第十六の断片「…私、行くわ。バリスタス北洋水師中枢へ。」
戦いの様相は一変し、また、終局へと向かいつつあった。しかし前者は衆目の一致する所であったが、後者は、この戦いの真相を知る、或いはそれに気付きつつある者達しか理解していなかった。
HAの攻撃を受けた覇道軍は防戦しつつも積極的に戦う理由がないが故に消極的に後退しようとし、結果HAの攻撃に押し出されるような形で、HAとバリスタスが激突する最前線に移動させられていた。更にHAはその段階に至った所で覇道軍はバリスタスと内通しているというプロパガンダを敢行。
物理的・位置的に加え政治的にも追い詰められた覇道軍は、結果、攻撃の手を緩めないHAに抵抗するのと同時に、近寄る者を攻撃する防御態勢を敷くバリスタス相手に、バリスタスと同盟をしているという訳ではないことを示す為にバリスタスと戦わねばならぬ、加えてそうして戦っても相変わらず通信もままならずHAも追撃の手を緩めずという、二正面作戦の泥沼にめり込んでいた。
戦局の変化ではあっても、これが戦いに終わりを齎すことになるとは、普通の視点からは思えない、そんな状況だった。
だが、しかし。
これが、この形こそが、終わりの引き金だったのだ。
「…私、行くわ。バリスタス北洋水師中枢へ。」
「な、何だって!?」
それは、今後を考える覇道軍の作戦会議上。のえるはそれまでずっと考えていた表情から、藪から棒に、しかし決然とそう宣言した。
「勿論、本当にバリスタスに組するとか、そんなことじゃないわ。唯、この戦いの本当の真相について、確かめに行くの。必要なら、戦ってでも。」
いつもながらの唐突。だが逆に言えばこの唐突は、のえるが普段の調子と実力とを取り戻したとも言えることである。
「真相とは、どういう…?」
それ故周囲も一瞬ざわつくものの、否定ではなくその真意を問う格好になる。軍代表である覇道瑠璃の問い掛けに対しのえるは、
「…確証は無いわ、正直。けれど、この状況は本来、バリスタスの理念以前に、戦いの理屈からして有り得ない事なのよ。それまで得ていた全ての有利な同盟や地歩や名声で得られる交渉上の優位を放り出し、戦力をあとはもう使わないみたいに大量消費して…仲間よ、仲間をよ…それでやってることが、確かに敵ではあったにせよそこを破壊してどうなるわけでもない、寧ろ怒りを煽って戦闘を激化させるの市街地攻撃で、しかもその後は主導権を放棄してひたすら防戦?」
憤りを滲ませながら、皆が感じていた疑問を、のえるは数え上げ…そして、その先に話を進める。
「精神に異常をきたしたか、自滅しようとしていると言うのでなければ。これは明らかに不自然で…そして、そうでないならば、普通とは違う別の理由、理屈で動いていると言うこと。そして、ひたすらな防御の姿勢は、その理由理屈の上でのことだというなら…」
それが何をなのかは、推論は出来るけど確証を手に掴んだ訳じゃないから今は言わないけど、とした上で。
「あれは、待っているんだわ、何かを。それが何かを解き明かさないと、多分、今のバリスタスが待つその時がくるまで、この戦いは終わらない。」
そう、のえるは言った。
「…成る程、言いたいことはわかりました。しかし…」
それを聞いて、瑠璃は当然の疑問を口にする。
「…行けるものでしょうか、あの城塞の中へ。」
アメリカに上陸した北洋水師の拠点、「神を突き刺すバベルの塔」。未だ上位次元の増援を受けているHA・米軍ですら、たどり着いたもの無き場所。G2スーツすら持たない今ののえるに、辿り着ける場所では無い。
「分かってる。けど、何としても行かなきゃ…」
そう言うのえるの表情に、自棄の色は無い。そこにあるのは間違い無く、いつも、世の常識に捕らわれず、一気に為すべき正しいことに辿り着く、彼女の輝きだ。
ただ、流石にのえるも、その大難事たることは理解しており、また、そんな無茶に他人を突き合わせる訳には、と思って僅かに悩んでいるのだろう。
「最低限度でいいから、強化服などの装備を用立ててほしい。そうすれば一人で行く、それ以上の迷惑はかけないし、恐らくHAは自分を狙っているようだから、覇道軍の助けになる…そんな所かしら?」
「えっ?え、何で分かっ…?!」
機先を制した瑠璃の言葉に、珍しくも驚かされて目を白黒させるのえる。普段は人を驚かす側なだけに、尚更吃驚した様子だ。
「未熟とはいえこれでも覇道の総帥ですもの。流石に精神的に病み上がりなあなたの考えてる事くらい読めますわ。」
馬鹿にしないでくださいまし、という風にそう言って、全く相変わらず無茶な事を、と嘆息する瑠璃。そしてその上で指摘する。
「強化服の用意位は、勿論有ります。けれど、それでも…それを貴方に与えたとしても、貴方の身体能力を考慮しても。…それでも無理です。足りませんし、届きませんよ。」
のえるの言うとおりにしても、力がまだ足りない、たどり着けない、目的は達せられないと。
「…」
のえる自身も流石にそれは薄々感じていたらしく、返事に詰まるが。
しかし、瑠璃の言わんとしていることは、そうでは無かった。
「…何より、貴方を一人で行かせる程、ここには人が居ない訳ではないでしょう?ねえ、ウィンフィールド、大十字さん。」
「勿論で御座います、お嬢様。」
「おうともよ!」
「うむ、全くだ。」
瑠璃のその言葉に、最初から分かっていたというタイミングでウィンフィールドと九郎、そして九郎のパートナーたるアルが応じる。
「へっ?つ、つまり…」
「…どのみち、行き詰まり、追い詰められて居るのは事実。このままではジリ貧のまま私達は潰されてしまうでしょう。それならば可能性に賭け、打開の手を打つのは悪くありません。つまり。」
意図に気づいてさらに驚くのえるに、瑠璃は悪戯っぽい微笑みを返す。
「いっそ、全員で参りましょう。私達の手で、この戦いの秘密を掴むのです。」
かくて、彼らは戦場でその意志を示し始めた。
「・・・」
はったと戦場を睥睨するのえる。その身を包むのは、大十字九郎のマギウススーツや人造人間エルザの衣装、メタトロンの表面装甲を組み合わせたようなデザインの、魔術的意匠が刻まれた装甲ボディースーツとマントの組みあわせ。
元々は覇道瑠璃が、「自分も戦えるようになる」事を目的に研究していたものの試作段階、まだ身体能力的に瑠璃には使用は無理な段階のものを、のえるならば使いこなせるかもしれないと貸し渡す事を決め。
身体能力の基準を満たすが魔力の基準を満たさないのえるのために、Drウェストがそこに更に改良を加えた結果原形をとどめなくなった、という代物で・・・仕上げとして、のえるが以前使っていたG2スーツと同じく「青と白を基調とした配色に、片手だけ赤」というカラーリングに調整してある。
とはいえ、純粋に機械的な産物でしかないG2スーツと違い、魔術科学の融合であるこのスーツのほうが、性能は圧倒的に上だ。ただ、G2スーツにあった、本郷猛・仮面ライダー1号との同調機能は再現できなかったが・・・既にライダー1号と同調共闘を何度も経験したのえるはその技を既にかなりの程度会得しているため、そちらの点での問題は最小限度に抑えられている。
この新兵器…ウィッカ・アーマーを装備したのえるの戦闘能力は過去最高と言って良かったが、其れでも尚その表情には必死の険しさがある。
…今彼女達が挑んでいるのは、そういう状況だ。
「…っ、たぁぁぁぁぁっ!」
睥睨から、突撃へと移り変わる。見回した光景は、酷い物だった。焼けただれた大地の上に転がる数多の骸。最早改造人間なのか天使なのか、敵なのか味方なのかも解らない、否、そんな区別など意味は無く、死は死なのだという悲惨をさらけ出す戦場で尚、その屍を踏みつぶしながら敵味方に別れ戦いあう両軍の兵器。
その地獄に対する遣り場のない怒りを叫びながら、のえると覇道軍は戦場を貫く矢のように走る。交戦はその目的ではない。だが、HAバリスタスそのどちらもが立ちはだかる。
「むぅん!」
「はっ!」
アームストロングの筋肉が唸りを上げ、のえるの技が魔力の加速を得て放たれる。戦うことが目的ではない。けれど、殺さずを貫ける状況でもない。故に只ひたすら、相手を眼前より弾き飛ばし、追撃不能の状態とするのに専心する。相手の死ぬ死なないは、運に任せるしかない。
進む、進んで行く。
この突進は、結果として戦闘に大きな衝撃と混乱を齎した。まず第一に当然として戦力的な意味で。覇道軍はこの段階でも、連戦であちこちがたが来かけているものの九郎のデモンベインと覇道側についたDr.ウェストのネクロノームという二機のデウウマキナを有しており(余談ながら覇道瑠璃はこの突入に際し自身の身を守る為…何か変わりに正気度が犠牲になりそうだが…Drウェストのネクロノームにエルザ共々同乗している)、合衆国側のメガゾートもバリスタス側の地霊巨人も及ばぬ質的優位戦力を保持していた。それが合衆国側の覇道軍への攻撃を退けながらバリスタス側に食い入っていくのだから、其れまでの犠牲ばかり拡大するじりじりした接戦が、一気に崩れ始めていた。合衆国側が攻撃を躊躇する間に、バリスタス側の戦線が一気に崩れていくのである。
そして、戦力的意味以外での衝撃として、あるいは戦力より余程大きな影響を与えたのが、通信であった。それまで覇道軍を覆っていた通信障害が、バリスタス側の陣に突入するとすぐ消えたのだ。
これは、これまでの通信障害が襲撃を繰り返してきたHAの仕業であることの事実上の証明であった。そして同時に…
「こちらは、日本国総理大臣、折原のえる!私は健在よ、これまで起きたこと、見聞きしたことを伝えるわ…!」
のえる健在の報告が、彼女の声が、そして彼女を狙ってHAが覇道軍を襲撃した事実が、全世界に響き渡ることに他ならなかった。
これは、覇道軍戦力による戦闘より大きく世界を揺さぶった。日本内戦での折原側は沸き立ち、合衆国は、「何故HAがそんな事をしたのか」の釈明を迫られた。合衆国は「のえるは操られている」と発表したものの、前線を突入しながら矢継ぎ早に放たれる彼女の通信は、あきらかにいつもの、正気ののえるで。
それは合衆国側の発表を否定し人々の胸に、のえるも抱いているある疑惑を推理させる。
すなわち、
「HAがのえるを殺そうとしていたのであれば。そもそもの始まりののえる乗っていた飛行機の撃墜そのものもまた、バリスタスではなくHAの仕業なのではないか?」
と。
この疑惑は北米における合衆国軍の動きを大いに鈍らせ、結果、のえる達は妨害を振り払いさらに深く、北米バリスタスの喉元までの突入に成功したのであった。
「モア監督が居れば、もっと派手にやれたんだろうけどね…」
この覇道軍の戦闘移動が始まる直前、一連の事件発生直後に真相調査にすっ飛んでいってそれっきり行方の知れないミシェル・モア監督を思い呟くロゼットだが、この現状でも既にこの一件は戦争の趨勢を動かす出来事であった。
「ともかくも、見えてきた…!」
きっ、と、遂に辿り着いたのえるが見上げる。バリスタス北洋水師要塞、「神を突き刺すバベルの塔」。
「追撃は我が輩と我がライバルが食い止めるのであーる!」
ネクロノームを操るDrウェストと、
「ここは任せて先にいくロボ!大丈夫、この戦いが終わったらダーリンに告白するこのエルザが、こんなところでやられはしないロボ!」
エルザが、
「ライバルじゃねえ一緒にすんな!?それはともあれ、引き受けたぜ!」
「意味もなく死亡フラグを立てるな、それに九郎は妾のパートナーじゃこのうつけが!とにかく、この禍事の元を絶ってくるがいい!」
「こんな時なのに、シリアスに成り切れないのですね、まったくもう…お膳立てした以上、失敗は許しませんわよ!さあ!」
九郎が、アルが、瑠璃が叫んで。
「分かったわ…行くわよ、皆!!」
「ええ!」
「うむっ!」
のえる率いる、人間サイズの要塞内部に入れるメンバーの、突入が始まった。
戻る