第十五の断片「『我々は世界征服を企む悪の秘密結社である』か。成程・・・それがこの戦いの終わりの形か。」


「・・・以上、と。」
地球圏のバリスタスへの、「こちらからは事が終わるまでは最後の」報告を追え、参謀長「白き輪舞曲」は、戦艦セルペンドラのブリッジで嘆息した。
(後は・・・地球上で、「来るべき終わり」が訪れた、という報告が来るまでは現状を維持、か。)
楽な仕事ではない。
むしろ、絶望的な内容だ。
現状を維持せよ、ということは。

大虐殺で世界中から敵視されている状況で、弁解も釈明もしないままに、同盟組織・同盟国を守る為に全方面で最大限の攻撃を続ける上位次元戦力やそれに呼応して暴れまわる他の諸勢力を相手に防衛戦闘を継続せよ、という事なのだから。

「・・・無茶、と言うよりは、意地を通し続けた我々の無謀の果て、か。」
ブリッジから、船体の状況を確認する。
完全に完成され、友軍艦隊と共にきちんと運用されていれば、恐らくは銀河無敵であったろう、このセルペンドラ。
それも、この段階で既に相当の損傷を強いられている。不完全な状態で仮完成を急いで出撃し、孤軍奮闘しては流石にそれは免れない運命である。

「だがそれでも、これでも条件は地球の各支部と比べれば幾らかまし・・・引くわけにはいかない。」
地上は、先ほどの交信を聞けば、まるで地獄のような有様だ。

「それにしても・・・。」先ほどの通信でlucarから伝言された、大西洋支部・・・悪の博士からの伝言を反芻する。
「『我々は世界征服を企む悪の秘密結社である』か。成程・・・それがこの戦いの終わりの形か。」
呟く、この段階ではバリスタスしかその意味を知る由もない謎めいた言葉。だがそれは今はまだ無意味、今のこの戦いを終えて初めて意味を持つ。
「霊子レーダーに感、敵、ガーライル親衛艦隊!」
接近する、艦隊規模の反応。だがそれは只の艦隊などではない。根源破滅招来体、キロメートル級巨大天使などを含む、恐るべき戦力だ。
通常艦隊では抗するべくもない霊的暴威。あれがこのまま進めば、防衛艦隊など相手にもならずネオバディムの絶対国防圏は突破され、後方星系は浄化の名の下に蹂躙虐殺されるだろう。
それを阻止出来るのが、そして阻止しようとしているのが、自身もまた虐殺者であるバリスタスであるという大いなる皮肉。
「大遠距離砲撃戦用意!突破を阻止します、射ち方始め!」
相手が強引に大型であるとはいえ単独であるセルペンドラの横を突破するという手をとらないよう、それをするには砲撃される時間が長くなりすぎる遠距離砲撃戦を選択する白き輪舞曲。
それは結果としてより大量の砲弾とエネルギーを消費し、正面きっての撃ち合いでより激しい損害を受ける道であるのだが、守るのであればあえてのその選択しかない。

くわっ………!!ずがんずがんずがん!

大神竜をもとにした巨体から、超科学、魔術を取り混ぜた、損傷を抱えて尚激烈な砲火が、竜が吼えるが如く打ち放たれ、敵艦隊の前衛を微塵に砕く。
オオオオオオオオ………!!!
それに対して親衛艦隊を構成する巨大天使たち、根源破滅招来体たちが吼え返し、セルペンドラの巨体をよけさせる余地もない弾幕を叩きつけその装甲を削る。

それは地獄。だが、白き輪舞曲が言うように、その時地球上では更なる地獄が巻き起こっていた。

「此処が死に場所、か…!一人じゃ、逝かせないよ…!うぁああああああっ!」
倒れた夫の亡骸に取り縋り、マギリが叫ぶ。
死するその時に発動する、最期の命を燃やし尽くす合体強化能力が発動したのだ。
「無念…これが、我らの果てだというか、いや!」
バリスタスでも最古参級の改造人間であるフリーマンが、ぼろぼろの軍服と外骨格を戦慄かせ、だが、なお叫ぶ。
「これは、終わりではない!結末を創るため…生き残る者達のために、すべきを成す、其れだけのことよおおおっ!!」
己そのものをその強靭な脚力で弾丸となし、制空権を奪い味方の撤退ルートを塞ぐ上位次元軍空中要塞に特攻する。
…また、勇士が逝った。
これは既に、地球各地で繰り広げられている光景。際限のない防衛戦に、さしものバリスタスの上級改造人間たちですら、ばたばたと倒れていく。まして、量産型改造人間たちに至っては。

蝗軍兵達が戦火に焼かれ、黒こげの骸を積み重ねる。戦火で失った四肢を再び得た筈のコネクテッド達が、繰り返すように、運命からは逃れられなかったように、砲弾によってその身を吹き飛ばされ、引きちぎられて息絶える。

ゆぉおおおおおお…………ぉぉおおおおおんんん………………!!!

そんな骸たちがまるで、防壁のように、バリスタス各支部が存在し、結果ともに攻撃を受けた各国の、生存しようと足掻く軍や民の周りに積み重なる。
「………」
それをみる、現地人の兵士たちにも、流石に複雑な思いが宿る。この地、南米方面においては、尚更。
「おい…」
「…ああ…」
空気をふるわす、吼えるというには余りに悲痛な音。それに現地人兵士が二人して、沈鬱な表情で言葉を交わす。
「白い巨人(ヒガンテ・ブロンコ)が、泣いてるぜ…」
大西洋支部とアフリカ支部が半々に担当するこの土地には、それぞれの支部から戦力が派遣されていたが。
今彼等が仰ぎ見るその姿は、三貴子の一人イカンゴフが変じた超人獣、ハテヨノエイゲツ。
白く輝くその姿が、戦火の煙に薄汚れ、天を仰いで泣いていた。
死者全てを悼むように。こうなった経緯を嘆くように。そして…まだ続く悲劇、これからくる結末を悲しむように。

それとも、彼女は感知していたのだろうか。同時刻、同じ三貴子の一人である蛇姫の命が、尽きて逝くのを。

上位次元、魔天。
ガーライルの軛から離脱しようとした魔法少女と魔女っ子達への制裁攻撃は熾烈を極め、美しかった魔天は焦土と化していた。当初応戦した魔法少女達ではあったが、上位次元故の殆ど無制限の戦力動員、そして魔天そのものを完全に滅ぼし一から作り直すと神は決めたと天使が宣言した、双方にとって皮肉にも地上でバリスタスが行ったに等しい無差別虐殺に遂に屈し、地上への脱出、敗走を余儀なくされた。
その敗走においてさえ、生き延びたものは僅かであったが。
その生存者の中に、上位次元に派遣されていた蛇姫の姿はなかった。
彼女は、魔天の焦土に残り、殿軍として命を捨てたのだ。

焦げた花畑の跡地で、爆散した無数の根源破滅招来体の破片に囲まれ、超人獣形態の蛇姫がその力を使い果たし、ぶすぶすと焼け焦げた巨体をゆっくりと分解させてゆく。
今和の際、蛇姫はこうして散るまでの己の生を回顧する。
組織に拾われるまえの、あまり言うのを憚ってきた苦難多い人生。組織との、仲間達との出会い、改造人間としての戦いの日々、そして、この魔天であったこと。
(やれやれ・・・)
もう、その目には何も映らない。ただ、最後に見たものは思い出せる。
悲壮な表情ではあったが、まだ諦めてはいなかった、可憐で清らかな少女たち。
(・・・ああいうもんを最後に守って、先に残して死ねるなら・・・。まあ、悪い人生でも無かった、かな・・・?)
報われた、という安堵と共に、眠るように心がほどけてゆく。
(・・・博士、先に行くわ・・・せめて最後に、いい終わりを迎えられるよう、祈って、る、からな・・・)
そして・・・蛇姫は、消滅した。


だがこれでもまだ、あるいはましなほうなのかもしれない。守るべき者を守るために戦って死ねるのは。
学園特武隊に、そしてJUNNKIには…それ以上に悲痛な運命が、その時降り懸かろうとしていたのだから。

「くっ、がはっ…、糞、ここまでなのか…!?これで終いか!?」
翼をへし折られ、腹を臓物が幾つか破裂しそうな程の勢いでぶん殴られ、コンクリートに叩きつけられて打ち倒されたホルスが、血反吐に噎せながらうめき叫ぶ。
「ハァッ…!ぜっ、はぁっ…!(諦めるな、と、叫びたいところだが、これは……!)」
傍ら、傷から血を滴らせながら、尚軍刀を構え抗戦の意志を捨てぬ事を示すカーネルだが、変身の解けたその姿は、既に力尽きつつあること、最早気力だけで抗っていることの証拠で。
…バリスタス学園特武隊とその共闘者達を包囲する、ロードの大群に、まさに絶体絶命の窮地に陥ったことを示していた。
「っあ、うおおっ!ラ、イダアアアッ、パァンチィッ!」
ずがっ!!!
「ハイマット、フル…っ、バーストッッ…!!………っ、く………」
それでもまだ、奮戦する者もいる。一文字達也のライダーパンチが勢いづいて突出してきたロードの顔面を打ち砕き、綺羅の青い翼から放たれる光弾の雨が敵群を吹き払い薙ぎ倒す。
カーネルの弟子二人の振り絞るがごとき反撃。だが、既に大ダメージを受け装甲も翼もボロボロの上、上位次元由来の力をロード相手に使うことに対する、ロードからの精神を浸食され洗脳されてしまいそうなほどの霊的圧迫反動に、この攻撃で力を使い果たした綺羅ががくりと倒れ、また一人、抵抗できる者が減る。
(ふざけるな、ここで仲間を全滅させちまう気か!?それでも天魔王か!?立て!立ちあがって…!)
軋む体を叱咤して、倒れていたJUNNKIが、跳ね起き…!
「これ、以上…(皆を、救うんだあっ!)やぁらせるかぁああああっ!」
跳び上がり、ライトニングショッカーを、もう連戦で飛ばす余力も無いがその鉤爪に宿らせ、襲い掛かる、その相手はこのロード達を統べる者…HA日本支部長、アスカ蘭!!
「無駄よ」
キィィィンン!!!
だがその一撃を、以前は強大な権限を持っていたとはいえ只の人間であった筈のアスカ蘭が、エルロードに匹敵するかそれ以上の霊盾を展開して跳ね返す!
「くうぅっ……!(どうしてこんな奴がこんな力を、こんなタイミングで俺らを攻撃して…!?)」
ハウンドとの水を差された決戦で消耗した今という最悪のタイミングでの、ロードとどういうわけかそれを上回るに力を得た女による襲撃。分かっている、相手はHAだ、現状最大の敵対関係にある以上、戦闘は必然。だが学園特武隊という限定された任務の部隊が、HAの日本における主力部隊と衝突するとは…!?
「不幸や不運、じゃ、無いわよ」
「!?」
焦げるようなJUNNKIの心を読んだように、…いや、実際読んだのか?…アスカ蘭は囁いた。
「私の狙いは貴方達。北米での戦いが終わる前に、此処で貴方達を殲滅する。それが目的。つまり…!」
カッ!!!
不意に灼熱に輝く何かが翻り、JUNNKIの身体を焼き薙ぐ!
「っぐああ!!?」
「貴方達は逃げられない。貴方達は、ここで終わり、と言うことよ。」
ばさり。アスカ蘭の背中でそれが羽ばたく。JUNNKIを焼いた輝き…金色の天使の翼が。それは通常の天使の翼とは比べ物にならぬほど強壮な霊力を秘めていて、ロード、いやエルロードにすら匹敵するかそれを上回るだろう。その、翼だけで。
天使王、神の子、神罰の地上代行者。更に両側頭部から、まるで冠のように生えた小さな一対の翼が、そういう存在なのだという印象を問答無用に
押し付けてくる。
「馬鹿な…!?」
そのJUNNKIの唸りには、様々な疑問が煮詰まっていた。何故こいつがそんな存在なのか、何故今それを明かすのか。そして…何故そんな相手が、そこまで自分達を狙うのか。
「ああ…、さっきは、全員逃がさないって、言ったけど。もしかしたら、助かるかもいれないわよ?…その子を此方に差し出すなら。」
疑問に悩むJUNNKIに対し、アスカ蘭は嗜虐的に笑むと、不意にそんなことを言ってきた。同時に芝居がかった動きで、「その子」を指し示す。その指の先にいるのは…
「…、僕!?」
エンジェルオルフェノク、月宮あゆ。
「えぇっ!?…何で、あゆちゃんが?!」
傍らの名雪が驚きの叫びを上げる。それはその場のバリスタス方の全員の共通の感想と言っても良かった。一体、何故、と。
「なにも知らないのね…まあ、それならそれでいいわ。どの道、その方向で決着がつくとは思っていなかったし。どうせ出来ないでしょう?仲間を切り捨てて全体を生かすなんてこと。」
混乱を平然と見下し、疑問を悠然と無視して、そう言ってのけるアスカ蘭。それはしかし確かな事実で。そしてそうと認識したうえであえて言ってのけたのは、これが疑念と混乱と庇われる側の罪悪感を煽り立て力を減じる策であるが故。だが直後、ざっとロード達が取った陣形は、その言葉通りの月宮あゆ狙いの戦力の集中配置。いくら何でも嘘の補強というには極端すぎる。即ち相手の言葉が事実であるという裏付けに他ならず。
「うーっ、JUNNKIっ!?」
あゆを守るように狐火を構える真琴が、切羽詰まった声を上げる。本能的にこの状況がまずいのを察してのことだ。
「く…!?」
無論JUNNKIもそれを理解する。これに対応し、こちらの全力であゆを守るならば、それは戦力量で勝る相手に対し、明らかな不利を得ることになる。相手は戦力をあゆ狙いに集中させてもまだアスカ蘭を初めとする予備があるが、此方がそれに対応するには全力がいる。即ちあゆ一人を守る隙を相手の予備兵力に食いつかれることになる。
だが。
「皆…!!」
「分かってる、って!!」
それでも、JUNNKIに皆までいわせず、バリスタスの面々はあゆを守る陣を取った。とらざるを得ないのがバリスタスであり…そして、それでもとる のがバリスタスであった。少年少女達は、バリスタスの美風がバリスタス自身によって放擲されたこの戦いで、尚、その徳を示したのだった。
しかし。
「感動的ね、美しいわ。でも無意味。…鏖になさい。」
アスカ蘭が手を振り下ろし…さらに数と、そして等級を増したより上位のロード達が加わって、バリスタスに襲いかからんとする。
「、…っ!!」
ぐっ、と、内心の忸怩を噛み締めるように、あゆが表情を歪める。

少年少女達は、定められ仕組まれた、ひときわ悲痛な破滅に押し込まれてゆく。

 

 

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