run rabbit junk tencount encounter(後編)


不眠症の帰還兵、夜のタクシードライバー。

街の生き方を知らない男、女も相手にしてくれない。

夜走る街は腐った町。ヒモに女衒に少女売春、買う奴飼う奴悪い奴。

少女を説得してみても、知らない生き方空回り、空っぽ頭はけらけら笑う。

「俺に用か?俺に向かって話しているんだろう?どうなんだ?」

憤懣の銃と浄化の弾丸。とはいえやるこた人殺し。

撃って撃たれてもてはやされて。

それでも結局夜を行く。



明かりのついた映画館は、がらんとした伽藍だった。
今まで移っていた映像も無く、照らし出されたそこは、酷く殺風景に見えてしまう。入ったときはそう思わないのだから、錯覚なのだろうが。


いすから立ち上がり、背伸び。長時間座っていると、どうにも節々が凝る。
「見終わって何だが、タクシードライバーはもう何度も見たんだっけな。」
兎の耳をぱたぱたさせて、俺がぼやくと。
「見てから言うなよ。見る前に言うか、見終わっても言わないもんだ。」
と、時計屋が唇をひん曲げ、
「何度も見たものって、やっぱり嫌?」
と、クリオネが聞いた。
RDグッドバッドの奴は、
「かく言うグッドバッドもそうなのだが、さて、それにしても君はどう思ったのかな?」
と、こちらの反応をうかがうように、悪ふざけの悪戯を仕掛けたように笑っている。
何というわけではないが、「同じ映画を何度も見ること」について、変わった答えが返ってくれば面白がり、平凡な答えが返ってくればからかうつもりなんだろう。
多分、ならお前はどうなんだよと逆捩を食らわせても、大方もう返事は用意してありますぜ、って面だ、これは。

だがまあ、そんなあれこれ考えた構え方が、こいつの場合それほどは気にならなかった。髪の毛の天辺から足の爪先まで趣味で固めてるせいで、むしろそのほうが自然に見えてしまう。

「デニーロは銃を撃ち終わった後、画面に向かって振り向いて「俺がデニーロだ、文句あるか!?」とは言わない。」
関係ないようなことを、敢えて言う。こいつは、昔読んだ新聞の漫画で、皮肉屋のキャラクターが言った言葉なんだが。
「そんなことを言うのはギャングスタ・ラッパーくらいのものだ。」
にやりと笑って、RDは返してきた。驚いたことに読んでたらしい。ハリウッド映画よりギャングスタ・ラップが子供の親に眉をひそめられる理由をネタにしたあの漫画。
「ギャングスタ・ラッパーがそう言うのは、歌ってるときだけだ。戦場で実際にそう言うことも無ければ、振り向いて仲間にそんなことを言うこともない。」
こっから先は、俺の言葉。
「映画の中の役者が振り向いても、映画に向かって観客が振り向いても、同じことさ。殺るも殺られるもない、自問自答だ。極論すりゃ、頭の中だけ。」
感想というよりは、感想の無意味さを語ったような言葉だ。
何でこんな言葉が口をついて出たのか、正直俺にも良く分からなかった。分からなかったが、何故かこう言いたい気分だった。

「それでは、まるで「バッファロー’66」だな、お嬢ちゃん。」
別の映画のタイトルをRDは挙げた。
出獄した男が、恋人が居ると見栄を張るために女を攫って・・・攫った女と本当に恋仲になってしまうという奇天烈な映画。
男はタクシードライバーのように銃を撃とうと妄想するが、攫った女に止められて、それは妄想のシーンとしてしか画面内に結実しない。
「かもな。」
俺は短く言葉を切ってしまう。

ふと、映画館を見回して思う。
伽藍ってのは、確か要は寺のことだと思ったが。
何故俺は、「がらんとした」の語呂合わせにしてもこんな縁の無い言葉を思いついた?
・・・さっき口を突いた言葉は、なんとなくこの伽藍と関係しているような気がした。

「さて、それではぼちぼち・・・殺し合いといこうかね。」
俺の一瞬の思索を割いてRDはそう言うと、タバコを銜え火をつけて席を立った。
スペイン、アルタディスの「フォルトゥナ」・・運命って意味のタバコか。
今朝方見た夢を、ふと思い出した。

なるほど、今のところこいつぁ、悩む余地も無いほど真っ直ぐな事件だ。

「悪かねえな。」
俺も自前のペル・メルを銜えて、席を立つ。火も分けず貰わず自分でつける。

「・・・助太刀は考えないほうがいい。」
表に出たRDは、ついてきた時計屋とクリオネに対してそう言った。
「お嬢さん以外の要因で私が敗れた場合、諦めきれない賭けの参加者が二度三度刺客を送りつける可能性もあるからね。私以外に、誰が出来るというところだが。」
「はっ、『お嬢さん』はいい加減にしやがれ。ま、二度三度は御免だな。」
相変わらず念の入ったRDの言葉。突っ返しながらも、同意せずにはいれない。
その一言でハブられた時計屋とクリオネが、表情を歪める。だが、このRD=グッドバッドの言動には迷いも衒いも引っ掛けも殆ど一切無く、嘘を疑う余地もだからこれまた悔しくても殆ど無い。

「流れ弾に気ぃつけてな・・・気ぃつけてどうなるかは兎も角。」

その表情が気に食わなくて・・・クリオネが気に食わないんじゃない、クリオネがんな表情をせずにはいられない、状況が気に食わなかったんだ。
なんとなく、そう言って、俺はクリオネの前で少し笑った。

外に出るまでの間に、RDは銜えたフォルトゥナを吸い切って捨てていた。
大して俺は、二本目を唇に挟んだ。RDのサイボーグとしての戦闘モードは外形に口が露出しないから、銜えタバコも満足に出来ないのだろう。

そして、RDが切り出す。
「投げたコインが地面についたら、でいこうか。グッドバッドは、自分の心に従う。お嬢さんがコインが地面につくまでの間に不意を撃つかは、そちらの心がけ次第だ。」
「相変わらずあきれるほどに・・・古風というか、変わっているというか、趣味的というか。」
「改造人間というものの存在自体が、その三要素を満たしているじゃないかね。お互い様さ・・・では、はじめようか。」
ぼやくような俺の突っ込みに、満足げな笑顔で返し、RDはコインを弾いた。同時に奴の姿が人のものから鋼へと変わり、俺の体の獣毛が逆立つ。
けど、気がつけば俺も笑っていた。
この懐古趣味で、奇天烈で、真っ直ぐな殺し合いに・・・少しだけ。
俺も笑っていた。


くるり、くるり。
弾かれたコインが回る。
くるり、くるり。
回りながら落ちる。
見ながら思った。
くるり、
錆びかけた光らないコインなのは、日光反射によるアクシデントを避けるためだろうか、だとしたら用心深い。
ちん。
西部の土の上でなく、海の家のコンクリ道路に落っこちて、コインが音を立てて跳ねた。

ダ・ダン!

同時に俺も横っ跳びに跳ねた。西部劇のガンマンじゃないから、正面から打ち合う趣味は無い。
という以前に、二重の音が示すとおり正直跳ねてもギリギリだった。
先刻酒場で見せたのよりも更に早い、ウィンチェスターの居合い撃ち。レザースーツとその下の強化皮膚を、掠めた高速振動弾が浅く切り裂いた。

(殺気で跳ばなきゃ・・・銃弾にトばされてたな!)
こっちが間合いを詰めるために前に飛ぼうとしてたのを察知したような電光石火。咄嗟に跳ぶ方向を前から横に変える。

跳びながら、撃った。だが、案の定真っ直ぐ弾は飛ばない。壊れないだけ幸運なほどの衝撃を受けて、結局調整する暇が無ければ、それは当然。
「っち!」
舌打ちと共に、かんしゃく紛れに残りの弾丸を一気に全部弾く。普通より一発多い七発装填が、最初の一発を六発が追いかけるようにして空になる。
もちろん、外した弾道を完璧に追うのではない。銃口は動き、弾丸は乱れ撃ちになる。

大きくRDは動いた。弾丸が散らばる範囲から向こうも横っ跳びに跳びのき、反動を地面に転がってから再度立ち上がることで相殺。
これじゃ、タクシードライバーっつうか、ジョン・ウー映画の始末だぜ。
皮肉る暇もあればこそ。転がりしゃがんだ姿勢から立ち上がるときにはレバーアクションをまるでパリソンナイフみたいに軽く翻して再装填したウィンチェスターで、再び居合い撃ちの構え。

乱れ撃ちの連射音より鋭い一発の銃声。その音を聞きながら、再度跳躍する俺。
今度は髪が一房千切れて飛んだ。移動後の体勢からの攻撃という隙まで含めて、尚、それほどまでにギリギリ。
(早い!巧い!)
感嘆するなんて簡単なことをする暇も無い。右手で居合い抜きにしたウィンチェスターを空中で振り回し弾丸を再装填している間に、RDの左手は最小限度の動きでコルト・S&WのM1917を抜いている。
牽制と分かっている、足狙いの一射。分かっていても避けないと当たる。足を殺され避けられなくなったらしまいだ。
(分かっていても牽制されざるをえない、それが本当の牽制って、やつ、かねっ!?)
牽制どころではなかった。そのまま二発、三発、四発、五発、六発。
こっちの乱射と違って、容赦なく精密だ。工業用のミシンか何かのように地面を穿って追いすがる、五発目が爪先を削って足爪を露出させ、六発目がバックステップで飛び込んだ建物の壁の角を落とす。
弾け散った弾片と建材片が、俺の白い頬に引っかき傷のような三筋の赤を添えた。

追跡してくる足音は、無い。一瞬で判断し、リロードをする。照準は完全に狂っているが、無いよりはましだ。
かち、かち、かち、かち、かち、かち、かち、と、七発。
大して俺の兎耳が捉えた向こうさんは、14発の内撃った二発をウィンチェスターに装填しなおす音と、それと6発ごとにフルムーンクリップで纏められたM1917用の弾たちを、出して、入れてそれで終わり。
向こうのほうがずっと早くリロードを終えたのだが、仕掛けてくる世界は無い。

今度はこちらに先手を譲ろうって気配がありありしやがる。

畜生、なめやがって。
はっ、おもしれえや。

相反する思いを抱きながら、俺は聴覚に集中した。最初に動いた場所からの互いの動きを思い返しながら。
音は伝えてくる。今はもうリロードも終わって、RDの奴は何もせずに佇んでいるようだが、何もしていなくても存在しているだけでサイボーグとしての機械の動作音、生物としての心臓の鼓動を、兎の耳は逃さず捕らえる。
いつでも動ける、そんな姿勢だ。重心を安定させながら、それでいていつでもその安定を崩せるような、足の広げ、体重の掛け方をしている。これは、反応速度は早いだろうな。
完璧に近い待ちだ。
が。
(主導権はこっちだ!)

余裕ぶっこいてる相手に腹が立った。
まあ、結局それが根源なんだが、迎撃の準備を整えたからって主導権を相手に渡して尚有利って分けにはいかない事を教えてやるという理由をつけて俺は飛び出した。辛うじてリロードが終わってからもう少しの間待って、フレームの歪みの確認と出来るだけの修正を行う間を取るほどには理性は残っていたが。
残っていても馬鹿ってことに変わりは無かったらしく。

飛び出した俺を待ち構えていたのは、翻るウィンチェスター・ライフル。
こっちが引き金を引いた時には、今度はかするだけじゃない高振動ライフル弾が、俺の右肩肉を引きちぎっていた。
「っが、!!」
痛みに突き刺されながら放った銃弾は、出遅れたことと、照準を再調整した後の最初の一発だったせいもあって、あっさりと「かわされた」。
半歩下がって体をRDが傾けただけで、元からかする程度だったろう銃弾は完全にすり抜ける。
歯を食いしばって放った二発目は、初弾回避とともに左手で抜いていただろうM1917の、何と弾丸で弾丸が叩き落とされていた。
サイボーグのスペック次第では不可能ではないとはいえ、実際にやる奴なんざ今まで見たことが無い。
驚いたときには、ウィンチェスターライフルがまた翻っていた。

「生憎、グッドバッドがレーダーの『電波』は、君の耳が捉える音より早い!そして、君自身の速度よりも!」
まるで腕まで含めて一本の長い鞭であるかのように、RDはウィンチェスター・ライフルをびゅうびゅうと風切らせて振り回す。
しなやかに素早くうねるその銃弾を吐く鞭は、四方八方を牽制し、三百六十度を銃口で睨み据え、何処の何をも逃さない。

RDは、改造モチーフを基にしたコードーネームだという。
そしてこの力、あの姿。
Rは、レーダーのRか。

認識した時には、下がった右肩右腕に対して突き出した左掌と腰の左部分に、もう一発づつ銃弾が食い込んでいた。
掌のほうに至っては貫通銃創で、すり抜けた間の両方の骨に欠けとヒビを入れて首筋ぎりぎりを掠めていった。一歩間違えば、喉首の致命的な血管か気管を引きちぎられてた。
同時に、反動でたった今飛び出した物陰に、もんどりうって突き戻される羽目になる。派手に転倒して、コンクリートの路面で今度は背中を打った。銃弾に比べりゃ、羽根布団も同然だが。

「中々トドメをさせないのはRDの未熟かお嬢ちゃんの巧みか。ああ、わざと痛めつけているわけでは断じて無い、それはグッドバッドの好むところではない。だから騒がないで頂けないか、もう一人のお嬢ちゃん」
RDの声が、衝撃のせいで少し遠くに聞こえた。
けど、その台詞より、強く、聞こえた言葉がある。
それまで固唾を呑んで見守っていたんだろう、クリオネの悲鳴みたいな叫び。
それを制止する時計屋の、押し殺した唸り。

さっきも言ったとおり、手を出しては振り出しっていうことと、でも、手を出したいんだろうな、こいつらは、そいつが、きっとフィルムが絡んだ映写機みたいなことになってるに違いない。

ああ、畜生。
腹が、立つな。

そう思った次の瞬間には立ち上がっていた。
確かに、俺の耳より奴のレーダーのほうが凄いのかも知れない。
だが、レーダーに見えなくて、耳には聞こえるものがある。
それは風だ。
それは空気だ。
そして、風と空気に刻まれる動きのリズムだ。

鞭のように振り回されるライフルの風鳴りが教えてくれる。いかなサイボーグでも超えられない慣性の法則に足を引っ張られて発生する、銃の動きに現れる一定のリズム。

(・・・だったらっ!!)
周囲に視線を走らせて、利用できるもんを確認する。
狙ってたもんは、あるにはあったが・・・
(なんつうか・・・)
一瞬、過去を思い出して戸惑う。だがまあ、他に代えがあるでも無し。
躊躇はあくまで瞬間で振り払う。

「オラァッ!!」
次の瞬間RDの前に飛び出したのは、急いだ誰かが止めていってたんだろう軽量の二輪車。
飛び込んだ先にあったのを、改造人間の脚力に任せて蹴りだしたのだ。俺も前に爆発したホテルに巻き込まれてバイクを無くした経験があるだけにこんな巻き添えを食らう持ち主を哀れんだが、このクソッタレな海の家では仕方が無いこった。
同時に、まだ空中を舞っている二輪車の陰に飛び込むように、蹴ると同時に飛び出していた俺も空中。
一瞬バイクを盾にして、その間に、撃ちまくって見た「狂い」を考えに入れて、狙って撃つ。トドメに、空中から地面に手をついてバイクをもう一度蹴って、飛ぶ方向と意味を、横向きに飛ぶ俺の盾から九十度曲がって飛ぶRDへの攻撃に変える。

この一撃は、バッドグッドが銃を抜き放ち振り回すタイミングを計ってやった。
打撃用に装甲化したウィンチェスターには、もちろん自前の重さがある。どんだけサイボーグとしての腕力があっても、微かにその重量と慣性の影響は受ける。
その隙は、あらかじめそうと意識してタイミングをずらさない限り、消せはしない。

発砲の音が空虚に聞こえたのは、外れたせいだろうか。

紙一重でよけられた。それも、ぎりぎりでしかかわせなかった紙一重ではない。
それだけしか避ける必要が無いと判断して避けた紙一重だ。つまり、完全に避けられた。さっきの乱れうちに対しての派手な回避とは、えらい違いだ。

・・・
狙い済まし、フェイントを馬鹿な俺なりに考え抜いた一発より。
曲がった銃身でのやけっぱちの乱射に対して慌てた。

生身の人間ならそう言うこともあるだろう。銃弾を避けられない生身の人間なら。
だが、よけられる改造人間なら、避ける余地も無いような濃密な弾幕というならともかく、そうでない場合は乱れ撃ちの弾丸はそれほど脅威ではないはずだ。
見てから避けられる。怖いのは、避けるために見る余地の無い奇襲、だからフェイントをかけた。

だのに、RDには結果は逆。

推測が確信に変わり、確信が怒りに変わる。
「RD=グッドバッド!てめえのレーダーはこっちの心にまで届くのか!!」
「仕事の上では使うと言った!」
超能力で心を覗かれていたのでは、こちらが「意図して行う」攻撃は、なるほど先読みされて当たるわけが無い。
だからこそ、照準の乱れた射撃、考え無しの連射には、読みきれないから過剰に反応せざるをえなかった。

そう理解した時には、着地の足元に打ち込まれた銃弾で、俺はつんのめって倒れていた。
倒れた俺の頭に、ルン、と、最後の風切音を立てて、旋回していたウィンチェスターの銃口が突きつけられる。

「何もかも分かる、だから負けはしない。君の怒りも分かる。だがまあ、それもまたありふれた戦場での感情だ。」

平坦な口調で、RDは言った。
それまでの、俺を「女の子」扱いしていた、あの洒落めいた調子は消えている。スタッフロールの背景のように、今はただ単調だ。
・・・終わってみてみれば、あれもそれなりに懐かしく思えてしまう。てめえの人生が終わろうとしてるってのに、関係なくそんなことを俺の脳みそは思っていた。

「分かってしまって悩む必要が無いから、せめてグッドバッドを懐古せねば、いささか退屈でね。」

畜生、そうか。そういうことか、と、思う。
がらんとした伽藍、がらんどうな伽藍堂は、俺たちか。仰々しい力を与えられ、やってることといったら、無意味な博打だ。
RDが懐古する理由は、この畜生という思いへの反逆なのだろう。
俺が、気がつけばその懐古を、気に食わないと思わなくなったのは、この伽藍が気に食わなかったからか。
固まるほど硬く心を茹で上げてしまえば、動けないそれしか残らない。懐古の塩でも振らねば、食えたものではないからか。

タン!

「だから君がそう判断することも分かっていた。なに、安心したまえ。君によって私は排除されなかったから・・・仮にお嬢ちゃんがここから奇跡の大逆転をしたとしても、新しい刺客が来ることは無い。その可能性は、無いだろうが・・・」

音が響いた。
このまま殺されるくらいならと、思ってくれたのか。
銃を抜こうとしたクリオネが、銃把に手をかける前に打たれた。

時計屋が叫んで、クリオネを抱きとめる。こっちに、RDが向き直った。
向き直ったRDの引き金を引く指に力が入る前に。
そう思った時計屋が動くのも「分かる」のか、左手に握ったコルトM1917を、そのまま時計屋に向けたまま。

「!!!!!!」

次に見えたのは、RDの金属装甲を、傷口からの血を引きずって蹴り破る俺の足。衝撃でそれる、コルトM1917の銃口。
俺に向けたウィンチェスターの銃口もそれたのに気づいたのは、その後。
その時に、今度は俺の拳からブレードが飛び出して突き刺さり、反対の拳が殴り飛ばす。
なるほど。
キレた意識がやろうと思う前に当たってしまうなら、思いを見られても当たるんだなと、俺は自分の口から轟く叫びを他人事のように聞きながら、それを見ていた。

「っ!?」
吹っ飛んだ時、ひしゃげた装甲の向こうで、確かにRDは驚いていた。
だから咄嗟に、俺が吹っ飛ばした方向がまずすぎて、あいつが時計屋とクリオネの後ろまで地面を転がりすっ飛んだのを見たとき。
驚きがRDの頭から懐古を吹っ飛ばしたと思った。
ウィンチェスターとM1917、二丁の銃を、俺と、軸線上の時計屋に、向けていたから。
意識が行動を認識しつつある。
だとしたら、RDにも見えている。
そうなら、追いつかない?

それでも、俺は。

それでも俺は、クリオネを抱えた時計屋の上に飛び込むように跳ねて、驚いているRDに、照準がまだ少し狂っていたS&WM686PLUSから、対サイボーグ用特殊弾頭を、七発全部叩き込んだ。
至近距離だった。

・・・ひょっとしたら、一瞬はRDの頭からそれは吹っ飛んでいたのかも、しれなかったけど。
俺が撃ちこんだ七発の銃声が、終わったあと。俺の兎耳は確かに聞いたんだ。

「10、9・・・」
・・・RDは、テンカウントを始めていた。
「8、7、6・・・」
もう意味は無い、テンカウント。
「54、321・・・0。」
ひしゃげた装甲の隙間から、血を吐き出しながら。
「人質をとってテンカウントをするなら、最後まで数え終わるまで、撃ってはいけない。・・・そういうものだろう?お嬢ちゃん。」
0まで数えて、始めて会った時のあの言葉を言った。もう鬱陶しいとは嫌いじゃなくなった、俺の生まれた古い時代の言葉。
「悩む必要がないというのは、何とも味気ないものだ。悩むに足るだけの重大な要素に関わる判断がない。悩まないですむ世界は、自分以外の全てが、ただ流れ行くだけになってしまう」
そして、俺が生きている今のこの時代に、新しいもう一つの言葉を言って、RDは死んでしまった。

かくして、俺の「頭をいためる必要のないまっすぐな事件」は、なるほど頭を痛めることなく、さっくりと終わってしまったのだった。
勝ち負け以外の何かに、俺の手が掴むどころか引っかかることもなく、するりとすり抜けて。



畜生め。
ハッパ決めた神様の奇跡にしても、貰ってみれば存外嬉しく無いもんだぜ。





(それでも体の下にかばった体温の感触は、かかった機械油混じりの血より暖かだった)

ふざけものの再生怪人、海の家の保険屋さん。

街の生き方を知らない女、寄る辺も縁も過去へと消えた。

走る街は腐った町。この世の悪徳せいぞろい。

撃ちあい打ちあいしてみても、知らない生き方空回り、空っぽ頭はからから回る。

「俺は何だ?俺はどうするってんだ?どうなんだ?」

憤懣の銃と浄化の弾丸。とはいえやるこた人殺し。

撃って撃たれてもてはやされず。

それでも・・・


「だからさー。やっぱり・・・」
「うるっさいな。覚えてねえ、っつうか、知らねえよ。別に、RDがお前らのほうに銃を向けた時キレた訳じゃねえって。」
「つうかお前ら、けが人の癖に元気すぎるだろうよ。ってか、これで前回の仕事の稼ぎはパーか!?」
「あー、パーだな確かに。つうか、何でお前まで怪我してんのよ、クリオネ。何でお前怪我してないのに払ってんだよ、時計屋。」
「まあ、愛?」
「俺の店で起きた事件だしな。」
「愛とかゆーんじゃねえ。あと、厳密には撃ちあいは店の前だろーが、ったく。」
「でも、愛だもん。」
「実質、同じようなもんだろ中でも前でも。」
「・・・はぁ。」

白い病室。映画の終わった映画館よりは、狭苦しい大部屋。
タクシードライバーと比べて、どっちがましとも思わないけど。
こんな感想も、無意味かもしれないが。

とりあえず俺には、感想でも関係ない無駄口でも、言い合える奴らが居る。



戻る