第十一章 夢
少女は一人だった。
ぼろぼろの家の中で、一人だった。
ぼろぼろの家の中で、母の亡骸の前で、一人だった。
少女は本来、平凡ながらも普通の幸せを甘受できるはずの家に生まれた。
が、まだわずか四歳の時、父が死んだ。政治上のごたごたから国が内戦状態となり、治安の悪化によって生じた犯罪者に犬のように撃ち殺された。
後は、典型的な極貧生活へとまっしぐら。
彼女にかつては優しく笑いかけてくれた人々は獣となり、生きるために彼女の家から物を奪っていった。
母は必死に働いたが、動乱の果てにそれは徒労となり、すり切れ果て、病に倒れ、死んだ。
その時少女は六歳だった。
亡骸の前で少女は、世界と国と人間に裏切られたことを呪った。
空腹で死にそうで、それでもどうしようもなかった。
そんな時、彼女の「家族の」家だったものに、入ってくる一団がいた。黒い人外の者達と、ミノタウロスのような角の生えた人のような生物、そして黒を基調とした軍服に身を包んだ眼帯とあごひげが特徴の男。
ミノタウロスが言った。
「廃屋かと思っていましたが、いましたな人が。どうしましょう、ゼネラルモンスター?」
ゼネラルモンスターと呼ばれた軍服の男は少女を見ると、低い声で言った。
「つれていくぞ、バッファロージン。こやつの瞳を見ろ。よい眼をしておる、人の獣性を見知った、我らの同志たるにふさわしい瞳だ。」
そして、少女を抱き上げた。
少女は一瞬身を固くしたが、すぐに力を抜いた。
第十二章 幹部と怪人
「・・・・・・・・・・様、・・・・ネル様、カーネル様!」
呼びかけられ、カーネルははっと目を見開き、突っ伏していた上体を起こした。カブトジンの顔が見えた。時は深夜、場所は、カーネル自身の部屋。
(眠ってしまっていたのか)
「どうした?」
カーネルの問いに、カブトジンは何処か上の空のような困ったような風で答えた。
「は・・・その・・・今後の作戦のことで・・・」
言いながらも、カブトジンは目を背けるようにしながらちらちらとカーネルの顔を見ている。
不意にカーネルはある予感と共に頬に手をやった。
予想通りの感触があった。
頬は濡れていた。涙。
「あ・・・」
「見たな?」
カーネルが変に固い声で言う。
「はあ・・・まあ。」
「見たか・・・そうか・・・しかたがない。」
カブトジンは心の中で呟いた。おねがいですカーネル様、いかしてはおかんなんて言わないで下さい。言わないと信じてますけど。
「見られたのなら隠しはしない。そうだ、私は泣いていた。」
カーネルは淡々と語り始めた。その表情は顔を少し下に向けているのでよくわからない。
「私は、両親が死んで六歳の時にゼネラルモンスターお義父様に拾われてから、ずっと戦ってきた。お義父様と、お前達部下と一緒にな。お義父様のご恩に報いるために必死に頑張ってきた。出来うる限り、幹部として。役に立ちたかった。だが・・・」
声が震えた。声だけではない。肩も、小刻みに震えている。その光景を目の当たりにしながらカブトジンは、彼が従う幹部が普段の印象よりずっと小さいことに今更ながら気がついていた。
「お義父様は死んだ。私は、一緒に戦うことも手伝うことも、そばにいることも出来ないでまた父を亡くした。せめて、お義父様を殺した、あの仮面ライダーを倒そうと、日本まで来た。ずっと一緒だったお前達と一緒に。だが・・・・・・・・・」
カーネルとカブトジンの脳裏に、仮面ライダーと共に爆発する強化アリコマンド達がよみがえる。
ぴっ!
カーネルの膝に置かれた手に、水滴がはねた。それと同時に自嘲的な笑いが漏れる。
「ふっ、私は、か、幹部失格だな。あいつ等は自ら死ぬ覚悟をしたというのに、私はそれを受け止めることもできない。幹部たる物、この程度で動転してはならないのに。あげく攻撃は成功したというのに仮面ライダーは生きている。つまり私はあいつ等の命を半ば無駄に」
そこまで聞いた瞬間、カブトジンは咄嗟に目の前の少女を抱きしめていた。まるでそれが硝子細工で出来ているかのごとく優しく。
「カーネル様」
カーネル様は、崩れかけている。今まで無理に無理を重ねて必死にはりつめていたものが、切れそうになっている。支えなくてはいけない。それだけが頭にあった。
さりとて、この後どうしたらいいのか、カブトジンには全く解らなかった。
「カブトジン・・・」
カーネルが小さい声で言った。反射的に謝るカブトジン。
「すいませんカーネル様。つい・・・」
「いや、いい。・・・礼を言う。もう大丈夫だ。ただ、一つ命令をする。」
「何ですか?」
不意にカーネルはカブトジンの口に自らの唇を押しあててきた。
「!!」
甲虫の改造人間と軍服を着た少女のキス。異様かも知れないその光景は、不思議なほど違和感がなかった。
しばらくそのまま、二人の影が重なる。
そして一旦離れ、カーネルは言った。
「もう少しだけ甘えさせてもらうぞ、これが命令だ。」
そして笑った。
最高に美しい笑みだった。
第十三章 覚悟
白アリコマンド達が、手術台の上のカーネルクリーチャーに改造手術を施していく。
その光景を見ながら、カブトジンは昨日からさっきまでのことを回想していた。
黒いキチン質の装甲が施されているというのに、顔が赤くなりそうだった。
カーネルクリーチャーの表情、声、肢体、匂い、しぐさ、瞳、唇が脳裏に鮮烈によみがえる。
(カーネル様って、あんなに・・・)
しばらくいい言葉が思いつかない。
(あんなに、可愛かったんだ。)
とりあえず、そう結んだ。本当は、もっと複雑だったけれど。
少ししか言葉は交わさなかったが、心ははっきりと理解し合った。
「嬉しかった・・・嬉しかったよ・・・」
「私に皆が必要だったように、私も皆に必要な存在になりたいって、思った。」
「ありがとう、だから私も改造人間になるんだよ。・・・愛してるから・・・」
それら言葉を思い出すたび、カブトジンの決意は固まっていった。
絶対に、守ってみせると。
そして。
改造手術は、終了した。
「手術終了しました。起きあがりになって下さい。」
白アリコマンド達が敬礼する中、カーネルクリーチャーはゆっくりと起きあがった。
掛けてあったシーツが落ち、あらわになったその姿は。
昆虫をベースにした改造人間だった。カーネルの顔は頭部及び顔の髪の毛で隠れていた部分がそっくり緑色の昆虫の外骨格に覆われ、眼も円に近い楕円形の複眼となっていた。元のままの顔の方にも、目の下に黒いラインが入っている。頭からはピンと二本の触角が生えている。両手両足は、肘、膝から先が特に強化されており、鋭く長い、十センチはあろうかという爪と、腕、臑からはそれぞれやはり十センチほどの鋭い鋸歯(昆虫の足に着いているギザギザ)が緑色の手足に生えていた。胴体もやはり、元の体型にぴったり来るなめらかな外骨格で鎧われており、腰の部分からちょうどスカートのように透明の羽が生えていた。
そのように変化した自分の体をしばしみていたカーネルは、満足したように頷いた。
「よろしい。成功だ。これよりこの状態となった私を改造人間「バッタンジン」と呼称するように。」
バッタンジン。そう、彼女の改造の材料となったのは、仮面ライダーと同じ「バッタ」だった。あえて同じ材料を選択し、仮面ライダーを超えようと言うのである。
だが、ネオショッカー技術の粋を尽くして作られた彼女の体は、仮面ライダーの体より更に生物的で、鋸歯といい爪といい、より戦闘的なデザインとなっていた。
当然、腰にはネオショッカー幹部怪人用ベルトがしめられている。それに明かりが反射し、きらっと輝く。
そしてカーネルクリーチャー、あるいはバッタンジンはカブトジンに向き直り、言った。
「出撃準備開始!」