#7

ワッツーシゾンビの首領、タレパイパイが潜むアジトは、海の上・・・しかも船だった。警察当局のがさ入れでも来た時に、アジトごと逃げようというハラなんだろうか?

しかも、その船は、小汚い漁船、みたいなものではなく、これまた定番の、クイーン・エリザベス号内も真っツ青というように、プールバー・ビリヤード・ダーツ完備の遊戯室、室内プール。果ては射撃場に世界中から集められたポルノ雑誌に、世界中から集められた美女、ってなモンだった。

 そう、確かに、この船は、大型の海洋生物調査船に見える。

 しかし、内部は今言った通りだし、何よりも普通の調査船は、ヘリポートにアパッチなとど言う軍用ヘリも積んでないし、機材箱をひっくり返すと、対空砲ごろごろなどという装備はつんでない。まー、B級クライムアクションでしかお目にかかれないような船。

 奴らがB級なら、俺らもB級で対抗した。

 ウエットスーツに身を固めた俺たちは、草木の眠るなんとやら、真夜中の夜陰に乗じて、水中から奴らにアプローチをかけたわけだ。

 海面に顔を出す。油で汚れきったようなどす黒い空に、無垢な赤子のような月がぽっかりと浮いていた。

 ノインが、ワイヤー付きフックを、船の欄干めがけて撃った。カラン、と鉄と鉄が絡み合う重い音がして、フックが欄干に巻きついた。後は上るだけだ。

 そして、ノインは、船の後部。残り三名は、それぞれ船の右舷、左舷、そして前方に身を潜める。そして、新顔の俺は、箒頭にくっついて、船の前方、甲板にある機材置き場に身を潜めていた。

 まるで黒いベールを引いたように、薄いインクを流したような漆黒の雲が広がる空。それは、物理的にも、叙情的にも「悪だくみ」をするのにうってつけの天候だ。

「了解だぜ。今なら誰も俺たちの動きに気づいてないってか。このまま15分後、あんたともう一人、通風孔メインのルートAを通って、ボスの部屋の前まで行く。そして、一分以内に、

「うぇへへへ・・・。ノインの位置が、手に取るように分かるぜ・・・。分かってるな。俺たちの目的は、ノインの裏をかいて・・・。」

「奴をぬっ殺す、だろ。」

 俺は、ポケットから、ペルメルを取り出した。暗闇の中に、ほのかな紅いともし火がともされ、俺の顔をほのかに映し出す。

「莫迦やろ! そんなとこで、吸うんじゃねぇよ。火口とか、香りで位置がばれたらどうすンだよ。これだから素人は・・・。」

 おそらく、そのような説教が言いたくて、この仕事をしているんだろう。

 煙草の炎が、まるで海ほたるのように、暗闇の中で光った。

 やはり、煙草はいい。肺が麻痺する感覚、そして、脳細胞の一つ一つが、重力から自由になったような「ラリる感覚」。

 天国には煙草はないそうだが、地獄にはあるそうだ。安心して地獄へ行ける。

 俺は、無造作に胸ポケットに突っ込んだ。俺の張った胸に、当たる煙草の箱の感触が心地よい。

「おい。いいから吸えよ。」

 乳房にピンとはる、タンクトップの感触。少しだけ、右胸に心地よい電気が走る。

 奴が、生唾を飲んだのが分かった。

「す、吸えって・・・。」

「てめぇ、煙草の吸い方も知らねぇのか? 口にくわえて、反対側の先端に火をつけるんだ。一つおりこうになったな。」

 俺は、胸を突き出した。奴は、やっとの事で俺の意図を汲んだようだ。だからお前はセンスがねぇんだ。

「う、うえへへへ。いいのかぁ。」

 よだれが出そうな表情で、俺のポケットに口を近づける奴。ちっ。不器用な奴だ。俺のレザージャケットを、よだれでぬらぬらと濡らしやがった。

 そして、奴は乳房を揉みくだし始めた。俺の胸は、こんなに柔らかいのかな、と思った。

 胸のポケット。煙草の箱から、一本の煙草が、よだれの糸を引いて取り出される。奴の煙草の先端を狙って、俺は煙草の火を移してやった。やっぱり、闇に揺れる、小指の先ほどしかない炎はいい。

「ぐ、ぐへへへへ。久しぶりの乳だ・・・。」

 どうせ「たっぷりと揉みつくしてやるぜ。」とか「ゆっくりと味わってやるぜ。」とか、大脳どころか脊椎で反応した台詞を吐きそうな箒頭は、しかし、次の台詞を吐くことは無かった。

箒頭のホルスターから抜かれたグロッグ。それが奴の口を塞いだからだ。

「『お前、こんなとこで煙草吸うなよ。』・・・馬鹿抜かせ、こんなシチュエーションだから、煙草吸うんじゃねぇかよ。」

俺は、銃口を適当にのどの奥まで突っ込む。まるで、クソがたくさん詰まったトイレにモップを突っ込んでいるような声を、奴は上げた。

「お前なぁ、女学生じゃないんだから、そんなちまちましたマネはすんなよ。夜が明けっちまう。」

 しかし、奴はフガフガ言い続ける。あまりにも苦しそうだから、銃身を引いてやる。よだれがスジを引いて、口との間に今にも朽ち果てそうな橋を作った。

 よく見たら、血がついていた。口を切っちまったかもしれない。歯が折れたかもしれない。

「ついて来いよ。俺が『物事を手っ取り早く終わらせる』コツを教えてやるぜ。」

 俺は立ち上がる。

 ワッツーシゾンビの幹部、チンとポコ、その他数人は、美女をはべらせて、天にも昇る気分だった。

 今日は、「満漢全席」にしよう、と言い出したのは、ポコだった。チンは、お誕生日に心からお祝いを言うように「そうしよう」と言った。

 しかし、次々に並べられるのは、豪華としか言いようが無い、具の暴虐の限りを尽くしたような蟹、えび、そして、その下にあるのは、そこらのスーパーのセールで買ってきたような200円のカップ麺。そして、その横、に並べられるマグロ、ハマチの特上の部分を取り出したような刺身、しかし、その下にあるのもカップ麺。卓上に並ぶ魚介類の贅を尽くしたような器。しかし、それは全部カップ麺に乗っけられていた。

「これが・・・全漢満席なんか? 」

 テーブルを飾る、極彩色の皿の数々・・・だけど、全部カップ麺の上に乗っけられてる・・・を見ながら、チンは言った。

 相棒のポコは、深くうなずいた。だってラーメンがあるじゃん。そう、ポコもチンも、「満漢全席」の正確な意味は知らないのだった。

 チンは、少し後悔したような目で、チンを見た。しかし、チンはそれをまったく無視。手を叩くと、肌が黒い女性、小麦色の女性、白い女性、金髪の女性、黒髪の女性・・・この部屋に巣食う、何人かの幹部やボディガードを、十分補って食えるほどの女が入ってきた。

 そう・・・些細な事は、女が忘れさせてくれる。

 チンは早速、手近な女をかき抱いた。甘い毒のように広がるたわわな弾力。鼻腔をくすぐる蜜のにおい。そう、女はいい。女を抱けば、すべて解決する。チンはそれを、自分の哲学としていた。ポコは、早速、自分の手に抱いた女の尻を、愛しい猫を撫で回すようになでている。

 まるで、野を渡るそよ風に揺られるたんぽぽのように、ボディガードの一人の勃起したマラが揺れた。

 チンは乳が好き。ポコはお尻派。ボディガードはすぐ入れる派。数十万の費用をかけたカップラーメンの群れに見向きもしないで、みんながみんな、自分のやり方で女を擁いている。

 これでいい、これがいいんだ。チンは深く納得し、さらに深く、女の谷間にうずめようとした。

 そこへ、地獄の使者が放射能を撒き散らしながら現れた。

 ポコが目を上げると、部屋の入り口に、メイドが一人立っていた。

 ぼさぼさの髪の毛、すさんだ目つき、くわえた煙草。十秒ごとにつばを吐き捨てる態度、は、丹精で可憐なメイド衣装とまったくあっていなかった。

 しかし、あの胸のふくらみは・・・。咲き誇る前の、バラのつぼみの若々しさと、熟しきった果実の豊満さを兼ね備えている。

 まるで、宝石のキャッツアイのように、挑戦的な目つきも、かわいい子猫とも、どちらの魅力とも取れる、不思議な目とおっぱいにすっかりやられてしまったチンは言った。

「あれ? お前新人? ま、いいや、早よ来いや。」

 しかし、そのメイドは言った。

「お前らのボス、タレパイパイっつーんだろ? 出て来いや。」

 この部屋中にいた男、いや、女も持っている、仕込ませてあった銃が装填される音、およそ50が重厚な和音を奏でた。

 メイドは、ゆっくりと手を上げた。

 そのとき、メイドの足元から手榴弾が転げ出た。

 ボディガードのヘイタオは、信じられないものを見た。

 さっき宴会室で、爆発音がしたんで、仲間たちと慌てて飛び出してきたのだ。

 さっきの爆発の残響か、それともバルコニーから絶え間なく発砲を続けている銃声のせいか、彼の耳はさっきからそのどちらとも付かない耳鳴りに悩まされている。

 しかし、目の前で絨毯射撃をしている人壁にさえぎられて、いまいち状況がよく分からない。いや、正直、皆か誰めがけて発砲してるのかさえ分からない。

 ひょっとしたら、味方同士で撃ち合ってる・・・? いや、もう標的など最初からいなくって、われわれは幻のターゲットを追っかけてるんではなかろうか?

 耳元の近所で、神の怒りの雷のような銃声が怒涛のように流れていくのを聞いていると、不思議とそんなナゴむ考えが頭に浮かぶのだった。

 ヘイタオは頭を振った。いかん、いかんぞ! そんな空想に身を任せては。

 いや、俺は子どものころから、ここ一番というところで、夢想に身をあずけてしまい、その報いでこんなところに流れてきているのではないか。

 しかし、永遠に続くであろう地獄の雷鳴は、突如終わりを告げた。

 最初は「ひゃあ! 」と言う声。そして、まるで、出来損ないの組体操のように、右から「うっ」「あっ」「げっ」とか言いながらぶっ倒れていく男たち。

 そして、人壁が無くなり、ヘイダオが最後に見たものは、仁王立ちして、口に銃をくわえながら、爆笑する悪鬼の形相で二丁マシンピストルをぶっ放すメイドの姿だった。しかも、仁王立ちで。

 やはり、人間、空想に逃げるのはよくない。戦わなくちゃ、現実と。

 それが、ヘイダオが最後に思ったこと。


 エンゾ・・・今回の計画に参加している奴で、目の下に刺青入れてるビジュアル系男の名・・・の中では、アドレナリンが踊り狂っていた。先程から鳴り止まない鼓動がポンプとなって、止まらないションベンみたいに冷や汗がだくだくと流れやがるっ!!!

 それを止めるために、銃のグリップをしかと握り締めてみるが、かえって銃身は、エンゾの震えを拾って拡大しているみたいに、せわしなく動いた。プラスチック製のグリップだったのも、それを助長していたのかもしれない。

 一体、どうなってやがるッ! 

 確か、ノインとは別行動してるドリッソ(箒頭の本名)が、あのふざけたウサ耳カチューシャの新入りを従えて、ノインがオッパイパイだかタレパイだか、ふざけた名前のボスの首をかっきろうとする裏をかいて、ノインの首を掻っ切る。

 もちろん、この裏の計画は、まるですかしっ屁のように、気づいたときはもう手遅れ、になってなければならない。人が寝ていても、接近が分かる蚊のようではダメだ。

 なのに、蚊の羽音どころか、地球上のすべての子どもを起こしてしまうようなあの爆音はなんだ! しかも、それは一つだけではなく、連続で襲ってくる!

 物陰に隠れながら、移動を繰り返す。

 しかし、そのうちに、何か通路の向こうから誰かやってくるじゃないか。しかも、そいつは、隠れたりもせず、堂々と通路のど真ん中を歩いてくるではないか。

 エンゾは、口から心臓が飛び出そうになった。事実、しばらく息をすることも忘れていた。

「貴様わっ! 」

 よぉ・・・。とまるで、そこら辺に散歩している野良犬に声をかける気軽さで、その小娘が声をかけてきた。

 冗談みたいにちょこんと乗っている煤けたボンネットと、アホみたいに揺れているウサ耳・・・。名もちゃんと聞いて無い新入りだった。

「お疲れ・・・。で、オッパイって野郎は殺れたか? 」

 新入りは聞いてきた。

「ば、莫迦・・・て、テメェ・・・。」

 それに反応するように、にやりと笑う新入り。その通路の後ろのドアが大音響とともに吹っ飛び、まるで滝のように炎が噴出す。

 それが、新入りの影を鮮やかに映しだす。さながら、地獄からの使者のように・・・。

「こんな・・・派手なことしやがって・・・。お前、暗殺の意味、わかってやってんのか? 」

 顔の半分が口になったくらい、大声で叫ぶエンゾ。

「今辞書持ってねぇから、よくわかんねぇよ。ソレよりも、こっちがひきつけている間、ナニは済ましたんだろうね? 」

 まずい! この小娘の言ってる意味が分からねぇ! 

「お、お前・・・ナニ言ってんだ!? 大体、ほかの仲間はよ!?! 」

「ああ、あれね。死んだ。」

 実に何気なく言った。これと比べたら、テレビゲームでポカミスをやって、残機一機失ったときに上げる声のほうがよっぽど感情がこもっている。

「し・・・死んだって・・・おまぇへ! 」

「何か死んだ。うん、あの箒頭トロかったからねー。俺が二丁拳銃やってる間に、何かくたばっちまった。」

慌てて、歯の裏の無線機で、もう一人の仲間に連絡を取るエンゾ。しかし、無機質な呼び出し音が鳴るだけで、何も反応が返ってこない。

「まー、もう一人も、イッちまったんだろ。いつの間にかいなくなったから・・・。」

「き・・・貴様。」

 言葉は最後まで続かなかった。

 突如、小娘がグロッグを抜いたのだ。しかも、二丁。

 そのまま、エンゾの肩に腕を載せ、引き金を引く。

 鼓膜が破れるぐらいの、まるで地獄の番犬が咆哮しているような大音響と痛みを感じた。

 その間にも、エンゾは、自分の背中に、熱い鉛の塊が突き刺さるのを感じた。

 反対側から、誰か俺を撃ってやがる。

 もはや、耳は、ドリルを突っ込まれたような痛みに変わっていく。

 このアホ小娘、俺を盾にして、敵めがけて、ぶっぱなしてやがるッ! 

 やめろ! とめろ! を何回言ったか分からない。肺に入った鉛が、熱すぎて溶け出してる! 最後の方は、蚊のため息よりも小さい声になっていただろう。

 この娘、返り血を浴びてるときが一番きれいだ。狩猟の女神たぁ、こういう奴を言うのかもしれない。

 小娘の頬にはじける返り血、それがエンゾが最後に見たものだった。


 タラップを駆け上がる足音を追って、俺も容赦なく駆け上がっていく。手にはグロックの18C。フルオートで撃てる奴だ。

 銃っていうのは、花火と同じ。派手であればあるほどいい。ノインもカジモドも、まとめて博物館に展示されればいい。

 俺のトレードマークのウサ耳が、背後から撃鉄が起きる音をキャッチ。踊り場まで一気に駆け上がり、リンボーダンスでもやるように、足を開きながら限界まで身を伏せ、180度回転して撃つ! 

 どんな美酒にもかなわない、心地よい反動と轟音を発しながら、人影に9mmパラが毎秒20発で叩き込まれていく。

 普通の人間なら、腕ごと持っていかれて、狙いをつけるどころの話じゃないだろう。だが、改造人間の俺にとっちゃ、せいぜい子猫ちゃんがむずがって身をよじる程度にしか感じられない。

 空になったマガジンが、走る俺の後ろで、冷たい音を立てて転がる。俺は、右の銃を捨て、左の銃に弾倉を叩き込む。30発以上の、9mmパラベラムの重さが叩き込まれる。

 スライドが前に行く感覚。銃が生き返ったのを確認しながら、俺は再び走り始める。

 そして、タラップを上りろうとした瞬間、突然その先の入り口から人影が飛び出した。二丁拳銃で俺にぶっ放してくる。

 頬を掠める熱い鉛。俺は、階段の右にぶっ倒れながら、引き金を引いた。しかし、俺の銃は、一発吐き出しただけで、沈黙。

 幸運の女神が、離れて行く感触。死神が俺の肩になれなれしく手をかけた感覚。俺の胃の中から、どす黒い吐き気が。

 そのとき、俺の背後から、銃声が。

 胸を押さえて、その場に倒れつくす敵。後ろを振り向くと、まだ硝煙を銃口にまとわりつかせたワルサーを持った、ノインがいた。


 「マシンピストルは、確かに携帯に便利だろうけど、作動不良も多い。おまけに派手なだけで、狙いのつけにくい二丁拳銃なんて・・・。忘れたの? あんたみたいな素人には、リボルバーで十分だって。」

 ノインは、タラップを上りながら、叱咤した。

 見ると、なるほど、俺の銃。排莢口から、一発の薬莢が上を向いて詰まっていた。

 スライドを引いて、それを抜く。タラップを上りきったノインが、俺に平手打ちをくれた。

 「この狂犬! 一人首を掻っ切ればいいものの、なんなの? この騒ぎはっ! 」

 口に広がる鉄の味・・・どっかを切ったらしい。俺は、奴をにらみながら言った。

 「たった二人しかいないんだぜ。ちんたらやってたら、季節が変わっちまう。」

 「それでも、あんなに人を殺すことは無かったっ! 」

 体を震わせて、激昂するノイン。まるで、今までの仮面を脱ぎ捨てたようだ。何がこの人形を、ここまで怒らせるんだろう・・・。 

 「あんたの命、狙ってたんだぜ。あの三人・・・。」

 ノインの瞳が、少しばかり開いた。目の中の怒りの炎が、だんだんと悲しみに変わっていく。

「だけど・・・私は殺人鬼を育てようとしてるんじゃない! 私たちは・・・。」

 俺は黙った。

 そう、俺たちは「殺人者」だ。どんな美名を使っても、その名が拭えることは無い。そして、たとえその行動原理に、いくら哲学を持ち込もうとしても、人一人殺す・・・それは呪われた血にまみれたこと。洗っても、洗っても、拭いきれない血。

 しかし、ノインは、決して「殺し」たくはない女なんだ。血とは程遠い生活を送りたかった奴なのだ。誰に文句を言えばいい? しいて言えば、神様ぐらいだが、神様はもうとっくの果てに死んでいる。

 コイツハ、オレノ。ムカシ・・・。

 俺の脳裏で、幼い瞳の俺が呟く。大人は子どもにこういって笑う。「そんなこと言っていたら、生きていけない」そして、その子どもを殺してしまう。

 しかし、まれにその子どもはよみがえり、苦い苦い言葉を発するときもある。

「・・・衛星操作室、見つかったよ・・・。」

「ああ・・・。」

 少なくとも、邪魔する奴はもういない。それだけが勿怪の幸い。いればいたで、俺の牙の餌食になってもらう。

 傷だらけだが、もう少しばかり、その子どもの声を聞いていたい。

 ノインの後ろに、黙って俺はついていく。


 どうしたことだろう。もう、ところどころボヤが出ている船内を、適当に行ったり来たり、あるいは撃ったりしていると、やがて無線室らしい部屋が見つかった。

 某映画監督は、「映画は銃と女があれば出来る。」と言っていたが、それを地でいってるね。

 俺は、結局M19片手に、ドアの横で身を潜める。

 カジモドが、念のために、と言って持たせてくれたもの。サイトもホワイトドットがつけられたカスタムサイトがつけられ、銃身には馬鹿でかいマグナポートがうがたれている。

 俺はいらねー、と断ったのに、「お守り代わりや。」と無理に持たせたんだ。

 ノインも、ワルサーを自分の身元にひきつけながら、ドアの向こうを伺っている。

 ノインが目で合図。俺がドアを蹴破り、二丁拳銃で飛び込む。ノインがそれに続く。

 右、左、ドアの影、棚の影、念のため、あちこちに銃を向け、チェックしてみるが、人影は誰もいない。

 俺たちは、改めて無線室を見渡してみる。

 結構広い。確かに、無線みたいなものもあるが、壁一面にモニターが埋め込まれていたり、レーダーみたいなものがあったりするのを見ると、監視室兼司令塔、のような感じがしないでもない。

 ノインが、早速どこかの電源を入れ、キーボードを試してみる。

 お目当てのものにたどり着くには、五分も掛からなかった。

「これよ。これが多分、天牙」

 言いながら、キーボードをたたくノイン。ディスプレイに、天牙がワイヤーフレームで表示され、その横にデータ・スペック、そして、現在の状態などが次々羅列される。

「やったぜ。ビンゴだ! 」

 思わず俺は叫んだ。

「じゃ、ちゃっチャとコトを終わらせちまおうぜ。ここの空気は、体に悪すぎる。」

 ノインは、黙々とコンソールを操作する。次々と移り変わる画面。モニターの光が、ノインの顔を、ほの白く照らす。

 そして・・・。

「やったわ。何とか天牙をコントロールできるようになった。後は、照準をつけて、撃つだけ・・・。」

 モニターの上では、「戦女神」というよりかは「毒蜘蛛」といったほうがよさそうな、無骨で怪物的な人工衛星、ヴァルキルが映っていた。

 最後の調整、という奴だろうか、モニターをにらみつけながら、ノインの指の動きが遅く・・・それだけ慎重になってくる。

 しかし、もう。奴は俺たちの手に落ちた。小指の先ほどの大きさしかなかったヴァルキルがズームアップされる。後は時間の問題・・・。

 突然、異変が起きた。ヴァルキルの触手のようなマニュピュレーターが起き、そして、巨大なレーザー砲がせせり出てきたのだ。

「何・・・だって・・・。」

 ノインの手も、ほんの一瞬止まった。しかし、それは致命的だった。砲身からほど走るプラズマが先端に集まっていき、そして、まばゆいばかりの光の束が発射された。

「まずい! ノイン! 早くっ! 」

 俺の叫び声に反応したかのように、ノインの指が再び踊りはじめた。しかし、その間にも、魔竜の吐くブレスのようなレーザーは、次々と地上に向けて放たれる。

「何してんだよ! 馬鹿! 」

「分かっている! 」

 珍しく、ノインが絶叫する。そして、画面の照準が、怒り狂って火を吐き続けるヴァルキルに合わされる。

 一発! 二発! 次々と天牙のレーザーが打ち込まれる。

 あるものはマニュピュレーターを破壊し、あるものは分厚い装甲を打ち抜く。

 まるで、シューティングゲームのラスボスと対峙した時のように、リターンキーを連打するノイン。

 ヴァルキルが、天牙にマニュピュレーターを向けた。その先に、青白く光る炎。小口径レーザーだ!

 画面が大きく揺れ、天牙がダメージを受けたことを示す。しかし、その間にも、ノインは冷静に照準を調整し、さらに弾丸を撃ち込んでいく。

 漆黒の宇宙空間に交錯する、光弾と光弾。それは季節外れの花火大会だが、見ているこちらの心をえらく興奮させた。

 連撃を食らうヴァルキルの装甲は、今や真っ赤に解け、なにやら脳みそを思い起こされる内部バーツが出現する。

 天牙は、そこへ容赦なくレーザーの嵐を降らせる。たちまち、色とりどりの火花に包まれるヴァルキル。

 残り少ない、あるいは千切れているマニュピュレーターが、激しく空を掴んでもがく。

 モニターを通して、音は聞こえないが、奴の断末魔がはっきりと聞こえた。

 と、その瞬間、奴はこちらにひっくり返った。レーザー砲の、巨大戦艦の砲身みたいなバレルが、はっきりと見えた。

 野郎! 最後の力を振り絞って、天牙を道連れにするつもりだ。

 「ノイン! 」

 ノインは、ただ、冷静にレーザーを最大出力にし、余裕でリターンキーを押した。

 こっちに襲い来る、青いメギトの火。しかし、その着弾前に、こっちが放ったどす紅いマグマのようなレーザーが、奴を宇宙のチリにした。

 そして、激しいノイズとともに、モニターは完全にブラックアウト。後は、何事も無かったような、沈黙と薄暗さが戻ってきた。

 俺たちは、しばらく黙っていた。それは、一仕事終えた後に来る達成感でもあり、あるいはノインは、手にした自由の大きさに戸惑っているんだろうか。

「さって、帰ってカミュでもやりながら、花火大会の感慨にでもふけようぜ。」

 ノインは、黙ってうなずく。ちぇっ、こんな時ぐらい、うれしそうな顔をしろい。


 行きは、隠密作戦とやらで、三時間ぐらいは掛かったが、帰りはジェットヘリで一時間だった。

 もう、ほとんど沈黙が支配し、スクラップと化した船。ヘリはまるで、幾多の困難を乗り越えて魔王を倒した勇者を迎える姫君か宝物のように、ヘリポートに鎮座まししていた。

 まだ首領のオッパイ氏は行方不明のままだが、「運がよければ、この船で陸までいけるだろう。」ノインの無言の主張により、俺たちはもう引き上げることにした。

 俺のペルメルも、もう箱の中には一本も残ってないしな。

 帰りのコックピット内、ノインも俺も黙っていた。俺は、ただ疲れていただけ。ノインは、どうかわかんなかったが、少なくともこの沈黙は、耳に心地よい沈黙だった。

「・・・終わっちまったな・・・。」

 俺はぼそりと呟いた。ノインはだんまりを決めていた。

 煙草に、火をつける間くらいの沈黙。こっちは後部座席に座ってるんで、ノインの表情は、よく見えない。

 俺は、ふと、質問を続けた。

「なぁ・・・お前・・・。Q.E.P.Dから自由になったら、どうするつもりだ・・・。」

 ノインから返ってきたのは、だんまりだった。やっぱりね・・・。俺もあきらめて、この沈黙に身をゆだねようとした。

「分からない・・・。」

 以外だった。一つは返事が返ってきたことに、一つはノインが、弱気な答えを出してきたことに。

「私は、生まれてこの方、この島以外で生活・・・いえ、生きていたことが無い。私には、親も無い・・・。いえ、私を育ててくれた人は、マスターとノイン。だけど、彼女たちを親と呼んでいいか分からない。命をかけて守りたい人もいない。私には、記憶が無い。・・・ノインの記憶はある。だけど、それは、あくまで、私の本体だったノインの記憶。私の思い出は、あくまで他人事。みんな作り物にしか見えない。

 アインは、私にエレンって名をつけてくれた。だけど、アインがあんなことになってしまった今、もう私のことをエレンって呼んでくれる人はいない・・・。」

 俺の方が言葉に詰まった。残酷なことを聞いちまった。もともとこの手の問いに答えられるのは神様だけだ。この手の問いを発する奴は、答えなんか求めていない。

 ただ、問うこと、それ自体が目的になっちまってる。

 しょうがないんで、俺はi podのスイッチを入れた。

 電気グルーヴ・・・。ママケーキという曲だった。

 やってることは、ものすごくまじめな曲なのに、いかにも頭が悪い歌詞がくっついている。やりすぎると嫌味になるだけなのに、この曲はそんなことが無い。

 こういう、莫迦みたいにシリアスなときは、緻密に計算された莫迦みたいな曲を聴くに限る。

 ふと、愚にもつかないことを思いついた。反射的に口から出た。

「・・・じゃあ、名前、付けてやるよ。」

「名前? 」

ノインは、困惑した風でもなく、まるで子どものように、素直に聞きなおす。

「そう、名前。これからお前は、まったく違う世界に出て行くんだ。新しい海。新しい空、そして、新しい煙草・・・。新しい世界には、新しい名前が必要だろ? 」

 ノインは、まただんまりを決めた。だけど、振り向かなくても分かる。奴が、ほんの少しだけでも、ほほえみを浮かべているのが。

「そうねぇ・・・卓球。石野卓球、なんてのはどうだ。」

 由来も理由もクソも無い。ただ、フィーリングで決めたような名前だった。

 フィーリングで言えば、「ゲロしゃぶ」という名も無いでもないが、もしも卓球が気に入らなかったら、そちらに切り替えるだけだった。

「・・・それって男の名前じゃない。だいたい、なぜ石野卓球なの? 名前の必然性が、見当たらない・・・。」

今度は、俺が沈黙する番だった。だったら、ゲロしゃぶにしとく? 俺が、そういいかけたとき。

「やっぱり、エレンが一番いい。これからはそう呼んで・・・。」

 俺は、「ちぇっ」という気分を表すために、思いっきりシートに背をもたれ、頭で手を組む。

「でも、二番目に気に入ったわ。こういうのは、理屈や論理的なものじゃない。新しいパーティへ出かける時の服選びみたいなもの。大切なのは、フィーリング。思いつき。そうでしょ? 」

珍しく、ノインが饒舌になった。顔を見なくても分かる。こいつは今、笑ってる。

「そういえば、あなたは、どうしてここに来たの?」

外は延々と続く闇。手持ち無沙汰に口を開いたのだろうか。奴はしかし、言ってから「言うんじゃなかった」という顔をした。

だから、俺は喜々としてのたまわった。

「何。俺より強い奴とやりあってみたかっただけだよ。」

「たくさんブッころしたかったのね。その身が砕けても。」

「そうとも言う。」

俺がにやりと笑う。奴は明らかに嫌悪した。

「そういや、おたくらの組織に、バケモンみてぇな・・・いや、バケモンそのものの奴って入ってこなかった? 露骨に俺を指さすな。」

メフィストの「「アナタが大好きな、歯ごたえのある奴との戦いがあるかもしれない。」という言葉。

そして、史上最「狂」の怪人。というのが気になったのだ。

「あいにくと、アナタ以上のバカモノでバケモノは、今まで居なかった。これからもそうでしょうね。」

「ああ、そうかい。」

それ以上、続ける言葉もなし。俺は闇とヘリの爆音に身を委ね、座席でうたたねする仕事に戻る。


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