#4

熱いシャワー、そして、冷たいシャワーを浴びていると、まるで新しい血でも交換されたように、頭から肉体までリセットされる。

鏡の前へ行き、自分の姿見を映しながら、体の様子、髪をセットする。

そこには、自分で言うものなんだが、まんざらでもないボディが映っている。

猫のようにしなやかだが、その下に絞りぬかれた筋肉がある。

そして、ふと気づいた。

俺を殺した男。その魂の気高さに嫉妬し、その感情が、最後に・・・くたばるときに愛だとわかった男。

MR。世界最高の屈指。セイギノミカタ。

しかし、その姿はあまりにも異形。

人間と蝗を無理に構成した「人間」。複眼の全てにぎらぎらと正義の炎をもやし、顎のクラッシャーは、人食いのケダモノのように禍々しい。そして、なまじの物理的攻撃は跳ね返してしまう「生体装甲」

俺と同じ結社が改造したというのに、姿がまるで違う。

奴は、俺と向き合った時に、何を言おうとしたのだろう。

そして、正反対の肉体。奴は、確かに人間。しかし、より人間らしい格好をしているあたしは、何?

疑問が、しっぽをくわえた犬のように、ぐるぐる回り始める。

そのうち、あたしの見慣れた「人間」の顔がズルリとハゲ、そして、手からも、ずるり。とてもじゃないが、人間の手とは思えない、爪とケダモノの骨格が現れる。

その時、あたしは叫ぶだろうか。叫ぶのだったら、完全に人間外のものになる悲しみの叫び? それとも、完全にバケモノになる喜び?

妄想を崩したのは、後ろからの声。

「自分の顔に見とれる。そんなツラ? あなたは。」

振り返ると、ノインだった。後ろ、待ってるんだから。奴は俺を露骨に押しのける。

さっきの妄想は、もう跡形もなく四散し、今はどうやってこいつに気の利いた台詞を返そうか。ということに全神経が行っている。

 

 朝のウォームアップも終わる。

 次は、射撃場のカウンターに並んだ、スーパーマーケット張りに並んだ銃。

 そう、この島での必須スキル。射撃を習わされるのだった。

「これまでも必要なかった。だから、これからも必要ねえ。めんどっちいことは、大嫌い。」

俺の主張に対して、ノインは。

「そう・・・。確かに、あなたは、一、二発食らっても平気なガタイしてる。ただ、それならそれで、銃のスキルは習っておいた方がいい。例えばね。あなた、初めて撃ち合った時、挑発したわよね。」

「へなちょこ弾に、俺がやられるかよ! 」

「そうしてあなたは、怪我した。」

「む。」

痛いところをつきやがる。割と物理的に。

「あんな場合、例えば敵が右手に銃を持ってた場合。銃を持ってる方。そう、右に動くのが一番なの。」

「なんでよ? 」

「そうしたら、銃を持つ腕は必然的に体から離れ、脇が甘くなる。すると、ただでさえ狙いがつけづらい拳銃は、ますます当たらなくなる。たしかに、あなたがメスゴリラなみにタフなのはわかる。だけど、例えば、人間は地面に転がるものにとっさにサイティングできづらい。水たまりぐらいの小さなくぼみでも、立派な盾になる・・・。ほかにも諸々、銃の限界を知っておくのも悪くない。銃の使い方を覚える事は、銃との戦い方を覚える事にもなるから。あなたが自分の体術に自信持っているのなら、とくに。」

俺の耳がピクリと動いた。確かに、奴が言ってることは一理ある。

追い打ちをかけるように、奴は言った。

「それに、パンチが銃並に強くて、ジャンプ一発で銃の射程並の距離を詰められても、銃を持つ事にはメリットがある。手元の相手を蹴りながらよその相手を撃てるし、テーブルの上を転がったり、地面に伏せたり、どんな姿勢でも銃は撃てるし、撃てば弾丸がある限りいつも一定の威力が提供される。指一本引くだけでね。…ようするに、行動の手札が増える。使いこなせれば、ただでさえ強いあなたが、より強くなる。これって魅力的なことじゃない?」

それに、と、言葉が続く。普段ならここらで、銃のセールスマンか、とでも突っ込みを入れるところだが、ノインの表情は・・・真面目ってよりは真摯で、そうする気にはならなかった。むしろ俺は、兎の耳をピンとはった。

「貴方は強いけど、この島にはサイボーグだのなんだの、貴方ほどじゃないけど強いのはいろいろ居るし、そいつらは今のあなたと違って銃が使える。貴方と同じくらい強いやつがもしいたとして、そいつが銃も体と合わせて使えたら、その分だけ貴方より強いかもしれない。ナイフや拳の間合いで銃とそれらのどっちを使うか迷うような盆暗だったら、そうはならないかもだけど。要は、単純な足し算に出来るかどうか。・・・あとね。」

ノインは、肩を少し上げてつぶやく。

「荒事屋は誰もかれも銃を持つこの島で、銃は、目に見える力の証だから。あなたが虎で牙を剥いてても、銃を持ってないと、人間は銃を持っていれば遠くから撃てば安全に殺せると思って舐めてかかるかもしれない。まして、あなたは兎なんだし。」

「可愛い子ちゃん扱いどーも、よーするに、運転免許証が身元証明を兼ねるようなもんね。」

「戦えるっていう看板を兼ねた、死なないための、気休めのおまじない。数%くらいは勝つ可能性を引き上げるかもしれないもの。その程度の認識でもいいわ。武術と同じ。」

少しばかり気にいった。面倒なのは嫌いだが、暇なのはさらに大嫌いだ。俺は銃の講習を受けることに決める。

 一番ごつくて、一番弾が出そうな銃・・・後で分かったんだが、MG42というマシンガンだったんだそーな・・・莫迦でかい銃に熱烈なラブ・コールを送る俺を制して、ノインが差し出したのは、一個のリボルバーだった。 

「お・・・お前、いまさらリボルバーって・・・。」

 しかも、よく映画でも現実でも、ポリ公の腰にぶら下がってる、一番だっさい奴じゃんか! 

 俺はシリンダーを出し、それを振り入れ、前から後ろから銃口を覗いたり、あちこち向けてみた。

「うわぁ、いまさら西部劇かよ。いいか? シェーンはあくまでフィクションの話なんだぜ。実際のところ・・・。」

「そうね。まともに撃ち合ったら、結局はワイルド・バンチになってしまうのがオチ。」

「そうだろう! せめてもっと弾が出る奴にしろよ! 」

 言いながら、俺は、ベレッタの亜種らしい、フォアグリップと折りたたみ式ストックが付いた奴を指した。

「だけど、最近の銃は、ダブル・アクションで初弾を撃つ場合も多いわ。重い引き金に慣れるためには、ダブル・アクションのリボルバーで訓練した方がいい。それに・・・。」

 ノインは、いきなり、俺の手のリボルバーを握った。シリンダーが押さえ込まれる、と同時に、彼女はそれを手の甲の方へねじり上げた。

 トリガー・ガードから指を離してなかったんで、当然、指は関節技をかけられたようにロックされる。

「痛つつつ! 」

 ノインは、その一瞬でリボルバー・・・後で、これも知ったんだが、M19と言うんだった・・・を取り上げた。

「あなたは、銃に手をかけるとき、シリンダーの中に弾が入ってるかどうか、確認しなかったわよね。しかも、ずっとトリガーに指をかけっぱなし。銃口を覗くこと三回、私に銃口を向けること三回。暴発でも起こしたら、あんたも私も三回は死んでる。素人にもほどがあるあんたには、骨董品の六連発がお似合いよ。」

「うっせーな! 素直に『撃つ時以外は、引き金に指をかけるな』って言えよ。」

俺は怒鳴ったが、ノインは涼しい顔のまま、奪ったM19を台に置いた。

「ま、すべての道は、ローマに通じる、じゃないけど、すべての銃は、M19に通づる・・・。わしゃ、ソレを信じとるし、彼女にも、そー教えた。」

カジモドが言いながら、後ろの階段を下りてきた。

くそっ! いらいらする。俺は煙草をくわえた。

「時代遅れのカウボーイ、って呼ばれたいのか? ロマン描くのは勝手だけんども、それを他人に押し付けるのは・・・。」

 次の瞬間、煙草の先が爆発した。少し遅れて、頭の後ろでパトリオットが爆発したような轟音と衝撃が響いた。

 煙草に火が付いた、と認識したのは、一分くらい経ってからか・・・。いや、俺の感覚としては、一時間も経ったような気がしたが。

「悪ぃのぅ。いや、弁明さしてもらうが、ワシはいっつも、このような暴力的で直接的な説得方法を使う、そんな男やないでぇ。いや、普段は、こんな野蛮なこと、絶対せぇへん。そんことだけは、分かっといてほしいわぁ・・・。」

 言いながら、前へ後ろへと踊るようにガンスピンさせながら・・・しかも、何のてらいも無く、煙草を吸ったり、呼吸をしたりするのと同じくらい、自然な態度でガンスピンさせながら、手に持った銀色の馬鹿でかい44マグナムをぶち込む。

 こいつぁ・・・すげぇ、かも。

 俺は、慌てて的の方を見た。穴は一発しか開いてない。もちろん、ど真ん中。

 耳にまだ残る残響から考えるに、銃声は六発。

 それが一発に重なり合って聞こえた。しかし、そんなことは、ウサギの改造人間の聴覚だから判別できた事で、普通の人間なら、一発ど真ん中、すごいねー。という感想で終わってしまうだろう。

 奴は、満足げに笑った。

「だけどな、やっぱり、百聞は一見にしかず、つーやろ。」

 そして、得意そうにシリンダーを開けた。六発のから薬莢が、コンクリの上に

 俺は、しばらく奴の顔と、台に置かれているM19を見比べた。

 どう考えても、状況は俺に優しくはなさそうだった。しかし

「ええぃ! うるせえっ! 俺はお前ら犬っコロとは違って、こんなビールの腐ったような島からは、いつでも出て行けるのっ! 」

 カジモドの目が、丸くなった。そして、エレンも、少しばかり興味深そうな目で、こっちを見た。

「こんな首輪、引きちぎってから爆発する前に首から遠ざけるくらいの速さも全力なら出せるし、それに!」

 ポケットに突っ込まれている腕時計。今日はこれが、いつもより神々しく見えた。

「なんじゃそりゃ! 新作のGショック? 」

「うんにゃ、ロレックスのパチモンさ。だがなぁ! 」

俺は竜頭を伸ばす。レトロな一品で悪いが、通信機になってるって分けだ。

「こいつで、島の外で待ってるお友達に連絡する。ダチは潜水艦に乗って、この島まで来てくれる、ってわけ。」

「無駄ね・・・。この島は・・・。」 

そのとたん、警報が鳴り響いた。

「逃亡者発見! 逃亡者発見! 現在G-134を突っ切って、北の森に闘争中。各員は、全力を持ってこれを阻止せよ! 」

ノインは、軽くワルサーのスライドを下げて、残弾の残りを確かめる。

カジモドの手にいつの間にか六発の弾が手品のように出てきて、魔法のようにあっという間にシリンダーに収まる。

行くぞ! なんていう言葉も無く、二人は視線を交わすと、走り出し始めた。さすがプロ。

俺の目線は、台上のM19と、奴らが出て行った方を交互に見つめていた。ため息をついて、M19のグリップを握った。

もともとこういうことがしたくて、こんなろくでもない人生を歩んでいるのだ。

逃げた奴は、よっぽど逃げ足が速いのか、スキルがあるのか、それとも運がいいのか、おかげで俺たちは、居住区から北の森まで、延々走り回るはめになった。

とは言ったものの、ノインたちとはぐれ、そして、無線や殺し屋どもが、蜂の巣を突っついたような騒ぎを起こしてる島の中、奴を探すのは難しかった。

じゃ、逆に、奴がうまく逃げおおせたら、どこに行くだろうか。俺だったら、この島を脱出する乗り物があるところへ行く。しかも、一番手っ取り早そうな方法は、武装ヘリを奪うこと。

だから、結果的にヘリポートでターゲットに追いつけたのは、ほとんど運だった。

人生で何回目かの禁煙を考えながら、息の上がった体をヘリポートのドアまで押し上げると、果たして奴がいた。

ヘリの中には、脅されたパイロットか・・・それとも、奴の仲間だろうか・・・。とにかく誰かいる。

金髪でヒスイ色の目をした・・・ノインと同じぐらいのガキだった。

そして、それに銃を向けているのは・・・。

「もう、逃げられないわよ。」

ノインだった。

銃口は、その冷たい宝石のような視線とともに、奴の頭に微動だにせず合わせている。

そして、ガキの方も、拳銃サイズのマシンガンを構えている。

俺の方は、ドアが死角になっているのか、二人とも気づかない。

「いやだぁぁっ! ボクは嫌なんだああっ! いきなり連れて来られて! ひ、人を殺すなんてっ! ぼ、ボクが一体、何悪いことをしたんだあああっ! 」

ガキは叫んでいた。いつの間にか降り出した雨と、涙が交じり合って、顔はぐちゃぐちゃになっていた。

「この間、連れてこられたばかりの子ね・・・。」

ノインは、自分に言い聞かせるように呟いた。

「あなたは、何も悪くないのにね・・・。ただ、運が悪かっただけ。」

その言葉は、呟き程度の言葉だったのに、奴の耳にもはっきり聞こえたようだ。

ノインは、だけど、自分の弱い心を叱咤するように、ワルサーを左手に構えなおした。

「銃を捨てなさい。そうすれば・・・。」

「そうすれば、何だって言うのさ! 来る日も来る日も人を殺してっ! アンタみたいに、心をなくした殺人人形になるのかっ!? それとも、血に飢えたケダモノになるのっ? ボクは嫌だっ! 毎日、夜寝るときさえ、心臓がでんぐり返るような緊張が、ボクを縛り付けて離さない日々が続くなんて! 」

奴の慟哭に反応するかのように、奴のコートが激しく揺れる。

「毎日毎日、殺した人の顔が、焼きついて離れない夜を過ごす、なんて・・・。」

ノインの顔が濡れているのは、冷たい雨のせいだろうか。

「銃を捨てて、こっちへ戻りなさい。」

辛うじて・・・ぎりぎりのところで冷静さを保っているつもりだろうか。ノインは同じ言葉を、祈りの言葉のように呟いた。

「聞くな! 絶対聞くな! 」

 コックピット内の人影は、奴の仲間だったらしい。そんなクソッタレなアドバイスが飛んだ。

「嫌だ! 絶対嫌だ! 」

ノインの表情が、ふっと緩んだ。俺のクソッタレな人生で、見かけることが多くなった表情のベスト3に入る顔。

人間、あまりにも背負うものが多くなりすぎると、たとえば、ビルの谷間に落ちる夕日を見るとき、たとえば、静かに潮の音を聞いているとき、ふっと、自分の持っているものを、まるで、羽が生えたかのように、軽々と手放すことがある。 それが、どんな重大な結果をもたらすか、忘れたように。

 今のノインが、そんな表情だった。

 ノインの左手が、意識を失った小動物のようにだらりと垂れた。

「そうね・・・。その通りよね。」

 誰にも聞かれないほど小声で、あるいはそれは、激しさを増した雨が聞かせた、幻聴かもしれない。

 そのまま、まるで傷ついた小鳥を放すように、ノインはワルサーを地面に置いた。

 びしょぬれのワルサーは、捨てられた十字架のように、はかなく色あせて見えた。

 ガキは目を見張った。

「私は銃を捨てた・・・。あなたも捨てることが・・・できるわよね。」

 ノインは、一歩少年に近づいた。その目には、冷酷な狼のような炎ではなく、違った強い色があった。

「う・・・あ・・・。」

 丸腰の奴を撃つのは、少しでも道徳のことを知っているなら、やりにくい。

 それが、年端の行かないガキならなおさら。

 ガキの瞳は、開いたまま。

 大粒の涙が出始めた。

 それにつられたように、まるで氷が解けるように、ガキのマシンガンを持った手が下りていく。

 気のせいか? ノインの氷の仮面の表情が、少し緩んだような気がした。しかし

「何やってんだ! 莫迦! 奴を撃てっ! 」

 コックピット内から声が響くと同時に、俺はノイン向けて飛んだ。

 ノインの、猫のように柔らかい体が、俺の下に押し倒される。

 ノインは短く叫んだ。俺にだけ聞こえる声で

「どうして」 

そして、俺の右肩に、熱い痛みが走った。

コクピット内の奴は、ガキを捨てることを選んだ。しかも銃弾でケジメして。

 立て続けに、爆発のような大音響が響き渡り、俺たちはシンドバットに出てくるような巨大怪鳥に吹き飛ばされたごとく転がる。

 ヘリは、悠々と重力の鎖から逃れ、絡みつく雨、砂塵をはじきとばしながら、空に舞い上がっていく。

 ほかの奴らも気づいたのか、ドアからなだれ込んだ奴らが、花火大会のように撃ち始める。

 しかし、鋼鉄の怪鳥の肌に、ぱちんぱちんとささやかな火の小花を咲かせるだけ。銃撃は、まるでツラの厚い象に籾殻をぶつけるごとく、ことごとくはじき返された。

 ヘリは、まるで空気を求めて、水面をめがけて一直線に吸い込まれていくダイバーのように、ぐんぐんと上昇した。

 奴らが、この場の離脱が第一目的と考えてくれていて、本当によかった。

 少なくとも、ヘリの先端についてあるバルカンが舌なめずりしただけで、俺たちの命・・・いや、このヘリポート自体が、大惨事になっていただろう。

 もう拳銃弾では届かない距離まで上がっちまった。ヘリは、まるで自分の雄姿を見せ付けるように、旋回する。

 胴体後部についているノズルに、赤い光がたまっていき、そしてそれは、一気に火を吹いた。

 と、同時に、ヘリポートにつながるドアをブチ開けて、ロケットランチャーを持ってきた奴がいた。

 その後ろには、カジモドもいた。手に恐ろしくでかいライフルを持っている。

 今、ぶっ放せば、何とかしとめられる! 

 しかし、飛び去っていくヘリを視界に納めたのが合図のように、ロケットランチャーを下ろす。カジモドも、自分の獲物を下ろし、ため息ついてるじゃねぇか! 

「お、お前! 」

 カジモドと俺の目が合った。奴は悲しそうに首を振った。

「手遅れ・・・なんだ。」

 俺に肩を貸しながら、ノインは呟く。

 ヘリは、なおも黒い海原を飛んでいく。それはやがて、芥子粒のような小ささになって、水平線の彼方に消えていく・・・いや、行くはずだった。

 突如、黒雲の間を塗って、赤い稲妻みたいなものが、それこそ「天罰」みたいに落ちてきた。

 ヘリは線香花火みたいに、この世に何の存在した跡形もなく消え去った。

ざっけんなこら、あんなの聞いてねえぞメフィスト、いい加減だから忘れてたのか、黙ってたのかどっちだ!思わず俺はそう叫んだ。通信機のスイッチ入れてなかったから届きはしなかった。それと、余計なことを口走るなとエレンに後頭部を叩かれた。

「あたしたちを縛り付けるものは、この首輪以外にもあるの。前、『この島からは出られない』って言ったわよね。あれがそのセキュリティ。」

ノインは、銀の首輪を指しながら言った。今度は、ノインの代わりに俺が医務室のベッドで寝るはめになっている。

「その一つが、あなたが見たあのヘリの末路。静止衛星からのレーザー狙撃。それこそ依頼者が世界中にいるわれわれは、世界中から狙われている。だから、この島への守りも、当然二重三重になる。.

 その一つが、あれ。

 大体、この海域に流れているうわさ、聞いてるでしょ? 」

「うん、入ってきた漁船や航空機が、なぞの消失を遂げてしまう。バミューダ海域ばりの魔の海域・・・ってね。地元の海に携わるおじさんの間では、恐れられてる。」

 軽く右肩を回す。油の切れた自転車は、こういう痛みを持つんだろうな、というような痛みが右肩を襲う。

 結局、弾をほじくりだすために、麻酔無しで腕をほじくられて、弾は取り出せたのだが、まだそのダメージが残っているようだ。何せ、緊急だから、という事で、麻酔もなしにナイフを突っ込まれたのだ。

 ナイフが血管やら、筋やらをよけて入ってきたときの、あの冷たさはもう思い出したくない。

「まだ、痛むの? 」

 ノインは、心配するそぶりなんかひとかけらもない口調で聞く。

「痛いとか、痛くないとか・・・・。執刀医の腕がいいから。」 

 最悪なことに、そのオペをやったのは、ここに座ってるニンジャ娘だった。

「借りを作るのは、嫌いなだけ。話、続ける。謎の失踪は、この島に許可無く入ってきた船舶、航空機の類は、みんなヴァルキルにやられてるから・・・。ヴァルキル、というのが、静止衛星の名前。

 この島に来る船には、この島独自のナビゲートシステムをつけられる。で、それが示した航路以外の道を通ると・・・。」

「なるほど、女神の熱っつい制裁を受ける、ってわけか。タダでさえそんな怪しげなうわさがあるところへ、迷信深い海の男たちは、決して近づかない・・・考えたね。」

 ノインは、淡々と続ける。

「ヴァルキルは、あたしたちこの島の連中にも牙を向く。ナビシステムを持たずに海に出る、ってのは、自殺行為。とにかく正しいルートを通らないと、ヴァルキルが待ち構えてるだけ。そして、それは、マスターにも言える・・・。」

 俺は、首をかしげながら、ノインを覗き込む。

「結局、Q.E.P.Dも、大国たちの傀儡に過ぎない、ってこと。はっきり言って、この島のスポンサーは、子どもでも知っている、いえ、子どもたちが裏であたしたちを雇っていることを知ったら、泣き出すような平和主義的大国も混じってる。ヴァルキルを作ったのも彼ら。

 Q.E.P.Dを外敵から守る、って言いながら、奴らは私たちに強力な首輪をつけただけ。飼い殺し・・・。」

 ノインは、ちょっとうつむいた。

「だけど、そんなことは終わらせてやる! もうこれ以上、人を殺すのも、人殺しを作るのもいやなんだ! 」

「作る・・・それは? 」

 しかし、ノインは、そこで黙り込んだ。しかし、その対象のように、瞳の中に、憎悪と懺悔の黒い炎が燃え上がっていく。

 俺は、窓の外を見上げた。

 昨日の雨がうそのように、抜けるような青空が広がっていた。

 「・・・つまんないことを言った。」

 雲が移ろい行くまで、黙って空を見上げていた。

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