第十四の断片「こんな所で、止まってなんていられないわっ!!!」
遠雷のような轟音が、連続して轟く。
瘴気を呼ぶような、おぞましい咆哮が大気を揺らす。
数多の戦闘機械が踏みしだいて、焼けただれた大地が震える。
まるで地獄のような、まるで世界の終幕のような。
力づくで封じ込められていた矛盾が、一斉に噴き出したような、有様。
それが、今・・・折原のえるの目の前で繰り広げられる、米軍対バリスタス北米支部の戦闘の光景だった。
上位次元の力を借りうけている米軍は、天使軍を始めとする戦力を受けて、強力に攻撃をバリスタス側に加えている。
それに対しバリスタス側は、地霊巨人等の巨大兵器を中心とする、これまでのバリスタスらしからぬ・・・といっても、そもそも今回の行動自体これまでのバリスタスのそれではないのだが・・・、破壊力を最優先したような編成布陣で応戦。
じりじりと後退してはいるが、大量の出血を天使軍・HA・米軍に強いている。
その現状から、現在のえるを保護した覇道財閥私設軍を中心として様々な残存兵を取り込んだ寄り合い所帯・・・便宜上覇道軍と呼称・・・は、取り残されている、といった状況にあった。
前線近くまで移動して追いついて来ていたものの、何故か他とまともに連絡が取れない無線状況が継続している。
デモンベインの修理が暫く終わらなかったなど、隊員の負傷回復に大分の時間がかかってしまったというのもあるが。
覇道軍が元々最も北米でもバリスタスとの戦闘・交流の経験の深い部隊であるが故に、逆に他の部隊からバリスタス側との内通を疑われている、のかもしれない。
そして、バリスタス側としても、敵側最精鋭である覇道軍と、態々事を構える余裕は無い。
恐らくはそんな事情なのであろうが・・・
通信不能状態の原因が全く分からない以上、「何か嫌な予感がする」、それもまた事実であった。
「のえる・・・少し、いい?」
前線を目指し、移動しては時折休憩に野営、を繰り返す、覇道軍の陣所。
救助されてから、どこか悄然とした様子のままののえるを気づかって、ロゼット・クリストファが、輸送用トラックの荷台に腰掛けるのえるの隣に腰をおろし、話しかける。
最初は相手が日本の総理と言う事もありもう少し堅苦しい口調を、奔放なロゼットなりに装っていたのだが、すぐに地が出た事に加え・・・きっと今ののえるにはそのほうがいいからと考えて、今は普通の口調で語りかけている。
「・・・ごめん。今のあたしだと、あまり楽しい話相手にはなれないよ?」
対して、それに応じるのえるの言葉は・・・かつての彼女を知る者であれば驚くであろう、影と重さが戒めのようにまとわりつくもの。
助け出されてから、のえるはあまり眠らず、殆ど食べず、明らかに衰えていた。
「いや、別にいいわよ、そんなこと気にしなくても。」
そんなのえるの言葉に対し、そう、ロゼットは答え。
「・・・」
そのあとをどう言おうか、少しばかり逡巡した様子のロゼットだったが。
「・・・そうよ。気にしなくていいいじゃない。貴方が気にする事じゃないわよ、こんなこと。」
やはりその気質は、直球で勝負する事を選ぶ。
「気にしてるんでしょ?こうなったこと。一緒の飛行機に乗っていた人が助からなかった事だけじゃなく、この世界中の大戦を、日本国の総理でありバリスタスの同盟者でもあった立場として、止める事が出来たんじゃないか、って。止められなかったsって、自分を責めて。」
ずば、と、のえるの心に斬り込む。のえるの思う事を言い当てようとする。
「・・・。」
その言葉に、うつむくのえるの表情。それを見て、ロゼットは理解する。
今言った事は間違いではない。のえるは、本当にそう思って、だから苦しんでいると。
「この危機は、世界全部を襲って揺るがすようなものなのよ。例え一国の長であったって言ったって・・・」
そう、出来る事は多くなかったはずだ。と、言おうとするロゼットだが。
「・・・そうじゃないの。そこまで、たいしたことじゃないの、あたしの悩み。」
しかし、のえるはその言葉を否定する。
その口調は、まるで自分そのものが大した奴じゃないというようで。そして、のえるは彼女の自分で感じている悩みを口にする。
「あたし、怖かったんだ。何をやっても叶わなくて、自分が無力だって知って、ニュースを見ても、自分は何も出来なくても仕方ないって、他人事のように感じるようになるのが怖かったんだ・・・」
「っ・・・」
単に自分が無力感を感じているだけだ、というようにも聞こえるその言葉。だけれどもその意味を知れば、卑下の言葉であるそれが・・・むしろ恐ろしく気高い言葉であるという事を、ロゼットは理解した。どうせ自分には出来ない関係ないと、そんなふうに諦める人間になってしまいたくない。それは、高邁な恐怖、と言うべきだろう。そうなることになんら疑問を抱かない、この世界の殆んどの者とは違う。そうならずにいたい、というのは、余りにも尊い。だがだからこそ。それに近い状態に陥ってしまった自分が許し難いのだろう。ロゼットは思う。この傷は、 言葉では癒やし難いのではないかと。
しかし、それでも。
「そうでもどうでも、今これから、どうするか
きめないと。だってそうでもしないと…」
口調は苦い。ある意味、迷っているのは覇道軍も同じようなものなのだ。だが、それでも。
「帰れないじゃない、長谷川君のとこ。帰らなきゃ、だって好きなんでしょう?」
希望をさがすように、視線をさまよわせ。
そこに、自分のパートナーであるクロノの姿を見て。
のえるには好きな人が居ることを思い、それを希望に今動く活力に出来ないか、と訴える。
「健ちゃん…」
しかし、その名前を呟くのえるの声は、むしろより深く沈んで。それは、「彼に顔向け出来ない」という、彼女らしい誇り高い悲しみ。
「…。」
その気持ちは分かる、けど。
「今ののえるをみて、長谷川君はどう思うと思う!?」
そんな事考える筈無いじゃないか!
「それ、は…」
そうかもしれない、とは、思うのだろう。だが…
そんな善意に甘えることにすら、今の自分には値しないという罪悪感すらのえるのなかで疼く。
「そういう、きもちは…私にだって、わかるよ、けど…」
ロゼットは思う。自分だって、何が酷いしくじりをしたら、クロノやアズマリアと、うまく接することができなくなるかもしれない。
けど。
「それでも私は生きていく。砕け散ったのであれば拾い集めて、倒れたのなら起き上がって。」
再びたちあがらないわけにはいかないじゃないか、と。そう、ロゼットは強くいう。
自分はきっとそうするし、のえるもきっとそうしたはずでしょう!と。
「それはっ!確かに…けど…!?」
そうだ、それが、のえるや、ロゼットのような、この乱世でなお、心を捨てない諦めない少女の流儀〈スタイル〉だったハズだ。
それを思い出して、尚、心を整理出来ずにのえるが叫んだ、その時。
ズガアアアアアアアアアアアンッ!!!!
爆音が轟いた。
「何事、いや、何故このような・・・!!」
アレックス=ルイ=アームストロングが、唸り叫ぶ。既に理不尽が日常となってしまったこの北米大陸において尚・・・今、この時覇道軍に襲いかかってきたこれは、あまりに理不尽であった。
「北米軍、何故、此方までをも攻める!?」
銃砲撃を、錬金術による防壁で防ぎ、突撃してくる装甲服兵を殴り倒す。
確かに北米において、覇道軍の立ち位置は悪い。
だが、バリスタスを相手にしている北米軍に、いくら上位次元の援護を受けているからとはいえ、北米軍と戦う理由の無い覇道軍を態々攻撃する理由等無い筈だ。
「だというのに何故・・・ぬぉおっ!?」
「危ねぇっ、おっさん!吼えろ、クトゥグア!」
「十字断罪(スラッシュ・クロス)!!」
装甲兵を殴り倒したアームストロングに、迫る天使兵。天の魔力で編まれたアストラル・ビーム剣は、錬金術で作られたブラスナックルを容易く裂きアレックスを追い詰めるが、そこにようやく傷のいえた大十字九郎の火炎の銃弾と、メタトロンの光の剣が天使兵を弾き飛ばす。
「偽物の天使と、邪神使いめっ・・・!」
「ふん!殺すだけの天使等に、そんな口をきかれる言われはないわっ!貴様ら、何故ここまで襲う!?」
罵る天使兵に対し、マギウスモードの九郎の方で、小さなモードのアル・アジフが言い返す。
破壊するだけの力として振る舞うなど、本来ならば癒す、守る等、天使と呼ばれるに相応しい力を持つ者と、外法を守るための力とする心正しき魔術師と出会えた魔道書は苦言して見せた。
「神敵バリスタスに連なる者は全て断つ!貴様等は一時和議でバリスタスと縁を持った、故に断つ!それだけだ!」
そう言いきる天使。それは上位次元らしい傲慢さで、確かに、それを理由に行動をしていてもおかしくは無いだろうと思わせる言葉ではあった。
だが。
「・・・ならばなぜこのタイミングで始めた!?」
アルの千古の経験は、それに異を唱える。もしそうなのだとしたら、そもそももっと先、そもそもバリスタスとその同盟組織・同盟国に攻撃をし始めた時に同時に覇道軍に攻撃を仕掛けなければおかしかった筈だ。
覇道軍を敵とみなしていたのであれば、主戦場であるこの北米において、今まで放置しているの戦略的に、それを覇道軍が行う事は実際にはあり得なかったとしても、覇道軍から先制攻撃を受ける可能性を考えて北米軍が今まで攻撃をしないというのは、ありえない。
(これはおかしい!何かある、秘された理由が…!?)
「愚かな隙を!」
「しまっ!?」
「アル!?」
疑念の思考に捕らわれた一瞬の隙を天使が突く。アルに迫る光の刃。九郎がとっさに身をひねり、肩の上のアルへの直撃を避けようとするが、治りかけ程度のコンディションでは、間に合わない…!?
っばしぃんっ!!
瞬間、割って入った金色の閃き。素早い打撃が打ち込まれ、天使兵を倒すには至らないが、その攻撃を逸らしアルを助ける!
「のえる!?」
「このっ!」
ロゼットの驚きの叫びと、九郎の怒号が交錯する。即座の魔銃クトゥグアによる反撃で、吹き飛ばされる天使兵。
そして…
「………!?」
自分でも驚いた、そんな表情で、鍛え覚えた跳び蹴りの技、G2スーツを使って放っていたライダーキックを天使兵に打ち込んで着地したのえる。
(あんなに、辛くて、苦しくて、動けなかったのに、何で…?!)
それは、殆ど条件反射と言ってもよかった。目の前に、その手の届くところに、奪われようとしている命があるならば、それに抗い、救わんとする本能的なまでの善性。
ああ、と、のえるは思う。この胸の内の感覚、再起動したような前とかわらない感性。正義と愛に燃える自分。九郎とアルが死によって分かたれることへの怒りは、依然自分が愛を肯定している、想い人を愛していることを激しく痛感させる。
こんなにも、罪悪感も後悔も消えないのに。
正義感と後悔、愛と罪悪感がぶつかり合いこすれあい凄まじい心痛が己を蝕む。
それは怒る時も義憤としてで、太陽のように熱く明るかったのえるが、ある意味初めて人じみた暗黒を抱いた、皮肉な「成長」か。
だがそれでも尚。
(こういう想いを抱えてでも、生きているなら、出来ることがある。きっとそれは、この世界で誰もが感じていること。それなら…!私はこの思いを受け入れた上で、この思いに負けちゃいけない…!)
そう、その「成長」をマイナスなものにしないと心に刻む。
「危ないですぞ折原殿!アル殿を助けて戴いたのは感謝の極みなれど、今の貴女はパワードスーツ持たないのですから…!」
一撃が致命傷になりかねない以上退くべきだと訴えるアームストロング。だが、直後敵の動きは、予想外に加速する!
「奴だ!浄滅せよ!」
そう叫ぶや、天使兵たちが一斉に攻撃目標をのえるに変えたのだ!
「!?」
「この野郎っ!」
「くっ…!」
スーツによる身体強化が無く追い詰められるのえるを、恩返しとばかりにイタクァで援護射撃する九郎と、シスターなのに天使と戦う葛藤を感じながらも支援攻撃するロゼットが助ける。
そんな中、のえるの頭脳は、不意に高速で思考を回し始めていた。まるで、罪悪感と無力感で固まっていた間から今までに見聞きしたことを、一気に処理しはじめたように。
(何?こいつらの狙いは私で、覇道軍との交戦はその為?何故?私を撃墜したのは、でも、覇道軍に私が保護された可能性を知っているのは、けど、そうでないとしたら、何で悪の博士は私にあんな通信を…)
見聞きしたことがフラッシュバックする。状況に悩むアルの表情、通信の混乱、遠くで鈍く響く砲声、バリスタスの普段と違う「防戦」態勢………
「………っ!!!?」
慄然、かっと目を見開いて雷に撃たれたように立ち尽くすのえる。思考が、ある仮説にいきついたのだ。それは、あまりに突飛で、全然証拠はなく、いっそ荒唐無稽と言った方がいい。
それになにより、この思いつきですら断片的で、何故そんな事をしたのかの一番奥の原因には届かない。
だが。
もしそうなのだとしたら、この惨劇の戦乱の理由を、解きほぐす答えは。
「今度こそ、くら、えぃ!!」
立ち止まったのえるに、再び天使兵の刃が迫る。
だがそれを、のえるは。
ずばんっ!!
「ぐおおっ!?」
「邪魔しないでっ!!」
究極に思考を高速回転させていたが故に逆に体について無我の境地に入ったカウンターで、天使兵を打撃でぶっ飛ばすっ。
「もし、もしそうなんだったら…!?」
このままでは、いけない。
「っふざけんじゃないわよ、そうだとしたら……」
のえるは、叫んだ。
「こんな所で、止まってなんていられないわっ!!!」