run rabbit junk light spider right? (前編)
暗く、湿った空気。少々酸素が不足し、よどんでいる。
湿気が多く汚れた空気は、環境に与える悪影響なぞくそ食らえな無秩序増築を繰り返されたこの海上都市においては、ありふれた地下施設の環境だ。
辛うじて水上に位置する路地でも、ビルの谷間では空気が饐えているのに、水面下に位置する地下区画で、どうしてまともな環境が望めるものか。
最も町の権力者・・・表の意味でのそれか裏の意味でのそれかは問わず・・・にはあえて環境のいい水中展望室を作る道楽者も何人かいるらしいが。そもそも水中を展望するにしても、よほど外周に近いなど条件のいいところでなけば、町自体の影や垂れ流す諸々の害などで、全うな光景など望めやせず。
中にはそれを考えずに造って馬鹿を見たものもいるのだそうだが、そんなことは全く関係なく、いずれにせよそんな極少数の例外を除けば、何処でも、こんなものの環境。
確かに不快であるが、ありふれているはずの環境。
(してみると・・・またこんなことを仕出かしちまったのは、環境じゃあなく俺の短気な性分が原因、ってことだな。)
冷ややかに、自己分析、自己認識。
「っ、お、お前っ・・・!!」
息を呑む、驚愕に染まった声。しかしまだ、闘志を捨てては居ない声。
だがまだ若い声。青年の、いやさ少年の声だ。最も、この腐った上にガラクタをぶちまけた町では、ガキだろうが爺だろうが外見で判断は出来ないが。
そして、自己嫌悪と。
「二度言ったぞ。知ったこっちゃねえってな。」
それに覆いかぶさる、どすの利いたハスキーボイス、自分の喉から搾り出しておいてなんだが、一応生物学的に男な相手の声のほうがよっぽど高く滑らかで色気がある。
だが、やめられない。覚えてしまう、高揚感。
足元には、一度目の癇癪で蹴り壊した事務机。頑丈と実用一辺倒なスチール製の代物だが、癇癪を起こした改造人間の蹴り上げに耐えるような仕様など、真っ当な工業製品の仕様にあるはずも無い。
目の前には、銃を握った相手の腕を、銃ごと握り締める自分の手。
45口径ジャイロロケット・ピストル。
火薬やガス、電磁式などの「弾丸を発射する」拳銃ではなく、弾丸自体が超小型のロケット弾で「弾丸が飛んでいく」システムのリヴォルヴァーだ。
弾頭自体に炸薬やHEATなどの仕掛けをしやすいことによる大威力と、無反動砲に近い構造から来る反動の少なさから、一律で生身の肉体の何倍、という単純な強化をされている警察用サイボーグの、基礎体力に不安のある小柄な手合いによく使われているタイプ。
確かに破壊力と低反動と弾丸自己推進による射程の長さを持つ有用な武器ではあるが、弾丸が加速するための距離を必要とするためあまり至近距離では逆に威力が出ないという欠陥もある。
狭い留置所の取調室に持ち込むにはいささか適当ではないが、いちいち屋内用として別の銃に取り替えるというのも、あまり現実的とはいえない。
彼がその銃をそのままこの取調室に持ち込んだのは、無理も無いといえるだろう。
だが、甘い。
その妥当な判断を下した「彼」を見ながら・・・元秘密結社ネオショッカー中級局地機動戦闘用改造人間ラビットジンこと、マシロ=トヴァが唇を歪めて笑う。
無理も無い判断、無難な判断。そのような要素は、生き死にの可能性を偶然と相手に委ねる愚挙でしかない。
最高の上に最善を尽くしその上で卑劣卑怯込みのあらゆる手段を並べつくした上で煩雑なそれら全てを一瞬で勘案し最適回答を導き出し。
それでも死ぬ時は死ぬのが本当の真剣勝負というものだ。
こちらの動きに反応してから銃をポイントするまでの時間は極めて短く正確で、成る程努力をもって訓練し鍛えてはいることは分かる。
マニュアル通り、改造された体にインプリンティングされた教本どおりの最適行動のみに頼っているだけのほかの雑魚警官どもとは明らかに一味違う。
しかし所詮、上乗せは訓練による要素のみ。
実戦経験による武の裏打ちが足りない。
現に、銃を抜くのは早かったが、引き金を引くより先にマシロの手がリヴォルヴァー弾倉を押さえつけた。
ジャイロロケットだろうが、リヴォルヴァーは弾倉を回転させて撃鉄のところまで装填された弾丸を動かし、撃発しなければ弾丸は発射されない。
そして、ダブルアクションの場合引き金を引くことで自動的にその一連の動作は行われるが、弾倉を押さえられその動きを阻害されると動かず、一定以上の力で押さえ込まれているのに無理に引き金を引こうとすれば、機構自体が壊れてしまう。
無論、「悪の秘密結社が世界征服のために作り上げた改造人間」であるマシロ=トヴァの握力は「一定以上の力」なわけで。
「さ・・・どうするよ。御法ごもっともの取調べも結構だがな、退屈な上に面倒くさいんだよ。大概にしやがれ、Puppy-dog?」
視線を微塵も揺らさぬまま。発射不能にした銃を押さえつけ。
口元だけで皮肉気と毒気たっぷりに、子犬ちゃん、と嘲笑う。
相手がうまくマシロの手を振り払えば、無論発砲は可能だ。だが、この距離でジャイロロケット弾が改造人間にとって有効な打撃となりうるかは、弾頭の種類や命中部位、第二弾以降の相手とマシロの行動による間合いの変化など諸々の要素により変動する。
一瞬先の読めぬ状況に怖じる気配すら見せず、マシロ=トヴァはウサギの改造人間にはどう考えてもらしからぬ獰猛な笑みを浮かべていた。
「ぼっ、いや本官はっ!子犬じゃないっ!」
相手が激昂するのを、トヴァは冷ややかに受け流した。
いや。冷ややかなのではない。単純に、知っているから驚かないだけだ。目の前の相手は、puppy-dog呼ばわりされるのを一番嫌がると、認識していて言ったから。
結果の分かりきった挑発の反応に、いちいち興奮することはない。
(ならするな?それこそごもっとも、なんだがな。)
保険会社なんて名ばかりのバウンティハンター稼業の上に体は滅んだ悪の組織の呪われた遺産、そんな運命を背負い込んでこのゴミタメめいた町で、再生したのか転生したのか地獄にいるのか分からん暮らしをしていれば、当然警察の厄介になることなど両手両足の指でも数え切れなくなる。いい形での厄介は限りなくゼロに近く、悪い形での厄介がほぼ全てを占める形で。
人情の絡んだ人付き合いなんてウェットな代物を望んだためしも無かったが、否が応でも人間が複数存在してしまえば表面上でも関係が出来てしまうのが社会というもので。
いまさら社会を捨て、半分くらいが人じゃなく獣で出来ているからといって草食動物たるウサギのDNAに全てを委ねて野山で草を食むわけにもいかないから、嫌でもある程度人名やパーソナリティを記憶してしまった。
こいつの名前は・・・
(あー・・・なんだったかな。)
忘れた。
というか、覚えようともしなかったので、忘れたというのも不適当だ。単に他の犯罪者がpuppyfdogと呼んだときに怒っているのを見たから「呼ばれると怒る子犬」と認識していただけだった。
とはいえ名前は覚えていないが自分の脳内でつけたその呼び方と顔は間違いなく一致している。公称年齢18だそうだが誰も信じぬ小柄な童顔。チンピラから爺まで、サイボーグからオカマまで警官として抱え込んでいるこのいい加減な町をいい加減に取り仕切る企業的思惑や犯罪組織同士のパワーバランスから生まれた至極いい加減な警察ゆえのいい加減な採用基準でも、「おいおい良いのかよ?」と思わず呟かずにはいられない最高級に無茶な外見の警察官だ。
体のそこここに露出した、銃火器や通信システム、車両などとのリンク用であるサイバーパーツが、仮装か冗談にも見えかねないが、それらは改造人間の知覚を通してみても紛れもない本物だ。
(まあいいや。そんなわけだしこんなん見間違う馬鹿いるかよ。)
とはいえ、ライダースーツに険相とダイナマイトボディ、全身真っ白けでその脳天からウサ耳ぴょろんなんてふざけた格好の自分が言うのもなんだと思うが。
(今は関係ないしな。)
要は今関係してくるのは、こいつは誰がどーみてもガキで、その癖にはこの島の警察としては突然変異なほど真面目で、真面目と未熟の両方の意味から精神に余裕がないせいで、「呼ばれると怒る子犬」であること。
せいぜいそれだけだ。自分がこいつと比べてどうかということも、ストリートの噂で聞いた、元々はそこそこ金持ちの家の生まれだっただの、家族がサイバードラッグで脳の回路が十本単位でぷっつんした重サイボーグの暴走で皆殺しにされて警官になっただの、信憑性の裏を取ったこともないこいつに関するネタの類も関係ない。
(最も・・・)
関係してくると思った事柄も、そもそも本当の意味で必要かといえばそうでもないのだが。別に挑発しようとなんて思わなければ言う必要もないことだし、そもそも挑発するという行動自体。
全く持って意味がない。
警察と率先して戦う理由も利点もない。ついでに言えば、いくら警察のサイボーグが改造人間である自分から比べれば核が落ちる代物であるとはいえ、多勢を相手できるほどではなく、ここでこの子犬野郎をシメたのなら、警察施設内ということで当然ぞろぞろ出てくるはず。
(完全に無意味な挑発だ。)
だが。
(くそ。それでも・・・血が騒ぎやがる。)
体を丸ごと入れ替えても尚残ってしまった、悪い癖。一度興奮して心のアクセルを踏み込んでしまうと、ぶっちぎるかぶつかるかしないと止まらなくなってしまう衝動。
自分自身いい加減嫌悪どころかうんざりしているこの性分。いっぺん死んで、その後も何度も死に掛けて、もう死ぬのは飽きたはずなのだが。
それでもやっぱりどうしようもなく、一遍火がつくとブレーキが利かない。
(ったく。それにしても・・・)
今回はまたどうして、こんなにむかついているんだっけな。
マシロは、緊迫した状況にもかかわらず、ふと回想を始めていた。
ことの起こりは今朝のこと。
寝ていたら、出し抜けに家の壁が吹っ飛んだ。飛んできた壁のコンクリート片が頭に直撃し、睡眠が永眠になりそうになったのを痛みと激怒で再起動。
「何処の馬鹿が何をしやがった!」と跳ね起きたとたん、目の前には重装甲の軍用サイボーグ。全身を金属の外骨格で覆ってはいるが、機能性一辺倒の工業製品といった感じの只管のっぺりとしたデザインでマシロがかつて所属していた組織の産物のようなおぞましさや恐ろしさは感じられない。
こいつが壁ぶち破って駆け込んできたのだと認識するのと怒りに任せて蹴りを入れるのがほぼ同時。自分自身が跨ったまま大出力の装甲戦闘バイクを十数mジャンプさせるだけのスペックを秘めた蹴りである。
相手はひとたまりもなく吹っ飛び、壁でバウンドした挙句床に倒れこもうとしたのだが。
アルコールと眠気で半ボケになっていた脳がここでようやく回りだし、昨晩ある事件で偶然ちょろまかしたという密輸の高級酒を持ち込み、あんましいい品だったのでついあがりこむのを許して二人でどんちゃん騒ぎしたクリオネ女がそこらあたりで酔いつぶれているのに気づき。
で、気づいたと思ったら次の瞬間、クリオネ女の代わりに自分が重サイボーグの下敷きになっていた。重さ数百キロがのしかかる。
「うがっ!?」とうめき、大丈夫だったかとクリオネ女の姿を探せば。「あ、あれれ!?」と、何故か自分がついさっきまで寝ていたベッドから身を起こしてきやがった。
そういえば背中に妙に柔らかい感触があったようなと思い返して怒り苛立ちぞっとしてついでに徒労をしたことと思わず普段うっとうしいという感じで接している相手をかばおうとしてしまったことに腹が立ったところで今まさに現実に背中にのしかかっている硬くて重い軍用サイボーグにつぶされそうになる。
「てめえどきやが」とまで言ったところで、ごろりと相手が半回転。姿勢を整えて銃を膝立射する姿勢になろうとして、マシロの左手を思い切り踏みつけた。
強化されたものとはいえ、思い切り骨が軋む。
痛みにくわっと見開いた涙交じりの目に、ふと映るのっぺりとした装甲に覆われた横顔。まあ、普通に見ればロボットと変わりない。
だが。自分も改造人間だからだろうか。あるいは、修羅場をくぐりすぎた故だろうか。
一瞬底に宿る表情が分かってしまう。それは尚早と懸命と恐怖と意地と本能と理性と感情と衝動と。
すなわち。戦いに追い詰められた人間の、生き足掻き。
そしてそれが、封じ込まれる。
そう、封じ込まれたのだ。自分が生きるために、引き金を引こうとしたのであろう軍用サイボーグの腕が、唐突に硬直し。
腕の主が、混乱と絶望と理不尽をない交ぜにした、声にならない呻きを漏らしたところで。
その理由を何かと思う間も無く。
なだれ込む銃弾、投擲された鶴嘴や削岩機や爆薬、コンクリート塊、酷いのに至ってはもげたサイボーグの腕やそれこそ死体までが。
軍用サイボーグをむちゃくちゃに叩きのめし、マシロの上から吹き飛ばす。何発かは流れ弾となって、マシロの体に生傷を造った。
「っつあ!?」
辛うじて、身を翻した刹那。マシロの目の前を横切るようにして、人の津波と呼ぶべきものが部屋を揺らして軍用サイボーグに襲い掛かった。
それは、一瞬しか目撃しなかったが、明らかに異常で、異様だった。自分の意思をなくした人形のように突進したもの、自分の意思に反して体が動いているかのように泣き叫びながら踊りかかるもの、中には乗り物に乗ったままの者もいて、まるで暴走する乗り物に魂ごと引きずられたかのようで。
直後。
突っ込んだ乗り物とサイボーグのボディが、銃諸共爆発した。
(・・・で、目が覚めたら「現場に残っていた唯一の生き残り」つーこって挙句身元がどう考えても妖しいということで、尋問されてこの有様、と。)
思い返して、つくづくうんざりした。
ウサギが寂しいとくたばるという俗説は、一体全体何処から生まれてきたのだろう。
こんなくだらない大騒ぎに巻き込まれ続けなければ生きられないなんて覚えは明らかに無い。
こんなくだらない大騒ぎに巻き込まれて喜ぶ趣味も無い。
くだらない。くだらない。くだらなすぎる。
だが。
(・・・で、何で俺はこんなに苛立ってるんだ?)
ふと、それが分からず思い惑う。
朝っぱらからこんだけ不幸の固め打ちだったら、それは怒る。自分の性格だけに、それははっきり分かる。
怒るのは分かるが。
目の前の子犬に苛立っている理由が、いまいち良く分からない。
そして、自分が苛立っているのが、本当に目の前の相手に対してなのかも。
(・・・何だってんだ・・・?)
じわり、分からないことが新たな不快感となり。
そのまま流れる時に、苛立ちと怒りと不快感に任せて行動を起こしてしまおうと、思う。
「おい。」
そのマシロの行動を、開いた扉から飛び込んだ声が制した。
声の主は、全身をびしりと警官の制服で多い、目深にかぶった警帽のしたからはねる癖の強い赤毛が特徴の、二十代中盤ほどの女性警察官だ。女性にしてはかなり背が高く体もがっしりしていて、マシロと体格的には互角以上、向こうのほうが若干大柄だ。
全身を、といったが、実際には警官の制服は何故か両袖を引きちぎったノースリーブの代物である。しかし、肌は露出しては居ない。その理由は単純。
どちらかといえば感覚・接続に重きを置いたサイボーグである「puppy」に対し、彼女の両腕はパワーを最優先し人体への偽装も放棄した金属製のアームに強化されていたのだ。同一規格のものが多い警察のサイボーグにしては、珍しいカスタムタイプ。最もカスタムタイプといっても、幾つかのアタッチメントを付け替えただけの、完全単品生産である上級改造人間と比較すればお話にもならない代物なのだが。
外見的には確かに機械的といえばそうだが、西欧騎士が着るフルプレートアーマーの腕の部分、gauntlet・・・篭手だけをつけているようにも見えなくもない。ネオショッカー改造人間のような「異形」という印象は、受けなかった。まあ「子犬」よりは少ないが、やはり首筋やこめかみに電子機器接続用の端末を改造でつけられてはいるようでもある。
こいつも、以前見たことがある。最も、それほど詳しく知っているわけではない。見ている間一言も喋らなかったし、遠目に見たばかりだったからだ。
「・・・釈放だ。」
鋼の腕を持つ女は、ハスキーな声でそうぼそりと言った。その低さはマシロの荒いそれと違い寧ろ静かさを感じさせる印象。
「なっ、だって・・・」
「篭手」の言葉に、「子犬」が反論しかけるが。
「・・・」
沈黙したまま、「篭手」は首を振ると、鈍く輝く指をデザインからすれば滑らかな仕草で上に向けた。
この海上都市の警察官が、よくやる仕草。それが意味するところは一つ。
「上からのお達し」。元々国家の暴力機関として法を守護するなどという真っ当な目的ではなく、最低限ここに根を張る勢力が暮らしやすいような状況を維持するという不健全な用途から生まれた企業警察だ。
こういうことは、日常茶飯事といってもいい。
「おいおい。それだけかよ?そっちが勝手に了見してもなあ、俺がそれで承知するとは限らねえんだぜ?」
だからそれ自体にはマシロは驚かない。反論を仕掛けた「子犬」が唇をかみ締めて悔しげに俯いたのも、「篭手」が黙ったまま、これまたその戦闘用の腕を繊細に動かして「子犬」の頭を撫でたのも、自分には関係のないことだと思う。
だから、自分に向けられていたロケットリヴォルヴァーを「子犬」の腕ごと払いのけた後口をついて出たのは、まだ体の中で燻る苛立ちの余熱。
「・・・・・・・・・」
「散々疑っておいて、無関係に巻き込まれた被害者様を尋問しておいて・・・」
沈黙を守り、顔だけをこちらに向けてくるという、高圧的とも見れなくもない「篭手」の所作に苛立ち。
言い募った、のだけど。
「・・・・・・・・・」
じっと。
じっーっと。
じーーーーーっ・・・と。
「篭手」がこちらを見つめてくる。只管に、淡々と。
その視線は・・・
「お、おい・・・」
思わず、情けない声が漏れる。半ば無意識に垂れ流して、てめえで聞いて情けないと思う。
あいにく自分でつらつら思うにそう回転がよくない脳みそは、こうして無言で見つめてくる「篭手」が一体何を考えているのかさっぱり分かりゃしない。
「・・・・・・・・・・・・釈放だ。」
だが。
「篭手」がもう一度そう言ったときに。
何故か苛立ちが消えていたのは、理解できた。
「っけ。」
だから、「他人に勝手に苛立ちを消された」という微かな感情の残滓の分。
真っ二つに蹴り壊した机の半分を・・・踏み潰そうか。「篭手」に向けて蹴り飛ばそうか。
がしゃん。
一瞬考えたせいか、あるいは相手の実力か。「篭手」めがけて蹴り飛ばした半分になった机は、彼女の拳によって空中で粉砕された。伊達に、両腕を重点的に機械化してはいないようだ。
薄暗い証明を精一杯反射する金属の小片を通して、マシロの瞳と、「篭手」の瞳が見詰め合う。
互いの瞳に宿る心を、しかし互いに理解出来はしない。
少なくとも、マシロには相手の心は分からない。「互いに」と思ったのは、相手の顔色から考えた拙い当て推量だ。
「じゃあな。」
しかし、ともあれマシロはつかつかと「篭手」の隣を通り過ぎ、その場を後にした。
単純にこれ以上相手をしても無駄だと思ったのか、それともマシロの相手以外にするべきことでもあるのか。
「子犬」も「篭手」も、特にそれ以上、言うことはなく。
「稲葉アリス・ラビットジン改めマシロ=トヴァは再生改造人間である。彼女を改造したネオショッカーは世界征服をたくらんでいた悪の秘密結社だったが、とっくの昔に滅亡した。マシロ=トヴァは与えられた自由を持て余し今日もぶらつくのだ。」
留置所から出たマシロは、冗談半分にそう口ずさんだ。
外の陽光に軽く手を差し伸べて眼庇を作る。本来改造された視覚はこの程度の光量変化でどうこうなりはしないのだが、本気で戦闘する形態に体を適応させていなかったので、念のためということである。
高浮力コンクリートで作られた短い階段を居り、道路に出る。
が。
さてこれからどうしようと、思う暇すらなかった。
「マシローーーッ!!!」
叫び声と。甲高いブレーキ音と、駐車していた水陸両用パトカーのオカマを掘るどんがらがっしゃんという衝突音。
目の前で展開するそれは明らかにまたも、まあ少々前とは違うとはいえ・・・
「・・・おいこら「クリオネ」!!お前俺をこう何度も何度も厄介ごとに巻き込むのはあれか!?わざとか!?好きでやってんのか!!?俺が毎度毎度死にそうな目にあったり吹っ飛んだりドツきあったり吹っ飛ばされたり燃えたり焦げたり病院に担ぎ込まれたり警察に追い掛け回されたりマフィアに追い掛け回されたりするのが面白いのか!?楽しいのか!?どーなんだーっ!!!?」
思わずプッツン切れて、何代目かあるいは何度修理したのか分からないともかく一応まともな外見をしていたがたった今鼻先をひしゃげさせた、この狭苦しい町には似合いだが一体何処から調達して来たんだと思う旧式小型車トポリーノの窓ガラスを拳どころか手ぇ突っ込むだけで粉砕し、中にいる相手の襟首を掴んで振り回す。
海水を少女の形に切り取ったような印象の、一応改造人間、クリオネ女。相棒と言うか付き添いというかファンというかじゃれてくる女友達と言うか。
まあ、「カメンライダー」の幻影を見たあの事件で、少々絆が深まったかと柄にもなく思ったのだが。
「何警察のまん前で人の名前絶叫しながら事故ってんだてめーわ!?しかもパトカーのカマ掘りやがって!!あげく衆人環視!!どーしてくれるんだこの〜〜〜〜〜!!!」
もう今となってはあれも錯覚だったんだろうと心の棚に上乗せし、とりあえず今は問答無用で揺さぶりまわす。がっちり突き刺さってくる道行く連中と道にたむろするチンピラの視線と建物から降り注ぐ警官の視線がヒートアップに油を注ぐ。
心の中のどこか一部分が、「別にクリオネを見捨てて逃げれば自分は問題ないのでは」と言ったようなのだが、マシロは何故かそれを認識できず故に考慮も出来なかった。
「っわ〜〜〜〜真って舞って魔ってもとい待ってーーーーーーーーー!!!」
少々ロリ気味なのを考慮に入れても海の天使と黙っていれば見てしまう馬鹿な男もいるかもしれない外見をしているのだが、マシロの行動に振り回されているのとマシロに対する行動のせいで・・・つまりぶっちゃけマシロと一緒なせいでそうは見えないクリオネ女。
振り回されて狭い車内に頭や体をがんがんとぶつけながら、それでも何とか次の言葉を搾り出したのは、立派なものだった。
「マシロがっ、狙われてるってっ!噂であちこちもちきりなんだよっ!?だからっぐげlt!?・・・し、心配してきたんだってば・・・」
途中、舌を噛んで涙ぐみ、それを一応心配したのかマシロが揺さぶりを止めたという点を考慮しても。
「・・・、まあ、見上げたもんだといってやらんでもないか?姿勢的には見下してるが。」
車内で座っている「クリオネ」とそれを覗き込んでいるマシロでは、当然なのだが。
まあそれはともかく。
「って、俺が狙われてる、だと?」
気づく。
これはあれだ。今までのパターンか。気がつくと事件に巻き込まれていて、しかもそれがのっぴきならないという。
挙句最後は病院のベッドの上という、あのパターンか。
(いや・・・)
しかし瞬時に思い直す。今までとは、違う。
今までの事件は、「巻き込まれる形」だった。あの腐れデブ女とその仲間にとっては別に腕に手錠でケースをロックするのは俺でなくてもよかった。
あの・・・儚い夏の匂いがした女の子と、正義の味方にもなりそこね天国にも行き損ねた男は、俺の過去の因縁だったが、人間の体のパーツを狙ってて改造人間を捕まえたので体を入れ替えようとしたあいつらにとっては、襲う相手は別に俺でなくてもよかったはずだ。
結果的に相手が俺であったということが、あいつらの中に燻る過去に火をつけ、その炎があいつらを焼き尽くした。ある意味では、あいつらにとっては俺に出会ったことが不幸であり、死の原因であった。
(だが・・・)
今度は違う。
「クリオネ」の言葉が確かなら。
狙われているのはこの自分ということになる。演劇にたとえるなら今までが「端役がアドリブで主役になった」とするならば、今巻き込まれつつある事件は「最初から主役として指定された」ようなものだ。
それも、端役が主役になるような、アドリブだらけの出たとこ勝負ではない。脚本を書く側の意図は、恐らく飛び切りの残酷人形劇(グランギニョール)。
十重二十重の罠。狙い狩るというならば、対策も、策略も、完全と仕上げてから来る筈。
(厄介なことになりそうだな。けど・・・)
びゅ、ぎぃんっ!
・・・いろいろなことが心によぎっていた。いろいろなことを思っていた。それは表層意識に流れた「厄介」などという二文字に収まるものでは、断じてネイ。
だが兎も角、詳しい話を聞こうとして、「クリオネ」の顔を覗き込もうと、頭を下げた。
直後、超音速の何かが通り過ぎた感覚。そして、金属同士が衝突する音。
普段は恥ずいだけのウサ耳が即座に立ち上がる。同時に、聴覚で理解。
たった今まで俺の頭があった場所を、銃弾が通過していって向こうの看板に命中した。そして無論、その看板を狙ったわけではないだろう。
同時、多角的にさまざまな情報がウサ耳から脳に飛び込んでくる。
弾丸を発射し終えた銃の熱がその周囲の空気をかき乱す気配、弾丸をリロードする音。そいつを持っている人間の心拍音呼吸音・・・素人じゃないだろうが間違っても玄人とは呼べない、金に困ったジャンキーの類だろう。
即座に制圧できると思う。思うが情報はそれだけではない。
そいつの後ろ、さらに似たような奴が2、3人。
車道、遠くから明らかに普通ではない、他の車両をなぎ倒しながらこちらに向かってきている奴の騒音。
上空、この島の上を飛ぶものなんてもとからそう無いのだが、その空から一応存在するこの島の航空法規を無視して降下してくるものが巻き起こす空気の流れ。
道路の下。都市フロートと海面の隙間や水中をこちらの増しためがけて集合しつつある、明らかに魚とは思えない水音。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「出せっ「クリオネ」!?」
運転手のいる側の窓から飛び込んで運転手に触れずに助手席に座るという改造人間でもめったに出来ない離れ業と共に叫ぶ。
反射かこちらの切迫した気配を察してか、直後「クリオネ」はべた踏みにアクセルを踏み込み。
きゅきゅきゅきゅきゅきゅ。
そのまま前進しようとしたトポリーノはまだオカマ掘った状態のままの水陸両用パトの質量に遮られ質量負けしてタイヤは空回り。二台の車両はウホッでアッーな関係のまんまじゃねえかど畜生。
「この馬鹿っ!!!バックだ!!」
言うのと同時に勝手にギアチェンジ。
ぼきん。
・・・改造されてから「慣らし」をされるまでの間しか体験したことの無い、力出しすぎて意図せず物を壊す感覚。
モゲた。焦りすぎだ大馬鹿と心中自分をののしる。しかも、いろいろ大事そうな部品まで一緒に引きずり出しちまった。
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「な〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
「ぐぇーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「クリオネ」の悲鳴と。俺の間抜けな叫び。
ついでに地面をぶち破って現れた鎧を着たダイバーみてえな水中活動用サイボーグがトポリーノに脳天踏み潰されるさらに間抜けな悲鳴。
その後、追っ手を撒くまでバックで延々トポリーノは海上都市を駆けずり回る羽目になった。正直、かきつくした恥をさらに上塗りする羽目になったと言っていい。
「・・・回りくどいことは言わねえぜ。知ってることを言えよ。」
バックで走り回り挙句海上都市を構成する複数あるフロートブロック同士の、工事中で少し開いていた境目にはまり込んで止まったトポリーノの屋根に座って、煙草をふかす。
露にしたウサギの耳が交互にぱたりぱたりと動く。探るが、今のところ周囲に気配は無い。
「ん。・・・ま、私も、あまり詳しく知ってる訳じゃないんだよ。聞きかじって、飛び出してきたわけだから。そもそも、変な動きがあるって「時計屋」に教わらなければ、聞きかじることも出来なかったし。」
はまり込んだトポリーノを、恨めしげな視線で見つめてつま先で突っつきながら「クリオネ」は語る。
長いといえるほど付き合っていないが、そんなときのこいつは実質誰も恨んではいないということくらいは分かる。
・・・そんなことをいちいち心中確認しないと、「クリオネ」の情報を信頼するか決めかねる己の浅ましさに、煙が苦く沁みた。
とつとつと語るクリオネによると。
大勢の人間が動いている。それは、クモノス(=蜘蛛の巣っつー語呂合わせの、なんかの頭文字をつづった略称らしいが詳しくは忘れちまった)・・・この島を巡る電子通信連絡網まあ「外の世界」で言うところのインターネットのようなものか・・・それを通じて情報が流れているらしい。
マシロの首に、賞金も出ているらしい。
それを、警察側もある程度把握しているが、黙認しているらしい。
「存外ありきたりじゃねえか。ウサギ狩りにしちゃ規模がでかすぎるがな。」
煙を吐き、ぼやく。最も、自分で言ったことを自分で信じては居ないが。
聞いただけの情報では、こんな騒ぎになるはずが無い。ここでこうして二十日鼠(トポリーノ)に飛び込み未遂させるまでに、轢いたり投げつけたり撃ったりして黙らせた馬鹿の数は多すぎる。
中には事件に巻き込まれただけって面してるくせに熱気に踊らされて反射的にかかってきた空気脳みそまでいやがった。賞金首なんざこと欠かないこの島でこんな騒乱がそうそう起きるんだったら、とっくの昔に全員まとめて海の底だ。
「こ、この状況をありきたりと言えるかな?」
そんなに泰然としているように見えたのだろうか。首を傾げる「クリオネ」に、むしろこちらが首を傾げたくなる。
「んな訳あるか。」
はき捨てる。我ながら建設的要素の微塵も無い、下らない粋がり。
以前は、こんな自分を気にすることはなかった。だが、このゴミタメのなかで忘れかけていたこと。思い出してしまったときから、
一度死んだその前のひと時と、二度目死に掛けたその前のひと時、そしてその後の一瞬が。
「・・・んな訳ねえからこそ、ありきたりだって嘲笑ってやんだよ。こんな騒ぎを起こした腐れ馬鹿をな。・・・一体、どいつだ・・・」
生きることに、より真剣であれと言い募るのだ。魂の内から。その言葉が、アクセルを踏むと止まらなくなる、過激な心を高らかと燃やす。何かを目指し、その炎が向かうようにと。
そんな己のつぶやきを聞いたからか、「クリオネ」の顔が少し真剣になった。自分の考えがそんなに直裁に相手に伝わるとも、その考えに相手が答えるとか影響を受けるとかとも、考えていなかったが。
だが、その直後、すぐに「クリオネ」は情け無い顔になっちまった。
「う、うん。私ジーンミクスドだから。生体認証はごまかし聞くけど、クモノスへのアクセスはあれだし。だからここから先は・・・」
ジーンミクスド。このごった煮めいた島の、人間から半分踏み外した奴らの中では、少数派の一種類。手っ取り早く言えば、人間に人間以外の生き物の遺伝子混ぜた、キメラ。
同じ遺伝子改造系のジーンチューンド・・・人間としての遺伝子を強化・最適化した「優秀な人工天才」・・・と比べても、さらに数が少ない。「人間の範疇」でしかないチューンドと比べれば「人間以外」であるが故に人間には出来ない行動が取れたり特技があったり、複数が混ざった遺伝子をうまく使いごまかすことで生体認証をすりぬけることが出来たりもしたりと、
最も、最大の割合を占めているのは、粗雑で単純だが使いやすいサイボーグだ。単純に臓物や四肢を規格統一された機械部品に変えれば手っ取り早く生物の限界は超えられる。首筋やこめかみに端子をつければ、たいしたテクも知識もなくても、適当に機械を操り情報を収集できる。何とも気楽で、退廃的なサイバーパンク稼業を明日からでも始められるお得な三点セット特盛りなんて看板が通りに氾濫すらしている。
少数派の遺伝子系の中でチューンドのほうが多いのは、人間の体に合わせ規格化されているサイボーグ部品を使えるから、という理由でもあるほど、サイボーグはこの町には多く、規格化され商品化され出回っている。警察なんかは、クモノスを使っての共同活動の必要性から全部このタイプだ。
逆に言えばミクスドである「クリオネ」は、人間とは規格外の体組織が多すぎて、商品化されたサイボーグにはなれず、必然クモノスを使った情報収集も限られる、というわけ。それだけではなく、サイボーグなら壊れた部品を付け替えればすむところを、強化されているとはいえ自分の再生能力に任せるしかないなどの問題点もある。
つまるところ「クリオネ」は、主流派のサイボーグが人の体を捨て去って得られる恩恵のかなりの割合を受けられないでいる・・・
えらく古いたとえだがVHSに対するベータ版のビデオテープみたいなものか。
ともあれ「クリオネ」が言いたいことは、そうであるが故にこれ以上の情報収集は難しかった、ということ。そして。
「でもさ。マシロは改造人間なんだよね。動物の力と機械の力、両方持ってる。だったらさ・・・」
「・・・つまりここからは俺が探ればってことなんだろうが・・・」
ため息が漏れる。クリオネの姿と、一応クモノスの張り巡らされた荒れた町、それと先刻まで立ち回りしたサイボーグどものことを思い返す。
(あいつらが見たら、噴飯物なんだろうがな。)
思い返す。自分の体を最初に作り変えた、白衣の悪魔たちの得意げな顔。
ネオショッカーの技術からすれば、チューンドやミクスドなんかは少々出来のいい雑種に過ぎず、サイボーグなんかは日曜工作のブリキ細工といったところか。
人工培養された生体強化部品と人間本来の遺伝子的強化、それだけでもチューンドやミクスドが超えられない通常生物の限界を突破した領域。そこにそれら生体強化に完全に適応する形で設計された機械強化、神経系の改造による生物や単純機械とは一線を画する認識・行動開始の段階での心の速度の強化。
それに加えて、それこそネオショッカーの人体改造担当者以外の余人にはうかがい知ることすら出来ぬ、科学の枠どころか物理法則の枠からもはみ出した、魔法、呪術と呼べるかもしれないものまで総動員した、闇の科学の総合芸術。
それがネオショッカーの改造人間である。最も、その全てがマシロの体に注ぎ込まれているとは言いがたく、その体をマシロが完全に活用しているとはもっと言いがたいが。
いずれにせよ、今のこの島の技術水準を、それでも遥かに超えている。
のだが。
「・・・俺だって出来ねえよ。機械が埋まっていても、プラグもジャックもこの体にゃあついてねえ。生憎俺は完全オフラインだ。」
「ええっ!?」
クリオネの呆れ声を呼ぶように、今はそんなご大層な体もぼやきのネタにしかならない。
外部との接続が前提であるサイボーグと違い、より完全であるが故に改造人間にはそれがない。その体と、例外として仮面ライダーとそのバイクのような「もう一つの体」以外とは一切関係せず、完全と言う完結し内部循環だけで閉じた形を形成している。
それゆえに、壊れた部品を取り替えたりメンテナンスする必要のアルサイボーグや自然治癒力任せのチューンド・ミクスドと異なり、機械部分も生体部分も命と機械の常識を超えた速度で自己修復するなど、サイボーグを超えた要素は確かにあるが。
この町におけるサイボーグの利点は、やはり使うことは出来ないのだった。
それこそ外部との関係性が無いという点で言えば、技術的には「上」とはいえ、むしろその有り様はアナクロなフィルム映写機に近い。周囲との規格が一切合っていないのだ。
「じゃ、どうすんのさ?!」
「うっせーな。改造人間の喧嘩にゃあな、要らねえんだよそんなもんはよ。情報が欲しけりゃ・・・」
クリオネの問いを無視。聴覚を近くの声ではなく、遠くの物音に集中。
抜き放つ拳銃は、最近購入のS&W・M500違法改造品。俺の親指より太い50口径弾丸を六発抱え込んだ、人間が射てる限界すれすれに踏み込んでるらしいが踏み越えてねえかという馬鹿銃。
前に一度リボルバーにこだわるあいつの店で一応リボルバーということで置かれていつつもやはりややゲテモノ扱いされていたのを見かけたが、こいつはそんな生易しいもんじゃない。それをさらにイカレたガンスミスがいちびっていじくった、馬鹿の上にアホと間抜けが乗る代物だ。
炸薬増やすために弾倉伸ばしたせいで、もう多分これサブマシンガンよりでかいんじゃねえか?ダックスフントと象の混血みたいなデザインになっちまって、すこぶるアンバランスで持ちにくい。挙句他にも変なギミックが幾つか仕込んであって、ますますグロテスク。
実際、ホルスター懐に入らねえし腰でも邪魔なんで背中に斜めにくくりつけた。忍者刀かっつーの。ニンニン。ウサ耳GUNニンジャ。Z級映画にもなりゃしない。
「ぶちのめして強請りとる!」
撃つ。耳が発射音で馬鹿になる。この町に来てから扱い始めたが、実際のところこの体にあまり銃は向いてないのかもしれない。だが、直前まで捉えていた相手には、当たったようだ。こんだけバランスの悪い銃をちゃんと当てるなんざ、俺の腕もまんざらでもないと自惚れてみる。
しけたヤマで報酬代わりに掠め取ったが、馬鹿にされそうなんで時計屋の奴にはまだ見せてない。今のところずぼらな俺がメンテなしで振り回しても壊れてないだけは、あのガンスミスは腕前誇ってもいいと思う。
「っ〜〜〜〜!?」
出し抜けの発砲でくらくらしている「クリオネ」の上を跳び越えて、俺は相手までの距離を一足で詰める。
(・・・よく考えたら・・・)
空中にいる間に、当たり所によっちゃあ強請りとるどころか相手は脳みそ粉々じゃねえかと気づいたが。生憎狙いをつけるときにそこまで気にしなかった俺の脳みそは再生時そこだけ無事だったにもかかわらず粉々以下のレベルか。
畜生。
空中で一回毒づいて着地。
「ぐえっ!?」
悲鳴。相手は生きているかと一瞬思うが、それにしちゃあ聞きなれた声だ。
着地した足元を確認して。
「・・・ど畜生。」
二度目の毒づき。そして嘆息。
足元には見事に脳天を打ちぬかれて頭の吹っ飛んだサイボーグ一人。
その下敷きになってさらに上からマシロに踏まれて気絶した、恐らく情報収集用に持っていたのだろうノートパソを貫通した弾丸に粉みじんにされた顔見知りの映画館店主兼情報屋兼こだわりのある武器屋。
「・・・間が悪すぎるぜ、「時計屋」。」
で、その後。
目を覚ました時計屋に、案の定銃のセンスに文句を言われた。
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