#9

「お久しぶり。蛆虫野郎。いえ、そんなことを言ったら、まだ分解者として役に立つ蛆虫に失礼ね。もと『新たなる衝撃を与えるもの』きってのテロリスト。稲葉アリス。」

 ノインは驚いて、ナースの顔を見て、そして、俺の方を見た。

「お前・・・アリスって言うのか! いや、そんなことはどうでもいい。お前は誰だ? 一体、何がどうなって・・・? 」

 エレンは叫んだ。

「・・・アリス、ってのは、もう恋人にも親にも呼ばせねぇ・・・。呼ばれねぇ、もう捨てた名前さ。ついでに言うと、お前をねじ上げてるそいつ、な。テメェの恩人を、つまんねぇことでアジトことバーベキューにしようとした奴だ。なぁ、モーリ。」

「貴様らがクズだったから! それにふさわしい対応をしただけだ! 」

激昂して、モーリが叫んだ。そして、エレンの耳元でささやく。

「教えてやろうか。こいつは自分たちの快楽しか考えない、最低のクズだ。いや、そのためなら・・・・いや、殺人の楽しみ自体で人を殺せる、最悪の殺人鬼なんだ。」

 ノインを襲う立て続けの衝撃。

「ひどいなぁ。喜んで人を殺すのは、お前みたいな野郎の心臓を抉り取るときだけだよ。理想のためにガキもジジババも殺せる奴が、何いってんだか。・・・どうせ、目的は、この島の資金と、優秀な人材。そうだろ? 」

「そうだ。Q.E.P.Dの優秀な奴らは、私が懐柔して、もう海の家のアジトに送っている。それに、この島の資金は、私のうれしい予想外でな。小さな国一つ買えるだけの資金があった・・・それにもう一つ、このエレンだ! 」

「どういうことだ!? 」

聞き返したのは俺だけじゃない。ノインもそうだった。奴は余裕で鼻笑いする。

「動植物モチーフにこだわった改造人間を創りだした、秘密結社「衝撃」の系譜。その中で異端だった、神々や英雄を作り出そうとした「G」。その研究の果てにあるもの。神々や英雄を生み出して、神々や英雄を殺したもの。この世で最も蔓延った、もっとも残虐で、最も残忍で、最も武器を操ることと他者を殺傷する事に長けた生命体・・・それをモチーフとした改造人間。世界で一番邪悪で唾棄すべき怪物。『人間』を怪人化させた。いわば『人間怪人』。幻のプロトタイプが、コイツなのだっ! 」

ノインは仰天した。俺のうさみみがしなっとなる。

「ふーん。おたくらの理想は、ただの少年少女テロリスト育成だったのか。そこら辺のチンピラでも考えつく。恐れいったぜ。」

「神は死んだ。それを聞いて平然としていた人々をみて、預言者も死んだ。お前のような低能には、わからんだろうな。『人間怪人』の真の恐ろしさが。そんなちゃちなものじゃないんだよ、こいつは、人間の悪性の具現だ。いかなる武器もいかなる罠も人間より巧みに使いこなす技量と、いかなる陰謀もいかなる悪事もいかなる策略も人間よりえげつなくやってのける奸智を、人間を上回る超人の肉体に併せ持つ存在だ・・・本来ならな。こいつ個人のちっぽけな心が、悪性の発露の邪魔になっているのだ。こいつの心を殺してそいつを取り払えば、こいつこそが最強だ。」

「・・・そいつがチンピラの所業だってんだよ。暴力と悪い事なんざ、誰にだって出来る。地獄なんてのは、誰にだって作れるんだ。逆にいいことなんてのはめったに出来る奴はいないし、天国なんてもんは、誰にも作れやしない。その程度のもんをノインの心なんて割に合わない対価をつぶして欲してる、やっぱりおたくらはチンピラさ。」

言いながら、俺は自分でもこんな台詞が言えるとは思わなかった。脳みそ、フィーリング。そんなちっぽけなものから出た台詞じゃあない。

俺の、この体の重みの台詞。生きている肉体の本音であり告白。そう、俺が人間外の、例えばアメーバやもろケダモノなバケモノの体では、ここまで「肉体から出てきた」台詞は吐けなかったろう。

俺が「人間に近いカタチ」を持っているから。その肉体が口を開かせた。そんな感じだった。

「精神は、肉体のおもちゃである。」誰の台詞だったっけ? そんな言葉が、つい脳裏に浮かぶ。

 俺は、煙草をくわえる。一服させてくれる余裕ぐらいくれるだろう。俺たちの命のように、小さくはかない火が、薄闇に包まれた部屋にともる。

「・・・それで、どうする? 」

「われわれの理想の国を作り上げる。そこを足がかりにして、世界を理想的なものに変えていく。」

「世界征服たぁ、大きくでたなぁ。せめてその島に引きこもってりゃ、簡単に理想の世界ができるぜ。ただし、住民はお前一人だ。俺もそんな王国の住民になるのはごめんだ。」

「その日の快楽を追って生きる貴様らに何が分かるっ! 」

 モーリが、激昂して、エレンの手をねじ上げる。苦痛で、エレンの顔がゆがむ。

「人類を、地球を、正しい進化へと・・・夜の闇から導く・・・それが貴様らのもといた組織の理想だ! 私は、それを聞いたとき、そして、それを実行できるだけの実力を見せられたとき、魂が震えた。私のすべてをかけてもいいと思った。だから、お前らの組織がつぶれたときも、残党であるお前らについていった・・・。しかし、お前らはなんだ! その日その日の快楽しか求めない。やるのは無思想で無計画な暴力行為だけ。酒と煙草、酒池肉林。お前らはそれら目先の快楽だけに、その力を使って、小銭を稼ぐことしか考えてない! これをクズといわないで、何をクズと言うんだ。」

「お前みたいな奴をクズと言うんだよ。俺らがクズだからって、何も全員処刑するこたぁねぇだろうがよ。」

 俺は言い捨てた。奴も、一瞬、言葉に詰まった。

「この島の首領、殺ったのも貴様か。」

「ああ、そうだ。マスターもまた、くだらない快楽のために自由を求めたものの一人だった。島の有志が、反乱計画を立てていることを逆手にとって、自分たちを縛る厄介な首輪を外させ、島を壊滅させる。早い話が、ヴァルキルで自分の島を適当に焼かせ、それをお前らの仕業に見せかけて、お前らクズを皆すつもりだった。自分もそれに撒きこまれ死んだと見せかけて、過去を消して、その芳醇な資金と人材で、海の家で暗殺を輸出するつもりだった。だから、私が処刑したんだっ! それに・・・。」

一気にしゃべって、そして、目で舌なめずりするような、どろりとした笑みを浮かべた。

「最狂最悪の『G』怪人も手に入ったことだしな。」

 エレンの目に、激高の色が浮かぶ。今にも後ろの奴をかみ殺しそうな、血に飢えた狼のそれだった。

「撃てっ! このクソったれを撃て! 」

 エレンが叫んだ。

「撃てよ。撃てるわけがない! 」

 モーリが言った。しかし、その顔はすぐに凍りついた。

 グロッグが軽く、9mmパラを吐き出した。

「・・・なるほどね。銃の腕も、上がったみたいじゃない。」

エレンは、胸の方を押さえて言った。もちろん、急所は外してある。高速小口径弾の利点を生かし、エレンに最小のダメージを与え、後ろの敵を倒すには、これしかなかった。

「弾は、貫通してるみたい。後はナノマシンの方で、何とかするだろ。とりあえず、モルヒネ討っとくぜ。」

救急箱にある、個人的な趣味でかっぱらってきたアンプル内の薬液を、注射に移し変える。

ノインの二の腕に、針が刺さる。エレンは、ほんの少しだけ、唇を曲げたが、だんだんと、楽な表情になっていく。

薬液が完全にうち終わると、エレンは、仕事をやり遂げた充実感でいっぱいな優しい表情をしていた。

そのまま、まるで眠りに入るように、体から力が抜けていってる・・・。ひょっとして、寝ちまったのか?

声をかけるかどうか、迷っているところに、エレンの声がかかる。

「ありがと・・・。やっぱり・・・あなたは・・・最高のパートナーだった。」

「よせやい。そんなことは言われなれてるぜ。」

照れ隠しに、軽く答えてみる。一瞬、手が止まりそうになるのを、必死で押さえつけながら、何気なさそうに手当てを続ける。

「・・・私には、パートナーと呼べるものなど、いなかった。確かに今まで、仕事上でも、複数で暗殺をすることもあったけど、それは、ただそばにいるだけ・・・。仕事をサポートするだけ・・・。上が組めと言ったから・・・組んでる。ただそれだけ・・・。

 俺の相棒が殺されたと言って、泣く奴も見てきたけど、どうしてそんな事で泣くのか、分からなかった。」

 呟くように、ささやくように告白は続く。だけど、奴は急に俺の瞳を覗きこみ、きっぱりと言い放った。

「だけど、今ならその意味がよく分かる。」

 俺も、その瞳を覗きこんだ。右目に子犬の無邪気さ、左目に狼の獰猛さを持った少女は、ひょっとして、俺だったのかもしれねぇ。

「そうかよ・・・。」

 ぼそりと呟く。軽口も冗談も無しだった。俺の悪い癖だ。

 しかし、話はそれどころでは済まなかった。

 俺の後ろで、膨れ上がる殺気。そして、

「うっ! 」

 殺気がはじけるように、銃声がした。

 後ろを見ると、ハゲた痩身の・・・・しかもオカマの神様が立っていた。

 そして、俺の両手に、熱い痛みが・・・・。

 俺の手から落ちるグロック。追い討ちをかけるように飛んできた弾が、グロックをばらばらに分解した。

 見ると、そこから、シロップみたいな赤い血が冗談みたいに流れてるじゃねぇか。

 しかし、焼けるような痛みは、俺にこれが冗談ではないことを教えている。

「て・・・手前! 」

 9mmのオモチャみたいな弾丸とは言え、俺は改造人間だ。それなりのタフさは自負しているが・・・。しかし、この痛みはっ!

 俺は、思わずよろける。

「くくくっ! 過去の遺物がっ! どうだ? 貴様らを殺した、MRの外骨格削りだしの弾頭の味は! 」

 なる・・・ほど・・・。道理で、高速戦闘用の軽量強化皮膚ぐらいは、楽に貫通するわけだ。

「ふうん・・・あんたも・・・心臓なんか止まりかけじゃねぇか。片足・・・棺おけ突っ込んだ気分は・・・どうだい? 」

 兎の鋭い聴覚を備えた・・・俺の数少ない長所の一つ・・・俺の耳はごまかせない。

 ただ、俺の肺も、まるで異物が入ったエンジンみたいに、プスンプスン言ってるのも、ちゃんと耳は拾うが・・・くそっ!

「けしゃけしゃ!人間怪人の手がかりを拾い集める間に得た副産物や前段階開発物の薬だの何だので、あちこちご機嫌にしてるんだ。ああ、それでもまだまだ人間のうちさ、化け物とは一緒にするんじゃないよ?おかげさまで今まで気づかなかったろう!せっかくラスト・シーンまで演出できたんだ。ここで終わってしまったら、興ざめというもの・・・。」

 頭に光る血のりが、まるでシロップを大量にサービスされたカキ氷みたいに光る。息が荒いのは、そこまでやられているのと、クライマックスの興奮に脳を焼かれたのに加え、それもあったか・・・。

 突然、奴が歯をむき出して叫んだ。

「貴様なんぞに・・・突然来た新米の貴様なんぞに・・・おれの計画が邪魔されてたまるかっ! ぽっと出で出てきた、そこら辺の小石の癖にっ! 」

 言いながら、俺に再び、グロックの銃口を向けた。

「止めてっ! 」

いいながら、俺の前に飛び出したのは、エレンだった。

黒い稲妻のように抜かれたワルサーの照準は、奴の心臓にぴたりとあわされていた。

「けしゃけしゃ。へー、撃てるんだ。実の親のように・・・いや、実の親とも言える、このあたしを・・・。」

奴はにやりと笑う。

「だけど、あんたは絶対に撃てない。あたしを。」

謳うように言って、オペラ歌手のように胸を張った。

そして、オーバーに銃を捨てた。

「あんたは、とってもいい子だよ。虫も殺せない、優しい子さ。あんたは、丸腰の奴は殺せない・・・。あんたが殺すのは、自分の身が危険にさらされたとき・・・。命令されたとき・・・。そう、あんたは人をぶち殺せる毛ほどの根性も持ち合わせてないのさ。だから、いつもそういう詭弁で、人を殺す恐怖と罪悪感から逃れてる。まったく、自分では何も出来ないタマなしだから、あんたは、そこまで優れている殺人技術を持ちながら、率先してこの島の首輪を食いちぎろうとしなかった。みんながやろうと言い出したから、あんたも載っただけ。あんたの自由なんか、それで十分さ。」

 そっちのタマありと同じぐらい、あんたに根性があればね・・・。奴は呟いた。失敬な。あたしはタマナシだ。

 そして、最後のきめをするMJのように、くるりと一回転して言葉を続けた。

「だから、あんたはあたしと言う後ろ盾が常に必要だった。最後だから教えてあげる。じゃあね。」

 頭に光る血も誇らしく、出て行こうとするマスター。

 エレンの銃身は、まるで雨に濡れた子犬のように垂れ下がっている。あれは、もう人を殺せない銃口だ。

「ダメだ! 」

 俺の言葉は短かった。エレンに飛びつき、銃口を向ける。

 俺の手が、エレンの手に重なる。その手は、予想以上に柔らかかった。少なくとも、人形の手じゃない。まるで、呪縛から目覚めたように、エレンは奴にワルサーを構えた。

 エレンと目を合わせたのは、一瞬。だけど、俺にはわかった。彼女の魂が、俺の魂に呼応したことを。

「ちっ! 」

 次の瞬間、奴の右手が飛んだ。義手だ! ロケットパンチのように、ぶっ飛ぶ仕掛けを入れていたんだ! 

 それは、俺の腹にめり込んだ。そして、そこから出てきた煙幕が、たちまちあたりを包んだ。

 俺の真横で、何かがもみ合う音。そして、短いうめき声。遠ざかる足音。

 残されたのは、奴の形見となるか・・・? 時代遅れの第二次世界大戦の骨董品、ワルサーP38だった。

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