run rabbit junk
                 
keep on rockin'


 くるくると回る、扇風機がトヴァを見下ろしている。
 彼女のトレードマークである長耳・・・彼女が兎をベースとした改造人間であるという証拠・・・も、だらりと顔の前に垂れ下がっている。
 赤を基調とした、豪華な毛並みと回転ベットがあるラブホテルの一室。
 トヴァは少なくとも、二日前から変えていない着の身着のまま、ベットに寝ている。
 くるくると回る扇風機が、煙草をピンと加えるトヴァを見ている。
 朝日が射す窓の前では、夜の鮮やかな原色をたたえる調度品や壁一面のエロ・ビデオも色あせて見える。
 トヴァ、目をつぶる。逃げていく眠りに、取りすがるように。眠りを閉じこめるように。
 トヴァの右手には、ピンクの手錠でつながれたセロケースがある。

 彼女の名前はトヴァ。今はもうない古の「悪の秘密結社」『衝撃を与えるもの』の置き土産。「寂しくて三日で死ぬ」ともっぱら噂な兎をモチーフとした改造人間。残念ながら彼女を改造した奴は寄ってたかって全員天国へ行ってしまった。しかし、彼女は生き残って、流民の吹き溜まりとなった海上都市「海の家」で賞金稼ぎまがいのことをやる羽目になっている。彼女がどうしてこんなところにいるか分からないし、分かろうとする奴もいないし、彼女だって分かりたくないに違いない。だって面倒だもの。


 けちのつきはじめは、昨日のことだった。
 何かぶつくさ言いながら、単車を走らせているトヴァ。
 そこへ、「何か」が飛び出してきた。
 デブという言葉では形容できない巨体と、ブスという言葉では形容できない顔を持つ女。
 要するに、知る限りのすべてのブスでもおっつかない。
 そいつが、セロケース片手に、人を食うようなすさまじい形相でトヴァの前に立ちふさがっている。
 トヴァ「ひ、轢け」
 ブレーキを踏もうとして、スロットルを回してしまう。
 巨体に激突する単車。月の下で踊るようにもんどりあう二つのシルエット。
 トヴァ、しばらくぼーっとしている。それから、自分の単車を調べ始める。
 トヴァ「よかった、別に何も・・・。おい」
 正気を取り戻したトヴァ、あわててあたりを見回す。
 トヴァ「おい、人身かよ。くー。保険にも入ってねぇのに。人生これまでかよ。轢いちゃったのかよ・・・。死体がいねぇ。いねぇじゃん。」
 「こっちよ」
 という声がしたので、振り向くと、トヴァの単車にデブが乗っている。
 デブ女「早く出して」
 タイヤが地面にめり込んでいるのを見て、トヴァ、無言で女を単車から引き剥がそうとする。
 もみ合う二人
 トヴァ「降りて・・・降りなさい・・・。」
 だが、どう見てもトヴァは親にあやされる子どもみたいにあしらわれている。
 バックミラーに映るトヴァの奮闘。そこへ一台の車が迫る。
 車の窓に光の点が・・・砕けるバックミラー。
 トヴァ、しばらく凍り付く、が、ものも言わず単車を出す。
 女が追われていると分かったのは、その数秒後。
 走る単車を、大型の黒塗りの車のヘッドライトが照らす。
 デブ女「ねぇ、もっとスピードでないの。」
 トヴァ「だったら降りろ。地面に後輪めり込んでるじゃないの。信じられる、これドゥカティなんだぜ。これじゃカーブも曲がれねぇ。」

 ラブホテルの一室で、ピンクのセロケースを、ぼんやり見ているトヴァ。
 ぼさぼさになった頭をぼりぼりと描いている。それにあわせてトレード・マークの長耳が揺れる。
 だんだんと目の焦点が手錠とセロケースに合っていき、トヴァあわてて手錠を引きちぎろうとするが、できない。
 足を使ってセロケースを引き剥がそうとするが、それもだめ。
 手が滑って、頭をしたたかにベットに打ち付ける。
 トヴァはぼんやりと昨日のことを思い出す。

 単車のエンジンに、飛び散る花火。
 ピストンをかすめる銃弾
 トヴァ「お、俺は逃げるぞ。飛び降りるぞ。」
 デブ女、それをくい止めようとする。
 そんなこんなしているうちに、トヴァの手に手錠がかかる。女、精一杯のかわいい笑みをして、そいつを自分の手につなぐ。
 「は、外しなさい。こなぁ。」
 さらに、もみ合う二人、しかし、勢い余って単車がこける。こけた先には追っ手の車が。

 回想から覚めて、
 シャワールームで、トヴァはだらしなく背を曲げて、シャワーを浴びている。
 口にくわえた煙草も、水を吸ってだらしなく折れている。
 シャワールームの外から、声が聞こえてくる。
 「全く、バケモノの方はお断りくださいって、張り紙を出そうかな。俺。」
 トヴァ、セロケースをつないだ手だけを、シャワールームの外へ出している。
 シャワールームの外で、トヴァの手錠を外そうと奮闘している、アフロに近いボサボサ頭と、長身にスーツが似合う時計屋。早食い0.3秒のクールな武器調達屋。トヴァの仲間。
 トヴァの脳裏に、思い出したくもない昨日の事件が蘇る。
 
 追う車のフロントガラスが、ヒビで真っ白になる。
 そして肉塊がつっこんでくる。
 血だらけのデブ女、この世のものと思えない、「あ」に濁点がついたような悲鳴を上げる。しかし、それは車の中の連中も同じだった。
 車の中の連中、同じような悲鳴を上げた。
 派手にスピンする車。闇の中で赤いテールランプが一回転する。

 しかし、非情な声がトヴァを現実に引き戻した。
 「だめだ、こりゃ。警察の専門班でも連れてこねぇ限り、外すの無理だわ。」
 「警察ゥ?。」
 シャワールームから顔だけ出し、時計屋と一緒に手錠を覗き込むトヴァ。
 トヴァの頭に、再び悪い二日酔いの悪夢の如く、昨日の思い出が浮かんでくる。
 
 煙を上げている車。そのボンネットの上で、トヴァは息を吹き返す。
 体全体が痛いが、たいした怪我はしていないようだ。あんなにひどくぶつかったのに、何故・・・。
 下を探ってみると、クッション・・・いや、何か肉塊がある。いや、肉隗というより、血まみれのそれは、肉怪。トヴァ、慌てて、飛び離れようとする。
 しかし、何かにさえぎられて、地面に顔から着地してしまう。そうだ、手錠だ。
 手錠をいまいましそうに見つめるトヴァ。その前でにやりと笑って立ち上がる肉怪。
 彼女は精一杯の愛くるしさで微笑んだらしいが、それは、スクリーンを飛び出てきた恐怖映画だ。

 しかし、トヴァのもっと悪質な現実は、悪質な女みたいにこの厄介なセロケースが手錠とつながれて絶対に離れないということ。手錠のカギ穴が、トヴァと時計屋をにらんでいる。
 「爆弾だよ。爆弾。」
 「爆弾ン?」
 時計屋、思い切り伸びをしながら言う。
 「そ、爆弾。この鍵穴に、何かかぎ以外のものをくわえ込ませたとたん、爆発するって寸法だ。あーあ。ご愁傷様で・・。」
 と、彼の前へ突き出されるトヴァの股間。しかも生まれたときの姿のままの奴。
 「うぁっ。」
 時計屋、こける。何故かとてもうれしそうに、パンツはけと叫ぶ。
 「セロケースは?」
 「知るかよ。同じもんが仕掛けてあったよ。いいからパンツはけ。」
  あ゛あ゛
 トヴァは頭をがりがりとかいた。その手のことは言ってほしくねぇ。トヴァは頭をがりがりとかいた。兎の改造人間である証拠のうさ耳がゆらゆらと揺れる。思い出そうとしても絶対に忘れたい昨日の出来事が蘇る。
 
 ラブホテルの一室。
 外されているトヴァの手錠。
 トヴァの独白
 「くっ、獣だ・・・。こいつは血に飢えた獣だ。」
 血走っているデブ女の目飛び掛って「あなたは命の恩人よ。」と叫びつつ抱きつこうとするデブ女
 それを避けるトヴァ。
 「体でお礼しようと思ったのに・・・。うふふ、かわいらしい人。」
 女はそういって、軽く腹をつつく。
 吹っ飛ぶトヴァ
 「な、なんて力だ・・・。」
ボクサーのパンチを腹に食らった形相で、ベッドに倒れこむトヴァ。
 その上に、美しいイルカのようなスタイルでダイブするデブ女。
 服がすっぽりと脱げて行く。
 「ほーら、びーちくびーちくびーちくびーちく・・・。」
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 うまい。
 普通ならこのバケモノ顔と同じく、ちち揉みの腕も変態的に悪くて、俺様に殴られるというのがパターンなのに、
・ ・・・・・・・
 ヴああああああ。
 こいつうまい!
 頬が赤らむトヴァ。
「ち、力が抜ける。おのれネオショッカーの怪人。」
くっ、こ、こいつ強い。
 しかし、彼女は次の瞬間トヴァにボディプレスをかけた。
目の前が真っ暗になる。そして手錠のかかる音
 女の下敷きになるトヴァ 
 「く、苦しい。このままではやられてしまう。や、奴の弱点は・・・」
 
シャワールームの前
 シャワールームの中をのぞきこんでいる時計屋
 「おい、風呂の中で煙草を吸うな。ついでに捨てるな。」
 トヴァ、スーツケースをにらんでいるが、一考に変化はない。
 ズボンをはきながら、ふと手を止めるトヴァ。
 時計屋に向かって。
 「おい、俺ってどうやって上着脱いだんだっけ。」
 セロケースで引っかかっている上着


 トヴァ、眼の前に手錠を上げる。
 「女が女を襲って、ついでにセロケースに化けるのが、最近のご時世か・・・。」
 ああ、女でなくて、ショッカーの怪人だったっけと付け加える。


 時計屋のガレージ
大きな部屋の中に、仕事机があり、壁に万力や金のこ、レンチやカギ開け道具がまとめられてある。
 時計屋
 「ま、朝飯ぐらいは出してやるさ。すまんが食卓なんて気の効いたものはない。ここでがまんしてくれ。」
 奥の部屋に引っ込む時計屋
 
 時計屋の台所
 棚の上のテレビをつける。
 ノイズが走る画面。しばらくアンテナを動かしてみるが、そのうち叩く。
 とたんにきれいな画像が映る。

 かなづちがセロケースの錠をぶったたたく。
 火花が散るが、しかしそれでも錠は平気。
 手錠の鎖も同様。

 時計屋の台所
 テレビでは、「今日の星占い」が始まるところ
 仕事場に向かって叫ぶ時計屋。「おおい、お前の星座は何座だよ。」
 
 ぼろぼろになっている金のこ、しかし手錠には傷一つついていない。セロケースも同じ。

 仕事場に向かって叫ぶ時計屋「おおい、お前の今日の運勢は上々、待ち人来たりて、一日中忙しくなる。だってさ。俺のは・・・、うひょう、ラッキー。」

 トヴァ、仕事場の机の引き出しを開ける。弾の入った弾倉が出てくる。

 それでは次のニュースです。今朝、第二水路で水死体が発見されました・・・。
 時計屋、料理する手を休めて、テレビを見る。

 トヴァ、壁にかけてある拳銃を取る。遊底が引かれ、薬室に弾丸が滑り込む。

 水死体は窃盗団『キラーポメイト』の一味ということが判明しました。昨日、二人の男と一緒にいたところを目撃されています。その際に男の一人は、大きなセロケースを持っていたということが・・・
 時計屋、仕事場に向かって叫ぶ。
 「おい、トヴァ、ひょっとしたら、お前厄介なことになるかも・・・。」

 火を噴く拳銃。一瞬、トヴァの顔が白く染まる。
 しかし、鎖は無事。セロケースの錠に銃を向けるトヴァ。

 銃声と共に、跳弾がテレビのニュースキャスターに。
 時計屋の悲鳴。

 「畜生、あの占い、ちっとも当たらないじゃないか。」
 そういいながら、丸っこいのだかそれともゆがんでそんな形になっているのか分からないワーゲンのドアを開ける。
 トヴァ「そういうなぃ。占いなんて政治屋と同じだって。」
 
 シートに座り込む時計屋。
 バックミラーに、後ろの席でふんぞり返るトヴァが映る。
 時計屋、前を向いたままで
 「何でお前が俺の車に乗ってる。」
 「単車がお釈迦になったもん。」
 時計屋、頭を片手で押さえる。「友達なくすぞ・・・。」

 走る時計屋の車
 「ちょいとばかし、寄り道するが。」
 トヴァが立ち寄ったのは、金物店。
 中も、釘やじょうろやかなづち、のこぎりが並ぶただの金物屋
 奥へ行くトヴァ。
 座っているおやじに「例のものできたか」
 おやじ、にやりと笑い、「四五口径、か。まぁ、上がれ。」

 なにもかもお前さんの好みにあわせたつもりだ。苦労したんだからなぁ。
 言いながら金物屋の親父は頑丈なガンケースから、巨大な鉄の塊を取り出す。
 すごいだろ、特別製強化セラミックを、チタンクロム構造で強化。大型のヘッドとあんたの腕さえあれば、灰色熊でも一撃さね。
 トヴァ、エモノをくるっと指で回してみる。ほぉ、いいバランスだ。
 そうか、気に入ってくれて良かった。頑丈だけど携帯性に富むものを、って言われて、少々短めにしたんだが・・・。
 なるほどね。確かに取り回しはいい。それでいて武器としての本質を忘れていない。それに、このグリップは・・・。
 おっ、良くぞ聞いてくれました。
 おやじはにっこりと笑った。市販品のでもいいけど、あれは個人用ではない。メーカーに特注ってても考えられるけど、握ったときの指の位置の感覚がずれたら元も子もない。だから、俺の自作、さ。
 トヴァ、鋭く唇笛を鳴らす。さすがだ。お前は天才だよ。
 二、三回構えてみる。当たるのか?
 そりゃもちろん。あんたの腕さえあれば、百ヤードの空き缶にクリティカルヒットする。
 トヴァ、にっこり笑う。では、これをもらおう。たまも六発、つけてくれ。

 トヴァ、にやにやしながら、武器をコートの懐に収める。
 時計屋「やけに上機嫌だな。」
 トヴァ「ああ、俺の愛する四五口径が手に入ったんだ。たまも六発ある。」
 そういいながら、懐から野球のボールを取り出し、お手玉する。
 時計屋「お前、いい加減金属バットに銃の名前つけるのやめろ。」

 人で溢れかえる、昼間のカフェテラス。屋台も出ている。
 コーヒーを注文した時計屋が、だらしなく椅子に座るトヴァに聞く。
 「これから、どうすんだよ。」
 トヴァ、「星にでも聞くさ。」
 そういって屋台を指差す。

 「よろず占い、よく当たる。」と書かれた屋台にセロケースを引きずりつつ寄るトヴァ。
 カウンターには、水晶玉や複雑な文様が描かれた織物。そして色あせたカードと金魚鉢が並んでいる。
 パイプ椅子に赤いネクタイと派手なシャツの若い男が座っている。裸の女が表紙を飾る雑誌を見ている。
 男、トヴァが近づいても一瞥もくれようともしない。
 トヴァ、カウンターにセロケースをドスンと置く。あおりを受けて水晶玉が落ちる。
 「すんません。こいつの元恋人を探して欲しいんですけど。」
 椅子からずり落ちかける男、しかし、セロケースとトヴァの顔を並べてみているが、
 「あ、ああ、それね、安心しろ。ここへ来たからには、すぐ見つかるさ。」
 「本当かい。」
 「本当。おばばの占いは明日の天気と景気以外、外したことがネェ。正確なのは、俺が保障する。」
 「あんたが占ってくれるんじゃないのかい。」
 男、あたりをうかがう。そしてトヴァの耳にささやく。
 「実はな、俺も探し物をしてるんだ。おばばに相談したら、ここのこの椅子に腰掛けてこの時間に待っていろって言ったんだ。」
 男、トヴァの襟首を捕まえる。
 「そしたら、セロケースが来やがったわけさ。」
 カウンターの影から突きつけられる拳銃。

 時計屋の後ろの屋台で、派手に何かが押し倒される音が。
 そして、セロケースを引きずりながら屋台の並ぶ路地を走り出すトヴァ。

 橋の上をかける男、そしてトヴァ。

 通行人を突き飛ばし、押し倒しながら走る男。
 トヴァは車道を走る。慌てて急停車した車のボンネットを転がり、走り続ける。

 空き瓶のケースが汚く並ぶ裏路地に飛び込む男。
 トヴァ、そこへ飛び出そうとして、突き出した顔が引きつる。

 乱射される男の二丁拳銃。
 トヴァ、慌ててセロケースを前にして伏せる。
 セロケースの黒いボディに、飛び散る花火。
 トヴァ、煙草をセロケースの上へ出す。銃弾がかすめ、それに火がつく。
 弾倉が落ちる、男が走り去ろうとする足音。
 トヴァは煙草をくわえ、再び走り出す。

 追われる男、トヴァの走る道路を決死で飛び降り、下の道へ。
 やがて、トヴァの目の前に下りる階段が。
 トヴァ、セロケースに馬乗りになり、階段へ踊りこむ。

 階段を滑り降りるセロケース。トヴァの視界が揺れる。
 その下を走る男を追い越す。

 追われる男、急ブレーキをかける。
 トヴァ、ゆっくりと立ち上がる。
 拳銃を撃つ男。トヴァ、セロケースを踊るように一回転させる。はじかれる弾。
 拳銃がさらに火を噴く。一発、二発。ことごとくセロケースに跳ね返される。
 ついに遊底が止まる。弾切れ。
 トヴァ、懐のバットとボールを取り出す。

 こぶを作って伸びている男。そばに転がるボール。警察のサイレン。警官の声と靴音
 トヴァ、「だから、殺したんじゃないって。気絶してるだけじゃんか。被害者はこっちだぜ。」
 抵抗空しく、トヴァ、パトカーの中へ。

 パトカーの車内で
 トヴァ「弁護士、呼べよ。」
 警察「まぁ、まぁ、そういきがるな。給料安いんだろ。もっと面白い話をしよう。」
 トヴァ「例えば、どんな?」
 警察「そうだな、よく当たる占い師の話でもしようじゃないか。」
 
 どこかの倉庫の裏。
 トヴァ、二人の体格のいい大男のおまわりに地面に押さえつけられている。
 抵抗するトヴァ。彼の顔の前に並ぶ、彼の財布、ハンカチ、ちり紙、などなど。
 所持品を探っていた警官、「なんだぁ、こいつ、禁煙治療飴なんて、しゃれたものを持ってやがる。止められるわけネェだろ。」
 トヴァ「うるせぇ。そう思うんだったら、煙草ぐらいくれ。不当な扱いしやがって。」
 こづき回されるトヴァ。警官、それを横目で見ながら
 「保険屋・・・調査員かね。しかしこいつは銃を持っていないが。」
 「うるせぇバカやろ。」
 トヴァがひとしきり殴られた後で、
 警官「セロのカギは何処へやった。」
 トヴァ「知るかよ、知ってれば俺はこんな目にあってねぇ。」
 警官、そうかと言って、チェーンソーを取り出す。
 トヴァ、腕を警官に伸ばされる。
 トヴァ「何だよ、それ。」
 警官「君がカギを出さないからだろうが。」
 トヴァ「あんた、いつもそんなことをしているのか。」
 警官「物分りの悪い奴にだけだ。こっちのほうが早く済む。君だってそうしているだろう。」
 エンジンのかかるチェーンソー
 トヴァ「や、やめろぉ。」
 押さえつけている警官1「雌イヌがなんかほざいてますよ。」
 押さえつけている警官2「雌イヌはイヌらしくワンワンと鳴け。」
 ふざけんな、俺は兎だ、畜生と言って手足をばたつかせるトヴァ。
 
 「手を上げろ。」
 
 パトカーから失敬してきた散弾銃を、警官に向けている時計屋
 ぶるぶる震えている。
時計屋は言葉を続ける。
 「いいか、俺は生まれてからこの方、銃を人に撃ったことはない。けんかになりそうになったらこっちから身をひく。殴り合いのときはかならず殴られる方を選ぶ。しかし、やるときはやる男だ。その男から離れろ。おい、聞いているのか?。畜生。俺は確かに今朝花に水をやるのを忘れた。しかし何で俺がこんな目に会わなきゃならないんだ・・・。とっととその男から離れろって言ってんだ。早くしろ、本当に撃・・・やめろぉぉぉぉ。」
 時計屋が叫んだのは、少なくとも警官に対してではなかった。警官の頭に振り上げられるバット。

 伸びた上を縛り上げられ、さらに猿轡までかまされている警官たち。
 猿轡がきついのか、涙目で吐きそうになっている。
 トヴァ、警官の所持品検査をしている。
 「ふうん。官給品の十五連発か。警察手帳は・・・こんなもん偽造かどうかわかりゃしねぇ。」
 さらに財布まで取ろうとするトヴァ。それを止めようとする時計屋。
 「おい、警官殴ったうえに、そんなことをするな。」
 「あんただって、脅したじゃんかよぉ。」
 あれは仕方なく・・・おい聞いてるのか。食って掛かる時計屋をよそに、トヴァ、財布から紙に包まれたカギを見つける。
 時計屋「・・・説教は後だ。ここはもうヤバイ。行くぞ。」
 時計屋、そこを立ち去ろうとする。しかしトヴァはついてこない。怪訝に思って振り返ると。
 「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ。」

 トヴァ、パトカーに二丁拳銃で発砲する。
 爆発音と、警官の前を転がるタイヤ。

 「パ、パトカーまで。」
 「これで追ってこれネェ。行くぞ。」
 白目をむいてぶつぶつ言う時計屋をよそに、トヴァその場を去る。

 どこかの立体駐車場。時計屋の車が止めてある。トヴァ、煙草を涎の出そうなだらしない顔つきで吸っている。時計屋、新聞片手に
 「だから、お前にたいそうな荷物を背負い込ませた女は、死体になって水遊びとしゃれこんでるよ。手がかりゼロじゃネェか。警察の遺失物係りに行けというのか。ったく。しかし、お前、もう少し考えて行動しろよ。」
 トヴァ、セロケースに鍵を差し込み、あけようとすることにご執心。
 「おまえのいいところは、人の話をよく聞くってこと・・・おい、何してる。」
 「開かねぇんだ。」
 「アン?」
 トヴァ、自分のカギでセロケースを指す。警官から奪った鍵では、セロケースの中身を開けることが出来ない。
 「考えてみりゃ・・・そうだな。奴らがセロケースの中身を自力で拝めりゃ、何もお前をスクラップにしてまで鍵のありかを吐かせようとはしなかっただろうな・・・。するとこいつは。」
 時計屋、トヴァからカギを引ったくり、手錠に試す。
 かちりという音と共に、カギが開く。
 
 時計屋「しかし、これからどうするかだ。警官の格好をした奴まで襲ってくるなんて・・・こりゃ一筋縄じゃいかねぇぜ。」
 トヴァ「捨てっちまおか。」
 時計屋「そうしたいところだが、それもちょっとやばそうな気がする・・・。だけど、もうこの厄介な荷物と物理的に縁が切れた時点で、これ以上付き合う義理もないしな」
 ぶつぶつ言いながら、考え出す時計屋。そこへ差し出されるトヴァの煙草。
 「ありがたいネェ。俺が禁煙してたって、知ってるのか?」
 言いながら一本取る時計屋。「五時間守った禁煙生活に、乾杯。」
 フィルターをちぎり、煙草をふかし始める時計屋。
 トヴァ、何気なく下を見る。下に白い車に乗ろうとしている男が見える。
 長考の末、トヴァのほうを振り向き「なぁ、思ったんだか、やっぱり警察かどっかにこれを渡して、おしま・・・。」
 時計屋「やめろぉぉぉぉぉぉぉ。」
 トヴァ、セロケースを手に壁を乗り越え下へ飛び降りようとしている。

 勢いよく白い車に穴をあけて飛び込むトヴァ。
 運転席の男、目を血走らせて振り向く。
 トヴァ、男に手を振って、ポケットから新聞を出して
 「女を殺したの、あんただろ。」
 新聞には女の仲間と思われる男の顔写真が出ている。それは運転席の男だ。
 「忘れもんだぜ。受けとんな。」
 男、慌ててダッシュボードにあったボタンを押す。

シートごと排出されるトヴァ。
 近くのゴミ箱へ頭から突っ込む

 人々、ゴミ箱の周りに集まっている。
 「こりゃ、だめだな。」
 「いゃあ、血だらけで死んでるよ。」
 「すごい、ガラスだらけ。」
 立ち上がるトヴァ。顔面血だらけ。ところどころからぴゅーと噴出している。ガラスも光っている。
 蜘蛛の子を散らすように逃げる人々。

 逃げている男。
 バックミラーに映る影。
 恐る恐る振り返る男

 必死に自転車をこいで追っかけているトヴァ。

 ペダルとチェーンが火花を散らしているように見えるのは、錯覚か。

 トヴァ、ある車に取り付く。強力磁石のように、がっしりと空いた窓をつかんでいる。
 運転手、トヴァに釘付けになる。
 トヴァ、しばらくペダルをこぐ脚を休める。
 深呼吸をして、満足そうに微笑む。
 血だらけな顔を運転手に向け、微笑む。

 ぐん、と車を突き飛ばした勢いでさらに走る車。
 運転手、気絶してふらふら走行。
 
 次の車に飛びつくトヴァ。
 遥か後ろで、さっきの車が派手にスピンしている。

 必死の形相で、追われる男、後ろを向く。

 車の群れの間を縫って疾走するトヴァ。

 道は海沿いの曲がりくねった道へ。
 自転車に張り付き、思い切り体を倒して曲がるトヴァ。
 顔や服は、地面と当たりそうになってびりびり振るえ、ペダルが火花を出し、タイヤがスライドして煙を吐いている。
 
 ついに、視界に追い詰めている男の車を捕らえる。
 拳銃を撃つ男。
 トヴァ、自転車ごと体を倒して避けるが、タイヤに当たってしまう。
 一回転して倒れるトヴァ。

 追われる男、ガッツポーズをする。

 仰向けのまま、すべるトヴァ。自転車が仰向けに重なっている。
 地面は地とけむりで真っ白。
 トヴァ、一声吼える。もしこの世にまだ「野獣」なるものが存在したら、そいつの怒っているような声で。少なくとも兎の鳴く声には聞こえない。
 それと共に、滑っていく反動を利用して、体ごとひっくり返りつつ自転車を立て、前輪を上げながら飛び乗る。一度大きく地面にめり込んだように沈み、横にロールし、再び走り始める自転車。

 このままでは、追いつかれる。
 とっさにブレーキを踏む男。

 自転車に迫る白い車の後部。
 トヴァ、それをぎりぎりで避ける。しかし、目標を失ってふらふらする自転車は、後ろを走っていたタンクローリーの運転席の側面に衝突。

 ひび割れる窓ガラス。タンクローリー車内に飛び込んでくる自転車の泥除けやベル。
 居眠り運転をしていたトラッカー「ヤバイ、人身か?」

 「人身だ、俺の人生真っ暗だ」と叫ぶトラッカー
 しかし、その窓に血まみれの一本の手が現れ。続いて顔が表れ、にっこりと笑う。
 血だらけの口が覗く。
 運転手、それを見てにっこりと笑い。
 ものも言わずに、道沿いの海へ飛び込む運転手。
 トヴァ、運転席に座ると、一息つき、手に刺さっていた破片を抜き、ハンカチで包帯をする。
 
 白い車を追い越していくタンクローリー
 トヴァ、助手席を探しているが、あったあったという顔で、道具箱を取り出す。
 やがて、タンクローリーのドアが開き、トヴァが身を乗り出す。
 体も服も顔も血だらけの傷だらけ。
 トヴァ、おぼつかない手元で、体を支えるところを探し、運転席を出る。
 そしてふらふらする足で、何回か落ちそうになりながら、車を伝って後ろへ。
 車の男、息をのんでそれを見ている。
 
 道具箱で固定されたタンクローリーのアクセル。

 タンクローリーの後部座席へ移動するトヴァ。
 肩にホースを巻き付けている。
 白い車の男の見ている中、シャベルがタンクに穴をあけて、ガソリンが吹き出すのにホースを付けて・・・。

 白い車のフロントガラスを直撃するガソリン。
 視界が白い激流に濁る。
 ワイパーを作動させ、蛇行する車。

 それを満足げに見つつ、トヴァ煙草に火を付ける。

 もう少しで見逃すところだった。こっちへ飛び込んでくる赤い点。それはトヴァが白い車めがけて投げ飛ばした煙草。もちろん火はついている。
 煙草の火を、タイヤをきしませながらよける白い車。

 遙か後ろで、火柱があがる。

 トヴァ、次々と煙草に火を付け、投げる。
 
 必死によける白い車。後ろにいた車が、火柱につっこみ路肩へダイブして止まる。
 その車から出てきた男、外へ出てきて何か言おうとするが、火の海となっている道を見て黙る。

 フロントガラスの内側から拭うように手を動かす白い車の男。
 しかし、飛んでくる白い濁流は払えない。

 また別の車があおりを食らってスピン。先ほどの車につっこむ。

 トヴァ、悪魔の笑みを浮かべて、煙草の箱に入っていたすべての煙草をくわえ込む。
 必死の形相で、やめろと叫ぶ白い車の男。
 トヴァ、一気にそれに火を付け、一気に吸う。しかし、それでむせてよろめく。
 
 目をつぶり、祈る白い車の男。

 何とか体勢を立て直すトヴァ。
 ほっとする白い車の男。
 だが、道は急カーブにさしかかり、そこには新築大売り出しのビラが描かれた家が。

 カーブを曲がりきれないで、家へつっこむタンクローリー。
 この家の説明をしていた不動産屋と、そのお客の前に、突如突き出されるタンクローリー。

 トヴァ、そのショックで煙草を全部吐き出し、白い車のフロントガラスへつっこむ。
 タンクローリー、走りながら大爆発
 それをバックに、シルエットとなって全力疾走する不動産屋と客。煤と涎と鼻水だらけ。

 大破したフロントグラス。呆然となる白い車の男。意識を失いながら、まだ無事故で走っているのは奇跡だった。
 目を落とすと、煤と傷と血だらけの女・・・トヴァが目を閉じて膝のあたりにのっかっている。タンクローリーの爆発に巻き込まれて、突っ込んできたのか?
 終わったのか。奇妙な虚脱感を感じ、息をつく白い車の男。
 トヴァの目がカッと開かれる。

 蛇行する白い車。

 トヴァ、白い車の男の首を締め上げながら
 「セロケースを、忘れ物を受け取れぇぇぇぇぇぇぇっ。」

 さらに蛇行する白い車。

 「分かった、受け取るから、止めてくれぇぇぇ。」
 トヴァの口から吐き出す血で真っ赤になりながら叫ぶ白い車の男。涎と鼻水で顔はぐちゃぐちゃ。
 トヴァ、「ホント」と言い、にっこりする。それから目がひっくり返り、気絶。

 口を痙攣させている白い車の男。
 そこへ通りかかる、派手なロック歌手風の男が乗ったオープンカー。

 その手には、煙草が。
 すれ違いざまに、捨てられる煙草。
 トヴァの黒目が、煙草の行き先を追う。
 行き先は、ガソリンだらけになったこの車。

 病院、包帯だらけのトヴァが寝ている。
 そのそばで時計屋がリンゴを向いている。
 「おまえなぁ、そんなことばっかりやってると、友達なくすぞ・・・。」
 延々と続く時計屋の説教。トヴァ気持ちよく目を閉じて、この事件も終わる。
  
 

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