Aルート第九話 過去と現在の輪舞・それまで
「キシュワアアアアアアア!」
ぶよぶよした皮膚と、生理的嫌悪感を催さずにはいられない触手をうねらせた怪物が、鋭い威嚇の声を上げる。そんな怪物が何匹も何匹も群を無し蠢く様は到底正視に耐える状況ではない。
だがそれに一切ひるむことなく、突き進む者が居た。
「ハッ・・・!」
ややハスキーな気合声と同時に、光で形作られた刃・・・地球の科学技術では作りようのない武器が振り下ろされ、先頭の怪物を真っ二つに切り裂いた。
「キョオオ!」
仲間の一体が斬り殺されたのを見て、周囲の怪物がある者は鋭い爪を振り下ろし、またある者は長い触手を振り回す。だが飛び込んできた相手は、その全てを・・・返り血すら完全に・・・回避した。
蒼い光の剣と、ボリュームのある長い金髪が閃く。無駄のない機械のように正確な動きで剣を振るうのは、意外にも女性だ。二十歳に少し届かない程度の、凛々しい美しさを持つ女性。だがたちまち周囲の怪物を切り捨てた事実は、彼女がただ者ではない事を証明する。
怪物を倒し終わり、動きが止まる。そうなると、さらに彼女の特異さが浮かび上がる。赤い瞳、同系統の色の、要所に黒い装甲が施されたジャンプスーツに似た服。そして何より、伝説に出てくる妖精のように、耳朶のない尖った長い耳。
だがそれを一行気にする様子のない声が、通りの向こう側からかけられた。まだ若々しい、青年の声だ。
「おおい、イクサー1!」
イクサー1・・・名字もなく、番号を振られた、不可思議な名前。
「ああ、トラキチ、ノブヒコ!」
そんな名を持つ女性戦士が親しげに返答したのは、路地から飛び出してきた二人の男。一人は何やらゴチャゴチャとした装備を抱えたぼさぼさ髪の科学者風の若者で、もう一人は自信たっぷりといった風の俊敏な容貌をした、小さな丸眼鏡をかけた男だ。道教の導師か仙人か、といったような、変わった格好をしている。
「通り向こうの敵は片づけた。でも同志イクサー1。我が輩のことは大志と呼ぶように、といっただろう?」
自信満々の笑みを深めながら、仙人風の格好をした若者は何気なく凄いことを言う。
「何故?マクツドウ・ノブヒコ。問題がある名前には思えない。」
「魂の名前、ってやつさ。魔窟堂はいいんだが、野武彦ってのは余り格好良くない。ま、全国のノブヒコさんごめんなさいってとこだけどな」
冗談めかしているところを見ると、別に本気でいやがっているわけではないのだろう。
「っもう、そんなこと言っている場合じゃないでしょ!?」
後ろから、声が追いすがる。若い少女のものだ。
「はは、これは失敬、同志渚。・・・で、何で場合ではないんだ?」
「それは」
渚が皆まで言うまもなく、その原因は現れた。
ビルをぶち破る巨大ロボットの形で。
「うわああああ!?」
科学者風の・・・トラキチが叫ぶが、それが問題にならないほどの轟音。古代の恐竜が奇形化したかのような、重量感ととげとげしさのある巨体が動くたび人間など軽く押しつぶしてしまいそうな大きさのコンクリート塊がいくつも落下する。
「やばっ!?」
「烈風突貫、展開障壁、疾!」
中国語の呪文。と同時に、強烈な風が振ってくる瓦礫をはじき飛ばす。
「井草!」
「なぁにやってんの!早く!」
通り向こうから、もう一人仙人風の格好をした女性が現れた。・・・頭のてっぺんから猫そっくりの耳が生えており、女性であっても人間であるかは定かではないが。
「すまん!」
慌てて逃げようとする。だがビルを崩したロボットはそのままの勢いで前進し、自分より圧倒的に小さな人間に向けて拳を振り下ろす。
・・・途中で、停止した。まるで目に見えない、もっと巨大な手で押さえつけられたかのようだ。
「ダンガイオー、見ッ参!すきにはさせないぞ!」
それを行っているのは、もう一体の巨大ロボットだ。青みがかった灰色の機体の所々に効果的に赤い色を配した、均整の取れた体型をしている。何かを掴むように突き出された掌で複雑な紋章が輝き、その光が増すたびに、怪物じみたロボットが締め上げられていく。
「渚、私達も行きますよ!イクサーロボを呼びます!」
「ええっ、ちょっと・・!?」」
それを見るや、イクサー1は素早く渚の手を取った。と、唐突に雷が落ちたような閃光と共に又一つの、精緻で複雑な形状を持つダンガイオーと異なり、流線型でなめらかな外見の、緑と銀で彩られたロボットが出現した。
「ああん、もう!」
イクサー1と一緒にあっと言う間に機体内に収納された渚は、しぶしぶ真正面を見据える。
「これでも・・・食らえ〜〜〜〜っ!」
渚の叫び。同時にイクサーロボの両腕から、強烈なエネルギーが迸る。
爆発!停止状態の敵を打ち抜き、エネルギーはそれを爆散せしめた。
時に、西暦19XX年。
地球は銀河の裏社会を支配する宇宙海賊バンカーと、可住惑星を求め銀河を流離う放浪宇宙人クトゥルフの攻撃を受けていた。
人類の知りえぬ道の技術によって建造された生物兵器や巨大ロボットの魔の手に地球の軍事力は対抗しようもなく、まさに絶体絶命の窮地に陥っていたのである。
だが、そんなとき。
バンカーの兵器として改造されながらもそうならないため脱走した四人のエスパー戦士とその超能力を動力とする銀河最強のロボットダンガイオー、そして本来平和的種族だったクトゥルフを乗っ取り、侵略へと向かわせた機械生命体ビッグゴールドと戦う人造人間イクサー1が、あいついで地球に来訪。
時代よりはるかに進んだ超科学や、歴史の闇に伝えられてきた魔術じみた技を今に伝え、その力でもって侵略者と戦っていた自衛隊技術部室特殊分室と協力した彼らは、地球を狙うバンカーとクトゥルフに敢然と立ち向かっていくのだった。
が・・・。
「い、いやよ、何で私が、そんな恐ろしいこと!?」
「そ、そんな渚・・・」
戦場ではあれほど勇敢だったイクサー1が、捨てられた子犬のようにしょげている。とがった耳の所在無げにさがった様子は、なんだか哀れっぽい。
自衛隊技術部室特殊分室に現在協力している二体のロボットのうち一体、イクサー1の操縦するイクサーロボは、彼女だけの力で動かすことが出来ない。イクサー1のほかに、彼女と同調できる人間がいて、初めて動かせるシステムとなっているのだ。
「どうして、私でないといけないの・・・貴方一人で戦えばいいじゃない!」
「そ、そういうわけにもいかないのです。」
イクサー1にシンクロできるとされたのは、全く普通の高校生の少女、加納渚だった。クトゥルフに命を狙われ、両親を殺され、しかも口下手なイクサー1にいきなり戦場につれてこられてしまったため、心の準備どころではなくすっかり怯えきってしまっている。
とはいえ、イクサー1のほうにも都合があった。パートナーを選ぶのは人造人間としての彼女の、いうなれば本能のようなものなので、うまく口で説明できないのだ。それに、シンクロなしで全力を発揮できないのもいかんともしがたい事実。ついでに、シンクロ相手を選ぶことも出来ない。なんとも不自由な話で有るが。
「まあまあ同志渚、同志イクサー1も何も悪気があっていっているわけでは無い。事情を考えてやってはくれまいか?」
「悪気があったらたまらないわよ〜!それと勝手に同志にしないでぇ!」
変に自信満々な口調のまままるでとりなしているとは思えないとりなしをする魔窟堂=大志。
「何を言う、我々は既に同じ戦いを共有した仲・・・戦友ではないか。戦友の絆は時に運命よりも恋よりも厚いものなのだよ、マドモァゼル。」
「野武彦、ふざけるんじゃない・・・。ともかく、イクサーロボにシンクロできるのが君しかいない以上、仕方が無いんだ。この戦局下、イクサーロボを抜いてしまっては我々に勝ち目は無い。」
「そんなこといわれても・・・私・・・きっ、今日はもう失礼させてもらいます!」
困った顔をして、結局きびすを返してしまう渚。また彼女を引き止める権利も、彼らには無い。
「あ〜あ・・・」
「ぶみゅ〜、うまくいかないものだね・・・」
がっくり、といった表情のトラキチと、猫耳仙人井草。井草の仕草はわざとなのか狙っているのかは知らないが、まさに猫そのものである。
「この地球がバンカーの手に落ちたら、自分も助からないことが分からないのかなぁ?」
「そうだぜ、ったく。ミアよりもうじうじした奴なんていねぇと思ってたんだけどなぁ、それ以上だぜ、あいつぁよ。声もそっくりだし」
簡素なテーブルに頬杖をついた井草に同意したのは、褐色の肌に野性的な美貌とアマゾネスの風格を持つ、彼女がくさした渚やミアより少し年上に見える少女だ。
「あ、酷いわパイ。私・・・」
と、その後ろでもじもじしているのはミア=アリス・・・きちんと彼女のふるさとである地球この日本風に表記すれば有州美亜。栗色の髪、儚げな美貌・・・はるかな時と空間を超越した彼方でトラキチの息子とであったときと変わらぬ、いや時間軸からすればあの時代のほうがこの今から変わっていないということか・・・ややこやしい。
「そうよ、ミアだって今はきちんとがんばっているんだから。それに声も関係ないし。」
「わーったわーったって、でもミア、そういうことはランバに言わせねぇで自分で言えよ。。
白銀の髪をショートカットにした、幼いけれどどこか気品のある・・・悪く言えば緊張感の無い顔立ちの少女、ランバ=ノムの抗議をさらっと流すパイ。本人もさほどの悪気があって言ったことではないのだろう、さっぱりしているとも言える。
彼女達が先ほどの戦いで敵巨大メカを食い止めたサイキック・ロボット「ダンガイオー」のパイロットであり、それを操るための資質を持つ、生身での強力なエスパー戦士でも有る。
・・・ちなみにメインパイロットはロール=クランという男なのだが、普段はミアと同じように引っ込み思案で気が弱く、今も前に出れずに後ろにいる。一度ダンガイオーのコクピットに座れば勇猛果敢な戦士へと変わるのだが、どういうわけか普段は弱気。変わった少年である。
「でも、心配です・・・」
不意に、ぽつりと呟くイクサー1。
「心配?」
首をかしげるロール。それに、アンドーが同意した。
「つまり、こっちから見て渚ちゃんが鍵ってことは、相手から見ても重要な目標って事・・・何の力も無い渚ちゃんを殺すだけで、こっちの二体しかいないロボットのうち一体を封じれる・・・狙ってくる可能性は高いぜ。」
こくり、イクサー1が頷く。
「それでは仕方が無い。同志渚を誘拐して、監禁しよう。彼女の命には帰られまい。」
「お、おいおい!!」
冷静なようでとんでもない魔窟堂の発言に慌てるトラキチ。
「い、いえっ、そんなことするわけには・・・!」
イクサー1も度肝を抜かれた様子で、目を白黒させる。そして、表情を改め、改めて真面目に訴えた。
「わ、私が護衛しますっ!渚さんのご両親をお助けできなかった分、せめてあの人の身は・・・!」
「うむ、報われぬとわかってもなお尽くす、女同士の友情やよし!ここは貴女に任せましょう!」
性格的な面からなんとなく主導権を握っている魔窟堂の大仰な同意。
他のメンバーも、頷いている。
そのころの、月の裏側。クトゥルフの小惑星型都市宇宙船。
居住していた惑星をはるか昔に失い、宇宙を放浪する彼らの家であり船であり要塞、いや彼らというのは正しくない。クトゥルフは外見上人間とそっくりだが、社会体系は蟻や蜂など社会性昆虫に近く、そのほとんどが女性で、支配者たるサー・バイオレットに従っている。
そのクトゥルフの地球への侵略移住においての傭兵代わりとして雇われ、また彼ら自身のところから逃げ出したダンガイオーチームを捕獲する目的でやってきたのが、全銀河の暗黒社会を牛耳る宇宙海賊バンカーである。地球のような超光速恒星間航行の出来ない未開種族を除けばこの銀河系の大半を支配する銀河連邦、その正規軍全軍に匹敵するだけの力を持つ彼らの力があれば、こんな未開惑星の一つや二つあっという間に片がつく、そう開戦当初は思われていたのだが・・・
「・っ・・・っしゅ・・・・きぃぃぃ・・・・」
機械の軋みとも、昆虫の鳴き声ともつかない、奇怪な声。
それは、透明なイエローの、シャボンのような直径一メートルほどの球体の中に手足を縮めた、髪の長い胎児のような存在だ。全身が金色に輝き、目の中は瞳がなく、全体が加熱した鉄のような赤に光り輝いている。
これこそ、現在のクトゥルフの支配者、機械生命体ビッグゴールド。ビッグ、という名前に不釣合いに小さいように見えるがこれはあくまで端末に過ぎない。
「はっ、ビッグゴールド。すべては御意のままに。」
その意志を直接に伝達されるのは、ビッグゴールドと同じ、真紅の眼球の女。緑色の髪が僅かにのぞく、フードのついた黒いローブですっぽりと体を覆っている。
彼女が、サー・バイオレット。もともとのクトゥルフの指導者。今でも一応は指導者なのだが、ビッグゴールドの示した「侵略による移住」という道に今は従っている。
周囲に控える奇怪な仮面を被った親衛型生体兵器も白黒ツートンカラーと色違いだが形は同じものを、また頭部に感覚を強化する機器を取り付けたオペレーターたちも、フードが無い白いローブ姿だ。
対照的に一般の兵士達は、イクサー1に似たデザインの、色違いで青いぴったりしたアーマースーツを着ている。
「既に対イクサー1用の新兵器の開発は完了、現在行っている起動試験・パートナーとの適応試験も順調です。」
「・・・・っき・・・ぃぃぃ・・・しゅうう・・・・・」
「はっ。バンカーの連中と生物兵器を動かした、イクサー1パートナー・加納渚を抹殺する手はずも整っております。」
サーバイオレットの答えに、満足したように目を細めるビッグゴールド。
イクサー1の指摘したように、危機はまさに迫りつつあった。
のだが・・・
「ついてこないでっ!」
「そ、そんな渚・・・私は、貴方の身を心配して・・・。クトゥルフが貴方を狙っているかもしれないのです。一人では・・・」
町にあちこち被害は出ているが、まだ、本当に何とかといった状況下で続いている学校、そこからの渚の帰り道で。
わたわた、といった様子で手を振りながら渚の周りを回るイクサー1。なんとなく主に構ってもらえなくてうろうろしている犬のようにも見える。
実際の彼女の力とは比べ物にならないくらいその様は心理的同様がもろに出ていて、なんだか酷く哀れっぽい。
「そもそも貴方が私をパートナーなんかにしなければ、狙われることもなかったんじゃない!」
だが、渚の怒りもなかなか止まらない。
「そ、それは何度も言ったように、誰が私とシンクロ出来るかなんて私の意志では決められない、仕方がないことだったのです・・・」
「でも!」
恐る恐る差し出されたイクサー1の手、それを平手打ちのように払いのけて、渚はひときわ大きく叫んだ。
「私の音お産とお母さんを守れなかったくせに!貴方がいてもいなくても、どうせ私なんか殺されちゃうわよっ!」
「っ!!」
思い出した悲しみか怒りか。叫ぶ渚の目には涙が浮かんでいる。またイクサー1も、頬を張られたようにはっとした表情であとじさる。
最初にイクサーロボを召還した戦い、敵に足止めを食らったイクサー1はクトゥルフ側の無差別攻撃のせいで渚の両親をむざむざ敵に殺されてしまうという失態を演じたのだ。
イクサー1としてはまさか相手が渚だけでなく周囲の人間まで積極的に攻撃するとは考えていなかったわけなのだが、それを油断といわれてしまっても仕方が無い。クトゥルフに作られた人造人間である彼女は、クトゥルフの良性を信じたかった、としても。
それは、渚とイクサー1双方にとって深く心に突き刺さった棘だ。
「ふむ・・・やれやれ。やはり俺がついていたほうがいいな。」
そう、木の上で呟いた男がいる。赤いマフラー、短く刈った髪。しっかりと筋肉のついた体の青年。アンドーだ。今(前にも言った、コウヘイたちがいる「今」)より僅かに若いが、その差は無いに等しい。
その瞳は今コウヘイたちに見せているものより圧倒的に鋭く、油断が無い。そして木々の木立を跳び渡り渚を尾行するその動きもまた、ぜんぜん見せないものだ。
そして。
その鋭い瞳が見つめた予感は、当たっていた。
「ぎしゅ〜〜〜〜っ!」
「きゃあっ!」
飛び掛るクトゥルフの生物兵器に、ミアが悲鳴を上げる。
「ミア!」
キュン!
だがすかさずランバがそれをフォローした。いずれもエスパー戦士として能改造を受けたダンガイオーのパイロット・・・彼女の能力は指先から出すレーザー光線。
まるで指鉄砲のような構えからレーザーを放ち、生物兵器を射抜く。
「ったく、何やってるんだよミア!」
遅い来る怪物たちをあるものは張り倒し、あるものは掴んで投げながらパイが怒鳴る。彼女の能力は自らの肉体を強化すること。これにより戦車だって持ち上げるほどの怪力を発揮する、まさに彼女の性格にあった能力といえる。
「だ、だって、気色悪くて・・・」
だがミアが怯えるのも無理は無い。クトゥルフの生物兵器はたまたま地球で同名の邪神の僕のように、ぬめぬめした皮膚や蠢く触手を持ち、大変に気色悪い。素手でつかめるパイの方が変、という意見もある。
「で〜〜〜っ!それにしても一斉に襲ってきやがって!渚ちゃんとはぐれちまった!」
彼女達のような超人的能力が無いながらも、あれこれと用意した装備でトラキチも必死に立ち向かっている。今は背中のボンベから伸びたノズルを相手に向け、液体窒素を吹き付けている。業火に絶える生物兵器だが以外にこの攻撃は効果があり、悲鳴を上げて交代する。
「よっしゃ、どんなもん・・・」
だが、その交代した奴に代わってさらに大量の怪物が押し寄せる。
「たわ〜〜〜!?」
「轟雷来々、包囲縛陣、疾!」
すかさず井草が札を放り、呪文を唱えた。雷撃の檻が群れごと絡めとり、黒焦げにする。
「た、助かった井草さん。」
「これっくらい当然よ。それより、今渚ちゃんは一人なの!?」
「いや、同志井草。どうも尾行していたアンドーは敵に妨害されてるようだが、同志イクサー1がむかっている。渚女史の悲鳴ならばどこからでも聞きつけるイクサー1のこと、何とかたどり着くだろう。とはいえ・・・」
ややわざとらしいくらいに、顎に手を当てあさっての方向を見て「推理」のポーズをとる。
「敵も以前失敗したこの手をあえて繰り返す以上、何らかの切り札があると考えられる。まずいかもしれないな。」
と、考え事に耽っている魔窟堂の後ろ。唐突にレーザーブレードが振り下ろされた。
が、まるで後ろに目がついているかのようにま魔窟堂はそれを軽々とかわした。
「ふっ、甘い甘い!」
どうも今の魔窟堂の性格と比べるに、随分と自信満々・堂々といった風情だ。相手はクトゥルフの生物兵器の中でも上位の種族、重装甲に身を包んだヴォイド級だというのに微塵も気負いが無い。
宙返りをしている最中にポケットの中に手を突っ込んだ魔窟堂が取り出したのは、一本のペンだった。サインペンやボールペンではなく、漫画用のGペンだ。
「魔ペン「ダイナシ」よ!力を示せ!」
魔窟堂の声。それに従い手の中のペンが一気に巨大化する。魔窟堂の身長とほぼ同じ、槍並みの武器だ。
これも井草と同じ、仙術。一見Gペンにしか見えないそれも、恐らくは何らかの仙術兵器・宝貝。「現在」ではこれも、なぜか使われていない。
「斬首烈怒!!」
気合とともに刃と化したペンが、一撃でヴォイドを真っ二つにする。
相手が倒れるのと同時に、着地する魔窟堂。
「さて・・・急がねばならんようだな!」
イクサー1は、焦っていた。渚の気配に向かって建物の上を跳躍して一直線に進んだのだが、途中何度も何度も敵に遭遇、戦って突破してきた。
つまりそれだけ渚の周囲に敵が集まってきている、ということ。やはり今回の敵の狙いは渚、イクサー1の中で疑惑が確信へと変わる。渚の気配が感じられる一軒の家。その周囲にはクトゥルフが戦闘場所に使う異空間の暗雲が立ち込め、、クトゥルフの生物兵器たちが十重二十重に取り囲んでいる。
イクサー1は渚に小型ビーム砲を備えた個人用バリア発生リングを与えていた。それを使えばクトゥルフの攻撃はある程度防げるだろうが、エネルギーにも限界がある。
ちなみにこの腕輪状バリアリング、本来はイクサー1が怪物に襲われた家から逃げ出したときの渚の服がぼろぼろになった時、合成した服に一緒についていたものなのだが体にぴったりしたスーツかローブ状の服しか知らないイクサー1は「腰のひらひら」つまりスカートの役割が何なのかいまいち理解できず随分際どいミニスカートなワンピースにしてしまったため渚には大変不評で、すぐ普通の服が用意されている。
それはともかく、焦ってイクサー1が突入しようとした、その時。
「ひゅるるるぅ、るるる・・・・・・」
「ッ、口笛・・・?」
それは、確かに口笛だった。低く、涼しく独特の抑揚を持った口笛の音色が流れてくる、闇の中から。
こつ・・・こつ・・・
続いて、足音も聞こえてきた。これから戦いに向かうとは思えない、余裕の有るゆったりした歩調。
「はじめましてお姉さま、会うのを楽しみにしていたわ。私の名はイクサー2、貴方の妹。」
その言葉とともに、足音の主は明かりのあるところまで歩き出てきた。
赤い、ふわっとしたイクサー1の髪と好対照を成す癖のまるで無いストレートヘア、体も、イクサー1より僅かに細い印象を受ける。
着用したアーマーつきボディスーツの色は、夜の空気を思わせる黝さ、これもイクサー1の赤い服とは対照。類似しているのは瞳の色と、妖精のようなとがった耳。
もっとも。瞳の色が同じであっても、目付きはまるで別だった。戦士であってもどちらかというと防人的なイクサー1と異なり、彼女の目は獲物を追う猟犬の、天空から地の獣を見る鷹の鋭さに近い。
「イクサー2・・・妹?」
クトゥルフにいたころの記憶がほとんど無いイクサー1は、心当たりもなく立ち尽くす。自分の試作型・イクサーAとイクサーαという敵と戦ったことはあったが、妹という存在については聞き及んだことはない。
そして、この赤い髪の娘には明らかに意志がある。命令のままに動く試作品とは明らかに違う、
「私はビッグゴールドの娘、お姉さまの妹。お姉さま・・・イクサー1を殺すためだけに作られた・・・ただ、それだけのために。」
純粋で、危険な意志が。同時に、イクサー2の体から殺気が立ち上った。
「勝負だ、イクサー1!」
叫ぶ、その声がイクサー1の耳に届いたときには既にイクサー2は間合いに入ってきていた。イクサー1と同じ型のレーザーブレードを振りかざす。
自分もレーザーブレードを繰り出してそれを受け止めるイクサー1.青い光刃の剣戟が目にも留まらぬほどのスピードで展開する。
キィン!
「あっ・・・!」
驚きの声を上げるイクサー1。弾き飛ばされた彼女の剣が、地面に突き刺さる。
イクサー1の剣撃をさばいたイクサー2が、一旦絡めるようにした剣を払いのけ、イクサー1の手からレーザーブレードを飛ばしたのだ。
「ふ・・・私を今までの雑魚と同じと思わないほうがいい。死ぬことになる。」
一瞬でイクサー1の咽喉元に剣先をつきつけ、薄く笑うイクサー2。あえて一拍間を持たせるその様子は、純粋に殺そうとしているというよりは戦いを楽しもうとしているという向きが強い。
突き出される剣先。身をそらし、皮一枚のところでよけるイクサー1。
地面に片手をつき、身をそらした勢いのまま回転。間合いが開いたところで、拳に握った右腕を突き出す。
バシュンッ!
その突き出した意志、それが物理的に延長されたかのように雷が一直線に伸びる。目標はもちろんイクサー2。だがそのときにはイクサー2もまた動いている。
宙に飛ぶイクサー2。そして彼女もイクサー1と同じように拳を突き出し、雷を放って見せた。
バシュン!キュキュン!
加熱された空気がはぜ、コンクリートの当たったところが吹き飛び、戦いのBGMを奏でる。
その雷の嵐の中を、イクサー2はまっすぐに突き進んできた。雷が当たることも何も、自分の命すら気にしない勢いで。
「なっ!?」
それに驚いたイクサー1だが、その性で対応が遅れた。振り下ろされた剣をかわすことは出来たが、連続して打ち込まれた蹴りを腹部にもろに食らってしまう。
吹き飛ばされ、ビルの壁にめり込まんばかりの勢いで激突するイクサー1。
そのまま道路に落下、倒れこんでしまう。後頭部を含む全市ウウを撃ちつけ、混濁した意識の中激痛が感じられるだけで体を動かすことが出来ない。
その様子に不機嫌そうにイクサー2は目を細めると、レーザーブレードを突き刺すように構え叫んだ。
「・・・立て!そして戦え!私は弱い奴は嫌いだ!」
「くっ・・・う!」
骨がきしみ悲鳴を上げそうになる体を、意志の力で何とか起き上がらせるイクサー1。それを見ながらイクサー2は鼠をいたぶる猫のような笑みを浮かべた。
「そう、それでこそお姉さま、殺しがいがある。・・・せぇいっ!」
再び雷撃を放つイクサー2。それを飛び跳ねてよけたイクサー1は道の左右にあるビルの壁を交互に蹴り、軌道をジグザグにすることによりイクサー2の雷撃をよけながらビルの屋上に上る。追うイクサー2。
一気に飛びはね、イクサー1との間合いを詰めようとする・・・が、それは勝ちにはやった失策だった。
ビルの角、屋上の縁をイクサー2の体が超えた時、そこには既に雷撃の構えに入ったイクサー1が待ち構えていたのだ。
一瞬視線が交差する。ビルと地上の高度差を楯にした、見事な奇襲だ。
「てえええいっ!」
「ぬあああっ!?」
放たれる雷・・・しかし!間一髪のところでイクサー2はそれを回避、すなわちイクサー1は勝機を失する格好となった。反撃とばかりにイクサー2が放つ雷は、それまでのものとは異なっていた。
一旦拡散した雷が退路をふさぎ、その後一気に収束してイクサー1を襲う!
「うあああああああっ!」
体を痙攣させ、仰け反らせるイクサー1。何とか後退しようとするが、甘かった。
「もらったっ!」
拡散させた攻撃で一撃必殺というわけには行かないことをとっくに見切っていたイクサー2が、既に間近でレーザーブレードを突き出していたのだ。
ばきっ・・・
剣が肩を貫くと同時に酷く鈍い音がした。
肩鎧が砕けるのと同時に、おそらく肩関節が、外れた、のではなく骨が砕けたのであろう。
「あぐぅっ・・・・・・・!」
高熱の刃で傷を焼かれ、骨の砕ける痛みに呻き、耐え切れずに倒れこむイクサー1。そのまま倒れては刺さったままの刃で腕をもぎ取られてしまうため後ろに飛びながら、辛うじてそれは出来たがもう立ち上がることも出来ないほどのダメージを受けていた。
「ふふっ、終わりだな、イクサー1・・・」
「・・・っ・・・」
脂汗を流し、倒れたまま相手を見上げるイクサー1.その様を、物凄く嬉しそうな表情でイクサー2は嘗め回すように眺めた。
「ふふっ・・・」
笑いながら、黒いグローブに包まれた手を伸ばすイクサー2。
「!!っ、うああああああああああっ!!!」
途端、イクサー1の絶叫がビルの屋上に響き渡った。
「ふふっ、あははははははっ・・・!」
笑うイクサー2。ほとんど恍惚としたような表情で、苦悶するイクサー2を「見上げて」いる。
たった今まで地面に倒れ伏していたイクサー1、それをイクサー2は強引に引きずり上げ、持ち上げたのだ。
骨の砕けた肩をわしづかみに、傷口に指を突っ込んで。
「楽しいわ、お姉さま。もっともっと苦しんで、もっともっと!貴方を殺すのが私の命、ならばより充実させようではないか!存在理由すべての命が消える、その輝きをもっともっと!それこそが私の命を照らし出すのだから!っはははははははっ!」
思うさま苦しめて殺す、そう宣言するとイクサー2は力ないながらも必死に実を離そうとしたイクサー1の動く左腕を払い、咽喉、みぞおち、腹と正中線に沿って逆に拳を浴びせた。
「うぐっ!」
「あは、あははははぁ!」
呻くイクサー1を見ながら、本当に心底からといった風で、イクサー2は笑った。その笑いは見ればぞっとするものだったが、意外なほど狂気の感じは無い。
むしろ、酷く空虚な笑い。
この後どうするのか、それを考えているようでもある。パートナーの方は生物兵器軍に襲わせている。イクサー1は、自分ひとりで十分に片付けられる。
だが、それに何か物足りなさを感じているように。
知らず、視線が渚のいると思しき辺りを向く。何かを、期待するように。
その、イクサー2の視線の先の場所では。
「ぬおおおおおっ!?」
あふれ出てきた怪物の群れに飲み込まれるアンドー。まだ生きて抵抗を続けているようだが、渚のところからは見えなくなってしまった。
周囲から圧するように迫る怪物の群れ。展開されたバリアがぎしぎしと軋みをあげる。
しかして、そのバリアの中にいるのは渚一人ではない。彼女のほかに小さきものが、もう一人。
まだ小学校に行くか行かないかの年齢の小さな女の子。名前は小夜ちゃんだが、苗字は知らない。知り合ってからの時間があまりにも短く、聞く暇も無かった。
聞く暇も無いあっという間の推移。クトゥルフの襲撃。巻き込まれた少女と、その母親との出会い。父は最初に襲撃を受けたときに死んだ。そして再びの襲撃。バリアリングについていたビームで、襲ってきた怪物を渚は一匹倒した。結果、小夜ちゃんは助かった。
だが、小夜ちゃんの母親は、ダメだった。渚の良心のようにクトゥルフの怪物に寄生され、内側から食い荒らされ破裂して死んだ。渚と、小夜ちゃんの、目の前で。そしてアンドーも駆けつけてきたが、それの数十数百倍する怪物たちが押し寄せてきた。
(あぁ・・・そうか・・・)
瞬時に渚の脳裏をよぎったいくつもの記憶の断片。
唐突に現れて、騒ぎに巻き込んで、すまなそうな顔をして、いきなり戦って欲しいと頼んで、無理やりロボットに乗せて、そして、必死に護って。
イクサー1。
彼女は、こんな気持ちだったのだろう。
「守りたい・・・守りたいせめてこの子だけでも!だから・・・だから力を!」
その叫びに答え、リングがそれまでとは桁の違う光を一気に発し始めた。
「おおっ!?」
驚きの声を上げるアンドー。同時に体にまとわりついていた怪物たちが退き、自由になる。
「ぎきききぃ!?」
「ギシュアアアアア!!」
その光を浴びた怪物たちはあっという間に体組織を沸き立たせ、弾け、溶け消えていく。そしてその光が青い空間断裂を生み出し・・・
中から、銀と緑のカラーリングを施された機械巨人が現れた。
「ほう・・・そういうことか。」
青い光の柱のように見える次元断裂を見据えて、イクサー2は楽しげに笑った。同時に、イクサー1を吊り上げていた手を離す。
放り出された布袋のように床に転がるイクサー1をやや名残惜しげに眺めながら、赤い下を見せ付けるようにゆっくりと手についた血を舐めるイクサー2.
演技のように綺麗にきびすを返すと、後ろ向きのまま手をひらひらと振った。
「イクサー1、お前の可愛いパートナーが呼んでいるぞ、早くいってやれ。」
そして、横顔だけ見せて、口の端を釣りあがらせる。それは笑顔なのだろうが、到底それに分類できるとは思えないほどに禍々しい。
「セピアとの約束も有る・・・。決着はロボット戦でつけてやろう。」
一気に跳躍。光を残して消えたイクサー2。彼女もまた、分身たるロボットを呼び出すために。
そして、イクサー1も飛び、ロボのコクピットに何とかたどり着いた。傷ついた腕をかばうようにしてシートに腰掛けたイクサー1の耳に、想いもよらなかった言葉が飛び込んできた。胸部のサブコクピットにいる渚からだ。
「イクサー1・・・私、私戦うわ。」
「本当ですか、渚!」
ぱっと花の開くように、それまでイクサー1の顔を覆っていた苦痛の色が取り払われる。その嬉しそうな表情を映像で見ながら、渚は微笑まずには入られなかった。
「ごめんね。ようやく分かったの、貴方の気持ち。だから・・・」
「ええ・・・ありがとう。」
皆まで言わせず、頷くイクサー1。
本当の意味でようやく戦いの場に立った、そう言えるイクサーロボ。それを、小夜ちゃんは見つめていた。その腕にはさっきまで渚がつけていたリングが光っている。
自分にこれを渡した少女が、今戦いに赴こうとしている。それを悟って、じっと、じっと小夜はイクサーロボを眺めていた。
ズガァァン!ガガァァァン!
そして、油断なく待ち受けるイクサーロボの目前数十メートルで。落雷のような音と、紅い空間断裂。その中からゆっくりと、イクサー2の分身が姿をあらわした。
「はははははっ、どうだイクサー1!これが私の分身、イクサーΣだ!」
イクサー2の高笑いが、外部スピーカーから流れ出る。その姿は基本的にイクサーロボに近いもののより鋭角的・攻撃的で、漆黒に赤のラインのはいったカラーリングと体を覆う黒いマントのようなパーツもあいまって非常に威圧的な印象を受ける。
「セピア、お前の力はあんな地球人の小娘などより上のはず・・・思う存分戦うぞ!」
「ええ、イクサー2。この日をどれだけ待ったことか・・・コバルトの仇、とらせてもらいます!」
イクサーΣのサブコクピットに座っているのはセピア。かつてクトゥルフ軍のコマンダーとして巨大ロボット兵器・ディロスθを持ってイクサーロボに挑戦して戦死したコバルトの親友。
その意志を確認しながら、来るべき戦いにイクサー2は好戦的な笑みをおさえ切れない。血が滾るような感覚が、命の炎がはぜる音が耳に響くような、なんともいえない感覚に身を任せて構える。
「イクサーΣ・・・勝てるだろうかこの体で・・・。」
呟き、肩の傷にそっと手を這わせるイクサー1。
「いいや、私には渚がついている。なら私には、怖いものなんて何も無い。」
多少自分自身に言い聞かせるような口調で、イクサー1は呟いた。確認するように、きっと目前の敵を見据える。
「いきますよっ、渚!」
「ええ!」
声が合わさり、心が合わさる。進み出るイクサーロボ。
その姿を見守る、見守るしかない、人々。渚のバリアリングをもらった小夜ちゃんも、その中にいる。
その姿は、今までの戦いで見せたもののどの瞬間よりも、鋭く強い。
だがそれゆえに、イクサー2の闘争心は最大限にまで燃え滾った。
「はぁっ!」
イクサーΣの大きな肩部装甲から、多数の銀色の球体が放出された。イクサーロボの大きさと比べるとパチンコだまのような大きさに見えるそれらが、一斉に発光する。
「うっ!?」
それと同時に一斉にイクサーロボの全身で爆発が起こる。ディロスθの使ったフラッシュ光線砲と同じもの、それもより沢山、より多数の咆哮から一斉に迫ってくる。
装甲を貫通するほどのダメージは受けなかったものの、機先を制され体勢が崩れる。
「な・・・んのっ!!」
自らの分身であるイクサーロボの損傷を肉体の傷と同じように痛みとして感じるイクサー1.苦痛に顔をゆがめながらも、即座に反撃の挙に撃って出た
ごぉおおおおおおおっ!
イクサーロボの全身からエネルギーが立ち上り、銀球を吹き飛ばす。そのまま一気にそのエネルギーを集中し、イクサービームの構えに入る。
対してイクサーΣは微動だにしない。傲然と胸を張り、攻撃を待ちわびているようにすら見える。
「ハァァァァァァッ!」
炸裂する光の奔流。
だが・・・
「ふふふ・・・あーっはっはっはっは!」
「そ、そんな・・・」
唖然とするイクサー1、笑うイクサー2。
直撃したイクサービーム。だがそれはすべて、イクサーΣのマントに弾かれ、拡散してしまっていた。
「はーっはっはは・・・その程度か。今度はこちらの番だ!」
その宣言と同時に、それまでイクサーΣの体を覆っていたマントが消え、手足を含めた胴体全てが露となる。イクサーロボよりパワーに溢れながら、同時に俊敏さも併せ持つ猛獣のような体躯。
その腕が、水平に突き出されるイクサービームと異なり、天を掴み取ろうとするかのように垂直に突き上げられ・・・
振り下ろされる!
ズガァァァァァァァン!!!
天から、ギロチンの刃が落ちるように降り注ぐ光。
一撃で、イクサーロボの右腕が根元から千切れ飛んだ。
「っ・・・っ・・・っっっ!!!」
右肩は、イクサー1自身も負傷している箇所。そこでイクサーロボの右肩を損傷した痛みが二重に重なることになる。
想像を絶する、人間には絶対味わえない激痛に、ほとんど呼吸が止まりそうに苦しむイクサー1.人間だったら、死んだほうがましとでも思うだろう。
「イクサー1!」
悲しみの声を上げる渚。同じロボットに乗りながら、自分は感情エネルギーを提供するだけ、苦しむのはイクサー1だけなのだ。
それが、悲しい。
そして、叫びを上げるものが、もう一人いた。その叫びは、そんな悲痛な渚のために。
「渚おねぇちゃんっ!」
小夜ちゃんだ。
「子供!何故こんなところに!?」
セピアが驚きの声を上げる。対するイクサー2は黙ったままだ。
「渚お姉ちゃん!」
「・・・・・・」
「渚お姉ちゃ〜ん!がんばれ〜!!」
戦場においては全く無害な小さな女の子。だが、イクサー2はそれに激しい不快感と殺意を覚えた。
何故かは、自分でも良く分からなかった。イクサー1の乗っているロボットを応援している人間がいるということか、そうしてもらえる渚という少女か、自分が経験し得なかった子供という時代か、おそらく、それら全てか。
イクサー2のただならぬ様子に気づいたセピアは、念を押すように告げた。
「イクサー2、相手は子供です。まずはイクサーロボにトドメを・・・」
「・・・殺す!」
かえってそれに激発したか、イクサー2はビルを肩で壊しながらイクサーΣを反転させた。
「小夜ちゃん・・・!やめてぇ!!」
渚の叫び。だがイクサー2は無慈悲に、思い切りイクサーΣの脚で小夜のいた場所を踏みにじった。
「!!!!!!!!!」
魔窟堂が。
井草が。
トラキチが。
アンドーが。
姫夜木が。
ミアが、パイが、ランバが、ロールが。
イクサー1が、そして渚が叫ぶ。
ふっと薄く笑うイクサー2。対してセピアは顔色が悪い。もともと指揮官としての教育は受けたとはいえ気弱な性格、イクサー2のやったこととはいえ罪悪感を感じずにはいられないのだろう。
ぎっ、ぎぎぎぎぎ・・・・・・
その背後で、半壊した体を何とか起こすイクサーロボ。
「小夜ちゃん・・・!」
「な、渚?」
それは、イクサー1の意志というよりは、渚の言葉に呼応するようだった。
事実イクサー1は驚いている。イクサーロボの損傷は酷く、到底もう動くものではないと思っていた。
だが、ふらふらとではあるが今イクサーロボは立ち上がりつつある。
だが、鈍いその動きは格好の標的だ。イクサー1をいたぶったときと同じ嗜虐的な笑みを浮かべ、イクサー2はΣに振り向くざまの鉄拳を見舞わせる。
「ふん・・・死にぞこないがァ!」
ガッキィィィン!
金属の衝突する音。それはイクサー2の意図どおりにことが進んだとしてもおこった音であっただろう。だがその実体は、まるで違うものであった。
ぎぎっ、ぎりぎりぎりぎり・・・
「なぁっ・・・!」
イクサーΣの拳は、イクサーロボの体に届く前にその鋭い爪によって掴まれ、止められていた。それまでの瀕死としか思えない動きとはまるで別物の素早さ・・・そして力強さ。
爪が食い込み、イクサーΣの装甲版がきしみを上げて歪んでいく。このままでは腕を引きちぎられかねない。
「クッ、放せ!」
咄嗟に反対側の腕でイクサーロボを張り飛ばし、強引に掴まれた腕を引き抜く。
弾き飛ばされたイクサーロボ。だが、倒れない。数十メートル町並みを削りながら後退しても、倒れずに踏ん張っている。
「何だ・・・このエネルギーは!?」
驚愕するイクサー2。それまでのイクサーロボとはまるで違う力に驚愕するイクサー2。
その驚きは同時に、生まれて初めての焦り・・・恐怖から来る焦りへと変換される。
「全力で止めを刺すぞ、セピア準備しろ!」
だが、イクサータイプのロボットの重要ポイントである、パートナー同士の同調がうまくいかず、出力が上がらない。
「どうしたセピア、精神が乱れているぞ!?」
「あ・・・はっ、はいイクサー2!」
何とか集中しようとするセピアだが、さっきの光景が頭にちらつくのか、思うように行かない。
対して、イクサー1と渚は。
「これが渚の心、渚の力!」
立ち上る、かつて無いほどのエネルギー。それを身に受けながら、イクサー1は自分の選択が謝りでなかったことを悟った。
これだ。イクサー2には無いもの。そしてこの地球人の少女、加納渚にはあふれるほどにあるもの。これが、私が使うべき、力!
「ウおおおおおおおおおおおっ!!」
「ヌアアアアアアアアアアアッ!!」
イクサーロボの左腕、イクサーΣの両腕から放たれた光線が空中で激突する。
「くっ!?」
「うおおっ!!??」
地上でまだ戦っていた魔窟堂や井草たちが思わず目をかばうほどの、志向性の核爆発閃光・・・そうとでも例えられるほどの激烈な光。その光は・・・押し返され、イクサーΣに叩きつけられる!
グゴォオオオオオオオオンッ!!
既に半壊した周囲の建物が、振動で次々砕け散る。巨大な拳で殴られたように弾けとんだイクサーΣはビルに激突し停止するが、両腕は蒸発し全身の装甲はゆがみ、ひびが入っている。
「そっ、そんな馬鹿な・・・!」
先ほどの腕をつかまれたときに感じたものが現実となり、焦るイクサー2の頬に冷や汗が伝う。
イクサー1と戦ったときに相手の力は見定めていたはずだった。自分の方がイクサー1よりはるかに強い。それはロボット戦闘においても同じはずだった。実際最初はこちらが優勢だった。だのに、何故!?
ここにきて突然に力の差が逆転している。新たに加わった要素といえば、あの渚という少女だけだというのに。大した科学力も戦闘力も無い地球人に、それほどの力があるというのか。
「せっ、セピアッ!」
自分のパートナーを叱咤するイクサー2。だがそのセピアも動揺していて、とても同調できる状態ではない。
そして、イクサーロボも第二撃、トドメの体勢に入る。
・・・と!
「わああ〜〜〜〜〜〜っ!」
「えっ!?」
「何っ!?」
そこにダンガイオー、そしてもう一体のロボットが転がり込んできた。二体のロボットは戦いあっている・・・つまり、一体は敵だ。
ここまで押されてきたということはダンガイオー、かなりの苦戦を強いられたに違いない。そしてイクサーロボも損傷が激しく、これが最後の一撃。
状況はサイド逆転する、に見えた、が。
「ぬおおおっ!!?」
ズドォオオオオオオオオオオン!!
反射的に放たれたそれまでチャージしていた、イクサーΣに止めを刺すために撃たれた一撃。運のいいことにそれが、もろに新しく割り込んできた敵に直撃した。
「・・・・・・」
「ぬうう・・・」
ちょっと満ちる、気まずい空気。よろよろと立ち上がった新しい敵は、まだ十分動けるようだが戦闘をするにはおぼつかないように見える。
「えぇい、撤退だ!イクサーΣ、お前も退け!」
「・・・・・っ!」
ひとしきり喚いた後急上昇、大気圏の彼方へと消えていくロボット。そのパイロットの声はどこかで聞いたような気がしたのだが、雑音が酷くてよく分からない。
イクサーΣも、それについていく。
なんだか酷くしり切れトンボな状況だが、・・・敵は襲撃の失敗を認め、逃げ出したようだ。
「勝った、のか・・・イクサー2、恐ろしい敵だった・・・」
安堵とも憂いとも取れる複雑な溜息を漏らすイクサー1。
「うっ、ううう、さ、小夜ちゃん・・・っ!」
だが、それを渚の嗚咽が遮る。
「渚・・・」
「うっ、ううっ、ひっく・・・」
何度もしゃくりあげる渚に、イクサー1の声はあくまで優しい。
「大丈夫です渚、小夜ちゃんは無事です。」
「え・・・っ?」
意外な言葉に、思わず泣くのを病めて顔を上げる渚。自分の言が染み入るように、大きく頷きながらイクサー1は説明した。
「私のリングが守っています。小夜ちゃんは生きています。」
「こっちでも確認した。イクサーΣの足跡にバリアごとめり込んでいるが、バリアは全く崩れていない、当然中の小夜ちゃんも無事だ。」
姫夜木から通信が入る。コクピットのスクリーンに写る、気を失ったのか目をつぶって入るもののどこにも怪我の無い姿はまぎれもなく小夜ちゃんだ。
ぱぁぁっ、と明るくなる渚の顔。頬を伝う涙が嬉し涙に代わるのに、時間は要らなかった。
「・・・・っ!ありがとうイクサー1!大好きよ!」
「渚・・・」
やや憔悴した様子だけれども、イクサー1の顔も微笑みを宿す。
「巨大ロボットにふんずけられても大丈夫な個人用バリアシステム?なんとまぁ・・・」
思わず呆れ顔にならざるを得ない魔窟堂。だがすぐに、その顔は笑顔へと変わっていく。
周囲のみんなと同じ笑顔に。
とりあえずは、今日を勝利したことに。
戻る