第十九の断片「さて…絶望したかしら?」

日本。

「さて…絶望したかしら?」
アスカ蘭の声が、嘲笑めいて響き渡る。いや、事実その表情は嘲笑に歪んでいた。
頭部と背には、天の力を宿す金の翼。
その力を全力で振るったのだ。結果、JUNNKIを始めとする学園特武隊の面々は、無残にも遂に全員倒れ伏している。
ただ一人、月宮あゆを除いて。
「っ・・・っ・・・」
既に他の全員は意識も耐えた中、辛うじて倒れ付している者の仲ではJUNNKIに意識がある。
けれど、顎を砕かれ、もう声を発する事もままなら無い。
ただ、瞳で、瞳だけで、アスカ蘭をにらみ据える。
「私はね、突然変異なのよ、ただの。オーキッド因子保有者、と、私の名(蘭=オーキッド)を元に名づけられたこの世界で一人だけのイレギュラー。」
そんなJUNNKI・・・そして、震え涙ぐみながら立ち尽くすあゆに、ふとつぶやくようにアスカは語り始めた。
「上位次元の神ガーライルと直接繋がれる、その力を地上において振るい、ロードやエヴランジェリストに分け与え、神の代行者として奇跡の力を振るえるという異能。二千年といくらか前にも、多分似たようなものが生まれていたのかもしれないわ。けれど、その力が神と繋がるものであり、上位次元の勢力であっても、あくまで肉体的にはアギトやギルス体、オルフェノクとそう変わるものでもない」
どこか淡々とした、部分的に感情が抜け落ちて、けれど。
「だけどだからそうだからこそ。私は誰よりもガーライルの力でなければならないのよ。ガーライルの力、地上においてそれを代行する存在で無ければならないの。」
部分的にはあからさまにどろどろと濃く煮詰まった感情か過剰な。
「忌々しい貴方達バリスタスの北米での行動によって、予定は大幅に阻まれた。それでも、既に地上を滅ぼすに充分な力を、天界から引き落とす事はできている。」
真実の断片を口にしながら。
「・・・月宮あゆ。貴方は、わかっていない様子だけれど・・・多分、内心では気づいているのでしょう?ただ、思考がそれに追いついていないだけ。神尾美鈴の力を受け継いだ時点で、きっとうすうす気づいていた。違う?」
不意に、アスカは予想外の問いをあゆに投げた。月宮あゆの前にエンジェルオルフェノクだった少女の名を語りながら。
いや、それは、JUNNKIにとっては予想外だったかもしれないが、あゆにとっては。
「・・・・!」
涙を頬に零しながらも、何かを決意したような表情を浮かべる少女。
その表情はアスカの指摘どおり、何かにうすうす気づいていることを、今改めて認識した様子だ。
「エンジェルオルフェノク。個体ごとに全く別々の様々な力を持つオルフェノクの中にある、私と同じ突然変異の例外。私と同じく、その力は天。私とは別に天から流れるガーライルの力を操れる存在。言うなれば、私という正規システムに対するバックドア。貴方の存在は、その分私が振るえる力を減らし、何より、神の軍団の勝利に対するイレギュラー要素となる。貴方達のような半端なオルフェノクたちがロードやエヴァンジェリストの襲撃を掻い潜って生き延びることが出来たのも、無意識に使われるその力の賜物。知らず知らずのうちに近づくロードの進む方向を変え、遭遇したロードの力を弱めていた。」
明かされるのは異端異形の、凶暴な真実。
何故今こうして学園特武隊が壊滅するのか。
何故JUNNKIとあゆが出会ったのか。
その辻褄の裏、これまでの日々の流れの裏を司る理。
それはある意味。
「・・・僕が、巻き込んだ。」
「ええ。彼らを追い回したのも、打ち倒したのも、ひとえに、貴方のため」
あゆの押し殺した呟きに、嘲笑めいた表情でアスカが答える。
「っ・・・・!!」
JUNNKIが呻く。
仮にそういう事実があったとしても、出会って交わした感情も、培った絆も、微塵も嘘ではない。
ましてアスカがどの道バリスタスの敵である以上、こうして戦って、戦いで生じた結果も、あゆが気にするようなことは。
命を懸け、命を捨てる理由なんて。
「僕の命が狙いなんだね。」
「ええ。」
こわばったあゆの言葉に、含み笑いを帯びるようなアスカが答える。
分かったならば命を差し出しなさい、というように。
ソレに対し月宮あゆは。
「でも、JUNNKI達も殺す」
「いいえ。貴方だけが狙いよ。」
短く問いを返す。その問いをアスカは短く否定する。
だが、それは欺瞞だという事は、問う側も問われる側も分かっていた。そもそも、上位次元による地上支配が成されたのであれば、それに逆らった者の生存は悉く許されまい。
「・・・その目論見は果たせるかもしれない。けれども、それ以上の事は何もさせない。」
その欺瞞に対して、眦を決しあゆは宣言した。
例え自分を殺しても、その先を与えはしない。
JUNNKIたちを殺させはしないし、この地上を上位次元が支配するような事態にもさせないし・・・アスカ蘭、お前にこれ以上の外道な振る舞いは許さないと。
ばさりっ。
あゆの背中で、翼が展開した。アスカの黄金の翼と似て非なる、コレまでにない程大きな輝く白の翼。更に羽に呼応するようにその手に、逆十字を思わせる光の紋章が宿る。
アスカの紅の瞳はその意味を正確に捉えていた。上位次元から流れ込む神聖霊子を、自分の意思で支配し、周囲の空間に偏在する神聖霊子を自分の意思で従え、使う能力に目覚めている。
限界まで追い詰められたが故の力の発露。今のあゆは恐らく上級ロードやエルロードに近い程の力が使えよう。
だがそれは、アスカ蘭の計画通りのはずだった。未成熟な状態で強引に強大な力を振るえば、例え戦闘を優勢に進めても最終的に待つのは破滅である。勝っても負けてもあゆの死、そして上位次元の勝利は確定する。
そしてその上に、上位次元の勝利だけでなく、アスカ独自の意図も存在する。オーキッド因子による霊子の制御が齎す力は正に神の如き絶対の奇跡、殆ど大抵の事は成しうる。
ただ、それでもその「出来る範囲」は限られている。地上においてのガーライルの代行者といえば絶対的存在めいてはいるが、あくまで「代行」でしかないのだ。
だが。もしも月宮あゆの力も取り込むことが出来たのであれば。取り込むこと事態は、手持ちの力でも充分可能。そして、取り込んだ先、二重の神の力を得たのであれば。
実質上、ガーライル神そのものに等しい存在にすらなることも不可能ではない。
それを望んでのこの行いでもある。だが。
「僕はさ、幸せだったんだ。名雪や、美潮や、真琴や、秋子さんや。皆と、JUNNKIと一緒に居て。・・・アスカさん。貴方にはそういう事はあった?」
「・・・その問いに何の意味があるというの。」
今、自分でも分からぬ何か、奇妙な感覚をアスカ蘭は味わっていた。
HA日本支部長として多くの運命を操っていたときも、今これまでも、感じたことの無かった。
これはやるべきではなかったという、後悔のような、いや、それよりももっと強い・・・
その感覚をもてあましながらのアスカの言葉に対して、あゆは何かを見切ったように言った。
「それなら、僕は止められない。止まってあげない。JUNNKI、分かってるよ。僕だって怖い。けれど、僕だってあの日々が作られたものだと偽者だとも思わない。だから・・・僕は皆を守りたい」
「っ!」
格下の相手に対するようなその言葉。アスカより、JUNNKIに語りかけるようなその言葉。
静かな決意を秘めた表情。その下にある、激しい思い。
(これは・・・恐怖だと、でも・・・!?)
そう感じて、アスカ蘭はその表情を険しくする。ありえない、認めない・・・その感覚への怒りを燃やす。
決意する。この小娘を一際むごたらしく、絶望させてから力を奪いつくして殺してやると。
「っ、・・・!、〜〜〜〜・・・!」
「・・・分かってるよ、ごめん。『僕の事、忘れてください』なんていえない。JUNNKIがそんなこと出来るわけが無いってのもわかってるし・・・JUNNKIの記憶を消すなんてことも、出来ない、出来るわけもない。」
必死の戦いに向かおうとするあゆに、声にならぬ声で喘ぐようにぜいぜいと喉を鳴らすJUNNKIに対し、あゆは透明な声で答えた。
己の死に場所を覚悟した悟りの透明さと。
その悟りの上に尚、残していく人間への深い深い愛情の涙が乗る、凄絶にして凄烈な透明さ。
「けれど、戦うよ。だって。」

「僕は君の事が大好きだから、JUNNKI。きっと大好きでも足りないくらい。多分、恋や、愛って言うのかな。・・・ありがとう。僕は、生きてきた甲斐があったよ。」

「っ・・・あゆ・・・っ・・・!!」
砕けた顎とつぶれた喉の向こうから、JUNNKIがそれでも彼女の名を呼ぶ。
そのかすれた一言が、自分にとっては地球上全ての黄金にすら勝る宝であるという、聖女の微笑であゆは答え。
身構えた。手に宿る逆十字の光は剣の如く。背に宿る白翼は盾の如く。
「・・・どこにでもあるちっぽけな愛を抱いて、この世界どこにでもある当たり前な死と、同じように死になさい、マガイモノ!」
その様を憤怒の形相で見て、アスカは全身から黄金翼を展開する。

瞬間。神々の戦いが目前で勃発した。

パァアアアン!
クレイモア地雷の爆裂のようにアスカが光の羽を散らす。黄金羽は一瞬で無数の黄金剣になり、あゆを中心として巧妙に周囲に倒れる皆を巻き込むように放たれる。
ゴウ!
あゆの翼が拡大してそれを防ぐ。だが、自分ひとりを防ぐのと比べて圧倒的に大きなエネルギー量を消費!防ぎきれぬ黄金羽が白翼に突き刺さる。
「くうっ!」
「ぬるいわよ、素人!!」
痛みにこらえながら白翼を羽ばたかせてあゆは突進。剣に拡大した逆十字を、アスカ目掛けて突き刺そうとする。
ソレに対してアスカは頭部翼の先端から雷光の如き霊子ビームを発射、同時に複数の黄金翼で左右からあゆを挟みこむ。
翼の挟み込みは自分の翼で耐えて、辛うじて霊子ビームを自分の剣で受け止めるあゆだが。
ズバババババ!
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
そのまま翼同士の接触から、アスカが自分の攻撃的霊子をあゆの翼に流し込む。電気ショックを受けたかのように痙攣する少女の体。
能力を使っての戦闘経験の差は、アスカが圧倒的に上だ。
だが!
ズバァン!
「っ!?私の翼、がぁっ!!」
「負ける、もんかあ!」
相打ちは覚悟の上とばかりにあゆが右手の逆十字剣を射出。アスカの何本も生えた翼のうち一本を吹き飛ばす!
黄金翼を即座に自己再生・再構築させるアスカだが、これ以上至近距離で組み合いを続けては左の逆十字剣射出で首を狙われかねないと、即座に間合いを取る。
パワーではあゆもアスカに負けていない。だが、テクニックで劣る以上、どうしてもクロスカウンターや相打ち狙いのような無理やりな当て方でしか攻撃をクリーンヒットさせられない。
「はーっ、はーっ・・・」
そんなやりかたではあゆの体が、エネルギーが持たない。
それはあゆにも分かっている、だが、どうしようもない。覚悟を決めて突き進むしか、今のあゆには出来ることが無かった。
それはアスカにも分かっている、だが、それでも突撃してくるあゆの存在は脅威だ。
「〜〜〜〜〜〜〜っ・・・!」
そして、血涙を流しながらそれを見る事しかできないJUNNKIにとっては。
あゆが、自らの死を覚悟で、自分を削りながら戦うその姿は・・・眩くも臓腑がちぎれるような地獄。

「やぁあああああっ!」
「かぁあああああっ!」
あゆは戦う。自ら操る神聖霊子の反動に体を焼かれ、そもそも神聖霊子を操る莫大な負担に内側から焦がされながらも。
アスカの攻撃を食らいながらも、アスカに一撃を叩き込んでゆく。
唸り苛立ち叫ぶアスカも、押され怯むほどの奮戦。

「何処にでもある愛、何処にでも有る死、何処にでもいる誰かの一人だというなら、僕は一人じゃない!アスカ蘭、一人の貴方に・・・この世すべての何処にでも有るこの思いを、つぶせはしないっ!!」
呪うがごときアスカの言葉を、跳ね返す死すら受けとめし愛の歌。
それは、滅びと死が決定づけられた、あゆの最後の姿だった。


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