run rabbit junk tencount encounter(前編)
夢の中に胡散臭い笑顔を浮かべた神様が現れて、ラップのリズムでこう言った。
「へいYOU、バニガール、欲しい物ありゃ言ってみなYO!」
俺はこう答えた。
「たまにゃあ頭を痛めないですむまっすぐな事件をくれ。」
日焼けしてアロハ着てハッパキメてる神様になんぞ、高望みはしやしない、夢の中でも。
ニヤニヤ笑いで物凄く白い歯を光らせてるだけ尚更。
「OK,YOHO、そいつの在庫は前四つ、今二つ。選択肢はでもまだアルZE☆」
奇跡や運命に品数があるたあ驚きだ。今の社会を見れば、大方紀元前に前者の在庫は尽きたんだろうとは想像がつくが。
ともあれ、俺の運命に珍しくも選択肢が残ってるとはな。
「前二つ、品切れで、再入荷の予定はないZE!YOUが・困難・笑い飛ばす英雄劇、YOUが・感動の・涙を与えられるラブ劇!」
神様はリズムを取りながら、くねくねとアクションしつつ歌い。
「今夜の、商品は、あまりもんのあと二つ!YOUが・周囲の・笑いものになる喜劇と、YOUが・最後に・一人で泣く・悲劇と。今の・在庫は・それだけSA!」
ポーズをキメ。
そして俺に射たれた。1発目で眉間をキレイに貫通。俺のそううまくも無い射撃で神様を撃ち殺せるなんて、やっぱ夢だな。
そんな夢を見た。
正夢だったのか逆夢だったのか。兎の祈りは叶ったのか叶わなかったのか。
「クリオネ、そっちは任せた!」
今日の仕事は、くそったれなこの海の家らしい仕事といえばそうだが、少なくとも考えるのは今のところ程々で済んでいた。
唯少なくとも、単純ではない。少なくともこの時点では、夢は正夢なんて単語とは無関係のままだった。探し物がトランクから薬瓶に、薬瓶から人間に代わったんじゃ、上物の懐中時計を持っていても兎は遅刻しちまうってなもんだ。
相変わらず一緒のクリオネに、薙ぎ倒した敵と薙ぎ倒さなかった敵じゃないもんの確保を任せて、俺ことトヴァ=マシロは一跳躍で部屋を横切った。
出来る理由は、跳ねて切った風に靡く、改造手術でつけられた兎耳がしたくもないのにいつでも宣伝し続けている。
やる理由は、今回の仕事の目的が隣の部屋に引っ張り込まれたからだ。
扉を蹴破り、相棒を構える。照準の先には、騒ぎがおっぱじまる前から張り倒されて気絶していた根性の無い小太りで外の世界で言えば中学生ほどの年齢の糞ガキと、そいつを太く毛むくじゃらな腕で盾みたいに構えて自分の盾に銃を突きつけてる大太りの中年禿げ。
小金もちの大太りは兎も角、場末で薬を小分けに数える売人見習いの糞ガキがどうやってんな暮らしで贅肉溜め込んだんだか。事前の調べじゃ太ってたのは「力」を拾う前からだったらしいんだが、まあそれはどうでもいい。
美しさなんざ欠片も無い絵面だったが、そもそもこの島で美しいものなんざ数えるほどあるかどうか、そんなこともどうでもいい。
大太りのほうはそんな体格の癖に骨格筋肉周りに機械化が入ってるらしく、小太りを片手で構える腕も、サブマシンガン、しかもH&KのMP5なんて大型の奴を構える手も、当人の動転して怯えに引きつった情け無い面に反してしっかりとしていた。
後ろから人質に銃を突きつけて、銃口を少しずらすか人質の頭が砕けた後そのまま連射するかすればせばこっちも撃てるようにしてるあたり賢くはあるんだろうが、経験が無いんだろう。
「くそ、あいつめ、高い金払ったっつうのにこんなとき何処に・・・と、ま、待て!待ってくれ、手を引いてくれ!このガキ、正確にいやガキががめた「力」しかお前のビジネスには関係無いんだろう!?」
どうやら用心棒にまで見捨てられたらしい、醜く喚き散らす男の叫びは、後半、敏感な兎の耳にも入ってこなくなった。
肝心の持ち主である俺の脳みそが燃え上がっちまったんだから仕方がない。
人の範囲を勝手に決め込むこの大太りのビジネスとやらは、体よく言えば医療関係。まともに言えば移植用臓器狙いのガキさらいだ。
今日日クローニングって手があるしそれを作る商売もあるが、ありものをかき集めた方が安手に済むというこういった手合いも相変わらず居る。
で、んな家業のこの糞親父が言うにはこうだ。体も中身も猫の子や鳥以下というか比べることすらおぞましい小太りはくれてやるから、俺の仕事にはくちばしを突っ込まずに帰ってくれと。
確かに、俺は保険公社のエージェントで。
今回の件は事故で貧民街に落っこちた、人体に「力」とやらを齎すっつう薬品を無断で使ったデブガキを他のストリートチルドレンと一緒にこの糞親父の馬鹿部下が、移植用だってのに見るからに不健康な小太りをさらっちまったことが発端で。
まあ、ぼんくらぞろいのこの島でノルマなんぞしきやがった経営者としての大太りに、結局責任は帰るわけだが。そのうち三分の一くらいは、拾い食いまでして「力」とやらを得たくせにあっさり捕まる小太りにもあるかもしれん。
それは俺の知ったこっちゃないし、確かに保険がかかってるのはそのデブガキが飲んだ薬と薬のせいで「力」を使うために配線の変わった腐れ脳みそだけで、俺の仕事はそいつを「持って帰る」ことだが。小太りに関しては「持っていく」んだが、薬を作った側に言わせれば、薬のほうが売人見習いより千倍価値があるから、お釣りのようなもんとしてつけてかまわんのだと。
まあ、そう言われてもこいつに大しては同情の余地なんざ無い。
薬を売るだけにとどめてりゃあ良かったものを、拾ったチンケな力を振り回して、女を奪って食いまくり貢がせまくりたあ、てめえで不細工に膨れかえっておいて、男女同権どころか人権自体俺は信じちゃいないが、女をなめるにもほどがある。
挙句下らねえ趣味の侭にガキを中心に食い散らかしやがった。正直、ここでまとめて射殺するに十分値する。
だがまあ、脳の神経配列込みで捕まえないといけないものを、脳みそフッとばされたらそれは仕事の失敗だ。
「さも無きゃお前の仕事はご破算だ!10数えるぞ、そ、その間だ!10、9・・・」
人質に銃を突きつけ時間を定め数える、古典的で陳腐な恫喝。
だが。
別に「可愛そうなストリートチルドレンを助けなきゃいけない」なんて奥歯が溶けるほど甘い言葉を吐くつもりも思うつもりもありゃしない、というかこうして想定するだけでも甘さで反吐が出そうだった。
さらわれるような奴がそう長生きできる島じゃないことは知っている。
だがそれとは別にはらわたが煮え脳が沸いた。
生憎俺は知っていることを無視したり忘れたりすることが得意な馬鹿ったれだというのに。この大太りはそんな俺に損得勘定を計算しろと、計算できるてめえみたいな大太りや小太りの同類になりやがれと抜かしゃあがった。
仲良く一緒にご飯を食べましょう、子供の肉はおいしいですよと。怖気が沸く誘いをしやがって。俺は生憎草食動物だっつうの。ガキを食って平気な奴と舐められた挙句が、唯でさえでぶどもの無様を見たくも無いのに見せ付けられて、視覚的心理的レイプにも等しいこの屈辱にさらに上乗せがあるとはな。
提案されただけで、ぶよとした脂肪に浮く脂汗に対してよりも気色悪い嫌悪感で、俺の体中のふわふわした自前の兎毛皮が逆立った。こちとらてめえと違ってウェストにはぶよぶよは無ぇんだ。胸は別だが。
いいだろう、最後まで数えてみろ。
ゼロを数えた時点でゼロになるのはお前の余生だけだと教えてやる、大太り。
「6、5、4っ・・・!!」
4まで数えたところで、そいつは目に絶望の色を、口元に卑しい色を乗せた。二つの絵の具を混ぜ合わせた、男の顔の絵の題は「自暴自棄のあてつけ」。
「っ!」
野郎、どうあってもこっちが揺るがないと悟ったんならあきらめるか別の手を考えりゃあいいものを。
あてつけで、10数える途中で引き金を引き、俺を間抜け扱いして死ぬと決め込みやがった。
大太りの腹のでかさに似合わぬ肝の小ささと、すぐ怒りや苛立ちが顔に出る自分の単純さと、顔に出た自分の凶暴さに呆れる暇もありはしない。
引き金が動きかけるのが、スローモーションみたいに見える。粘つく空気の中俺も反射で動く。
早撃ちは普通の状況なら、人間とは神経伝達速度から違う改造人間の本領。けどこの状況は。この状況はまずい。テンカウントの途中からいきなりというタイミングに意表を突かれた出遅れと、人質をよけて撃つ狙いをとる時間と。
(些細だがどう転ぶかわからねえ。畜生!)
思う暇も殆ど無い中、俺の視覚はふと、別のものを捕らえていた。
大太りの男の、更に後ろ。そこへ逃げようとして俺に追いつかれ、そこまで行く前に射たれることが確実になった半開きのドア。
テンカウントが始まって、5まで来たところでそこからついとそいつは現れた。
サムライなんだがガンマンなんだか、一瞬ちぐはぐな印象を与える男だった。
武器は、ウィンチェスターのレバーアクションなんて西部劇じみた骨董品と、コルト・S&WのM1917なんて西部劇には出てこないがこいつも些か古風な代物。
それだけ見ればまあガンマンか?というほうに首を傾げたくなるが。そいつを、まるで時代劇のサムライが打刀と脇差を帯びるみたいに、長いライフルと短い拳銃の銃身をベルトの同じ側に突っ込んでやがるのだ。
弾丸を高振動化して貫通力を跳ね上げる旧式銃強化用の外付けソニックデバイスが、まるで刀の鍔にように見えるだけ、なおさら。
部屋へ入る歩行の踏み出しからそのまま滑らかに繋がる、しかし同時に抜く手を見せぬほどの速さで。
撃ち放たれたのは何と長物のウィンチェスター・ライフル。
ベルトに差し込んだそれを、あたかも鞘走る居合いそのものに、抜き放ちざま狙いもろくに付けたと見えぬのに、着弾は精妙そのもの。
銃口を逸らし引き金を引かせない絶妙の加減で彼が腕を射抜くのと、人質を避けて撃つ弾道を見抜いたマシロが引き金を引くのが同時。
マシロの弾丸が大太りの脳天を射抜き、肥満した巨体が人質にとってのクッションになるようにぶよと仰向けに倒れるのと、鮮やかに小手を返し踊る銃身の反動でレバーアクションを決め、廃莢装填されたウィンチェスターが再び男のベルトに戻るのが、また同時。
そこまでは、それほどの一瞬の間。
惑って出遅れた分を計算しても。そいつの抜き撃ちは、改造人間であるマシロと同じほどに早い。
「グッドバッドが裏切っていい時は三つ。色恋が絡んだ時、獲物を争う時、無様を見せられるか強いられる時。今回の場合は三番目に該当だ。」
一瞬の交錯の後、男は己の行動の動機を語った。いや、もはやその姿はただの男ではない。
居合い撃ちにライフルを抜いた一瞬に、人間の男と見えたものは既に別の姿へと変化していた。
総身は鋼で鎧われていた。軍事用重サイボーグと言うには、いささかその装甲は軽度だが、規格品を組み合わせたのではなく一からその人間のみを強化するために合わせて全部の部品をフルオーダーメイドしたその体は、機械式サイボーグに与えうる範囲では最高と言える、単純な精度だけではない「滑らかさ」と「柔らかさ」を動きに与えている。
塔、あるいは艦橋を思わせるデザインの頭部には、幾つもの形式のレーダーアンテナらしきものが、生物の耳目を思わせるどこか有機的・擬人的な並びで配されている。
前出の艦橋という比喩で考えるならば、箱のようなイージス巡洋艦や航空母艦のそれではなく、軍船の技術論理が正に変わり行く過渡期にあった第二次大戦の、レーダーという新しい形を受け入れそしてそれにより滅び行く最後の時の戦艦や重巡洋艦を思わせる風情だ。
固定の武装らしいものは殆ど見受けられず、故にこそ銃を携行しているのだろうその姿は、不思議と旧弊さと新奇さが入り混じっている。
「人質をとってテンカウントをするなら、最後まで数え終わるまで、撃ってはいけない。・・・そういうものだろう?お嬢ちゃん。」
「それで、どうなったの!?」
「落ち着け、そして俺が入院もせずにここに居る時点でたいしたことになってない時点でたいしたことがなかったってくらい分かれ。頭の中までクリオネになったわけじゃねえだろ。」
気絶しっぱなしの小太り小僧を、公社に放り込んで次の次の日。
時計屋の店で、実は当日言い忘れていた昨日の出来事を何の気なしに口にしたら、いきなりクリオネに問い詰められた。
何しろその後クリオネが戻ってくるまでの僅かな間の出来事だったので、俺が言い忘れていれば他には知りようが無かったのだ。
「あとは、そのライフルサムライが「縁があるよう祈るぞ、お嬢ちゃん。」なんてさぶ疣ものの台詞をはいてとんずらこいて、そんだけ。まあ、とんずらのしかたもそこそこ気取ってたけどな。」
ため息一つ。なんというか、むずがゆいような妙な気分にさせてくれる奴だった。
あと、お嬢ちゃんって奴の言葉を真似たとき、時計屋が頬を膨らませたのが、ありゃ絶対噴出しそうに成ったのをこらえたってのがわかってなおさら気分が悪い。
「で、どうよ?」
「そこそこの有名人、っつうか変わり者だな。一応、フリーランスの戦闘屋、護りも殺しもやるようだ。」
時計屋がカウンターに投げ出したプリントアウトをひっさらって見る。クリオネも止まり木から降りて、隣まで寄ってきて擦寄るように同じ紙を覗き込んだ。
人数分プリントアウトするのは、紙の無駄、だそうな、前聞いたが。
「RD=グッドバッド(良い悪)?間違っても名前じゃねえし、偽名にもならねえ。なんだそりゃ・・・ああ、でもあいつ確かにそんなこと言ってたな。」
プリントアウトの冒頭を飾るのは、そいつの奇っ天烈な通り名だった。
RDは何かの略なんだろうが、グッドバッドってのは略にも見えねば名前にも見えない。
「意味は、無いわけじゃない。」
と、時計屋先生の言うことには、所謂ダイムノベルの頭悪い俺ルールの化身たちを「グッドバッド・ボーイ」と呼ぶんだそうな。
俺はある意味では同類の俺ルール馬鹿な訳だが、学がないんでとんと知らなかった。ダイムノベルに学も糞もあるかという奴には、俺が読み書きを覚えた年を拳の数で教えることにしている。
「こだわり、か。そんなんでひょいひょい依頼主を撃ってちゃ、長生きできる奴じゃねえな。」
「そこに関してこの街でマシロだけは絶対に突っ込み出来ないと思うんだけど。それにところがどっこい、長生きしてるみたいだよ?」
同じ紙を覗き込んでいたクリオネが指摘する。
見れば、なるほど確かに。
記録を見れば、命を的にする仕事の看板を、グッドバッドはえらく長い間出しっぱなしにしているらしかった。
「こだわりを押し通せるだけの強さがある・・・って、ことなのかな。」
「はん。つまり・・・諸々のヤヤコシイ条件が絡んだ上にひっかかって生きてる俺より「強い」ってか?」
クリオネの言葉に、似ているが違う同類を思いながら笑う。
億の金と、踏んだヤマと、その他諸々の条件が俺には絡まってる。首吊り縄のようであり、亀甲縛りのようでもあるが、同時にある意味命綱でもあるってのは、鬱陶しいながら意識している。
そんな縄も無しに生きられるのなら。
「いや、そうは言ってないよ。」
「俺もそうは思っちゃいねえよ。」
ばつの悪そうなクリオネの言葉に、むくれたように言葉を返す。
完全に思って無いかといえばどうだかだが、少なくともクリオネにばつの悪い思いをさせるほど強く考えたわけではない。
そうしていると。
軋み音を立てて扉が開いて。振り返ると、やってきやがった。
「トヴァ=マシロはいるか?お前を殺しに来たんだが。」
グッドバッドの格好で。夢の神様発送の、まっすぐな事件とやらが。