run rabbit junk short bad bye 2


「ごめん、マシロ。私、もう行かなきゃ。」

取るに足らないちっぽけな仕事だったが、珍しくトラブルにならない仕事だった。
ただ淡々とあっちにいってこっちにいって、書類をそろえて、物を受け取って。
その間、何度かクリオネとどうでもいいことを話した。
どうでもよすぎて覚えてもいないようなことを。
その後、二人で酒を少し飲んだ。夕食がてら、だ。別にそこまで腹が減っていたわけでも、何か飲みたいものがあったわけでもなかったので、至極適当に注文をして。
ごくごく粗雑に飲み食いした。適当な話をしてクリオネと笑いながら。
大して死にそうな目にあったわけでもないが、退屈極まりなく対人ストレスはそれなりに掛かった仕事の大げさな愚痴。
会話にするにはあまりにどうでもいい話題。
大半は笑っていたけれど、疲れと酔いで相手の発言の意味を勘違いして怒ったり、その後悪くなった空気を戻すのに意地が絡んで時間を浪費したり、うっかり聞きそびれた話題をそのまま適当に流してしまったり。しょうもない会話も、たくさん混じっていた。

ああ。
ああ、畜生。
何で、こんな。
何でこんないい加減に、この最後の時間を過ごしちまったんだろう。
今から回想しても、部分的に思い出すことすら出来ない、雑に記憶した、雑に過ごしてしまった時間。
もう自分の脳髄に手を突っ込んでも取り返せない時間。
今この時間を取り返せるなら、内臓を売って金に変えて支払ってでも取り戻したい黄金の時間。
それをなんで、こんなに雑に俺は浪費しちまった。

「・・・え?」
その果てに、店の外唐に出て暫く歩いたタイミングで唐突に言い出したクリオネの言葉に、俺はひどく間抜けな返事をした。
「あ、ああ。今日は何処で寝るんだ?明日だけど・・・」
てっきり、今晩はここまでだ、って意味だと。
俺んとこで寝たり、時計屋んとこで寝たり。クリオネはふらふらしていたからな。
きっと、今晩は別れて、明日また会うものだと想っていたんだ。

ああ。
ああ、畜生。
だって、こんな。
こんなことならきっと昨日もそうだったし、明日もそうだろうと俺は思っていたんだ。
終わらないって信じていたんだ。いや、信じていたかったんだ。

「・・・ううん。ごめんね、マシロ。」
振り返ったクリオネの表情は。微苦笑を浮かべていた。飲み食いした店は路地裏で、そこから出ようとしていた時だったから。表通りの明かりが逆光になって、先に歩いていたクリオネの顔がよく見えなかった。
見たかったのに。見えなかったんだ。
「お別れなの。この町にいた理由の仕事が終わるの・・・その仕上げをしないと。」
「、おいおい、そいつぁどういう。」
一瞬息が詰まるような喪失感を覚えながら、こいつぁ何かの勘違いだ、クリオネの言葉を俺が意味を間違って解釈しているだけだ、そう必死に思い込もうとしながら、思わず。反射的に手を伸ばそうとして。

BLAMBLAMBLAMBLAM!

俺の脚が止まったのは、銃声にびびったからじゃあなかった。そんなたまでこれまでここで生きていけるか。
ましてや、こいつは足の前を狙っての威嚇射撃だ。
・・・それを、クリオネが俺にしたってことが。銃声よりでかく響いたんだ。

「冗談でも、うそでもないの。・・・ああ、それにしてもマシロ。何でよりにもよって今晩、ここなの?ううん、偶然なのは分かってるんだけど・・・マシロ。あと五歩下がって。」
「クリオネ!」
「下がって!」
BLAMBLAMBLAM!!!
五歩は下がらなかった。
一跳び、下がった。それで、きっかり五歩分だった。
俺は目を見開き、耳をぴんと立てていた。本来、改造人間の五感をフルに使えば、種種様々な相手のバイタルデータを収集できる。それは実際、下手なポリグラフを上回る精度で相手の思考を読み取ることすら可能にする。
・・・しっかりと訓練を受けた、適正のある改造人間であれば。
本来五感ことに聴覚の強化度の高い俺であれば、素質はあるはずなのだが・・・あいにく俺は、人格的に向いてない上に、訓練もさぼっていたし、とっくに忘れていた。
「昔私がしていたこと、覚えてる?懐かしい、随分昔だよね。スキャンダルの海賊放送。」
「・・・覚え、てる。」
答えた声はかすれていた。次にクリオネが何を言ってくるのか、皆目分からない。
思えば・・・あんなにじゃれあってすごしてきたのに、すごしてきた日々の記憶はあるけれど。それ以外のクリオネを、俺は殆ど知らなかった。
「あれね。別に・・・全部が全部を放送していたわけじゃないの。ホントに大事な情報以外を出して・・・あたしが嗅ぎまわってる理由はそのため、って思わせるためだったんだ。」
そういってクリオネは。
「そうしてとっておいた情報で、そこの安宿にしけこんで違法年少男娼を貪ってる議長が今日死ぬの。」
親指できゅっと、五歩下がった結果俺とクリオネの間に挟まった小さな建物を指差した。

直後、爆発。

「!!」
轟々と燃える安宿だった瓦礫が、どうと倒れこんで俺とクリオネの間を遮った。跳躍すれば、追えたかもしれないが・・・その炎が、まるで拒絶の感情のようで。腰が抜けたように足が動かなかった。
「・・・苦しみ多い生への幕引きが、せめて子供たちの救いでありますよう。」
巻きこまれて死んだであろう少年たちに、祈るようにクリオネはそう言った。
らしくもない。クリオネじゃないみたいなことをクリオネがいった。確かに、幼少から違法性産業に絡めとられ、虐待めいた苦界を這いずり、大半が抜け出せずに死ぬ。巻きこまれた少年達の生は辛苦で出来ていただろう。
だがだからといって、爆弾テロに巻きこまれての死が慈悲深い救いであるだなんて、そんなこと。クリオネが。
だが、俺がクリオネの何を知っているっていうんだ?
「お前、お前が、そんなこと・・・」
「Que en paz descanse(死者の霊が安らかに憩わんことを)」
言いかけた俺に、ぴしゃりと叩きつけるように、クリオネはそういった。
さっきの言葉は、確かにクリオネが銃に刻んだこの台詞と並べれば、むしろ同一人物の発言として相応しいくらいで。
「・・・さようなら、マシロ=トヴァ。」
そういって、クリオネは炎の向こうに消えていった。


取り残された俺は、爆弾テロで大騒ぎの町を無視して店に入り、酒に溺れるのを通り越して、酒に身を投げたんだ。
何で、クリオネがわけもわからず別れを告げることが、酒で溺死する勢いで飲むほど荒れることにつながるのかも、自分でも分からないままに。

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