# 2

「とにかくね。他の「衝撃」の系列が作っていたものと、Gの作っていた怪人とは、哲学から違うの。これはその中でも最高位だった個体、【太陽神】の設計コンセプトの継承者。これ一体で、怪人という概念に、革命を起こすわ。」

夢のなかで、メフィが喚いた。やかましい。あたしはもっと寝ていたい。

「ふーん。俺よりも強いのかい? 」

「強いとか弱いとか、そういう概念を超えているの。そいつは。わかる? 時を超える大傑作よ。」

「でも、放棄されたんだろ。」

「あまりにも早過ぎる天才は、時代に埋もれてしまうものよ。」

「で、俺は楽しめそうなのかい? そいつとやりあって。」

 目が覚めたら、俺は病院のベットと、拘束具が組み合わさったような台に拘束されていた。

「な。なんだよ。これっ! お医者さんごっこだったら、俺に医者役やらせろ。」

「くしっくしっ。いきなり威勢のいいお嬢さんねぇ。」

くとしの中間の発音で息を漏らすような、奇妙な声がした。俺の前にいる、天然記念物に指定していいような禿頭を持つ痩身の人物が放ったものだ。

その呼吸音が笑い声だと気づくのに10秒。奴が正直女にしては胸が無いなと考えるのに五秒。こいつがオカマだと気づくのに五秒かかった。

そして、その横に、忠実なドーベルマンみたいに、例のニンジャ少女がいるじゃないか!

「誰だてめぇ。俺はオカマに威勢のいい言葉をかけられるほど、落ちぶれちゃいねぇぜ! 」

俺は慌ててあたりを見回す。医療室みたいな部屋だろうか? 心電図を映す機械やら、CTスキャンを撮る機械やら、それらしい機材が立ち並んでいる。

しかし、俺の貼り付けにされている台は、確かにマットの部分や、清潔が保たれている拘束部ぶんは医療器械っぽく見えるが、それでも十字架の形をしているのはどういうこった!

「き、貴様。止めろっ! ショッカー! ぶっとばすぞ! 」

いっぺん言ってみたかった台詞だが、奴にはショッカー自体が分からないらしかった。これだから、ムチモマーイな奴は! 

「くしっくしっ! 君は、Q.E.P.Dに入りたがってたんでしょ? 叩けよ、さらば開かれん。入れてやろうじゃないのよ、カンゲイするよ。」

言いながら、俺の首筋にミミズの這うような感触が。見ると、紙のような金属が、まるで蛇のように俺の首に巻きついてきやがった。

「それは、我が『死をつかさどる』誇り高き秘密結社、『Q.E.P.D』の誇り高き証。われわれの、鋼の絆の紋章。この誇り高き紋章は、つけたものに不滅の力を与える。もはや貴様は、天地がひっくり返っても、その身に死が及ぶことはない。しかし、そのような絆に犬のクソよりも劣る裏切りをぶっ掛ける奴は、死を持って償ってもらうわ。」

 そこで、奴の、精悍な口元が緩んだ。

「これはな! 君の位置を知らせる発信機にもなってるし、そしてまた、爆弾が仕掛けられている。この誇り高き殺しの帝国から、ある程度遠く離れたら、即爆死させることもできるのよ。ぎゃへぎゃへ。」

 今や、奴の目は、好色爺が百年ぶりに処女を見るような血走った目つきになっていた。精悍な口からは、よだれがたれている。

「お分かりいただけたかしら? この島では、私が王! いや、そんな生易しいものではないな! 神だ! 私が神なんだ! 」

狂ってやがる・・・。俺は確かに戦闘狂だ。自分より強い相手を見ると、病気のようにそいつにかかっていきたくなる。だが、俺は、魂を燃やし尽くすことができるような相手に出会えれば・・・。いや、そんなイイモンじゃないか。相手をミンチにすることができるなら・・・自分が死んでもいいと思っている。煙草のような緩やかな自殺願望。

 しかし、こいつは違う。自分がは常に優位で、相手を見下すことができて、そして自分が完全な安全圏にいることで、他人の命を奪うことを最大の喜びとしている。

ベクトルが正反対だ。そして、俺はそのような相手を見ると、反吐が出そうになってしかたなくなる。

「・・・・お祈りの本に、神様がはげてるって出てたっけ・・・。」

 奴の笑いが消えた。そして、より残虐な笑いに変わった。

「君の名を聞こうと思ったが、やめた。君は負け犬だ。私がそう決めた。これからもそう呼ぶわ。」

「教えてやるよ。俺はハリー・キャラハンだ。てめぇのような奴を見ると、屠殺したくなる・・・。」

 拘束具が、ぎしぎしとなり始める。怒りが、俺の手を、足を、鋼鉄に変える。こんなオモチャ、いつでも引きちぎられる。

 だが、奴は余裕で笑った。それは、俺の起爆スイッチをおした。

「うぉぉぉぉぉっ! 」

 このまま、このクそったれの戒めを砕き、奴に鉄拳を叩き込む。数十秒もかからない。まず手足を原型がとどめないほど折る。腎臓を、胃を、内臓を破壊する。俺は喜んでそれをやる。誰にも止められねぇ。

「くしっくしっ! 熱いねぇ。もっと冷静にいこうじゃない。」

奴がにやにや笑う。次の瞬間、俺の首筋に、わずかな痛みが。

「痛ッ! 」

何か、首から注射されている。それは、血管に乗り、体に回っていき・・・血管を腐り、解かされるような痛みが全身にっ!

「ぐ。・・・・がはっ! 」

胃がでんぐり返る。肺が本能に逆らって、空気を吐き出そうとする。

「ぐげ・・・げふぇあっ! 」

自分の体に、こんなに体液があるとは知らなかった。ビニール袋一杯分の、吐しゃ物だか、血だか分からないものが吐き出される。

「て・・てめ・・・。」

「タダの精神安定剤よ。ただし、副作用は強すぎて、たいていの奴は死にいたる。精神は穏やかになる。死んだも同然なくらいね。」

ふざけんじゃねぇ! 内腑が爆発しそうな痛みをこらえ、奴に血反吐を吐きかけた。これが精一杯の反抗だ。情けねぇ。涙も出てきた。

「・・・汚いね・・・。まだそんな余裕があったか! 」

奴は、手にしたリモコンのスイッチを押した。

「う、ぐあぁぁぁぁぁぁっ! 」

全身に駆け巡る電撃。体の命令系統が逆流し、筋肉が骨に逆らって・・・骨を折らんばかりにのけぞる。

「止めろ」と叫びたかった。しかし、あいにくと俺は幼稚園で土下座の方法は習ってなかったし、何よりも付きそうな体力がそれを許さなかった。

 永遠とも続く内腑攻めが終わる。

 そのとたん、俺の拘束が緩んだ。俺の体は、糸の切れた操り人形のように、自分の吐瀉物の中に顔をうずめて倒れる。

「汚いね・・・。これで自分の立場が分かったか! 負け犬! あたしはお前の飼い主だ! マスターと呼べっ! 分かったか! 」

腹に突き刺さる「マスター」の蹴り。俺は、視線でもって、奴の血液を沸騰させ、爆発させたかった。

 こんなときは、早めに気絶するに限る。しかし、つくづく俺は不器用だ。体を焼くどす黒い怒りのため、なかなか寝付けない。

 奴のけりが、何十回目か分からくらい、腹に突き刺さって、やっと俺は深い気絶の世界へ落ちていった。

 そのとき、子犬と目が合った。

 目を背けたい・・・だけど目をそむけてはいけない・・・。必死の形相で、俺を見つめる目が、そこにあった。 

 ションベンを漏らすように、しょっちゅう気絶するなんて、まるでローティーンの学生じゃないか。と思ったとたん。思いついた。

 俺も女だ、ということを。

 

「だっから、仲間に引きずり込む価値はあると思うんや。Q.E.P.Dきっての殺し屋、二人も殺したんやろ? 」

「何べんも言うが、奴はタダの狂犬。援護射撃しようとして、味方を撃つのがオチさ。しかも大量に。」

 つばでもはき捨てるように、俺を殴ったり蹴ったりした例のガキが言った。

 目を開けてみると、そこには、少女のほかに、太ったヒキガエルのような男がいた。飛び出るようにずんぐりな目といい、丸くなった頬にインクのように飛び散ったしみといい、なんとなくカエルを思わせるパーツを持つ男だったが、爬虫類のようないやらしさは無く、かえって、その顔の造作の奇跡的な配置は、漫画にでも出て来そうなユーモラスな印象を与えた。

「じゃあ、殺り合う前に、ルールブックを作っておけよ。俺に出くわしたら土下座するとかさ。」

俺は起き上がりながら言った。

「おおっ! 気ぃ付きおったで! 傷はどや? 」

カエルが言った。フランクな口調だった。別に俺を取って鞭でしばこうなどという気はないらしい。

「おかげさまで・・・。今ならスティーブン・セガールと戦っても、負ける気がしないね。」

あくび交じりに、伸びをしながら答える。うん、痛くない。

あれだけ血反吐を吐いたけど、それは何か悪い冗談のようだった。伸びをしても体がきしむ、なんてことがない。

「ま、コーヒーでもどや? 」

「あいにくと、俺はこっちの方がよくてね。」

俺は、手にした葉巻を振ってみせる。カエル男が、「どわっ!? 」という顔で、胸ポケットを探り、そして、俺の手を見つめる。

俺がすりとったんだ。なるほど、激しく手を動かしてみても、痛くねぇ。「音速超える俺の右手」ってキャッチフレーズは、まだ使えそうだ。

ほれ。俺が顔を近づけると、カエル男はしぶしぶとライターを・・・トリガーバーつきオイルライターだった・・・差し出した。

ガンスピンさせるように、一回回すと、器用にも火がともった。そして、それに葉巻の先を近づけて、って

「げふっ! なんだよ! これ! 」

肺に入る異物感。煙草って言うのは、ニコチンという毒を熱することで無毒化させるという革命的な発明だと信じていたが、目の前の葉巻は、ただ煙いだけだった。

「そこら辺の葉っぱをてけとーに拾ってきて、乾燥して丸めた。」

「てめぇ! 新手の禁煙方法かょっ! 」

「贅沢抜かすな。一年は乾燥させたし、そもそも煙草は配給制で、ほとんど手に入らんわ。」

 肩をすくめながら、カエル男が言った。

「かっちょええー。全席禁煙かよ。くそったれが! 」

 俺は、頭の中で、残りのペルメルがいくつあったかを確認する。

「・・・やっぱり、もう、体の方は大丈夫みたいね。」

「ま、そうらしいね。」

俺は、奴にウインクしてみた。

「・・・その首輪は、あたしたちの体に、医療用ナノマシンを射ち込んでくれる。ちょっとした傷や、怪我なら、すぐ治る・・・。」

「ちょっとしたねぇ・・・。」

俺は首をすくめた。と、突然、奴が俺の葉巻に手を伸ばした。

改造人間の鋭敏な感覚が、皮膚の焼けるにおいと音を察知した。

奴は、葉巻の先を、素手で消すつもりだ。

そして、俺の方に、その指先を見せた。

俺は、少しばかり驚いた。

まるで、フィルムが逆回転するように、やけどが治りはじめている。

ものの数秒で、彼女の指は、元のつるつるになる。

「・・・お分かり。マスターが言った言葉、『天地がひっくり返っても、その身が無くなることはない。』というのも、あながちウソじゃないでしょ。」

俺は素直に賞賛した。

「確かに。年末のかくし芸大会にやればウケる。しっかし・・・。」

首輪に手を伸ばす。

「この悪趣味なネックレスは、どこへ行けば返品できるんだ。」

「無理ね・・・。その支配から逃れることはできない。」

例のガキが、首をふりながら答えた。

俺は笑った。

「簡単さ。俺にはさみをくれ。」

「うんにゃ。はさみ何ぞでちぎれるものじゃねぇし。ちぎったとたん、爆発でお前の体がちぎれる。お好みなら、ナノマシンの代りに、毒をぶち込んでもらえる。すべては上の思し召し、って奴や。」

今度は、かえる男が首を振った。

まあ、そうだろうな。少なくとも、普通の人間なら。大雑把でいい加減な計画だったが、「こういうもんがあるかもしれない」というのは、一応メフィストから聞いてた。改造人間の反射神経なら、全速力でやれば引きちぎってから爆発するまで、ま、掌に大怪我する程度には離せるだろう、とも。・・・とはいえ、あのゲロ薬だのカエルの足の実験みたいな悪趣味なからくりについては大雑把といい加減の範疇だったもんだから、マジで苦しかったが。

「これは、あたしたちの命のお守り・・・。だけど、私たちを縛る呪いの札でもあるの。」

 冗談じゃない。少なくともここにはテレビもビデオもない。深夜スプラッタ特番劇場が見れないのは、この年になるとつらい。

 大体、ここは煙草がない。天国には煙草はないそうだが、そんな天国だったら、喜んで地獄へ行くことを望む。

 ため息をついていたら、小娘が抜かしやがった。

「とにかく、ついてきて頂戴。この島の暮らし方を、教えてさしあげろって、マスターから命じられてる。」

 一通り島を回ってみたが、原子力発電所、食堂、トイレ、そして墓場と、一応生きていくんだったら、一通りのものだけはそろっているようだった。

 あと、この島ならではの娯楽施設は、射撃場に武器庫に兵器置き場、か。原爆以外のありとあらゆるものだったら、そろっているようだった。賞味期限を気にしなければ、の話だが。

 あー、そうそう。意外なことにテレビ、あったよ。ただ、一日中ノイズがしか流さないテレビ放送を、「テレビ放送」と呼べればの話だが。

「しっかしな。お宅の名前は、なんて呼べばいい? 」

俺たちが住まう予定の監獄・・・もとい、宿舎への長い階段を下りながら、俺は聞いた。

「名前なんて無い・・・。あたしたちは、明日をも知れない身・・・。生きた屍に、名前なんか必要? 」

「いや、そんな哲学的なことじゃなくって・・・。んじゃ、まっぱゲロシャブって呼ばれてもいいってわけか? 」

 彼女は、そのまま無表情にすたすた歩いていく。もともと返事は期待していなかった。

「九号機・・・」

「へっ? 」

 俺は、思わず立ち止まった。

「ノイン・・・でいいわよ。みんなはエレンと呼んでる。けど、誰がその名前を付けてくれたか、もう忘れた。どうせ名前なんかはどうでもいいもの。こういう稼業に根ざしてるんだったら、分かるでしょ? 」

俺は、しばらくあっけにとられた。しかし、

「ま、ちげぇねぇ。かもな・・。」

 そのとき、目の前にそびえたつ廃ビルから、銃声が聞こえて来た。

「ありゃ何だ? 」

 ノインは、少し目を伏せて、怒りを込めて言った。

「人間狩りよ。」

 建物内での銃撃は、止むことは無かった。

 だけど、別に中を見ないでも分かる。たとえ改造人間でウサ耳をつけられなくっても、それなりの修羅場くぐってきた奴なら、なんとなくさっしは付くだろ。

 主に・・・40S&Wの・・・サブマシンガンかな? 下品な奴だ。

 大体、サブマシンガンなんか、ボーカルに一つあればいい。みんなが主役になりたがって、マシンガンを持つようになれば、そいつはもはや曲じゃねぇ。タダでさえ引き金が軽い上に、一秒間何十発も打てる。それだけ誤射もしやすい。

 それに、有能なマエストロがいなければ、いい曲はあがらねぇ。みんな好き勝手に撃ってるから・・・ほら! 弾が肉に当たる音と、悲鳴。同士討ちだ。

 たまに、まばらで不規則な銃声が響く、ってことは、二丁拳銃の奴もいると思われるが・・・それにしても下手な演奏だ。

 俺のウサ耳がしなりとしなった。

 爆発が起き、ガラス窓が吹っ飛んだ。

 そして、爆発は立て続けに起き、壁が吹っ飛んだ。

 アブねぇな・・・。などと思いながら、ぱらぱらと落ちてくる破片を気にしていると、人間が落ちてきた。

 血で染まっていないところは無いくらい、血だらけの男だった。

 顔しか見てないけど、だけどこれだけは断言できた。こいつは、マシンガンを持たせたら、嬉々として女、子どものいる街中でも発砲できる・・・いや、する顔だ。結局、こいつにとってガキの持つかんしゃく玉も、MP5も同レベルなんだ。

「戦えなくなったものは、最後にこうやって娯楽として、役たたせる。」

 ノインの声が、また無表情に戻った。

「た・・・助け・・・て。」

 奴は、俺の方に手を伸ばした。

「俺はアンタの神じゃねぇ。アンタが祈るべき神は、そっちにいるだろ。」

 俺があごでしゃくったところ・・・。

 廃ビルの出口からは、まるで、水風船の中に詰まった水のように、チンピラとしか形容しようがないチンピラたちが踊り出てきた。

 いや、出口だけならまだいいが、わざわざ二階の窓からも出てくる奴もいた。しかも結構。

「た・・・助け・・・て・・・。」

 死に掛けの男は、五秒前俺に言った台詞を、奴らに言いなおした。

「げっ! げへへへへっ! お前なぁ! この島の掟は知ってるだろ。役立たずは死ぬんだよっ! 俺たちを楽しませながらなぁ! くひゃひゃらひゃら。」

サングラスをかけた、いかにも筋肉が脳にまで詰まってそうな奴が言った。

「そうだよ。テメェも、楽しんだんだろ、殺しをよぉ! 」

 あまりにも陳腐な台詞だ。俺が客なら、ベーシストのベースを奪い取って、殴り殺してる。

ただ、この茶番劇が違っていたのは、キャストがみんな真剣だということ。まるで、破裂寸前の風船から、一気に空気が抜けるような悲鳴を上げながら、奴は逃げようとした。

 そのとたん、足に一発打ち込まれた。

 人間、どこからこんな声が出るんだろうと思うくらいな、豚の断末魔みたいな声を上げながら、奴は転げまわった。のたうちまわった。

 地面に血の刻印を残しながら、無様に転げまわる奴をたっぷり堪能するような間をおいて、二発目が発射された。

 今度は、奴の肩に当たった。そして、奴はさっきと同じ地獄の苦しみを演じなくてはならなくなった。

 こいつら・・・。痛みがある程度引くのを待って、弾をブチ込んでる。

 のたうちまわり、ある程度落ち着いたら、また発砲する。

 そんな悪趣味な見世物は、たっぷり五分間は続いた。

 やがて、弾を打ち込まれても、奴の体は動かなくなった。

 「ちぇっ! もう踊れないのかよ。つまんねぇ踊り子だ! 」

 チンピラの一人が、吐き捨てるように漏らした。

 「まぁ、そういうなよ。一分以上もったんだ。その根性には、拍手してやろうぜ! 」

 「けっ! よく言うぜ! お前、そんなこと毛ほども思っていなかったくせに! 」

 別のチンピラが叫んだ。

 「ちげぇねぇ。げへへへへっ! 」

 さっきのチンピラが、大声を上げて笑い、そして、狩りに参加した者たちがいっせいに笑った。

 笑いながら、マシンガンの引き金を引いた。まるで射精するように思う存分吐き出される弾。

 銃撃どころか、爆発と言った方がいいほどの土煙が舞い、そして、宴の後には、ハンバーグのひき肉か人糞にしか見えない残骸が残った。

 「あーあ。」

 こういう胸クソの悪いものを見た日は、とにかく煙草を吸うに限る。胸ポケットに手をやって、煙草が無いことに気づいて、肩を落とす。

 ふと、ノインの奴と目が合う。・・・驚いた。奴は怒りさえ秘めた表情で、奴らをにらんでいるじゃないか。

 これは明らかに、「あたしは人殺しは嫌ですよ。」って目だ。殺し屋やってて、なんとも不器用な奴だ。

「いくわよ。」

 ノインが呟き、俺も振り返る。しかし

「くくくっ。待てよぉ。次のゲームの主役は、テメェだぜノイン。」

 ノインの歩みが止まる。

 そして、ゆっくりと振り返った。

「馬鹿なことを・・・。なぜ私が・・・。」

 ノインが漏らした。

「テメェの指揮官としての能力が問われてる。お前、仕事のやり方がぬるいって、何度も言われてるよなぁ。で、今回、うちのきちょーな人材を、殺しやがった。」

「違うっ! あれは、奴らの能力が低かっただけ。」

 ノインの言葉に、激しさが混じった。

「うるせぇ! 全部、リーダーのテメェが悪いんだろが・・・。」

「それにな・・・ノイン・・・幹部のテメェをぶっ殺せば・・・。」

薄笑いを浮かべる巨漢の横で、よだれをたらしそうな狐顔の男が続けた。

「幹部の席が一つ空く。そうしたら・・・。」

卒業式の「お言葉」朗読じゃあるまいし。その横の汚い長髪の男が続けた。

「俺たちも、幹部になれるチャンスご到ー来、ってわけだ。死ね、ノイン。」

ダメだこりゃ。完全に俺のこと眼中にない。ノインご一行さまを惨殺したのは、ほかでもない俺なのに。

ノインは、心底軽蔑したように鼻をならした。

「それがお前たちの本心か。心底下種な奴らだ。」

「いいからとっとと死んどけや。エレンちゃんよぉぉぉぉぉ。」

その言葉を聞いたとたん、ノインのまなじりがきっとつりあがる。

「貴様のような奴が、エレンと呼ぶなぁぁぁぁっ! 」

子犬が狼になったようだ。次の瞬間、ひと跳躍で、「彼女の心の引き金を引いた」男に詰め寄った。まるでばねのように、奴の下で身をかがめ、そして一気に爆発させた。

 底掌が奴のあごを粉砕する。

「テメェ! 」

 次の瞬間、チンピラの一人が、マシンガンを発砲した。ノインはとっさに、意識を失っている男を引っつかみ、そっちに向けた。

 泡まで吹いている男の胸に炸裂する血のバラの花。奴は加えて、口から血の泡まで吹き出すはめになった。

 ノインは、そのまま腰から銃を引き抜いた。ワルサーP38。殺人蜂のようなその銃は、奴らに対して毒針を炎とともに撃ち出した。

 手や肩を打ち抜ちぬかれて、その場にマシンガンを落とし、のたうち回る悪党ども。見ていて、何か射撃場に並べられたビール瓶の的が順繰りに倒されていく様が浮かんだ。

 呻いてる男たちをよそに、反対側から、奇声を上げながら、ひょろ長い男が突っ込んできた。

 ノインは、手にしている男を奴の方に蹴り飛ばしながら、空になった弾倉をはじき落とす。しかし、グリップ下にマガジンリリースがついているせいで、少しまごつく。

 大丈夫か? こっちが息を呑んでいる間にも、ヒョロ助とノインの距離は狭まっていく。後一跳躍で、ヒョロ助は、ノインののどを食いちぎることができる。

 そのとき、やっとの事でワルサーの再装填を終えたノインが、銃口を奴に向ける。一発、二発、立て続けに発砲するが、ろくに狙いが定まらないらしい。奴は最小の動きでよけてしまう。三発目を打つ前に、ノインの手から弾き飛ばされたワルサーが宙を舞った。

 そこへ襲い来る、男のナイフ。しかし、ノインはそれを読んでいた。紙一重の動きでそれを取り、奴の腕を抱え込み、そのまま勢いを殺さず、後ろ向きになり、間接を固めた。

 「げ、げはっ。」

 ノインは憎んでいた。骨がみしり、みしりという音の一つ一つに、どす黒い憎しみを込めているようだった。それは、奴への憎しみ・・・だけではなく、自分をこんな場所に叩き込んだ、神様への呪詛か? 

「うぉぉぉっ! 離せ! 」

 間接を決められているチンピラが叫んだ。しかし、彼女は、まるで「シッカと握っていることが、あたしの正義だ! 」といわんばかりに、その手を緩めようとはしないのだった。

 しかし、突然その手は緩められた。ノインの顔が、凍りついた。

 ノインのわき腹から、にじむ血。

「くくくっ、ちゃんと、とどめは刺しとくべきだったなぁ。」

 さっき、手を撃たれたチンピラが、得意そうにニヤニヤと笑っている。

 撃たれた方とは、逆の手に、まだ硝煙が消えてない銃を持っている。

「形勢逆転だな! 『エレン』ちゃんよぉぉぉ! 」

 うれしそうに、ノインの手を解いたチンピラは、ジャブを彼女のボディにぶち込む。

 拳が、肉に吸い込まれる音が、立て続けに響く。

「げ・・・ふぅ。」

 ノインの口は、逆三日月形に開かれ、よだれが地面に雫をつくる。

「ぎゃはははははは! 」

野良犬のほえ声だか、喜び笑いだか分からない声を立てながら、ノインに男の蹴りが突きが迫る。

サンドバックか、というぐらい、奴に肉の弾丸がめり込む。

とどめの蹴りが入り、ノインはこの残酷な観客の人垣へ吹っ飛ぶ。

しかし、その中で屈強な男・・・。ノインの二倍の身長があるんでは? というでか物が、崩れそうになるノインの肩を押さえつけた。

「ぐっ・・・・き、貴様ぁぁぁ? 」

「莫迦の一つ覚えみたいに、同じことをぺらぺらしゃべるんじゃねぇよ。・・・・お寝んねには、まだ、早いぜぇぇぇっ! 」

そのままノインに抱きついた。ノインの形のいい胸が、ひしゃげていく。

「う、ううっ! 」

奴は、一方で、奴のわき腹の傷を執拗に攻める。

まるで、男が女の唇に、熱く濃厚なキスをするように。

「う、うぁぁぁぁぁああああああぁぁぁ! 」

一通り、激痛と痙攣の方向が終わると、奴は再びノインを死の舞台に上げた。

ノインは、一度大きくのけぞると、その場に倒れこみそうになるが、かろうじてこらえる。

しかし、「はぁはぁ」と荒い息は、まるで末期の心臓病発作のようだった。本当に「地面に倒れて眠り込んでしまうのを必死でこらえている」ような気がした。倒れたらそのまま、睡眠が永眠になってしまいそうだからだ。

 ・・・仕方ねぇな。

次の瞬間、俺は「大空に舞った。」

俺のかかと落しは、見事に彼女の首筋を捕らえた。

「うっ! 」

ノインの目が、上を向いてまぶたに隠れていく。その一瞬前に、俺の方を見た。 

「き・・・さま。」

今日何回目かの「貴様」を言いながら、奴は倒れる。

俺は、彼女の腕に手を回し、立ち上がらせる。しかし、一向に意識は回復しないようだ。仕方なく、おぶる。

やわらかい感触。まるで、間違ってトラの檻に来た子猫・・・。気合負けしないように、精一杯背伸びしている。

「はいはい。景品は俺のものです。今日のショーはおしまい。来週もお楽しみにー。」

周りで、武器を手にあほの子のように突っ立っている野次馬に、それだけ言うと、その場を離れようとする。

二、三歩歩いたときだろうか。

「ふざけんな! 貴様。」

マチェットを手にした男が叫んだ。

「貴様って呼ばれるのも、飽きてきたね。で、なあに? 」

ますます顔を真っ赤にしながら、そいつが叫んだ。

「テメェ、いきなり出てきて、俺たちの獲物横取りしてどーすんだ! そういうのを、えーと、えーと。」

「漁夫の利? 」

「そうだよ、そーいうんだよ。莫迦野郎。」

いや、少なくともことわざを知ってるだけ、俺の方が頭いいだろ。などと思っている間に、奴はつばまで出して畳み掛けてくる。

「新入りの癖に、フギョノリなんて、テメェ生意気な。少しばかりモノを知ってるってんで、偉そうにすんじゃねぇよ。」

「命が惜しけりゃ、そのガキ置いていきな! 」

一人が、火炎放射器をガチャつかせていう。

さて、どうしようか。

他人事のように、俺は考えた。

俺とこいつらのそろいも揃っての馬鹿さ加減に、くつくつと笑いが漏れる。

確かに、ここにいる連中。ざっと見て三十人はいる。しかも、手に手にマチェットやらポン刀やら、ちょっとした武器マーケットができそうな仰山な数がそろっている。

ただの人間なら、この数なんざ朝飯どころか目覚まし時計を止める前だ。ただ、こいつら、首輪をつけてナノマシンを投与されてる。ゾンビー・ドッグだ。ちっと、ヤバイかな。

視界の隅に映った、サブマシンガン・・・ノインにのされたチンピラが持っていたモンだ・・・。

あれ使や、手っ取り早いか?あそこまで、一飛びで行けるだろうか・・・。それに・・・・弾は、せめて引き金を引いたら、カチリ、なんてことは無いだろうか・・・。はは、それ以前にああいうおもちゃの扱いは、そう得意ってほどじゃないんだがな。そんなもんに縋るってことは、心持ピンチだって思ってるってことかな?

「まぁ、まぁ・・・そうイキがらないで・・・。」

今や、大量放出されたアナドレリンは、吐き気を催すぐらい濃くなっている。

その時、後ろから拍手が聞こえた。

「ああっんっ? 」

いっせいに振り返る殺し屋ども。しかし、殺意むき出しにして振り返った割りに、いっせいに敬礼をした。

そこには、救世主はいなかった。

その代わり、もっと最悪なものが立っていた。マスターだ。

「確かに、お前は、獲物を仕留めた。だから、確かに、お前は勝者だよ。スバラしいね。」

俺より、頭二つ分でかいと思われるマスターは、つかつかと俺に近づいて来た。そのでかさが、近くに来ると、いっそう際立つ。

「だけど、こうなることは、目に見えて、火を見るまで明らかだったはず。」

まるで、その影法師だけで、俺を飲み込もうとしている。そのような威圧感があった。

「武装した30人近くのものを敵に回して、あんたは、逃げ切れるつもりだったの? 」

「・・・そういや、逃げるなんて手もあったんだな。考えても居なかった。」

「じゃ、全員ブラッド・バスに叩き込むつもりだったの? 」

まるで、奴の手の中に入れられて、握りつぶされそうな圧力を感じる。俺はそれでも、首を振った。

「さてね。そんな先のことはわからねえ。」

ついに、奴は、俺の顔を覗き込めるぐらいまでちかくに来た。奴の、ゾンビみたいな瞳孔イキっぱなしの目に、俺が映った。

「なるほどね、アンタ、死ぬ気だったんだ・・・。」

「さあね、そうなるかもわからねえ。ウサギじゃなくて、実は右が馬の耳で左が鹿の耳だったりしてな、俺。」

甘ったるい香水・・・そして、それに輪をかけた、まるで熱帯の食肉植物の花が放つ甘い口臭が、俺にかかる。

俺は、首を振った。

奴は、少しばかり、自分がオカマであることを忘れたように、俺をマジで覗きこんだ。しかし・・・

「なるほど! 死ぬ気があれば何でもできる! 皆さん! 死ぬ気ですかー! あんたはサイコーだ。サイコーに哀れな奴だ! 」

俺の片腕を、まるレフェリーがチャンピオンの功績をたたえるように、高く空に上げさせた。

「死、すら恐れない! というか、死ぬ価値もないゴミクズ同然の価値の人生を歩んでいる、え、えーと、あんた名前は。」

俺は、答えようか答えまいか迷った。しかし結局

「ジョン・マクレーン」

「勇敢なるジョンに拍手! 」

次の瞬間、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。殺意がこめられた拍手を、拍手と言えるかどうかは別問題だった。

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