#11
その数ヵ月後、俺たちは、某アジアの繁華街の、何を出してんだか、よく分からない飯屋の二階に居候していた。
動くたびに、撃たれたところが少しばかりまだ痛い。
「対改造人間弾薬なんて、効いてねぇぞ。あとあの人工衛星の事も!」と言ったら「アナタならそんなもの屁でもないでしょう。人工衛星のほうは、あの島の上空の事はあの島に関係する中から何とかするしかなかったろうし、言っちゃったら顔に出ちゃうタイプじゃない。」と笑われてしまった。チックショー。
ま、非公式とは言ったものの、数々の裏社会・・・いや、それどころか、各国が、「自分たちの手を汚したくないこと」なことを一手に引き受けていた大手の一つがつぶれた。
すると、何やかやと騒がしくなるだろう。だから、ほとぼりが冷めるまで、今しばらくおとなしくしておいたほうがいい・・・。それがメフィストの意見だった。
しかし・・・実のところ、俺たちは・・・いや、メフィ何もやってないから、「俺」は・・・ひどく疲れていたのだ。
俺はよく覚えてないんだが、件の死の島から帰ってきた俺は、ひどかったらしい。島まで迎えに来たメフィに連れてきた女の子を「これ、頼むわ」といったきり、何せ一滴の酒も飲まずに、三日間寝込んだそうな。
いや、思い出してきた。メフィストに銃を突きつけたんだっけ。
確か、俺は、植物人間状態のノインを、元に戻してくれといったんだったっけ。それとも、死んだエレンを生き返らせてくれ、と言ったんだったっけ。
メフィは、二つとも首をふった。エレンの方は、もう完全に死んでいる。ノインの方も、魂がもうすでに死んでいる、と言った。
死んだものは、そう定められて天に召されたんだから、深入りするとロクなことが無い、とのコトだった。
「あなたも、この稼業長いんだから、分かってるでしょう。」とも。
一度死んだ俺と付き合ってるんだから、俺がそんな屁理屈が通る女じゃないよな。と反論した。すると、メフィは首をかしげ、何か思いついたようだった。
だけど、すぐに首をふって、呟いた。
「いえ、やめときましょう。」
「おい。何か言いかけてやめました、は、明らかに会話の憲法違反だぜ。続けろよ。」
「いえね。その子の記憶と、この子の記憶を融合させてみたらどうかな、と思っただけ。体の方は彼女たちの、使えるパーツを使って、ニコイチにするわけ。
彼女の記憶の方も、寄木細工みたいに、足りないところをお互いに補わせてみたらどうかな? と思ったのよ。ただね・・・。」
「ただ・・・? 」
「彼女が彼女である保障は出来ないわ、って話。
例えば、あんた、今からあんたの記憶を、全部別人に移してあげるから、死ね、って言われたらどうする?
」
「そのふざけた奴の目玉を抉り取り、そんな発想をする自分の脳みそをたっぷりとナマで見せてやる。」
「でしょう。素直に死ぬ人は皆無だって言ってもいい。つまりね。その人をその人たらしめているもの・・・他人と自分を区別する、自分しか分からない自己・・・魂と言い換えたほうがいいかな・・・それは、記憶を移しました、ですむ問題じゃないのよ。お分かり。
だから、結局は、生ける死人をもう一人作り出すことになる・・・。」
「リビングデッドを目の前に、言う台詞じゃないな。」
メフィは、心底楽しそうに笑った。
「了解。おしゃべりな死人にはかなわない。」
思い出した。
記憶が飛び飛びになっている。いつどこか。あるいは、この事件が始まる前かもしれねぇ。
だが、確かに俺達はこんな会話を交わした。
これがこの顛末。最後の追想。
メフィは、わざとらしく顔を仰いだ。そして、ぼそぼそ犬がしゃべるように話し始める。
「・・・ちょっと話が変わるけど、MRって人間だと思う? 」
俺は、返事に迷った。俺と同じ、赤い複眼、硬い外骨格に潜む狂気と殺意。凶暴な力の塊。歪んだ人間であるのは、俺と違わない。
だけど、あの複眼一つ一つに宿る目は、俺とは違っていた。
俺は目の前の泥の河しか見てなかったが、奴の目にはその上に広がる青い空があった。
あたしは、間違いなくそれに嫉妬し・・・そして、強く惹かれた・・・。
俺の回想をよそに、メフィは続ける。
「いやね。MRって、見た目は完全にバケモノ。怪人と変わらないわよね。実際、アレをみて『バケモノ』って泣き叫んだ子どももいる・・・。」
俺は少し、奴の話を咀嚼してみた。
「すまん。話が見えねぇ。」
「いえ、ひとりごとみたいなものよ・・・。神は、自分の姿と似せられて人間を作った。だけど、我々はなぜ、『怪人』を『人間』に似せて作ったのかしらね。」
「かっちょいいから、とか。」
俺はふざけ半分で答えた。
メフィは、目を丸くした。なるほど。と言った。
「それもあるかも。前々から不思議に思ってたんだけど。『人間を殺傷する』『秘密裏な行動をする』その他もろもろ。目的を果たすための体は。何も人間の体をとる必要はない。それは、マニピュレーターしかない、あるいは蛇の形をしている、多様な産業ロボットが証明している。更に言うと、例えば怪人を目の前にした恐怖感。蛇でもライオンでも、猛獣ならいくらでもいるのに、怪人へ対する嫌悪感、異形感はその比ではない。どうしてなのかしら? 私も、実はNS時代、そういう質問をしたんだけど・・・。」
「どうなった? 」
俺はなんとなく聞いた。
「彼らはこう言ったわ。NSの理念は、このままでは到来する地球環境の崩壊に備えるため、人類の数を減らし、そして支配する事。人間に制裁を加えるために、環境の崩壊に適応するために、新たな自然を作り出してその中で生きるために、人は獣にならねばならないのだと。だけど、私には、それと同じくらいかそれ以上に、『怪物』のつくり手が、人間体にこだわってるとしか思えないのよ。そう考えたら、あそこの怪人は・・・いや、すべての怪人って『人間怪人』に思えない? 」
「ニンゲンカイジン? 」
「そう。人間モチーフの怪人。獣の力を取り入れるなら、それこそ最低限文明を活用するための手だけついた獣でもいいのに。きっと、いずれ東西核戦争が起こる事を想定していたが故に、裏からそれを調停し、愚かな人類の自滅を防ぐ超越者たらんとして『神々』や『悪性英雄』に化身しようとしたGの連中は、『神々』や『悪性英雄』という人型の者をモチーフに研究を進めたからこそ、『我々はどうして人間の形に拘るんだろう』っていうことを特に意識したんでしょうね。そして、一部の過激派、『神々』も『悪性英雄』も放擲した派閥はこう結論づけた。なぜなら、そこに彼らは自分の姿を見るから。人間をかたどった姿を通して、自らの唾棄すべき狂気、邪悪をみるのだから。時に理不尽に人を裁き祟る『神々』よりもそれは恐ろしく、特定の『悪性英雄』等象らなくても、人間のうちすべてに悪は遍在する。そして邪悪こそ力なら、人間の本質がそれならば『人間』をモチーフにした怪人を作ってもいい。」
「ち・・・ちょっと待って・・・。モチーフ『人間』? そいつ『怪人』なの? ぶっちゃけいくら優れていても、『人間』で『怪人』なの? ついで言わせてもらう。そいつは、結局、『凄い悪党』以外の何もんでもないじゃないか。悪党なんざ、ついでに言や、悪党人間なんか、佃煮にするほどこの世にゃいるってのに、わざわざ作って増やすようなもんか?」
メフィストは困ったように顔を上げ、そこでため息をつく。
「だからこそ、Gもこの計画を廃棄したんでしょうね。」
「アンタの頭も、同レベルってこった。」
俺はけへへと笑った。
「目の付け所は、悪くないわ。けど、もう少し深く考えられないんじゃ、アンタはもう一つ下。・・・ただ、目の付け所は悪くないわ。しいて言えば、奴らはこう言いたかったんてしょうね。『神が自分の姿に似せて人間を創りだした。なら、神も、その血を引く英雄も、われわれみなと同じ、世界一邪悪で強力な怪物・・・。人間にすぎない。』
「だから、何なんだ。やっぱりただの悪い人間にしか見えねぇよ。」
「そう、その通り。だけど、世界一尊いもののなかに、世界一邪悪な己の姿を見る。この発想の転換。これこそ怪人たるイコンであり、人間の倫理観を逆転させ破壊する。モラルハザードを起こしたかったんでしょうけど・・・。『だから何なんだ』よね。」
メフィストは、俺の方を見て、えらいえらい。とほめた。
そして、心底不思議そうに吐き出した。
「人間を人間たらしめるものって、なんなんでしょうね。」
その時、彼女がどうしてこだわって改造人間なんか作ってるのか、なんとなく理解した。
いや、そんな会話は、現実にしてないかもしれねぇ。全ては夢のなかのことかもしれねぇ。
しかし、俺はそんな会話を確かにした。
目が覚めた俺は、まるで魂が抜けた人形のごとく、三日三晩煙草も吸わなかったらしい。その反動で、夜は一夜で二箱も煙草を明けていたらしい。
ついでに言うと、俺がそんな事で時間を費やしている間にも、地球は回り続けたらしい。時間もちゃんとたったらしい。そして、ノインだかエレンだか分からんものも、退院したらしい。
俺の間接も、筋肉も、内臓もなんとなく軽やかになったころに、メフィに渡されたメモ。そこには、エレン(?)の現住所が書かれてあった。
見舞いに何を持っていけばいいのか分からなかった。散々迷った末、シェリーを持ってくことにした。ほかにも、「念のためのもの」を持っていく。
人からはよく「頼むからてめぇ基準で物事を考えるな。」と言われるが、少なくとも手ぶらで行くことは避けたことはほめて欲しかった。
奴の新しい城は、ありふれたダウンタウンの、人と屋根に張り出された洗濯物であふれた、ありふれたビルだった。
路地には、ほどほどに、猫と鳩と、子どもがいる。いいところじゃんか。入り口でぶつかりそうになったガキをよけ、俺は笑いを返す。
ベニア板で作られたんじゃないか、と思うほど、よく言えば簡素、悪く言えばお粗末なドアの前。俺は躊躇した。
このドアを開ければ、また、子犬と狼の瞳を持つ少女に会えるだろうか?
そして、彼女は、新しい翼を手に入れたのだろうか?
このまま、ドアから回れ右をして帰った方が、彼女のためにはいいのでは? とも思ったが、ええい! あたしゃ女だろ。女は度胸と分厚い厚化粧。
萎えそうになる手を思いっきり叱咤して、ドアノブに手をかける。
しかし、その前にドアノブは開いて、彼女が顔を出した。ものごとはいつもそんなもんだ。
彼女の部屋は、前とはがらりと変わって、殺風景な部屋になっていた。
人一人、寝るだけの最小限の大きさを持ったベッド。一日の生活にたるだけの食料品を詰め込めるだけの、小さな冷蔵庫。持ち運ぶことを前提とされた、ミニノートパソコン。それをつみながら、横で書類作成も出来るだけのスペースがある机。飾り気の無い、パイプ椅子。
「メフィストから聞いた・・・。そろそろ来るころだと思った・・・。」
そして、彼女は、前置きもなしに「何のよう? 」と聞いた。
「おいおい。人がせっかく見舞いに来てやったんだぜ。そういう時は、『ありがとう』って言うもんだ。」
彼女は、こちらをじっと眺めていた。そして、言った。
「そんなことを言って『ありがとう』といわれても、返って苛立ちが増すだけよ。悪いけど、あなたと私は、今日初対面になる。私はあなたのことを知ってるけど、それは、私を作ったメフィストって人から聞いたこと。ここへあなたが来るまで、『トヴァ・マシロ』と言われても、顔さえ分からなかった。実を言うと、私、自分の名前も思い出せない。
メフィストは、アイン。あるいは、ノイン、とか、エレン、とか、好きな名前を選べ、って言われているけど、いまいちそれが、自分の名前だということが、しっくりこない・・・。」
そう言って、再び俺の顔を見つめる。
再び、沈黙がその場を支配した。結局、いま彼女が言ったことすべてが、言うべきことすべてでもあり、それで俺たちの会話は終わりだった。彼女はそれ以上の言葉を持っていなかったし、その記憶も無かったし、ましてや、語るべきそのものの人格さえ持っていないかもしれない。そこへ、まったく知らない人が来て、何を話せばいいんだろう。
俺は、言葉に詰まったので、改めてあたりを見回した。
ただ、そこには「ムギと王様」「指輪物語」「冒険者たち」など、少々の児童文学があった。
そして、古いアップライトピアノと、その上に乗るサボテン。ピアノは、掃除をしたらしく、古ぼけたものとはいえ、つやつやしていた。
俺の頬が緩んだ。
「わーったさ。あんたは俺の知ってるエレンでもないし、ノインでもない。ましてやアインじゃねぇ。俺はあんたを知ってるけど、あんたは俺を知らない。それでいいさ。それがいいんだ。」
買い物袋のそこにしまわれた、シェリー以外の切り札。
そんなあんたには、こいつがお似合いさ・・・。心の中で呟くと、俺はリンゴとアールグレイの茶葉を置いた。
「餞別だ。俺はリンゴのむき方も、アールグレイの入れ方も知らねぇ。悪いけど自分でやってくんな。」
卓球の視線を背中に感じながら、ドアへ向かった。
そのとき、ピアノを爪弾く音がした。
・・・ここから見ていると、あなたのことがよく分かる・・・。
繊細かつ、はかなげなその曲は・・・・。
「だけど、覚えてるものもある。この曲・・・。初めて、私が持った感情・・・リンゴがおいしいということ・・・・。うららかな昼下がりに飲む、アールグレイの柔らかさ。そして・・・。」
・・・その姿優しい形、その優しい声も・・・
「石野卓球、って名前・・・。」
俺は、奴の方を向いた。奴の顔は、相変わらず仏頂面だったが、それでも、春風のようなピアノの音色がすべてを語っている。
窓を開ける。初夏が終わり、本格的な夏が始まることを告げる、新しい空気と、抜けるような空が広がる。
この町すべてが、この曲に包まれてしまえばいい。ささやかな野望を胸に、七月の風に、メロディをそっと乗せた。
Fin
戻る