というような視線を送って、クリオネは語り始めた。
「とにもかくにも、それじゃ、さ。前にも言った・・・あたしとあいつら海賊の正体と、この海の家の秘密。もう、本当に時間も無いから、かいつまんで話すよ。あたし達はね。最初あった時やってたような事とか・・・前回やったようなことを、本来もっと秘密裏に、やらされてたんだ。この島の、上のほうの連中にさ。」
情報のかく乱と、暗殺。それも、この島の統治機構による。
それは、今になって明らかになった、クリオネのほの暗い、もう一つの顔、裏の仕事。
「ロブスターの奴も、その一人。貴重だけど危険な、改造人間として、他の戦力じゃ殺せない奴相手の切り札として動いてた。・・・前にマシロが戦った、RD・グッドバッド。デスパー軍団残党、レーダーデスパー。あいつを動かしたのも、あたし達を動かしてたのと同じ奴らね。」
「懐かしい名前まで、まさか出てくるとはな。」
あの時、RDは言っていた。俺が毎度巻き起こす被害に耐えかねた偉いさんが、俺を殺して何とかするかどうかの賭けの為に、差し向けたってな。
やれやれ。随分昔から、島を裏から支配する連中に、大企業の幹部やら議員やらと並んで、危険分子として目ぇ付けられてたとは、高評価にありがたくって涙が出らぁ、と、俺は苦笑した。
「けれど、RDグッドバッド、あいつ自身の暗殺計画もあったの。依頼者の頭を覗いたように、危険すぎる男だったし・・・サイボーグエスパー相手だと、改造人間でもなきゃ歯が立たない。だからマシロにぶつけた。マシロが負けてたら、ロブスタージンに襲わせる積もりだったみたい。実際それやって、どっちが勝ったかは、分からないけど。」
「そいつは同感だな。」
最後の部分の言葉に俺は頷いた。RDとロブスター、性格もファイトスタイルも正反対だが・・・どっちも、同じくらい手強かった。
「けどよ。あいつを、か?確かに力は強いし、どうしようもなく趣味人で、問題児だが。あいつは俺と違って、馬鹿騒ぎはしてなかったぜ。」
クリオネのその言葉に、俺は少々以外に感じた。RDに俺を殺させようとした依頼人が俺に頼んだ話や、あいつ自身の発言からすりゃ、あくまで、自分達からムカつかせなきゃ唯の変わりものの賞金稼ぎで、機密の入った頭を覗き見することなんて、考えやしなかった。
毎度毎度騒ぎの中心に居るうえに、メフィスト関係の厄ネタを背負ってる俺と、同じ理由で狙うってのは変じゃねえのか、と。
「うん。RDや、私たちに、あいつらは、【この島を維持するため】といって、依頼をしていた。何処か一つの勢力が大きくなりすぎて島の支配構造が変わったりしないように適当にかき回したり、危険って判断された奴を殺したりするのはそのためだ、って。」
そして、そいつは、クリオネも同じ事を感じてた様子で。
「けれど、明らかに違ってた。実際には、島の支配構造は、次々変わっていったし。大きな事件を起こしても、無視されてる奴もいた。・・・そん中に、マシロがヤっちゃった奴も結構いたけど。マシロが動く前に指令をいくらでも出せたのに、出さなかった。」
「あくまで建前。そいつら、似て非なる奴を狙ってた、って訳か。」
「うん。私も・・・ロブスタージンも気づいた。あいつらが殺させてるのは、本当は違う。一つは、改造人間やサイボーグエスパーみたいな、特に強力な力を持つ一個人。それと、社会的には、実際の影響力や権力っていうより、単純な力や欲得で動かないやつ・・・狂気や信念や思想、とかで動く人。実際に何かしたとか、影響を与えたとかじゃなく、そういう奴らを潰すのが、多分一番の目標だった。私が告発したりなんかしてたのは、大半は目くらまし。事実、乱しはするけれど、完全にとどめを刺すまで追撃をするのは、殆ど無かった。そして、ロブスターは言っていた。そういう奴らを露わにすることで、それと戦おうとした奴らを、何度も殺した、って。」
そいつは・・・確かに、似ている。危険人物だという事も出来るし、社会を乱すとして抹殺する事も出来る、だが。
俺は喉元まで答えが出かかっているのを感じていた。そいつらが維持しているのは、この町じゃない。権力でもない。何かもっと・・・悍ましい何かだと。
「・・・だからいずれ、改造人間である自分は潰される。そう悟っていたから、ロブスタージンは暴れだした。時間をかけて、簡易改造人間のプラントを奪い、情報関係の担当者だったあたしを脅して、あたしたちが裏から情報を握って脅して組織の力にしていた有力者をかたっぱしから殺して。組織が維持しようとしているものが何なのかわからないけど、兎に角大規模な騒ぎを起こして全部ぶち壊して。あともう少しのタイミングで、島全体に無差別攻撃を仕掛けて、自分たちを操ってた連中を叩き潰す気でいた。」
その間に、クリオネの言葉は続いた。
「あたしを脅した条件だった、マシロを殺さず仲間に加えるって条件を。あのバカ、途中で本気であたしとマシロの仲に嫉妬して、あたしを欲しがって、マシロを殺そうとしかけたのが、結果的に運のつきだったわけだけど。」
成程、だから、クリオネは俺を助けるために俺を討ち。
俺はその一発で、エンジンがかかってアイツを討った、って訳だ。
「ありがとな。オレを、助けようとしてくれて。」
「それは、こっちのセリフよ、マシロ。アタシを自由にしてくれて、ありがとう。」
俺とクリオネは、笑いを交わした。
「っとに。この島じゃ見られねえような笑い方すんな、お前らさ。」
そんな俺たちを見て、時計屋が、ふと、という風に言った。
「俺の仕事は映画だ。この世に無いもんを映す。・・・お前らが俺の店をたまり場にするのを許してたのは。それが、お前らの笑顔が、この島じゃ無いもんだったからだ。お前らは、俺にとって、いい上映演目だったんだ。いつまでもロングラン上映しててもよかった、ってくらいにな。」
「時計、屋。」
そう言われると・・・いろいろな思いが、俺のサイズばかりは大きいが、うまい具合にこの感情をを表現できない胸の内に溜まった。
むずがゆいような、暖かいような気持だ。・・・こんな気持ちを感じられるようになったのが、思えば、俺の中断があるんで長いとも短いとも言えない人生の中では、割と最近なのかもしれないからな。
少なくとも・・・思えば、「ラビットジン」だったころには、さっき感じたような気持は感じる事がなかった。
「だから、この件、俺も手を貸す。今はまだこの笑いが、儚く感じられて仕方がねえ。・・・ロブスタージンの奴が、頚城を外し損ねたやつとの件を何とかしねえとな。ま・・・そうしねえともう巻き込まれてる俺もいつどうなるか分かったもんじゃねえってのもあるが。」
「・・・恩に着るぜ。」
時計屋の手を、俺は掴んだ。俺と違って、ただの人間の手。けれども、俺の手よりも、握り合った感触はがっちりと強く感じられた。
男と女だから、ってのもあるかもしれないが。ただの人間だからこそ、強く強く感じられた。
「さて、それじゃ、クリオネ。続きを話しちゃくれないか。」
そのあとで、俺はクリオネに言った。そいつらをぶっ飛ばすには・・・漠然と、どういう奴らなのかという予感はあるが・・・全部の情報を知らないと。
「・・・」
クリオネの奴、視線をそらしやがった。よりによってこの局面で。俺は、猛烈に嫌な予感がした。
「おいまさか。」
「い、いや、ある程度の情報はあるよ!?いくつかの情報の受け渡しポイントや、アドレス。それと、ロブスタージンの奴が調べてた、連中の兵器の情報!ある程度は手繰れると思う、けど、その、実は割と、完全な情報ってわけじゃ、その・・・」
「「おいおい」」
思わず俺と時計屋で声がハモった。冷や汗が伝ったな。こいつは、ちょっと・・・
knock!knock!
・・・ンな間抜けなタイミングのノック音に、俺は即座に銃口をドアに向けた。クリオネもだ。一拍遅れて、時計屋がノック音を囮にしての窓からの突入に備える。
「どうやら。」
そして、聞こえてきた声に、俺は耳を疑った。この俺が、一番の武器であるテメエの耳をだ。
「私からの説明も、必要なようだな。入れてくれるか?ラビットジン、稲葉アリス。」
「・・・誰?知ってる人、だよね。っていうか、今の、名前。」
俺の驚愕の表情を見て、クリオネが声を潜めて問うた。
ああ。昔、【クリオネと時計屋には教えた
】。俺の、昔の名前だ。
「アンタは。」
一度聞いた声を、俺は忘れない。声と結びつく姿も、脳内にありありと浮かぶ。だが。
「死んだんじゃ。大佐。」
彼女は死んだはずだ。俺たちの組織、「新たなる衝撃を与える者」の幹部の一人。大佐。
小柄だが女性的な体に、鞘走る寸前の刃のように片方を金の前髪で隠した鋭いアイスブルーの瞳、瞳の印象そのままの、鋭利で煌く美貌。
強く、鋭く、そのくせ組織に似合わぬ愛の深い女。
「お前が私に言うか?それを。」
紛れも無く同じ声音で、けど、昔よりは穏やかな声色で。大佐は俺をたしなめた。確かに、俺も黄泉還りの身だ。
「レンジの事、私の劣化コピー達の事。礼を言う。こちらの都合もあるが・・・その借りを返すためにも来た。」
俺はその言葉を、<強く>聴いた。細かい抑揚や緊張の有無を分析する。ラビットジンとしての機能。これまではまともに使えてなかったが、これからは、使いこなそうと出来るだけ努力することにした。
そしてその上で、俺としての経験を生かして分析する。
・・・自分の都合もある、と。そういったのは、それが真実だからか。嘘ならば、もっと安心させようとしてくる筈か。それとも、それを狙った真実味を増すための付け加えか。この場合は。どっちだ。
俺は振り返って、クリオネと時計屋に目配せをした。開けていいな、と。俺は大佐を信じた・・・二人は、俺を信じた。
「入ってくれ。」
鍵を外す。
「ああ。」
・・・入ってきた大佐は相変わらずの黒い軍服姿で、彼女自身の潔癖で清冽な気配が、辺りの空気を換えるようだった。
中央アジアの、明かりなんて全然無い高山の夜空。そこから星の無い部分を丁寧に選って切り取ったような、澄み切った黒。ガラにもなくそんな詩情を思った。
「昔の知り合いだ。俺が、昔所属していた組織の、幹部だった。」
「今は、別の組織の幹部を務めている。聞いたことは無いはずだ。<弁護者(バリスタス)>と言う。」
・・・確かに聞いたことが無い名前だった。三人とも同じ反応だ。そもそも、それ以前に。
「随分と、突拍子も脈絡も伏線も無く出てきたもんだな。これが小説なら、読者が困るぜ。」
「私たちの人生は私たちの人生だ。それに、【伏線は実はもう張ってあった】んだ。単に、お前の見えないところに張ってあったってだけで、此方は此方で戦ってたのだ。」
「そりゃあ伏線って言っていいのかよ、オイ。」
思わず俺は苦笑した。
「かまわんさ。『困るのは私たちじゃなく、私たちと敵対する人たちとかですから。まあ、「とか」に含まれる人については、少々無茶な驚かせ方をしてしまうのは申し訳ないですけど。』・・・この世界で手を貸してもらってる、風変わりなアンドロイドの娘はそう言っていた。お前には【籠の鳥】と言えば、たぶんわかってくれるはずだ、とも言っていたな。」
「アイツとつるんでたのか、いつの間にだよ。」
いつぞやの事件で出会った、不思議な影武者アンドロイド。随分元気に動いてくれてるんだな。
「ともあれ、かいつまんで話すぞ。そうしないことには、規模が大きすぎて。そうしてでも尚、信じろというのが難しい話だ。加えて言うとかいつまんでも尚長い上に・・・実を言うとあまり時間がない。ぼやぼやしていると、この島もろとも死ぬことになる。」
恐ろしく剣呑な末尾をくっつけて、一泊置くと、大佐は説明し始めた・・・んだが。
「だがサイボーグ、バイオテクノロジー、そして改造人間。これだけ色々ある世界だ。これもあるものなのだと、信じてもらわねば困る。最初に言おう。私達バリスタスは、複数の・・・平行世界あるいは次元界(レルム)とでもいうべき、数多の世界において戦っている。私が元いた世界、私とラビットジンがかつて「新たなる衝撃を与える者」として戦った時代からの直系の未来が、私達が主戦場としている世界で。」
・・・・・・・・・
「稲葉アリス。今お前がいるこの世界は、昔からの直系の元の世界から、途中で枝分かれしたパラレルワールドの次元界なのだ。そして私は、この次元界において『敵』の陰謀の一つが行われている事を察知し、主戦線に悪影響を齎す事を阻止する為に派遣された、という事になる」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ふむ、案の定凄い顔をしてるな。」
「俺の頭の出来栄えを呪えばいいのか俺の耳を疑えばいいのかアンタの正気を疑えばいいのか正直わからねえ。」
相当間を開けたからな。それに比例してアレな表情にはなってただろうよ。つか、ぶっ飛びすぎだろ、話が。
「こうなるとは思ってた。実際、こいつは我々の事情が大半で、お前たちはそこまで詳しく理解する必要はないし、お前たちの状況を何とかするための現実的な手段にはそこまで関係はない。そういえば、私の正気については一先ず保留してくれるか?」
実際私だってこんな事を説明する必要がある戦場に来るのは面倒だったんだが、お前とすぐ話せるのは、旧知の中の私くらいだったものでな・・・
そういう大佐の表情は、イカレた人間特有の確信が一切ない、困憊の塊みたいな感じだったんで。
「ああ、まあ・・・最後まで聞いてから判断するわ。」
そうは言ったが、まあ、信じられるだろう、とは感じた。クリオネと時計屋は、まだ半信半疑っぽかったが。
そんなこちらの意図を察してか、少しは安堵した様子で大佐は説明を再開した。
「分かった。ならば説明を続けよう。お前たちが触れ、私達が警戒しているこの世界の事実。それは、『この世界は、正義と悪と英雄を排する』ということだ。」
その内容は、中々こっちとしちゃ安堵出来るようなもんじゃなかったが。
「平行世界を巡る戦は、三つの方向性が戦っている。仮面ライダーたちのような個人個人の【正義】と、私やアリスお前のような世に逆らう【悪】と、そして、正義も悪も無く全てを冷たく掟で統一しようとしている【秩序】たちと。・・・三番目の者には、人の欲望による【搾取の秩序】と、神を騙る力と教義の徒による【天の秩序】がいるが、ある意味それらは表裏一体だ。前者が後者を標榜する事も、後者が前者を餌で飼う事もある。そして前者に次元を超える力はない・・・あくまでそれぞれの次元でそれぞれの【搾取の秩序】が動いているだけだ・・・ゆえに、この世界に影響を与えているのは、【天の秩序】だ。」
「この世界はいわば、【天の秩序】の実験場だ。【正義】や【悪】を掲げ、【秩序】に抗い己を通す、強い命のいない世界・・・全てが淡々と社会の範囲に収まり、犯罪者たちですら、社会の構造の一部の範囲として取り込まれる世界。本来の天の潔癖さからすれば妥協した、程よく腐敗した平穏を作るという実験の。だから、この閉鎖された島に、この世界の無秩序のほとんどが囲い込まれている。この島の外には、この島程の無秩序は殆ど存在しない。淡々と存在し続け、淡々と階層と貧富と腐敗を続ける、いわば現実的な世界がある。」
そこに、混沌を解き放つのは、おそらくそれなりに罪深い行為なのだろうが、私も、【悪】だからな、と、大佐は間に嘆息を挟んだが。
「混沌をこの島に囲い込んで、じわじわと殺していく。お前たちのような、はみ出した者たちを、押し込めて、存在しないように、外の世界に注目させないまま消していく算段と言うわけだ。」
こんな妥協した閉鎖的小世界を【天の秩序】がわざわざ作ろうとしたのは・・・万が一の敗北の時に備えてのシェルターか。おそらくは、それだけじゃない、この世界そのものを一種の力に変える切り札を作るためかもしれないと、我々は推察しているが。もしそうであれば、最悪この平行世界はまるごと生け贄めいて使い潰され消滅する危険性すらあるが、まあ、事態がそこまで進むまでにはお前たちの命運が先につきるだろうから、ある意味で関係のないこと、自分達の窮地を砕くことに意識を集中することだ。いずれにせよ、まだ完成はしていない。まだこの世界の運命は決まっていない。
そう、自分自身の側の戦況に関して分析しながら、大佐は言った。
「ロブスタージンの行動が、結果として最終段階に移行するための引き金を引いた、というところだろう。この世界を一気に灰色にするという、海の家の真の支配者のな。・・・説明しておいて何だが、カートゥーンじみた陰謀論と言えばいえる。だが、私もお前も、悪の秘密結社の改造人間だ。そういう要素が存在する、生きた証拠だ。そして、そのカートゥーンじみた陰謀論が、この世界からカートゥーンじみた要素をすべて消そうとしている。文字通り、な。」
「・・・むざむざと潰されるか、それとも抗うか。要するにアンタは、敵の居場所を知っている。それを俺に教える。俺がそれを叩くことが、俺らの生存の為にもなるし、アンタの為にもなる。あんたの背負っている背景は驚くほどバカでかいが、こっちにゃそこまで関係はないんで、理解はしなくていい。そういう事だな?」
念を押すかのような、文字通り、という言葉に、途方もない重さを直感的に感じながらも、それを払うようにざっくりと切った俺の要約は、どうやら正解だったようだ。大佐が笑った。
「ああ、そういう事だ。・・・おそらくは、お前をメフィストがここに連れてきたのは、そのためでもあるのだろうな。だが・・・私とて全てを知っている訳じゃない。これは大きな節目だ。それだけだ。全ての終わりじゃないさ。メフィストの謎は、お前が解くことだ。」
「あァ。死んでる暇はねえな。」
大佐の笑顔は、昔に比べて、物凄く穏やかで優しい。謎はまだある、お前の人生はまだ続くのだと、言ってくれた。
大佐は大佐で、山ほどの出来事を超えて、だいぶ変わったようだった。随分と・・・いい方に。そう思える笑顔だった。
「データを転送する。」
そう言うと大佐は、片腕だけ変身させて・・・鋭い爪の生えた鋼の昆虫じみたそこから、コードが伸びて俺のボール型端末に突き刺さってデータを渡し始めた。
「中を見たら分かると思うが、この状態の「根源」を倒すということは、この島を出ることと同義だ。」
「・・・こいつぁ。」
そいつを見る俺は、否が応にもにも納得させられた。時間がないから、ディスプレイで転送と同時に、概略はクリオネと時計屋も流し見したが、二人とも、さすがにあまりのコトのでかさに、血の気が少しひいた様子だった。
データ転送のわずかの間、大佐は語った。
「海の家に外の人間を入りやすくさせたのも、これを・・・中の人間を外に出さなくしたことを隠すための、罠だったの?」
「そうだ。密やかな死の増加はそちらでも気づいていたようだが。入りやすくなるのと平行して、入った者が出るのは自在だが、もとから島にいた者が島から出ることが不可能レベルに設備や指示が整いつつあることは、流石に気づけなかったようだな。一見すれば、入って出る者の量が加わるので、島から出る人間の量自体はそう変わらない。・・・島の人間に影響を桁ようなやつは、そちらでも感づいていた、増加した死者の仲間入りをさせていたようだが。」
「・・・本当にやるってのか。海の家ごと、全部、普通のやつらや、やつらが標的にする程度じゃない悪党や善人もろとも、連中が警戒するやつらを殺すために、島ごと、吹っ飛ばすって?」
「そうだ。ここまでの殺しは、事前にそれに抵抗する可能性の高いものを少しでも削る、念のための小細工に過ぎん。」
「・・・しかもどっちみち、陰謀を阻止しても、島民全員この島から脱出しなきゃダメって・・・俺たちゃモーゼじゃねえんだぜ?んなエクソダスの指示なんざできる立場じゃねえぞ、おい。」
「お前たちの友達には、もうある程度話を通した。それに、首尾よくやれば、決戦場を除く島全体の崩壊は、数日がかりのゆっくりしたものになる。全体を一度に崩壊させる機構を潰せば、表向き自爆させるつもりだと言えないからこそつけられた、メガフロートの安全機構が全て作動するからな。だからお前達は、最初の声をあげればそれですむ。」
俺たちの質問と、大佐の回答。やりとりが、終わる。データの転送が、終わる。そして。
「そして、私にも残念ながら時間はない。【私達の事情】のほうも、戦況が逼迫している。お前と一緒には行けない。この転送が終わったら、すぐ発たないといかんのだ。出来る事といえば・・・」
大佐は、クリオネと時計屋を見た。刃のような眼が、二人の決意を撫でた。
「アリスには、ある程度の装備を持ってきた【籠の鳥】いわく、【石野 卓球】に用立てて貰ったものだそうだ。そして、お前たちには。」
「は、はいっ。」
「おう・・・。」
軍事指導者としての眼差しに、大佐の視線が変わった。
私のアリスをお前たちに預ける、その信頼ができた、というように。
その思いに、思わず兵卒のように背筋が伸びるクリオネと時計屋。
「命令じゃない、ちょっとした入れ知恵だ。・・・私の古い友人を頼む。」
これまでも、ここから先も。これはあくまで、お前たちの物語なのだからな、と、それに対し大佐は笑った。
そうして、大佐はその場を後にした。念のため扉を開けて見回したが、魔法のように消えていた。
その、直後。
ドーーーーン・・・!!
「・・・おいおい、大佐。そっちの想定よりも随分と速いじゃねえか。」
遠くから響き渡る、城壁が天から落ちてきて地面に突き刺さったような轟音と、一斉に騒ぎ出す街の空気。
大佐から、こっちが動いたことに対して今後敵が撃つ手の可能性として言及されていた、市街の完全閉鎖と、これ以上後先をかまう必要がなくなったことによる、自爆までの間のより直接的な武力行使。
連中の耳も相当いいのか・・・早くも、もう一度、そして多分最後、この町はまた戦場になっちまった。
「いくぜ。」
そう声をかけて、俺は立ち上がった。
・・・『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は中盤で去った。この先の結末は、俺たちの戦い次第ってわけだな。
俺は卓球の贈り物・・・グローブをとブーツを両手両足に嵌めて、バイクのエンジンを鳴らした。どっちも黒く光る頑丈な炎のような、矛盾した印象だ。このグローブとブーツは、バイクのキーであり、端末。俺とこのバイクを結びつける、んだそうな。日ごろろくすっぽ説明書は読まないが、肌に刻むように覚え込んだ。
隣には小さくかわいい、フィアットのエンジン音。
「マシロ!」
筋書は簡単だ。俺もクリオネと時計屋も、知らせを振りまきながら突っ走る。俺が突っ込んで、敵を倒す。時計屋とクリオネは、俺がやり遂げることを信じて、足を奪って・・・自爆装置の上に陣取る敵を粉砕して、吹っ飛ぶ敵陣から俺を救出する。
「助けに来てくれよ。俺は、兎ちゃんだからな。一人じゃ寂しくてかなわねえ。騎兵隊が入用だ。」
フィアットの窓から顔を出したクリオネに俺はそう答える。今度は俺が旅立って、お前が追いかける。山ほど心配させたんだ、このくらいしてもいいだろ?
必死になって、生き残ってくれや。
・・・それだけで終わる積もりだったんだが、不意に、言葉が唇をついて出た。今見渡した、これで最後のこの街の視界。雑多な喧騒の音のせいで。
そしてそれが、半分は俺の、半分はロブスタージンのせいかもしれないが、もう少しの間に失われることを知ったせいで、感傷的になったのかもしれなかった。
俺やその同類を排除しようとしたこの街の【秩序】が、この島の全てを見下ろす監獄の支配者が、引き金に指をかけた。
俺と、俺の同類を全部無かったことにして、この街を海で塗り潰し、この世界を、この島から煌きを抜いた後のようなしみったれた灰色で塗り潰すために。この街のそうじゃない色を潰しにかかるから。
だから俺は、誓約を詠うように呟いていた。
「俺を見ろ。臆病兎は、半分は死んだままで、半分だけ生き返ってた。目の前の世界にもう一度本気になることを怖がってた。」
(・・・なあ、仮面ライダー。アンタには、戦う理由があるんだよな・・・あたしには、なかった。でもさ・・・見つけたんだ、それを。)
俺は、もう一度生まれる前は、迷い人で、敗残者で。誰も守れなかった。
もう一度生まれてからも、多くのものが無くなっていく日々をすごしてきた。
「いつか覚める夢だと思い込もうとしてた。だがもう分かった、こいつは夢じゃないし覚めやしない。」
(だけどよ、生きているんだ。生きていたいんだ。世界は・・・人間の世界では、あいつ等は、そして俺は、生きていけない。そもそも生きて居ちゃいけねえんだろう。でも、生きていたいと願うことはやめられない。)
それでも。譲れないものも、忘れられないものも、守りたいものも・・・死ぬ訳には行かないくらい愛しい者達は、あっという間に出来ちまった。
俺を含めて、みんなみんな危ないくそったれでも、そいつぁ変わらない。
「俺は生きていたし、生きている。これまでもこれからも・・・だから、俺は本当に生きていたんだってことを、示して、戻ってくる。」
(ああ、そうさ。仮面ライダー、あんたを殺し・・・これからも戦い殺し続ける理由だ。)
いや・・・
(馬鹿だ、俺・・・今初めて、死にたくないなって、思っ・・・)
馬鹿じゃねえな。大馬鹿だな、俺は。ああ、今頃思い出した。死にたくない。ってえか、死ぬわけにはいかねえ!
成る程、あん時仮面ライダーに負けた理由が分かったよ。あいつは、死にたくなかったんだ。死ぬわけにはいかなかったんだ。死んじまったら、助けられねえ、守れねえ、愛せねえ!
逆に言えば・・・
「行ってくるだけじゃダメだよ、って言おうと思ってたのに。」
「劇場支配人曰く。まだまだロングラン上映の予定なんだとさ。」
「ああ、そうだともよ。」
不安の涙をぬぐい捨てて、クリオネが笑った。ソレに対する俺の軽口をかみ締めるように、時計屋も笑った。
これから大戦だってのに、なんて奴らだよ。俺と一緒に、清清しく笑ってやがる。
ああ、確信した。
「稲葉アリス、ラビットジン!トヴァ・マシロ・・・」
日々が終わる・・・だけど旅は終わらない。俺がタフでいたいって思える、優しくはないが愛しい旅路は。
じゃっ!と、片手の親指で両目の下を鼻筋を横切るようになぞり、バイクのエンジンをふかした。掌とバイクに仕込まれた機構が作動し、ウォーペイントのように塗布された不完全なナノマシンが、兎の耳が立つのと同時に、兎の目のような赤い赤いホログラム・フェイスガードを浮かび上がらせて目元を覆った。
この世界最後のマッドサイエンティストが作ったって触れ込みの戦闘バイク・・・今名前を付けた。こいつは「ヴォーパル」、アリスの幻想に出てくる竜殺の剣。こいつと俺を接続し、円卓の騎士すら殺せるって触れ込みの・・・首刈り兎の仮面ライダーとして俺を再定義する。
ああ、そうだとも。
死ぬわけには行かない理由を知った。仮面ライダーが仮面ライダーになる理由を。だから、今の俺は・・・!
「仮面ライダージャンプ、行くぜぇっ!!(Run,Rider
Jump!!)」
【俺=仮面ライダージャンプ】は叫び、アクセルを踏み、俺はまた、走り始めた。
「っ・・・行けぇっ、【仮面ライダージャンプ】!あたしも、すぐ行くから!」
「ああ、こいつぁ素敵だ!俺の映画館も、満席確定だぜ!」
・・・愛すべき馬鹿野郎二人の声援を背に受けて、な。
ヴォ―パルのエンジン音が・・・厳密に言えばガソリンエンジンじゃないらしいが、少なくとも音は似通っていた・・・戦の咆哮を上げる。
エンジンの燃焼音が、魂の鼓動と響き合う。・・・いつかも、こんな風に走った。あんときは、苦い結末が待っていたが、今こうして、似合わない仮面ライダーの名と姿をひっさげた時の、感覚がかすかに見えていた。
また同じように、もう一度走る今だって、恐れはしない。
「」
「」
「」
「来やがったか!!」
流石に大佐の予想より早く動くだけの事はある。早速、路地路地から影が染み出すように湧き出てきた。あの、【無貌の刺客】が、何体も。相変わらず、不気味なまでのサイレント。カメレオンかヤモリのように闇に紛れて、声一つ無く。
前回は、一体相手でも、紙一重だった。乱暴な手当てが施されただけの傷跡が、じくりと疼く。だけど。
きゅうっ、ひゅっ!
どれだけ口をつぐんでも、空気を切って動く音は響く。例え音より早く動いて、自分が風を切る音を追い越そうとしても、動き始める前の体内の力の動きで派生する準備音はする。一歩踏み出す前の足の裏と地面の摩擦音もだ。
三方から襲い掛かる【無貌の刺客】。あいつらの手足は、受けても受けきれない、複雑な分子構造の鑢めいた刃だ。だから前回も、動きは「聞こえて」たけど、手傷を負った。
けれど、今なら!
「っらぁっ!!」
「」「」「」CRAAAAAAAAAAAAAASH!!
バイクのハンドルから片手を離し、一体目の手を絡めとる・・・仮面ライダーを名乗れる新品のグローブが、刃を防いだ。バイクのキーを兼ね、バイクのエネルギーを蓄積し、そいつを動力とする外部動力式の不完全なナノマシンを駆動し、グローブ自身と、それに接するものを強化するという、結構な玩具だ。IV放送されたら、グッズはこれか?・・・・いやさ、俺みたいな不道徳な奴がTV放送出来てたまるかっての!
そのまま、バイクを旋回させながら腕を打ち振った。かかる遠心力を改造人間の肩筋力で耐えて・・・二体目に向けて一体目を投擲。将棋倒しになったマネキンのようにもつれあった瞬間、お互いの手足の鑢でテメエら自身をバラバラに解体しながらすっ飛んで行った。
だんっ!VAUUUUU!
そのまま、地面を蹴って微調整しつつ、エンジンを全開。三体目を吹っ飛ばす。ぶち当たって砕き、路肩に倒れたところを車輪で踏みつぶして前進する。
尚も、前途にゆらゆらと、影のように沸いてくる。
けれども。
「負けねぇよっ!!」
力と防御力の不足をある程度補える。貰いもんまで貰ったんだ。今更苦戦してられるかってんだっ!!
俺は高らかとエンジンを鳴らした。急がねえと。何故かってえとな・・・!
「そこっ!させるかよぉっ!!」
前輪で一体引きつぶし、その隣にいたもう一体の首を逆水平チョップで飛ばすのももどかしく、俺は相棒の六連発を引き抜いて連射した。ただの高振動対サイボーグ弾なんぞじゃ、こいつら【無貌の刺客】は撃ち抜けないが、グローブのエネルギー付加は、有難い事に銃弾にまで作用する。
とはいえ、昔よりもキチンと当たるようになったのは・・・出会いと別れと、その思い出を抱えて今まで生き抜いてきたお蔭だ。
「おい、そこのお前!これからもうちょい大規模に知れ渡ると思うが、この島、これから崩れるぞ!湾岸部の防壁は撤去させるから、手持ちの船がありゃ船で、なきゃ湾岸のシェルターポッドに乗り込・・・って、お前!!」
「はあっ、畜生、死ぬかと、一体こいつらぁなん・・・あ?」
「【ケロちゃん】じゃねえか!?」
「・・・ちょっと見ない間に、カートゥーン・コスプレでも始めたのか?・・・・いや、元からか」
とりあえず、人の恰好見てんなことぬかした後、頭の上の兎耳を見てそういえる程度にゃ、元気みてえだけど。
「うっせい!?色々事情と因縁と唐突な出来事があったんだよ!?気が付いたらいなくなってたオマエに今更驚かれたかねえや!」
冷蔵庫事件の時に協力したっきり、事件が終わったら姿を消してた男との再会に、仰天した俺だが、ケロちゃんもまあ、そりゃ驚いただろうな。
「というか、お前何してこうして襲われてんだよ!」
「色々あったんだよ、ヴ―ドゥー冷蔵庫事件だけじゃなく、かき氷器事件とか燻製器事件とか漬物壺事件とか・・・」
「何ソレ」
一瞬素の表情になる俺。いや、無理もねえだろ。
「まあともあれ、一言じゃ語りつくせねえ、今聞いてる暇はねえ話だってのは分かった。ここで別れてまた会って話を聞けるかはわからねえが・・・」
ぐいと顔をあげて、おれは行く先を、この島の中枢にしてこの島一の高所、『ヤコブの梯子』を睨んだ。・・・あの偉そうな高みの天辺まで、いかにゃならねえ。
「少なくとも、生きてこの島を出なきゃ、機会はゼロだ。そういうわけで、行ってくるぜ、ケロちゃん。またぞろ妖怪退治だ。今度の妖怪は前のより強いが、前のよりかわいそうじゃねえ。だから一人で、思う存分やってくるさ。俺が盛大に暴れてひきつけるから、うまく隠れて進むんだぞ!」
・・・ケロ、と呼ばれた男は、敢然と挑むマシロを、驚きと懐かしさの入り混じったような表情で見上げた。
スラップスティックの笑みを浮かべながら、まるでボロボロの鞘から錆一つ無い本身を抜いたような眼差しのマシロに。
近所の野良犬がドラゴンに変身して飛んで行ったような唖然と、見染めた相手がやっぱり本物だったか、という入り混じった感動を抱いて・・・
「・・・大体わかったことにしておくよ!冷蔵庫とかき氷器と燻製器と漬物壺にかけてな!お前さんからすりゃ黙って消えるプロのこっちを信じてろ!とはいえ、後から大規模に知らせるっての、忘れるなよ!?」
そういって、俺が再び駆け出すと同時に、「ケロちゃん」も走り出した。
「くそっ、一体何の騒ぎだよ・・・海賊事件は終わった筈なのに!っ、『落ち着いて!落ち着いてください!現在、道路が大変混雑しています!一旦、車両から降りてくださいっ!』・・・くそっ!」
突然の巨大な壁の出現と、何かが動き回っている得も言われぬ予感と噂に、混乱しかける群衆にメガホンで怒鳴り。
中々効果が出ない中、いったんスイッチを切り、未確認テロの情報もあるってのにっ、と呻く、少年としか見えない、若いにも過ぎる警察官。
「世界の終わりだー!ひゃっはぶへえっ!?」
「・・・嫌な予感しかしないが。手をこまねいても、いられない。・・・さ、こちらへ」
その傍らにあり、鎧の籠手のような機械の義手で、大混乱の中で興奮して暴れだそうとしたジャンキーをしばき倒し、もみくちゃになりそうな人を助け出している長身の女性警官。
【仔犬】と【籠手】。マシロにとっては古い顔なじみの警察コンビだ。
正確には、古い顔なじみの中で、血気に逸る【仔犬】を【籠手】が抑える形でとはいえ、会話が出来る仲、というべきか。大半の警官に古くから顔を知られているが、その大半から蛇蝎のように嫌われているというべきか。兎だってのに。
「あわわわ、け、検問!?な、なにも悪い事してねえよ、もう!?悪い事すると兎の血反吐に呪われるのはもう沢山だから!?」
白い車に乗った男が、勘違いして悲鳴を上げた。
「兎の?・・・アイツに絡んじゃったのか、お前。・・・ある意味トラブルメーカーだが、教訓製造機でもあるのか?」
その怯えっぷりに獰猛兎(マシロ)の顔を思い出して、頭痛を堪える【仔犬】。
「こらぁっ、お前らぁ!」
「・・・もっと大きい頭痛が来たようだぞ。」
その後ろからかかる濁声に、今度は【籠手】が顔を顰めた。現れたのは、少しだけ階級が上、という程度の上司。程度ではあるが、上司といえば上司だ。
「貴様ら、待機命令が来てるのを放って・・・」
「この混乱を放っておいてるのは警察(ぼくたち)じゃないですかっ!」
謎めいた、けれど、上に従う事が法律のこの島の警察官にとっちゃ、考えずに従うべき待機命令を、見るに見かねて現場に出てしまった二人に、濁声を張り上げて叱りつける警官。
少し前までは同僚だったのが、二人が熱心過ぎるせいで、考えずに従うから上司になれたが、なったらなったで、下になったやつの行動の責任で降格しないか、不安で不安で仕方がないという、貪欲で不幸な面だ。
それ故に、思わず【仔犬】が跳ねっかえり、それに上司がますます恫喝めいた言葉を発そうとした、丁度その時。
どがん!
「!?」
「けけけけけ、警察署がああっ!?」
爆発音。立ち上る炎と煙。【籠手】と【仔犬】が咄嗟に周囲を警戒し、棒立ちの上司が絶叫した。爆発が立ち上ったのは、間違いなく彼らの拠点である警察署のあたりだ。
上司の叫びが、周囲の混乱を一気に爆発させそうになったタイミングで・・・
「おい、警戒は立派だが、俺は撃つなよっ・・・!着地するぜっ!!」
俺は警察署からジャンプして、そう叫びながらそこに着地した。・・・さすがに、【籠手】や【仔犬】に撃たれる事はなかった。今撃たれるのは、色々まずいからな。何しろ・・・
「マシロ、それは・・・!?」
「悪い、自分で動ける奴らは勝手に逃げてもらった。負傷者はこいつらだけだ。預かってくれ。」
改造人間の怪力とバイク・ヴォ―パルの積載量を生かして強引に抱え込んでいた警官数人を、どさどさと落とす。
「まままマシロてめえ!?まさか警察署にカチコミを」
「だったらとっくに全員ヤってるし、上から落ちる時にもう一人潰してんよ。てめえの事をな!」
いつも俺と顔を合わせるたびにぐだぐだ嫌味や悪口や敵意をぶつけてきただけのてめーが、いつの間にか出世してんのと同様、こっちも色々あったんだよ。
そう格好に相応しからぬ口を叩きながら、俺はかまわず二人に向き直った。
「警察署が爆発したのは、『警察官の中で狙う相手』を殺そうとした奴らの仕業だ。俺はそいつらとやりあっただけ。」
「奴ら?」
「・・・なけなしの海辺に景観最悪の壁おったてて、見えないところで人殺しまくってる奴らさ。そして、何で俺がここに来たかってえと・・・」
耳を動かし、俺は言った。
「お前ら二人も狙われてっからさ!」
そして行った!
近くのビルの屋上から、飛びかかって黒い影、二!幸い、【籠手】と【仔犬】も、殺しが起きてる事は把握していたらしく、はっとなるが、しかしそれよりも尚早い!
「させるか、っての!」
即応するためにヴォ―パルを一旦置いて跳躍。空中で対峙…そのころには、空気を割く音から相手の姿を聞き取って、俺は気を引き締めた。ここまで相手した連中と違う。蜘蛛のように手足がひょろ長くて、ひょろ長い手足の間に、今も小刻みに伸縮出し入れさせて落下軌道を制御している、出し入れ可能伸縮自在の被膜、蜘蛛と蝙蝠を足したような異形!
「」
「らぁっ!」
空中で激突。突き出されてくる長い手を受け止める。だが、前と同じように絡めとるにはその腕は長すぎる。けど、上等!
掴んだ手から、高振動エッジを展開。誂えのグローブは丁度良いスリットを作って刃を振り出させながら、刃自体にエネルギーをエンチャントし、威力を倍増。小気味よく、【無貌】の手足を切り裂いた。
反対側の腕が突き出されてくるのをかわし、相手が蹴りに切り替える前に、その胸を蹴り潰す。その反動で再跳躍!
「このっ!」
「喰らえ!」
もう1体は、【仔犬】の銃と、【籠手】が手にしていた、混乱で発生した小競り合いでついでに摘発した犯罪者が持っていた手榴弾を投げつけていた。【仔犬】は以前の失敗を元に銃をカスタマイズし、【籠手】のサイバーアームから投擲された手榴弾も、そのスピードは人間なら速度だけでやれそうなものだったが。
「」
地面に長足を撓ませて着地した【無貌】はそれに構わず、通常タイプのそれと同じく鑢じみた刃になってる長腕を撓らせて、薙ぎ払おうとしていた。最初に倒した通常タイプより、頑丈さも上がってやがる、実際、さっきの蹴りもブーツにもエネルギーを込めてなきゃやれてなかった!
「「っ!!?」」
「させるかっっつったろぉがぁ!!」
どがんっ!
そこに、俺が落ちた。無視すんじゃねえと蟲じみた相手に怒鳴りながら、一匹目を蹴った反動と重力と体重を乗せてエネルギーをエンチャントしたストンピングでへし折り、拳を腰を落とした状態の居合みたいに抜いて、ブレードでもがく腕を払った。
「大層硬いが、ヤれない相手じゃねえ。もう少し、いい武器を急いで準備しな。・・・この毒蟲どもとその飼い主はてめえらが殺したい相手を好きに殺すつもりだ。確実にヤるために、島もろともな。」
踏んだ相手が潰れ死んだのを確認しながら体を起こしつつ、俺は手短に言った。実際、説明は得意じゃねえんだ。
「なんっ、お前、何を」
「・・・何をすればいい。お前も、何かする気だろう。」
上司がわめくのに対し、【仔犬】が鋭く聞いた。昔はこいつも、急な事に慌てるときゃんきゃんしたもんだが、流石に育ったもんだ。
「・・・バカ騒ぎの中枢をつぶしに行く。そうすりゃ、島ごと殺されずには済む。ただ、どっちにしろ島はがたがたになるから、脱出はしなくちゃダメだ。バカ騒ぎの中枢を潰しゃ、壁は外せる。そこまでの避難誘導頼むぜ、警察さん。」
「・・・変わり者だと思っていたが。いつから正義のヒーロー等に転職した?」
【籠手】が、そういう割には、案外驚いた風でもない口調で尋ねた。まあ、もともと実際俺は、やっぱり変わり者だったからなあ。
今更少々のイメチェンじゃ、驚いてもらえないか?
・・・この島にやってきての、大騒ぎ、乱痴気騒ぎ、七転八倒、負傷、留置所入り、巻き起こした事件の数々、ぶっ壊した物の数々を思う。
馴染んでたんだな、まったくもう。
「別に転職したつもりはねえよ。俺は相変わらず俺さ。今はこういうことをする気分だ、ってだけさ。」
「・・・いつまで警察官でいられるかどうかはわからないけど。終わった時にまだこういう関係だったら、事情聴取はするからな。」
「おう、よ!」
びっ、と、軽く敬礼の真似事をして、俺はヴォ―パルにも一度にまたがった。俺の耳が確かなら、ここにも警察署から脱出した連中の仲間は来る。さすがにこの事件山盛りの島で生き延びてきた連中だけあって、もう少しましな装備を持ち出してるから、そいつら自体は大したことなくても、あの二人にその装備が加われば、けりがつくまでの時間は救助活動をしても耐えるはずだ。
裏っかえせば、連中が耐えてるうちに蹴りをつけなきゃならねえってことだ。
ヴロオオオオオン!!
「・・・マシロ・トヴァ」
・・・エンジン音に紛れても聞き逃さなかった、背中からかかった顔なじみ二人の声は、ムズがゆい事に敬礼の気配と一緒だった。
同時。
『海の家の皆さん、恥ずかしながら、帰ってまいりました!レディオ・クリオネ・ラジオ特別版っ!!ガセのようでガセじゃない、マジもんの緊急事態!統計学的な以上とさる筋からの垂れ込みと実体験と・・・とにかく、証拠ありの厄ネタ!海の家、最後の日だよぉっ!いい、よっくきいて、落ち着いて行動してねっ!』
海賊放送時代のもののうち辛うじて自分だけのものとして隠匿して残っていたバックドアと、移動しながら次々つないでいる新しいアクセスポイントから、得た情報を流しつつフィアットを飛ばす時計屋・クリオネ。
今やこの声は、島中に鳴り響いている・・・陰謀を宣べ伝え、生きろと告げる声。この町に生きていた、ごくありふれたダメ人間たちの一人が、モーゼを演じる必死の奇跡。それは、逆探知されれば、即座に【無貌】を招きかねないから・・・
「子猫チャンたちに、感謝だぜ、本当!!」
自分たちを助けてくれた人が、仕えているその人の本来の主に図って、隠ぺいしてくれた内外のアドレスです、と。この広い街の裏と隙間を走る小動物のように誰にも目につかず・・・データをメモした紙を手渡しするという離れ業で監視システムの裏をかいた猫種の獣人の少年と少女・・・初めて会った、おろおろしていた時よりは随分と成長していた・・・に感謝しながら、時計屋は必死にコンピュータをいじり、接続を維持し続ける。
「っ、えと、次はこっちね!」
ひとしきりラジオに吹き込み終えてリピートモードにし終えたクリオネが、息をつきながらハンドルを回す。
マシロが赴くのは、『ヤコブの梯子』の天辺。あの巨大建造物自体が、作動する事によってこの【海の家】の中枢を衝き砕き、一撃で瓦解させる巨大な杭打機も兼ねているとは。それを阻止する為に、マシロは杭そのものを砕き、打つ事無く自壊させる。・・・崩れる杭のその天辺で。
幾らマシロが兎だからって、跳ぶ事は出来ても飛ぶ事は出来やしない。翼がいる。それも、島を脱出するだけ飛べる翼が。湾岸区画で船に交じって停泊している飛行艇が!
「頼んだわよ、ヤオ。アンタが敬愛してる先輩さんの為なんだから・・・!!」
この抜け道は、昔マシロが警察に勤めていたころ知り合って、珍しくもマシロが警察をやめてからも付き合いを続けてくれた警官が教えてくれたものだそうだ。幸い、今じゃ本国に帰って探偵をやっており、今避難に気を使う必要はないわけだが。
その情報はここまでは正確でそれに助けられてきた、これからもそうでなければ、という思いが、思わず口をついて出る!
「よし、放送データはこれで、『海の家』のネット自体が崩れるまでそんなかを自動して手あたり次第繋がってるスピーカーから出力を続ける!あとは、こっちの出口だな・・・!」
一難去ってまた一難。時計屋は即座に仕事を切り替える。港湾の近くに前に沈めた、潜水艇『鯨殺し(エイハヴ)』。あれを使って、壁の一部だけでもこじ開けなければ。
壁が全部空くのは、マシロのいる場所が崩れ始めてから。全体が崩れるのに時間はかかるから皆の脱出にはそれでいいが、マシロを助けに飛ぶには、それじゃ間に合わない。その準備に、再び時計屋の指が走り。
「急ごうっ!」
クリオネと、フィアットが走るっ!
「ああっ!」
気合の叫びを俺は上げたが、同時にその声がどこか強く頷いたような声になったことに、俺は、どこかでクリオネが何か言ったのかな、と思った。
ともあれその声と共に、バイクの速度を乗せた俺の蹴りが、【無貌】をまた一匹蹴り潰した。さっきのとはまた違うタイプ。折りたたみ式らしいコンドルみたいなでかい羽を広げ、その下に蜂のような羽根をせわしなく動かして飛行するタイプだ。
二番目のタイプがあくまで滑空なのに対し、主翼と動力翼を併用して完全に飛行するタイプ。御馴染の鑢刃の手足に加え、バスバスとニードル弾まで撃ってきやがる!
かかかっ、と、細かくアクセルとギアを切り蹴り潰した勢いでヴォ―パルを飛び乗らせたもう一匹を踏みつぶし、再跳躍!
大きく距離を稼いで、着地・・・
ZZZZZZZZNN!!ZZZMM!!ZZZNNN!!
・・・そのすれすれを、おなじみの稲妻が貫いた。しかも連続で相当派手にだ。おいおい、こんな時にかい?
「トヴァ・マシロっ!!」
見れば空も、だいぶ騒がしくなってきてる。とはいえ、空路だからって脱出できるって訳じゃねえんだが、いくつかのヘリには呑龍のマーク。その中に、おなじみの電気びりびりショタマフィア、カリィの姿だ。
「おいカリィ!あの壁は、空にも電磁壁を出してっから・・・」
逃げても無駄だし、それを外しに行く俺を邪魔しないほうがいいぜ、と、言いかけるが。
「んなこたわかってるよ!僕を誰だと思ってやがる!ハナシだってある程度知っとるわ!」
その前に向こうがいいやがった。・・・言われてみりゃ、電磁関連はそれこそアイツの得意分野か。
「・・・ショバを丸ごと海に沈めてくれた礼は必ずしてやる。こいつはそのあいさつ代わりだ!」
「はっ!毎回毎回、幾つ因縁抱えんのさ、気の長い坊やだ!」
「若いからな!先に余裕があるのさ!」
「俺だって若いわっ!こっちが年増見たいにいうんじゃねえ!」
言いあいながらも、俺はとっくにアクセルをふかして、前進を再開していた。カリィの奴が怒りに任せてぶち込んだ雷は、攻撃範囲的にも視界・音響的にも、電磁的にも、相当に混乱を齎した。
あいつ、それを狙って?まさかな。幸い轟音でバカになる程弱い耳じゃないが。
「うまい具合に敵と刺し違えてくたばれ、バーカ!」
「冗談!事故れ、バーカ!」
お互い、今はそれどころじゃねえ、と、ののしりあって別れた。
俺は、前へ進む。
「・・・・・・・・・・・」
「ったく、まったく。」
「何てやつだよ、ええ、おい。」
・・・ヘリの中から、カリィのため息が聞こえた。あくまで、悪漢とタフガイの間の言葉だったが、あいつらしからぬ、感嘆の言葉だった。
「うぉりゃあああああああ!」
俺は駆けて、駆けて、駆け抜けた。外れ者立ちを襲う【無貌】どもを、片っ端から叩き潰しながら。俺の耳は、聞き逃さない。だから盛大に蛇行しながら進んだ・・・聞き逃せないから、見捨てられねぇんだ、仕方ねえだろ!
バイクのサドルを新体操の鞍馬みたいに跳び、拳打で蹴りで曲打ちで、襲う手を逆に投げ飛ばす手のひらで、止めにヴォーパルの体当たりで!
ゴミゴミした街を数百キロでかっ飛ばす。今じゃ人が逃げ去りつつある。けれど、きったならしいしクソ喧しかったが、活気のあった
この場所を、俺は覚えている。あのホテルも、あの酒場も、そこの駐車場も、ああ、全部覚えてる。だから、
「地の利を得たぞ、ってなあ!」
地の利があれば撰ばれしものにだって勝てるって、黒帯のジェダイも言ってたぜ!
軒先の消火栓を蹴っ飛ばし、僅かな駐車場のスペースでターン。ネズミ花火みたいに回転して、黒い炎のヴォーパル・カウルと、グローブからつきだしたブレードで、俺はヴォーパルの剣ってよりはカシナートの剣のように大車輪で【無貌】どもを切り刻んだ。
VAW!
も一度エンジンに蹴りを入れて、突っ走る。突っ込むのは、ああ、俺ん家さ。思えば昔は突っ込んできたやつに踏まれたこともあったが・・・
よく狙って壁をぶち破り、一瞬周囲に目と耳を走らせ。大きく身を捻って、斜めに反対側の壁を抜いた。直後、追って飛び込んだ【無貌】土もが、俺ん家もろとも爆発した・・・少しの違和感で、気の迷いを起こして俺が戻ったら殺すための罠が連中の手で仕掛けられているのに気づいた。追い込むつもりだったんだろうが、あいにく、気づかねえ訳があるかよ、利用させてもらったぜ!
・・・流石に、少し感傷的になりながら、俺はそこからさらに進んだ。久々のレディ・クリオネ・ラジオをBGMに。止まらず。止めるやつらを突き抜けて!
それでも、正直。相手の武器を受け止められる防御と、相手の装甲に確実に通じる攻撃を得たとはいえ、それにしたってこんなに多くの相手を倒した・倒せたのは、我ながら・・・
いや。
ヴォーパルが切った風の中で、俺は唇野端をわずかにあげ得た。手柄の独り占めなんて柄じゃねえ。カリィの雷がツンデレだなんてのは認めるわけにゃあいかねえが、多くの助けもあってのことだ。
例えば時おり飛んできたロケット弾が、【無貌】どもに隙を作り、あるいはこっちが崩した【無貌】に止めを刺していった。こいつあ、警察のヘリの装備品だ。流石に【籠手】も【仔犬】も義理堅い。
【篭の鳥】が影武者をしていた、オリジナルのお嬢さんの装甲リムジンが、隔壁をブチ抜いていったのにも仰天したな。
「これでこの島を去る前に、この島のここ最近一番の名物を見ることができました♪」
なんて、窓ガラス越しに唇で語って笑っていたが、あいつ、【篭の鳥】と同じくらいかそれ以上にブッとんでるだろ、性格。
中には、支援射撃と情報連絡を一辺にやった奴もいた。一体どっから撃ったのやら、流石に【無貌】の装甲を抜きやしないが足をもつれさせたアップル・リベンジ爺さんの赤い太矢にゃあ、「病院の避難は任せろ、娘っ子」なんて矢文がついてやがった。
騒ぎを起こすたびごとに入院してた身としちゃあ、実際顔馴染みが多い場所、大体爺さんからしてその筆頭だ。相変わらずあの60年代アメコミ丸出しのコスチュームで年寄りの冷や水ってるのが、ありありと想像できて、思わず笑いかけて・・・今はおれも人のこと言える格好じゃねえな、と真顔になった。伝染っちまったじゃねえか、爺さんよ。
・・・なかでも驚いたのは、行きつけの銃砲店の店長だ。
「全部持って逃げようもないから、こいつを持っていけ」って、荷物こぼしながらガタピシ逃げるそれも売り物だったのかって装甲兵員輸送車の荷台から、がっしゃと投げ落としやがったのは・・・ゴリゴリに最新・対改造人間化カスタマイズされた、年代物の対戦車ライフル。偽札と秘宝と美姫の絡んだ公国の陰謀に立ち向かうような代物だが・・・
「文字通りにしといた!」
って、端的すぎる説明は伊達じゃなかった。直後にその装甲者を追うように出てきた・・・思えばこいつと戦ってもらうために渡しやがったな・・・標準型の【無貌】の上半身を背中から生やした、装甲車サイズの大蜥蜴と蠍を足して全身に食虫植物じみた触手型マニピュレータを生やした特大の化け物を、こいつがまた、一発で粉砕しやがった。文字通り、って、文字通り現代のMBTでも潰せるって意味かよ・・・もっとも、成る程俺に渡すわけだ、反動がでかすぎてバイククラッシュさせてスッ転ぶはめになっちまったが。肩が抜けるかと思った、これ改造人間以外が暑かったら反動で死ぬな。
ともあれ対戦車ライフルを背中に背負い、ヴォーパルを起こして又借り直しながら、俺は思った。
それにしても、気がつきゃ島の名物たあ、本当、おれも悪ふざけをしすぎたもんだ。恨んでるやつもまあいようが(そう多くはないはずだ。なにしろ、ほら、ヤっちまうからな、大概、そういう相手は。そういう意味、やっぱ俺は善人じゃあないが)、有名人扱いで、助けてもらえるたあ・・・それでも、やっぱり、俺は生きていた。俺がこの島で過ごした日々は、夢なんかじゃなかったってもんだ。その結果が、これってわけか!
・・・ま、ちょっとくらいは、俺があんまりにも取りこぼしをするまいと寄り道をするもんだから、相手が混乱して兵力配分をとっ散らかしたせいで各個撃破できたせいもあるかもしれねえし、あるいは・・・俺がようやく、一人前の改造人間の戦士になったのかもしれねえが。
とにもかくにも、くすりと笑うと、その間に『ヤコブの梯子』、その麓に、ついに辿り着いていた。普段だったら近づくこともできなかったろうが・・・。
ぐい、と上を見上げる。神様気取りに挑むために。
VAROOOOOOOOOOOOOOOMMMM!!!
「ははっ・・・こいつぁご機嫌だな!昔乗ってた奴よりいいやっ!」
この島に来て依頼、乗っていたのは唯のバイク。昔は仮面ライダーのにゃ劣るとはいえ、組織謹製の一流のカスタムに乗ってたんだが・・・こいつはそれとは桁が違う。まさに、仮面ライダーの奴に匹敵すらあ!
何せ。
「ヒャッホーッ!」
俺の無茶振りに答えて・・・塔の側面を駆け上ってんだからなっ!ナノテクの産物だけに、タイヤの分子制御までお手の物って訳だ。
狭苦しい塔の中じゃ、こっちの機動性を生かすどころじゃない上に、迎撃装置とトラップの山。それに比べりゃ塔の外なら、塔に飛んでくるモンを撃墜するための対空火器じゃ近すぎてロックオンできないし、こんなところ、上ろうなんてバカはいねえからトラップ何ぞ仕掛けるはずもなし!
泡を食ったようにせり出して蠢きながらも、こっちを射程に捉えられない馬鹿げた量の対空システムに、べろべろばーをしながら俺は走った。片手運転であっかんべーもしたかったんだが、生憎目元はグラスが覆ってんからな。
だから、さ。
「トヴァ!」
「マシロ・・・」
「兎公!」
「ワオ・・・あん畜生め!」
「・・・イナバ、アリス・・・」
・・・【無貌】から助けた奴らは、もういちど【無貌】に襲われないように必死に走りながら。そうでない奴らも、それぞれに避難誘導をしたり、脱出を急いだり、連絡を取りあったり・・・ありがたいことに、クリオネと時計屋を助けてくれてる奴らも、何人か居んのか。
ああ、これだけ高いと、島中の音がよく聞こえるぜ。けどよ。
「そんな、心配そうな呟きで、俺を見上げてんじゃねえよっ!ケツがむずがゆくてかなわねえやっ!」
対空砲の幾つかが自爆した後、その爆煙漂う穴の中から【無貌】が姿を現した・・・今度は両腕がコレまでの鑢刃じゃなくより凶悪に鋭い蟷螂じみた刃になって、下半身が蛇じみた構造で塔にへばりついた奴だ。最前の蠍蜥蜴草食虫植物と比べりゃ小さいが、その分早くて剣呑だ・・・!
こいつは、ちっと面倒そうだ。いくら痛快な壁上りとはいえ、動きは大幅に制限される。
だがそれでも、心配される、案じられるなんて・・・慣れねえよっ!まったく、恥ずいったらねえ!だから、勝つ!
「」「」「」
滑らかな動きと伴に、三体が囲むように塔の表面を滑ってこっちを囲む。鎌はえげつなく下段構え。こっちの車輪を狙う気か。なるほど、やられりゃ真っ逆さま、加えて、流石に相手も自信の得物、食らえばフレームまで切り込まれるな。
こっちは、こんなところで使ったら、反動で塔の表面から自分を吹っ飛ばすだろう対戦車銃は使い方が限られる、ってところか・・・
兎耳を風に靡かせ、重力に逆らいながら。
俺は六連発を抜いた!流石に上るまでに再装填を済ましておいて、まず、六発!
BLAM!
駆け上る俺と平行移動する三体のうち正面の一に発砲。嘲笑うようにかわす・・・流石にヴォーパルの動きに追随するだけあって、速い!かわして鎌を振り上げ、
GBAM!!
「後方不注意だバーカ!」
直後吹っ飛んだそいつを、俺は交わした。宙に浮いた相手は、もがきながら堕ちていく・・・ヴォーパルに追随する早さがありゃあ、銃弾をかわせるだろうとは思ったが、だからこそ、タイミングを計った。
避ければ突き出した対空ミサイルをぶち抜いて、爆発したミサイルの爆風に背中から叩かれるタイミングをな。爆風は奴がさえぎって、俺には届かない、って訳だ。まず、一体目!
即座に側面から迫り来る二体目に、六発中の二発目を発射!
SWASH!
「上等!」
小癪にも、早速学習しやがった!両手の鎌で、銃弾を叩き落しながら、迫る!同時に、一旦後ろに回った三体目が、後方から猛追し始めた。互いに上りながらだが、接触は遅れるが・・・銃弾で阻止できないとなると、接近を許した時点で最後が。鎌の間合いに入った瞬間、後輪をバラされて、相手の一体目と同じ末路を辿る羽目になる!
「こいやぁあああっ!」
叫びながら、俺は側面の【無貌】に寄せた。バイクから離した片足で、相手の翻る双鎌を抑える蹴りを連打しながら!
GGGGGGGGGGGGGGGGGGGG!!!
二本の鎌の乱舞を、翻るブーツが蹴り飛ばし続ける。辛い!相手は二本、こっちぁ一本、相手は手、こっちは足だ!けど・・・俺も改造人間だ!こんな人形相手に、
「テクで負けて、たまるかぁああっ!!」
ブーツで若干動きにくいとはいえ、相手の鎌は肘から先が全部一体成型だが、こっちの蹴りは、足首だって動く。そして、グローブとブーツ以外は切られりゃヤバイが・・・グローブとブーツは、耐えられるのだ。
ブーツを鎌に絡め、捻り上げる。
ZAN!
捻り上げられた鎌はあらぬ軌道を描き、自分のもう片方の鎌を切り落とした。飛んでくる、切り落とされた鎌をキャッチ。もう片方の鎌は、俺の突き出した足に絡んだまま。
「お返しだ!
「」
すこん、と、投げ返した鎌は相手の頭を貫いた。相手の体にまだくっついてる鎌を絡めたままの足を捻り、力を失った二体目を、三体目にぶん投げる・・・かわされた、二体目はそのまま落ちる。
かすかに、壁の確度が変わった。尖塔めいて、垂直から心持、坂になる。頂上が近い。
「よし・・・!」
追いすがる三体目。完全にバックを取られた。戦闘機同士のドッグファイトなら詰み、だが。
「これでよし、だ!」
生憎、俺は改造人間だ。
肩がダメージを受けるのを覚悟で、対戦車ライフルを片手で構えた。背中越しで、真後ろに!
KABOOOOOOOOOOOOOOOOOOMM!!!
三体目を吹っ飛ばして、俺は飛んだ。バイクの車輪は、塔の側面を離れた。けど、落ちる心配は無い。ぎりぎり斜めに飛んで、飛び越えて・・・
バイクごと前転して、俺は塔の上へ。
もう、一発!!
KABOOOOOOOOOOOOOOOOOOMM!!!
塔を射抜いて、その穴を、ヴォーパルの車輪で踏み砕き広げて。
俺は落着した。目指す場所に。
「・・・よう。」
そこに居たのは、実につまんねえ代物が、まずは一つ。
出鱈目にでかい水槽の中に漂う、出鱈目にでかい脳髄。
脳溝の合間合間から、無数の、不吉な程不自然な真っ白の羽毛が、みっしりと生えているのが、唯一あからさまではなく、気色悪さを増していた。繊細な奴なら精神にダメージを受けたかもしれねえが、俺としちゃ、ただ、壊すにゃそう手間じゃなさそうだ、ってだけだ。
こんな奴が、この島の管理者か。
・・・少しばかり、昔殺しあった一人の子供を思い起こす要素はあったが。
「無価値な、根絶寸前の病原菌よ。なぜ、抵抗する」
スピーカーから流れるそいつ、【羽脳】の無機質な声は、あいつの悲痛なあがきに比べりゃ、なんとも味気のないものだった。あいつとこいつは、全然違う。
ためらう理由はないな、おい。
「暴力と、破壊と、混乱と、混沌を垂れ流す。罪なる者らよ。外の世界の誰にも、お前たちは望まれない。お前たちは、生まれてこないほうが幸せだった。外の世界の誰も、お前たちを肯定しない。ここで死ぬのが幸いだ。なぜ、抵抗する。」
「隠れたままコトを済ますつもりだったのに、その病原菌に目の前まで来られてるやつが、偉そうなこと言うなよ。」
あいにく、否定されるのなんざ慣れっこだ。俺は自然と笑っていた。
「自分が生きる理由、生きるに値する価値ってもんは、自分の内に持つもんだ。その為に、誰かのことがこの中に必要になるかも知れねえが。」
俺を思って見てきた瞳を、俺の名を呼んだ声を思いながら、そいつを納めた自分の胸を親指で突いて、俺は言った。
「世界なんざ、要らねえよ。俺たちは皆、自分って世界の征服者なんだ。」
必要なだけの絆があれば、世界からの承認なんて、知ったことか、と。
言いたいことは言い終わった。相手からすりゃノーコメントのようだが、俺からしてもあとはこいつは、殺すだけの相手だ。もう、どうでもいい。
・・・それよりも、俺にとって重大なのは、その前に立ちはだかる相手だった。
「流石に、相手にとって不足なしだな。」
顔だけは、相変わらず【無貌】のままだったが。
そいつは、俺がいた組織の根源だった組織の紋章である、鷲の羽毛を纏ってこそいたが。
節くれだったその足と、その胸と、その肩と、その腕は。
蝗の鎧を纏っていた。【鷲蝗無貌】。
汝仮面ライダーを装いて戯れなば、汝仮面ライダーとなるべし。仮面ライダーとなるならば、仮面ライダーを超えねばならぬ、か。・・・上等。
俺と、【鷲蝗無貌】は、一拍の間対峙し。
VAWW!
そして俺が動いた。ヴォーパルを全力駆動。正面から突っ込む!
艶消し黒の羽が爆発のように散った。同時に、床にクレーターじみた凹みが二つ。【鷲蝗無貌】が、硬質な羽を散弾としてぶっぱなした。左右にカーブを切ろうが避けようのない飽和範囲射撃。けど、同時に俺は、バイクごと跳んでいた。正直、こっちが跳ぶことも想定してたんだろう、散布範囲は高さにも相当広く、危うく足を引っかけられるところだった・・・跳躍力がブーツのパワーアシストで少し上がってなけりゃ、やばかったか。
CRASH!!
斧で叩き割るような、前輪からの着地によるヴォーパルでの体当たり。そいつを【鷲蝗無貌】は体を右に旋回させるように動かしてかわした。前輪が地面についた車体の斜めの体勢を使って、そこに追撃。馬の後ろ蹴りみたいに、高く上がった後輪を横殴りにぶつける。
スウェーで回避されたが、もう、一段!
後輪を跳ね上げるのに地面を蹴った足の化かとが、相手の無い顔に皹を入れた。だが、固い、一発じゃ砕けない、流石、このくらいは!
「っ!」
直後ざわとした前兆と共に、俺は咄嗟にヴォーパルを全力で蹴った。俺とヴォーパルはそれぞれ反対方向にぶっとんで、離ればなれになるが・・・間一髪でその間を、再度の羽散弾が飛んでいった。ブレイクダンスじみた動きで着地して即足で地面を蹴りながら、俺は舌打ちした。これでこっから先は少なくとも状況が変わるまでのしばらくの間、バイクなしの勝負、か!
俺と【鷲蝗無貌】は、同時に間合いを詰めていた。脚力を拳に全力で伝える俺の振りかぶりに大して、相手はダッキングじみた小さな構え・・・ブレードを出した俺の拳を、内側から払うように【鷲蝗無貌】が受け止める!そのまま腕同士を絡めて、掴むか、斬るか、
BAM!!
「がああっ!!?」
そこまで読んだ俺は、次の【鷲蝗無貌】の一手を読みそびれた。全身をつんざく衝撃と、何本ものナイフが同時に突き刺さるような苦痛。
振り払い、一歩下がり、蹴りを
BAMM!!!
「ぐあっ!!」
また、全身に激痛。このままじゃ、殺られる・・・防御の上からでもとにかく一発目の蹴りが突き刺さった感触はまだある。もう一本の足を添えて、兎に角押すように蹴り飛ばす!
【鷲蝗無貌】を蹴っ飛ばして、こっちも飛び下がって、辛うじて間合いが取れた。改めて、全身の状態を認識する。目元を覆うバイザーと咄嗟に構えた両手のお蔭で、まだ辛うじて致命的な所には刺さっちゃいないが。全身に何か所も、奴の『羽』が突き刺さっていた。
・・・構えなおすと血が滴った。訂正。即座に致命的な所にゃ刺さっちゃいない、だな。結構、ダメージはでかい。
対して相手は、両手両足に打撃を受けた後はあるが、そいつはイナゴの外骨格じみた装甲で受けきって、ほぼノーダメージってとこか。
まじ仮面ライダーを知ってるから騙された、ってことか。あいつの手足は、最初っから格闘戦をするためのもんじゃない。格闘距離まで踏み込んで、相手の格闘を受け止めはするが、自分から格闘攻撃は一切しない。
何度でも爆発出来る人間クレイモア地雷みたいなアイツの散弾羽を避けようのない距離でぶち込むための移動手段としての足と、その距離での相手の反撃を止めるだけの盾としての手。嫌味なくらい、割り切った兵器だ。
「・・・ただの仮面ライダーなら、殺られてたかな。」
いや、そうじゃないだろうさ。そこを何とかするのが、本物の仮面ライダーだろ。最も、俺は本物っていうほどじゃないが・・・けれど、俺は唯の仮面ライダーでも、唯の改造人間でもない!
BLAM!
今度の発砲音は俺だ!腰の獲物を抜いて、撃つ!床を蹴り、天井を蹴り、さっきと違って、一定の距離と角度を保つ間合いを取りながら、撃ちまくる!
BAMN!BAMN!
相手も、散弾を撃ち返してくる。だが、この距離なら、こっちに届くまでの間に散弾の散布は十分に広がる。これなら、かわせる!
「・・・無駄だ。」
と言っても、こっちの攻撃も、かわされちまう、か。【羽脳】の声が響く。
あっちは散弾、こっちは単発。こっちがかわせるんなら、相手にとっちゃもっと楽って訳だ。だが、避けたら【羽脳】のガラスに当たるように撃ってみたが、平然はじいてあの様子ってことを考えると、背中の対戦車ライフルでも、こりゃ、アレは抜けないか。
「無駄じゃないさ。」
この銃は、俺とこの島でずっと過ごしてきた。こいつと、ずっと戦ってきた。だから、こいつを他のサイボーグどもに撃って、当たった、効いた、避けられた、弾かれた、その全部を、覚えてる。
避ける速度。そもそも、打撃を受けながら散弾を見舞う戦闘スタイルのこいつが、避けて撃ったという事。ここまで見て聞いた、散弾発射の時の動き。
「見切った。いや、聞き切ったってことだよっ!」
銃を構える。走りながら、片手で。ここまでで、移動は殆ど済ませておいた。あと、数歩。発射しながら、移動。
【鷲蝗無貌】も、散弾射撃を。
ここだ!
飛来する散弾。後方に実を捻りながら跳躍。空中でグローブを稼働。キーを捻る。今から着地するその場所で壁に引っかかってひっくり返って、タイヤを上にしている、ヴォーパル!
タイヤを蹴る。タイヤに弾き飛ばされる。倍の速度で、俺は跳ねた。長い耳をまるで舵のように使って、この速度になると酷く濃密な空気に、抗って進んだ。極超音速。泳ぐように、それは空気に抗った。
羽の間を、身を捻ってすれ違いながら、半回転。錐を揉むように、足を突き出した。
「ライダー、キック。・・・なんてな」
GWARACRAAAAAAAAAAAAAAAAAASSSH!!!!
極超音速で弾き飛ばされた【鷲蝗無貌】が、【羽脳】のケースに叩きつけられた。
「IIIIIIIIIIIIIIIIIII!!!???」
【羽脳】の電子音じみた悲鳴が上がる。スピーカーが壊れかけたのもあるだろうが、衝撃だけでも大したもんだったろう。最も、それでも、皹こそ入れど割れやしなかったが。
「あばよ。」
散弾を何度でも飛ばせる量の炸薬を抱えたやつが、めり込んだ状態じゃな。
こいつ単発じゃあ効かなかった対戦車ライフルでも、【鷲蝗無貌】の爆発と合わせてなら。
ものの見事に、諸共に吹っ飛ばせた。
・・・滴る血を引きずりながら、吹っ飛んだガラス瓶の残骸とは別の端末にアクセス。・・・自壊プログラムを作動。
「これで。逃げるだけの暇は作れる、か。」
・・・【羽脳】が吹っ飛んだ事で、俺が風穴開けた天井と合わせて、随分と見通しは良くなった。
これで見納めの、夕方の光に照らされつつある街並みを前にして、どっかと俺は腰を落とした。
「流石に、中々やるな。ただま・・・初めての仮面ライダーにしちゃ、頑張ったほうか。二度目があるかは、分からねえがな」
太腿に、ざっくりと大きな傷ができていた。あの最後の一瞬、二回目の「羽」の射出が間に合わなかった【鷲蝗無貌】が、刃として直接振り回したのがだいぶ効いた。流石に今はもうこれ以上、跳んだり跳ねたりは出来そうにねえ。
懐かしい光景を、目に焼き付けたいのに。早速と、この建物が崩壊の前兆で揺れ始めてるもんだから、まったくもって無粋なもんだが。
・・・ほう、と、ため息を俺はついた。
朱色の空に、光が舞った。
空を飛ぶ飛行艇の下。俺に目がけて、舞い降りてくる白い光。
クリオネだ。背中から出した、夢見るシャボン玉みたいな透明な虹色をしたクリオネの羽根で、空を泳ぐように飛んでいる・・・あんな事が出来たんだな。
「マ・シ・ローーーーーーーーーーーッ!!!!」
俺の胸の内に飛び込み、抱きしめてくる白く細い腕。クリオネに抱き留められて、俺は飛んだ。俺を必死に抱きしめながら、クリオネはフックを投じた。上を飛ぶ飛行艇の中から伸びているそれが、ヴォーパルに引っかかる。
「もう!こんなに!また!」
綺麗な翼も白い肌も、俺と抱き合うと、たちまち血で汚れっちまった。夕空の中に浮かぶ白い雲みたいなこいつが、つまらない揺れなんぞ気にならずに見とれる程綺麗だったから、なんとも惜しいと思ったもんだが。
「仕方ねえだろ、いつもの事だ。」
何事もまあ、そういう事だ。初めては鮮烈だが、すぐ、そいつは普通になっちまう。・・・仮面ライダーだ、っつったって、いつもみたいにバカ騒ぎして、怪我をして、ダチに怒られる、そこは、かわりゃしないか。
流石に普段は見せない芸だけに長時間飛んではいられないらしく、すぐにクリオネは俺を抱き留めたまま、ヴォーパルを釣るワイヤーフックにしがみついた。
ナイスキャッチ!、と、操縦席で時計屋が言ったのが聞こえるのと同時、そのままウィンチが作動して、巻き上げられはじめる。
空を飛びながら、最後にもう一度俺はこの町を見た。
此処を去る。
けれど、人生は続く。
この町に閉じ込められていた混沌が世界中に拡散して、それでどうなるのか。
外の世界にも、【羽脳】の仲間共がいるかもしれない。
そんな中で、外の世界で、俺たちがどう生きていくのか。
分からない。
分からないが・・・。
「ありがとうよ。これからもよろしくな。」
俺を抱きしめるクリオネを、抱きしめ返してそう言った。
少々の怪我をしても、俺の体はまだまだ血潮で熱く。
怪我が治りゃ。支配から取り戻したこの空を、また跳ねていくだろう。これからも。
run rabbit junk day of the
regained sky 完
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