最後の断片「・・・すまないな。皆。・・・すまない・・・」


「神を突き刺すバベルの塔」最深部。天魔王の間。
其の部屋にたった一人在る者が、玉座から杖を支えに立ち上がった。「悪の博士」。
「来たか。折原。」
其の姿は、以前と一変していた。精神的変化が心理外骨格の形に影響を与えているのか、金属質だった外骨格は髑髏じみた白骨へと変じ、八つの眼のうち二つ以外の眼窩は殻。人間の目の位置にある二つにのみ、辛うじて奥まって眼球が見える。
マントと黒衣はヘドロのように溶けかけ、でろりと白骨外骨格の上に絡み付いている。
「・・・来たわ。」
部屋の大扉を開け放ったのえるは、刺すような視線を向けて答える。
構えのない、自然体の姿勢。だが、隙は無い。しかし、その表情は、怒りはあっても、憎悪も敵意も無い。
世の理不尽に怒る太陽の熱、この世界を破壊しつくした理不尽の一端を掴んだ表情で、のえるは「悪の博士」を見た。
「その表情では、気づいたようだな。」
「確信とはいえないわ。けど、私に思いつけることはコレしかない。」
博士が問い、のえるが答えた。
「バリスタスが何故、こんなことをしたのか。・・・けれど、私が思いついたこの答えが正しいのだとしても、どうしても分からない。・・・本当にこうするしかなかったの!?」
血を吐くようにのえるは問う。
あまりに理不尽で、滑稽なほど愚直で、確かに筋は通していて・・・だが、その筋ひとつのためにこれほどの人間が死んだ。
後の世のための布石とはいえ、あまりにも。どうしても許容できそうに無い程に。
「他に手は無かったなどと確信できる筈も無い。だが、我輩に思いついた手はあれしかなかった。」
のえるの問いを逆さに返すような博士の言葉。
「いずれにせよ、もうすぐに終わる・・・終わりが始まったようだぞ。」
視線を正面から動かさぬまま、博士は杖を振った。内臓コンピューターが作動し、ホロ映像ディスプレイの電源をオン。
・・・そこに映し出されるのは、この戦場に、アメリカ大陸に、いや、世界すべてに流されている映像だった。

「僕は・・・ドキュメンタリー監督の、ミシェル=モアだ。げほっ。聞いてほしい。この映像を、音声を、誰でもいい・・・聞いてくれ。」
映像は、ラジオでも受信できるよう同時に音声オンリーでも流しているそれは、どこかの地下施設でカメラの前に座るミシェル・モアの声だった。
彼は幾つもの銃による負傷を負っていて、危険なほど出血していた。背後からは連続して爆発音が聞こえる。
爆薬で扉を打ち破ろうとしているのだろうが、失敗している様子だ。核シェルターの如き、恐ろしく堅牢な施設に相違ない。
「これを、見てくれ。げほ・・・この戦いが始まる前の日付の、HAの計画文書だ。はは・・・ラジオで聞いている皆は、見えないか・・・けれど、電子データを拡散した。後で、それを見てくれ。アクセス方法は・・・」
アクセス方法を説明する。その資料を見せながら。ネット上で自動増殖し削除されきることなく確実に伝える特殊プログラム。掲示板に、動画サイトに、メールに、拡散していく電子データ。
其の間に、画像を見れている世界中の人間は見た・・・彼が探り当てていた真実を。
「がは、・・・そろそろ、見てくれたかな。この計画文書にはこうある。HAは、人類の為ではなく、上位次元ガーライル神の為・・・悪を滅する為の、上位次元とのゲートを開いての、大量のロード・エルロードと、ガーラライル本体そのものの降臨儀式を行おうとしていた・・・。げほ、げほっ!」
どん!
どんどん!
扉に砲撃が叩き込まれる。扉に徐々に逆クレーターのような歪みが入り始める。
血を吐いて咽たミシェルは、それを拭って叫んだ。
「儀式に使う魔力を、人間の生命力で補ってだ!北米全土に張り巡らされた術式魔法陣でだっ!・・・この計画が成功していれば、アメリカ全土の2億人以上は、全部術式に食われて死んでたんだっ!」
衝撃的な事実を。
一瞬、戦場の音が止んだ、と思えるほどの。
「HAは、上位次元は・・・「人類」は救うつもりでいるかもしれない、奴らの定義する悪を殺して、奴らが善と定義する人類を残すかもしれない・・・けれど、奴らは人を殺す!人類が生き残れば、個々の人間の犠牲はなんとも思わない・・・!これが、その証拠だ!」
あわせて、大量のデータがネットにアップされる。その計画が実際に動いていた証拠群だ。ここまでこれほどの大儀式をすべて隠蔽していたとはいえ、大術式である以上、関係する情報は膨大。露になってしまえば弁解のしようはない。
「先に行われたバリスタスによる破壊行為は、霊子攻撃・・・この攻撃によって、HAの術式は破綻した。それはバリスタスとしては自衛の先制攻撃だったが、その結果、二億人以上の人間が助かったが、千万人が死んだ。其のうち何割かはHAの術式に取り込まれ危険な数のロードが召喚されたが、予定された世界すべてを制圧するほどの戦力には到底足りぬ数しか召喚されなかった」
そして、矛盾した、皮肉な真実がそこにある。
バリスタスは自衛の為、千万人を殺して二億人を救った。
それは救いなのか、殺しなのか。彼らは、善を成したのか、悪を成したのか。
紛れも無く悪を成した。
だが。
紛れも無くその悪の結果、より多くの民の命が救われたのだ。
大いなる矛盾の情報が、全世界を打ちのめす。
「・・・ぜっ、はぁ。これで、 僕の告発は終わりだ・・・」
それを認識して、ミシェル=モアは告発を終えた。同時。
ずがぁん!
とうとう背後の扉が砕け散った。
フォルミカ級の下級ロードたちが突入してくる。神聖霊子のエネルギー弾が発射体制に入り輝く。
それを避ける術も守る術もミシェルには無い。終わりだ。だが・・・成し遂げた終わりであり。ロードたちは、放送の阻止に失敗していたのだ。
「この映像を見た人たちにお願いする。理性的に考え、判断し、行動してほしい・・・それだけだ。」
最後の声。
そして、爆発。
映像が途絶える。

・・・
天魔王の間に展開する映像は、ノイズと成り果てた其の画像から、神刺塔の外、北米全土各地の映像を映し出していた。
大混乱に陥る各地の戦場を。
HAと連合する米軍部隊が、そしてHAのヒーロー達が、戦意を失うもの、信じようとせずやけになって突撃せんとするもの、この真相に上位次元に怒り反旗を翻すもの、と、四分五裂し大混乱に陥っている。
それは米軍・HA同士の内乱衝突すら誘発し、更に上位次元勢力が明かされた真相に抗う者を力づくで鎮圧せんと攻撃を行い、完全な内紛状態に陥っていた。
事実上、攻勢速度は急激に鈍化しており、この戦いがバリスタス北米支部の陥落で決着するのは確実としても、HAにも米軍にも、もやは其の先を戦う力の大半がなくなったのは明白であった。
それは、のえるの目にも、悪の博士の目にも入っている。

「コレをもっと早くに明らかにすることは、当事者である貴方達には出来たはずよ。」
「だが、それでは戦は止まらなんだろう。」
のえるの指摘に、博士は答える。
「まだ戦う余力が多く残っている状態でこの事実を明らかにしても、戦う前にコレを明らかにしても。人間は信じたいものしか信じず、理性より感情を優先する。歴史上幾多の矛盾や過ちが葬り去られてきたように。政府とHAとロードの手によって我々が発する情報は封殺されただろう。我々と彼らの激戦の間に、其の隙をついた第三者が真実に辿り着いて公開しなければ、そもそも公開もままならなんだ。」
「だから、あえて公開しなかった。多くの人が死に、戦力が傷つき、これ以上戦いを続けようとするのが、後一撃の情報の衝撃を受ければ難しくなるタイミングに、自分達で気づくまで捨て置いた。自分達が取り返しのつかぬ過ちを犯したのだということを突きつけられる事で、衝撃大きくする為に、あえて間違った戦いを強いた。」
博士の説明に、のえるが言葉を重ねる。
分かっていても納得できない、しかし、確かにその筋に従って、上位次元の謀略をぎりぎりの犠牲で食い止め、激戦を崩壊という形でここで終わらせようとしている悪の博士の策略に。
「だがどうであれ、我輩が悪の道すら外れた外道、討つべき存在であることは変わらぬ。合議に計っていては召喚術式が成ってしまうが故に、独断しことを成したこの我輩は。」
「あんたは此処で死に、あんたの命令を実行したものも此処で全員死ぬ。それで全部終わらせる、ってつもり?」
「無論其れで全てが終わるとは思わぬ。人間の情はそう単純ではない。バリスタス全体を恨むものが必ずや出よう。即ち、ここで我らバリスタスの世界征服の可能性は今においては潰える。戦力的にも、道義的にもな。」
自分達が犠牲となるという決断を平然と下し既にそれに乗っ取って終わりを迎えたと言う相手に、のえるの表情は苦い激情に染まる。そしてその犠牲すら、全てを終わらせる事も救うことも出来はしないと悪の博士は語る。
「さて。かくして真実は暴かれた。前提条件は全てそろった。行動の時だ。のえる、如何にする、何をなす。」
「・・・それを私が納得してやると思ってるの?」
悪の博士は言っている。己を殺せと。
だが、のえるは答える。そんなことに納得できるわけが無い、と。
「私はこれ以上死者を増やしに来たんじゃない・・・それでも、この手を血で濡らしてしまった。私と一緒に来た皆も、手を血で濡らし続け、傷つき続けている。」
その上で更に・・・このような、幕を引けというのか。
「・・・貴方を捕らえる。貴方の望んだこの終わりは、人間をあんまりにも信じていない。貴方を捕まえて・・・人間が憎悪の連鎖で終わるだけの生き物じゃないって、証明してやるわ。」
「残念ながらそれは不可能である。」
のえるが構える。掌を向けた、把握捕縛の構え。
博士が構える。片手で杖を短槍のように、もう片手を鉤爪のように。

「、っ!」

がしゃああああんっ!

・・・
瞬間、悪の博士だ凄まじい殺気と怒気を込めて飛び掛る。
逸れによって瞬間的・反射的にのえるに本気の反撃をさせるために。
だがのえるはそれに抗う。抗って、殺さずに捉えようとする。
・・・しかしその抵抗は無に帰した。
のえるが喉奥で、その光景と感触に対する悲鳴を堪える。
殺さずに、掴もうとした。
それだけで・・・悪の博士の体が砕け、腕がもげ・・・もんどりうってのえるの足元を転がり、外骨格の割れた欠片を巻き散らかしながらその背後に倒れたのだ。
「な、なんっ・・・!?」
殺すつもりなど微塵も無かったのに、殺してしまった。
さしもののえるの声も上ずり震える。
「・・・我輩の力は、「許せぬ者に対する無敵」。」
手足がもげ、外骨格が砕け、胴体と首だけになり、仮面じみた外骨格がひび割れた悪の博士が、最後の解説を行う。
「我輩自分自身が、我輩の許せぬ者となった時点で、我輩の鎧は我輩自身を蝕んでいた。既に、朽ち、砕ける寸前だったのだよ。後僅かでも衝撃を受ければ、それで終わりという程にな。・・・故に、おぬしが悪いわけではない。」
「っ、っ・・・!!」
悲痛な表情でのえるは呻く。
結局、何も出来なかったし、何も変えられなかったに、等しいではないか、これでは。
最後の瞬間に辿り着きこそしたものの、全ては目の前で終わってしまった。
「だが、おぬしはもはやもう一度膝を屈する積りは無い、のだろう?」
そののえるに、博士は言葉を手向ける。
「我輩を倒した、それが意に沿わぬ事だったとしても、真実に辿り着いた、それだけだったとしても。おぬしは、終わった後の世界を・・・何とかせねば・・・ならんのだろう・・・?」
ぐっ、と、その言葉にのえるは表情を引き締め、拳を握る。
確かにそうだ。そう誓った。
「我輩は、悪を名乗り正義を試す者となった・・・だが、それ故に・・・自分の正義を持てぬ者となってしまったのだ・・・。我らがバリスタスにはバリスタスの大義があったにも関わらず・・・」
そののえるに対し、博士は最後の心情を吐露する。
己が許せぬ者を許さぬ心理外骨格。それは博士の無敵であり、そしてまた、博士の限界であった。
「故に此処で終わる。それだけだ。後は、のえる、お前のような信念のある正義か・・・生き残った我が仲間のような、大義のある悪に託す。この一件でHAの命脈は絶たれた、上位次元のこの世界への干渉能力に限界が生じた。古代怪人については、しかるべき運命を持つ者が終わらせよう。後は残りの上位次元と・・・タロンの襲来をしのぎきれば・・・」
それで終わる・・・と、悪の博士は・・・外骨格の末端から徐々に分解し、消滅しながら言う。
生き残った者達に託すと。だがそれは。
「・・・無責任で、どうしようもない・・・やはり我輩は許されまい・・・」
そうであることを、誰よりも悪の博士は認識していた。

そして、この日、こうなることを知り、あるいは予見していた者達の居る、何処か遠くで。


地面に突っ伏したカーネルが呻く。

防戦を続ける白く輝く巨人、イカンゴフの変身形態であるハテヨノエイゲツが天を仰いで泣き叫ぶ。

燃え堕ちる魔天、敵の屍に囲まれて、力尽きて座った蛇姫の頬に涙が伝う。

・・・震えてうつむくまんぼうを、戦いを捨ててロウランが抱きしめた。


それを、感じてか、知らずか。
「・・・すまないな。皆。・・・すまない・・・」
最後にそう呟いて・・・
秘密結社バリスタス最高幹部階級たる天魔王が一人、第六の天魔王、【悪の博士】は、完全に分解し、消滅した。


この日。
北米における一連の戦闘は終結した。

 


秘密結社バリスタス第三部決着編完。

秘密結社バリスタス第四部完結編に続く。


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