秘密結社バリスタス第一部第七話「SideHUMA」
ほぼ同時刻、HUMA極東総本部。
ここHUMA極東総本部は、旧地球防衛軍(TDF)の極東基地跡地を利用して立てられた施設であり、その広大さは深さ地下数キロメートル、広さは所在地である富士の裾野をほとんど覆うと言ってもいい。そのほんの周辺部におかれているバリスタス本部基地とは、大きさにおいて桁が違っていた。
なぜならばこの極東総本部はかつて殆んどのヒーローが誕生した地にある関係と、宇宙刑事機構との提携により事実上星系国家としての独立を放棄したHUMAの方針により、旧地球防衛軍の要所を担っていたパリやジュネーブ、ニューヨークの凋落などから事実上HUMA全体の指揮権を握っているといえる、最高施設であるからだ。
ヒーローの数ではスーパーマン、バットマン、スパイダーマンなどを要するアメリカ支部もそれなりのものがあるが、所詮桁が違う。欧州などの支部に至ってはニホンからの出張ヒーローによってその戦力の大半がまかなわれているところからも、その巨大さが分かるだろう。
そして、この広さが曲者であった。あまりにも広いが故に、それぞれのヒーローは部分部分を担うだけで、全体を知るものはほんの僅かとなってしまった。つまり、どこかで何かが行われていても、それを知るものは少ない、ということ。
そんな広い広いHUMA極東総本部の一隅。
アルフェリッツ=ミリィは、精神的・比喩的な意味で腐っていた。物理的に腐っていたら、そりゃ死んでいるということだ。そうではなく、生きているのに基地に押しこめられっぱなしだから腐っているのである。
檻に入れられた熊のように、部屋の中を意味もなくうろうろと歩き回っている。その表情は戦場に居るときのような精彩はなく、精神的な疲労の色が濃い。
「お姉ちゃん。」
「あ?リュートか。」
そんな退屈そうな顔が、僅かにほころぶ。彼女のたった一人の肉親、妹のリュートが合いに来たのだ。
「あ〜あ、退屈だ、苦手だ、謹慎ってのぁ。」
ぼやくミリィ。じっとしているのが本当に苦手らしく、動いているときより体力を消耗しているような情け無い顔だ。槍の穂のように尖った耳が、しんなりと下を向いている。
「あんまし無茶するから・・・。」
姉の有様に、嘆かざるを得ないリュートだったが、こうなったのはミリィの方にも問題が多い。
だからあまり同情を示すわけには行かなかったの、だが。
「向いてないのかなぁ、この仕事・・・あたしの居場所じゃ、ないのかなぁ・・・」
「そんなこと無い、と思うんだけど・・・」
ミリィのため息は意外と深刻なものだった。
「あたしだって、普通にやろうとしたこともあったさ。でもだめだ、戦闘種族アルフェリッツの血が騒ぐ。それで暴れて、破壊して。皆に白い目で見られて、怖がられて。挽回しようとがんばろうとしても、結局またかえって被害を大きくしちまうんだ。」
それまで見せたことの無いほど、鬱屈した表情をするミリィ。そして、姉の悲嘆にともに悲しむリュート。
「怪獣の気持ち、ってのもこんなものだったのかな・・・。」
そんな時。
「がーんがーんがんがらげった、がんがらがんがんがん!がーんがーんがんがらげった、がんがらがんがんがん!」
「?」
調子っ外れの歌声が、廊下の向こうから響いてくる。
「よっ、アルフェリッツシスターズの嬢ちゃんがた、調子はどうでっか?」
「・・・?」
それがあまりに自然だったので、帰って二人の対応は遅れてしまった。そして自然であると同時に、相手が奇妙だったので。
声からするともう中年に値するらしいが、格好は一応ヒーローのようにも、見えるかどうかはかなり怪しい。銀色の鎧を着ているのだが、寸胴で、飾りが格好悪くて、やたらとビスが打ってあって、一言で言うならばパチモンくさいドラム缶である。
そしてなぜか、背中に「日本一がんがんじい」と書かれた旗竿。「がんがんじい」というのが名前らしいが。
「えっ、あ、さぁ・・・」
「自分で自分の元気が分からんのかいな、そりゃあかんで。」
戸惑うミリィに、がんがんじいの見様によっては可愛らしいといえるかもしれない面白い仮面が覗き込むように近づく。
その目の部分、透明になった覗き穴から見える筈の彼の目は光線の加減からミリィには良く分からなかったが、そのひょうきんな声からは何のてらいも意図も感じられない。
「まあそーゆー時は仲間に見てもらうんやな。ほな、さいなら!日本一の正義のヒーロー、がんがんじい様は忙しいよってんな、疾風のように現れて颯爽と去っていくのや!がんがんがんがらげった、がーんがーんがーん・・・」
そういうとまた調子っ外れの歌を歌い、お世辞にも颯爽ととはいえない呑気な歩き方で去っていく自称「日本一のヒーロー」がんがんじいの姿を、なぜかミリィはじっと見送っていた。
「お姉ちゃん?どうしたの?」
珍しい、あっけにとられたような姉の姿に、リュートが首をかしげる。その声でやっと正気に戻ったかのようにかぶりを二、三度ふったミリィは、
「あいつ・・・誰だ?」
「え?えっと・・・」
姉と違って割りと科学者気質で、事務にもタッチしているリュートは基地内のヒーローのことをある程度把握していた。そこから得た情報を脳内で反芻し、纏めあげて姉に伝える。
「ヒーロー名がんがんじい、本名矢田勘次。特に改造人間とか特殊能力者とか言うわけではなく、あの鎧みたいなのも手作りで防弾効果も倍力効果もないらしいよ。」
「何だそりゃ!?それじゃまるっきり・・・」
目を丸くするミリィ。それはただ単に「ヒーローっぽい格好をしている」だけの「ただの人」ではないだろうか。疑いが脳を占領する。
「そう、ただの人なんですよ、本当に。それでも昔は、この星の伝説のヒーロー「仮面ライダー」と一緒に戦っていたっていうんだけど・・・」
説明するリュートですら首をひねりながら言っている。ましてや聞く立場のミリィたるや、何がなんだか分からないといった様子だ。
結局ミリィはそれを、口だけで大したことの無い奴、と判断することにした。いや、そうすることしか出来なかった、のかもしれない。
「仲間に見てもらえったって・・・そんなもん・・・」
ため息をつき、目をつぶる。
「いないのか?」
「わぁっ!?」
瞑った目の前から、いきなり声がした。びっくりして目を開けるミリィ。
その開けた視界の前に居たのは、青いヘルメットのような頭をした鋭い顔立ちの機械生命体の男。
「あっ、あんた、ロム=ストール!?」
今度ばかりはミリィも知っていた。先のがんがんじいと異なり、およそ格闘において現HUMA部隊では最強をうたわれるほどの男である。同じく超一流の戦士であるミリィが知らないはずはない。
「いっ、いつの間に・・・リュート?」
そう、ミリィは超一流の戦士なのだ。普通ならばこんな近くまで接近された場合、目を瞑っていても気配で気づくはずなのである。
こうまで簡単に間合いを詰められたのが信じられず、慌てて近くに居た妹に問いかけるミリィ。だが、その妹・リュートの顔も驚きの相をとっている。
「お姉ちゃん、あたし目を開けてたのにいつ来たのか分からなかった・・・!」
「な、何じゃそりゃ・・・!」
顔を見合わせ、唖然とする姉妹。
その様子を見ていたロム=ストールは、突如大音声で叫んだ。
「そんなことはどうでもいい!」
・・・ちょっと何か違うような気がするが。何が、かはよく分からないが。
ともかく、まさにどうでもいいことはおいて置いて、ロムは語る。
「本当に、居ないのか?仲間は。」
念を押すような口調。神経を逆撫でされたように感じたミリィは、謹慎室の窓に顔をぶつけそうな勢いで睨み付ける。
「うるっさいねぇ!あんたに一体何が・・・っ!?」
そして、言葉を失うミリィ。
ロムは、ミリィと同じように窓にぎりぎりまで顔を近づけていた。そのことに驚いたのではない。
その、あまりに真剣な視線に。
長い間戦場で人の心の様々な面と動きを見てきた、ミリィですら見たことのないほど。それは真剣な表情だった。
真剣に、ミリィのことを案ずる表情だった。
「胸に手を当てて考えろ。お前のことを考える仲間は、本当にどこにもいないのか?」
むやみに真っ正直で、見つめられたら意味もなく恥ずかしくなってしまいそうな、まるで己の心をありのままに映す鏡のような、澄んだ瞳だ。
「お前の目に見えていないのだろう。お前は知らないのだろう。俺にもわからない。あくまで過程の話だ。だがなミリィ。お前は必死にやってきた。その行いを見た者の中から、お前のことを思うものが一人も生まれなかったと。そう思うのか・・・?」
そして、そのありのままを写すことと、映し出せるだけの輝き、それだけで何か、大事なことを示すような。
「それは自分の戦いを否定することではないのか!」
「うるさいよっ!!」
バキン!
激昂したミリィが、窓に掌を思い切り突いた。それだけで、一応常人を上回る力を持つものを収監するために造られた謹慎室の窓が、あっさりと砕け散った。
「何だ、どうした!」
「何事だ!?」
その音と、窓が壊れたことに反応して鳴り響く警報に、慌てて当直のヒーローや特甲が駆けつけてくる。素早くミリィの部屋を中心に、やや遠巻きの包囲体制を作る。
ふん、とその様を鼻で笑うミリィ。色々な感情が混じった、自分でもあまりいいとは思えない笑い。
そして、ロムは。
「何でもない。」
きっぱりと、そう言った。
「え、でも、ロム=ストールさん・・・」
「何でもない。」
きっ、とまたあの真っ直ぐな目で、まわりを見回しながら言い張るロム。
圧されたのか、恥じたのか。その目に背を押されるように、駆けつけたHUMA隊員がそそくさと帰っていくのにそう時間はかからなかった。
「自分と自分の戦いを貶めるな。それは自分だけではなく、戦った相手も、友すらも貶めることになる。たとえば、熱心に悩みを聞いてくれる妹も。すれて憎まれ口ばかり叩きながらも、事物をしっかりと見据える者も。色々心配してくれる後輩も・・・」
そして、現れたときと同様、ロムはまた飄然と去っていった。
「一体なんだったんだ?あいつ」
暫くの沈黙ののち、ミリィは呟いた。
初めてだし、驚いたし、ある意味で嫌悪も抱いたが、なぜか最後には悪い気はしなかった。
人間の寿命では考えられない長い間あちこちの星で戦ってきたミリィだが、あんな変わった奴はついぞお目にかかったためしは無かった。
「どう思う?リュート。」
思案顔のまま、半分独り言のようにミリィは言う。答えが返ってくるのを期待していない、といった感じ。
だが、以外にも答えは返ってきた。ただし、リュートではない。
かつかつと、金属と金属の当たる硬い足音を立ててやってきた、金色の装甲服を纏った、自称「賞金稼ぎ」。
「マークハンターさん。」
「何、ちょいと伝達事項があってきただけだ。ついでだよ、ついで。」
相変わらず、この男もなにを考えているのか良く分からない。
「ありゃ、ヒーローだよ。」
「へ?」
あまりに簡単な答えに、ミリィは首をひねった。この組織HUMAに所属している戦士は、宇宙刑事もHUMA強化人間も戦隊も、皆公式資料でも「ヒーロー」と表記される存在だから。
ヒーローという言葉が、いわば当たり前になってしまっているから。
「勘違いするな。今現在濫造されてる紛い物じゃねぇ。目に見える希望。理想の地平と現実の足元の間、俺たちよりほんの少し前に立ちながら、進むべき道を示し続ける存在。その道は未来であると同時に過去であり、踏み外してはならない道徳・・・」
静かに、語るマークハンター。その様はどう見ても日ごろ彼が自称する「金を得るために人様の命を狙う薄汚い稼業」とはいい意味でほど遠い。
「昔は、ああいう漢が沢山居たんだがな。今じゃ、なかなか会えやしない。あのがんがんじいの親父だって、そう思ってるだろうな」
どういうわけか、日常生活においてもひと時も装甲服を脱がず、顔も姿も他人に見せないマークハンター。嘆息する姿もやはり表情は読めないが、それでも何か、かえってそれゆえに真に迫る吐露のように感じられる。
あっけにとられているミリィとリュート。言うだけ言うとマークハンターは、装甲で鎧った掌をひらひらさせた。
「で、伝達事項だ。ロアの小僧が司令部に掛け合ってな、お前の謹慎解いてもらうように言っていたぜ。」
(・・・つっても、それが妙にあっさり受理されたのには、何か裏があるとしか思えねぇんだがな。)
半分以上を仮面の下に隠し、今は去るマークハンター。言いざま振り向かずにとっとと退散したのは、そういう自分がこの状況にすっきりと解決を出せない、怪しいと思っていても何も出来ない、揺れるミリィに道を示しきれない、ヒーローでない人間であることを自覚しているからだろうか。
ひとまず、終
次回、第一部最終話
「世界征服英雄」