run rabbit junk short bad bye 8
幸いにして、傷は浅い。外れた肩の骨は、強引に嵌めた。吹っ飛ばされたハンマーブロウは、なんだかんだ言って俺も案外戦闘本能は鈍ってなかったらしく、咄嗟に跳んで吹っ飛ぶ勢いに換算されたので、まあ、痛ぇし、彼方此方軋んでるし、肉は腫れてるが、何とかなる。
クリオネに撃たれた傷?問題になるわけないだろう。俺はアイツに、対改造人間銃でなきゃあそうそう効きゃあしないと言っておいて・・・ああ。クリオネが撃ったのは、ただの対人弾だった。アイツの言葉が、嘘じゃない証拠だ。
一先ず組みあがった、対ロブスタージン戦術の前提として、分析した自分の体の状態をもう一度反芻。反対側のドアも開けて、今回の戦がバイクじゃ駄目な理由を放り込み、閉じる。運転席に座って、窓を全開。
俺はアクセルを踏む。
兎ちゃんに似合いの、可愛らしいエンジン音が精一杯に吼えた。
爆音!
爆音!
最初の一連の爆音の後に、空気を切る音が続いて。
爆音!
爆音!
爆音!
更に繋がった遠くの爆音を、俺は飼い主のドライブに付き合う犬のように、窓から顔を出して耳を風になびかせながら俺は聞いた。命中だ。
サブ電脳がフル稼働する頭痛と発熱を感じながら、俺はこの島特有の狭苦しい路地裏にフィアットを突っ走らせつつ笑う。
爆音が路地裏を跳ね回り、全力で最大感度に拡張した聴覚が、爆音以外の全ての音を捉える。
波が撃つ音。道路をタイヤが踏みしめる音。エンジン音。自分の心臓音。沿岸の警察や呑龍の鉄砲玉が弾ける音、そいつらの声と、海賊船の推進音と海賊船からの砲撃音と海賊船を叩く爆音とフナムシコマンドどもの怒号と悲鳴・・・音は跳ね返り、飛び回り、壁や海や舗装や船体を【撫で回す】。
(「何だ、砲撃!?」)
(「何処だ、何処から撃ってやがる!」)
(「クソ、ミサイル迎撃システムはどうしたぁ!?」)
フナムシコマンドたちの動揺の声が、爆風が薙ぎ払った後のへこみ破れてぎざついた海賊船の船体表面を【なぞった】。額の発熱ランプが激しく明滅するほど電脳部分に負担をかけただけあって、感度は良好だ。
以前出現した「海賊船」は、誘導兵器・レーザー兵器の類への対策をがっちりと取っていた。そして勿論、通常の艦艇や航空機・陸上目標に対する攻撃システムを。
だからこそ、この時代で海賊なんて真似が出来たわけで。
だからこそ、角の大砲を武器としていたカブトジン・レンジィが海賊退治の英雄になった。
レーザーの類は、妨害ミストによる減衰、耐熱コーティング装甲で耐える事も出来るだろう。炎を吹いて飛ぶミサイルなら、その熱源を察知して打ち落とす事も出来るだろう。
だが、シンプルに叩き込まれる大砲じゃ、そうは行かない。単純だからこそ、単なる耐久性以外ではどうしようもない。
それでも、戦闘車両や小型艦艇、ヘリなんかじゃ、直接射撃が出来る距離まで近づこうものなら迎撃を食らう。こんな島においておくには相応しくないとろくさい陸軍用の野砲や、現代じゃあ絶滅したような弩級戦艦用の大砲は、そもそも遭遇の可能性が低い。
万が一遭遇し直撃すればただではすまないだろうが、それでもその場合海賊船のほうが機動性で優位であるから、回避できないこともないだろう、と、海賊度もは考えていた筈だが。
小型艦艇や戦闘車両より更に小さくて速度のある砲戦改造人間が相手では、速度で上回られた上に迎撃も間に合わねえ。そして直撃する威力は紛れも無く大砲だ。
「ありもんを組合わせた、でっち上げの応用ってところだが。」
俺はその戦法を、出来る形で応用していた。
フィアットじゃ、直接照準で撃ち合うには速度もそもそも大砲も大砲があったとしてもそいつを積める積載量も何もかも足りない。
けれどこの小さなフィアットなら、この島の路地裏を縦横無尽に突っ走ることが出来る。相手からは、島そのものが城壁になってこっちが見えない。無論、俺からも、相手は見えない。だから、速度不足のフィアットでも、相手はこっちを捉えきれない。
だが、俺には聞こえるのさ。原動機音、砲撃音、銃撃音、反響、心音、声。その全てが聞こえる。
そして、聞こえた音と、その音の反響が、頭の中で像を結ぶ。像へ再構成する事が出来るんだ、俺にはな。光よりは圧倒的に遅いから、完全にリアルタイムって訳じゃないが・・・
「手探りでこんだけ出来るんなら上等だろ!は、レンジィ、ありがとなっ!」
音っていう手を使って撫で回すことで、周辺の戦況を掌握できる。こっちからあっちは、一方的に感じ取れるんだよ!
ネオショッカー怪人として北米で暴れてたころ、バイクの速度で圧倒的に差がある仮面ライダーストロンガーを、遭遇前に撒いていたのは伊達じゃない。
けれど、それが出来る理由は、そう、俺の頭に生えてるのは、耳であって大砲じゃないからだ。俺にもフィアットにも大砲は無いんだ。
俺は窓から顔を出し、片手でハンドルを繰り片手でアクセルを踏み。空いた残りの脚で助手席に積んだものを一個跳ね上げ、手探りでそいつを掴んだ。
掴んだのは、仕事の途中で厄介ごとと共に転がり込み、始末に困って、あれば万が一何かに使う事もあるかもな、と、ネコババしておいた(兎だがな)榴弾だ。大砲そのものを積むのは無理だが、これだったらまあ、ワインの買出しだとでも言えば、このイタ車も我慢してくれる程度だ。
指先でそいつの時限信管を作動させると、俺は改造人間の腕力で放り投げた。手首の捻りを加えて旋回させられた弾丸は建物の屋根を飛び越える迫撃砲じみた軌道で、けれど迫撃砲よりゃよっぽど上の速度で海賊船に命中する。
レンジィの大砲ほどの威力はぜんぜん無い。だが、砲声もしなければ、熱も放たず、迎撃するにはいたって静か過ぎる代物だ。
アイディアをくれたレンジィに、これまでの日々に、柄にも無い感謝をしながら、俺は投げまくった。
土砂降りの爆音の中でも、絶対に聞き逃さない。クリオネの小さな心臓の音を、決して巻き込まないようにしながら。
榴弾をじゃんじゃん消費して車体を少しでも軽くする。音で感じなくても、この島を歩き回った土地勘が、次にどっちにハンドルを切ればいいかを教えてくれる。この先の埠頭。斜めに突き出している。こっちの投擲でぼこぼこになりつつある海賊船が、もがくように移動している、その先・・・
バイクごと跳躍できるのが、俺の脚力の本来の使い道だ。今がその使い方のタイミング。真っ直ぐに飛び移るんだったら角度が明々後日だが、今の俺が乗ってるのはバイクじゃなくてフィアットだ。両方のドアから足を突き出して真っ直ぐ飛ぶにゃあ、俺がアシダカグモと兎の二重合成改造人間である必要がある。片方のドアだけ開けてそっから両方の足を出して車ごと跳ぶんなら・・・
この角度が絶好!
「BIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIITTTT!!!」
ぎりぎりスペースが確保できるようにになったタイミングで先に扉を開けておいて、視界が開けた瞬間両足で地面を蹴った。全力を振り絞る為の、改造人間本能じみたシャウトが喉を劈く。開けた視界の中、俺は車ごと斜めに跳躍する。力の加え方のせいで、フィアットはフリスビーじみて回転した。流石に慣性と質量の関係上、フリスビーよりゃ回転はゆっくりだったが。
視界が回る。
浜辺から対物銃で必死こいて海賊船を狙っていた『子犬』と『篭手』が、片や振り回した狙撃銃のスコープ越しに、片や狙撃銃を取り落して左右に視線を泳がせながら、仰天とした表情で、こっちを見て、意味を持たせる余裕も無い叫び声を上げた。
指揮をしていた呑龍の下級幹部が、ぽかんとした表情でこっちを見て立ち尽くし・・・通信機の向こうから、「おいどうした、状況を報告しろ!砲撃ってなどいつうの・・・!」カリムの声がぎゃんぎゃんと響いた。
構わずっつうか既に跳躍時の慣性に従っているままなので構うこともできず、俺は海の上を跳んだ。
笑いながら。
「な、あ」
不甲斐ない部下に毒づきながら、甲板に躍り出て。海賊船の迎撃システムのセンサーよりも高精度な触角を振り回しながら、何発かの榴弾を器用にもパイファー・ツェリスカで射抜き空中で迎撃爆発させていたロブスタージンが。
こっちの落着地点で、何しろ外骨格で顔を覆っているんで表情変化がわかりにくいが、仰天した雰囲気でフィアットを見上げてうめいていやがった。
流石に、そこまで狙えない。こいつは純然たる事故だ。考えてきた対策、使う暇あるかな、と、そんな心配さえしながらも。
「帰って来たぜーーー!!エビ野郎っ!!」
最高のドヤ笑顔ダブルファックサインをぶちかまして、俺は容赦なくロブスタージンを轢いた。
CRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAASSSSSHHHH!!!!
凄まじい音がした。流石にロブスタージンの外骨格じゃクッションになんてなりゃあしないので、幾らかは扉外に脚を出してこっちで衝撃を引き受けた・・・流石に普段のバイクより衝撃がきつくて、あやうく戦う前に脚を折りかけないところだった。事前に積んだ榴弾を全部投げてなけりゃやばっただろう。ともあれ、俺の脚もフィアットのフレームもシャーシも圧し折れずに、甲板上をドリフトして停車した。これで向こう側に落ちたらコメディだったな。
層思ったのも一瞬。転がるように、そのまま空いた扉から飛び出した。ここまで突っ走ってきた距離からは、距離といえない程短い距離。此処まで聞いて来たから、そこに居る事は分かっていたのに、この目で見るまで不安で一杯だった。
「クリオネぇっ!」
俺は叫んだ。
クリオネがそこにいた。ロブスタージンの奴が引きずるように一緒に甲板につれてきたのが、奴がその場で迎撃に銃を使ったので、手が離れていた。巻き込まず着地できるようにはしていたが、流石にこの着艦には、驚いたみたいで。
あんまりに俺が唐突な登場をしたせいで、泣いてるんだか笑ってるんだか、凄い微妙な、かっこ悪いし美人にも見えない・・・けど、愛おしい表情をしていた。
「マシロ、あたしは・・・!」
言いたいことなんざ、分かってる。
急に居なくなったこと。端末爆破するどころかいくら通常人間用弾頭とはいえ、俺をマジで撃ったこと。
そもそも本気でテロをしていたんで、間違いなく人を殺していること、帰ったって犯罪者扱いで警察にも呑龍にも追われる可能性も盛大にあること、それに俺や時計屋を巻き込む可能性が大なこと。
それ以前にそもそも、どうしてロブスタージンに従っていたのか。それを今まで秘密にしていたこととか、ロブスタージンとの関係とか。ロブスタージンとの関係とか。ロブスタージンとの関係とか!!
色々有るのは、分かっていたが・・・
「分かってる!聞こえたかどうか分からないから、もう一度言う分も含めて!」
あいつが、それでも俺の事を大好きだって言ったことを、俺は聞いているし。
「んなこたあ、分かってる!分かった上で言ってんだ!クリオネ、お前を連れて帰る、来いっ!!」
そんなことに邪魔されるくらいなら、そんな事なんざ蹴り飛ばして、蹴り殺してやる!百歩譲っても今のこの話とはまた別の話だ!
「〜〜〜っ・・・!」
涙を流して、泣きじゃくりそうな口を、片手で押さえて。おずおずと伸びてくる、もう片方の震える手を。
もどかしくて、俺は掴んで引き寄せた。こんなしおらしいこいつじゃ、取り戻した気分にならないし、手を掴んだだけじゃ、満足できなかった。
だから。
「!!?!!?♪///!!?Σ!?」
・・・だからって、抱きしめてキスをしたのは、やりすぎだったろうか。
けれど、もう、抱きしめた瞬間、抱きしめるだけでも我慢できないと気づいてた。こいつはあのエビ野郎のものなんかじゃなくて俺のクリオネだ、って、子供っぽい独占欲もあったけど。
水分や塩分が足りないようにクリオネが足りないみたいな衝動もあったし、クリオネの表情を変えてやりたいという願望があったし、泣いてるのを止めたかったし、散々言うのを焦らされた感情が分かってるって言うだけじゃ収まりがつかない癖にだからといって何て言っていいか分からなかったから。
だから、一瞬だけど、塗り潰すくらい深く強いキスをした。
「ぷぁ!?ちょ、マシッ!?ロッ!?」
一瞬で唇が離れる。目の前に、透き通るような白い肌に血の気が戻ったように真っ赤にして動転するクリオネの顔と、二人の顔と顔の間を通過していったパイファー・ツェリスカの銃弾があった。
口付けと銃弾で二度驚くクリオネの顔を名残惜しく見た後、俺は嫌々ながら、起き上がって銃を構えるロブスタージンに視線を移した。死んでないこと、撃とうとしていること、それを避けるにはどうすればいいか、全部聴覚で拾ってはいたが。
「てめえええええ!」
「・・・そいつぁ、こっちの台詞だぁっ!!!」
怒り狂うロブスタージンだが、こっちもそれ以上に怒っていた。
てめえの余計な銃弾が無けりゃあ、もうちょいの間はキスしてられたんだよ!
「クリオネ、続きは後だ!これ使ってフィアット守ってろ、一緒に乗って帰るんだからな!」
「ええっ!?ま、マシロ丸腰!?」
拳銃をクリオネにぶん投げる。クリオネにも銃はあるが、おおよそ映画的で実用性が無いといわれる二丁拳銃にも、「同時に2方向に火力を向けられる」というメリットがある。
そいつは普通の人間じゃ活かしきれないメリットかもしれないが、クリオネだって、改造人間でもサイボーグでもないがジーンミクスドだ。片手で持っても反動を制御できるし、両方の照準を一度につけられる位には感覚も強化されてる。そのくらいなら、二丁拳銃を十分使える。
そんなら海賊船のど真ん中という状況なら、一丁より二丁のほうがいい筈だ。俺か?俺は・・・
「こいつがある!俺は改造人間だ!」
拳を掲げ、そこから兎ちゃん用の門歯じみたデザインの短い高振動ブレードを展開。横顔で笑って駆け出した。ちっぽけな得物だが、今はコレで十分!
「やっちめぇっ!!」
ロブスタージンの怒号と共に、砲撃を生き残った分のフナムシコマンドが殺到する。大半は俺に対してだが、幾らかはフィアットを盾に銃を撃ち始めたクリオネにも向かう。けど、クリオネは両手で必死に銃を繰り、そいつらを退けている。十分な数がこっちに来ている。これならクリオネは凌ぎきれる!
「こっちくんな!今女の子はパニック中なんだから!ああもう、この海の家の秘密も、あんたらの正体も、何もかもそれどころじゃないんだからっ!」
・・・なんか聞き捨てならないキーワードを聞いた気もするが、生憎今の俺の耳は戦闘用途だ。この場の戦況の把握、クリオネの健在と・・・戦意の高揚、クリオネのいつもどおりのハジケた元気な声が聞こえること、それだけで今はいい!
「しぃっ!」
正面のフナムシコマンド一人を蹴倒した反動で後方二人のうちもう一人を裏拳で殴り飛ばし、その反動で一気に身を落とす。
GBAM!
俺の頭の直上を通過したロブスタージンの銃撃が、俺の後ろから襲い掛かろうとしていたもう一人のフナムシコマンドを打ち抜く。ざまぁ!
屈めた身を、その場で高速回転。左右から襲い掛かってきたフナムシコマンド二体の脚を蹴り砕き、斜め前左右から来る二人を、間に入って打撃をかわし、二人の頭を掴んで叩きつける。
GBAM!
同時に、その二人分の肉の盾で、ロブスタージンのもっぺんの銃撃を、防ぐ!もいっちょ、ざまぁ!
「Open!Sesame!」
門を開くように左右の手を広げてぶん回し、打ち抜かれた2体のフナムシコマンドを、ロブスタージン目掛けて投擲!
ロブスタージンはそいつを、一人目を鋏で殴り飛ばし、二体目を蹴り飛ばしたが・・・そん時はもう、白兵戦の間合いだ!
「馬鹿か、こらぁっ!!(何、考えてやがる!?)」
前回、機動力で引っ掻き回しても崩しきれず、白兵戦で正面切って殴り負けた経験を忘れたのかよ!?
そんな表情で、ロブスタージンは両手を振り回した。鋏の腕をハンマーのように振り回してこっちを打ち据え、あわよくば断ち切り。巨大銃を怪力で振りかざし、至近距離なのも構わず力任せに強引に俺に銃口を向け打ち抜こうとする。
かかった、と、俺は俺の鈍い頭がようやく搾り出した勝ちの手を噛み締めた。
俺が銃を投げ捨てたのは、クリオネを助けるためでもあるが、勿論それ以外の理由もある。
前回の戦いから考えた、こいつを倒すための立ち回りに、銃は不要。そして、相手が銃に固執するなら・・・むしろ、猶更有利。
「馬鹿は、」
拳やナイフを握って相手に向けて突き出すより。銃把を正確に握り相手に銃口を正確に向けて引金をひく銃は、至近距離では少し遅い。狙いを定めにもたつく右手は、巨大なはさみ状の左手より、断然関節が多い。関節が多いということは、その分そこは装甲が薄いということで。
「どっちかなぁ!?」
其処に俺は、拳から生やした高振動ブレードを、パンチごと叩き込んだ。
「ぐあっ!?俺の手ぇっ、てんめえっ!」
苦し紛れの発砲が飛んでこないように、手首を捻る。そうすれば、銃が落ちると同時に、相手の右腕は握り拳として再利用できない程に、ざくりと抉り込まれる。
機動力を生かしたヒットアンドアウェイじゃ、勝てなかった。焦りに任せての正面切っての打撃戦でも勝てなかった。なら、どうすればいい?
前の戦いでぶっ飛ばされてからずっと、考えて、考えた。短い時間だが、何とか思いついた。この戦いの間、必死だからか、かつてない勢いで力が研ぎ澄まされていく。
耳も、考える速度も、体のキレも。・・・一度死んだときのことを思い出す。あの時も、実力で遥かに勝る仮面ライダーに、全力で食い下がった。その時と同じように。
ああ、成程。
負けられないって思いは、こんなにも人を強くするもんなのか・・・!!
ブレードを引き抜いて、その動きに一手取られるから、今は鋏をかわすのに専念しながら、俺はその答えを実践する為に動く。
それでもロブスタージンの打撃は大したもんだ。僅かに掠めた、それだけでギザギザの外骨格が服の肩口を弾け飛ばせ、皮膚を高速の鑢で摺られたような痛みと共に切っていった。
俺は、どんな改造人間だ?跳躍力を取り柄とする、軽量偵察型か?いいや、バイクの運転を特技とする、機動遊撃戦型だ。跳躍力はバイクにバイクではありえない動きを与えるための手段だ。それじゃあ俺は、バイクが無けりゃあ何もできない三下か?そこまでいかなくても、バイクが無きゃあ、脚力しか武器は無いか?
俺を設計した奴らがどう言うかは分からない。だが。俺は自分自身に対して怒鳴りつけていた。そんなことはない!ってな。
「来いよ、コキュ(寝取られ野郎)!」
テメエが俺からクリオネを奪うんじゃない。俺がテメエからクリオネを奪う。そう挑発しながら。
「がああああああああっ!!!」
憤怒と共に、ロブスタージンが両触覚を鞭のように翻しながら、再度鋏を振り下ろす・・・態勢を整えた俺に対し。頭痛と発熱が、さらに酷くなるのを覚悟で、聴覚の感度と電脳による聴覚分析を最大化。奴の肉の軋み一つ、脈の一打ちまで聞き逃さない為に。
装甲を抜くことは無理でも、装甲の隙間を抉ることや、装甲に覆われていない部位を切ることなら出来る。それを確かめた俺は高振動ブレードを打ち振り髭鞭を切り払いながら、その動きの体重移動を活かして体を捻った。
迫りくる巨鋏に対して【ハンドルを思い切り切った】のだ。体を倒しながら曲線軌道を描く。鋏の軌道と言う名のカーブを曲がり切る。無論、ハンドルを切る、のは、体を倒しながら曲線を行く、架空のイメージだ。ブレードは、あくまで手甲から生えていて、両掌十指は空いている。
ギリギリを通り過ぎるガードレールのように、ロブスタージンのハサミが横を通った。そいつに、手を添える。ライダーグローブがはじけ飛んで掌に激痛が走るが、縛られたまま車にコンクリを引きずられるより酷い相対速度だ、仕方ない。痛みは、我慢する。因幡の白ウサギみたいに赤剥けになっても、構わねえ!
俺は機動遊撃型改造人間ラビットジン。バイクの運転に長け、乗ったまま、脚力で数十m以上跳躍でき、超聴覚で周辺の状況をいち早く察知する。
つまり。自慢の脚力で跳躍している間でも大質量(バイク)を落とさずに保持し続ける事が出来て。これまで殆ど出来なかったが、気を張りに張った目の前の相手の動きを、体の軋みから、肉の蠢きから、血管の脈動から先読める。
そして何より、自分以上の大質量(バイク)を思うように動かす事に長けているってことだ!
CRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAASSSSSHHHH!!!!
「ごおおおっ!?」
さっきのフィアット着地と同レベルの轟音で、甲板が揺れた。
俺の耳は、其処に入り混じるロブスタージンの悲鳴と、ぼりんっ、という・・・茹でたロブスターの鋏を外す音をそのまんま大きくした音が響くのを聞き逃さなかった。
俺の投げは見事に決まって、奴は自分の打撃の速度と自分の装甲の重量で、自分の腕をもいでしまってのた打ち回っていた。
俺の銃でも拳でも刃でも、装甲を抜けないんなら。装甲の隙間に刃を突きたてるか、さもなくば、装甲を相手せずに、バラしてしまうか、って訳だ。
「まだ、やるかよ?」
血塗れになった掌を構えて、俺はよろよろ起き上がるロブスタージンに言った。
ロブスタージンの目は血走って、もう完全に獣のそれだった。そこに映る俺の目は。我ながら複雑な色をしてやがったな。
こいつが憎くない訳じゃない。けれど、こいつへの憎しみが今一番強い感情でもない。クリオネの言葉からすりゃ、どうやら色々な秘密やら陰謀やらが、こいつの背後には渦巻いているんだろう。けれどそれは俺からすりゃ、こいつを倒した後、クリオネや時計屋を守るために、しなきゃならんことが山ほどあるってことだ。
その複雑を強いて纏めるなら。俺はそん時、さんざんきょろきょろ探し回ってた視線を、ようやく真っ直ぐに戻せていたんだろうよ。
「があああああっ!!」
「そうかい。」
ロブスタージンが獣の咆哮を放った、右拳左鋏に頭の触覚鞭を失っても、尚こいつには武器があった。重量級でありながら軽量級の俺にも匹敵する跳躍力を発揮する屈強な尾を使っての、自分自身の装甲を弾頭化させての体当たりだ。
命中すれば、装甲車両だろうが砕け散るだろうが。
俺の耳は、立ち上がる段階から、ロブスタージンの尾に筋力が籠り軋むのを聞いていた。
「あばよ、海老野郎!」
装甲の突貫に、もう一度掌に奔る痛みに歯を食いしばりながら、今度は脚まで動員して・・・バイクをウィリー走行させるように、跳ね上げる!
KABOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNN!!!
「・・・生憎火が通っても、食えそうにゃねえな。いずれにせよ、てめえ程度のせいでクリオネまで無くしてたまるかよ。」
吹っ飛んだロブスタージンは、その破壊力を自分ごと、自分の海賊船の砲塔に叩きつけて・・・砲弾の爆裂の中に消えた。
俺は、後ろに横顔が見える角度を向いてにやりと笑い、親指を立てる。
そこにいるクリオネに。あいつが銃撃戦を潜り抜けて無事なのは、聴覚記録のログを見て、もう分かっていたからな。
「〜♪!」
クリオネの声が聞こえる。俺の無事を喜ぶ、声にならない声が。やれやれ、少し泣かしちまったか。
掌の痛みに少し顔をしかめた後携血のぬめりに苦労しながら帯端末を取り、時計屋の番号を押す。
「これから帰る。少々トラブルを抱えて帰るから、まあ、逃げたきゃ、今のうち逃げてもいいぜ?ただ、待っててくれるんなら、キスの一つもお礼にしてやるよ。」
ひとまず無事の報告だ。まあ、これから先、何が起こるか分かったもんじゃないし、その中で、今後も時計屋と一緒に居られるかどうかは分からないが。それでも、今のこの一瞬は、全部に感謝してもいいくらい幸せだから、あとでどうなっても今礼を言っておきたい。柄にもなく、そんな気分だった。・・・二人とも好きだから、二人ともにキスをしようなんて、らしくもないことを言ったのは、そのせいだろ。
あ。時計屋にもキスする、っつったら、クリオネの奴、さっき泣いたカラスがもうむくれた。けどま、こっちの心労を思や、これくらいいだろ・・・
そう思って、クリオネの事を見ていたら、視線を回したせいで、ふと気づいた。
周囲のフナムシコマンドたちが、この結末を見て戦意を喪失して崩れ落ちている。そんで、そのせいか、警察も呑龍の連中も、射撃を止めていた。
で。
ここまで跳ぶときの最中見たが。たしか警察の連中は【子犬】と【籠手】を代表として結構な数の連中が望遠スコープを装備してて、サイバネアイとか勘定に入れりゃ呑龍の連中も似たようなもんだったよな。
つまり・・・
二秒考えて、俺は酷く赤面した。
「悪いちょっと切る。は、早く車を出せクリオネ!?」
即座に通話を切ってクリオネを押してフィアットに飛び込む。いかん。テンションあがりすぎて、ものすごいおおっぴらな状況でキスをするわのろけるわ、って、気持ちに嘘はなくとも恥ずかしすぎるわ!
「へ!?」
「ジャンプは俺がやる!いいから出せぇっ!!」
仰天するクリオネに叫ぶ。
「わ、分かったよ分かったけどさっき戦闘中にそれとなく後で話すって感じにしておいたあれこれの秘密はぁ!?」
「もうちょい後でいいから今すぐ出せぇっ!」
「あ、あいあいさーっ!・・・ふふ、ほんとうにもう!じゃあ、いくよマシロっ!」
きょときょとと驚きと急展開に表情を変えたクリオネだが、何だかんだいって反射的にアクセルを踏んでくれだ。
・・・その前に一拍おいて、慌てる俺の表情を、嬉しさと恥ずかしさと、きっと愛しさが入り混じった顔で、じっと眺めたが。
多分、それを見返していた一瞬。俺も同じような表情をしていただろう。
この先何があろうと、きっと忘れやしないというように。
発進を叫ぶクリオネの声を、懐かしく聞きながら。俺は、何かが明らかになり、何かが終わる予感に目がけて、脚を蹴り出した。
短い最低な別れが終わったせいか、その一蹴りは酷くスカッとした。
run rabbit junk short bad bye 完
次回、最終回「run rabbit junk day of the regained sky 」へ続く