カマドウマ 返信

 冬のように冷たい夜の闇が、辺り一面を包み込んでいた
。時刻はちょうど夜の8時。今にもぱらぱらと雨が落ちて
きそうな暗夜だった。

 元『衝撃を与える者』幹部、現『悪の博士怪人軍団』に
属しているマシーネン・カーネルは、博士から頼まれた使
いものを終え、仲間の待つヘルバーチャ団筑波アジトへと
帰路を歩いているところであった。

 改造人間である彼女には、暗視機能がついているため、
このような暗い夜道でも何ら危険なく歩ける。砂利道を
ざくざくと音を立てて歩いていたカーネル。その足が、
唐突にぴたりと止まった。

 砂利道を抜けたその先は分かれ道。右に進めばヘルバ
ーチャ団筑波アジト、左に進めばAフォース筑波本部。
その道を分けている椚の大樹の影に、カーネルの視線は
注がれた。

(・・・?)

 凝視する視線の先、闇の底に、何やら蠢くものの気配
がカーネルに感じられた。

(誰かが隠れている・・・)

 隠れているものが、蠢いた。それは、

(私がやって来るのを待っていたから・・・)

 ではないのか。

(待ち伏せされた・・・?)

 のではないのか。

 もとより、マシーネン・カーネルは悪の組織に属して
いる。

 そして、過去、現在それぞれに己の生死をかけて戦っ
てきており、そして今も戦いは続いている。

 悪の組織に属しており、組織のため、少なからず非道
を行ってきたカーネルは、組織に反する者の怨恨と憎悪
を我が身に背負っているはずだ。

 あるいは、単なる物盗り、またはよからぬことを考え
ている輩かも知れない。実際、カーネルは容姿端麗であ
り、その手の輩にはよく狙われていた。もっとも、その
程度の下衆が彼女の肌に触れることさえ叶うはずもなく
、一人残らず撃退されているのだが。

 また、何かが蠢いた。

(何にしろ、用心だけはしておくべきか・・・)

 両腕だけを静かに変身させ、カーネルは、前方に蠢く
ものに向かって一歩、二歩と進みはじめた。

 すると、カーネルの額に装備された0シグナルが急に
反応した。

(な、に・・・!?)

 突如現れた反応に、カーネルは驚きを隠せなかった。
0シグナルが反応したということは、即ち、近くに改造
人間がいる、ということだからだ。そして、その反応は
、恐らくあの蠢くものからに間違いないだろう。

 しかし、カーネルはふと気づく。この0シグナルが、
『衝撃を与える者』時代に取り付けられ、それ以来一度
も機能していないことを。壊れていたわけではない。0
シグナルは彼女の同類ーーーつまり『衝撃を与える者』
系統の改造人間にしか反応しないのだ。根本から違う技
術での改造人間である、ヘルバーチャ団怪人やB&Gカ
ンパニー怪人、そして『衝撃を与える者』の技術を基に
してはいるものの、実際はそれを大幅に改良している悪
の博士怪人に対しては、何の反応も示さない。

 しかし、それが反応したというのは・・・

(私の同類がいる、だと・・・馬鹿な!)

 頭に浮かんだ突飛な発想をすぐに否定する。が、次の
瞬間にはそれしか可能性がないことを思い出す。0シグ
ナルの故障ということは万が一にも無いだろうことを考
えると、ますますその発想が現実味を帯びてくる。

(どういうことだ・・・私が最後の生き残りではないの
か!? 博士は、私を欺いていたというのか!?)

 信じられない事態に戸惑うカーネル。その時、突如と
して椚の闇に隠れていた黒い影が、疾風の如く飛び出し
、彼女の顔面めがけて拳を打ち込んできた。

「くっ!」

 ばしぃ、と音を立て、拳はカーネルの眼前で止まった
。瞬時に我に帰ったカーネルは、弾丸のような拳を、変
身させた右手でとっさに掴んだのだった。

(この速さ、この拳撃の重さ・・・)

 影の繰り出した一撃は、改造人間であるカーネルの強
靭な腕でも相当の衝撃を与えるほどの威力を持っていた
。ここから察するに、やはりこの相手は、

「・・・改造人間!」

 なのだろう。

 カーネルは掴んでいた拳を捻るようにして顔から逸ら
し、体を浮かせて飛び蹴りを放った。腹部をめがけ、凄
まじい速さで放たれた鋭い蹴りは、しかし、空しく空を
切るだけに留まった。

「なに!?」

 瞬き一つにも満たぬほんの僅かな時間、影はカーネル
の前方30メートル弱まで距離を取っていた。しかも、
ほんの一跳び。激しく大地を蹴っただけで、これだけの
距離を飛び退いたのだ。カーネルの背筋に、冷たいもの
が流れる。

(強い・・・)

 一撃の威力、素早さ。その両方とも、彼女の能力を圧
倒しかねないものだった。相手の正体が何であろうと、
相当に強力な改造人間であることには間違いない。カー
ネルは相手の様子を見つつ、全身を異形の戦士へと変身
させた。

「貴様、何者か!?」

 変身が済み、準備万端整ったカーネルは、自分を狙う
影に向かって叫んだ。影は何も答えず、ただじっと、赤
く光る眼でカーネルを睨んでいた。

「答えぬつもりか・・・では、なぜ私を狙う? 私がマ
シーネン・カーネルと知ってのことなのか?」

 その言葉に、影が、ぴくりと反応した。

「・・・やはりか。貴様が、俺を化け物に変えた原因の
女か・・・!」

「何だと・・・どういうことだ?」

 影の意外な言葉に、カーネルは問い返す。が、影はそ
れには答えず、呻くような声で叫んだ。

「何故生き返った! 貴様のような女が、生きているだ
けで災厄を振りまく化け物が、なぜ今ごろになって地獄
から這い出してきた!?」

「な・・・!?」

 その声の迫力に、カーネルは思わず後ずさった。辺り
の空気を震わせる、びりびりとした殺意。闇夜を切り裂
くが如きその声は、雑木林に吸い込まれて消えるまで、
カーネルの体を縛り付けていた。

「死に損ない・・・地獄の底から抜け出し、なおも人々
を苦しませる悪鬼! この俺が、貴様の模造品にまで堕
ちたこの俺が、貴様を再び地獄へ送り返してくれる!」

 影が叫び、再び大地を蹴った。すると、先ほどとはち
ょうど反対に、一瞬にしてカーネルの眼前に迫った。

(なんて速さだ!)

 その跳躍力に脅威を抱きつつも、カーネルは応戦する
。凄まじく速く、そして重い連撃を必死で受け流し、反
撃のチャンスを伺う。その合間、影はその赤い眼でカー
ネルを睨み続けている。

「死ね、化け物! 貴様を殺さねば、俺とて安心して死
ぬことなどできん!」

「わけのわからぬことを! 貴様、一体何者だ!? 名
乗れ!」

「名などない! こんな化け物になった俺に、名などい
らん!」

 絶え間なく続く拳の応酬。が、カーネルはそこに僅か
なスキを見つけた。それを目掛け、突きを放つ!

「ぐっ・・・!」

 突きは見事に影に腹部に刺さった。呻きを上げ、よろ
ける影。間髪入れず、追撃の回し蹴り! こめかみに強
烈な打撃を与えられた影は、ぐらりと倒れそうになった
が、足を開いて立て直した。カーネルの追い打ちの拳を
腕で払い退け、影は言った。

「何人・・・殺した・・・」

 再び、影の声に殺意がこもった。ふるふると怒りに身
を打ち震わせ、赤い眼をらんらんと輝かせ、影は叫ぶ。

「その腕で・・・そのゴチャゴチャした体で・・・貴様
は何人を殺した・・・!? 俺を刺した腕で、俺を蹴っ
た脚で・・・! 何人の、罪もない人を・・・!」

 ゾク・・・とカーネルは再び背筋が凍える感覚を覚え
た。目の前の、この正体不明の影から感じる自分への殺
意。まるで、かつて自分が父親の仇である『NMR-0』と
戦った時の、自分自身でも抑え切れなかったほどの殺意
のようではないか・・・

「貴様らの、下らん野望だか・・・義だかのために死ん
でいった者の苦しみ・・・! その、何万分の一でも味
わってみろ!」

 影がぐい、と腰を落とし、叫びと共に真っ向からカー
ネルに拳を打ち込んだ!

ドガッ! ミシィ!

「ぐぅっ!」

 カーネルの体に組み込まれた、強化された体内機関が
悲鳴をあげる。影の一撃は鉄壁の強度を誇るカーネルの
機械の体に、いとも簡単にダメージを与えた。激痛に体
をよろめかせるカーネルに、影は容赦なく追撃の雨を浴
びせかける!

「こんなものじゃない・・・お前が奪った命の重みは、
その程度の痛みじゃ比べものにもならん!」

「ぐぅぅ・・・!」

 苦悶の呻きを漏らすカーネル。スキを見て反撃の拳を
叩きこむも、影は何も感じていないかのように拳を浴び
せ続ける。そして、とうとう反撃する体力も尽きた。

「く・・・」

 体中から血を流し、カーネルは力無く倒れ伏した。影
はカーネルの頭をひと蹴りすると、またも大地を蹴って
距離を取った。

「今度こそ、貴様の最後だ・・・復讐を果たせぬまま、
ヤモリやカブトの仇も討てぬまま死ぬ・・・そんな惨め
な最期が、貴様には似合いだろう! 罪もない人の命を
、幸せを奪った貴様にはな!」 

ぴくり

(お義父様・・・カブト・・・みんな・・・)

 カーネルの瞳が、再び生気を取り戻した。思い出した
くもない過去が、次々とカーネルの脳裏に浮かんでくる
。 

 自分を育ててくれた義父、苦楽を共にした仲間達。そ
して、彼女からその全てを奪った男・・・『NMR-0』。

(まだ・・・死ねるか・・・!)

 カーネルの体に、力が蘇ってくる。限りない負の力が
彼女を喰らい尽くし、真っ黒な感情が彼女を支配する。

(まだ何も終わっていない・・・! まだ、私は地獄へ
は帰れない!)

 死への恐怖ではなく、何もせず死ぬことへの恐怖。そ
れだけが、彼女を再び立ち上がらせた。

「く・・・ヤツは!?」

 血で霞む眼をこすり、カーネルは影を探す。いた。闇
夜に映える真紅の眼は、不気味にカーネルを睨みつけて
いた。

 ひゅう、と夜風が吹いた。場違いなほど涼しげな風は
カーネルの髪を撫で、そして月にかかっていた雲を払っ
た。月明かりがカーネルを睨む影を照らした。

 その姿を見た瞬間、カーネルは絶句した。それは、影
の姿が、彼女の仇である男に、あまりにも酷似していた
からだ。

 闇に光る赤い眼。昆虫のような顔。額の辺りから伸び
た2本の触覚。首に巻かれた束になったコードは、影が
口から吐いた血で赤く染まっており、風になびく様は赤
いマフラーのようだ。そして、その腰に備えられた奇妙
なベルトの中央の風車は、目映い光を放射しながら回転
していた。

「エ・・・エム・・・アール・・・!」

 似ていた。あまりにも似ていた。

「・・・ゼロ! 裏切り者のイナゴ男・・・!」

 彼女の仇、『NMR-0』に。

「似ているか・・・やはりな! ならば、かの勇者と同
じ技でとどめをさしてやる!」

 そう言い放つと、影は思いきり腰を屈め・・・跳ねた
。高く、とても高く。まるで、『空を飛んでいる』かの
ような高さまで、跳ねた。その姿を見たカーネルは、こ
れまでにないほどの殺意を全身にみなぎらせ、叫んだ!

「ゼロぉぉぉッ! 殺す! お義父様の、カブトの、仲
間の仇ぃぃッ!!」

 カーネルの右眼に、レーザー発振機の埋め込まれた機
械の眼に、彼女の全ての力が集まる。それは爆発的な威
力を持った光。全てを焼き尽くす、憎悪の光。

「くたばれ、バッタンジン! かつて貴様を葬った勇者
の技で、再び地獄へ落ちるがいい!」

 影は背の高い木を蹴り、その反動で弾丸のようにカー
ネルに迫る!斜めに急降下する影は足を突き出し、キッ
クの体勢を取った。それは、かつてカーネルの仲間を葬
ってきた技。彼女から全てを奪った、忌むべき技。

「がぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 カーネルの殺意が、爆発した。

 右眼に蓄えられた光が解放され、爆発的な閃光と共に
カーネルの怒りが噴き出した! 

ズバァッ!

「ぐぅ・・・っ!?」

 影はその光に貫かれながら、しかし、それでも勢いを
殺さずにカーネルに迫り・・・キックを命中させる!

ドガァッ!

「く、ああぁぁっ・・・!」

 苦痛の叫びをあげ、カーネルは吹き飛んだ。砂利道を
越え、雑木林に入り、椚の大樹にその体を激しく打ちつ
ける。メキィという、何かが壊れる致命的な音がした。





「ぐ・・・」

 そして影も、カーネルほどではないにせよ、かなりの
重傷を負っていた。レーザーは僅かに心臓を逸れ、左脇
腹をえぐっていた。出血はかなりのもので、小さな機械
部品混じりの血がボタボタと滴り落ちている。

「・・・やったか・・・?」

 傷口を押さえ、影はフラフラと立ち上がる。激痛に呻
きながらも雑木林の方に何とか顔を向ける。そこには、
血塗れで木に寄り掛かっているカーネルがいた。

「さすがに・・・しぶといな」

 影が口から血を流しながら呟いた。ぐにゃりと力無く
体を横たえているが、カーネルはまだ生きていた。尋常
でない殺意をはらんだ瞳が、まっすぐに影を見つめてい
たのだ。影は同じく殺意のこもった視線を返し、よろめ
きながらカーネルに歩み寄っていく。
 
「これで・・・とどめだ・・・!」

 残った最後の力を振り絞り、影が拳を握り締めた。

 その時だった。

「カーネル、どこだー?」

 場違いな、どこか間の抜けた声が闇夜に響いた。懐中
電灯の光が、すぐそこまで迫っていた。影はそれに気づ
き、己の不運と女の悪運を呪った。

「くそ・・・ここまできて・・・!」

 ここで邪魔されれば、この女を生かして俺だけが死ぬ
ことになりかねん・・・影は悔しそうに呻いた。それだ
けは避けなければならない。この女に殺された、何人も
の罪無き人々。その人々の仇をとるまで、俺は死ねない
・・・

「次は殺す・・・必ず殺すぞ・・・」

 そう言い残し、影は闇夜へ紛れ・・・いずこともなく
姿を消した。カーネルの視線は影を追い続けたが、姿を
消した瞬間、ふっと瞳から殺意が消えた。






「おーい、カーネルー。いるならへん・・・じ・・・」

 あまりにカーネルの帰りが遅いので心配した博士の言
いつけで探しに来た生栗が見たものは、血塗れで倒れこ
んでいるカーネルの姿だった。

「・・・うわあぁぁ! ど、どうしたカーネル!?」

 一瞬の間を置き、生栗が大声をあげる。心配そうに肩
を揺すると、カーネルは弱々しく瞼をあげた。

「生栗・・・」

「大丈夫か・・・って、大丈夫じゃないよな。待ってろ
! 今すぐ、博士とイカの姉ちゃんを・・・」

 生栗は通信機を取り出し、救急要請を出した。これで
、五分もせずに救援が駆けつけるはずだ。

「おい、死ぬなよ! もうすぐ助けがくるからな!」

「ふふ・・・安心・・・しろ・・・まだ死ねない・・・
私は・・・まだ・・・ぐっ、がふっ・・・」

「無理して喋るな、体に障るぞ!」

 カーネルが口から噴き出した血を、生栗はタオルで拭
った。白いタオルが、一瞬で赤く染まる。

(カーネルが、ここまでやられるなんて・・・)

 カーネルは悪の博士怪人の中でも、最強の部類に入る
改造人間である。その彼女をここまで追い詰めた者がい
るなど、生栗は信じられなかった。じっくり話を聞きた
いところだが、今の彼女にそれを強いるのは酷だ。

「博士、まだか!?」

「吾輩ならばここだ!」

「うわぁ!?」

 じれたように振り向いた生栗の目の前に、闇夜に光る
鉄仮面。いつもながら唐突に現れる悪の博士である。
 
「おお、カーネル! 何ということだ・・・」

「う・・・はか・・・せ・・・」

 博士は優しくカーネルを抱き抱え、すぐさま筑波アジ
トへと走り出した。それを追う生栗。

「博士! カーネル、助かりますよね!?」

「当たり前じゃたわけ! 娘をむざむざ死なせる父親が
どこにいるか! イカンゴフ、準備は出来てるな!」

 アジトに駆け込んだ博士は、すぐさま手術室へ向かい
、息つく間もなく手術を開始した。

 




「博士・・・どうですか?」

 手術は三時間の長丁場になり、その時間の間、生栗他
ヘルバーチャ団全員、そして悪の博士怪人軍団全員が、
手術室の前で心配そうに待っていた。手術室の扉が開き
、出てきた博士に言った生栗の言葉は、その場にいる全
員の気持ちを代弁していた。

「ふん。吾輩が手術を失敗するわけなかろう!」

 博士のいつもながら偉そうな物言いは、今回に限り全
団員に歓喜の渦を巻き起こした。喜び、ため息をつき、
安堵感が辺りに充満する。

「もっとも、しばらくは安静だが、な。ほれ、行った行
った! 大事な娘の安眠を邪魔する輩は容赦せんぞ!」

 博士は例の笛を振り回し、蝿でも払うかのように団員
達を退散させた。一人残らず去ったのを確認すると、ふ
ぅ、とため息をつく。

「しかし・・・我が娘にあれほどの傷を負わせる者がい
るとは・・・信じられんな。何者であろう?」

 博士は呟くと、腕組みをして食堂へと向かった。途中
で手術室を振り返り、しばらくそのままでまた何か考え
、そして再び食堂へと歩き出した。

 反崎が沈痛な表情を浮かべ、物陰からじっと手術室を
見つめていたことは、悪の博士でさえ気づかないことだ
った。


             
             続きを書く気力はない(悪)

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