破章 日常
X1 1944
がたがたと揺れる装甲車の中で、水島は考え込んでいた。
とりあえず、ここが第二次世界大戦中の世界だということは、一億歩譲って認めよう。
だが。
この基地は、一体どこなんだ?
とびかげやランコがいうには、芹沢博士やそのほか色々な博士が研究活動を行っている秘密基地らしいのだが・・・そんな基地があったという話は聞いたことがない。
一体どんなところなんだ? それに・・・。
芹沢博士の妹がいる、というのはまだいい。だが、なぜそれでとびかげが泣くのか?
博士の妹は若くして亡くなったそうだが、それと何らかの関係があるのか?
とびかげが隊長を務めるこの基地で、何かが起こったのか?
ひょっとして・・・水島がそこまで考えたところで、装甲車が停まった。
「着きました。」
運転していた兵士がいった。
「おりましょう、水島君」
とびかげに促され、装甲車から降りる。
他にも白銀大尉が降りたが、とびかげは降りずにそのままいってしまった。
「白銀君、二人を案内してあげといて。」
と一言残して。
「えっ、お、おい・・」
水島は慌てたが、ランコはあいかわらずどこ吹く風。そして白銀も。
「それじゃ水島さん、ランコさん、案内しましょう」
こともなげにいう白銀に、水島はどうしても聞きたかった質問をした。
「この島、秘密基地、秘密基地っていわれているけど、本当の名前はなんていうんだ?」
「ヒミツキチ」
「はあ?」
「この島は元々島の人々の言葉で『神の楽園』という意味のヒミツキチと呼ばれていて、それを聞いた隊長が、ここにしようといったんだ。」
頭を抱える水島をよそに、ランコは面白がってるし、白銀も呆れている様子はない。
「では、ついてきて下さい。」
そういうと白銀は、先に立って歩き出した。
X2 大蛾 大蛸 大海蛇 あと蟹とか亀とか烏賊とか
「えーと、ここが研究所の入り口になっています。」
「ふーん」
「ふーんじゃないだろ!」
「何で?」
「なんでってなあ・・・」
水島がぼやいているのを、村の人たちが珍しそうに見ている。そう、ここは村のど真ん中。
「何で村の中にあるんですか!軍の研究といったら、普通重要機密ですよ!」
そういわれて、白銀は頭をかいた。
「いえ、それは・・・」
「おおーーいっ!しっろがねーー!!」
不意に元気そうなこえがひびいた。同時に、白銀の背中にばふっ、と何かがのっかった。
褐色の肌と銀色の髪をした、16歳くらいの女の子だ。
「わわっ、アーネっ!?朝の礼拝はどうしたの?」
「ん、もうすんだ。ねえ、今日午後暇だったよね?ちょっと遊びに行かない?」
白銀は、嬉しいような困ったような顔をしながら、
「いいけど・・いまちょっと・・」
と恥ずかしそうに言い、顔を赤らめる水島と、なんか対抗するように水島に抱きついているランコを指さした。
「あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なんかやな間。
「あーっと・・・」
「ええっと・・・」
「んーと・・・」
「その・・・・」
「あの・・」
「う・・・」
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何とも間の悪い光景。
何か言おうとしても、言葉にならない。
そんな沈黙に耐えられず、ランコがキレた。
「ああーーーーーーーーーーーーーっ、もうっ!!!要するにあんたたち、あたしと水島君みたいな熱々ダイナマイトカップルなんでしょ!!そうだったらそうでとっととそういいなさいよ!」
「だ!れ!が!『熱々ダイナマイトカップル』だ!恥ずかしいことをいうな!」
水島が怒鳴ったが、ランコは当然のごとく無視した。
(なんかどっかで見たような・・・とピンとくる人は、真のパッパラ隊ファンである。)
「はあ・・まあ。」
白銀は頭をかいた。
が、まんざらでもなさそうだ。
「な、アー・・・」
いなかった。
逃げていた。
走り去っていた。
すでに恥ずかしさに耐えられなくなっていたらしい。
「あーー、・・あんなにはずかしがらなくてもいいのに。」
たしかに、かなりはずかしいシーンだが、走り去るというのは尋常ではない。
「彼女は・・・アーネは特別なんですよ。」
不意に白銀が切り出した。
「アーネは、このヒミツキチ島の神に仕える、巫女なんです。最近はだいぶ活発になってきたけど、前はあくまで神に仕える身として、神殿の奥にこもってたから、人付き合いが苦手で・・・。このあいだなんか、僕と一緒の時は普通だったんだけども、とびかげ隊長が急にでてきたものだから、もう大変だったー。」
「色々大変ですね、おたがい・・・」
えらくしんみりと、水島が言った。
X3 いんふあんと
「さて・・、それでは、アーネも帰ったことだし、秘密の研究所とやらに案内してもらいましょうか?」
「ええ、ですが・・・」
不意に白銀は声のトーンを落とした。
「どしたの?」
ランコが興味津々といった様子で尋ねた。
白銀が続ける。
「ここには、怖い話があるんです。」
「え?」
お化け嫌いの水島の顔が引きつる。
「・・・・」
無言で扉を開ける白銀。
中は狭く、階段が一つだけ。
「・・・まさか、階段と怪談をかけてるわけ?」
呆れたようにランコがつぶやいた。
「はい。とびかげ隊長がここに初めて来る人にはかならずこれをやれと。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「なあ、あの隊長のこと、変だって思わないか?」
げそっとした顔で、水島は尋ねた。
「え、・・・べつに?」
白銀はいつもの、真面目なようなぼうっとしているような表情で答えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「さあ、いきましょう」
ますますげっそりする水島をおいて、白銀は階段を下りていった。
「わあ・・・すっごーーーーーーーーい!!」
階段を下りたランコは、上を向いて歩こう・・・じゃなかった。上を向いて歓声を上げた。
あげるだけの価値は確かにあった。
そこは信じられないほど大きい洞窟だったのだ。おそらく、研究所の施設が全部入っているのだろう。
「これは・・・」
「すごいでしょう。この島には洞窟が多いんですが、これほど広いのはここだけです。」
そりゃそうだろう、こんな大きい洞窟が沢山あったら、島が崩落する。白銀は説明を続けた。
「あちらが研究所ですが、その前にそこの壁面をご覧下さい。」
「え?」
何気なくそちらを見た水島は、空中三回転してずっこけた。なんと。そこの壁には。
なんかタコにコウモリと鳥の羽をはやしたような生き物と、とびかげの姿を写した壁画があったのである。
「あのタコみたいなのがこの島の守護神、タコキューレ。アーネはあれの巫女なんです。」
変わらない調子で説明を続ける白銀に、水島は思わず怒鳴った。
「そうじゃなくて!その隣のはなんだあ!!!」
気楽にランコが言った。
「とびかげちゃんでしょ?」
「そおじゃなくて!!!なんでとびかげなんだ!!!」
「ああ、あれはですねえ。この前隊長自身がいってたんですけど、300年ほど前にこの島に来て、島を守護神タコキューレと一緒に噴火から島を救ったことがあるから、そのときのものだろうって。」
「------------っ!!!本当に隊長に疑問を抱かないのか!?」
「はい、どうしてですか?」
・・・・・・・・・・・・
X4 末期の夢
「さて、それでは今度こそ研究の案内をします。」
「気のせいだけど、なんかずいぶん時間がかかったような気がするわねー。」
たぶん、気のせいじゃない。
これは作者としてのコメントになるが、ここは本来もっと短く、かつ短時間で過ごすつもりだったのだが。
「それでは、あれをご覧下さい」
そういって白銀が指さした物を、水島は『今度こそまともな物が見られるんだろうな』という期待を持ってそちらを見た。そこには。ドラム缶から手足が生えたような、やたら鼻の高い大型ロボットが立っていた。
「あれがこの研究所の四季島博士が制作したリモコンロボット兵器、テツビト(漢字にすると・・・いや言うまい)弐拾八号!!・・・って水島さん、どうしました?」
水島は・・・つんのめっていた。
理由は・・・まあ言わずとてもよかろう。
白銀がまた別な物を指さした。
人間大のロボットで、赤と青に銀の縁取りの塗装がしてある。
「あっちは個画博士のアンドロイド、目多流(カタカナにすると・・・いや言うまい)ダー」
今度は、鎧の化け物のようなやつ。
「そいつは、サイボーグのjinnragou(日本語にすると・・・いや言うまい)」おつぎは、なんか電話ボックスのような物。「あれは電気で人を運ぶ機械だそうだ。(まあこれは・・・)」
続いてなにやら砲塔からでかいパラボラ型の物体が生えた戦車。
「そして、マイクロ波発射装置搭載戦車(これもたぶん・・・)に・・・」さらに身長二十メ-トルの巨人。
「シュバルツランド第三帝国のリーゼンド・ロフ博士からの頂き物の不乱圏主多院(ごまかしようがない・・・)。そして!これこそ当研究所の目玉・・・」
大見得きって白銀が指したさきには・・・!全長百五拾メートルのドリルつき潜水艦があっ!!!!!!
「海底軍艦号店号(すいません)!!!!!!!!・・・ってどうしました?」
今度はとうとうランコまでこけていた。
「そりゃ、まだ未完成ですけど・・・」
「「ちーーがーーうーー!!」」
珍しく水島とランコの声がハモった。
X5 「鉄の暴風」の前の、暖かい日差し
さんさんと注ぐ、南国の日光。
水島は水着姿で、砂浜に横になっていた。
ばしゃばしゃと音を立て、ランコがはしゃいでいる。
隣では、白銀とアーネが棒倒しをしている。最近はあまり人見知りをしなくなり、だいぶ仲良く話せるようになっていた。と言うのも他のカップルが珍しいのか、やたらランコがちょっかいを出すからである。人見知りする暇もあるまい。
最近・・・・・・・。そう、最近。
ここに来てから、もう(あくまでこちらの時間で)一月になる。
「とおおおおおおおりゃああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!」
突然、すごい大声が響き渡る。
おそらく大海原が、島民の漁の手伝いをして、鯨とでも戦っているのだろう。
ここは、戦争状態とは思えないほど平和だ。まあ、パッパラ隊も平和と言えば平和だが。島民との仲もうまくいっている。だが・・・
「あ、水島大尉。お兄さま知りませんでしょうか」
「ん?」
視線を横に向けると、セーラー服にもんぺ姿、ヘルメットをかぶると桜花そっくりな女の子が、なにやら包みをもって立っていた。だが、彼女の身体は金属製ではない。
「ああ、こんにちは。芹沢博士なら研究所だよ。」
「ありがとうございます。お兄さまったらお弁当忘れちゃって・・・これから届けにいくんです、それじゃ」
芹沢博士を、『お兄さま』と呼ぶ少女・・・芹沢博士の妹。
彼女は桜花に似ていた、否、似すぎていた。
桜花は、『死んだ』芹沢博士の妹に似せてつくられた。
それに、この島で作られている兵器たち。
あんな超兵器が使われた、と言う記録はない。
水島の軍人としてのカンが、
「なにかある」と告げていた。
恐らく、とびかげは何か知っているのだろう。
が、とびかげは今はいない。
数日前、「ちょっと用事があります」という書き置きを残し、消えた。
よくあることらしく、今は大海原と、技術班の班長一馬技術大佐が指揮している。
不意に水島は、一馬技術大佐の下品な顔を思い出し、顔をしかめた。あまりあってないが、どうも裏がありそうな、いやなやつだった。そこまで考えたとき、海からランコの声が飛んできた。
「ねー!水島くんもおいでよ!気持ちいいよー!!」
「はいはい」
そういって、水島は立ち上がった。
X6 ふたつの闇
「・・・・岩雄のやつはいなくなったな。」
水島たちが海にいる頃、基地司令室には一つの闇が広がっていた。昼だというのに、カーテンが閉められている。
「げへへ・・・」
その闇・・・・一馬技術大佐は、机の下から無線機を取り出すとアンテナをのばし、なにやら通信を始めた。
同時。人類の誰も知り得ぬところで、もうひとつの闇が蠢いていた。文字どおり、暗黒の空間。
そこに、とびかげがいた。
その周りに立つ影。
一目で、神話にでてくる存在・・神や悪魔を思わせる姿。
その中の1人、「神」が口を開いた。
「とびかげよ・・・。汝、あくまで時間に干渉し、あの島の運命を変える気か・・・?」
まさにその姿のまま・・・『神』の声が響く。」
「はい」
あっさりと、とびかげは答えた。いつもの声で。今度は、「魔王」が話し出す。
「何故だ。何故おまえは、我らと違い、奴ら人類一人一人に関わる?あの島が全滅しようがしまいが、我らには関係あるまい?」
「さあ」
また、あっさり答えるとびかげ。
「じゃ」
歩き出そうとする。
身構える、神、そして魔王。
「おやおや」
とびかげがぼやく。
「これでは、まにあわないかもしれませんねえ。」