普通とは何なのだろう。
平凡とは何なのだろう。

そんなことを考えたって何の意味もないし、考えるようなタマでもないし、考えるだけの脳味噌もない。

其れが俺。兎の再生改造人間マシロ=トヴァ・・・・まあ他にも名前はいっぱいあるんだけどな・・・なんだが。

「ったく・・・」

毎度毎度金にならない射ち合いやってるんで最近では誰にも信じてもらえないのだが、実はこう見えても世界公益保険保障公社のエージェントなわけで。
今日はその仕事に繰り出したわけなんだが。

「もう、いやな予感もしねえよ・・・」

今回は対人保険に付帯する・・・ええ、中略すれば保険会社と契約してる人が誘拐されたから助け出して送り届けるっていう。
ちょっとどっかで聞いたようなお仕事なわけだ。はいはいデジャヴデジャヴ。

こわもてと悪態に相反するウサミミ見れば分かるとおりに、こう見えてもロリガキにハメられて殺されかけたこともあるか弱い小動物なんで、怖くて仕方ないんだがね。

「どういう状況だよ、これ。」

裏路地、俺の目の前に。

山猫をベースにしたジーンミクスドの小僧の死体が一つ。
そいつの手首についた手錠。・・・はやりなんだろうか、手錠。この島では。
と。
手錠でそいつと繋がった、保護対象の女が一人。
真っ白なカクテルドレスを返り血に染めて。血塗れたドレスに浮き立たせられたボディラインは、不自然な何かがある。下着というには明らかにごつい、ホルスターか拘束具の類かと思われるベルト類が浮き出ていた。
氷細工にも見えるような尖ってるくせに透明な美貌を、強引に塗りつぶすような柔らかな微笑を浮かべている。一体どういうつもりかはわからねえ、そういう意味では嫌な笑いだが。
柔らかなウェーブとロールを丹念にかけられた髪も、なんと言うか、クールな地顔と血塗れの服装に対して印象を壊滅的に支離滅裂なものにしている。

「不思議の国は何処にでもあるものです。たとえ、私のような籠の鳥が飛んでいける範囲にも。いえ、実際には飛んで来れたわけではないというところが絶望的ですが。」
言動までも支離滅裂だった。ヤクでもキめてるのかと思ったが、生憎常人の数千倍の嗅覚には、かぎタバコほどの刺激も感じられない。
この島じゃあ、タバコよりありがちなんだが。もっとも、天然でヤクより派手に脳みその中身をチャンプルーにしてるタワケも、同じくらい多いんだが。

「ハン、俺がアリスってガラかよ。生憎時計どころかハンカチも持ち歩かねえ趣味だし。ともかく、今日のお仕事確保で戯言付き合いはおしめえだよ。」
たわけたことをたわけた表情で抜かすたわけた女にとりあえず悪態一発。
実は本名がアリスだというのを、恐らく知っているはずは無い偶然だろうと思い込んで動揺を発生前にひねり殺す。

俺と、自称籠の鳥と、死んだ猫。
Alice、Bird、Cat。


今日も、厄介なことになりそうだぜ。


run rabbit junk A.B.C


「ってわけだ、」
「はい、ついてきてくださいね。」

とっととついてきな。
そう言う前に、鳥娘は歩き出していた。こっちに従うようにってんなら真っ当なんだが、全然別のほうに、俺を従えるように歩き出してやがる。
しかも。
手錠で繋がれた猫少年の死体に、肩を貸して一緒に歩くようにして。無論死体が自分で歩くわけでもないので、引きずってることになるが。

「違うだろ、ついてくるのはお前だ。」
死体に貸してるほうとの反対の肩をひっ掴む。どう考えても自称かごの鳥の一人歩きに気楽に付き合っている暇は無い。義理も無い。意味も理由も関係もねえ。
愉快さなんて、ましてやねえ。

「いえ、貴方に保護されるのはやぶさかでは無いのですが・・・その前にどうしても行かなければならないところがございまして。」
相変らず面に似合わぬ柔らかな微笑を浮かべたまま、鳥娘はこう答えやがった。

「生かしてつれて来い、っつわれただけなんだがな、俺は。」
生きている状態でつれてくることが出来れば条件完遂とみなすというのを逆手に握って、この面倒な娘を恐喝する。
お嬢様に分かるかどうかは微妙なところだが、わからねえならとっくり語って聞かせてやってもいい。
両膝打ち抜いてほっつき歩けなくした後、ひきずって連れて行ってもこの島のルールじゃあ余裕でセーフだってことをな。

「ええ、ですから。愚かな癖に繊細で頑固な私が、目的を果たせずに悲観して自殺しては貴方、お困りでしょう?」
舌に歯をかけたせいで少し歪んで微笑む女の口元から、かすかに赤が咥えたように一筋。
同時に、そのしなやかな手は、死んだ猫少年がまだその手に握っていた拳銃に添えられ、自分の心臓を狙っている。

変に角ばった機関部から伸びる全体からすれば短小銃身の上についた大きなリブがどうにもこけおどしくさいくせにこりすぎた特徴の、オートマグをコルトガバメントがカマほるか蛇みたいに後ろから飲み込もうとしたような格好の拳銃。
475ウィルディマグナム、45口径以上50口径未満で、出た直後にあっという間に最大口径という売りを奪われた威力のくせに印象がヘタレな拳銃だ。
・・・まあ、この時代に生き残っちまってる拳銃ってのは大概が、対サイボーグ・チューンド用、稀に対改造人間用も混じるが、ともかくカスタムされているものがかなり出回っているので、見た目の銘柄と口径と威力だけじゃあ測れないんだが。

いずれにせよ。
そんな恫喝が通じるほど、生ぬるいつもりは無い。生身でも、あるいは仮に見た目からは分かりにくいジーンチューンドか、特に精密なサイボーグか何かでも問題は無い。
銃を持った腕をひねり上げて舌を噛もうとしている顎を無理やり開くことくらい、腕が二本あれば改造人間には容易い事だ。

(くっだらねえ)
何を言う価値も見いたせず、俺は手をのば。
(!)
その瞬間、鬱陶しくも俺のトレードマークであるところのウサ耳が反応した。目の前の相手に伸ばすつもりだった手を、即座にホルスター向けに切り替え。

飛び出してきた相手に、銃口を向ける。この町のルールでは引き金が軽いから、なんて理由じゃない。単に相手が先に銃に手をかけただけだ。
『先に抜くのはお前かも知れないが、先に撃つのは俺だ』とかなんとかいうセリフを、昔時計屋で見た古い西部劇で聞いたような気もしたが。

ウサ耳に障る銃声は二発。そのうち一発が俺の体に風穴開けてれば・・・終わりになるかと一瞬思ったが、今までのゴタゴタを振り返るに、銃弾一発では余程運が悪くない限り終わりにはならないのが、滅んだくせにしぶとい改造人間の体ってもんらしい。もっとも、俺は常に運は最悪だが。
つまり、今日も死ぬよりキツいダンスパーティ、ってわけだ。
ついさっきまで猫の手もろとも自分の心臓に突きつけてた銃で、俺が狙ったのと同じ相手を撃っていた籠の鳥を横目で見て、そう思う。
俺のS&WM686プラスと、そいつのでもあり死んだ猫のでもあるウィルディが、してもいないハイタッチのようにシリンダーをカチと接触させたのが、何だか痒い気分だった。
故事来歴こーのーがきからすりゃあトーシロの筈なのに、きちんと訓練をしたチューンドなみかそれ以上の速度で銃を繰り、命中させやがったことが、何となく、別にプロのプライドなんか持ち合わせるほどでもないのだが、何となく気に障る。
腹立ち紛れにぶん投げるようなガンスピンをキメる。
で。そいつはそれを最初から最後までとっくりと眺めたあと、身長にに、手を添えてくるり、くるりと銃をゆっくりまわして。その後、銃を何処にしまったらいいかもわからず、途方にくれた様子だった。

「ああ、すいません、なにぶん最低限の練習しかしていなくて、「撃つこと」はなんとかなっても、その前後がどうにもうまくいきませんで・・・」
はにかむようなそいつの笑みは、洗面所で手を洗うハゲタカか、或いはゴミ捨て場に頭を突っ込んであさるゴクラクチョウかというくらい。
嫌悪すべきなのか面白く思うべきなのか、それも分からないくらい。少なくとも、襲ってきて今死んだアホが誰かを探る気は、失せてしまった。

「・・・・・・」
単なる盆踊りだかオードリーだかの休日気分なのか。
「幸福の王子」みたいなバクシーシ(喜捨)でも・・・いや、こいつは女で、バクシーシは王子様のイメージとやらとは毛色が違うイスラム語だが・・・なんでそんな童話なんぞ覚えてるかもう忘れちまったが、そういった薄ら寒いくらい甘ったるい何かなのか。
それとはべつの、とんでもなく歪んだ何かを飲み込んでこんな擬態あるいは自己欺瞞をしているのか。
宇宙人とでもあった獣のように、俺の五感は全開で目の前の相手を観察しだしている。一件直接命がどうこうなんて状況じゃないのに、ここまで勝手に自分が危機感を覚える状況なんて、滅多に無い。

「それで、その。」
「行くんだろ、おら!」
問いかけようとするそいつを封じるように、そいつが行こうとしていたほうに足を踏み出し、そいつを引っ張る。

乾いた音とともにウィルディが暴発して、路地裏に弾丸が跳ねた。
動き始めた空気が急に引きつるが、かまわず俺は言う。別に誰に当たったわけでもねえ、なら気にする必要もねえ。
「・・・行くんだろ。そいつは安全装置でもかけて、パンツのゴムひもかガーターベルトにでもつっこんでおきやがれ。そしたら死体しょってもせいぜい男が・・・」
「あ、いえ。もう戻しておきましたからー」
後ろを振り向かなくてもウサ耳のせいで音で分かるが、小鳥ちゃんは律儀にも猫のつけてたヒップホルスターに銃を戻したらしい。
こっちがくっちゃべってる間に。バカだと自認してるクセに自分をとろくさいとは思っちゃいねえ俺は、ますますこいつが気に食わなくなった。

とはいえ行くといってしまった。こいつも、いくつもりだ。どこへかは知らねえか。
またぞろ、死体に肩を貸して、籠の鳥は歩き出す。背丈俺より低くて、、俺より細身に見えるのに、俺と同じくらいの背丈の猫の死体を肩で担いで、平然と歩いているあたり、
(やっぱり、ただの・・・ってんじゃねえんだろうな)
「で、だ。」
「?」
険相を作って横にらみにすると、小首をかしげやがる。
心底疲れるやつだ。いっそ、死なない程度に拳を叩き込もうかという衝動がぞくりと尻尾から脊髄を這い上がりかけるが。
だが、同時に皮膚からはなんともいえない、別のゾクゾク。
手をツッコんだら、そのまま突っ込んだ分だけ手が溶けてしまいそうな、強酸のプールサイドに立ってるような。
「そいつ、名前は?どんな、ヤツだった?」
ただ、同時に何か、惹かれていた。いや、知的好奇心だろうか。
「さあ・・・実は、存じ上げません。」
「ハァ!?」
さらりと歌う籠の鳥。
・・・ところで、兎は鳴くことってあるんだっけか?
関係ないことが不意に脳をよぎった。
「なにぶん・・・詳しいことを訊くほどのコミニケーション時間を持つことが出来ませんでしたので。」
そういいながら、小鳥は猫の血で濡れそぼった髪をいとおしげに撫でた。
相変らず、口で言うことと行動することの関係が、いささか見えにくい女だ。こっちはバカなんだから、少しは加減しろ。
「飛ぶために脳みそ軽くしたのか、脳みそ自体が元から風船なのかはっきりしやがれ。」
「・・・この子は軽くありません。」
今度のやりとりは、何とか理解できた。
要するに、てめえ頭わいてんのかってのを俺が脳が軽いと表現したのを、こいつについての感情は軽いもんじゃねえと言い返したわけだ。
「この子は、私を助けました。私を守って傷つき死にました。この子は、私を通して、この子が守りたい者を見ていました。この子は、その人たちの所に帰りたがってました。」
「だから、どうするってんだ?死体を持って帰って、遺族に立派に戦いましたっていってやるのか?」
分かると、少し底が見えたような気がした。
少しばかり変わっているだけだ。或いは、それも世間知らずゆえなのかもしれない。センチメンタルな、成る程裏路地に落ちてきた籠の鳥なのだ、と。
「まさか。そんな益体も無いことを。」
だが、帰ってきたのは、予想外の軽蔑と苛立ちの色。
「・・・・・・」
かっこ悪く、耳が落ち着きなく揺れる。
向こうさんの視線は、それこそ鳥の目玉のようにしれっとして動かない。
「戒め、罵り、奪うために私は行きます。」
そのままの表情で、まるでこちらを籠に入れようとしているかのようにそいつは謎めかせた。
が。
直後、籠どころではないことを押し付けに来る。
「・・・困ったことに、名前も知らないこの子が、いきたかった場所など知らないのですが。」
「おい」
「探していただけます?それとも、殺し合いになさいます?らん、ららら♪」
ひらり。
血でべっとりしたスカートの裾を、まるで春風のようにひらめかせる。
見とれながら動いていた、俺の利き腕。
「乾杯(トースト)♪」
さっきは横を合わせたプラスとウェルディが、今度は銃口で口付けをする。
あいつは猫の死体を抱えたまま、社交ダンスみたいに鮮やかなターンんを決めて、俺に銃を向けていた。
いや、みたいなんてものじゃなくて、裏路地が一瞬舞踏会場・・・そんなもんいったこたあねえが・・・になるくらい、完璧な所作だった。
濃厚な血の匂いが、香水と入り混じり香る。当世風の調合と、俺がパヒューマー(調香師)なら嘯くだろう。
髪の毛が羽ばたくように舞い、捻じ曲がった青空の微笑がきらめくが。
それよりも、俺は、慣性の法則でまるでそいつに頬擦りするようによりかかった、死んだ猫の顔が気に掛かった。

体には銃創数箇所、刃物や爪や牙による傷もやっぱり幾箇所も。奮戦の末、って、俺個人としては慣れ親しんだ印象の死体だな。
放出品の耐環境コートが翻った下は、みすぼらしい印象のタンクトップと裾のちぎれたジーンズ。裾の揺れ具合から、ウェルディマグナム以外にも何か、まだコートの中に隠しがあるようだ。
所々獣毛に覆われ、その下にしなやかな筋肉を秘めていた体。
顔は・・・意外と綺麗だ。ちょっと驚いた。警察の「子犬」と違って、野良猫というよりは山猫に近い、すっきりした印象をしていた。片方の目が潰れているらしく、閉じられた瞼から溢れた血に半分を塗りつぶされているが、それでも。
死の間際の表情というのは、いろいろなもんだ。安らかなものもあるらしいが、生まれ育ちは死にまでまとわりつくのか、あまり見たことはねえ。
恐怖、嫌悪、絶望、泣き喚いてたり叫んでたり、狂っていたり怒っていたり。おおよそ、殺された死体というのは負の感情を巻き散らかしている。自分が死んだことにも気づく暇もなく死んだやつを覗けば。ある意味、そんなぽかんとした表情のほうが、残酷に見えたりすることもあるが。
こいつも、少しは負の情を見せている。

だけれども。それは、せいぜい苦笑い程度で。一体その苦笑が向けられたのは・・・誰に、どういう意味でだったのか。
残して死んだ。それは感じられる。けれども。何かが、違う。なんと言うか。

死体なんだから当然立てずに、小鳥に支えられているのだが、寄せた頬、その表情。
まるで死体になったあとも、小鳥を守ろうとしているみたいに。
小鳥の言葉を信じるならば、小鳥を通じて自分が守りたい者を見ていたというのに。狩りの獲物、恋人か妻か子供のディナーとしてのカナリアを守ろうとしているかのように、ナゼだか見えてしまう。

しかし、思い出にすがるまでもなく・・・俺という存在が復活再生したものだという大いなる矛盾に目を瞑れば、死体に取りすがって何かが変わったことはありはしない。

「だけれども、今はもう、そりゃあただの肉だぜ?」
「機械や獣が混じっていたり、生きて動いていようと、私たちはただの蠢く糞袋ではありませんか?ほんの少し、神経電流が走っているかいないかの。」
いやらしい挑発に対して、鼻白むほどド汚い言葉。
それを相変らず飛びっきりの笑顔で言い、こちらの神経をかき乱す。
「ともあれ、さて、どういたします?」
未だ突きつけあってる銃口をかちかち鳴らして。答えを催促するそいつ。心持尖らせた唇が、子供っぽくも嘴のようにも見える。
本当に殺しあってもいいのか?
それを確認するように、俺は少し引き金に力を込めた。

きりっ・・・。

軽い音だが、これは刀なら鍔迫り合いも同じだ。スレスレのところで、動く間狙いを外さないようにしながらも、銃身を絡めて、銃口を相手に向ける。
かすかな力具合の変化からの、一瞬での移行。
357マグナム4インチ銃身。小鳥が一体すずめだろうとひばりだろうと、モズだろうと実は剥製だろうと、この距離なら粉微塵。
だけれども、475口径のハンパな虚ろは、確かに俺の眉間をにらんでいる。脳髄から何から、吸い取り吐き出そうとする、嘴に狙われているような気配。
俺の中の兎的部分が、鷹に狙われたように、狙いを外そうと逃げ惑おうとしている。
冗談じゃ、ねえ。

別に、案内するも探すも、せいぜい手間が増えるだけのことだ。面倒だってんなら、いっそこいつの確保って仕事事体諦めてもいい。
はずだが。
微かな銃の軋み、金属の擦れる音を、俺の耳は聞いている。
嫌悪と興味と怒りと恐怖が混濁した感情が、引き金を引かせようとする。

「あら・・・」
あいつは、それを、楽しそうに見ていた。

だが。

「おいこらーーーーーーっ!!!?」
「マシロ、また!?」
・・・
「てめえらそろいもそろってツッコみいれるのは俺の方だけかぁ!?」

ああ、良く考えりゃあ一緒に人探しぃしてて手分けしてたんだから、すぐ近くにいるわな、こいつら。

アフロと、バニーガール(俺の不愉快なあだ名の一つ)と、クリオネ。
Afro、Bunnygirl、Crione.

最近では、集まると大惨事の始まりとか言われているらしい。
不本意極まりねえ。




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