run rabbit junk tencount encounter(中編)
全くそいつときたら、そんなストレートにもほどがある言葉を吐きながら、サルーンに入る西部のガンマンかと言いたくなるような足取りで部屋に入ってきた。
正面からの突拍子も無い発言に一瞬あっけにとられてたんだろう時計屋とクリオネが、言葉の意味を理解して銃に手をやりかける。
「グッドバッドは殺すと言った相手は殺す。だが、すぐに味気なく殺すのはグッドバッドの好むことではない。互いを認識し、因縁を貯め、感情を込めて引き金を引く。それが好むところだ。」
銃を握らない、変身もしていない掌をひらひらさせると、RD=グッドバッドは俺の顔を覗き込むように見た。
「良く咄嗟に抜かなかったな。偉いぞ。」
「馬鹿だから馬鹿の考えることは分かる。」
にやりと笑うその言葉が、褒めるようで馬鹿にするようで。
俺も相手も馬鹿だと言って笑った。
「ふむ。馴れ合わないのも良い。殺し合いに激しさが損なわれることが無いからな。だが、酌み交わすくらいはいいはずだ。」
ずかずかと、そのまま上がりこんで座るグッドバッド。
「テキーラ。あればライムと塩。ライムが無いなら塩だけでもいいが、まさか塩まで無いということはないだろう?」
「ここは本当は映画館なんだ、バーじゃない。」
「だが俺もラム。こないだの稼ぎで買い込めただろ?」
RDの勘違いを指摘しようとして、俺の飲酒欲求に粉砕された時計屋は、ぼやきながら酒瓶を取り出した。
残念ながらライムはなかったようだ。グッドバッドはテキーラをあおり、塩を舐めた。
まあ、この海の家では、天然モノのライムなんて金持ちのもんだろう。合成モノのライムジュースモドキならあるだろうが、ライムジュースじゃ恐らくバッドグッドが求めるところの、ライムを「かじりながら」のテキーラは無理だろう。
俺もラムを口にする。
「RDは、今の体になったときに所属していた組織でのコードネームのイニシャルだ。Rは改造モチーフであるレーダーの略、Dは組織名でもある・・・」
改造モチーフってのは、俺の場合兎なんだが、昔は純粋機械式でもテーマを絞り、戦車だの戦闘ヘリだの、既存の兵器類や機械類をイメージしたサイボーグ化が行われたそうだ。それにしたって、レーダーってのはあまり聞かないな。
そしてそいつが告げた組織の名前は、物覚えの悪い兎の脳みその片端に意外にも引っかかっていた、俺が居た組織で受けた教育の記録だった。
俺の居た組織以外で、「せかいせいふく」という空っぽの頭に詰め込むにもでかすぎる夢に挑んだ連中に関しての記録。その中にその名前はあった。驚いた、俺よりずいぶん古い・・・しかも俺みたいな再生改造による断絶無しで来たんなら、歳はもう中年を通り越して老年のはずだ。
そして同時に、こいつの正体についても思い当たる。
サイボーグエスパー。唯の人間を機械仕掛けにして強く出来るんなら、ただの人間じゃない奴を機械仕掛けにしたらもっともっと強かろう、って発想の人間兵器。薬中毒のガキみたいなのじゃなく、生まれたときから脳の配線が普通人と違っていて、それが力に繋がっていた奴を改造したもんだ。
古い時代の贅沢で、今じゃ滅多に作られない。唯でさえ繊細な脳が偶然の作用で配線を掛け違い超能力を使えるようになったものを、さらに機械化した体に合うように改造するなんてのは台無しになる危険もかかる手間も多すぎるからだ。
「・・・という。その表情なら、俺の正体は分かったようだな。サイボーグエスパーでも、それくらい表情がはっきりしているなら、別に力を遣わなくてもそれくらいは分かる。ああ、安心しろ。あくまで仕事の上でしか遣わない。グッドバッドはある程度紳士的であるべきだし、四六時中他人の心の雑念に付き合いたいと思うほど柔らかくはない。」
どうやらまた顔に出ていたようだ。あの件の時といい、俺の神経はよくよく一直線に出来ているらしい。
「へえ。で、その先輩様は、どういう理由で俺を殺しに?」
「ああ、それはこれから説明する。」
ある意味素面とは思えない会話だが、実際に酒は入っている、と思いかけて間違いに気づいた。最初に入ってきたときにこいつはそれを告げてたし、その時はアルコールの匂いはしていなかった。
だが次にひょいと出てきた言葉は、それ以上の爆弾だった。
「依頼人は、この島の統治機構の一派だ。派閥抗争の一環として、お前の存在が齎すトラブルに耐えられなくなった連中とそうでない連中の、面当てと軋轢の応酬の末に、一度依頼してやってみて、ダメなら諦めろという博打めいた落としどころに持っていったんだと。」
「言っちまっていいのか!?」
依頼人のとんでもなさにおいても、それを、依頼された側が話してしまうという点においても。
「俺は、自殺の介添えなんてしねえぞ。」
俺は念を押した。
こんな無軌道をやらかすのは、よほどの馬鹿か自殺志願者のどっちかだと思ったからな。
介添えは前に一度やった、というよりはやらされたのだが、あれは二度やりたいと思うものじゃない。そうだったらこのやろう、どうしてくれようかと思ったが言いつつどうしたらいいか分からないということに気づいて内心あせりかけたが。
「まさか。」
あっさり否定された。
しかも笑ってた。こっちの苦労も知らぬげに。
「連中確かに依頼したことについては話すなという契約を俺に結ばせた。俺もそこのところは念押しした。」
念を押すように、そして同時にいかにも楽しげに。
「が、こっちが勝手に頭の中を探ったことを話すなという契約にはなっていない。実際、連中俺には目標の情報と殺害せよという命令を下しただけで、他は何も言ってないからな。」
「ぶっ」
ラムが後一歩で鼻に入りそうなほど咽た。こいつ、なんてことを。
「コンピューター方面での防御はやたらと最近の連中は拘るくせに、サイボーグエスパーを甘く見るほうが悪い。依頼の態度も見下し気味でこれまた腹が立ったからな。よって、グッドバッドとしては茶目っ気を利かさざるをえん。」
「あ、あんたねえ・・・」
「ああ、心配ご無用。難癖をつけられたとしても、グッドバッドはあんな連中に殺(と)られるほど老いぼれては居ない。ちなみにそっちの二人は、まあ用心のために聞かなかったことにしておいたほうがいいぞ。マシロ=トヴァは、これから俺が倒すからそういった心配は無用だろうが、二人はそうでもない。最もその時感情の赴くまま仇を討ちに行くと言っても、それもまた乙なもの。グッドバッドは感情を肯定する。」
そういう問題じゃあないだろうと言いかけるクリオネに、テキーラを呷りながらグッドバッドは笑った。
「余裕だな。俺程度なら楽勝ってか?」
「そう言ったほうが君もやる気が出るというものだろう?」
中々分かってるじゃねえか。
だが、やる気が出ることはわかっても、俺がどれだけすぐにやる気になるかは知っているかな?
「試すかい?」
「おやもうかね。」
「試すだけだ。」
「そうかね。」
「無視するのは勝手だ」
「せんよ。」
かちり。
かちり。
かちり。
かちり。
かちり。
かちり。
短い応酬が始まる。合間合間に挟まる、おんぼろな時計の秒針が動く音。
一秒ごとに、空気が濃密になっていくのが分かる。それに気づいたクリオネと時計屋の緊迫した表情が、濃密化した空気のせいでどんどん遠くに感じられていく。
俺とRD、二人が口にしている蒸留酒より、二人を包む空気のほうが、濃くなっていく。
「試すつもりだということは感じていたよ。最初の発言の雰囲気で。ただ、力を使って頭を覗いたわけではないから、確認をとらせてもらった。それだけのことだ。」
RD=グッドバッドが、長く台詞を吐いた。数秒、秒針の音がさえぎられ・・・
がちり。
分針が、おんぼろらしく軋むようなやかましい音を立てて動いた。撃鉄が落ちるように。
必然、戦いって名前のガンパウダーは発火した。
床を蹴る、相棒を抜く、手を伸ばす、同時に三動作。
隣り合わせに座って飲んでいたんだ。この間合いでは居合いみたいに抜き放っても、ウィンチェスターには「近すぎる」。刀みたいに振り回しても、あくまで銃は銃口を向けねば意味がないが、銃身の長さより踏み込まれてはそれは不可能だ。
引き金を引くよりも早く飛び出す、腕という名前の俺自前の弾丸。狙いはRDのコルト。
抜く前に抑えて、抜かせない。西部劇でも無いんだ、この近距離ならやらない理由は無い。
ガツン!!
「!!」
耳が風切音を捉えたのと、反射的に抜ききった銃身を跳ね上げたのと、激突の音がするのとの間に、殆ど間は空いていなかった。
銃を取り落としそうになるのを何とかこらえる・・・まさか、銃口を向けることを度外視で、鈍器としてウィンチェスターを振り回してくれるとはな。
アンティーク品に何てことしやがると思ったら、良く見れば金属で打撃用の補強改造がされてやがる、本当に何てことを。咄嗟にこっちの銃で防がなきゃ頭が割られていた・・・至近距離で使うなら兎も角、確実にこれは受けた俺の銃の照準は狂った。砕けなかったのが寧ろめっけもんだが、旋回して最大の遠心力を得る前に回転の根元を抑えたのが良かったんだろう。あとで調整しないとな。
逆に言えば、わざわざごつく重くした銃をアレだけ軽やかにこいつは扱っているわけだが、そこは改造による膂力の結果だろう。そんなことを思う暇は、その瞬間は無かったわけだが。
噛み付くように勢い良く指を曲げて、RDのコルトを掴む。だがその時には、RDも既に手を掛けていた。
そして、抜こうとせず銃を「捻った」。ベルトに突っ込んだまま回転させて、ヒップシュートまがいの姿勢で強引に銃口を俺の腹に向けようとしたのだ。
それは俺が銃身同士で鍔迫り合いをしながら、RDの首にこっちの銃口を向けようとするのと同時で。
「終わった」時には、右手左手で競り合いながら、二丁の拳銃が鎌首を擡げる蛇のようにじりじりと相手を睨みつけていた。どちらも完全に自由に狙える状況ではないが、食らいつけない状況でもない。
「ただの早撃ち比べでは終わらない・・・素晴らしい。こういう相手に対しての依頼こそ。グッドバッドが受けるに値するというものだ。」
「流石にやるねえ、先輩さんよ。」
・・・口に出して、なんだかこちらのほうが挑んでる三下っぽい台詞回しになったことに、ちょっと腹が立った。正面から正々堂々暗殺なんて矛盾したことを挑んでるのは相手のほうなのに。
その腹立ちにまぎれて何故と気にはしなかったのだが、言葉の響きが消えたときには、お互いに武器を引いていた。
向こうからしてもこちらからしても、そのまま撃ってしまってもよかったはずなのだ。確かにあれこれとグッドバッドは言っていたがそれが心底である証拠なんてないし、こっちからしてみれば相手に付き合う義理なんかないのに、だ。
それが何を意味しているのかにも、また、気付かなかった。
「店主、ここは本来映画館だと言ったな。」
「言ったぞ。まあ、ポップコーンのほかに銃も売ってるがな。弾けてから売るものと、売ってから弾くもの、ある意味正反対な。」
「折角だから見ていこうかと思うんだが。今流してるのは何だね?ポルノ映画なんかだったら勘弁したいところだが。」
テキーラの残りを喉に流し込み、RDは時計屋の物言いに笑いながら、この店では珍しいリクエストをした。
本来が一番珍しい、思えばここも不遇な店だ。
「拘る奴だから、そういう心配は無いぜ。変わったもんと古いもんが多いが。」
俺が口を挟むと、変わったもん扱いに起こったのか「ほっとけ」と時計屋は言った。
「どうかね?ご一緒に。」
「デートじゃあるまいに。」
「そうだ、デートではなく殺し合いだとも。だがグッドバッドとお嬢さんは、するべきでないことをする存在ではないのかな?」
なるほど、改造人間にせよサイボーグエスパーにせよ、世界征服なんてとびっきりの「するべきでないこと」をするために作られたもんだ。
だが。
「分かったとは言うが、どうにも色気のない誘い文句だな。」
「デートで無いのだからいいだろう。期待したのかね?」
だが。切り返しが早すぎたので「だが」が2回になっちまった。
それにしたって言い回しが微妙だろうと突っ込んだら、突っ込み返された。
この野郎、と、腹が立つ。なんというか、最初あったときからのこの「お嬢さん」扱いとでも言うべき微妙なムードが、どうにもこうにも毛皮を乱暴にわしゃわしゃと、それこそ小動物を撫でる撫で回されてるような感覚を覚える。
女扱いされている、のとは、似ているようでぜんぜん違う「女の子扱い」とでも言うか。
「あ、じゃあ私も」
俺がそれに対して何か言い返そうとした瞬間、そういって、勢い込むようにクリオネが割り込んできた。
「いいでしょ。」
というが、何だか有無を言わせない調子で。
少しばかり、仲間外れにむくれるような表情だ。
まったくいつもどおり、俺が突っ走るときは引けといい、俺がげんなりしたときは背中を押してくれる。
・・・そう思い返すと、俺とクリオネ、どちらかが致命的に間違っているような気がしたが。
自分の脳みその精度を考えると頭痛がするたちなので、ケースバイケースなんだろうと入れ物(ケース)に入れるんでなく棚上げしておくことにした。
「準備してくるぜ」
そういって先に席を立った時計屋の背中を見て、とりあえずため息を一つ。
この日の演目は「タクシードライバー」だった。デニーロの。