run rabbit junk light spider right? (後編)
「・・・呑龍の香主の子供、だ?」
「厳密には私生児って奴だな。」
数時間後。俺の撃った弾丸がやった悪さが無ければもっと早くたどり着けただろう情報に、さんざ回り道してようやくたどり着いていた。俺ではなく、時計屋の予備のパソが。
「法的に何処の国にも出生届のされていない、ついでに言えばこの町のお粗末な公的資料とやらにも乗ってやしない。透明人間みたいなもんだ・・・もっとも逆に裏じゃあ有名人だな。微妙すぎる立場を利用して組織内ではわがままのし放題、ってこった。」
呑龍。この海上都市に根を張る、最大勢力のチャイニーズマフィア。また厄介な名前の、しかもどうにもさらに厄介そうな立場の奴が出てきやがった。組織一分野のボス・香主の私生児とはまたなんと言ったらいいやら。
だが画面は、かき集められたデータらしいのだがUNKNOWNばかりでゴーストタウンの商店街みてえに隙間のほうが多いどころかそれしかないような有様だ。ある意味こっちのほうに何か言ったほうがいいような気がするが。
「首までどっぷり非合法な奴のガキは、首どころか頭のてっぺんまでめり込んでるってことかよ。で、なんでこいつが俺を狙う?」
時計屋に同行できなかった情報を俺がパソいじってどうこう出来るわけも無く。てめえのほうについて考えるしかないが。
正直、こさえたヤマは数知れず、身に覚えなんか星の数ほどあるのだが。どれのせいなのか皆目検討がつかない。
(・・・何で日ごろ厄介ごとは避けようとしているのに、気がつけばそんなことになってるんだ俺は?)
だが、次の時計屋の言葉は、それに疑問を抱く暇すら与えやしない。
「特に理由は無いみたいだな。」
「っておいこらーっ!!」
Q.この俺に突っ込みさせるとはどういうつもりだ時計屋。
A.OKOK。マシロ、分かったからパソコンを抱えて振り上げるな。その状態でもコードが外れそうだし、振り下ろされたら俺の体と魂の緒(コード)が切れそうだ。
そんないつもどおりのクールなやり取りで、ちょっと場を冷却する。
「つまるところだ。お前には悪いが、こいつは道楽なんだよ。単純に言えば、それこそクリオネから聞いたがお前が言ってたっつー、「狩り」だ。」
「・・・んだと?」
帰ってきた自分の言葉に、思わず眉を潜めた。
「・・・そこそこ戦闘能力がある奴ばかり狙って、こいつはもう何度も、狩りを仕掛けて、そしてそいつを殺してやがるらしい。」
ディスプレイの光が、時計屋の皮膚に反射する。
その光のせいだと思おう。時計屋は、青ざめた色に染まって見える。
「クモノスを使って賞金を賭け、情報を操作し。クモノスから接続してるサイボーグを逆に操るサクラ使って扇動し。そして、そいつらを猟犬にして、サクラと同じ操り人形を使って、そして最終的には相手のサイボーグ体の機能すら侵食して奪い取り、狩る。賭ける賞金すらてめえの懐からは出さず、データいじって他人の金を引き落とすってえ徹底振りだ。最も、そもそも確実にてめえで操る人形で殺すから、誰にも賞金は渡してねえ、んだと。」
時計屋の声に不安の色。そばに居て、先ほどから沈黙を守っているクリオネの瞳にも同じ色。
「そのへんの雑魚の群れに強い筈の奴が押し潰されるってのが、正確に言えばそれを自分の仕込みとテクがなしとげるのが、楽しいって感じに歪んじまってんだろ。おーかた。」
だから俺は声を荒げる。
・・・俺に向けられる不安の色は、どうにも我慢がならない。ならなくなってきた。だから、振り払うために。
くそったれ。
「要するに、俺はそれこそ文字通り、網(ネット)を使う蜘蛛の巣にからまったって訳だ。上等じゃねえか。罠引きちぎって、蜘蛛を捻りつぶす。やるこたぁ決まったな。」
苛立ちと、不快感と。
それ以外の何かが、俺の心のアクセルを吹かし始めている。
「き、決まったっておい!その肝心の相手の名前も顔も場所も知らないで・・・!?」
「相手が得意の土俵で調べて分かるもんかよ!」
時計屋が止めようとする。
だがまあ、前は話を聞く前に駆け出していたのを、今回は返事をしながら駆け出すんだから、それで勘弁しやがれ。
「じゃあ一体どうするのよ!?」
「さっきも言ったろ!!情報は奪うもんだってな!」
「クリオネ」が心配する。
別にお前に無茶をしろとは一言も言ってねえ。
「「それはさっき思いっきり失敗しただろ(でしょ)!!」」
「うっせえっ!!」
流石にそのダブル突っ込みは効いた。思わず戸口でこけそうになる。
だが体勢を立て直し、外に出る。
そして止めて置いたドゥカティのバイクに飛び乗る。ラブホテル諸共ローストになった一台目、怪人デブ女のせいでクラッシュした二代目、ろくなことが無かったが、ちょっとした手を使って手に入れたこいつに関しては三度目の正直を願う。
・・・一瞬頭をよぎった「二度あることは三度ある」を、払拭するのに0.03秒。
豪快なエンジンの唸りに耳を酔わせ、それで飛び出してきて何か叫んでいる二人の言葉から意識をそらし。
俺はバイクを走り出させた。
表通りに出たとたん。案の定、わらわらと集まってきやがる。
ジャンキーに賞金稼ぎにバトルマニア、傭兵やマフィアの類も。大半が、やはりサイボーグ。
銃弾。それもロケットや電磁加速、ニードルに炸裂に特殊弾頭。体を機械と融合させたからこそ出来るのだろう精密さで放たれる射撃。
振動や回転、高熱や爆発打込仕掛など、えぐい仕掛けの施された挙句強化された腕力で振り回される白兵武装。
それらをかわし、受け止め、交わし。さっきはうっかりするのを忘れていたが、銃火気の立てる騒音で耳が馬鹿にならぬよう、聴覚神経を調整する。
扇動された頭の悪い奴らと・・・頭の悪さじゃあ人のことは言えないが・・・クモノスへの接続からサイボーグ体の電脳をジャックされた、「サクラ」と「ハンター」。
騙された奴と操られた奴というまあかわいそうな連中を、極悪非道な改造人間であるところの俺は問答無用で打ち倒していく。悪いがいちいち手加減できるような余裕は無い。半殺しになるか全殺しになるかは運否天賦だ。
実は全く勝算も当ても無いわけじゃない。一応の目星はあるのだ。
相手は、網を張った蜘蛛だ。それこそ、比喩的な意味でも、文字通りの意味でも・・・この町の特殊性のせいで。
つまり、相手は「クモノス」を使ってこっちを把握し、「クモノス」を使って俺を殺す気でいる。
であるならば。
相手は、クモノスを使うことが出来るところで、クモノスにアクセスしている。
「くふっ・・・」
自分でそう思って、自分の馬鹿さに笑いが漏れた。
クモノスはこの町のかなりの範囲に張り巡らされている。それはもう、その中を当ても無く探し回るには広すぎる面積だ。
ましてや、相手の面すら知らないのだ。
「さって、どうしたもんかなっ、と!!」
一群を突破し、もう一群が襲い掛かってくるまでの間に、言葉をはき捨てる。
そして、暫くの後。
「あー・・・畜生。」
幾つかの集団を叩き伏せもっと多い数の集団をやり過ごし、わき道で煙草に噛み付く。煙を思い切り吸い込んで、吐く。
「くそ。流石にぜんぜん駄目だなこりゃ。」
手当たりしだいに暴れまわり、探し回ってみたが。状況は当然の如く微塵も変わっていなかった。その過程で、バイクに乗ったままそれこそ数え切れないほどの建物の中に飛び込んで、町中に迷惑と混乱を撒き散らしただけだ。
「どーせ今もリアルタイムで俺のこと見張ってやがるんだろうなあ、ええおい。今は何だ?中休みか?それともおやつの時間かよ御曹司様?」
どこかの監視システムでものっとってこちらの位置を突き止めているんだろう相手に毒づく。相手が居そうな場所を探すということは、必然相手の利用しやすい電子機器やサイボーグが多い場所を巡ることになる。
逆に言えばクモノスの無いところにいけば追撃の手は鈍るのかもしれない。だが、そんなことでは改造人間の俺が婆になるまでの長い長い間、鈍った中途半端な追撃を受け続けることになる。
「いや、逃げまくったら婆になるまで追ってくるか?流石にそこまで気が長い奴なのか?お前はよ。」
また、見ているんだか見ていないんだか相手に毒づく。我ながら無意味な行為だ。相変わらず今日も俺様ちゃんことマシロ=トヴァは馬鹿でございます。
だが、この沈黙は、妙に長い。
「・・・」
そのせいで、つい余計なことを考えてしまった。俺の部屋を事件現場にした挙句にくたばった、あの軍用サイボーグ。
あいつはこうして追われている間、一体何を思っていやがったんだ。
どこの戦場でサイボーグになって、何でこの島に来て、そして。
知らないことをあれこれ創造するだけの無駄が、この状況で自分にあることに驚く。
「あ。」
そして、間抜けな声を漏らす。いや、何が分かったというわけではないが。
何というか、何かが引っかかったのだ。今朝から感じている、命の危機とも無関係なこのもやもやを、解き明かすパズルのピースを、掴んだような感覚。
だが残念ながら、俺を狙ってる奴は、これ以上考える暇を与えてくれないらしい。やれやれ。俺は考えるのが苦手なんだから、もっと時間くれねえと・・・いや、くれても出るかはわからんが・・・答えはでねえんだ。
「酷いや先生。テストの制限時間短すぎだよー・・・ってか。さて、次の出し物は何だ?」
今居る路地と交差する路地のほうに音源1。サイボーグ。ただ、不自然に小柄。撃鉄を起こす音から、銃の銘柄を割り出せば、45口径ジャイロロケット・リヴォルバーピストル。っておい。どっかで見たっけ?それ。
そして案の定。
出てきた奴は。
「・・・「子犬」っ!?」
一瞬、驚愕。なんで警察のこいつまでいやがるんだ。しかも、無表情で機械的な仕草は、どう見ても正気じゃねえ。
上が止めたからといって、下が止まるとは限らない。
無能と腐敗の代名詞と言ってもいいこの島の警察において、そんな例はまず無いと思っていたのだが。
どうやら独自捜査に打って出るような、まめな奴もいたようだ。
「仕事熱心は結構だが、それで結局俺の迷惑になってんじゃねえ!善良な市民様の迷惑になっちまうようならケーサツやるんじゃねえやっ!!」
叫ぶと同時に、後方にもう一つの音源をウサ耳が探知。咄嗟に身を翻すと、突っ込んできた鉄拳がすぐ脇を掠める。
「・・・お前もかよ!バディもののポリスアクションムービーが撮りてえなら,あっさりジャックされてんじゃねーこの馬鹿!」
「篭手」まで現れやがった。あーあー空振りした拳で人様の建物の壁に穴ぁあけやがって。始末書決定だなこりゃ、いやそれともクビか?
「始末書かクビか、それともここで死ぬか?そんでもって俺もポリ殺しで死刑、ってか?」
厄介極まりない状況。だが何故か、俺はこういう時に、笑ってしまう。
「冗談じゃ、ねえっての!!」
「子犬」の持っている銃の弾倉が回る音。そこから、射撃姿勢に入る間の衣擦れやら何やら、心音、サイボーグとしての機械部分が立てる音。
発射音。
だが、銃弾が発射されたときには、こちらはもうその前の音から相手が何処を狙って撃つのかを察知している。あとは、そこから速やかに移動すれば、相手は俺が通り過ぎた場所にめがけて発射することになる。
少々トリックめいている、銃弾かわしのテクニック。
二発目、三発目と打ち込まれてくるのを、相手の銃身を動かす速度以上で動いてかわす。簡単に言うが、これは早々簡単に出来ることではない。何しろ、相手もサイボーグなのだ。
強化された脚力をフル回転。そこが床だろうが壁だろうが蹴り飛ばし、しかし同時に別に俺を一度殺した仮面ライダーみたいに空まで飛べるわけじゃないんで、空中で自在に方向転換は出来ないから、あまり長時間滞空するのは軌道を予測して撃ってくださいという自殺行為なので慎む。
そのせわしない行動に、さらに「篭手」も殴りかかってくる。重点強化された腕力による打撃もまた、銃弾並みに剣呑だ。これも何とか、相手が殴る体制に入るまでのもろもろの音を聞くことにより、銃弾と同じ原理でかわしにいく。
だが、殴りかかると見せかけて掴みかかってきた一発が、特に肝を冷やした。俺の改造人間としての売りはあくまで速度だ。つかみ合いじゃない。つかみ合いの体制になっちまったら、銃弾をよけるどころの騒ぎじゃなくなる。振りほどこうとしている間に何発撃ち込まれるやら分かったもんじゃない。
強度優先の構造じゃあないんだから、それじゃたまったもんじゃない。だが、冷えた腹ん中が、直後かっと熱くなった。
「子犬」の銃弾が、「篭手」を巻き込んだ体制のまま俺にめがけて火を噴いた。
重点的に装甲された部分とそうでない部分、「篭手」の腕と肩のつなぎ目を打ち抜いた小型ロケット弾は、同じく俺の肩を掠め、切り裂いた。
「っがあ!」
焼かれるようでもあり、凍りつくようでもある、痛み。
それを跳ね返す、闇雲な赫怒。
何故怒るのだろう。
何故、唇を噛む悔しそうな「子犬」と。戦闘用の無骨な腕で器用にその頭を撫でる「篭手」と。その姿を今俺は思い出しているのだろう。
それは、新たな謎。先ほど掴みかけた手がかり。それを読み解くより先に、また一つ提示された。
(・・・畜生!)
一度くたばる前もそうだった。どうにも、分からないことが多すぎる。
いや。命燃え尽きる最後の戦いの間際、あの時はそれが、何か感覚的に分かっていたような気がする。そしてそれを、二度目に死に掛けたあの戦いで俺は思い出してしまった。
だが、思い出した、あの時見えていた何かがどうにもうまく今では感じ取れない。
生きることに真剣であろうとしても。何かを目指そうとしている己の心が、何を目指しているのかが見えない分からない・・・あるいは、俺はどこかで、わかっているそれを、無意識に分かっていないふりをしているのか?
だが今、分かることが一つある。
この状況、この状態、何故だかどうにも我慢がならん!
「うぉあああああああああああああ!!」
絶叫と共に、俺は滅多に使わない「力」を、解放した。腕に仕込まれた、高振動ブレード。これを使ったのは、昔仮面ライダーと最後に戦って、殺されたときだけだった。
ブレードを解放。肩にダメージを負った「篭手」の、そちらのほうの腕の動きが鈍ったことによる隙を・・・こちらのほうが傷が軽かったとはいえ、こちらにもダメージはあったので全力というわけにもいかないが・・・突く。
一閃。
仮面ライダー相手に使ったときは中々ダメージを与えられなかった。だが、サイボーグ相手に対してなら、十分に実用。切り裂く。
倒れる「篭手」。その体が崩れ落ちきる前に、体の上を跳躍。
それに、機械的な動きで反応した「子犬」は、空中に居る俺に弾倉残り全弾を打ち込もうと引き金を引き絞る。前にも言ったが、俺は跳ぶことは出来ても飛ぶことは出来ない。
このままでは、蜂の巣というには少々穴の少ない死体になるな。そう思いながら、目いっぱい手を伸ばして、高振動ブレードを路地の壁に突き刺す。同時に高振動機能を一時カット。壁を切り裂いて力が逃げてしまうのを防ぐと、肩の傷から血が滲み痛みが滲むのを堪えて腕に力を込める。
並の人間の膂力では出来ないだろうが、俺もパワータイプではないとはいえ改造人間だ。その腕の力に、さらに他の手足を振り回しての慣性の法則の力を加えて、強引に空中での跳躍の機動を変更。体を壁に寄せると、ブレードの振動をオンにすると同時に今度は脚で壁を蹴る。
斜めに、体ごと袈裟懸けにするようにして、高振動ブレードを「子犬」に叩き込む。
そして、子犬も倒れた。
暫くの、後。
「おう。『再起動』は済んだかよ?」
俺はそう言った。
「っ、痛っ・・・」
「・・・痛覚を感じるのは、まだ生きている証、拠だ。」
そして、「子犬」と「篭手」が立ち上がった。
理屈は簡単。ハッキングされて操られてるってんなら、回線を物理的に切断すればいい。
だが口で言うだけと、実際にやるというのではまるで違う。超聴覚を生かして相手のサイボーグ化の内実を把握し、クモノスと接続する機能の部分だけを狙って破壊する・・・なんてのは、離れ業中の離れ業だ。
少なくとももう一度やれと言われたら、「あー、無理」と返答するしかないだろう。
相手が今まで見たいに大群ではなく二人だけで、かつどういうサイボーグ化をされているのか事前にある程度把握していた相手で・・・他いくつもの要素と幸運と偶然と、それらが二度も重なった結果。
(これまでの諸々の不幸に、少しは帳尻が合い始めてんのか?)
いくら腹が立っていてこの現状に矢も盾もたまらぬ状況だったからって、これを咄嗟にやっちまった自分の無鉄砲と成功しちまったという現状に正直驚いちまって仕方がねえ。言っておくが、俺は別に免許皆伝の剣豪とか何かじゃないんだぜ?高振動ブレードっつったって、拳から直接生えるデザインだし。
ともあれ「子犬」も「篭手」も何とか立ち上がると、自分たちの持ってる応急治療装備で応急手当をしだした。手がかからなくて楽だが、巻き添えに撃ったこととか捜査に付き合わせたこととかを「子犬」が半泣きになりながら謝るのを「篭手」が言葉少なげに謝らなくていいと制するその様子が。
「・・・なんだかむずがゆくてたまんねえんだがよ、おい。」
さっきよりある意味なんだか我慢ならんぞ畜生。
そう俺がぼやくと、ようやく慌てて二人ともこっちに向き直った。
「その、すまない。本当に・・・いろいろ・・・」
「おうおう。謝れ謝れ。そんで、その応急治療装備よこしやがれ。」
今度は俺に向けて謝る「子犬」の頭を一発どつくと、応急治療装備を分捕って肩の手当てをする。畜生。沁みる。
「・・・礼を言う。だが、言うだけでは足りないだろうな、この礼は。」
ぼそりと、相変わらずな口調で「篭手」が今度はそう言ってきやがった。
「なんだ?それにしてもサツが手ぇ出さねえ訳だな。サイボーグを操っちまう相手とやりあおうとしたら、クモノスにアクセスできるサイボーグ部隊が切り札の警察なんざ歯がたちゃしねえ。つーか、警察のプロテクト破る向こうが凄いのか、お前らのプロテクトが年増の貞操みてえにゆるゆるなのかどっちなんだおい。」
正直。期待するのもされるのも趣味じゃないんで、丸っきり当てにしてなかったのだが。
ちらりと「子犬」に目配せする、「篭手」。「子犬」は暫く考えているようだたが、やがて何かを決意して頷くと。
「本官たちが追っていた、貴方を追い詰めている相手の捜査データだ。ネット上に出回っている情報よりは、ずっと正確だ。大体だが、居場所も把握している。」
そう言って、ぽんと記憶端末を渡してきやがった。
こいつぁ・・・流石に驚いた。
「おい。本当か。それに、いいのか?」
柄にもねえ。泡を食ったような問いになっちまった。
「・・・本官たちではこれ以上先に進もうにも、今見たような有様だ。けど、貴方は「サイボーグ」でも「ミクスド」でもない、と聞いている。そして、殺さなければ殺される立ち居地にいる。」
だからこれはあくまで礼と言う形ではあるが、実質ギブアンドテイク。だから疑うことも気にすることもない。
そう、「子犬」は言った。口では、な。
けどな。
「・・・そんな世慣れたようなせりふをな、そんな口調と表情で言われても説得力ねえんだけどよ。」
心配するような。謝るような。願うような。
少年の声音で、言われてもな。俺を尋問していたときの肩肘張った様子は、案の定上っ面だったか。
「・・・まあ、そう、言ってくれるな。人にはいろいろ事情がある。」
「篭手」がつぶやく。まあ、確かにこうしてペア組んでるところを見れば、俺よりは確実に「子犬」の事情には詳しいだろうな。
「・・・我々は我々で、お前の「事情」は、おぼろげにしか分からん。だから勘違いかもしれないし、お前の心を害するようであれば済まないが。」
何だ?何を言うつもりだ。「篭手」。
「・・・そのようなあげつらいと皮肉を、そのように優しい表情で言うものではない。」
「・・・な。」
何言ってやがる。
それが言葉にならなかったのは、そんなたわごと取り合うのもめんどくさかったから、いちいち言うのをやめただけだ。
別に、「子犬」と「篭手」の瞳に移りこんだ自分の顔が、本当に優しそうだったのを高性能の改造された視覚がとらえたから、というわけじゃあない。断じて。
そっから先、「子犬」と「篭手」と別れてから、時計屋とクリオネと合流し、得た情報を分析するまでは、まあ順当なもんだった。
ぶっ跳んだのは、情報の分析をしてからった。
言うだけあって、あのコンビの調べた情報は、ネットのお寒い情報と比べればかなりの精度だった。
だが、高い精度というには、まだ少し足りない。相手が居る可能性のある場所の候補に関しては、十数か所までの絞込み、という程度。
だが。
どーゆう偶然だ。おい。あるいはこういうのを、奇跡とか言うのか。
その十数か所のうち1箇所をのぞく全部が全部、あの二人と会うまで俺がどたばたと駆け込んだり巻き込んで倒壊させたりした場所だっつーのは。どういう確率で成立するんだ。
いや。ここまでくればもう、ご都合主義か?
「なんだなんだ、どうしたんだマシロ・・・」
「突然大きな声だしてー・・・」
俺の叫びにぽかんとなった時計屋とクリオネに、事と次第を叫ぶと俺はすぐまた二人と別れ三代目ドゥカティに跨った。
居もしねえ神様が、ようやく気づいて幸不幸の帳尻をつけ始めたのか?
目指すは、偶然残った、最後の一箇所。
最初は前と同じように、散発的にかかってきた襲撃。これを、かわしながら、暫く行くと。
「っち、やっぱそう、馬鹿じゃねえか!!」
突然、襲撃の濃度が増加した。奴が、町全体の状況を把握しているのであれば、流石にもう気づくだろう。偶然にしては、あまりに自分の居場所に向かってきていることに。途中多少回り道したり、右往左往を装ったりである程度だまくらかして間合いをつめたが、流石にここが限界か。
それに気づいたからこそ、敵は死に物狂い、全力を尽くしてこちらを倒そうとしてくる。当然のことだ。
これだけ大規模なハッキングを仕掛けているというのであれば、よほどしっかりした設備をしているか、乃至本人のサイボーグ化がよほど電脳特化か。
いずれにせよ、急に襲撃されて移動しだすには、少々手間がかかるはず。また事前プログラミングも可能ではあろうが、移動しながら同時に大規模ハッキングを維持するのも、それを補うだけ事前プログラミングを行うのも、やはりある程度手間がかかるはず。
つまり、この勝負の分かれ目は。相手が迎撃によるこちらの抹殺をあきらめ逃げに入り、移動を開始するまでに飛び込むか、最悪でも移動の方向を特定できる超聴覚による射程件内に捉える必要がある。
それを自覚。と、同時に、敵の様子を知覚。
そして、戦慄。ここにきて、サクラに扇動された連中の数が、がくんと落ちた。
だが同時にそれでも襲撃の数は増えている。つまり。
それだけの数を敵は・・・結局パーソナルデータは相変わらず不明要素が多いままだった・・・直接操っているということになる。
「畜生!どんな電子戦能力だ!!」
この海上都市に出回っている、最高級の軍用電子戦端末でも、ここまでではないはずだ。
そしてその桁外れな電子戦闘能力は、この島にいまや凄まじい被害をもたらそうとしている。「ヤコブの梯子」が吹っ飛んだときも大騒ぎだったが、今回も酷い。あのときみたいな「目だった被害」は少ないが、巻き込んだ範囲はそれを上回り、人数も匹敵するかもしれない。
「衝撃をもたらす者」がらみだったあの事件がそのくらいのことになるのは分かる。だがそれが無い今回の事件で、ここまでの事態になるとは。そして、この桁外れの電子戦能力は、一体何処から来るのか。
「っは!ある意味「衝撃を与える者」が今この島にいたら!こーゆー「作戦」でも立てるかな!!」
いや、と、思い返す。連中だったらこんな手は不要だ。生化学の分野に強い連中なら。
サイボーグをハッキングする、どころか。生身部分があるサイボーグも変則的な生身のチューンドもミクスドもまとめて操れるような薬品かウィルスを散布するほうが手っ取り早いと判断するだろうな。
だが、サイボーグだけの現状でも。十分圧倒的で絶望的な戦力格差。
絶望。
そのはずだが。
だが何故か思うのだ。
考えることの苦手な頭と、怠惰がすっかり馴染んでしまった癖に燃え上がりやすい心の間で。
何かが言うのだ。
これが、新しい命だというのだろうか。
それとも。
魂だとでも、言うのだろうか。
俺を再生させた「メフィストフェイレス」は。再生した俺とつきあう時計屋は、クリオネは。
一体どう思うだろう。
苛立ちと不快感の間にある、その二つよりももっとずっと熱いものが、形を持っていく。
あの時部屋に飛び込んできた、あの軍用サイボーグが、何を思っていたのか。
「子犬」と「篭手」とのやり取りで、感じた想いはなんだったのか。
理解することは出来なかった。
だが今なら、感じることくらいは。
「出来ている・・・かもしれないなっ!!」
不快な熱を暴走させる、普段の向こう見ずとは違う。
理不尽。それに対する無念、そして怒り。闇雲ではないそれが、あの日のことを思い出させる。
漫然と己が衝動に身を任せるのではなく。
思いそのために戦った日を。
・・・「ラビットジン」だったころの彼女の生物兵器、改造人間としてのカテゴリーは「中級局地機動戦闘用改造人間」である。
あくまで、そうであり、それに過ぎない。
ネオショッカーの正式採用装備の一つである戦闘バイクを最大効率で運用し、路上による高速機動戦闘を行うのがその目的だ。
バイクごと跳躍できる強靭な脚力も、周囲全てを音を知覚・分析することで把握できる聴力も、その目的のために与えられた力だ。
逆に言えば、それ以外の用途を想定したものではない。
ネオショッカーの改造人間の中で、大規模な兵力と真っ向から戦いそれを撃破するための「蹂躙用」と、同じ改造人間を一対一の戦いで確実に倒すための「決闘用」に代表される、上級〜最上級の改造人間と言うわけではない。
徒歩で正面から遣り合っていたら、いくらより高度な技術の産物とはいえ、ひとたまりもない。
だが。
そうに過ぎない「中級機動戦闘用改造人間」は。
こうしてバイクに跨り、一遍その設計に想定された戦場に立てば。
その性能を十全に発揮する。
それこそ、並ぶものなく。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
バイクに乗って迫り来るものは、蹴倒し路上の赤いしみとする。
車に乗りて追いすがる者は、エンジンを打ち抜き爆発の黒煙となす。
ヘリで空から襲い来るものすらいたが、剛脚をもってバイクを空中に跳躍させ、相手を墜落させた。
蹴散らし、突き進み、突き進み。
目指す。楽しみに狩り、人の意思を侵略する者の牙城。
それを、絶つために。
柄にもねえ。何か今思い出したこととは関係ないものまで思い出してしまいそうなノリだが、それは意地でも思い出してやるもんかよ、くだらねえ。
建物が、見えてきた。
あの時あの軍用サイボーグは、最後の最後まで徹底的に抵抗しようとした。だが、自分のサイボーグ体そのものを相手にジャックされ、身動きもとれずに殺された。
だが。
生憎、この俺の体はネオショッカー製で、規格が合わないのでこの町のシステムにアクセスすることは出来ない。
だが。
逆に言えば完全にそれができないこの体は、この町で一番、クモノスを介在した電脳攻撃に強い体なのだ。
外界との一切の接続を持たない改造人間の体を、電子的手段のみで攻略するのは、不可能なのである。
「えらくローカルな「無敵」だが・・・よ。」
そして俺は。豪快な音を立てて、件の建物の扉をドゥカティの前輪でぶち破った。
だが、生憎。現実ってなあ、そうそう甘いもんでもおいしいもんでもない。
そんな簡単に、そんな物語みたいに、後味良く終わるものではない。
どうやら、先ほどの幸運は。
このクソッタレた不幸の舞台へと押し上げるための、疑似餌か。
「・・・・・・・」
俺は、階段すらバイクで駆け上がった、その建物の最上階で。
そいつと対峙し、そして、絶句していた。
微妙すぎる立場を利用して組織内ではわがままのし放題の、裏じゃあ有名人。だぁ?
ふざけんな。これの、どこがそうだ。
「ま、マシロ。こ、これは・・・」
俺が玄関をぶち破ってすぐ後、時計屋と一緒に現れたクリオネがそう呟いた。どうも俺とは別ルートからこの場所に向かったらしい。
衆目と敵が俺に集中していたせいで、簡単にこれたようだ。なんとなく、納得がいかないが。
「・・・」
だがクリオネ。今の俺に振られても、答えようがあるもんか。
用意された回線とそれに接続された機器以外何も無い、がらんとした部屋。
その機器と、幾つかの違法パーツを含む電子戦用強化部品で強引に「繋がれ」、重病患者向けの生命維持最優先型サイボーグパーツをいくつも埋め込まれた、死を待つしかない重病人のようにやせ細った、やせ細りすぎて男とも女とも知れない人間。
やつれすぎていて、年齢すら判然としない。だが、背は小さく、そう、年をとってはいないだろう。
こんなものを目の当たりにして。
道理で、結局ここから離脱しようとする動きを最後まで相手が見せなかったわけだ。
だが、一つ分からないことがある。
この部屋に踏み込んだとたん、追撃が何故かやんだ。
まるであきらめたように、あるいは。
「こいつぁ・・・」
「何か分かったのか?」
先ほどから機器に向かって何か試みていた時計屋が、呟いた。
酷く苦々しく。
だが。何故か今は、その苦さを、知りたく思った。
「・・・どうやら呑龍は、影武者たててこいつに関して情報操作してたみたいだな。こいつは間違いなく香主の私生児だが、噂とはまるっきりの別モンだ。」
「それは分かった。どう、別モンなんだ?」
「こいつは、一種の突然変異・・・ミュータントみたいなもんで、生きた超高性能コンピューターみたいなもんだ。だがその代償で、身体機能はきわめて劣悪だ。体を機械化しなきゃあ命も保てない、機械化して命を保っても自分じゃあ指一本動かすこともままならない。」
かたかた。
機械を操作する音が、埃くさい空気を振るわせる。
「呑龍の連中、こいつの能力を自由に、うまく使おうと、あれこれいじりまわしてたみたいだな。情報操作は、その間に行ったもんらしい。」
「・・・今は?」
俺は問うた。自分でも驚くほど、乾いた声だった。
「・・・結構前に、結局扱いきれない、と、呑龍はこいつを放棄したみたいだ。」
「ど、どういうこと・・・?」
クリオネが俺の腕にすがりつく。
どういうことか。
見捨てられたこいつは、電脳の世界を自在に浸食する力で、恐らくジャックしたサイボーグに己の世話をさせることで生き延びたのだろう。
そして、何故かこいつは、「狩り」を行った。こいつが生きるには必要の無い「狩り」を。憎しむ必要も無い、強いだけの相手に対して。俺と同郷の、レザーフェイスのあいつと同じように世界を平等に憎んでいたのなら、あんな下らない狩りなぞしなくても、この島でもこの島以外でも、接続できるところならどこででもどれだけの規模でも大惨事を引き起こすことが出来ただろうに。サイボーグを操るだけじゃなく、コンピューターを狂わせれば様々な大事故を引き起こすことが出来るだろう。あいつが手当たり次第、出会う相手の首根っこを引っこ抜いていったように。
そして今、こうして殺さなきゃ殺される立場に居る俺が建物に突入したとたん、ジャックしたサイボーグに後を追わせ最後まで俺を排除しようとすることを放棄。
こうして、俺たちがデータを見ることまで、されるがまま。
どういうことか。
分からないでもないが、言うのは躊躇われた。怒る気にも何故かなれなかったが、哀れむには犠牲者が多すぎた。
中途半端な気持ちが、いくつも胸の中で渦を巻く。
中途半端すぎる名も知らぬこいつの足掻きと絶望とあきらめと諦め切れない恐怖。それが、こんな思いを生むのだろうか。
「・・・」
結局、殆ど思考停止状態のまま、銃を抜いて。
さっきの俺の言葉よりも、さらに乾いた音をそいつに立てさせた。
「おい・・・」
「マシロ・・・」
時計屋とクリオネが声をかけてきた。
「これで、終わりだ。それだけで、それだけだ。」
それに、ただそう答える。
部屋の中まで踊りこませてしまった、横倒しのバイクを持ち上げ、押す。何のために?当然、ここを出るためだ。
「おいマシロっ!」
時計屋の叫び。それを聴いた瞬間、俺は考えても居なかったことを口にしていた。
「他に何が出来た!」
正直、口にしたこの言葉はあまりにもおぞましかった。まるで泣き言だ。言った口が腐っちまいそうだ。
時計屋は時計屋で、それで何かを察しちまったのか、それで押し黙っちまった。最悪の雰囲気だった。沈黙を聞き続ける、耳まで腐るか?これは。
知るのは何もかも遅すぎ、出来ることは何一つ無かった。単に、死ぬ気力も生きる気力も無かった奴の、何度目かのロシアンルーレットにつき合わされただけだった。激しく高鳴っていた心臓も、それに送り出されて全身を巡っていた血液も、皆抉り出し、搾り出して捨ててしまいたい気分だった。
バイクを押して歩き出す。だが、想定よりは幾割か、動きが軽い。
聞こえて、分かる。もう一人、何も言わずにバイクを押している。
「・・・ついててやれ。」
時計屋が、そいつにそう言った。
そいつは無言で頷いた。
建物の外に出る。町は、まだ大騒ぎだった。ハッキングによる支配から何とか生きて脱出できた面々が騒ぎ、半殺しになった奴が痛みでのたうち、死んだ奴がまあ死に転がっている。
今頃出張ってきた警察が、そういう状況を
大混乱の最中。さっきまであれだけ狙われていた俺に注目する奴はいやしない。事件だらけ故過ぎ去った事件に対して忘れっぽいのはこの町の特質だが、普段の普通が今はギャップのせいで奇妙に感じられた。
町中に狙われてる状況のほうに慣れちまうなんざ、俺の脳みそも大概ゆだってるな。
バイクに跨る。もう一人、跨る感覚。柔らかい体が俺の背中に押し付けられ、体に手が回され、しがみつく。
エンジンをふかし、バイクを走らせる。するとそいつは、自分の耳を俺の背中にぴったりと押し付けた。
「どうしたんだ、クリオネ?」
「私、マシロちゃんほど耳よくないから、さ。」
耳?俺の体に耳くっつけて、一体何をするってんだ、何を・・・聴く?」
「うん、聞こえるや。バイクの音に混じってるけど。マシロの・・・心臓の音。」
「そんなもん聴いてどうすんだよ。」
今、俺の心臓はちょっと前のハイテンションなビートではなく、スローなバラードといった様子だ。
正直バイクのエンジン音の中、密着しているとはいえ本当にクリオネに聞こえてるんだろうか?
「好きなの。生きている、この音が。」
さらりと、なんでもないことのように、日常会話として、クリオネはそう言った。
「・・・そうかよ。」
不器用に、つまりながら、ぎこちなく俺はそう返事を返した。
ふと沿道を見れば、「篭手」と「子犬」が、後始末に奔走している。二人とも、ちらとこちらを見て。
意外にも結構嬉しそうでやんの。
バイクはエンジン音響かせて走り続ける。
町は騒がしく。警察コンビは忙しく。
クリオネは俺の背中で、俺の心音を聞いていて。
ポケットの中でひしゃげた煙草と同居している携帯が震えて、着信を俺に告げてくる。
きっと相手は、時計屋だろう。あいつ、いろいろ気ぃまわすたちだからな。また一緒にまずいパスタでも食おう。まずいなりに、癖になる味だしな。
終わってみれば、何のことは無い。
駆け抜けた思いは、物語めいた結末には至れなかったが。
思いも、この身も。
消えうせてなんか、いないのだ。
それだけは、夢じゃない。
二人乗りの片手運転で携帯をいじくる、生身なら危なっかしくてやってられれないことをやりながら。
俺はそう思った。
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