#3
「まったく、お前は飛んだリンゴ・キッドや。」
医務室で、俺の顔を見るなり、ガマ男は言った。
俺の横では、ドクター・カリガリと呼ばれる男が、ノインの脈を取っている。そして、その横で所在なげにカルテを握ってるナース。巨乳なだけがとりえらしい。
簡素なベットに寝かされたノインは、今ではすっかり落ち着いた寝息を立てている。
「まったく、新入りは、もっとおとなしーく、身分相応にしよるモンやで。ソレをまったく、あんなに派手なこととしおってからに・・・。」
「あの時、俺がしゃしゃり出てなかったら、アンタの大切なエスメラルダは守られなかったぜ。」
「気取った言い方すなや! 誰がエスメラルダやねん。」
言いながら、少し頬が紅くなった。
「ワシが言いたいんわな。助けるにしても、もっとええやり方が・・・。」
「じゃ、言ってみろよ。カジモド。もっといいやり方を・・・。」
「それは・・・たとえば・・やな・・・。」
ガマ男は、頬をかきながら、上を向いた。
「たとえば、あの時点で私を見捨てる。余計な手助けはしない。」
凛とした声が、その場に響いた。
見ると、ノインが目を覚まして、半身を起こしていた。
「ノレン・・・。大丈夫か?
」
「ノレン・・・。心配させて、このー! 」
ドクター、そしてガマ男が、次々と声をかけた。特に、ガマ男は、彼女に軽くパンチをした。
「なんとかな。ナノマシンの効果もあって、すっかり元通りだよ。」
ノインは、彼らに優しい言葉をかけた。直後俺に、厳しい言葉をかけた。
「余計なマネを・・・。アンタの助けを借りなくても、あたしは一人で脱出できたさ。」
「まぁ、棺おけに入ってなら、その場を無事に脱出できたよね。」
俺は、今までの間に、自室から取り戻してきたなけなしのペルメルをくわえ、火をつけようとしたが
「君は病人のいる前で、煙草を吸うのかね? 」
「心配いらない。くわえてるだけよ。」
しかし、カジモドの憎悪に満ちた目と、ノインの軽蔑に満ちたまなざしの前に、俺は一歩引き下がざるを得なかった。
「でも、確かに彼女の類まれな戦闘能力と、自分の命の危険をも顧みない度胸は、賞賛にあたいするね。」
ドクターは言った。
「そりゃどうも。だけど、打率と変化球には自信が無いんだ。」
俺の軽口をものともせず、ドクターはみんなの方を振り返り、言った。
「どうだろう。この女性に、われわれの計画に協力してもらうというのは・・・。」
「確かに、今は一人でも人手か欲しいわな。しかも、こいつは味方に回せば、この上なく頼もしいでぇ。」
ドクターとガマ男は、お互いに顔を見合わせて言った。
「私は反対だね。あくまで『味方に回せば』ってことだよ。」
ノインが、とげのある言い方をした。
「おい、そりゃ、どういう意味だい? 」
いい加減、蚊帳の外に追い出されたまま、話を続けられるのは、むずがゆい。
「どこの馬の骨とも知れない奴を、味方にできるか? ってことさ。私たち、こいつに会って一日も経ってない。」
「俺の知ってるナンパ師。会って五分以内で、女の背中のジッパー下ろせるんだぜ。一日じゃ不足かい? 」
「ああ。」
ノインはそっけなく言った。俺は、ウサ耳をへなりとしならせながらわめいた。
「おい、こいつこんなことイッテるぜー。なんなら、俺に話してみなよ。」
ガマ男と、ドクターが再び顔を見合わせた。
少し、心配した口調で、カリガリが言った。
「君は、秘密は守れるかな? 」
「くだらない秘密なら、俺に打ち明ける間もなく、みんなの間で、『公然の秘密』になってるだろうぜ。ただ、俺は、そんなつまらない秘密なら、どうも守る自信はなくてね。」
「こいつ、気に入ったわ。」
ガマ男が、はじけるように言った。
ノインが寝てたベット室の隣の部屋へ移動する俺たち。
そこには、仮眠でも取れそうなソファーと、パソコンやら診察器具ががおいてある事務机と、そして部屋の中央にデスクがある質素な部屋だった。
そこに、カリガリの助手なのだろうか? 看護婦がノートパソコンを置いて、「内緒話」が始まる。
「早い話が、この島をぶっ潰す、っつー計画や。」
「ぶっ潰す? おだやかじゃねーな。」
俺は、ガマ男の顔を見た。奴はにやりと笑いながら続けた。
「そこまでしないと、ここからの自由は勝ち取れねぇ。たとえば、ジェイソン・ボービーズ。奴ぁ何回もやっつけても、やっつけても、次の回では立ち上がってくるよな。なんでだと思う? 」
「次の映画が撮れないと、採算がとれねぇからだろ。」
「莫迦。基本的対処をしてないからや。ジェイソンを適当にキャーキャー言って、果物ナイフかなんかで刺そうとしても、そりゃやられるわ。ちゃんとジェイソンがどうして不死身なんかを理解して、のろいを解いてやんないとあかんがな。」
「分かった。あんたが筋金入りのホラー映画マニアだっつーのは分かった。」
「そこまでしてやらないと、この島からは脱出できない・・・。」
ノインが、ぼそりと呟いた。
「この首輪の起爆装置は、たとえ地球の裏側に逃げても作動するでしょう。それに、Q.E.P.Dは、絶対に裏切り者を許さない・・・。刺客は地獄の果てまでも、追ってくるわ。」
「なるほどね、経験者は、語るか・・・。」
俺は、ノインの方をちらりと見た。相変わらずの仏頂面だった。なるほど、この女だったら、そういう指令を受けたら、北極でも南極でも、ピクニック行くような感じで、追い込みをかけるだろう。
「加えて、マスターの許可がないと、この島から出られない。」
淡々と述べるノイン。
「出られない? 厳しいセキュリティがあるのか?数と、暴力にものを言わして出て行きゃいいじゃないか。」
「・・・ぜひともそうして。あなただけが。止めはしない。」
「絶対嫌だ。」
ノインが少しばかり希望的な観測をしやがったので、反射的に言葉が出る。
言葉には出さないが、おそらく出て行く時は命がけで死体袋だろう。入るのは簡単という、何というセキュリティだ。
「で、ワシはもううんざりなんや。首輪をつながれた犬の暮らしも、写真でしか知らん奴を殺して、一週間便秘になる生活も、もううんざりなんや! ワシらに必要なんは、大空を飛ぶ翼や! 大空に描く夢なんや! 」
ガマ男が、机を激しく叩きながら言った。これまでの軽さがなくなっている。だが・・・。
「おいおい、それだけかい? 」
俺の言葉に、ガマ男が拍子抜けしたようにこっちを向いた。
「は? 」
「おっさん。もう50も過ぎて、自由だ、夢だ、なんて言葉は無しにしようや。夢と愛を失った大人の特権は、どれだけリアルに現実に対処していくか、そのすべに長けている、ってことでしょうがよ。」
「何が言いたいんや、わりゃ。」
「正直な目的を言え、ってこった。50代のおっさんが考える、愛と夢は、すべて換金できるでしょうがよ。」
ガマ男の、しかめっ面が、この言葉を聞いたとたん、笑いの爆発を起こした。
「なるほど! 結局先立つものはゼニカネか! なるほど、正直なやっちゃ! おい、こいつますます気に入ったでぇ! 」
ガマ男は、俺の背中をどやしつけた。その後、ノインとドクター、そしてその場に顔を出しているナースにまで、その笑顔を振りまいた。
そして、パソコンを操作すると、要塞のような建物・・・、島の中央に位置してる奴だ・・・の図面を出した。
「ここぁな。ボスが住む根城になっとる、特別棟や。戦艦並の装甲、武装で、外部に対する迎撃の用意はバッチリ! しかし、一皮向くと、クイーン・エリザベス号真っツ青な豪華施設まであるから、驚きやぁ! 」
ナースが、パソコンを操作するたびに、まるで何年もの砲撃を耐え抜いた戦車みたいな特別棟の様子が映る。そして、プールバー、ホームシアター、挙句は室内プールまである内部が次々と浮かんだ。
「ほいでな、ここの地下金庫に、仰山ため込んでる。今までやった殺しの報酬とか、仕事ついでに、火事場ドロした有象無象の財宝がな!
」
そう言ってる間に、「要塞」の見取り図が現れた。その地下に何か赤く色づけされた空間がある。
「それこそ呪われたアイテムじゃんか。金庫破る前に、お払いしてもらったらどうよ。」
「あいにくと、無神論者じゃないと、殺し屋なんぞやってられひん。さて、ここまで話したんや。もちろん味方してくれるんやろな。」
俺は、ゆっくりと煙草に火をつけた。灰皿代わりの缶詰には、煙草がたくさん詰まってから、問題ないだろ。
何時間かぶりのニコチンは、俺の肺を満たす。心地よい酩酊感が、五臓六腑に染みていく。
「念のために、もし、嫌だっつったら? 」
「あんな。こんなことは言いたくないんやがな・・・。」
「じゃ、言うなよ。」
「いいから聞けや! だぁほ!
ワシの腰にぶらさがっとる拳銃は、44マグナムや。ダーティ・ハリーは、もちろん知っとるやろ。ワシはな、一秒もかからんうちに、オドレのどたまをスイカみてぇに吹き飛ばすことができる。」
言いながら、腰の馬鹿でかいリボルバーに手をかけるのが分かった。鎌首をもたげる殺意。
奴の漫画みてぇな手が、俺の回避行動より早く動くのは物理的に無理そうだが、それでも、俺の脳裏には、俺がスプラッター映画の中の被害者のように、頭をなくしてその場に倒れるイメージしか思い浮かばなかった。
「それで不足なら、あんたと私・・・。」
ノインが、突然立ち上がった。
「どっちが強いか、試してみようか? 」
今や、奴の二つの瞳には、血に飢えたケダモノの光しか宿ってなかった。
すべてを熱く凍らせる、激しく冷たい光。
俺は、正直ひびった。だから、笑ってこう答えるしかなかった。
「うっせーな。もしもの話だろ。てめぇ冗談もわかんねぇ奴なのかよ。そりゃマズイ。てめぇ、貧弱な人生を送ること間違いなし! 」
ノインはまだ何か言いたそうだったが、軽蔑のまなざしで鼻を鳴らすと、乱暴に椅子に座った。
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