第十八の断片「…怖くないか、か」
北米。
ぐがぁぁぁ……ん!!!
ずがぁぁ……ん!!!
砲撃音が轟き渡る。移動要塞「神を突き刺すバベルの塔」が揺れ、黒煙を噴き上げる。
拮抗していたHA・上位次元・米軍連合とバリスタスとの北米での戦いは、覇道軍の基地内突入をきっかけに、そのバランスをバリスタス劣位に崩していた。戦場をひっかき回していた覇道軍の主力がバリスタス基地内に突入し、残りがそれを支援する形になったため、バリスタス側は依然として両方に対処せねばならぬが、連合側はバリスタスに対して戦力を集中する事が出来るようになった為である。
おぉおおお…………んんん…………!
地霊巨人たちが呻き声を上げて崩壊してゆく。残りの数は少ない。これが全滅すれば大型兵器の数で劣るバリスタス側は基地の外の戦を押し切られてしまう。そうなれば既に内部ダメージで防御力が低下しつつある要塞そのものを破壊されかねない。そうなれば、その時点で戦は終わってしまう。
「そういう訳にはいかんのでな。今少し持ちこたえねば、全てが無駄になってしまう。わしがでるぞ。」
腕を組んで要塞の装甲の破れ目から外を睥睨し、蠍師匠が宣言する。
「!し、しかしあの数を相手にしては、如何に師匠といえども…!?」
蠍師匠の訓練を受けた黒蝗兵が叫ぶ。
「命を賭し、賭け、そして使う事になろうな」
己の死を、それに対して蠍師匠は平然と答えた。
「何、既に一度終わったものが、リサイクルされて長らえ、ここまで色々な事をやったのだ。元に帰ると思えば、むしろ長らえ成したことを思えば得よ」
「…!」
また弟子をとることが出来た。そう言下に師匠に表情で語られては、何でその薫陶を受けた黒蝗兵にそれを止められようか。
「では、行ってくる」
敬礼で送る黒蝗兵にさらりと言いおいて、蠍師匠はこの第二の生における最後の戦闘を開始した。
(さて、後は中の進行と状況の時間あわせじゃ。後は頼んだぞ)
「っ、ハァァァッ!!」
「ぐむっ…!?…くっ!」
要塞内。のえるの強化された拳が、鞍馬鴉の体を吹き飛ばす。呻く鞍馬鴉だが…立ち上がり、構える。
「流石。そのスーツの力をそこまで引き出し、この金剛バサラの技にも追い付くとは。だが、まだまだ…!」
超加速を見切ったのえるのカウンターに賞賛を惜しまない鞍馬鴉。だが対照的に一撃入れたのえるのほうの表情は焦燥し余裕がない。
「これ以上…まだやる訳!?…死ぬまであたしを先に進ませない気!?」
「いかにも…」
その、攻め寄せた者らしからぬのえるの言葉に対し、覚悟を決めた表情で鞍馬鴉は答え。
「…成る程。答えに手をかけたのか。ならばその気持ちも解るが…であれば尚更、ここは踏みとどまらせて貰おうか。」
何かを察した様子でそう言った。
「この…分からず屋っ!」
正確には、分かった上で封じられた。それを承知の上で尚そう叫ばずには居れず…しかし血を吐くような声と共にのえるは前進する。打ち倒してでも先に進む為に。
「…新宿籠城までは後少しだが…」
瓦礫の山、廃墟の町の直中、辛うじて残った交通標識を物陰から見上げ現在位置を確かめる、HUMA残存部隊の七星闘神ガイファード。戦闘の連続を切り抜けてきた故また遭遇戦に備える為、ほとんど常時変身しどおしのため、流石の拳法の達人も疲労の色が濃い。
「…突破してたどり着くのは、難しそうだな」
そして現状を分析し唸る。わざわざ物陰から確認しているのは、折原派の立てこもる新宿東京都庁を包囲するHA派の軍勢、更に飢えた獣のように見境無くそれに食らいつくグロンギら古代怪人を避けるため。大混乱大戦乱の中を、時に分断されて別れ、時に別の勢力と出会って共闘し、また分かれ、何とか此処までたどり着いたが、包囲軍を潜り抜けて都庁の折原派と合流するのは、どうにも出来そうにない難局に、今や押し込まれた格好となっていた。
(保護した南光太郎、仮面ライダーブラックを追って、ゴルゴム、シャドームーンがまた来る。連中も必死だ、新創世王の誕生は何としても阻止せねば、だが…この負傷者だらけの二進も三進もいかない状況でどうする…?!)
瓦礫の陰にはキングストーンを奪われ仮面ライダーとしての姿から蝗人間といった姿に退化し、殆ど「死んでないだけ」といった有り様の…とはいえ本来ならばキングストーンを抉られた時点で死んでいる筈なのでこれでもまだ僥倖とすら言える状態なのだが…が寝かされ、パワードスーツを激しく損傷しダメージを受けたネルロイドガールを、ドッコイダーとタンポポが手当てしている。
「先程の放送を受けて折原派側も意気を盛り返してはいるが、流石に押し返すまでには至りそうもない。むしろあれが瓦解を防いだと言うところか。」
電波の乱れでがりがりと鳴る拾った小型ラジオを耳に当て、ガイファードの兄デスファードが言う。北米から飛んできた折原のえる健在の報は世界を大きく揺り動かしたが、流石にまだ逆転と言うほどには至っては居ない。そこまでいくには戦況の変化か、あるいは更に大きな爆弾じみた情報が居るだろう。
「…」
暫し黙考する。途中で出会いはぐれた者達は、果たして無事だろうか。日々希ワタルは果たして姫野との再合流をはたせたろうか。オクトーガ、アクニジン、ゼブラーマンという、バリスタス改人とはぐれエヴァンジェリストという異色の組み合わせは、果たして何処へいっただろうか。
そして、これから我々一団はどうすべきか。一か八か強行突破か、それとも通信手段を探し都庁内に連絡を試みるか…
「すまねえな。畜生、ハナの奴、くそっ…」
かちゃかちゃという機械いじりの音と、しゅるしゅるという包帯の衣擦れ音が入り混じる中、ネルロイドガール=野菊朝香は、涙気の混じったうめきを漏らした。
「朝香…気にすることはない、なんては言わない。くしろ、ちゃんと悲しんだ方がいい、そう思う。」
ヘルメットにダメージを受けたので桜咲鈴雄の素顔を露わにしているドッコイダーが、そう朝香に手当てをしながら言った。
「分かってらぁ…けどよ、だからこそ。無駄にゃあ出来ないだろ。」
「…左手、終わりました。握ってみてくれますか」
そんな鈴雄の言葉を、その言葉には感謝の表情で受けながらも、悲しみを受けても尚戦意を崩さぬ表情で、タンポポが修理したパワードスーツの手の動きをチェックする。
・・・彼女の本来のパートナーであるハナが命を捨てて庇ってくれなければ、一際の激戦であった前の戦闘ではこれですまず、命を落としていただろう。
きゅいん、と正常な動力音が響き渡る。
「うん、大丈夫だ小鈴」
小鈴、と、つい癖になっているお互いの正体を知る前の名で呼ぶ。
企業同士による次期制式パワードスーツコンベンションの為のヒーロー、と言う理由から、ついこの間までお互い変身前の段階での知り合いでありながら、互いの正体を知らなかった、という滑稽な関係だったための、お互いの正体を知ってから生まれた奇妙な癖であり。
「ふっ」
「くすっ」
…思い出す度、こんな絶体絶命の窮地でも微苦笑が起こる、不思議な力であった。
「………」
「あ、光太郎さん。どうしました?」
そんな、今泣いた烏がもう笑った、と言うような様子に、寝込んでいたブラックが反応した。
身動きままならぬ状態なので僅かに身じろぎする程度だが、鈴雄は敏感にその意図を察する。人間関係では近しい相手の正体を見抜けないレベルで鈍いのに、こう言うときには意外と敏感な反応を見せる。元々は保父志願であったのだがそのせいか。保父だけでなく看護士や介護者の方向にも進めそうな感じであった。
「………」
蚊の鳴くようなかすれ声。それに、鈴雄が熱心に耳を傾ける。
「光太郎さん、何て?」
妨害しないよう、終わるまで待ってタンポポが問う。朝香も、知りたいという表情を鈴雄に向けた。ヒロインと言うには不良じみた容姿とは裏腹に鈴雄と同じ学校に通う保母志願者だった為か、やっぱり面倒見に対する関心が強いのだ。
「…怖くないのか、って。」
鈴雄が、聞き取った言葉を皆に聞こえるように言う。
「…怖くないか、か」
噛み締めるように朝香はその言葉を繰り返す。…その言葉はシンプルなだけに、現状この一行が抱える問題や不安を残さず纏めて表した、と言えた。
その問いに。
「怖いよな、うん」
と、至極プリミティブに鈴雄は答えた。
「正直だなおい」
「朝香が意地っ張りだからね」
と、朝香の突っ込みに対して、鈴雄は柔らかに笑い返す。
「怖いですし、昔なら怖くて怖くて身動きも出来なかったと思うよ。実際、熱血α波発生装置が壊れてもう直せないってなった時は、そうだったし」
ドッコイダースーツの特殊装備、着用者に勇気を与える暗示音楽の発生装置。かつてはそれに頼っていた。だけど。
「怖いからって、怖いって思っているだけじゃしょうがないじゃないか、って、思うようになったんです。実際、こう、誰かが危ないっ、って思うと、つい体が動くんです。だから、怖いと思うのは思った上で、それはそれとして動こう、やれることをやろう、って。」
そう考えたんです、と、鈴雄はブラックに語った。そのあり方は、まるで当たり前のように素直で真っ直ぐで。
「オレは・・・」
と、そんな鈴雄に対し、意地っ張りと言われた朝霞は。
「やっぱり、意地っ張りだからな。怖いってのにも、意地を張るのさ。それに・・・鈴雄と一緒に居たいって意地も通したいのさ」
鈴雄に対しても、自分に対しても、世界に対しても。
悪くない意味で、意地を張って見せた。少し赤面しながら。
・・・鈴雄もその言葉に、少し顔を赤らめる。
「まあ、そんな訳です。」
そして、そう、光太郎への言葉を結んで。
「・・・・・」
そして、その言葉を、光太郎は飲み込んで。
無論、彼にそのままあてはまる言葉ではない。彼は絆に助けられている彼ら彼女らとは逆に、絆に苦しめられているのだから。
だけれども。
光を失った光太郎に、隣に寄り沿う光が加えられた。
・・・しかし。
太陽が昇るまでの間、最後の夜はまだ続く。
最悪の悲劇と、最後の悲劇が、まだ残っていた。
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