run rabbit
junk
砂塵の向こうからのトヴァ
砂塵の向こうから、夕日を帯びてやってきたその女は、異形だった。
身にフィットする、黒いコンバットスーツだけなら、まだ女戦士として話はわかる。
しかし、頭ににょきりとそびえたつうさ耳はなんだ?
身にまとう、大型肉食獣のようなオーラ、体つき、面構えにまったく似合ってない。
しかも、異形なものがもう一つあった。
背中から生えている?
いやしょっているライフル。これが大きすぎる。
アサルトライフルなんて目じゃない。
自分の背丈、あるいはそれ以上の巨大さ。
砲身、マガジンとも、銃というより、巨大な巨砲だった。
その時、あたしは襲われていた。
内戦下の混乱に乗じて、生き残ったゲリラ軍の一つ『神の翼解放同盟』
そいつらは、体の言いチンピラ。
今じゃ政府と組んで、国の番犬気取り。なお始末が悪い。
花を買いに来たんだ。そいつらはそう言った。
あたしが見繕った花。奴らはそれをあたしの手から叩き落とし、踏みにじりながら言った。
「そんなちんけな花じゃねえ。オマエという花が欲しいんだ。」
そして、伸びてくる屈強な手。
あたしはそれにからめとられ、戦闘服でもなんでもない服はあっという間に破かれ・・・。
その時、声がした。
「花を見繕ってくんない?」
振り向くと、銃弾の後も生々しいコンクリートの壁に、その女はもたれかかっていた。
「耳がねえのか? 花をくれ、と言ってるんだが。」
精悍な顔つきが台無しになるような、にやけた顔にくわえ煙草。
一瞬固まった男たちは、その顔、次にその耳を見て、にやにや笑った。
「お前こそ目がねぇのか? 俺達はこの小娘とお楽しみの最中なんだ。」
「なんならお前も仲間に入るか?」
だか、女は言い放った。
「今は、俺が客なんだ。」
わざとらしく、一語一語言い聞かせるように。
たちまち、男たちに殺気が走る。
「てめぇ。そのデカブツしかエモノはねえのか? 」
少し肩を下げながら、女は答えた。
「それがどうしたんだよ。」
「しかもいまどき、ボルトアクションか。博物館入りだな。」
「だから、何がいいたい? 」
こういうことさ!
抜く手も見せずに、三人は腰の旧式自動拳銃を抜いた。
しかし、ちりりという、音速で何かが焼ける音のにおい。
狭い路地に充満する一発の長い重い銃声。
そして、空薬莢が三発、同時に落ちる音。
奴らよりも早く抜き、あのバカでかいボルトアクションライフルを連射した。
しかも、まるで西部劇のファニングのように、ボルトをブッ叩くように操作して。
さらに、ギターのリフを弾くように軽やかに。
それがわかったのは、路地に、まるでトラに頭を丸かじりされたように首から上が無い死体。
心臓がぶち抜かれた死体。腕の付け根から上がなくなった男は、げろと鮮血とともに、地面を転がってショック死。
それが三つ転がった後だった。
「あんたは・・・。」
あたしは思わず聞いた。
ぺっ、と埃だらけの地面に煙草を吐き捨て、もみ消す彼女。
しかし、やってから「しまった!」という顔をした。
あたしに聞いた。
「すまねぇが。花以外に煙草は扱ってる? 最後の一本だったらしいや。」
そして、日課である海の見える墓へ行く。
立派な墓石も、十字架もほぼ皆無。その辺の枝を十字にくみ上げただけ。
ここに、兄が眠っている。
数年前、政府軍と戦って、はかなく散っていった兄さん。
あたしは、花輪を十字架にかける。
さっそく、花が役に立った。
とぼけたことを言いながら、墓に花をそなえるバニーガール。
「しっかしな。繁盛しているのは葬儀屋だけか。泥沼化した内戦・・・。負け戦こそヤバイ。やめられなくなる。ってのを地で行ってるな。」
「政府もゲリラも同じさ! 弱いものからぶんどって殴る! ただ生き残ってるだけの山賊よ! 」
そう。理想の国を挙げて戦った革命派。
しかし、戦争が長引くにつれて、組織体力の低下。
仇は仇しか生まない。分かっててなお続く殺戮。
お互いに何のために戦ってるかわからないまま、組織は分裂。
その隙を狙って、一気に今の政権が成り立ったのだ。
しかし、憎しみと殺戮本能がこの地を蹂躙する中、兄さんだけは違っていた。
あたしを守るために戦った。
あたしの誕生日が兄さんの命日。
あたしのために、せめて花束を。
買いに言った花売りの体には、自爆装置が付いていた。
どこにでもある、テロと言うやつ。
だから、あたしは戦っている。
爆弾もない。銃もない。この国を、再び花いっぱいの国にするために、「花売り」という戦い方で。
と、その時、目の前の十字架がはじけ飛んだ。
バニーガールは、あたしを押し倒しながら、横へ飛んだ。
むにゅっとしたものは、間違いなく女の胸。
だけど、あたしはそこに、兄さんの姿を重ねる。
あたしを、頑丈そうな大理石の墓に押し、自分は目の前の広場に飛び込む。
「なーる。純金メッキか? 派手なバレット・カスタムだわぁ。」
バカでかいライフルのスコープを覗き込んだ彼女は、そう言った。
「ボスやん! 」
あたしは叫んだ。
この町一番の賞金稼ぎ。狙撃だろうか近接戦闘だろうが、何でもやるテロリスト。
当然るその特技の中には爆弾も・・・。そう、兄さんを殺した張本人!
あたしはそのことをバニーガールに伝えた。
「は! そらまた御大層な肩書だこと。」
煙草を取り出す。その先端に銃弾がかすめる。
火のついた煙草をくわえる。
「何余裕かましてンのよ、こうしている間にも・・・。」
どんどんボスやんの狙いは正確になる。
「スナイパーの鉄則。一発撃つたびに位置を変えろ。って奴を実践してる。」
あたしはバニーガールの方を見た。
「どこから撃ってくるか、まったく予想がつかねぇ、ってこと。」
言うが早いか、目の前の開けた場所に飛び出すバニーガール。
待って! そんな丸見えなところにいたら、「撃ってください」と言わんばかりじゃないの。
だけど、バニーガールは目を閉じる。
精神統一!? ウサギの耳がツンと立ち、レーダーのようにあちこち探っている。
しかし、それは仁王立ち。男のロマンという奴を、散々兄からは聞いたが、男のロマンを実践した奴は・・・。
脳裏で、倒れた兄と、彼女が脳天を吹き飛ばされるシーンが重なる。
バニーガールの戦闘服に、一筋の線が。そして、それは無数の火の鞭となる。
そして、頬に紅く一筋、化粧をした。
振り向きざま後ろに倒れるバニーガール。
額から血が!
慌てて腰を浮かしたあたしに「まだだ! かすり傷だ! 出てくんな! 」
そして、あたしは硬直した。
バニーガールが、こちらへ銃口を向けていたからだ。
Show Down!
バニーガールが叫んだ。
一瞬、膨れ上がる闘志。それが形をとったように、対戦車ライフルの衝撃が銃から、バニーガールの周りで猛る。
蒼い海に響き渡る銃声。
鳥たちが一斉にはばたいた。
はばたきが一瞬、大地を覆った。
あたしの頭それてギリギリに走る衝撃破
バニーガールは、スコープごしに、奴の頭が吹き飛ぶのを確認した。
「ギリギリだけど、奴の心音をとらえられた・・・か。」
きらきらと、あたしの髪が一つかみ、夕日を吸って落ちていく。
「バレット50口径は、なまじオートだから、砂塵に弱い。ついでにオートだから精度も悪い。
カッコばかりに走ってるから、こういう目に会うんだ。」
夕日が世界を黄金に染め上げる中、ぶっ倒れているボスやん。
それを取り囲むように、あたしの影と、バニーガールの影が並んでいる。
「で、あなたはどうするの? この町一番のスナイパーを倒し、後釜に座って、のし上がるつもり? 」
「それもナイスかもしれない。思いもつかなかった。」
返してもらうぜ。奴の腰から、巨大なシックスシューター・・・。西部劇か。
時代遅れなそれを引きずり出しながら、バニーガールはつぶやく。
「そしたら、もっともっと血が流れる・・・。」
あたしの悲痛なささやきに、奴は振り返った。
口の端を曲げて、にっと笑った。
「冗談さ。あたしはカッコいい台詞を決める。ただそれだけのためにここに来たのさ。」
それだけ?
目が点になるあたしに、そうだよ。と頷きながら、奴の載ってきたバイクに乗る。
・・・言えるかい! かつて愛した相棒に似ているからなんて。こっ恥ずかしくってよ。
エンジンがかかり、夕闇に溶けていくバニーガールの背中を、いつまでも見ていた。
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