後編


幸い本日の愚痴と説教と面白がりはそれほど長い時間かからずに済んだ。


最も、その後、頭の悪い改造人間にとっては、たとえそいつが聴覚過敏なウサギちゃんだったとしても、喋られ続けるより考えながら喋るほうが骨だということに気づかされる羽目になったが。
何しろ、事の原因たる小鳥は、今も猫の死体と抱き合って、平然としていらっしゃるのだ。
時計屋とクリオネへの説明は、全部俺のすることってわけだ。俺は何度も言うが実は賞金稼ぎでも狂言回しでも雄弁家でも、児童番組の教育お姉さんでもなく、生憎保険会社の雇われ人なんだが。

「俺自身、どうだかよくわからねえんだけどな。」

これは、小鳥の目的や脳の中身に対しての説明の締めくくりであり、俺の仕事が、という意味ではない。
・・・そうだととられると、色々と困る。

ともあれ概略を聞いた時計屋は、アフロ頭をかしげてこう言った。

「で、マシロよ・・・」
ああ畜生。視線だけで言いたいことが分かっちまいやがる。
「あーそーだよド畜生こんなワケワカな状況に放り込まれてはいそうですかと敗走できるかってんだよ!この脳みそ鳥娘きちんと最後まで配送してやらあ!」
「やっぱりか。」
苦笑いをする時計屋。阿吽の呼吸というか理解が憎らしい。
人間ってのは実態もないもんを憎むことも出来るという例だが。とりあえずこれは鳥娘の奴に押し付けておこう。

こんちくしょー。
けど、ここでこの厄介なネタを放り出す気には、何故だかなれなかった。
ケリをつけろと衝動が無駄にでかいとしばしば思う胸の内側で騒いでいる。
これのせいで、いつも騒ぎに巻き込まれて死にそうになるんだが。今回は手錠で繋がってるのは猫と死体で兎じゃないのに。

アホ(Aho)でバカ(Baka)な選択(Choice)だが。

こいつは、きっと。

「・・・ああ、この子のことなら、知ってるよ。私案内できるー。」
何かきっと柄にもないことを考えていた俺の思考を現実に戻すクリオネの言葉。とりあえず、何だかホットミルクじみた時計屋の微苦笑から視線をひっぺがす。ビールもってこいビール。ミルクだ?だれがそんなガキくさいもん飲むかよ。
クリオネは、この汚れた街で始終どたばたしてるくせに相変わらず水のように滑らかな髪を首をかしげると同時にさらさらと流しながら、死んだ猫を見ていた。
溜息をつくような、そんな一言。普段は一人だけ浮いてるはずなんだが、誰かさんのブラッディドレスのせいで、全然違和感が無いのが逆に違和感だ。

「さあ、真っ白アリスさん。話はまとまりましたね。」
「うるっせえー!?俺をそんな珍妙ちゃんぽんな名で呼ぶなあ!?」

そいでこっちが何か言う前に小鳥がさえずりやがった。脳みそから相変らずメルヘンワールドで周囲を塗りたくりやがって、思わず兎も鳴こうってなもんだ。
「車回してきたよー。」
「クリオネっ!てめえも準備が早えーよっ!!」

で。まあ、そこはたまたまこの「島」を構成するフロートの継ぎ目に当たる部分のなかで、継ぎ目自体を維持するブロックと離れた反対側・・・つまるところ、隙間が多くて隠れやすい、なるほどおあつらえ向きのブロックだった。
「けどまあ、知れてるんだよな、お前には。」
「ああ、それは、まあ。殆ど偶然なんだけどねえ。偶然、ここで会ったの。ちょっとした、知り合い、といってもいーかもね。」
そう言うクリオネ。別に、どういう偶然で、どんな出会いだったかは聞かない。こいつは謎が多いが、そんなこといちいち気にしている暇は無い。

しかし、偶然出会えたってのでもなければ、なるほどそう簡単には見つからなかっただろう。排水の流れる音と複雑な構造が反響して、俺の耳でも周辺の構造把握が難しい、入り組んだ場所の奥。
偽装された壁で囲まれた、ちょっとした隠し部屋みたいなその場所。

その隠し部屋に、二言三言クリオネが声をかけると、死んだ猫と同じような、けどもっと小さな、まだ手足の伸びきらない10歳前後のジーンミクスドが二人出てきた。二人とも猫と同じく、哺乳動物系の遺伝子を混ぜ込まれているらしく、四肢末端や外耳、尾てい部にその発現を見ることができる。うち男児が一名、女児が一名。
ぶっちゃけて言えば、ケモ耳肉球尻尾つきのろりしょた都合二人前。バラバラがお好みなら切り刻んで分けてもう少し分ける側を増やせるかもよ、と。
それだけ、この物騒な島ではカモというか被捕食者的存在である、と、馬鹿なくせに一丁前に印象を皮肉めかせてみた。動物めいた人間の姿を作れるようになっても、人間が動物以下のままというのを俺もこいつらも体現しちまっているわけだ。

ら、ら、ら。心悲し我等科学の子、か。

「こんにちわ。私は貴方たちの保護者を殺害いたしましたものです!」
そんな物思いと、猫だけではなく隠し部屋の中に居たジーンミクスドたちとも面識があったらしいクリオネの言葉をぶっとばす、鳥娘の言葉。
「な・・・あっ!?」
「ひ!?」
しかも、同時に踊るようなあの動きで、猫の死体を子猫どもにつきつけやがった。

「おいこらこの馬鹿鳥!」
思わず、時計屋も叫ぶ。振り回される立場とはいえ、あいつは存外モラリストだからな。
そして俺は単純馬鹿だったので、純粋に鳥の無茶苦茶振りが頭にきてその頭を張り倒した。

「ああ・・・いえ、痛くは無いです。」
「質問してもいねえことに答えるんじゃねえ!」
第一、んなこと気にしてねえどころか、痛くしてやるつもりで殴ったんだが。

それから後が、また大変だったらしい。
泣き喚く子猫二人。そりゃ当然のことなんだが、当然のことをこの島でしていては当然の結末しか訪れない。
泣いている暇なんか無えんだ。
こういうとき真っ当に親切な・・・つまりこの島では馬鹿だとされる・・・連中は、子供を慰めようとするもので。
必然時計屋の奴はそれにかかりっきりになっちまい、そして偉い苦労をしたらしい。

なンで伝聞系かっつうと、俺みたいなケダモノには到底そんな親切なまねは出来ないし第一やり方がわからねえんで、場を離れてあとからクリオネに状況を聞いたからだ。
「鳥」の奴がこれ以上騒ぎを起こさないように場を離すべく引きずってた、というのもあるが。

「何考えてんだてめえはよ!」
「何も考えていません。鳥ですから。」
又も、ぬけぬけとしていながら意味不明の言葉。
俺は思わず。鳥女の胸倉をつかんだ。腹立ち紛れに服地をひねり上げる。布を破らないように加減してるとはいえ改造人間の力だ、多少どころではなく絞まっている筈なのだが、鳥の奴は表情も変えやしねえ。
せいぜい、布地が引っ張られたせいで、胸の肉に食い込んでそれを強調しているだけだ。同性の俺にゃあ、それがどうしたって光景でしかない。
「ただ、当然の反射をしているだけです。死を知らないままでいることも、秘密にしておくことも出来はしない。無理にしても、あの子たちの運命が野垂れ死にに決まるだけだということですし。」
確かにそいつは、まったくの事実だ。
「残酷なまでに慈悲深いこったな。で、どうするんだ?知らなきゃ確かに野垂れ死にだが、知ってもあいつらに生き抜く力はねえ。小鳥が子猫を籠の中に引き取って、
「ああっ、ちょ、ちょっとー!」

・・・慈善家として表彰される気かい?」と続けるつもりだった俺の皮肉は、向こうに戻ってたクリオネの奴の叫びのせいで、哀れ皮肉どころか皮と肉に分かれてデリに並ぶくらいバラバラになっちまった。
で、何かと思えばあのケモミミ子猫どもがそろって、後を追うクリオネに先んじて俺と鳥の間に割り込んできた。

「何やってんだよ。」
「いや、その。」
俺の問いかけに、しきりにあたまをかくクリオネ。
まあ、何がおきたかは正直問わなくても分かっちまう。分かっちまうが、不手際を指摘せずにはいられなかっただけなんだから、別段それ以上どうこうってことはない。
「・・・当身でも食らわせたほう良かった?」
「時々無茶言うよな、お前は。」
「私からすればマシロ、時々無茶じゃないこと言うじゃない。」
「どーゆー意味だよ。いや、言わなくていーっての。」

可愛い顔してるが、こいつは確かにこの島の住人なわけで。この島らしいことを口にもするわな。
昔言われたとおり、俺は所詮この島にとっては「客」なんだろう。
だから少しばかり「違う」にしても、「無茶じゃないこと」というのを「可愛いこと」か何かのような口調で言われると、少々どころでなくむずがゆいんだが。

そして。むずがゆさで会話を打ち切ってみれば、どうも鳥とけも子猫たちの会話の様子がおかしい。
なんというか、子猫たちに・・・鳥が追い詰められているように見える。

というか、実際追い詰められているようだった。空を飛んで地上を見下しているかのように綽綽とした鳥の態度は、せめて骸だけとででも対面させてくれたことに対するガキ子猫二人の律儀過ぎる礼で、猟銃にでも撃たれたように吹っ飛んだようだった。
いや、本当ガキってのはこええな。こんな島で、あんな猫がどうしてそんな丁寧な教育をしてやがったんだって礼儀正しさだ。
何事かを言い出すつもりだったような鳥だったが、二言三言、適当に相槌を打って会話を打ち切ると、その後よろよろと俺のほうに遁走してきやがった。

「どうしたい?」
根が意地悪なので、問い詰めてみる。ようやく見つけた弱みに付け込んでみる。
「言いましたよね、戒め、罵り、奪う、と。私は、あの子たちに危害を加えたいのです。」
「言ったな。意味はわからねえが。」

困ったように、助けを求めるようにもう一度物騒な発言をする「鳥」だが、その表情から最初の不気味さは抜け落ちつつあるようだった。

「ですが、あの子たちは、私のことを恨まなかったのです。せっかくウサギさん相手に恨まれ方を練習してみたのに、うまくいきませんでした。」
「ほうほう・・・ってこらぁ!俺は練習台かぁ!?」
思わず叫ぶ。
このやろうという視線をたっぷりと送りつけてやったが、撃たれて地面に落っこちた鳥は、これ以上落下しようがないらしい。

「分からないのです。だから、許せないのです。許せてはならない筈なのです。この島のルールでは、力のある者は許せないものを平気で壊したり殺したりするのでしょう?」
初めて。
初めて、この鳥の言葉と表情の歯車がかみ合ったように感じた。
「だから、私もそうするべきなのかと、思ったのですが。」
それは、淡々とした無表情に近かったのだが。声にも、表情にも、僅かに同じ感情の色がのぞいている。

それにしても、この島のルール、ね。
改めて、この島の「日常」のいびつさを、この鳥の言葉は浮き彫りにしていた。
最も、無茶苦茶なこの島のルールと同じくらい、「ならばそれをやらねばならない」と考えるこいつも無茶苦茶な奴、なのだが。

・・・そんな風に感じる俺は、無茶苦茶ではない、というつもりなんだろうか?
誰にそう言ったわけでもない。誰かにそういわれたわけでもないが。
異常すぎるこいつといると、真っ当ないつもの付き添いどもとの空気と違って、自分の中にあるはずも無い真っ当さが勝手に浮き彫りにされていくような気分になる。
・・・こいつと一緒にいると感じる、どうしようもない不快感は、ひょっとしたらそれが原因なのだろうか。

「・・・最初は、お前のことを化け物か何かとも思ったが。」
タバコを取り出した。いつもと同じポケットに突っ込みっぱなしのペルメルだったが、今日は珍しく潰れてもいなかったし、血やら何やらでしけってもいやしない。

「成る程籠の鳥だな。要するに・・・分かってなくて、どうしたらいいか分かんなくて、おろおろしてただけじゃねえか。深読みしすぎて馬鹿を見たぜ。いや、俺はいつでも馬鹿だが。」
「え?」
カートゥーンで、猫が執念深く籠のカナリアを追いかける理由を、少し理解した。
爪を立てる一瞬を想像して追い詰めていくのは、楽しいもんだと俺は認識する。タバコを銜える。火をつけた。

・・・いや、今の場合は、猫はカナリアを追いかけているんじゃなく、カナリアを守って死んじまったんで、兎が籠を狙ってるんだが。

「何が「貴方たちの保護者を殺害いたしましたものです」だ。私のせいで私のせいで、ってか?助けられるだけが能の三流ヒロインじゃあるまいに。要するに、猫が死んだことに対してどう反応したらいいのか分かってないだけじゃねえか、お前。あんまし珍妙なリアクションさらしてるんで流石に気づかなかったぜ。」
煙を吸い込んで、吐き出す。
肺の細胞を苛め殺しながら、吸い込んだ煙を吐き出すこいつはやっぱり止められない。薄灰に染められた空気の籠の向こうで、鳥が表情を変えていた。煙のせいで、どう代わったかは分かりづらいが。

「・・・んだよ。」
ふと気がつくと、クリオネと時計屋がそろって俺を見ている。
時計屋は、目を丸くして驚き、あきれたように。
クリオネは、ニヤニヤと微苦笑の中間の笑顔をして、これまたやっぱりあきれたように。
「なんで、あきれたような部分だけが共通項なんだよ。」
「いや、な。」
隣のクリオネを見てから、にやりと自分に笑いを伝染させて、時計屋はつぶやいた。
それに促され、こちらは自分に驚きを感染させて、クリオネが図ったようなタイミングで続けやがる。
「不倶戴天の敵みたいに言ってる癖に、アドバイスを欠かさないなんて律儀なような可愛いようなと。」
「お前ら、事前に口裏合わせてないか?ありえねえ妄言揃って偽証しやがって。俺がいつンなことしたよ。」
にやにやした空気を振り払おうとする俺。
さしあたって、何かなま暖かい視線を寄せる二人を。

「っ、来たぜ!」

その前に叫ぶ。目の前の二人より腐れ縁なウサ耳からの警告を。
ダレた話題に花を咲かせてても、一応クリオネも時計屋も、流石にこの町の住人だ。どっちも咄嗟に自体を察知し、伏せて。

その間には、俺も即座に鋼のパーティクラッカーを抜いていた。どうやら、こないだ射殺した連中のご同業らしい。正直、こんなイカレた鳥を殺して利益になる連中がこんなに多いというか、こんな鳥を殺したいからってこれだけ沢山の連中が集まるような金をばらまく奴が居るってのは、限りなく鬱陶しい話だと思いながら。

しまった。
その瞬間になるまで、俺は余計なことを考えてしまっていたことに気付かなかった。
子猫たちへの注意を、一瞬忘れてしまっていた。咄嗟に改造された脚に力を込める。まだ分からない。改造人間は「心の速度」からして、人間や普通のサイボーグとは違うという、死ぬ前、うろ覚えの昔に教えられたことを頼りに。・・・しかしまあ、「心の速度」が違っても、これだけあっちこっちに意識を散らすダメ人間がそれを使っていては、あまり意味は無いんじゃないだろうか。


そして、飛び出す直前の視界の中、鳥が羽を翻した。
あいつが飛びだした。猫の死体を抱いたまま、ウェルディマグナムというアイツの嘴と鈎爪を振りかざして。

「ちっ!」
状況を理解することはまず先んじて放棄し、俺は獣になって跳ねる。
跳ねた上に空まで飛ぶ、俺の昔の敵ほどではないが。改造人間の跳躍能力は、擬似的な三次元戦闘能力を俺に与えた。
水平方向に意識を集中している普通の人間が相手なら、鳥のように飛べなくても、見下ろすことくらいは出来る。

籠の鳥のほうは最初から飛ぶことは放棄して、銃を閃かせようとしていた。羽ばたいた羽は飛ぶ為ではなく、立ちはだかるために。

視覚が聴覚に錯覚を強いるほど、それは見事に美しい舞だった。最初に見たときと同じように。
音楽が聞こえるのだ、舞踏会の会場に流れる、雅やかなメロディが。
死んだ猫の手をとり、腰を抱き。そしてまた猫の死体であるはずの肢体も、小鳥の体にしっかりとからめられ。
取り合った手の中に、角張った銀色の拳銃を抱いて。
跳躍した瞬間上から見た様子は、旋回の遠心力で広がる血染めのスカートが、さながら紅の華。
だが。
「・・・あ。」

ぱぁん。

流れ弾が、あっさりと鳥の腕を砕いた。
砕けた腕が、まるで羽毛のように舞い散る。赤い血のような液体が、羽毛に華麗な色を付加した。
まるで歯車が狂ったかのように、前は弾丸をかわしては当てかわしては当てていた鳥の舞は、全てワンテンポ遅れ、射撃をはずし、弾丸をその身に受けてしまう。

「〜〜〜〜〜〜〜っ!」

囀るような悲鳴。銃弾から猫の死体を庇うように、身を捩らせる鳥。
だが、それどころではなくなる。直後、悲鳴のオクターブが1上がった。
猫を庇おうとした鳥を、子猫の二人が一緒になって突き倒したのだ。
逆に庇うように。
当然のことを、するように。

飛び上がった俺からは、子猫二人の顔は見えない。死んだ猫の表情は、動かない。
もどかしいことに、この戦いの最初の最初、鳥と猫とのABCは、俺の手の中には無い。
ただ、今はひたすら。
飛べないでいるバカ鳥と、食べる相手を守って死んだバカ猫と、保護者の死因なんぞ助けようとして死地に飛び込んだ大バカ子猫二匹が死地にある有り様が、目の前にあるだけで。

俺はそれに、ウサギらしくもなく噛み付くだけだ。詰まりは、俺もバカと。

(庇うことは出来ないが。相手が次に動くより先に殲滅することくらいは出来るか)
する必要も無い・・・いや、鳥の奴の確保は仕事の範疇・・・猫と子猫のことか・・・

「1、2,3,4・・・!」
雑念を払うための声。歌うように数え上げる、敵の数。こいつらにはこいつらの事情か或は欲望があって、この鳥撃ちに参加したんだろう。

建物の壁を蹴り、体をジャイロみたいに回す。

手足を動かし、耳をはためかせ、ジャイロというには凹凸が激しすぎる体を空中で制御する。

目を動かし、耳を働かせ、全身で風を感じ。

引き金を引く。反動で動きを変える体を認識するのは面倒だが、バイクを駆りながら同じようなことをやるのと、定まらない状況には代わりはない。
風に乗る、なんて、ガラでもない上にけったくその悪いことは言わないし思わない。んな戯言は、俺を蹴り殺すのが仕事の敵に似合うもんだろう。
動いた体の反動にあわせて照準を切り直し、もう一度引き金を引く。回転する俺の手の中で回転するリボルバーの弾倉。

回る視界の中で、もんどりうって倒れる敵・・・敵なんて名前じゃあないだろうが。あいつらだって鳥でもなければ猫でも子猫でも無く。
他の何であってもその名前があって・・・違うな。このクソッタレな「海の家」では、名前じゃなくて番号しか持ち合わせてなかったり、その番号すら消しゴムかけられちまってるような奴が、うじゃうじゃと居る。


そんなことを考えている間に、弾倉が一回転し、弾丸が尽き、俺は着地していた。
弾倉がスイングアウトして、空薬莢がコンクリの上で鳴る。


一瞬の攻防。いや、防、は無かった。攻撃と攻撃の交錯。時計屋の映画館で見た西部劇の昔から、銃撃戦というのはそういうものだったが。

「・・・おかしいな。もう少し、居たはずなんだがよ。」
一瞬の戦いと、その後の耳が痛くなるほどの静寂。
跳んで撃って、ついでに見た。そのときは、現れた敵はもっと多かった。
だが、着地したあと、仕掛けてくる奴が誰もいない。この島は馬鹿だらけだから、そんなに簡単に負けを認めるような殊勝な奴は少ないはずなんだが。

そして馬鹿といえば・・・だ。

視線を、鳥のほうに向ける。硬い剥製か時計細工のように、撃たれてばきりと砕け散ったその腕に。

「ああ、困った、困ってしまいました。」
驚いたように、呆然とするように、恐れるように、鳥は鳴いた。
「私、壊れてしまいましたかもしれません。その、色々と。」
機械仕掛けの鳥が。
きしきしと歯車をきしませる。軋む歯車の口調と・・・腕の断面から零れ落ちる、本物の歯車と。

「私は・・・人形です。本物のための、替え玉の人形。血もにじむほど、精巧な人形。」
アンドロイド。それも、自分の意思を持ち、行動を縛る原則をもたない完全自由型(アンチアシモフ)。挙句、擬似的な血流を機構に取り入れた生態偽装型。いや、生体部品と機械部品を組み合わせた生機融合型かもしれないが。今は関係ないが、先の発言での「機械や獣が混じっていたり、生きて動いていようと」というのからすると、後者の可能性が高いが。
影武者としては成る程うってつけかもしれないが、しかし、それんしては自由意志があるのは余計。人形としての不自然さを消すためにしては、人格データがアンバランスすぎる。作り手の酔狂以外に、これでは理由を見出しようが無いが。
「私はただの代替物で、実質守るべき価値なんて無いのです。なのに、彼は私を守って死んでしまいました。」
そういって、鳥は死んだ猫に視線を落とした。

「・・・そういうことかい。」
そのタイミングで、時計屋が苦虫噛み潰し、持っていたノートPCのディスプレイを開いた。
映像が映っている。
目の前にいる「鳥」とそっくり同じな女。その居場所は捜索依頼の出ている路地裏では、無い。

華やかな、日の当たる場所で、そいつは、本物に偽者の・・・つまりきちんと上手くつくろった、穏やかな微苦笑を浮かべて、手を振っている。
テロップの文字は、みなまで読むほどの興味をなくさせる内容。ありきたりに陳腐な、大物とやらの・・・俺たちが行方不明になったから探せと命じられた奴の来訪のニュースだ。

つまるところ。捜索依頼が出たことそれそのものが、本物の彼女を守るためのカムフラージュ、だったということか。
本物と偽者が街に出ている、のではなく、偽者しか最初から街にはいなかった。

別のルートでの移動、別のルートでの戦いに対しての、予防的な一手・・・そのただ一手の上に、一つの死が乗っかって。

ただそれだけのことといえば言える。
しかし、こんなことでこんな結果が、とも、言えば言える。

きっと時計屋の「そういうことかい」は、その意味で二重写しなんだろう。
事態と、目の前の「鳥」の心と。両方とも。

「けど・・・お前さんを運べ、っていう依頼自体はまだ生きてるみたいだ。」
「デコイをしまわないと、誰かが勝手に使うかもしれない、ということでしょうね。」
保険公社の情報を調べて、顎を撫しながら呟く時計屋。砕けた片腕を放り出して、鳥はディスプレイを覗き込んで、自分を玩具と言い切った。

「それで・・・どうするの?」
ちょっとの間に、クリオネが呟く。
俺に。時計屋に、鳥に。
それと、二人の子猫どもに。
どうするか。成る程、今一番ホットな話題だ。必然、ほっとは出来ねえ。
デコイは、帰ればまずしまわれてしまうだろう。それに子猫が二匹ついていっても、デコイの持ち主さんからすれば知ったこっちゃあないだろう。
けれど、じゃあどこへ行けばいい?

「届け先までお付き合い願えませんでしょうか、皆様。それと、貴方たちお二人も。東洋の童話では、鳥は己の羽を引き抜いてでも、恩を返すものとされるようですし。」
優雅に自分の分のソレも加えてますます血まみれのスカートを翻して、鳥は頼み込んだ。
「この子二人の身の振り方を、出来れば何とかつけてあげたいんですけど。さて、デコイとして切れる手札でどこまで出来るか、ですが。」
俺に。時計屋に、クリオネに。
それと、二人の子猫どもに。
「巻き込まれてそれで終わり、踏みにじられてソレでおしまい・・・それが、私がいやで、この街の流儀にのっとってぶち壊すべき対象だと思ったわけなんです。」
そう言う、鳥。
まっすぐだからこそ無茶な提案。

「するにしても、どうするつもりなんだ。てめえのことも満足に出来ない籠の鳥に、何が出来るってんだ?」
「それなりに、腹案は無いわけではないです。機械仕掛けは機械仕掛けなりに、得手と不得手がありますから。たとえば私の中の情報とか・・・得意分野のほうで何とか。しかし、それは私がすること・・・というかしたいことで、ウサギさん、貴方がしなければならないとなっていることは、私を送り届けることではありませんか。」
人に頼みごとをしてるくせにこの女。
馬鹿丁寧な口調で押し隠しちゃあいるが、そりゃ、深くは首を突っ込むな、ってことだろうが。
しかも、巻き込みたくないって表情で言いやがって。ナメられたにもほどがある。
「もう少し頼りがいがあるんだったらンなこと言いやしねえよ。・・・オメェらはどう見る、で、するよ?ガキンチョども。」
俺は乱雑に口を開いて、にらみつけた。
怯えて泣いて悲しんでるくせに、尾羽打ち枯らした鳥をかばった子猫二匹に。

「きっと。野良猫みたいに死んでいくんだと思ってた。兄ちゃん、いつも助けてくれたけど。それでも、いつか・・・そして、誰にも悼んでもらえないって。」
少しだけ、ほんの少しだけ妹分より背の高い猫の弟分のほうが、口を開いた。
「けど。」
ぽつり、と、妹分のほうも。綺麗な目で、鳥を見上げた。弟分は、そっ、と、鳥の無事なほうの手に、自分の手を触れさせて。鳥は、それに、とても、うれしそうに。
成る程、こんなに不器用で歪んでて、変わってて曲がってて、しかも表現が下手で挙句自分でもどうしたらいいか分からなくておたおたしてるような奴でも・・・
鳥の奴は、悲しんでやっていたんだよな、この事実を。

「ですから、ね。」
ああ、畜生。最初(ファースト)のファウストの記憶が疼く。
鳥が浮かべた初めて真っ当な微笑は母親の匂いがした。狭苦しいフロートの隙間、淀んだ海水のうねる音の中に似合わない、空と太陽の匂い。

何かを言おうとして、伸ばしかけた手、言いかけた口を、引っ込めて、閉じるクリオネが視界の端に移った。
思えばあった当初は生意気盛りというか無茶な性格していたが、こいつも少しは変わったみたいだ。
最も、それと今の鳥たちの現状を重ね合わせて期待的幻想を持つわけじゃあないが。

けれど、相変わらずクリオネの奴は表情が豊か過ぎる。何が言いたいのか丸分かりじゃねえか。
それでいいのかとか手出ししないのかとか何かしてあげれることはないのかとか。

「・・・あー・・・」
その視線を受けて、ついつい俺は、口を開いちまった。最初の説明で、俺にとって口を開くのはパンドラの箱を開くのと大体同じだって学習したはずなのに。
それで俺と時計屋とクリオネ、鳥と子猫二匹の、言葉というパイの投げあいが再開されて少々続き。
結局、馬鹿みたいに静かになったはずのこの場所を、散々騒がして。
・・・結局何も変わらず、ため息を一つ。
出来すぎた子猫どもと、そんな育て方をした挙句自分まで出来すぎな死に方をした猫と、そんな奴らに係わったばっかりに歯車が軋んじまった機械仕掛けの小夜鳴き鳥。
三者、いや子猫は二匹なんで厳密には四者に一回という手抜きなため息を。
ため息なんぞじゃすまない事なんだが。

少なくともこの鳥は、許せない事柄を許さずに居たいらしい。そして行き場の無い子猫二匹は、それにチップを乗っけると腹をくくった。
誰が言うまでもなく、こっちが口を出せる理屈でも無く。


「・・・分かっても許せない事、ってのが、この世にはある。」
詭弁を、弄した。
「だったら、分からなくても許せることってのも、あるんじゃねえのか?」
自分もだませない詭弁を。
無茶はせず、もっと楽になっていいんじゃないか、という。ああ、畜生、糞っ食らえ。それで楽をさせたとして、子猫どもはどうすればいい。俺たちで何とかしようとして、何とかでいる保障も無い。何もしないで帰って、それなら鳥も何も問題もないって保証も無い。
だからといって、鳥が頑張ったって、何がどうなるかも分かりゃしない。

やれと言われてやらなかったり、やるなと言われてやったりする、天邪鬼な俺。
そんな俺が珍しく、積極的に誰かにしてみた提案は、案の定やんわり拒絶されちまった。

「でしたら、それはなおさら、ウサギさんには譲れませんわ。」
そう、婚姻を誓うように切実な声で、籠の鳥は鳴いた。
「この思いは、私のものです。」
きっと、飛び去っていくつもりなのだろう。今度は自分の羽で籠を飛び出すために。

「そう思うお前に対しての俺の思いは、どう落とし前つけてくれるんだ?」
兎は跳ねることは出来る。走ることは出来る。
飛ぶことは出来ないが。
だから、兎は走った。跳ねた。精一杯、届くところまで空を侵略するために。

「・・・又お会いすることで、よろしいでしょうか?私が私と決着をつけて、貴方が私に落とし前をつけるには、それが一番かと。」
出来ると思っているのか、とは言えなかった。

弱ったな。
つくづくこいつは好きになれねえ。俺は、慇懃無礼にクライマックスを拒絶する手合いには、歯茎がむずむずして意地でも噛み付かずにはいられないのだが。

何しろ、一度その手を食らったことがある。それも、代金は児童文学一冊で。

・・・あの時は、海を泳いだ。海と同じように塩辛い水の中も。
だから本当に、まったくもう、嫌で嫌でたまらねえのだが。
こいつは馬鹿丁寧な鳴き声でさえずっている癖に、泣き声みたいに懇願してやがる。

「やって見せますとも。ウサギさんに借りを作りっぱなしというわけにもいきませんし、まして、この方にも。」
鳥の無表情も囀り失って、なお羽ばたこうとするそいつは、湿った声でそう言った。
「・・・この方に対して、私が借りを返せる機会は。この方に、私が何かしてあげられるのは。これっきり。この、一度っきりなのですから・・・この方の心残りを肩代わりできる機会は、もうこの一件だけ。これ以上の嘆きは無いところへ、彼はいってしまったんですから。」
もう死んだ相手に、届かない愛を誓った。

鳥は飛び立った。猛禽でも無いくせに、小さな獣を二匹も抱えて。
籠の中しか飛んだことも無くて、羽なんて折れかけのくせに。





そいつは、飛んでいってしまった。




で、だ。

はなはだしいことに、この話にも、ろくでもないオチが追加されている。


鳥を保険公社まで送り届け、時計屋とクリオネに子猫たちの扱いが良くなる様な適当な説明を頼み、それに背を向けてから数日後。
「あ、兎さん、こんにちわー。」
「こん、にちわ。」
「ん」
「だあ!?」
鳥と子猫二匹にあっさりまとめて会っちまった。もげた片手を元のそれよりは精度で劣る機械式の義手で補っていたが鳥は存外元気そうで流石にもう猫の死体を抱かず服も真っ当、子猫どもも挨拶を返してくる程。
チェイスもしてねえのにバイクで事故るなんざ、久しぶりの経験だった。

いなくなるのはきつい。いるのはうざい。
けれどまあ。泣き笑いじゃあなく苦笑いできるだけ、ましではあるか。

本音を見せない鳥と、年齢不相応の礼節のせいで控えめに見える子猫が俺と再会するまでにたどった顛末を、一応その後知りはしたが流石に今改めて反芻する気力がうせるほど、痛恨の事故だった。
本当に、もう。いや、結局一応の対価は、俺の仕事としては珍しく得ることが出来たのだが。
それ以上に疲れた。だから、この事件はここまでである。その後いつも顔あわせてる面々が、あれやこれやと俺の表情について突っ込みを入れたことなんざ、本当にたいしたことじゃないんだ、絶対に。

そんで、実はこの後、意外にも、またこいつらは俺にかかわってくるんだが、それは今は置いておいてくれ。

終わり。
というか終われ。



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