#6

変な夢を見た。いや、回想と言っていいか。

ここへ来る以前。メフィが「バンド組もうぜ」ノリで「世界征服しようぜ」と軽く抜かした。

口車に騙された有象無象が、デスクを囲んでいる。

「な・・・なんだ・・・。これは・・・。」

机の上に広げられた書類。それは・・・。

「なにもかにも。世界最悪の最狂怪人。我々の世界征服の切り札の企画書及び作り方じゃない。これを『G』の残党から盗んでくるの、大変だったのよ。他にもこいつに興味を示していた奴はいたみたいだし」

大多数は、もはや座ってはていられず、立ち上がり、その拳をわなわなと震わせているのだった。

そして、取り囲むみんなの怒りが頂点に達する。爆発するその瞬間、リーダー格のそいつが言った。

「もう一度確認する。かつて一度は世界をその手中に収めかけた秘密結社『衝撃』。その系譜に連なる怪人の特徴は、人間以上の知能、そして野生の獣としての本能的な凶暴さ。だから、当然そのモチーフはケダモノである必要があった。そうだな。」

「そうよ。異議なし。」

まるで受け流すように、メフィが相槌をうった。

「じ、じゃあ、この怪人モチーフはなんなんだ。もはや怪人と呼べるかどうかも疑わしい。」

「じゃあ、神様とでも呼びなさいよ。そう、まさに。歴代の『衝撃』の系譜の中でイレギュラーだった『G』が目指したのは、それだったんだから。これはまさに『神々』と『悪性英雄』の源、知性と凶暴さを兼ねそねえた、いいモチーフじゃない。こいつの優秀さは、歴史が証明している。すくなくとも私は、これ以上怪人にふさわしいモチーフを知らない。」

一瞬、場は静まり返った。

しかし、ふざけるな! 脳が腐ってる! イカレポンチ!

思いつく限りのありとあらゆる罵詈雑言が浴びせられ、そしてその場には誰もいなくなった。俺とメフィを残して。

俺は一生分の煙草をかけてもいいが、こうなることはわかってた。何しろそいつは、神様や英雄の源っつっても、それそのものじゃないんだから。あんまりにも、ありふれ過ぎている。神秘のかけらもないものと、皆が思ってる。その評価は、自分たちに跳ね返ってくるって事実を棚に上げて。

ただ、あまりにもくだらないその怪人モチーフ。いま思い出そうとしても、思い出せねぇ。

その中でも、最後まで話を熱心に聞いていた奴もいたことは覚えている。

底が見えない暗い瞳に、狂気が渦巻いている。メフィストと同類だなと思った。


 早速、翌日、件の暗殺計画のミーティングが行われた。

 参加するのは、俺と、ノインと、ほか有象無象の三名だった・・・。え? そいつらの名前、覚えてないのかって?

 だって、ワッツーシゾンビに殴りこみかけの中、裏で進行していた静止衛星破壊計画知ってるのは、俺とノインだけだったのに・・・。裏を知ってるやつらは奴らで、ガキみてぇに、小学校の遠足と、『ワッツーシゾンビ』に殴りこみかけるのを混同しているようなやつらだった。

 ノインに「居眠りしてるから、結果だけ教えろ」と言ったら殺されるような視線でにらまれた。やっと開放されたと思ったときに、「おう、ツラかせや。新入り。」と言われた。

 指定された、倉庫の裏・・・中学生じゃねぇんだぜ・・・に行ってみると、先ほどミーティングに参加してた暗殺メンバーだった。

 箒みたいに頭をつんつんさせている奴と、長髪で、目の下に血の涙みたいな刺青をしてる奴と、でかい福耳に、ピアスをびっしりとしている奴・・・殺し屋とパンクバンドを間違えているんじゃなかろか、という奴らだった。

「てめぇを呼んだのは、他でもなぃ。ノインをぶっ殺そうぜ、って話さ。」

 俺は、黙って煙草をくわえた。話が見えづらいときは、とりあえず煙草をくわえるのが一番だ。

「自慢じゃねぇが、俺たちぁ『Q.E.P.Dの狂犬』とうわさされている・・・・。ついでに言うならば、次期幹部とうわさされている。」

 手を組んだまま、俺を見下げながら、箒頭が言った。

「で、幹部さまのノインぶっ殺せば、俺たちに幹部の座が降りてくる。シンプルな話だろ。」

 長髪も、自分の煙草に火をつけながら笑った。

「ちょっと待て。そんなめんどっちぃ話は、お前らだけでやってくれ。大体、今の話だと、あんたらノインより下っ端じゃねぇか。こういう体育会系組織の例外に漏れず、上の奴を下が殺したら、軍法会議でシケイだろ。俺はまだ若い。地の果てまで追われて、絞首刑も銃殺もごめんだ。」

「ダッカら、今から銃を取って、奴のベッドを襲おうって話じゃねーんだよ。わかんねぇのか、莫迦が。」

「わっかんねーから、聞いてるんだろう。馬糞が。」

 俺は怒鳴った。

 ピアス男が、よだれともつばとも付かないものを飛ばしながら言った。

「けっ! これだからウサ耳カチューシャ付けてる奴は仕方ねぇってんだよ。」

「なら、いいんだよ。俺ぁこの話、聞かなかったことにするし、元からそんな話は存在しなかった。これでいいだろ! 」

 俺は、背を向けて帰ろうとした。

「ま、待てや。テメェ、今までの話、聞いてしまったんだろ。それなら、もう後戻りできんダロガ! 」

 箒頭が、俺の手を引っ張った。

 今まで、こんな風な反抗的な口を叩かれたことは無かったんだろうか。少し震えていた。

 赤子の手をひねるどころか、手に付いたありをはらいのけるぐらいの気楽さで、奴の手は払いのけることができる。たとえ、相手が全員マシンガン持っていても、制圧には長くて五秒。

伊達に、NSに体をいじられてねぇ。

が、面白くなりそうなんで、しばらく成り行きに任せることにした。

「それに、俺らが幹部になったら、お前にも、それなりにいい目見さしてやる。お前自信も、奴のこと嫌ってんだろが? 」

 正直に口止め料を払うと言え。それに、こいつは、いい年コイてるのに、人間ってば、本気で「好き」とか「嫌い」とか、白黒きれいに分けた上で生きていると信じているのだろうか?

 だけど、俺はとりあえず、今できるだけの微笑をして、聞いてやった。俺も年を食ったもんだ。

「なるほどね。で、計画は。」

「よっし、よっし。一度しか言わねぇ。あとであーだこーだ言われても、こっちも答えられねぇ。よく聞いておけ。」

 生まれて一度でいいから、この手の、「いかにも計画を練ってますよ。」みたいな緊張した会話が交わしてみたくてしょうがなかったんだろ。

 奴は声をことさら潜めて、だけど、思いっきりどすの聞かせた・・・つもりの声で言った。

「ターゲットを殺すふりをして、ノインを誤射する。以上終わり。」

俺はしばらく黙っていた。奴らは何もいわなかったんで、この話は終わったんだな、ということが分かった。

「すばらしいね。特に、一字一句覚えようにも覚えるほど内容がねぇのが、大助かりだね。特に俺、頭悪ぃから・・・。」

「そーだろ。そーだろ。」

自嘲か天然なのか分からなかったが、とにかく奴は豪快に笑う。

作戦決行の夜に、酒を片手にノインの部屋に押しかけたのは、嫌がらせという奴だった。

幹部だっつーのに、奴の部屋は、「要塞」の、カウンターバー付きベッドやら、ビリヤード台やらが付いた、幹部専用部屋では無かった。

一般戦闘員用の、物置だと言い張っても通用しそうな部屋が並ぶ回廊。そこの12号室に、奴はいた。

奴の部屋に近づくと、一つのメロディが流れ出してきた・・・。

繊細で、はかない・・・。まるで、子どものころ無くしちまった宝物を、子どもに戻って無心に探している。そんな印象がある・・・オルゴールのメロディだった。

しばらく、曲に耳を・・・身を任せる。やがて曲は、叙情的な映画のラスト、主人公とヒロインの笑顔のアップが、闇にフェードアウトしていくような印象を持たせつつ、消えていった。

やっぱり、あまりにも子どもじみたことは止めとこうか・・・。

きびすを返すかどうか、迷っている間に、部屋の中から、「誰? 」という声が。  

やはり、止めとこう。ゲンが悪すぎる。そう思って、きびすを返した。その瞬間、どういう奇跡だろうか。俺の背中に、暗い廊下に、薄く開かれたドアからこぼれ出た一条の光が垂らされた。

 ノインは、予想通り、「おや」という顔もしないで、ただ申し上げてくれた。

「何? 」

「いやー、なにね。明日は、生死をかけた戦いをするわけじゃんよ。だから、ここでお互いの友情と信頼を深めようと・・・。」

 俺は、念のためにビール缶を上げて見せた。銘柄さえも・・・いや、そんなレベルの話じゃなく、どこのメーカーなのか分からないシロモノだった。味は怖くて試してない。本当は、ワイルドターキーなんぞが欲しかったんだが、この島は健康第一という邪神でも雇っているのか、そのようなしゃれたものは売ってなかった。

「・・・何それ? 」

「だよなぁ。俺もそう思う。」

ノインの目には、緻密に組まれた作戦前に、アルコールなどという判断力を鈍らせる悪魔を取り入れるような人間の思考は分からない、ともろに出ていた。

「明日は、05:00に出発よ。あなたも、もう寝なさい。」

モーゼの奇跡のように割れたドアは、再び閉じられようとした。

「セラミカ・クール」

ドアの動きが止まった。ドアからこぼれてきた、はかなげで繊細なメロディ。それの名だ。

「数字姉妹の永遠のヒット・ナンバーだよな。確かに、ありゃ、永遠に残るだけある。奴らのライブで、最後のシメを飾るにふさわしい曲だよ。」

再び開かれたドアの中に映るノインの瞳に、心なしか驚愕が含まれているように見えたのは、気のせいだろうか。

外から見た殺風景な印象とは違い、ノインの部屋は絢爛豪華だった。

『ムギと王様』『長い長いお医者さんの話』『不思議の国のアリス』

壁を占拠する本棚には、精一杯の数の児童文学が並び、そして、反対側の壁には、小さなアップライト・ピアノが見えた。ただ、長いこと使われていないのか、鍵盤にはふたがされ、ほこりが薄く積もっていた。その上の小さなサボテン鉢は、よく手入れがされているというのに。

「さて、入ったはいいけど・・・何か話すことあったかな? 」

「何も無いわ・・・。」

ノインは、少し困った声を出した。

「違うね。」

「違う? 」

ノインは、ほんの少し、こっちに興味を持ったようだ。こっちの話に、食いついてきた。

「話すことは、おそらく山ほどあるけど、お前はその切り出し方が分からないだけ。キャッチボールのやり方を知らないだけさ。」

「そんなことは・・・。」

言いながら、声か小さくなる。そして、頬に赤みが差す。まるで、野の花が咲くような些細で繊細なものだが、初めて見る、感情の高ぶりだ。

「じゃあ、お前だったら、どうやって会話を切り出す、と言うんだ。」

「そだねー。じゃ、こういうのはどうだろ・・・。」

ピアノの蓋を開ける。歴史を感じさせるほこりが、あたりに舞って、白っぽい蛍光管の光と入り混じり、天使の綿が飛び散ったような幻想的なシーンを演出する。

「ガクのあるとこ、見せちゃいましょうか・・・。」

俺の指は、引き金を引いたりするのは最適だが、鍵盤などという上品なものを繊細に扱う、というのは苦手らしい。

自分でも、もどかしいほどのぎこちなさ。しかし、俺の両手は、鍵盤の中に隠された、昔失っちまった大切なものを探し求めるように、真摯に動いた。

・・・ここから見ていると、あなたのことがよく分かる。その声も優しい指も、その心さえ・・・。

とりあえず、メロディをつないで、曲に見せかけることはできた。

「数字姉妹・・・この曲を毎回ライブの終わりにやるんだが・・・毎回違うアレンジで、しかも、毎回聴かせるんだよな、これが。それこそ、彼女たちの天才っぷりを、端的にあらわしている。そう思わねぇか? 」

 ノインは、黙っていた。

 私はあなたのすべてが見える。だけど、私とあなたの間には、まるでクリスタルのような、壊せない壁があって、私は永遠にそれを壊せない。だけども・・・。

「さっきのオルゴールの曲だけど、それは・・・ひょっとして・・・。」

 ノインはうつむいた。首にかけたペンダント・・・おそらく、そこにオルゴールが仕込まれているんだろう・・・を、まるで祈るように握り締めていた。

 俺のつたない曲が、部屋をいっぱいに満たしていく。まるで、春の草原に、花を咲く時を告げにきた春風のように。

「・・・そう。これは、本当のアインのもの。本当のアインが好きだった曲・・・・。」

 ノインは、ささやいた。そして、次に、本棚へ寄る。

「この本も、みんなそう。」

ノインは、叫ぶように言った。小声だが、俺には、本心からの心の告白に聞こえた。

私は知っているのだ。この厚くて冷たい壁は、私に壊せないことを。

「なるほどねぇ。だけんども、俺は、あんたが、過去の亡霊に縛られているようにも、見えるんだけんども・・・。」

ノインの顔色が変わった。

ダンプティ・ハンプティ。一度壊れた卵は、もう元にもどせな・・・。

そこまで曲が進行したとき、ノインは突然、鍵盤のはじを強く叩く。

「もう、いいわ。リサイタルはこれで終わり。満足した? 」

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