仮面ライダー(新)第X2話「黒い雪兎」

プロローグ

深夜のハイウェイを、一台の大きな車が走り抜けていく。
安定した高速と静かで規則的なエンジン音は、それが極めて高級な車であることを示していた。
前後にバイクの護衛のついた、大きな黒塗りのリムジン。
その後部座席に座っている男は、無論それに見合うだけの地位を持っていた。このアメリカの諜報組織、CIAのトップという。
そんな彼がこうして車を走らせている理由は、膝の上に載せられたトランクにあった。
中にある幾枚もの書類。それはアメリカを、そして世界を密かに蝕みその世界を目論む、恐るべき秘密結社「新たなる衝撃をもたらす者(ネオショッカー)」の陰謀を示す証拠であった。
(ついに尻尾を掴んだぞ、悪の秘密結社めが。我がアメリカに害を成そうとは笑止千万。その企みを白日の元に引きずり出し、叩き潰してやる・・・)
これを大統領に見せ、そして発表する。それが彼の目的であった。通信では傍受される危険性があるため、そしてことの重大性を大統領に彼自身が説明するため、こうしてくるまでの搬送となった。
安全面には最高の注意を払っている。既にこのハイウェイは工事を装って封鎖しており護衛も監視も二重三重かつ隠密に配備、そしてこの車自体下手な爆弾やミサイル・火砲でもびくともしないだけの防御力を備えている。
しかし、突然。
バウウウウンッ!!
聞こえるはずのない、自分達以外のエンジン音。それを高らかと鳴り響かせて、一台のバイクが一気にリムジンと併走する位置まで入り込んできた。元の車両が何だったのかよく分からないくらい細部にわたり改造が施された、夜に溶け込むような黒い色の大型バイク。
その上に跨り乗りこなしているのは、これも夜のように真っ黒なスーツを着込んだ大型バイクに見合う長身の女だ。手足に同色の革グローブとブーツをはめているがヘルメットを被っていないので、その顔立ちがはっきり分かる。
生粋のアングロサクソンな長官とは正反対、東洋系の黒髪を奔放に伸ばしている、ハイスクールを卒業するころらしき歳に不釣合いなまでに荒んだ獰猛な鋭さを持つ目つきをした少女だ。太股や尻など下半身はかなりタイトな作りでむっちりとしたラインを露にしている。対照的に上半身の着付けはいい加減だが、それは胸元乳房の谷間を大きく露出する格好になっており、色気があるという点では下半身とそう変わりはない。
驚愕している長官と護衛に、女は「にやりっ」と唇を横に引っ張るようにわざとらしく笑いかける。
「けっ、自分達だって手下の国に言うこと聞かせるために中南米じゃそうとう阿漕な工作してやがるくせに・・・図々しいんだよ死んで身の程知りなってのが俺たちの意思だ!分かったか!」
そして窓を閉めた車内にも何故かはっきり聞こえる声でそう言うと、ひょいとバイクの一部を指差して見せた。そこ、燃料タンク部分には、金色の「NS」というロゴを象って目玉を配した意匠のエンブレム・・・ネオショッカーの紋章がくっきりと刻まれている。
「っ!!!」
バイクで前後を固めていた護衛たちが咄嗟に銃を抜き放ち、撃つ。訓練を施された精鋭らしく、バイクの上とは思えないほど正確な射撃だ。
しかし謎の女は、それよりもさらに別次元の存在だった。
「ハッハは!俺はこっちだよぉっ!」
一瞬殆んど車体を横倒しにするわ、ウィリーどころかそのままバイクごと後方宙返りして見せるわ、改造バイクのスペックを考慮に入れても凄まじいまでの曲乗りで、銃弾をことごとく外してしまう。
「ぬうっ!」
咄嗟にリムジンを運転していたCIAの男がコンソールを操作する。途端、リムジンの横腹に機関砲が出現して、弾丸の嵐で持ってハイウェイを薙ぎ払った。
これなら避けきれまい、とその男が思う暇もなく、硝煙のむこうに少女の姿はない。
直後、少女は現れた。
直情から振ってきて、護衛バイクの一台を上から踏み潰す形で。
「なぁぁぁっ!!?」
驚愕する運転手、そして長官。さらに少女は、降りてきたときにはその姿を一変させていた。服装は確かにそのままだが腰の部分、ベルトに「NS」の紋章を象ったバックルが装着され、そして。
両耳が、兎のそれになっていた。兎のように毛、髪の毛と同じ黒いベルベットのような毛が生えた耳が左右から斜め上に伸びている。
「な、何だ貴様、バニーガールかぁ!?」
思わず放ったその一言が、生き残った護衛バイク部隊の運命を決めてしまった。
「俺はバニーガールじゃねえ!ネオショッカーアメリカ支部改造人間、ラビットジンだぁぁっ!!」
怒り心頭に達したと思しき叫びを上げると少女=ラビットジンは一気にバイクを寄せ、そういった男に思い切り蹴りを入れた。
炸裂!
まさに炸裂といっていい蹴りだった。音速の壁を越え衝撃波が発生し、受けた男はバイクもろとも粉々になりながらハイウェイの外まで吹っ飛ばされた。
「けっ、歯ごたえのねぇ・・・さ・て・と!!」
ぎろっ!
兎の改造人間とは思えない獰猛な目付きで、残ったリムジンを睨み付けるラビットジン。そこに再びリムジンから機銃掃射が放たれるが、あっさりとかわしたラビットジンは、兎の脚力を生かした跳躍により再び数百mの上空へ!
「ビィィィッ、ト!!!」
「わああああああっ!!」
奇声と共に、急降下。バイクの車輪がリムジンの後部を叩き、車が立ち上がるようにそっくり返った。そこに、トドメの蹴りが入る。
さらに横にくの字に曲がって転落したリムジンは、流石の防弾構造も破れて爆発炎上する。
バイクを止めてその様を悠然と眺めながら、ラビットジンは懐から煙草を一本取り出すと噛み付くように加え、紫煙をくゆらせた。
「けっ、歯応えのない相手だと煙草も不味く感じるな・・・ト!?」
ぶつくさ呟いていたラビットジン、そかしその表情が突然真剣な者になる。
そしてそれと一種対照を成すように、頭の左右から伸びた長い耳がぱたり、ぱたりと動いている。その長い耳で、半径十数キロの物音をすべてキャッチし、かつそれを的確に分析してレーダーよりも精密に周囲の状況を理解できる。それが彼女、ラビットジンの能力なのだ。
「おっつけ他の連中も動き出したか。もう遅いんだけどな・・・それとこれは独特のモーター音・・・仮面ライダーストロンガーのカブトローってヤツだな?正直勝負してみたいが、任務遂行後直ちに撤収しろって言われてるからねぇ・・・つまんねえけど、トンズラさせてもらうか、と!」
そして数分後仮面ライダーストロンガーが到着したときには、そこにはラビットジンの陰も形もなかった。いかなストロンガーが仮面ライダー最強クラスの怪力と放電能力を併せ持っていても、そもそも敵と出会えなければどうしようもなかったのだ。

前編

「ふぅ、熱っちー・・・」
ネオショッカー、北米支部アジト。世界征服をたくらみ、人間を特定の動物をモチーフとしてバイオテクノロジーと薬物、機械など様々な技術でもって手術、改造強化した改造人間を繰り出す、世間的に「悪」と呼ばれる存在の根城の一つ。
帰還したラビットジンはいかにもだるそうにぼやくと、基地の廊下を闊歩しながらスーツの上着を脱ぎ捨てた。
額に埋め込まれた逆三角形のランプが点灯し、体の過熱を示しているとはいええらく大胆な行為である。バイク疾走時にのぞけていた胸元からも分かるように、彼女はスーツの下に何も着ていないのだから。
露になった彼女の上半身は、無駄な肉の殆んどない縒った革鞭を絞り上げたような、おおよそ兎という改造モチーフとは正反対な印象だ。腹筋と肩の筋肉がうっすらとした脂肪に包まれて陰影を汗で艶光る皮膚に刻む。薄暗いアジトの中でもはっきりと分かるほど、透き通るような白さだ。
そんな体からさらに乳房は突出した盛り上がりを見せている。強い大胸筋が、しっかりと乗った脂肪と乳腺をほぼ完全な半球形に盛り上げているのだ。そして、そんな体のところどころに兎の印象を辛うじて匂わせるように皮膚が斑に毛皮となっている。左肩から右胸の頂点周辺に帯状に、それから螺旋のように曲がって乳房をぐるり縁取るようにしたあと、直下に流れて右脇腹に達している。
茶色、灰色、黒とところどころ色んな兎の毛皮のように色に変化を見せているが、一色だけない色がある。白だ。その代わりにか、彼女の大半露出した肌は抜けるように白く、戦闘後の興奮からかうっすら桜色にも染まって見える。
「ヒャ、ヒャア・・・」
「けいー・・・」
廊下ですれ違ったアリコマンドが、黒いタイツ型強化皮膜の下で目を丸くする。襟を掴んだスーツを肩に引っ掛けて歩くラビットジンは、そんな奇異の、ないしは好色の視線など丸で気にしないように歩いていき、そして。
ネオショッカーの紋章である瞳を持つ金色のNSの文字が刻まれた自動扉の前に立つと、紋章の瞳に自分の目を写すようにした。
「NS−BS/fm・ラビットジン=01、因幡アリス。」
そして言う、と同時に扉は開いた。この一瞬の間に網膜パターン並びに底に刻まれた分子レベルでの識別記号、声紋、体の透視図など様々なデーターから彼女が本物のラビットジンであるということが幾重にも確認されているのだ。
「任務完了だぜ、支部長さんよ。目標は片付けた、証拠資料とやらもリムジンもろともこんがり焼けちまったろうさ。そっちのほうも本部への工作は済ましたんだろうね?」
彼女、ラビットジンはあくまで一介の改造人間に過ぎない。改造人間は一部隊の指揮官ではあるがあくまでそれ以上の領域を出ることはなく、各支部を統括する最高幹部とは本来確固たる地位の差が存在する、筈なのに。
ぞんざい極まりない口調で支部長相手にタメ口を叩くと、ラビットジンはべたんと床に腰掛けてしまった。背中の肌にへばりついてくる長い髪の毛を鬱陶しげにかきあげる。
「き、貴様・・・何だその態度は!仮にも支部長であるこの私に対して・・・」
そんなラビットジンのネオショッカー構成員とは思えない不真面目極まりない態度に腹を立てた北米支部長が声を荒げる。カーキ色のネオショッカー第二種軍装にクー・クラックス・クランの構成員を思わせる白い三角頭巾を被った姿なので表情は分からないが、口調からは明らかに怒りが伝わってくる。
絶対の上下構造を持つネオショッカーにあっては、下位の存在の反逆は処刑の対象である。彼の機嫌を損ねれば部下であるラビットジンの命はないというのに・・・
「仮にも、なんだよな。あんた、ゼネラルモンスターが日本支部に移動している間の、あくまで仮のアメリカ支部長じゃないか。」
かまわず憎まれ口を叩き、三角頭巾の奥の北米支部長の目をにらみつけるラビットジン。
まるで、さあ処刑してみろと言わんばかりの有様である。
「こ、このっ・・・!」
それに逆上した北米支部長が何事か叫ぼうとした、その途端。
不意にややハスキーだが涼やかな声が割り込んだ。
「それより、CIA並びにFBI、DIAなどの関係組織が手に入れた情報の消去並びにその情報を知った人間の抹殺は、これで完全に終了したのだろうな?」
言葉を発したのは、漆黒の軍服・ネオショッカー第一種軍装に身を包んだ少女だ。女性としては背の高いラビットジン=因幡アリスより随分小柄で、身長はせいぜい150cmちょっとしかあるまい。しかしそれと対照的にスタイルはラビットジンに負けないどころか勝るほど立派に胸など果実を詰めたように実っている。
それが安っぽい色気にならないのは、顔の半分を覆うように垂らされた金色の髪に片方隠されている槍の穂先のように鋭い瞳のせいだ。顔の造作も美しさと同時に名刀を思わせる怜悧な冷たさを持っている。
「ち、中東支部長カーネルクリーチャー・・・いつアメリカへ!?」
「へぇ。」
北米支部長が驚きの声をあげ、不遜なラビットジンも僅かに驚きと敬意に近い反応を見せる。腰に締められたベルトの、通常のNS紋章にさらに翼をあしらったバックルを見るまでも無く、彼女の地位は明らかだ。
秘密結社ネオショッカー中東支部長カーネルクリーチャー。現日本支部長ゼネラルモンスターに見出されて幹部候補として教育を受けて以来急激に実績を重ね、僅か16歳でネオショッカー最年少の大幹部になった女。
「ついさっき、だ。中東での計画が一段落した故、大首領からの作戦伝達もかねて北米支部を視察する必要が生じた。現状報告を。」
「は、はっ。それはもう抜かりなく。これでアメリカはもはやネオショッカーの存在すら知らない以前の状態へと戻ることでしょう。」
流石に格上の相手に、やや緊張した口調で北米支部長は報告を行った。同時に受け取った書類に目を通してからカーネルは頷き、そして今度はラビットジンのほうに向き直った。
「お前がラビットジンか。噂どおりの暴れ者のようだが・・・見事だ。この成果を大首領は慶せられている。お前の以前よりの希望・・・日本支部への転属も恐らく近日中に受理されるだろう。」
口調は静かだが、その眼差しには強い意思が込められている。言外といえど明らかにその瞳は「言っていた」
(これで機嫌を直し、早々に退くのだ。さもなくば容赦しない)
「・・・分かったよ。」


「・・・クソッ・・・」
搾り出すような熱のある吐息とともに悪態をつくと、壁に背をついてずるずると擦るようにしながら腰を下ろした。
先ほどの会話から僅か後、場所はラビットジンの部屋である。怪人級ともなれば、私室くらい持つことが出来る。・・・しかし。
それそれ内装を各怪人が好き勝手にいじることが出来、かつ広さも充分に取ることを許されるはずの部屋だというのに、ラビットジンのそれは酷く殺風景で、そして狭かった。
うちっぱなしのコンクリートの壁と床、そこにごたごたとバイクの部品や灰皿、脱ぎ散らかした服と寝袋が積んである程度。唯一特徴的な箇所があるといえば、マジックミラーで封じられているとはいえ天上に地上まで通じる一般的なTV画面ほどの穴が開いていて、空がわずかだが見える程度か。
そんな部屋に閉じこもった途端、ラビットジンは荒く息をつきだした。さっきの会話での緊張や怒り、それより前の戦闘での発熱はとうに収まっているはずなのに、体に疼くような熱を感じているのだ。
昔から、そんな不快な熱を感じることはあった。貧しくて、生きているのが退屈で、やりきれない思いで自分達貧民を拒絶するようにそびえる摩天楼に狭められたこの国の空を見上げるとき、その熱は強くなった。総てを、自分自身をも焼き尽くしてしまいたくなる熱。盗んだバイクを走らせるのが、何よりの気晴らしだった。免許など無論あるはずも無く、わざと高く排気量の多いバイクを盗んでは、ぶっ壊すまで乗り回した。
しかしそこからの脱出を求めてネオショッカーに入り、こうして改造人間となった今もやはりそれは収まらず、むしろ時として昔よりも酷くなる。
戦い、人間だったころの人生でただ一つ趣味といえたバイクの運転、それにさらに命を賭けるという戦いの要素が加わることにより、確かに最初は本当にせいせいしたものだ。だが結局、やってきたのは再びの倦怠、そこから来るこの不快な熱。
「兎なんかにしやがって、似合ってねぇんだよ・・・全く・・・」
呟きながら、握りつぶすように、爪を立てるように、強くラビットジンは自分の体を抱くようにした。着なおした上着が、幾重にも皺を刻む。
指に返ってくるふわふわした毛と、人工筋肉であるのに戦闘用の力を入れない限りは生身であったころと変わらず柔らかい肌と肉の感触に顔をしかめた。
男なら大抵の者が目を奪われるであろう、魅力的な体つき。しかしだからこそ、人間・因幡アリスであったころからラビットジンはこの体が大嫌いであった。自分を生み捨てた母親との血縁やこの体で生きるためにしなけれなならなかったこと、そんな人間の肉体のしがらみが、鬱陶しくてならなかった。明日に希望も無いのに、惰性で生きる己の弱さの形。
だから、改造手術を喜んで受けた。怪物になりたかったのだ、凶暴な、誰もが恐れる怪物に。人も街もそれの作るしがらみも何もかもを焼き尽くせる怪物に。しかしその結果がこれだ。結局何も変わらない。
熱に浮かされたようにぼんやりとした目で、ラビットジンは昔見たのよりさらに狭くなった空の、月を見上げた。金色の光が、濡れた瞳の表面を輝かせる。

「・・・ラビットジン、カーネルクリーチャーである。入るぞ。」
と突然。個室の扉の向こうから、先ほど現れた中東支部長の声が聞こえた。びくりと身をすくめ、そしてそんな自分の臆病とも取れる仕草に腹を立てたラビットジンはすかさず怒鳴り返した。
「勝手にしやがれ、偉い幹部様なんだろ!?」
相変わらず不遜な・・・ないしは、不遜を装った口調で叫ぶラビットジンだが、その大声に怯む様子も無く、カーネルクリーチャーは言ったとおり部屋に入ってきた。
月の光以外まともな照明など無い部屋。ラビットジンは改造人間であるから暗視などお手のものであるが、今のところ改造手術を受けているわけではないカーネルクリーチャーにとっては、明らかに暗いであろう部屋。
いっそ、そのへんに積んだガラクタに足を取られて転びでもしれば面白いと思っていたラビットジンだが、意に反してカーネルは心持軍帽の庇を持ち上げると、暗い部屋に不自由を感じている様子も無くすっと部屋を横切りラビットジンのすぐ隣まで来た。若年とて彼女も闇の組織の構成員、暗闇での荒事など日常茶飯事であるがゆえに、人間の目のままであろうともこの程度の暗がりどうということもないらしい。
そしてそのままカーネルは、ラビットジンの隣に同じように床に腰を下ろした。厳格な階級差が存在するネオショッカーにおいて、幹部がこのように格下のものに親接するということは滅多に無い。流石(さすが)最年少幹部、余りそう言うことにはとらわれないらしい。
また意表を突かれた苛立ちを収めるため、ラビットジンは乳房のせいで張り詰めた上着のポケットから少々やりにくそうに煙草を取り出すと、火をつけて噛み付くように咥えた。紫がかった灰色、それほど高いわけでも薫り高いわけでもないが吸い慣れた煙を吸い込むと、問いとともに吐き出す。
「で、何の用だよ?」
「日本支部転属後の任務の説明だ。」
ラビットジンの質問に間髪居れず即答するカーネル。その時初めてよく考えてみれば日本支部転属が決まってもその後の予定を聞いていなかったことを思い出し、苛立っていたとはいえ己の迂闊さにラビットジンは呆れてしまった。
がりがりと頭を掻くラビットジン。その拍子に、出しっぱなしだった変身時の特徴である長耳がはたはたと揺れる。
「お前の希望は日本支部への転属というよりは、正確には日本支部と交戦状態にある「仮面ライダー」、スカイライダーとの戦闘任務・・・だったな。」
「ああ。北米での仕事はもう飽きた。警察やCIA、FBIなんかじゃ俺の相手にゃ役不足だ。戦いたいんだよ・・・もっともっと強い相手とな。」
戦闘時にするような獰猛な笑みを浮かべて、ラビットジンは言い切った。兎、という改造モチーフが本人の言うとおり確かに似合っていない、獅子や虎を思わせる雰囲気だ。
故にこそ彼女は、そのように荒々しく戦える相手を欲し、日本行きを望んだ。その戦いならば、あるいはこのどうしようもない倦怠を忘れられるかもしれない、そう思ったのだ。
「ラビットジン。日本ではまず、仮面ライダーのゲリラ活動で寸断されつつある各基地間の連絡・物流網の再構築をしてもらうことになる。」
「何だと?」
ラビットジンは凶暴ではあるが愚かではない。その任務の重要性は瞬時に理解できていた。治安組織の間をすり抜けるように蠢動しその野望を進めてきたネオショッカーだが、仮面ライダーはそのネオショッカーの手を逆にくぐりぬけ、縦横無尽に暴れている。
結果として各基地は混乱・孤立化し各個撃破され、ネオショッカーの強大な力が封じ込められつつあるのだ。それをもう一度繋げ直し戦力を再度有効に活用できるようにするのは、ネオショッカーにとって重要な任務であることくらい理解できる。
「冗談じゃない、俺は仮面ライダーと戦いたいんだ!そんな雑用・・・」
「話を聞いてくれ、ラビットジン・・・因幡アリス。」
怒鳴りつけようとしたラビットジンだったが、その声は途中で遮られた。否、怒鳴り続けることは出来ただろうが、その気が急に失せてしまったのだ。
傍らから自分を見据えるカーネルクリーチャーの、蒼い目。その瞳が、そしてその言葉、わざわざ人間だったころの名前で自分を呼ぶその言葉が、そんな名前など嫌いであるはずなのに、耳を離れない。そして、荒ぶっていた心を押さえつける。
「日本では今、義父上・・・あ、いや、日本支部長ゼネラル=モンスター指揮の元「華憐隊」と呼ばれる特殊部隊がライダー抹殺に既に動いているのだ。かなり長期にわたって展開している作戦なので、それに急にお前を割り込ませるわけにも行かない。しかし、この任務を続けていれば遅かれ早かれ仮面ライダーが仕掛けてくる・・・先に「華憐隊」が片付けるかもしれぬが。我慢してくれ。」
幹部が怪人に命令するのではない、それとは明らかに違う真摯な声で、カーネルはラビットジンに話した。優しい、といってもいいかもしれない。
だが、だからこそ。癪に障る。ラビットジンはあえてもう一度、枝葉末節を捉えて蒸し返すことにした。
「フン、いいのかそんなこと言って。俺は自分の楽しみを邪魔されるのは嫌いなんだ。ネオショッカーだろうが何だろうが、理想だろうが理念だろうが知ったことじゃなく。「華憐隊」とやら・・・邪魔される前に俺が殺っちまうかもしれねぇぜ?」
今ラビットジンが口にしている言葉は、先ほどの支部長に対する無礼程度のものではない。これはもう、ネオショッカー自体に対する反逆宣言といっても変わりないようなものだ。その理想を信じないといい、邪魔するならばネオショッカーであれ攻撃するというのであれば、彼女はもはや組織の構成員であるとはいえないだろう。
だがそれが、ラビットジンの正直な感想であるといえた。彼女はネオショッカーの思想・・・人間の人口を統制し優秀な者のみを残して支配し、人と地球を正しい進化へと、夜の闇から導く・・・に共鳴したわけではない。
信じるものなど何も無く、生きている理由も死ぬ理由が無いから無いというだけ。ただ、僅かばかりの、生きる憂さを晴らすだけの刺激を求めているだけ。
それは人によれば愚かと罵ることも、存在価値なしと断罪されることもあろう。しかし哀れ、ととらえられることもあるかもしれない。
「・・・ラビットジン・・・」
「あんたに、俺を糾弾する権利などない。」
あまり表情を乱すということをしないカーネルの僅かな変化、それに気づかずラビットジンは言い続ける。
「あんた、さっきうっかり言ったよな。ゼネラルモンスターのことを義父上、って。あんた一見生真面目に見えるが・・・その生真面目さは、ネオショッカーの理想に必ずしも向いているわけじゃないんだろう?」
「そうだ。」
きっぱりと、あっさりと。カーネルはそれを肯定した。
責めるような口調で言ったにも関わらず、幹部としてあるまじき心境であるはずにもかかわらずそれを肯定したカーネルに、一瞬あっけに取られるラビットジン。
「そうだ。私は、私を内戦の地獄から拾ってくれた義父上、ゼネラルモンスターの恩義に報いるために、仲間と共に生きるために戦っている。」
清々したような晴れやかな口調で、カーネルはそう言った。その蒼い視線をあえてラビットジンから外して、正面に置きながら、しかしラビットジンへと心は向けて語りかける。。
「だが、それもいいだろう?きちんとネオショッカーに命を捧げ、その理想実現のために現実問題動いているのだ。ほんの少し・・・ほんの少し、大事な理由を持っても・・・問題は無いだろう・・・」
語るカーネル。それはいつしかラビットジンへの説諭というより徐々に切なく、自らの思うところを呟いているといったほうに近くなる。
「日本支部の者達も、そういう部分が多い。それを探すために、私たちはこの夜の中に来たんだと思う。だから、お前のためにもなるだろうと思うから、無茶な真似は控えてみないか?」
しかし、何故だろう。
「・・・わーったよ。少しは、大人しくしといてやらぁ。」
どうしようもない倦怠の熱が、僅かに引いた気がラビットジンはした。
地の底、闇の底。
それきり言葉の途絶えた少女二人が、狭い天窓から月を見上げていた。
移ろい、窓から月が消えるまで、ずっと。


ぶぉろろろろ・・・ごとごと・・・
細い山道に、エンジン音と石を踏んで車体が振動する音が響く。狭い道を難儀そうにして通っていく幌付きのトラック、そのカーキ色の幌に描かれた、赤い眼を持つ「NS」のロゴマーク。
ネオショッカーのトラックだ。操縦席には黒い皮膜で全身を包み短い触角を生やした簡易改造人間、アリコマンドが座っていることからも明らか。
そして、それを先導するようにして、これもNSの紋章を刻んだバイクに跨った黒髪の少女、ラビットジン=因幡アリスの姿もある。
カーネルクリーチャーの説諭が効いたのか、日本へと来たラビットジンは独断行動をすることなく任務に専念していた。幾つものネオショッカーの基地を巡り資材を運搬、基地を修復し連絡網を回復し、兵力を統合していく。
その任務も相当に進行し、目下こうして再編成したアリコマンド部隊を華憐隊やゼネラルモンスターが駐留する目下の日本総合支部へと移送する、その行程もあとわずかというところまで来ていた。
そんなとき。
「・・・?!」
「ヒャイッ!?」
不意に先頭を進んでいたラビットジンがバイクを止めた。追突しそうになってしまった後続のトラックが急ブレーキし、中に乗っていたアリコマンドたちが慣性の法則に振り回されて次々転倒、幌の中でどたどたと音を立てる。
「ヒャイーッ!ど、どうなされましたラビットジン様!?」
運転していたアリコマンドの抗議めいた叫びに返答せず、代わりにラビットジンは人間に近い体躯の中で唯一モチーフ動物の面影を残す部分、長い両耳を露にするとそれをはたはたと上下左右に動かした。
同時に目を閉じ、精神を集中する。暫くそうしていた後、かっと目を見開くと確信に満ちた口調で言い切った。
「スカイライダーが来る。俺が迎撃するからテメェら先に基地に行ってろ!」
ここでスカイライダーに襲撃を受ければ、折角纏め上げた戦力を失う危険性があるどころか、計画を察知されて各基地を襲撃される恐れもある。一見ただの幌付きトラックだが幌は防弾繊維車体も装甲されているネオショッカー特製車両といえど、カメンライダーの力にかかってはひとたまりもない。
それどころか日本総合支部の所在をかぎつけられる危険性すらある。
しかしアリコマンドは言葉を返す。
「ヒャイッ、し、しかしラビットジン様、我々も・・・」
組織に、直属上司である怪人に絶対の忠誠を誓うアリコマンドであるから無論反論などでは無いが、通常怪人は華憐隊などのチーム行動するようなよっぽど特殊な怪人を除けば、戦闘員を伴って行動するものである。
「俺の能力はバイクと跳躍力を生かした高機動高速戦闘だ、徒歩の戦闘員が居たんじゃかえってやりにくくてかなわねぇ!鬱陶しいんだよ!・・・折角あのライダーと戦えるんだ、あたしの楽しみを邪魔するんじゃねぇ!とっととうせやがれ!」
「ひひっ、ヒャアイイイイーーーーッ!」
突然激昂したラビットジンの剣幕に震え上がったアリコマンドは、慌てて片手を上げるローマンスタイル敬礼をすると、トラックを発進させた。
激しいエンジン音と共に山奥へと消えるトラック、それを見送るラビットジン。その表情には既に怒りは無く、むしろ清々しいといった風である。
半分は確かにライダーと一対一で勝負したいという思いだったが、もう半分は違った。約束をした以上きちんと任務をやり遂げなければという想いと、そしてこれは本当に僅かだが、どのみち戦う運命でも折角壊滅寸前の基地で生きながらえていた連中を巻き込みたくない、という思いもかすかにあった。
そして、ラビットジンもまた乗騎のエンジンを高らかと鳴らした。

「・・・ぬっ・・・」
森の中、唐突に開けた赤土の平地。不自然に四角いそれは、恐らく何かを建てるつもりで人間がそこにあった森を切り払って作ったのだろう。
しかし結局計画は変更されたのか何も作られることはなく、無駄に森の一部を滅ぼし、その部分に存在した生命を育んだであろう腐葉土を消し、粘土質の赤土を露出させただけとなっていた。
その空間の一隅にバイクを乗り入れた男が、唸った。
バイク自体、ただのバイクではなかった。フレーム自体は若干スズキのハスラーに似ていたが、既に原形をとどめていない。白と蒼を基調にした装甲で覆われ、特にカウル部分は角ばって堅牢そうなつくりになっている。それは走るため、というよりは戦うための改造だ。名をスカイターボという。しかし、それに乗っている者はバイクよりも尚凄まじい。
男。異形の男。その姿は人間と同じ四肢を持ち人間の体型を保っていた。しかしその顔は、表皮は、緑色の蝗のものだった。人間と蝗を合成し、それを機械的に整えたといわんばかりの姿。体はライダースーツのような表皮に胸部には人間の筋肉の形に盛り上がった昆虫の外骨格、首には朱色のマフラーをまいているが、その上についている頭部は額に単眼と二本の触角を備え、赤い複眼と頑丈な顎を持った、仮面じみた昆虫のそれだ。
仮面ライダー。そう名乗る改造人間。スカイライダー。バイクを駆り、空を飛び、強靭な腕力と脚力を武器とする戦士。人間の自由を守るために戦うヒーロー・・・秘密結社ネオショッカーの改造人間を幾人も否幾百人も殺した、憎い敵。
返り血を緑色の外骨格に浴びていたそいつは、しかし些か悲しげな、あるいは憔悴した様子でたたずんでいた。その仮面じみた顔は無表情で、外見上表情の変化は読めないのだが、何とはなしにそのように見えた。
足元に、死体が転がっている。些か旧いデザインの体操着を着た女の子・・・にしか外見上は見えない。しかしその紺色のブルマ・・・旧いデザイン、というのはこれのことをさしていた・・・には、NSの紋章が入っている。
アリコマンドとはまた違う、簡易の強化人間だ。本来は諜報に用いられるはずなのだが、恐らく仮面ライダーの進行を阻止しようとして失敗したらしい。その証拠に見る見るうちにその張りのある思春期の少女特有の皮膚が変色し、内側から破れて泡を吹き、ずぐずぐと腐るように溶けて、消えていく・・・人体を強靭にするために投与された薬物の副作用だ。死体を隠滅する目的もあるため、改造人間に多用される。
スカイライダーの目的は、ネオショッカーの輸送部隊の捕捉だ。捉え、攻撃し、かつその所属する基地を見つけ出し、破壊する。ネオショッカーの力を削ぐための、彼が何度も行ってきた戦い。
であるならばさっさと先へ進むべきであるが、それは今出来なかった。
この四角い空間の対偶、あたかもリングにあがるボクサーのように、その対偶に現れた相手が、それを阻んでいる。
スカイライダーと同じように、バイクに跨っている。しかし、それ以外は殆んど正反対だ。
女だ。高校を卒業するほどの年齢の、少女。黒く長い髪、人間の皮膚を顔を表情を僅かも露にしない仮面ライダーと違い、長く黒い兎のような耳と毛に覆われた手足先の部分を除けば、一見殆んど人間の少女と変わりない。
どれをとっても違う・・・ただ一点。改造人間であるという共通点を除けば。
「・・・何故だ。」
名乗るとおりの仮面のような、表情の読めぬ顔のまま、仮面ライダーは呟いた。
「何故、こんな少女を差し向ける。俺を惑わせるためか。躊躇させるためか。」
それは、目の前の兎の部品を持った少女への問いではあるまい。今の少女という言葉には、おそらくは目の前の者も含まれる。その背後に居る・・・居るとスカイライダーが認識している、ネオショッカー「という存在」への問いだろう。
それを認識しながらも、兎の少女・・・ラビットジンは、言葉を返した。
「さぁな、知ったこっちゃねえ。命って言うんなら、アリコマンドも女も同じ命じゃねえか。」
言いようによれば、外見で生命を差別していると相手を糾弾するような口調。しかし、実際にはそういった感じは薄かった。
それはワイルドなその美貌に宿るには、些かシニカルに過ぎる笑みゆえか。煙草のフィルターを噛み潰すようにしながら、暗く笑う。
「もっとも、命に価値なんてもんがあればの話だが・・・な。思想や理想と同じように、人間が決めた・・・幻想だと思うがね、俺は。」
それを聞いて、仮面ライダーは赤い複眼で真っ直ぐラビットジンを見た。意思が、意思を表す言葉がラビットジンを捉え、それに僅かに感情の色が混じる。それは、非難と憤り。
「命に価値を認めないから、他者を弄ぶのか。ならば自分の命をどうする。理想も思想も否定して、何故あえて傷つけ生きる。」
「あたしらの命に価値を認めないから、あんたは正義を行えるんじゃないのかい?」
糾弾に応酬する、皮肉。ラビットジンの言葉はねじくれて、捨て鉢で、詭弁で・・・しかし、確かにスカイライダーを突く。
自分達は同類であると。その返り血は何だと。
「喜んでしかるべきじゃないのか?自分のも他人のも命を粗略に扱う、闘争に酔った、俺みたいな典型的な悪党が相手で・・・良心、痛まないだろ。思い切り・・・戦えるだろ!!」
叫ぶと同時に、ラビットジンは跨っていた金属製の奔馬の手綱を緩めた。弾丸のように、バイクはスカイライダー目指して飛び出す。
「く・・・っ!」
まだ何か言いたげなスカイライダーだったが、既に戦いの火蓋は切られたことを理解して、自身もバイクを走らせた。

走る。
中世騎士の馬上槍試合のように、鉄馬に跨り互いに向けて一直線に走る。それは生身の人間の目から見れば、ほんの一瞬。両者共に時速数百キロの領域に一瞬に達したため、この空き地の中央でぶつかるのにかかる時間など一瞬に過ぎない。
しかし、この槍試合に臨む騎士たちは、いずれも改造人間。人であった・・・人の虚弱さを捨てたあるいは失った、強靭にして強壮、体の内の内までをも鎧った闇の中の未来騎士。
その一瞬は、攻防するに充分な時間だ。
「トォォッ!」
両者交差の一瞬、裂帛の気合と共にライダーは槍以上、いや現代兵器を上回る破壊力を秘めたその足を蹴り出した。並んだ一瞬に横やや上、ラビットジンの頭を蹴飛ばす、否一撃で蹴り砕くために。
ズギャルッ!!
車輪が激しく土を噛む音。風鳴り。
突如ラビットジンは、仮面ライダーの足先から姿を消した。殆んど地面水平、体を擦るほど車体を倒すと、そのままその場でぐるりと回り回避したのだ。
虚を突かれるスカイライダー。足を振り上げた程度でバランスを崩すような車でも乗り手でもないが、しかし一瞬の隙とはなる。
直後。
地面を踏み抜こうとするように勢い良く突いた足を軸に回転するバイクを制御したラビットジン。勢いに乗ったバイクは遠心力では値上がり・・・後輪を馬の後足蹴りのように高く掲げてライダーに叩き付けた。
「〜〜〜〜っ!!」
吹き飛ばされ、しかし辛うじて落馬を免れたスカイライダーは懸命に混濁しかけた意識を再構築し、態勢を立て直す。生身の人間だったら一撃で粉々に砕けているだろう一撃。装甲はそれを弾き返したが、脳を揺さぶられたため改造人間にとっても相当な打撃である。
そこに即座に、回転を止めると同時に方向転換したラビットジンのマシンが迫る。単体でも充分な破壊力を持つ改造人間の腕力に、車体の加速をさらに上乗せした左拳が迫る。
咄嗟にスカイライダーも拳で迎え撃つ。こちらは静止した状態での腕力のみでの反撃だが、改造人間としての筋力はスカイライダーのほうに分がある。
拳がぶつかり、その間に押し潰された空気が衝撃波となって爆音を立てる。
弾かれるラビットジンの拳。激突と衝撃波で、ライダーの黒い、一見皮革のように見える高分子素材製グローブで覆われた手ほど頑丈ではない皮膚が切れ、血が噴出す。
しかしそれでも。
「ハハッ、ハ!」
咥えた煙草が落ちるのもかまわず、ラビットジンは笑う。拳を擦り合わせるようにしてすれ違うと、今度は足を突き出す。仮面ライダーも再び同手段で応戦し、打撃音が響く。
「何が・・・可笑しい!」
「楽しいんだよ!」
互いにすれ違い、反転し再び向かい合うまでの間、僅かに会話を交わす。
再度突っ込んでいくラビットジン。
「くっ・・・ライダァァブレイクッ!!」
正面から突っ込んでくるラビットジンを威嚇するように、ライダーはスカイターボを急加速させ、前輪を大きく上げて走る・・・ウィリーの姿勢をとった。
ただのウィリー走行ではない。前輪とカウルに仕込まれたHVG・超振動発生装置を起動させた破砕攻撃だ。分子を振動させ、目標を粉々に粉砕する。その一撃を喰らって致命傷を負わない改造人間はいない。
しかし。
「ハハ、アーーーッハッハッハ!」
「何!?」
それに真正面からラビットジンが突っ込んできた。これの威力を知らないわけでもないはずなのに。それは本来ライダーには願ったり叶ったりのはず。このまま直進すれば敵は砕かれる。
しかし驚いたライダーは思わず叫ぶ。それに答えるように、ラビットジンは咆えた。
「楽しい、戦うのは楽しい!理由なんて何も要らない・・・この瞬間だけは、何も考えないで済む・・・!」
狂乱したような叫び。あの日、カーネルクリーチャーと会話していたときの落ち着いた風情など欠片も感じられない。爛々と光る目で、迫るスカイターボの車輪をにらみつける。
その車輪が、激突すると見えた瞬前。
ダン!
「ビィーーーイィーーーイィーーーッット!!」
長く後を引く、甲高い歓喜とも悲鳴とも取れる戦叫(ウォークライ)。一瞬でライダーの目の前から消失するラビットジン。
「・・・上!?」
消えたと思ったラビットジンは、両足を地面に叩きつけてバイクごと跳躍、仮面ライダーの真上へと跳躍していたのだ。上空からバイクの重みを利用して、断頭台の刃のように車輪がライダーに迫る。
風が鳴る。
辛うじて、ぎりぎりのところでライダーは顔をそらした。そうでなければ宙を飛ぶ車輪に首から上を持っていかれただろう。着地したラビットジンはすぐさま反転。
まるで餓死寸前の者が食べ物を目指すように、がっつくようにライダーに向き直る。
「アッハハハハハ!!」
「うおおおおおおっ!!」
しかし、そこに今度こそとばかりに迫るライダーブレイク。着地の衝撃に構わず強引にマシンを反転させたラビットジンには、これをかわす余裕は無い。

と、その時。
ドォーーーン!
唐突にライダーとラビットジンの間に爆発が発生した。突進を遮られ、咄嗟に停止する両者。
「くっ・・・!?」
バイクを急停止させた後、首をニ、三回左右に振るラビットジン。まるでそれまで意識が飛んでいたか、我を失っていたような感じで。
同時に森の中から奇声。NSの改造人間がそれぞれ固有する、識別信号兼用のウォークライだ。
「リリリリ〜〜〜〜ッ!」
現れた改造人間は百合の花をイメージしたらしい花弁のようにひらひらした派手な白とピンクの衣装に身を包んでおり、背中には羽のような二枚の葉、頭にも百合の花を象った帽子を被った赤毛の少女。
体内に取り込んだ細胞強化用ナノマシンの斑紋がまるで濃い目のメイクのようにやや子供っぽいが目鼻立ちのはっきりした顔立ちを強調している。
「百合ちゃん・・・ユリリーナ!」
その姿を見たライダーが、呻くように叫ぶ。同時にラビットジンもその改造人間のデータを脳内に呼び起こしていた。百合をモチーフに作られた改造人間、ユリリーナ。確か損傷した華憐隊の一人が再改造を受けた姿らしいが、基本的に筑波洋の知り合いであるという事実と知略を持って暗躍した前身と異なり、かなりの強力怪人のようだ。
「ゼネラルモンスター様のご命令を受けたわ、ラビットジンちゃん、手を貸すわよ!」
「ちゃんをつけるな!大体助けなんざいらねぇ、ライダーは俺の獲物だぞ!」
強力怪人・・・のはずなのだが、些か子供っぽい言動だ。しかしそれに怒鳴り返すラビットジンも、また若い。
若い・・・少女。それを再び認識し一瞬戦闘を躊躇するライダーだったが、しかしその隙は危険だった。
「リリーガン!喰らえ、ライダーッ!」
ズガァン!
轟然一発、殆んど大砲と言ったほうがいいような発射音と共に放たれた銃弾がライダーを直撃した。改造人間ユリリーナの主力兵器、リリーガンだ。これもやはり服と同じように百合の花を思わせる華美な装飾が施された銃である。
胸にそれを直撃させられたライダーはもんどりうってバイクから転倒する。分厚い胸部装甲がひしゃげるほどの、それは強力な一撃だった。
「ちっ、水差しやがって、まあチャンスではあるな!」
一瞬邪魔であるとそれを感じたラビットジンだったが、ユリリーナたちの事情も聞かされているゆえそれ以上拘泥せず、また絶好の機会でもあるためトドメを誘うとバイクを進め。
ようとするが。
ドカーーン!
ドーン!
ズゴォォン!!
ドドーーーンッ!
「あははっ、あはははっ、死ね死ねライダー!リリリーッ、それそれ〜〜〜っ!」
遊びに夢中になった子供のように甲高く叫びながら、リリーガンの引き金を何度も取り付かれたように引くユリリーナ。一発で小さめのビルならフッ飛ばしてしまうほどの破壊力を持つリリーガン、それが連続着弾したのだからたまらない。
たちまち狭かった空き地一杯に爆発が広がり、爆煙が満ちる。
「リリリーっ、気持ちい〜〜〜・・・痛ッ!?」
叫ぶユリリーナの頭が唐突にひっぱたかれた。慌てて離脱してきたラビットジンだ。爆発の煙で酷く汚れて、また耳を痛そうに押さえている。
「俺まで殺す気か、このスカタン!あんな高威力の兵器見境も無くぶっ放しやがって・・・」
死にかけただけあって流石に凄い剣幕のラビットジンに気圧され、涙目になりながら弁解するユリリーナ。しかしその頬は興奮により紅潮し、涙目にしても戦闘でのそれとは少し違うような微妙な興奮のせいらしい。
「だ、だって撃ってたらつい気持ちよくなってきちゃったんだもぉん・・・ライダー倒したいし・・・」
「変態かテメーわ!大体ライダーなんぞ爆発の煙にまぎれてとっくにどっかいっちまったぞ、ああ爆音聞かされたら俺の聴力も暫く効かなくなるし・・・脳改造きちんと受けてんのかこのアーパー娘!!」
ぎゃんぎゃんと吠え立てるラビットジン。確かに敏感精妙な聴覚であれば、あんな轟音を聞かされたのではたまったものではない。耳を押さえていたのはそのためだったらしい。
ともあれ結果的には、これでラビットジンの第一回目の戦闘は、基地と輸送部隊をライダーから守るという目的自体は達したこととなった。

中編

そうして基地へと帰還に成功したラビットジンとユリリーナだったが、基地に帰った早々ラビットジンは騒ぎを起こしてしまう。
「この趣味の悪い連中はテメェの部下か!?」
出迎えに来た幹部が先ほどの戦闘でライダーに撃破されたのと同じタイプの少女戦闘員をつれていたのを見た途端、食って掛かったのだ。
黒と赤のツートンカラーを基本に僅かに白をあしらった装束を纏った女だ。歳は大学生ほどか、ラビットジンやカーネルクリーチャーよりかはいくらか年上に見える。
鳥の羽を一本垂直に立てた筒型の帽子に金モールで飾られた赤い上着、黒いシャツ、赤と黒のラインの入った白いスカート、そして純白のブーツ。軍服風のデザインだが黒一色のカーネルクリーチャーや以前はゼネラルモンスターも着ていたネオショッカー第一種軍装よりも派手なつくりになっている。
ダークネスレディ。目下ネオショッカー日本支部において副支部長的存在として、独自の作戦を展開している幹部だ。
「趣味が悪い・・・ですって?この私の計画を。貴方に見る目が無いだけでしょうに。それで?それが貴方に何か?」
皮肉めいた、ねっとりとした口調で言うダークネスレディに対して、直情的なラビットジンは火に脂を注がれたように大声で怒鳴る。
「簡単なことだよ。こんな、ガキみてぇな連中を諜報どころかあまつさえ戦闘にまで用いるなんざ・・・気に入らねぇ。」
自分とてそれと大差ない年齢であろうが、荒んだ環境で苦労を重ねたラビットジンからしてみれば平和な日本で育った同年代など子供にしか過ぎないのだろう。
「それが通用すると考えるなんざ、おめでたいこった。ハン、鼓笛隊みたいなカッコしやがって・・・チャラけてんじゃねえよ。大人しく太鼓でも叩いてな!」
軽く鼻を鳴らし、高い上背でもってダークネスレディーをあからさまに見下すラビットジン。確かにダークネスレディーのコスチュームは派手で、軍服というよりは鼓笛隊に近いかもしれない。
そしてその着飾ったという印象を受けた衣装の胸倉を掴み、威嚇する。
そこまでされてダークネスレディも黙ってはいない。自分を掴む腕を押さえつけながら、殺意の篭った目でラビットジンを睨みつけた。
「おのれ、この私に、日本副支部長たるこのダークネスレディに歯向かう気っ!!?」
内に秘めた他者への支配欲を買われてネオショッカーに加えられたダークネスレディにとって、己に従わない存在というのは(上位の存在であり忠誠を誓う大幹部ゼネラルモンスターや首領を除けば)、許せる者ではない。
その間立ち尽くしてそれを見守っていたユリリーナだが、おろおろとするばかりでとても二人を落ち着けさせることは出来そうに無い。
見る見るダークネスレディの姿が変わる・・・彼女の正体、改造人間ヴァンパイアジンとしての姿に変身する。
黒く、ぬるりとした不気味な光沢を放つ強化皮膜がレオタードのようにぴたりと全身を覆っている。黒を基本色とし、すらりと細い両足に血のように赤いロングブーツを履き胸に蝙蝠を象った赤いプロテクター、両手にも二の腕まで届く長い同色の手袋をはいている。その指先には鋭く猛毒に浸った爪を、そして背中からは大きな翼を生やしている。
まさに伝説の吸血鬼の名が相応しい、妖艶にして恐ろしき魔性の姿だ。
幹部ということで特に念入りに強化された最新鋭であるヴァンパイアジンに対してラビットジンは元々バイクを利用した高速戦闘用の試作としてスカイライダーよりもさらに前に作られた旧式、戦闘能力には格段の差がある。
「けっ、折角力が強くても、体の持ち主が八つ当たりしか能の無い臆病モンじゃ意味ねぇなぁ・・・!自分でライダーと戦ったらどうだい!」
その事実が、しかしさらにラビットジンの癇癪に火をつける。それだけの力を誇りながら基地に篭り戦闘員達を死なせているというのが酷く腹立たしい。それが副支部長としての役目であるというのを頭で理解してはいても、感情はそれに従わない。
「てめぇの趣味的な欲求満足させるために・・・言っておくがユリリーナ、てめぇも同罪だからな。オレごと撃ちやがって。」
不意に横目で睨み据えられ、震え上がるユリリーナ。
しかし対照的にヴァンパイアジンはその目を睨み返すと、仕返しの皮肉をつむぎだす。
「フ、貴方だって・・・」
ぐっとつまるラビットジン。確かに、彼女とて人のことをいえた立場ではない。
「ええい、やめいやめい!」
この仲間割れは、結局この日本支部の最高責任者であるゼネラルモンスターが現れるまで収拾されなかった。

喧嘩騒ぎが終わって。ということは、任務後の報告もその他も、とにかく仕事から解放されたラビットジンは自分にあてがわれた日本支部での個室へ向かっていた。
その表情は相当険相が強い。折角楽しみにしていた戦いはユリリーナに邪魔されるわ、一応上司であるダークネスレディはどうにも気にくわないわで、普通ならもう一暴れしているところである。
(では、何故自分はもっと暴れなかったのか?)
と、疑問がラビットジンの心の中に浮かんだ。
冷ややかなゼネラルモンスターの目だろうか。軍服にびしりと身を包み、任務遂行とその結果であるネオショッカーの大義の達成のみを誠実に目指す男の、取り乱す自分をしかるような自分にはない信念のせいだろうか。
ユリリーナのせいだろうか。常に苛立ち、飢えた自分と違い、脳天気で、あっけらかんとして、満たされている存在を見て惚けたのだろうか。
ひょっとしたら、毛嫌いするダークネスレディのせいかもしれない。言われたとおり、あの女と自分は同じ存在だ。己の醜い部分をカリカチュアライズされて突きつけられ、怯んだのかもしれない。
(つまり、思い当たる節が有りすぎるほど、俺ぁ駄目駄目ってことかよ。)
苦虫をかみつぶした顔を手で覆い、俯くラビットジン。拍子に黒く長い耳がへなっと下を向く。故に、ラビットジンは気付くことがない。自分を見るアリコマンドの視線。戦闘員を救いライダーから守った希有な改造人間を見る視線に。
と、そんな風に者思いしながら歩いていた故に、声をかけられるまでラビットジンは自分に近寄ってきた、少女戦闘員の存在に気が付かなかった。小柄な娘で、上背の高いラビットジンを見上げるようにしてもじもじと話しかけてくる。NSのエンブレムがプリントされた体操着に身を包んだ少女・・・ダークネスレディ配下の少女戦闘員だ。
「あ、あの・・・」
「何だ?」
か細い声に、じろりと視線を返すラビットジン。
「何だ?上司に言われて俺を闇討ちでもしに来たか?やめとけ、てめぇら戦闘員ごときに遅れをとる俺じゃねえぞ。」
「ちちっ、違いますっ!」
冗談とも本気とも取れないラビットジンの言葉に、震え上がるように慌てて手を振りそれを否定する。彼女達を含む戦闘員は組織では消耗品扱いであり、命令違反や任務失敗などの理由で怪人に処刑されても文句も言えない存在なのだ。
誤解で殺されてはたまらないと慌てる戦闘員に、軽く笑うように咽喉を鳴らすとラビットジンは水を向ける。
「じゃあ、何だ?」
「ははっ、はいっ。あ、あ、あの、その・・・」
何度も言い損ない、口をぱくぱくさせる戦闘員。その動転ぶりに、ラビットジンは苦笑いする。
「そんなに俺は怖いか?」
「いえっ、緊張しただけです!」
少しすねたような口調に、慌てて背を伸ばした戦闘員は口調を正した。別に本当に機嫌を損ねた訳ではなく軽くからかっただけだったことを示すために険相を解くラビットジンに、戦闘員は若干照れのどもりを混ぜながら、当初告げようと思っていたことをようやく言うことが出来た。
「その・・・有難う御座います。私たちのこと、気遣ってくださって。」
その言葉は、本当に普通の女の子が、普通に感謝するのと変わらない物で。
ラビットジンは珍しく・・・自分でも、人間・因幡アリスであったころでも珍しいなと認識するほど久しぶりに。
微笑んだ。


後編

前回の戦闘から数日後。
その日、ネオショッカー日本支部は酷く沈鬱な空気に満たされていた。華憐隊改造人間・ユリリーナが遂行中の東京全滅作戦中にスカイライダーと交戦、敗死したのだ。
既に改造人間の敗北が日常茶飯事になりつつある状況を打開するための怪人であり、そして有る程度うまくいきかけていたところでの失敗だったため、失望が倍加された。

「・・・次の者を改造せねばなるまい。」
重々しいゼネラルモンスターの言葉に、傍に控えたダークネスレディが頷く。
華憐隊第二の怪人、シノアヤメ。その改造手術準備は既に最終段階まで整ってはいた。あとは手術を行うだけで、次の作戦を開始できる。
次の戦いを。次の戦いを。そして・・・かなり可能性の高い、次なる死を。
静まり返った基地の廊下を、ラビットジンはもはや癖になりかけた苦虫をかみつぶしたような表情で歩いていた。苦い表情も、無意味に歩き回るのももう何度目か分からない。
特に、誰かないしはどこかに用がある訳ではない。今ラビットジンが歩いていたのは、自分に湧いた中の正体のしれない「何か」に追い立てられて、であった。
焦っているような、
それが、今まで自分を苛立たせてきた熱・・・自分自身に対する嫌悪に近いそれとは微妙に違うことであることは、分かった。
(調子が狂っているのか、このイカレきった自分がまともになりかけているのか、さらなる狂気に陥ろうとしているのか・・・)
そしてそれが、ユリリーナの死を知ったときから始まった、ということも。
(あんなアーパー女、知ったこっちゃないだろうに。何でだ?)
ち、と舌打ちして渇いた唇を舐めたあと、ラビットジンは煙草のフィルターをくわえて先端に火をつける。浅く二、三回煙を吸い込むが、すぐにコーティングが施された金属の床に落とすと足で踏みにじる。自分は愚かであると、ラビットジンは因幡アリスのころから思っていた。考え事をして、悩んで、答えが出た試しがない。
故に思考を棚上げしたまま、いらだちに任せて基地内を散策していたのだ。
と。
(おや?)
珍しく、自動ドアであるはずの扉に隙間が出来ていて、部屋の中身がのぞけている。故障だろう。
何となく、気になったラビットジンは隙間を覗いてみた。といっても、近づいてではなく廊下に立ったままひょいと、といった感じである。ドアにぴったりからだをくっつけて覗くほどの興味をそそられた訳ではなかった。
そこには、悄然と佇む三人の少女が居た。そろいの華をかたどったような華美な鋭角を持つグリーンの隊服とベレー帽・・・華憐隊だ。
何事か、言葉を交わしている。それぞれに快活そうな顔立ちであったり、純情そうな顔立ちであったり、まるで、普通の女の子と何も変わりないように見える。実際は彼女らは世界征服を目論む悪に荷担する存在であるのだが。
しかしそのうちの一人は既に植物と融合した改造人間となって戦死し、もうじきにもう一人がまた改造人間となって、戦う運命を決定されるのだ。
そんな三人が、死したユリリーナとそして彼女たちより前に製造され仮面ライダーに倒された華型改造人間の一号であり、また普通の学生であった少女達の恩師でもあった女・・・改造人間アサガオンナの遺影を前にして、沈痛な面もちで会話をしている。
少女達の頬は涙で濡れていて。
(馬鹿っ、何で泣いてるんだよ、そんな人間性を残したような奴らが何でここにいるんだ、こんな邪悪の城に、狂気の領域に!お前達だってそういう歪んだ存在なんだよ、それなのになんで・・・!)
それで、気が強く妖艶なように見せる目元のいかにも悪女っぽいメイクが剥がれ落ちてしまっていた。

それはどこか、酷く象徴的な。

咄嗟、ラビットジンはその長い両耳を押さえていた。彼女たちの会話を、聞きたくなかった。聞いたら、自分がどうにかなってしまいそうだと思った。
(俺は、あいつらのことを殆ど何も分かっていない。俺は、あいつ等を嫌った。俺は、あいつらを拒絶した。それで今更・・・!)
そしてラビットジンは気付いた。ユリリーナの死は、きっかけ、であったのだろうと。恐らくそれはこの日本支部に来たときから、あの中東支部長の言葉に従ってかりそめにも「守る戦い」をした後、ラビットジンは変わっていた。
考え、悩み、他者のことを思いやるだけの心を、取り戻した。ないしは・・・
(取り戻してしまった、のか。でも、俺達は、悪であることをやめられない・・・)
ぎゅうと、拳を握りしめるラビットジン。
踵を返したその顔は・・・それまでにない表情だった。激しく、しかし凶暴ではなく。
峻厳な決意の顔、であった。

そして、基地に鳴り響く警報。それをラビットジンは、当然の事象のごとく捉えていた。決着つかずとはいえ一度戦った相手であるが故、その行動がある程度「理解できる」のだ。
仮面ライダーの、襲来。

「ぬうう・・・!」
警備システムに映し出される、バイクで基地に接近するライダーに唸るゼネラルモンスター。このままでは基地に踏み込まれ、改造前のシノアヤメも華憐隊も一切合切纏めて全滅してしまうだろう。いや、それがライダーの狙いであることは確実だ。
「俺が出る。奴を足止めする・・・いや、倒す!万が一仕留められなかった時の為に、念のためゼネラルモンスターと華憐隊は脱出しといてくれ!」
ラビットジンが、叫んだ、無論ゼネラルモンスターもその判断に異存はない。ありようはずもない。この基地で今迎撃に動けるのはラビットジンだけ・・・指揮官としては、当然のことだ。疑問を差し挟む余地もない。しかし・・・
「あ、あんたじゃ無理よ馬鹿!この間倒されたユリリーナは、カタログデータからすればあんたよりも圧倒的に強かったのよ!?死ににいくようなもの・・・」
意外にも食ってかかったのは、互いに反目し合っていたダークネスレディであった。
文面自体は叱責ないし軽侮に近いものであったが、しかしその様子は寧ろ取り乱して心配しているに近かった。
「俺には豊富な実戦経験がある。ユリリーナは素人だった。お前も、元はいいとこのお嬢だったんだろうから同じ事だろうな。だが、俺は違う。」
珍しく動転するダークネスレディを笑うラビットジンだが。その笑い方は、自分でもびっくりするほど不器用でへたくそで、引きつっていた。動転していても、それを見抜けないダークネスレディではない。
「嘘、貴方だって勝ち目の少ないことくらい分かっているでしょうに!どうして貴方はそうなのよ!こんな闇の底で、ネオショッカーで、どうして貴方はそんなに、そんなに・・・!」
ダークネスレディは、その先を言うことが出来なかった。もはや、思い出せなくなっていた。己を犠牲とし、他者を助ける。その行動を何と呼べばいいのか、見失っていた。
「まあ、俺も分かんないけどな。何でか、なんて・・・!でもさ」
別に、今までではそれでも良かった。死んでないから生きているだけで、何時死んでも、どんな風に死んでも構わないと思っていた。
しかし、今は・・・!
「大丈夫だ。今度は本気で、勝つためにやる。ネオショッカーのために・・・ライダーを倒す!」
あくまで組織の一員である故、ラビットジンはそう言った。しかし実際に胸の内で燃える思いは異なる。
ユリリーナの死、華憐隊の涙、カーネルの危惧、ダークネスレディの焦燥・・・
それが、決意を呼んだ。それが、ラビットジンに戦いを望ませた。
「分かった・・・行くがいい、ラビットジン。見事仮面ライダーを討ち果たして見せろ。」
そして、ゼネラルモンスターの声が、決定を告げた。

そして、基地のゲートが開け放たれた。同時に反対側から、NSの紋章を刻んだ手術室内蔵のトレーラーが貴重なNSのオリジナルモデルの戦車に護衛されて離脱する。
もはや背後を見やることもなく、ラビットジン=因幡アリスは仮面ライダーの赤い複眼を真正面から見た。
「・・・なあ、仮面ライダー。アンタには、戦う理由があるんだよな・・・」
睨んだ、のではない。見た、のだ。
それゆえに仮面ライダーも、その言葉に応じる。
「ああ。人間の自由と正義を守る。それが俺が戦う・・・俺が、ネオショッカーの改造人間を、殺す理由だ。」
仮面の下からの、苦味を含んだ言葉。
それをしっかりと、最後まで聞いてからラビットジンは言葉を続ける。念を押すように、確認するようにしっかりした口調で。
「あたしには、なかった。」
それは、今までの熱に浮かされた狂乱は、欠片も無い声。
「でもさ・・・見つけたんだ、それを。」
「・・・どんな、理由だ。」
仮面ライダーと違うとも、似ているともいえる、声と言葉と表情。
「あたし達ネオショッカーの人間は確かに悪党さ。ダークネスレディの奴は冷酷だし、華憐隊の連中は馬鹿の上に変態入ってるような奴もいるし、俺なんか特に酷ぇ、戦闘狂だ・・・それに、ネオショッカーって組織自体が「悪」そのものって言っていい。」
自分達の存在を否定するようなことを言うラビットジン。しかし。
そしてふと、ラビットジンは笑ったのだ。
仮面ライダーには無い笑顔。
「だけどよ、あいつらだって生きているんだ。生きていたいんだ、あのありのままで。世界は・・・人間の世界では、あいつ等は、そして俺は、生きていけない。そもそも生きて居ちゃいけねえんだろう。でも、生きていたいと願うことはやめられない・・・いや、より積極的に、生きたいと願えるようになった源の、俺たちの居場所ネオショッカーも、存在し続けてほしいと思っている。」
そして、その迷いの晴れたような笑顔が、決意の表情へと変わる。
「・・・だから俺は戦って、勝って生き延びてみせる。そして俺たちと、俺たちの居場所であるネオショッカーを、守る。そのために戦う。」
それを、仮面ライダーは聞いていた。その仮面にいかなる思いを秘めてか、沈黙を守り。
そして、ラビットジンの言葉が途切れたのを確認し、呟いた。
「それが、お前の戦う理由か。」
「ああ、そうさ。仮面ライダー、あんたを殺し・・・これからも戦い殺し続ける理由だ。」
そして最後の答えを発するラビットジン。奇しくも、それは最初の仮面ライダーの答えとも似ていた。
ブォォォォン!
ドルルッ!ドッ、ドッ、ドッ・・・ドッ!
言葉は、尽きた。それに変わるかのように、鼓動のようなエンジン音が緊迫した空気に高まっていく。
長い数秒後。
それが臨界した。
「いくぞぉおおっ!!」
「とぉおおおっ!!!」
迸る。叫びが、決意が、異形の肉体が。鋼の馬が。

そして真正面から、激突!
直後、強烈な、普通の人間の耳には聞こえない超音波の「唸り」が発生した。
スカイターボのカウル、すなわち高周波破砕装置と正面から衝突したラビットジンのバイク。だが、破壊されてはおらず拮抗して押し合っている。
「これはっ・・・!」
「その通りだよ!」
仮面の上からでも驚愕が見て取れるスカイライダーに、得意げに一言返すラビットジン。それだけで分かる。ラビットジンのバイクにも、高周波破砕装置が搭載されたのだ。
互角の拮抗。しかしそれは一瞬。
「トォッ!」
「シャアッ!」
再び同時、両者ともに車体の上をまるで鞍馬のように身を躍らせ、互いの顔面を狙っての蹴りをクロスさせる。人間と普通のバイクでは考えられない無茶な行動だが、ネオショッカーの、世界の水準を数百年単位で越えた技術にとっては些末なことだ。
超音速領域に届いた打音が空気を振るわせる。
そこから先の行動は、今度は互いに変化した。
スカイライダーは足を引っ込めると同時に、今度は拳を突き出そうとする。ラビットジンは対して相手の蹴り足を掴み、それをまるで鉄棒のように使って体を翻す。
「がふっ!」
音立てて、スカイライダーの拳がラビットジンの脇腹に突き刺さった。暗色のスーツが千切れ飛び、その下の部分毛皮に覆われた肌が抉られる。
しかし同時ラビットジンの脚も鎌のようにスカイライダーの首筋を捕らえた。
「・・・ッ!!」
兜のように、否それ以上に頑丈な装甲で頭部は覆われてはいるが、首の強度は流石にそれより劣り大きくかしぐ。
そして、その互いに与え合ったダメージの反動でそれまで拮抗して押し合っていた二台のバイクがずれて、互いにこすれあうほどの距離ですれ違おうとする。
その間、ガレオン船同士の砲戦のように互いに側面を見せた至近距離で、すれ違う一秒ちょっとの間に十数発の拳が応酬された。その殆んどの拳は互いに相手の腕に阻まれあるいはかわされて有効打撃たりえないが。
最後の最後、ラビットジンが放ったとんでもない攻撃がもろにスカイターボに直撃した。バイクの車体を横滑りさせ、同時に片側に揃えた脚を思い切り蹴り出して、バイクの底面を相手にドロップキックのようにぶつけたのだ。
流石にこの破壊力には、スカイライダーもバイクごと吹っ飛んだ。スカイターボは横倒しになるがしかしライダーは振り落とされず、片足を地面とマシンに挟んで痛めつけながらもすぐさま起き上がる。
「スカイターボはこの程度ではっ!」
姿勢を立て直したスカイライダーが叫ぶ。その言葉には、正に「仮面ライダー」として、バイクと半ば一心同体の存在としての自負とマシンとの絆が感じられた。
(俺もこのバイクに名前をつけておけばよかったかな?)
その様子を見てふと、ラビットジンはそんなことを思った。そして、この戦いに勝って生き延びたら・・・名前をきっとつけようと。
一瞬の思考、しかしその間にもラビットジンと、体勢を立て直したスカイライダーは動き続ける。
反撃と繰り出されるスカイライダーの蹴り。それをかいくぐったラビットジンは、剣道で言う「後の先」を取った格好となった。一気に間合いを詰めると、拳を振り上げる。
じゃぎっとメカニカルな作動音を立ててラビットジンの左手甲の皮膚が内側から破れた。僅かな出血と同時に飛び出したのは、兎の門歯を思わせるデザインの刃。出ると同時に刃の輪郭が僅かにぼやける・・・攻撃力不足をカバーするために急遽追加で取り付けられた高振動ブレードだ。
それを、思い切り振り下ろす。
原子レベルでの表面の凹凸が高振動によりまるで電気鋸にように作用し通常の刃の何倍もの切れ味を持つ、ラビットジンの「牙」は・・・しかし仮面ライダーの外骨格を削りはするものの、その内部まで突き刺さることが出来ない。
「ちぃいっ!」
舌打ちするラビットジン。即座にバイクを反転する。追いすがるライダーの黒いブーツが、追突されたような衝撃を後ろから叩き付けた。しかしそれは、同時の加速により受け流され、致命傷とはならない。
走るラビットジンのバイク。追うスカイターボ。一旦背後に突かれるとバイク同士の戦いでは反撃が出来ない。さりとて二台のバイクは速力においてほぼ互角、そうそう簡単に相手を振り切ることは出来ない。
しかしそれは、乗っているのが普通の人間だった場合のことだ。
「ハッ!」
掛け声とともに、ラビットジンは思い切り地面を蹴った。兎をモティーフとした改造人間の強靭な脚力が、バイクもろともにラビットジンを引力に逆らわせる。
戦闘機のドッグファイトでいうオーバーシュートのように、その場で後ろ向きに跳躍したラビットジンのバイクの下を潜り抜けて、その前に飛び出してしまうスカイターボ。
「もぉらったぁ!!」
雄叫びとともに、ラビットジンは一撃の槍となって、咄嗟に方向転換しようとするスカイターボ目掛けて突っ込んだ。

ズガン!

突き刺さる、高周波ブレード。水素エンジンの燃料タンクを串刺しにされたスカイターボが火を吹いた。
跳躍したスカイライダーの、下で。
「スカイターボッ!」
上でライダーが叫ぶのを聞いた、その時一瞬遅くラビットジンは自分のバイクに無くてスカイターボにある、もう一つの機能を思い出していた。
スカイライダーからの通信で、自在に動くという機能を。
燃えながら尚、スカイターボが動いた。桁外れの馬力を持つ水素エンジンが咆え、その場での反転を強引に続行する。
炎の尾を引いて、その場でスカイターボは竜巻のように荒れ狂った。
「ぬあああああああああっ!!?」
ラビットジンの絶叫。スカイターボに突き刺さった高周波ブレードが抜けないまま腕ごと引っ張られ、その竜巻に巻き込まれたのだ。
左腕に、衝撃としか感知できないほどの激痛が走る。さらに半回転したスカイターボがバイクの横腹にめり込み、半ば暴走気味に高振動破砕装置を作動。

爆発。

弾き飛ばされたラビットジン。地面を転がって衝撃を何とか受け流そうとするが、ずたずたになった全身が地面には血痕を、精神には痛みを刻む。
そして、立ち上がった刹那ラビットジンの視界に入ったのは。
スカイターボの体当たりで砕け散ったバイク。
そして殆んど垂直に近い角度で自分に突き刺さった、スカイライダーのキックだった。
体が砕ける音が、聞こえて。
再び地を転がるラビットジン。そして今度は、起き上がることが出来なかった。
「がっ、は、ごほ・・・」
気管にねばっこく絡みつく血潮に噎せ、咳き込み、咽喉が鳴った。
呼吸するたびに激痛が走る・・・肋骨が滅茶苦茶に折れて、肺がそれに切り裂かれているのがはっきりとラビットジンには認識できた。
「負けた・・・か、畜生・・・」
血反吐を吐き散らし、必死に呼吸しながら、鉄錆味とともにその事実をかみ締めるラビットジン。
右手の指が爪のように折り曲げられ、がりりと地面を掻く・・・左手は肘から先が爆発したようになって失せていた。
僅かに硬い地面から剥がれ、手の中に入ってきた砂を握り締めるラビットジン。苦悶・・・肉の痛みにではなく、心の辛さに。
「せ、っか、く・・・分かりかけてきたのに、な。生きるっ、ごぼ、げほっかっ、ぐ・・・生きるって、こと・・・」
末期。
仮面ライダーはそれを、何を思ってか、立ち尽くし、見つめていた。逃げたNSの本隊を追うでもなく、この場を去るでもなく、ラビットジンに止めを刺すでもなく。
悔しそうに、ラビットジンは呟いた。・・・本隊を逃がすことに成功した、という自負が無ければ、多分泣いていただろうと思う。
「馬鹿だ、俺・・・今初めて、死にたくないなって、思っ・・・」
その言葉と、苦笑の表情。
それが・・・ラビットジンの最後となった。
無言のまま、踵を返すスカイライダー。
そして、爆発音が木霊した。



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