run rabbit junk short bad bye 1
「絶対、脳の健康に良くないぞ、こういう生き方は。ハードボイルド探偵は銃把で殴られて気絶してシーンを切り替えるのがお約束だとしても、あんだけ殴られてたら普通は推理力を保つどころか、パンチドランカーだ。というか、それより・・・」
何度も死んで、何度も生き返るようなこの感触。正直慣れた、気絶や泥酔や前後不覚からの回復。
いやさ。本当に俺は何度も生きたり死んだりしているんじゃないのか?
違うな。そうじゃない。そうじゃないと何度も確かめたはずだ。
けれど、正直俺の人生は断片化されすぎてる。正直調べようがないんだが。時々思うが、昨日の設定と今日の設定で矛盾が発生していないか?
「まず第一に周囲の生死に悪いんだよこの!起きろ!」
鉄格子が鳴る。身を起こして・・・頭蓋骨の中に鉛と砂を注ぎ込んだような苦痛にうめきが漏れる。
「酔っ払いに留置場一晩以上貸せるほど今この島事は暇じゃ無いんだから起きろ!身元引受だ!」
もう一発鉄格子が鳴る。見上げると【子犬】だが。目元にでかい痣が出来てるわあちこち包帯巻いてるわで、ひでぇざまだ。
そのせいか、本気で怒ってる。・・・のわりに、説教からはじめるあたり、生真面目なコイツらしいが。
「!!!」
俺の表情を見たとたん、もう一発鉄格子が叩かれた。何だ何だ。どうしてそんな怪我をしたかって物問いたげな視線をするのが、そんなに気に障ったか。
音が響く。耳から鉄パイプで串刺しにされたみてえだ、ただでさえ敏感な耳なのに。くそ、頭痛ぇ。
このタイミングで頭痛が来るってことは、こう、ひょっとすると。
「・・・覚えてないのだろうが、やったのはお前だからな。この忙しいタイミングで、面倒をしてくれる。急いで修繕をしなければならん。これ以上付き合っている暇はない・・・早く出ろ」
【篭手】が思いかけたことを肯定して、それに対する俺の間抜け面に、片方の肩だけを器用に竦めた。
・・・反対側のサイバーアームがぶっ壊れたらしくて、根元から外してた。外した片方は修理中らしく、机の上においてあって装甲をあけた隙間に工具が突っ込まれてる。
どうやら、変えの通常サイバーアームも無いらしい、この部署。悪いことしちまったな。
どうやら俺は酔っ払って暴れたらしかった。良く吐く俺だが、目が覚めた今の胃袋が空っぽなのと服ががびがびしてる事を考えると、しかもげろ吐きながら暴れていたらしかった。
そんなもんの鎮圧任務をおおせつかった挙句にあの怪我では、【子犬】も、そりゃ怒るだろう。
ああ、どうしたもんだか。なんだかそれにしても、目が痛い。ひりひりしやがる。特に目尻がひでえ。荒塩で擦られたみたいだ。
俺を引き取りにきたのは、時計屋だった。
まあ、妥当だと思っていたんだ。
忘れていたんだ。いや、忘れたかったんだろうな。だから、聞いちまった。
「クリオネはどうした。」って。
心中に失敗して自分だけ生き残っちまったみたいな面で俺を迎えにきていた時計屋は、一瞬ひどくぽかんとした表情を浮かべやがった。
そして、その直後。人形を死んだ娘だと思い込んでる精神を病んだ母親を見るような目で俺を見やがった。
「待て」
反射的に俺は叫んだ。声が震えてやがる。みっともねえ、と思う余裕すらなかった。
咄嗟に耳を押さえた。こんなとき、俺の長い耳はどうにも邪魔で。咄嗟に両手で一本づつ掴んでぎゅっと下に押し下げたが、それでも別にぜんぜん聞こえちまうんだ。なまじい耳が良すぎるせいでな。
畜生、つくづくなんで俺をウサギなんかにしやがった。
「いや、お前・・・」
「だから待てって!やめろ、聞きたくねえ!!?」
もう、俺は悲鳴になっていた。何でだか分かりもしやしねえのに。
自分から問いかけておいてやっぱりやめてなんて言われた時計屋はいい迷惑なんだろうが・・・俺はといえば、暑苦しい海の空気のど真ん中で震えていやがった。
「・・・」
「・・・」
ああ、畜生!
時計屋!
黙れって言って本当に黙る奴があるかよ!?
いや、ああくそ、畜生、聞きたくないけど聞かずに延々いるのも耐えられねえ!?
「・・・トヴァ。」
時計屋の声が聞こえる。目が痛ぇ。ひりひりしやがる。特に目尻がひでえ。
ああ、畜生。涙ってな、こんなに塩分濃度が高いもんだったんだな。
思い出しちまった。
「ああ・・・。」
声に出したら、事実として確定しちまう。
けれど、ずっと掴んでいたとても重たいものを、手が限界を迎えて取り落としちまうように、俺は呟いていた。
「クリオネの奴は・・・・・・もう、居ないんだな」
戻る