後悔の嵐(悪)

 それから一時間。ふよふよと空を飛んでいたまんぼうは
、筑波アジトよりほど近い生栗宅についたのだった。

「ついたまぼよ~」

 そう声がしたかと思うと、生栗はまんぼうの腹の中から
勢いよく『吐き出された』。比喩表現でも何でもなく、本
当に『吐き出された』のである。

 ただし、生栗は培養液の満ちた培養槽に入っていた状態
だったので、まんぼうの口の中の感触等を感じることはな
かった。が、一時とはいえ他人の腹に納まり、かつその状
態から吐き出されるという異常な事態には、これまで数々
の珍事を体験してきた生栗でも、さすがに、

(二度と経験したくねぇ・・・)

 と思うところであった。

「とりあえず、キミの部屋みたいなとこに置いてみたまぼ
。しかしまぁ、汚い部屋だまぼね~」 

「悪かったな・・・家に帰ってる暇なかったんだよ」

 小汚い部屋を見回すまんぼうに悪態をつき、生栗はずる
ずると培養槽から這い出した。薄黄色い培養液が全身から
滴り落ち、びちゃびちゃと床を濡らす。

「やれやれ、ひどい目にあった」

 そう呟くも、生栗の傷はすでに癒えていた。悪の博士が
怪しげな手段を用いて作り出した培養液は、生栗の体に怪
しげに作用し、僅か一時間で怪しげに傷口を塞いでいたの
だ。もともと、体が丈夫で傷の治りが早い生栗の体質もあ
るだろうが、それにしても早いものである。

「いっちばん貸し作りたくないやつに貸し作っちまった」

 悪態をつくが、その言葉には博士に対する感謝がこもっ
ていた。まんぼうはそれを見抜いているかのように、その
まるまるとした顔をにやにやとさせた。

「これで兄者に頭が上がらなくなったまぼねぇ?」

「・・・認めたかないけどな」

 干しっぱなしになっていたタオルを取り、がしがしと頭
を拭う。顔も拭き、それが終わると、生栗は何かを思い出
したかのようにまんぼうに向き直った。

「カーネルは無事か?」

 まんぼうは、分厚い唇をにやりとさせ、

「見ての通り・・・まぼ」

 体を支えている、手の形をしたヒレを培養槽に向けた。

「・・・よかった。大丈夫そうだな」

 培養槽の中で眠るカーネルを見て、生栗は安堵の笑みを
浮かべた。

 薄黄色い液体の中で静かに寝息を立てているカーネル。
カマドウマ男に奪われた両腕はすでに再生されており、他
の大きい傷も粗方塞がっている。この分ならば、明日にで
も完治といったところだろう。

「無茶ばっかりしやがってなぁ・・・」

 そうは言っても、その無茶が自分のためにした無茶だと
思うと、申し訳ないような、嬉しいような・・・なんだか
、照れくさい気分になる。

 そこにまんぼうが、

「無茶させたのはどこの色男だまぼ?」

 からかい口調で突っ込んだ。

「黙れこの魚介類!」

 どげし!

「ふふ~ん、きかないまぼよ~」

 生栗の渾身の一撃(蹴り)を受け、ゴムボールのように
ぼよんぼよんと部屋中をバウンドするまんぼう。余裕の笑
みを浮かべつつ天井や壁を跳ねまわる。

「ったく・・・ん?」

 跳ねまわる白身魚怪人から、培養槽に目を移す生栗。

(あれ・・・俺、何か忘れてるような・・・?)

 何か、とても重大なことを忘れているような気がした。
何とか思い出そうとして、首を傾げたり、腕を組んで天井
を眺めたりする。

 が、何も思い出せない。

(何だったかなぁ・・・?)

「何を悩んでるまぼ?」

 跳ねまわりつつ、まんぼうが問いかける。

「いや、何か忘れてるような気がして・・・」

「ふ~ん。ま、そんなことより・・・ほい、まぼ」

 そう言うと、まんぼうは、またしても腹から何かを取
り出し、生栗に渡した。

「なんだこれ?」

「着替えの服だまぼ」

 まんぼうの言葉通り、それは服だった。しかもきちん
と折り畳んでアイロンまでかけてある。律儀だ。しかし
なぜ腹からこんなものが、という疑問はこの際捨てよう
。悪の博士の弟に常識など通用しないからだ。

「着替えか、気がきくなぁ」

「何を勘違いしてるまぼ。それはカーネルちゃんの服だ
まぼよ。キミの分は用意してないまぼ」

「・・・前言撤回」

 薄暗い部屋の中ではよくわからなかったが、目を凝ら
して見ると、それは黒い軍服だった。カーネルがいつも
着用しているものと同じものである。

「ま、当分は目を覚ましそうにないまぼから、その辺に
置いておくといいまぼ」

「ああ、そうだな」

 そう言い、生栗は培養槽の脇に服を置いた。

「起きた時に裸じゃ風邪ひくまぼ」

「ああ、そうだな。風邪はいかんな」

 頷く生栗。












(この間、30秒)












「・・・何、固まってるまぼ?」

 まるで石のように硬直してしまった生栗を不思議そう
に見るまんぼう。

 生栗は呼吸をもしていないように硬直し、顔は青ざめ
、額からは冷や汗がたらたらと流れ出していた。

「・・・」

 口をぱくぱくと開き、何やら低い呻きを漏らす生栗の
頭の中で、まんぼうの言った言葉がぐるぐると回ってい
た。

「起きた時に裸じゃ風邪ひくまぼ」

 この言葉。

「起きた時に裸じゃ風邪ひくまぼ」

 まさに、この言葉だった。

 この言葉が、先ほど生栗がしきりに思い出そうとして
いた『何か』を、ゆっくりとときほぐしていく。

(裸では風邪をひく)

 それはわかる。夏とは言え、油断をすれば風邪をひく
。しかし、ここに、

(起きた時に)

 を付け加えるとどうなるか?

 ズバリ、それは・・・

(起きていない時、裸である)

 ということ。

 さらに、その起きていない時というのは・・・

(今、この時・・・!?)

 生栗の頭が整理され始めた。が、どうもそれは、すぐ
にも崩壊してしまいそうな整理の仕方だった。

(つまり・・・カーネルは今・・・)

 ギギギ、と音でも立てそうなほど固まっていた首を曲
げ、生栗は恐る恐る、培養槽のカーネルを見た。

 一糸纏わぬ姿のカーネルが、そこにいた。













「ぬがあああああああああああああああああ!!?」

「な、何するまぼぉぉっ!?」

 驚愕の叫びをあげた生栗がまんぼうをひっつかみ、部
屋を飛び出すまで・・・1秒とかからなかった。

 どたどたどたどたどた!

 廊下を、まるで一陣の風の如く走り抜けた生栗は、台
所に滑り込んだ。息は荒く弾み、顔はこれ以上ないほど
に紅潮している。

「全く、顔を青くしたり赤くしたり、器用な人まぼ」

 生栗の手から離れたまんぼうは、もう勝手に冷蔵庫を
物色してたりする。

「む~、ロクなものがないまぼ~」

 ぼやきつつも、ちゃっかりと食い物を腹に放りこんで
いくまんぼう。ラップがかかっていようが皿に乗せられ
ていようが構わず放りこむ。

「何好き勝手してんだこの白身魚ぁぁぁ!!!」

 どげしゃぁ!

「ふっふっふ、き~かな~いま~ぼよ~」

 全力を込めた生栗の飛び蹴りを受け、またも跳ねるま
んぼう。ぼよんぼよんとバウンドするその姿は、なんだ
かコミカルだ。しかし、今の生栗が、その姿に愛敬だの
何だのを覚えるはずもない。覚えるのは殺意だけだ。

「てめっ・・・こ、この魚! 白身! 網にかかると漁
師に先を争って食われるくせにっ!!」

 混乱しているためか、悪態が意味不明な生栗。

「まぁまぁ、ちょっと落ち着くまぼ。短気は損気、急が
ば回れ、ヒーローの死体確認を行わずして勝利なし、と
いう諺もあるまぼ」

 そう言い、まんぼうは冷蔵庫の上にぺたしと座った。
かなり異様な光景であるが、すでにこのまんぼうという
存在自体が異様であるため、言うべきことでもない。

 生栗は冷蔵庫の上に鎮座する丸い物体を睨みつけ、お
ぼつかない口調で言う。

「お、お、お前・・・! 何でっ・・・早く言わなかっ
たんだよ!!?」

「何がまぼ?」

「カ、カーネルが、は、はははは、はだっ・・・」

「裸だったってこと、まぼ?」

「それだあああああああああああああああああ!!!」

 絶叫する生栗。まんぼうはそれと対称的に、

「今さら、何言ってるまぼ? 培養槽に入れる前から、
カーネルちゃんはずーっと裸だったまぼ」

 と、落ち着きはらったものだ。

(そういえば・・・)

 ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、生栗はようやく動き
始めた頭を整理し始めた。

 まんぼうが来る直前、カーネルの変身が解けた。

 その時、ベルトの服収納機能(変身時に起きる肉体変
化によって服が破けぬように、服そのものを自在に液状
⇔固体へ相互変換させる機能。これにより、変身時に服
は液状化されてベルト内に収納され、変身解除時は逆の
プロセスで元通りに全身を覆う)が破壊されたらしく、
カーネルは一糸纏わぬ姿となった。

 が、この時、生栗はカーネルが生きるか死ぬかの瀬戸
際であったため、そんなことは気に止めていなかった。

 その後、まんぼうに培養槽に入れられた時も、助かっ
た安心感と、カーネルの口から出た「結婚」の一言で、
生栗は落ち着いて状況を把握することが出来なかったわ
けである。

(・・・と、言うことは!?)

 生栗は、はっと何かに気づき、冷蔵庫の上の海産物に
向けて、慌てたように言った。

「じゃ、じゃあ・・・俺が、培養槽の中に入っている間
・・・」

「ずっと、隣に裸のカーネルちゃんがいたわけだまぼ」

 至極当然、と言ったようにまんぼうが頷く。

 生栗の方はと言うと・・・足をよろめかせ、頭を思い
きり冷蔵庫にぶつけていた。ごん、と鈍い音が響く。

「あーあー、何やってるまぼ。血が出てるまぼよ?」

 頭からどばどばと血を吹き出している生栗を見て、ま
んぼうが呆れたように言った。

「ほらほら、止血しないと危ないまぼよー。死ぬまぼよ
ー?」

「いっそ、このまま死なせてくれぃ・・・」

 消え入りそうな声で生栗が呟く。

「キミはまた、変わった人まぼね。何でカーネルちゃん
が裸だったことくらいで死ぬんだまぼ?」

「それが問題なんだぁぁぁっ!!」

「まぼぉっ!?」

 がばっ、と顔をあげ、叫ぶ生栗。もともと紅潮してい
たその顔は頭から流れる血で真っ赤になっている。こん
なものを急に見せられては、まんぼうも驚くしかない。

「一時間・・・一時間だぞ!? そんな長い時間、しか
も狭い培養槽の中で・・・は、はははは、裸のカーネル
と一緒に入ってたなんて・・・」

 手をばたばたとさせ、おぼつかぬ口調で、生栗は言っ
た。

 生栗 磁力。21歳。こと女性に関しては、全くと言
っていいほどに免疫が無かった。

 










 生栗が女性に免疫がないのは、ひとえに、彼の妹の
涙ぐましいまでの一途(狂気的)な想いのおかげであ
る。

 というのも、彼の妹・・・生栗 彩は、実の兄である
生栗 磁力を、ちょっと尋常でないまでに慕っていたの
だ。

 それはもう、「兄妹愛」などという微笑ましいもので
なく、一方的なドロドロとした偏愛・・・いわゆる、ス
トーカーと呼ばれる人間の抱くそれと同質のものであっ
た。

 彩が物心つく頃には、それはすでに始まっていた。

 彩は、兄の半径5メートル以内に自分以外の女性が近
づくことを許さず、『射程圏』に入った者には、容赦な
く出刃包丁を構えて突っ込んでいく。

 生栗は、それを止めるために自ら妹の刃を受ける。

 そんなことが、何百回とあったことか。

 そんな調子だから、生栗の全身には無数の傷が刻まれ
、しかも傷を受けてもすぐに回復し、滅多なことでは死
なない体になってしまった。

 生栗が高校(もちろん男子高)を中退し、Aフォース
の前身である大和戦争代理店に就職した後も、彩の純情
は彼を逃がしはしなかった(ただし、伊崎 四十九日と
ティンカー・リオ・カーマインいう例外を除いて)。

 大和戦争代理店がAフォースへと生まれ変わり、彩が
地下に潜り、生栗がヘルバーチャ団に入団する頃になる
と、さすがに妹の魔の手も(毎日は)迫ってこなくなっ
た。

 が、だからと言って、信じていたものに裏切られ、正
反対の道を歩みはじめた生栗が、女性にうつつを抜かす
ことはなかった。彼にとって団員は「共に戦う仲間」で
あり、そこに女性も男性もなかったわけである。

 そういうことであるからして。

 戦闘員303号、生栗 磁力。

 女性はからっきしなのであった。













「くはははははははははははははははははははは!!」

 突如として辺りに響く悪笑いに、生栗はまんぼうは顔
を見合わせた。

 この最初が「く」で始まる悪笑いは・・・

「悪の博士!」

「よくぞ見破った!」

 ばしぃん!

 生栗が叫ぶと同時に、悪の博士が飛び出した!

 ・・・まんぼうの腹の中から!

「どっから飛び出したこの狂科学者ぁぁぁ!!」

 あまりにも突然、且つ奇妙な登場をした悪の博士に、
生栗が怒鳴る。

「見ておらんかったか? まんぼうの腹の中からだ!」

 対する悪の博士は冷静に言い放つ。くるくると空中で
回転し、音もなく着地。そしてびしぃ、と生栗を指さし
た。

「ふっふ。実はお主を驚かせようと思って、冷蔵庫の中
に隠れておったのだ! だが・・・」

「だが?」

「冷蔵庫が中からは開かぬことをすっかり忘れておって
のぅ! 危うく凍死寸前だったのだ! くはははははは
はははははははははははははは(悪の博士笑い)!!」

「あんた頭いいのか悪いのかどっちなんだぁ!!?」

 生栗の突っ込みも、博士の笑いの前には何の効果も成
さない。ひとしきり悪笑い、博士は続ける。

「それで死んだお婆ちゃんの幻影が見え始めてのぅ。パ
トラッシュと寄り添いながら夢の世界に旅立つところを
、我が弟たるまんぼうに食われたのだ」

「どおりで、妙に不自然な食べ物があったような気がし
たまぼ。兄者だったまぼか」

「ふふふ、弟の腹に入るなど、さすがの我が輩も少々は
びびったわい!」

「ははは、兄を腹の中に入れた弟なんて、このボクだけ
に違いないまぼ!」

「くははははははははははははは!!(悪の博士笑い)」

「まーっぼっぼっぼっぼっぼっぼっ!!(白身魚笑い)」

「何で笑うんだこの怪人兄弟ぃぃっ!!」

 自分の目の前にいる、白衣の鉄仮面と丸い生物の奇妙
の奇妙なやりとりの、そのあまりの理解不能ぶりに絶叫
で突っ込む生栗。さっきから色々ありすぎて、もはや卒
倒寸前ですらある。

「ま、そんなことはともかく、だ」

「あれがそんなことなのか・・・ともかくとしていいこ
となのか・・?」

 生栗の呻きを無視し、悪の博士は言う。

「式の日取りを決めんとな、婿殿」

「・・・へ?」

 生栗が間抜けな声をあげる。
 
「兄者、式場はどこがいいまぼかね?」

「うむ。琵琶湖湖底、ドイツ、東京タワー、後楽園遊園
地、大阪城などを考えておる」

「採石場なんかも捨て難いまぼ~」

「さすが我が弟。そのセンでいくと、デパートの屋上と
いうのもよいかも知れぬな」

 キョトンとしている生栗を無視し、何やら話に花を咲
かせている怪人兄弟。どうでもいいが、この二人が話を
している光景はかなり不気味だ。

「な、なぁ、ちょっと待ってくれよ」

 耐えかねて、生栗の会話に割り込む。

「さっきから、日取りとか採石場とか・・・一体、何の
話なんだ?」

 悪の博士は、その言葉に鉄仮面をにやりと歪ませ、

「お主とカーネルの結婚式に決まっておろう?」

 と一言。

「なにぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」

 激しく狼狽し、思わず後ずさる生栗。それを見て、ま
んぼうが面白そうに、

「兄者は何でもお見通しまぼ。ボクの見たこと聞いたこ
とは、ぜーんぶ兄者に筒抜けなんだまぼよ~」

 と笑う。

(じゃ、じゃぁ・・・俺が愛してるとか、カーネルが結
婚とか言ったことも、全部・・・)

「お主の本音と我が娘の気持ち、しかと聞かせてもらっ
たぞ」

 鉄仮面の含み笑いの一言が、生栗にトドメを刺した。

「聞いてるこっちが赤くなるラヴっぷりだったまぼ~」

「安心せぃ、式は盛大豪華にやってやるぞ」

 二人の言葉も、生栗には半分も届かない。混乱の連続
で限界をきたした生栗は、ゆっくりと床に倒れこんでし
まった。

「はっはっは! 幸せ過ぎて気絶しまったか!」

「果報者まぼね~」

 頭上で笑う二人の怪人、その白衣の方に、生栗は最後
の力を振り絞って、弱々しい悪態をついた。

「こんの・・・狂科学者おやじぃ・・・」

「むむ、聞こえたかまんぼう?」

「何まぼか、兄者?」

「この婿殿は、すでに我が輩をおやじ、即ちお義父さん
と呼ぶまでになっているぞ!」

「結婚する気まんまんってことまぼね、兄者!」

「その通りだ弟! くぁーーーっはっはっはっはっはっ
はっはっはっはっはっは!!(悪の博士笑い『狂』)」

(何言っても無駄かよ・・・)

 消えゆく意識の中、生栗はそう思い、これからの自分
の人生に大きな不安を感じたのだった。









                 



        結局ラヴラヴハッピーエンドやん(死)

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