どがぁぁぁっ!!!
「うげっ!!?」
顔面にもろに拳による衝撃。数メートル吹っ飛ばされた陽司は、もろに近所の家のコンクリート塀にぶつかって苦悶した。
「あ、あたた・・・」
それでも目の前に星が舞う程度ですむのは、ヒーローを目指して体を鍛えてきた陽司だからこそ、普通の人間がこんな強烈な拳を喰らったら普通失神だけではすまない。
「さぁ、どうしたどうした!まだまだがんばれるだろ陽司!!」
そう叫ぶのは、諸肌脱いでサラシに巻かれた胸をあらわにした、着流しの女だ。秀でた額、切れ長の目、そして何より全身から漂う鉄火で粋な雰囲気が極めて特徴的。
そんな彼女は、陽司のことを「陽司」と呼んだ。最近町でもけっこう有名になってきていた、爆裂機甲天使クロスレンジャーのリーダー、クロスレッドという名ではなく。
そう、陽司は今、生身で彼女と戦っていた。

爆裂機甲天使クロスレンジャー第X2話「百獣」

前回、とっくに本国ヴァジュラムが地球と和睦し侵略路線を放棄したのも知らずに眠りこけていて、今頃行動を起こした十七年ゼミと横田少尉を一緒にしたような魔法将軍I・リーンを倒したクロスレンジャー。
だったが、戦略業霊無「王義銅鑼」による破壊の規模はかなり大きく、天堂家までも火災で崩壊してしまった。
しかしまぁ、すぐ修理に取りかかられて直っていたので、陽司もつばさも全然気にしていなかったのだが・・・

「ごぉらぁっ!!天晴の野郎はどこだぁぁぁぁっ!!」
一週間後に怖いお兄さんがたが尋ねてきたのである。
「あにゃっ!?な、なんですか〜〜〜!?」
目を白黒させるつばさ。
「おう嬢ちゃん、嬢ちゃんの兄貴はどこいったんじゃい?」
縦に傷の走った厳つい顔をつばさのまだ幼さの残る顔に近づけるようにして、男はすごみをきかせた。口調といい態度といい、どう考えてもヤクザである。
留守番中で、家には今自分史か居ない。その心細さで、つばさは自分がクロスレンジャーに変身できることも忘れて泣きそうになってしまった。
「こらこの馬鹿!!」
「ふげ!!」
ごっす!
かなり容赦のない一撃で、男の顔は天堂家の玄関に硬着陸した。
足袋をはいた、すらりとした白い足がかなり大胆な角度で男の後頭部を踏みつけている。
「罪もない娘を虐めるもんじゃないよ、気が短いね。それだから最近の極道は質が落ちた、侠道を忘れたって言われるんだよまったく。」
「へ、へいすんません龍姐ぇ。」
床に顔をこすりつけられながらも、厳つい男はしおらしくあやまった。つまりその踏みつけた相手は、彼よりも上位の存在、集団の頭目なのだ。
美しい脚線を惜しげもなくさらすその頭目は、当然美しい女性であった。着流しの和服姿。そこから突き出された綺麗な足、組まれた腕。そして秀でた額をあらわにして後ろに流された長く碧に艶光る黒髪。
「悪いが嬢ちゃん。ちょんの間邪魔するよ。あんたの兄貴、天堂天晴に用があるんだけど・・・」
切れ長の目、いかにもやくざの女らしい鉄火な雰囲気の顔に、その印象を和らげようとしてか微笑みが宿る。
「あの、今天晴お兄ちゃんは出かけてます」
「そうかい、じゃ、少し待たせてもらいたいね。どうして天晴に用があるのかも説明したいし。」
その言葉で、つばさは幾分か安心した。それまで戦ってきた敵と違い、まだ話が通じる相手のようだとわかったからだ。
「え、ええと・・・お茶飲みます?」
「ん、いただこうかねぇ。」
あぐらをかくと、龍姐と呼ばれた女は出された茶をすすった。
「まず、自己紹介といこうか。あたいの名は龍 王子。覇王会の長だ。まぁ早い話がやくざな女、それだけ憶えてりゃいい。」
「は、はい・・・」
緊張した面もちで、自分の湯飲みについだお茶を少し口に含むつばさ。
「あたしら覇王会はね、日本の裏社会の統一を目論んでいたのさ、先代・・・あたしのダンナが組を仕切っていた頃からの宿願さ。事実随分組もでかくなった。だがね、結局一つの組の力じゃなかなか難しい。ダンナもごねちまうし・・・」
「ごねちまう、って?」
「死んだ、ってことさ」
さたっと言ってのける龍王子。その表情にはこれといった感慨が浮かんだ様子はないが、つばさは声音に僅かな寂寞感が混じったような気がした。
「最近は訳の分からない悪の組織とやらがじゃんじゃか出てくるし、ヤサ(家)は戦災で燃え尽きちまうし、踏んだり蹴ったりだったんだよ。」
龍王子はため息を付いた。だがそのため息と同時にそれまでの僅かな憂いも吐き出し、顔に精悍な笑みが宿る。
「そこで目を付けたのがクロスレンジャースーツさ。あの力・・初めて見たときは震えたね。あれがあれば、ダンナの、あたいの願いは叶う。無駄な抗争も無くなる、ってねぇ。」
つばさの目を、言葉以外にも語りかけるように真正面から見ながら、龍王子は話し続ける。
「それで、この間の騒ぎで天晴の家が焼けたってきいたもんだから、こりゃチャンスだって思ってね。家修理して、金貸して、借金の形ってことでクロスレンジャースーツみたいなスーツ作っとくれ、ってとこまで話は進んだんだがねぇ。」
聞いてみれば、けっこう強引な、ヤクザらしいといえばヤクザらしい手口ではある。
が、直後龍王子の表情が悔しそうに、そして腹立たしそうに歪んだ。
「ところがそのスーツが偽物だったんだよっ!!」
「にゃっ!?」
それまで随分大人しく語っていた龍王子が、突然大声をハッして立ち上がった。憤懣収まらぬといった様子でちゃぶ台をひっくり返し、地団駄を踏む。
「見てくれが似ているだけで全然強くなりゃしねえ!ちっくしょうだましやがったなと言ってみりゃ、あの野郎「クロスレンジャーみたい」ではあるだろとぬかしやがって!ゆるせねえ、ぎたぎたにしてやるぁああああああっ!!」
つばさは、以前クロスレンジャースーツを兄が売ってしまった時に着用した、「TipeX」スーツ・・・デザイン用試作で、何の機能もないコスプレみたいなもの・・・を思い出し、目の前の女の苦労が解ってしまいため息を付いた。
「あの糞外道が!あたいらヤクザよりよっぽどたちが悪りぃ!どっこが正義の味方だこんちくしょ〜〜〜〜っ!」
ひとしきり絶叫した後、しばらく龍王子はぜいぜいと肩で息を付いた。そのあと未だ怒りでわななく手で湯飲みを掴み、ぬるくなった茶をすする。
それで漸く落ち着いたらしく、元の通り穏やかな口調に戻って言った。
「っ、て理由で来たんだ。さ、兄貴だしとくれ。」
「と、言われても・・・」
あんなのでも兄妹だし、これだけ怒り狂っている相手に差し出すのは流石にためらわれる。
そこに、陽司達が帰ってきた。
「ああっ、怖い奴らがつばさちゃんを!」
最初に発見したのは、クロスグリーン、豪ひろみだった。凶悪な面構えとは裏腹の優しい性格が、危機的に見える状況に悲鳴を上げる。
「何だ、あいつらは!!」
それとは対照的に、端正な少年が警戒の声を発した。東風院雅、クロスブルー。
その傍らを、陽司・・・クロスレッド、つばさの兄が走り抜ける。
「つばさぁぁっ!大丈夫かっ!!」
その叫びと同時に、三人の周囲にクロススーツをしまった変身用カプセル・・・といえば聞こえはいいが、その実その辺の服屋にもあるような試着室が転送されてくる。
それでも大分意まではそれに慣れた三人は、かなりのスピードで着替えを終わり、クロスレンジャーの姿をとった。
「クロスレンジャー・・・!!」
その様を見て、再び龍王子の体に殺気が溢れる。
「仕方ない、あんたたちを倒してスーツを手に入れるよ!!」
叫ぶと、龍王子は素早く家の外、向かってくるクロスレンジャーの前に飛び出した。彼女の部下達も呼応して戦闘態勢をとる。
「いくぞっ!!」
早速飛びかかるクロスグリーン・・・ひろみの一撃を、龍王子は拳を横から弾くようにしてさばいた。
「え・つっ!?」
「覇ァァァ!」
反撃とばかりに龍王子の鉄拳がみまわれ、たたらを踏んでひろみは後退した。
「う、うそっ・・・!」
目を丸くするつばさ。彼女たちのスーツはただのコスプレではない。巨大ロボットや改造人間とも互角に戦いうるほどの強化服なのだ。それも着用者の能力を倍するこれは、ひろみのような屈強な巨漢には特に有利に働くはず。
それなのに、目の前の女は生身でそれと戦っている。
「いいですぜーーーっ、姉御〜〜っ!やっちまっておくんなせぇ!」
「さっすが拳一つで敵の組ィ潰して回った姉御!」
拳一つで・・・って・・・
喝采する覇王会たちの信じられない言葉を聞きながら、それでもこの状況では信じるしかない。
ひろみも驚いたのか、思わず殴り飛ばされて離れた間合いをさらにとり、腰に装備されたクロスガンに手を伸ばした。
「甘いよっ!!」
対して龍王子も即座に動く。あっと言う間に間合いをつめてしまった。
「おらおらおらおらぁぁぁぁっ!!」
「う、うわあああっ!?」
そして、放たれる嵐のような連続攻撃。顔、胴、防御しようとした手と足に、次から次へと龍王子の拳が降り注ぐ。スーツは防御力も高めてくれるのでダメージは軽減されているが、あまりのスピードの違いに手も足もでない。
「させねぇーーっ!」
ブォン!
スーツで増強された筋力に任せて低空飛行のように跳躍した陽司が、その勢いを軸足で方向転換し回し蹴りを放つ。
咄嗟に龍王子はそれをかわしたが、あまりの勢いに周囲の空気がうなりをあげ、衝撃波となって彼女を襲った。体にはそれほどのダメージがなかったが、服の上半身部がずたずたになる。
「ち・・・」
舌打ちして、体に絡まる邪魔なぼろ切れとなった服の上半身を引きちぎった。大きく膨らんだ胸を動きやすくするためにしめたサラシ以外、肩や腕、引き絞られた腹など上半身は剥き出しとなる。
だがそんなことを気にしては居ない。かわしたとはいえ猛烈な威力の蹴りに、龍王子は頬を冷や汗が伝うのを感じていた。
「・・・っ、このぉ!」
己の蹴りの勢いを緩衝するため、一旦はなったほうの足で着地し、地面すれすれまで体をかがめるクロスレッド。そこを狙い、龍王子は足袋をはいた足を踵落とし気味に振り下ろした。
だが、陽司もこの体勢からの攻撃は予想していたため、逆に拳をアッパーカットの様に突き上げる。

激突!
「くう!」
「ぬ!」
互いに攻撃の手応えと言うよりは苦痛を感じ、素早く間合いを取る。
一見互角、しかし龍王子の修羅場慣れした思考は、自分の不利を悟っていた。こっちは足、相手は手、それも大勢からして格闘に置いて重要な腰とか半身の動きが突いていって居ない状態での一撃だ。
そもそも生身で戦えるようなスーツならば、彼女も欲しいとは思わなかった。
それに・・・
「陽司!援護するぞっ!!」
ジュジュン!
クロスブルーが加勢に加わった。拳銃なみの大きさながら、実用レベルの破壊力を持つレーザーガンで牽制してくる。
「ええいこの!」
「何すんじゃい!」
覇王会の面々が懐から拳銃を出してブルーを撃つも、雅はそれを他の戦隊スーツと異なるクロスレンジャースーツ最大の特徴、背中から生えた金属製の翼で防御した。
「今だぁぁぁっ!」
「しまっ・・・!」
パァァァァァン!!
ある種破裂に近い音。クロスレッドの拳が、銃撃に気を取られた龍王子の体を捕らえた。ひとたまりもなく転倒した龍王子の体が地面を転がる。これでも一応殺さないように手加減をしているのだが、それでも必要以上に強烈な一撃にげほげほと龍王子はせきこんだ。
「くぅ〜っ、げほっ、ごほっ!兄さん方!前々からあんたらのやり口を見ていて思ってたんだがね!五人がかりってのはいかにも卑怯じゃないのかい!?」
「うっ・・・!!」
その思いもよらぬ方角からの一撃に、さらに攻勢をかけようとしていたレッドとブルー、つまり陽司と雅がゴキブリほいほいにかかったゴキブリのように停止する。
仮面の上からでもはっきりわかる脂汗を流し、わなわなと震える雅。
「い、言われてしまった・・・戦隊ヒーロー究極のタブー・・・!」
確かに。
戦隊ヒーローを嫌う特撮ファンのあげる理由のうち、「ギャグっぽい」と双璧をなす形でこの「群れ集う姿勢」が上位を占めていると言われている。
泡を食った雅だが、必死の反論を試みた。
「そ、そりゃ戦隊は五人だけどなぁ。悪側は大抵戦闘員込みでその三〜四倍はいるじゃないか!それに軍団全体として見るなら怪人も戦闘員も幹部だってもっと沢山要るじゃないか!ちっとも卑怯じゃない、卑怯じゃないぞ!」
「・・・でもよ雅。」
「んっ!?」
反論しようと口を開けかけた龍。だがその前に、懸念を示したのは何と他でもない、クロスレッドの陽司だった。
その顔には、ある意味で雅以上の不安が渦巻いている。
「よく考えて見ろよ。戦闘員って普通、弱いじゃん。確かに数の上では多くても、例えばライオンが五匹がかりで二十匹のチワワの群と戦ったら、卑怯なのはライオンのほうなんじゃないのか?それに後ろまで見るってんなら、セイギノミカタにはバックとして防衛軍とか世界全体がついてるって、言っていえないこともないんじゃないのか?」
「な・・・」
普段てんで脳天気で真正直な陽司の、思いもかけない真剣な思考に雅は驚いた。
しばらく黙考する陽司。
そして、何かいいことを思いついたといわんばかりの顔で。
笑った。

で、
「おっしゃあああああ!」
「うおおおおおおっ!!」
クロスレンジャースーツを使わない、この殴り合いである。
互いに何度も倒れ、そして起きあがり、拳を、脚を振るい、投げをうち、頭突きを決め、関節技をかけ、そこからのがれ、また殴り合う。
激しい戦いである。
肉体を苦痛が襲う。
だが、それでも。戦いあう二人は、その顔を輝かせていた。
龍王子は思っていた。
心が猛っている。震え、燃え、鼓動している。クロススーツを手に入れる野心などではない。戦いに心が喜んでいる。もう野心も何も関係ない。夫と死に分かれ、その望みを背負って生きてきて。今こうして、また。あの人と同じ輝きを持つ奴と会えた。そしてそいつと拳を交えられている。真っ向から。細かいことはいい。それだけで充分だ。
陽司は思っていた。
偽善かも知れない。自己満足かも知れない。愚かな行動、かも知れない。だが、
だが!

がしぃぃぃっ!!
そして、最後に。
陽司の拳が、龍王子の顔面をとらえた。
「つはぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜・・・・」
仰向けにひっくりかえった龍王子は、完全に目を回してのびていた、訳ではない。まだ意識は充分にある。だが、それでも立ち上がりはしなかった。
その代わりに、心底から満足したような、満ち足りたため息をもらした。
「負けだ、負けだよ、あたしの負け。あんた・・・凄いわ。凄く馬鹿で、正直で、真っ直ぐで、・・・男だよ、あんた。」
その言葉を聞いて、陽司が今度は倒れた。力を使い果たした体をぎりぎり動かしていた緊張という糸が、ほどけたのだ。
「へへっ・・・そうか・・・よかった・・・あんがとよ・・・」
「陽司兄ちゃ〜ん!」
殴打の跡が酷く、血を流しながらも何とか笑う兄に、涙ぐみながらつばさは走り寄っていく。
陽司を抱きしめようと、両手を伸ばす。

突如、その前に黒い影が舞い降りた。
「え?」
きょとん、とした表情でつばさは一回瞬きをし、そうになった。
だが、出来なかった。その前に謎の黒い影は、・・・つばさの柔らかい腹部に当て身を喰らわせていたのだ。
「っ」
声を発するまもなく昏倒するつばさ。何が起こっているのかまだ認識できないでいるクロスレンジャー。
そして、次の瞬間には影は、つばさもろともに消えていた。
その時になって、ようやく、その場の皆の喉から声が絞られる。
「な・・・・・・・」

全ては、一瞬の出来事だった。


次回に続く

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