秘密結社バリスタス第一部第七話「SideGatekeepers」
「ゲートキーパー。それは数千万〜数億分の一の確率で発現する遺伝的特殊能力で、異次元との空間連結を起こすことにより其処からエネルギーを引き出すことが出来る能力者である。基本的に術者ごとに引き出せるエネルギーの形が決まっており、風力エネルギーの「疾風のゲート」運動エネルギーの「迫撃のゲート」電気エネルギーの「電光のゲート」など様々な形態がある。能力としては万能の「ガーライルフォース」には劣るがそれよりかは発現率が高く、またガーライルフォースでは使えない力を持つ場合もあるので戦略的にきわめて重要な存在といえよう。故に黄金の混沌中期にその能力者が実戦に投入されてから、各勢力は新たなゲートキーパーを探し続けたが、不思議なことにそれ以降一回も発見例がなくなっていた。それを踏まえ我輩は、今回発見した・・・」
「さっきからお主、誰に向かってべらべらしゃべっとるんじゃ?」
闇の中を飛びながら、大声で独り言を続ける悪の博士。蠍師匠は慣れっこながらそれでも尋ねずに入られなかった。どうせわけの分からない答えが返ってくるのは目に見えているのだが。
「む、よく考えてみれば設定やガーライルフォースの説明の端々で話題に出したことはあっても、専門的にゲート能力について解説したことが無いのに前回いきなり話題に出したことに気がついてな。遅ればせながら解説を・・・」
「何じゃ、それは。」
今までの例と比べても特にわけの分からない博士の言動に、さしも肝の太い蠍師匠も眉をひそめる。
「ともかく、急がねば偵察班が危険なのだろう?ならば独り言をせずに、さっさと・・・」
「それは分かっている。だが東方先生・・・」
「その呼び方止めい。嫌な思い出があるでな。」
苦い顔をする蠍師匠。彼の怪人名と関係の無い「東方先生」という呼び名は、彼の過去になんらかの関係があるのだろうか。
それはともかく、博士は何か作を思いついたとき特有の、目と口を大きくして声を出さない笑いを浮かべている。
「では師匠。まずお主が真正面から救援に向かってくれ、状況次第で・・・というのも恐らくHUMAの部隊がいるとして、狙いはゲートキーパーのはず・・・は、こちらで確認したゲートキーパーに加勢してやっても構わない、ある程度時間を引き延ばせ。その間に我輩は・・・」
「ゲートオープン・紅蓮焦!」
「ワァァァァッ!?」
空間から生み出された炎が、大地を走って炸裂する。
一たまりもなく吹き飛ばされる、秘密結社バリスタス偵察班戦闘員。若干の機動性の増加とステルス能力を付加しているとはいえ、基本的に普通の戦闘員と変化のない彼らには、この大熱量は一たまりもない。
「戦闘員、退避!急げ!」
緊迫した指令が飛ぶ。撤収していく、黒い強化服を纏った兵士達。
その様子を、炎を操るものは満足げに、そして重力を操るものは不満げに眺めた。
「ふっ・・この程度か。この程度で我々には向かおうとは、無謀だな。分かったら、どけ。生命の巫女を奪還せねばならない。」
プロテクタースーツを纏い、両手に爪のついた手甲をつけた男。大地を燃やす炎に、同じような赤の髪が揺らぐ。それが、たった今この炎を呼び出した男の外見。余裕のある、それで居て油断のない笑いを浮かべている。
その証拠に、彼の背後に赤い色をした二重反転する光の輪・・・次元ゲートが見えている。
「何よ、あんたら!状況複雑にしておいて、ぜんぜん大したことないじゃない!!」
対して焦りの声を上げるのは、長い金髪を靡かせる、二十歳少し前の女だ。こちらもゲート能力を展開している。ただし、目の前の男と違い、そのゲートの色は黒だ。黒い光というと矛盾しているが、確かに、はっきりと黒が見える。
HUMAを脱出してから、何度めかの戦い。ようやっと落ち着けそうな場所が見つかった矢先の、この今までにない大規模攻撃。
そこに唐突に割り込んできた、この集団。
「それが義勇で味方してやろうという奇特な集団に対する言葉でござるか。全く確かにがさつ極まりないで御座るな、金髪殿。」
「金髪言うな!」
「先ほどの少年は貴女をそのように呼んでいたが?」
「あたしの名前はチェルシー!!チェルシー=ローレックよ!」
からかっているのか何なのか良く分からない声音の、軍団の頭目とおぼしき男にチェルシーの苛立ちは募る。ただでさえ、現状は危機的なのだ。
「ふむ、少しは気がほぐれたかな?そんなに気張っていては、動きが硬くなるばかりだ。」
「え?」
と、今度は意外な言葉。ふざけたようなござる口調も、使っていない。
「状況は把握しているよ。さっきから物陰で聞かせてもらった。貴殿はチェルシー=ローレック、HUMAの隠密部隊「イージス」のメンバーで、重力のゲートキーパー。HUMA上層部のある計画で犠牲にされそうになった「生命」のゲートキーパー、更紗瑠璃嬢を助け脱走。遭遇した一般人少年「浅葱留美奈」と共闘し追っ手と何度か対決、でも今過去最大の攻撃を受けて窮地・・・といったところか。」
さらり、と説明する鞍馬鴉。そしてその間にも、周囲への警戒を怠っていない姿勢。丸いシンプルなお面を爪をつけた、バリスタスのような強化服を纏ったこれも隠密用のHUMA部隊「陰兵」を二、三人あっという間に打ち倒す。
「現状は窮地、そして利害も一致。とりあえず協力してことに当たろうではないか。HUMAの計画とやらについてももう少し詳しく聞きたいし、な。」
「いいわよ。これも瑠璃様を助けるため。」
それに僅かにだが可能性を見出し、承服するチェルシー=ローレック。
「じゃ、ここは任せたわっ!私は瑠璃様たちのほうにいくっ!」
言うなり重力のゲートを一閃、反重力を利用した高い跳躍で姿を消す。空中で迎撃しようとする陰兵達を蹴散らしながら。
「・・・さて。HUMAゲートキーパー部隊・炎のゲートの使い手・赤(セキ)、だな。チェルシーから話は聞いた。」
戦いながら徐々に遠ざかるチェルシーを確認するように見送ると、鞍馬鴉は油断無く赤に向き直った。
「それでは、勝負といこうか。むん!」
気合一閃、抜く手を見せぬ勢いで手裏剣が放たれる。それも、一度に数発づつ、機関銃のように連続して何度も。
「ふ、甘い!」
猛る赤。ゲートが光り、炎の壁が手裏剣を包み込んだ。高熱に溶けた手裏剣が、炎の勢いに吹き散らされる。
「ほう・・・少々は出来るようだ。」
その様子に鞍馬鴉は、なぜか懐かしそうに目を細めた。
「当然だ。そんな原始的な武器など、ゲート能力の前には役に立たんぞ。」
「そうか、ゲート能力、だったな。」
話の流れとは関係ない、独り言のような鞍馬鴉の言葉。それに赤が違和感を抱いた、その時。
「私の能力とは、違うわけだ。」
ご・・・!
「!?」
突如、鞍馬鴉の体が炎上した。いや、違う。目をこすり、激しい輝きのせいで確認しづらい「それ」を確認する。
炎は、鞍馬鴉が燃えているのではない。その体の周囲から、空気自体が燃焼するように立ち上っているのだ。赤は知らないが、これは全身に強力火炎放射器を仕込んだAGとは、似ているようで全く違う。
「俺も少々、炎の扱いには自信があってな。パイロキネシスとかいう超能力の一種だそうだが、俺の故郷ではこの能力を持つものが時々生まれてな。代々この力を使った忍術と、名を受け継ぐ。名前のほうは捨てたが、この力は今でも健在だ!」
語る鞍馬鴉。その顔に、徐々に変化が現れていた。目の周囲に、浮き上がるように。それは目の周りと顔の上半分を覆う、額に緑の宝玉のついた赤い仮面だ。鳥の羽のような、眼鏡のような。
いや、彼の出自を考えるのならば、こう例えたほうが良かろう。
頭巾の下、黒くあるべき部分から燃え盛る・・・
赤い、影。そう、赤影。
「征くぞ!影忍術、鳳凰剣!」
劫火にかき消されそうな涼やかな音を立て、抜き払われた忍者刀。その刀身に炎が宿る。
「ぬぅっ、面白い。来い!」
相手も炎を使えると知り、やや焦りながらも両腕の爪に炎を宿らせる赤。
轟!轟轟!
炎を宿した爪と刀が、激しく切り結ぶ。夜の闇を切り裂き、真っ赤な蓋筋の炎が何度も交差し、ぶつかり、離れる。
「紅蓮焦!」
「鳳凰剣!乱舞っ!!」
再び赤のゲートから炎が走り、数十の炎の弾丸が回る鞍馬鴉の刀から放たれる。
そしてぶつかり合い、爆発。
「やるな、だがそれでこそ楽しみがいがあるというもの!!!!灼熱地獄!衝撃的神龍撃!!」
ズゴォォン!!
炎のゲートが、それよりもさらに激しい輝きを発する。そのゲートから現れた巨大な炎の龍が、とぐろを巻いて鞍馬鴉に絡みつき、旋回する。
「ほう、これは・・・!」
飄々とした鞍馬鴉の瞳にも、僅かな焦りが生まれる。全周は見渡す限りの炎。高速で回転する龍が、炎の檻を形成しているのだ。
「あと数秒で、その空間の中の酸素は焼き尽くされる。脱出しようとして高速旋回する龍に呑まれ黒焦げになるか、その場で身動きとれずに緩慢に窒息死するか、選ぶがいい!ははははは!」
炎の向こうから、赤の勝ち誇った笑い声が響く。
それに対して、鞍馬鴉も。
笑った。
「臨!」
火炎を宿した剣が、そのまま振られる。同時に鞍馬鴉の口から、精神統一の呪が刻まれ始めた。
「兵!闘!者!」
まるで、舞うような仕草。剣を持っていないほうの手が次々と印を刻む。周囲の炎すらも、その舞に加わるように螺旋を描き、鳳凰剣に吸収されていく。
「皆!陣!列!在!」
チン。
刀が、炎を宿したまま鞘に仕舞われた。だが鞘が燃え上がる様子は無く、かわりにある変化が鞍馬鴉の仮面に起こった。
額にはめ込まれた緑の宝玉。それが、内側から発光し輝く真紅へと変じたのだ。
「前ッ!」
そして、両手が結ぶ印、最後の呪、気合、炎、光、その全てが揃った。
「影忍術奥義!金剛婆娑羅!!」
炎を宿した鞍馬鴉の体が、消えた。
それが、赤のこの世で最後の認識。
次の瞬間には、知覚する暇も無く赤は絶命していた。全身に数十の手裏剣を突き立てられ、また同時に同数の破片に切り刻まれ。
瞬間。
鞍馬鴉天狗の体は通常の時間軸から切り離され、生身の人間、いやおそらく強化されたものでも認識できない高速で動き、一瞬で炎の龍の旋回よりも早く飛び出し、数十数百の攻撃を加えたのだ。
着地する鞍馬鴉。
だがその顔には激しい疲労が浮かび、額の宝玉の光も消えている。
「ふぅ・・・う・・・!?」
この技は、生命力を燃やして通常の数十倍の力を一気に開放する荒業。そのため術を解いた後の反動が大きく、一気に疲労してしまう。改造人間の体でなければ、戦闘不能状態に陥り気絶していただろう。
「まずいな・・・、これは。」
霞みかける知覚世界の中、それでも鞍馬鴉の超感覚は捕らえていた。敵の数、いまだ少なくない。この体で相手するのは、苦しい。
「頼りない気もするが、後は頼まざるをえんか。ゲッコローマ。」
そのゲッコローマの前に立ちはだかったのは、誰がどう見ても10歳くらいにしか見えない可愛い女の子だ。金色の髪をツインテールに結んで、ちょっと子悪魔的な表情が可愛らしい。
「さぁて、瑠璃さんは留美奈君が守っている、チェルシーさんはお忙しい・・・どうやら私の相手は君のようだねプチ・マドモァゼル。お名前を伺ってよろしいかな?」
「名前はシエルだけど、イモリに呼ばれる筋合いは無いよっ!」
偶然にも以前JUNNKIが戦った特甲に派遣されていたイスカリオテのゲヘナマーシャルと同名だが、外見も性格もぜんぜん違うようだ。
「気にはいたしませんが、貴女の知識の一助となればと思い言いましょう。私はヤモリの改造人間です。モチーフ動物が違いますし、第一改造人間は人間ですよ。可愛い貴女と同じく、ね。」
女性相手には親切で礼儀正しいが、同時に口説きを欠かさないゲッコローマ。
「ゲッコローマ様、相手は幼女ですよ、やばくないですか?」
その軽薄っぷりに、思わずまだ退避していなかった戦闘員が突っ込みを入れる。それに対してゲッコローマは余裕の仕草で指をふり、舌を鳴らした。
「ち、ち、ち。分かってないなぁ。将来を見越す目を持たなければ駄目だよ君。子供は育つ、彼女もきっといい女になる。いわゆる光源氏若紫作戦ってヤツさ」
「はぁ・・・ご健闘を。」
感心したのか付き合ってられなくなったのか、そそくさと退散する戦闘員。
「と、言うわけでプチ・マドモァゼル・シエル。私は貴方を傷つけたくないし、さりとて今まで研究施設に押し込められ、日の光も満足に見られなかった哀れなマドモァゼル瑠璃の願いもかなえたい。出来れば戦わずに退いてもらいたいのですが・・・」
「お断りだね。」
長々しいゲッコローマの弁舌を、シエルはにべも無く拒絶した。そして、彼女の幼い顔を好戦的な笑いが彩る。
「第一、あたしがおじちゃん相手に痛い目に合わされるわけないじゃん?ゲートオープン・雷天尖!」
「おじちゃんと言われるほどの年ではありません!」
そういい返すが、飛んできたシエルの攻撃を慌ててかわすさまはあまり決まっていない。その攻撃は名の通り鋭い雷の弾丸、展開されたゲートの色と同色のイエロー。電光のゲートらしい。
「やむを得ませんね。では、出来るだけ手荒にならないようにいきますよっ!」
言うなりゲッコローマは、突如として風景に紛れ込むようにその姿をかき消した。
「消えたっ・・・!?」
動転するシエル。しゃべるトカゲの変り種くらいにしか見ていなかった相手が、イキナリ予想もしなかった行動に出たのだ、やむを得まい。
パニックに陥りそうな幼い脳を必死で動員して考えるシエル。いくら姿が見えなくなったといっても、実際に消えてしまったわけではない。近くに居る。そして、実体としてなくなったわけでもないだろう、いくら改造人間でもそんなことは無理だ。それならば。
「一か八か・・・雷壁方陣!」
バリバリバリバリバリッ!!
「いldfghの;sぢfjc:ぺmjフィ:pb根イオpfへv@ピルb@prんhmjc@pめうprbんpr!?!?!」
「あ、やっぱり。」
けたたましい音と光を纏いシエルを囲うように現れた雷の壁。それにゲッコローマはもろに突っ込んで痙攣していた。
ゲッコローマが姿を消したからくりは体色変化、早い話が保護色である。それで姿を隠し接近しようとしたのだが、単に見えなくなっただけで体はそこにあるので張り巡らされた雷壁方陣に突っ込み感電した、という寸法である。
「あははっ、黒焼きみたーい!」
はしゃぐシエル。だが、黒焼きはイモリでやるもので、ゲッコローマはヤモリである。
そして、バリスタスの怪人では他にフェンリル、マッシュと少数の怪人のみが持つ自己再生能力を、その二者に比べれば随分些細なものではあるが持ち合わせている怪人でもある。
「これくらいなら・・・まだ大丈夫っ!」
バシーン!
「のーっ!?」
ピシャーン!
「あーーーっ!?」
ドガーン!!
「おーーーーーっ!?」
だが、何度も何度も吹き飛ばされるゲッコローマ。保護色と自己再生、それと後は垂直の壁を上れる手足の吸盤くらいしか特技の無い初期の怪人であるゲッコローマには、やはり超次元攻撃能力を持つゲートキーパーは荷が重い。
それでも構わず起き上がり、突進しては吹っ飛ばされ、吹っ飛ばされてはまた立ち上がるゲッコローマ。
「何なのよ、あんた?」
ある意味、呆れたと感心したのが混ざったような顔のシエル。対してゲッコローマは黒こげだが、なんだか満足そうだ。
「ははは・・・甲乙つけがたい可愛いマドモァゼルたちがどちらさんも丸く収まるなら、何度黒焦げになっても問題無しですよ・・・」
「なに、それ?とにかくもう、いい加減にして!」
そういいながら、またシエルは攻撃をしようとする。
その瞬間、焦げ焦げになって保護色機能を表さなくなった肌の中、ゲッコローマの目が光った。シエルの今の動きは、殆んどルーティンワークみたいなゲッコローマのやられっぷりと、何度も攻撃を繰り返した疲労で随分鈍っている。
これが、まさにゲッコローマの狙っていたチャンスであった。
「とぉぉっけぇ〜〜〜いっ!!」
奇声を発し跳躍、一気に飛び掛るゲッコローマ。しかしその様は勇壮というよりは、いわゆる「ルパンジャンプ」に見えてしまうかもしれない。それは、ある意味まずい。
「なわっ!?」
それに危機を感じて慌てて技を中断、電磁気を利用した浮揚・イオノクラフトで飛んでかわそうとするシエル。
びっ。
結果、僅かにゲッコローマの攻撃は髪をかすっただけ、その拍子に髪を結んでいた赤いリボンが解ける。長い髪がふわっ、と広がった。
「あっ・・・!」
「ん?」
それだけのことなのに、シエルの顔に動揺が走った。そしてゲッコローマが怪訝に思う暇も無く。
「あきゃきゃきゃきゃきゃ〜〜〜〜!!」
突如身を仰け反らせ、絶叫するシエル。雷のゲートの形が崩れ、電力エネルギーが彼女の小さな体に逆流している。
そう見て取るや。ゲッコローマはまたも突進していた。
「っ!おわああああああああああああ、うおおおっ!!」
暴走した電気に焼かれながらも自分の身をかまわず、強引に、シエルの髪にリボンを結びつけるゲッコローマ。
そして、二人はともに一命を取りとめた。が、消耗し地面に倒れる。
少しの間、沈黙が流れる。気まずそうにシエルは横目を使い、ゲッコローマを見た。殆んど秋刀魚の塩焼きのような、悲惨な有様になっている。
「・・・あのさ・・・」
「何ですか、シエルさん。」
穏かかつ紳士的に答えるゲッコローマ。
「何で、助けてくれたの?あなた、悪の怪人なんじゃないの?」
「悪だろうが正義だろうが、目の前で苦しんでいる女の子を助けるのは男の本能であり義務であり使命、そして本懐です。」
非常にしっかりと、誠実とさえいえる口調でゲッコローマは答えた。内容の問題すら美しく見せ、そしてそれに明らかに嘘は無いと分かる声。
「・・・・・・・・・・・」
シエルは、ただ沈黙し、仰向けに寝転がって夜空を眺めた。
星が、綺麗だった。隠密部隊のシエルも、実験体の瑠璃も、見る機会の無い星空が。とても、綺麗だった。
「ゲート開きや、勝負やでローレック!」
大阪弁でまくし立てるのは、褐色の肌の元気そうな少女だ。幾分チェルシーより幼く見える顔を、きっと引き締めている。
「シャルマ・・・」
「見損なったでローレック!「生命の巫女」の護衛役でありながら、その巫女さんを誘拐して脱走やと!?同じHUMAゲートキーパー部隊としての盃、チェルシー=ローレックファンクラブ会長にして会員ナンバー001の称号、このシャルマ=ルフィス今日限り水にさせてもらうで!」
戸惑いを隠せないチェルシーに対し、シャルマ=ルフィスと名乗った少女は限界ぎりぎりまで加熱している。その割りにHUMAに登録された彼女の能力は「氷」だというから性格の落差が面白いが、当人達にとっては笑う余裕など無い。
「違うわシャルマ。「生命の巫女」なんてHUMAの野望の・・・」
「言い訳なんか、聞きとうないわ!ゲート・オープンッ!龍氷鞭!!」
先端がトランプのスペードのようになった、シャルマの鞭が唸りを上げる。新体操のリボンのような渦を描く鞭の中心から、現れた氷の龍が顎を打ち鳴らしてチェルシーに迫る。
「くっ、もう・・・この馬鹿ロールパン頭!ジオ・インパクト!!」
ロールパン頭、というのはシャルマの髪型、頭の左右でくるくるとまいたいわゆる縦ロールなヘアスタイルをあらわしている。留美奈がチェルシーにつけたという「金髪」というのに負けず劣らずストレートなあだ名のつけ方だ。
そんなことはいい。あだ名なんか付け合うような仲の二人が、戦うということに比べたらちっぽけなこと
ズンと地面を震わせ、上から叩きつけるような一撃。重力のゲートを操るチェルシーの一撃が、氷の龍を砕いた。
しかし同時に踏み出したシャルマは、その隙にチェルシーの至近距離に飛び込む。
「・・・っ!」
殺気に、ぎりぎり身をそらすチェルシー。だが、その攻撃はかすっただけで、チェルシーの額をぱっくりと切断した。
「氷摩爪・・・超低温の気を纏った爪に切れんものはない。速攻泣かしたるわ!」
すっと通った鼻梁にそって、血が流れ落ちる。それをぐっと拭って、チェルシーは。
「・・・わかったわ。かかってきなさい。」
静かに呟くと、それまでよりさらに気迫のこもった表情になる。
「疾ッ!疾ッ!チィィッ!!」
「おおおおおおっ!!」
そして、氷の爪と、重力の拳が。
激突する・・・!
そしてまた、別のところでも戦いが。
「烈風っ!!」
ゴォォォォォォォッ!
ズガァン!
掛け声の通り、物理的な打撃になりうるレベルの大風が突進する。
だが、その技は空しく、誰も居ない空間を通り過ぎた。
「ふふっ、雑な技だね・・・」
その様子を見て、本来その技に狙われた相手・・・中高生ほどの年齢の、長く伸ばした髪を尻尾のように結んだ少年はあざ笑う。
彼の前に立つ、もう一人の少年を。
「うるせぇっ!尻尾頭っ!」
対して、笑われたほうは激して叫ぶ。
真っ白な髪に部分的に黒いメッシュを入れた尻尾頭というそのまんまなあだ名の少年と違い、彼の髪の毛は全部真っ黒、そして其処にワンポイントとして白い鉢巻が巻かれている。
そして何より違うのは、その表情だ。傲慢で尊大、目の前の相手を見下すような表情の「尻尾頭」と比べ、鉢巻の少年は真っ直ぐな気合が見て取れる。
彼が鞍馬鴉とチェルシーの話題に出ていた、浅葱留美奈。色々と状況に巻き込まれた挙句、瀕死の重傷を負ったとき瑠璃の「生命のゲート」に助けられ、そしてその拍子に疾風のゲートの能力に開眼、ともに戦うことになった運命に翻弄される少年。
「理解に苦しむよ、何の関連も無い人間がそこまでして巫女を守るなんてね。そして・・・」
笑う尻尾頭。それと同時に青いゲートが出現、何かを握るような手つきの掌の中に、水滴が浮かんだ。それはどんどんと大きさ、そして長さを増し収束し。
一本の剣を形作った。
「能力を使えるようになって僅かしか経ってない未熟な腕で!A級ゲート能力者であるこの僕・ティル=アシュフォードと戦おうなんてっ!」
言葉と同時に鞭のようにしなる水の剣が少年を襲った。
咄嗟に手にした刀で防ごうとする少年だが、競り負けて吹っ飛ばされてしまう。
「くくっ、僕のこの穿水刀は100tの水が圧縮されて出来ている、見た目の細さで侮ると痛い目にあうよ!」
「くっそぉ!!」
反撃とばかりに、先ほども繰り出された烈風が放たれる。
「散!」
それをテイルは、今度は穿水刀を網のように展開して防いだ。
「言ったろ・・・侮るな、って。そんなそよ風は通さないよ。それに・・・」
嘲弄の表情を浮かべながら、穿水刀を突きつける。
「随分へたばってるみたいじゃないか。やはり未熟だね。ほんっと、よくやるよ。」
テイルの指摘は確かに的を得ていた。連続で技を繰り出し続けていた留美奈は余裕のテイルと比べて汗びっしょり、疲労の色が濃い。ゲート能力にいまだなれていないため、消耗が激しいのだ。
「さっきからぐだぐだぐだぐだ言いやがって・・・っ!」
だが、それでも留美奈は倒れない。テイルの攻撃でいくつもの傷を負い、ゲート能力ももう殆んど使えないくらい疲れているにもかかわらず。
「理屈じゃねぇっ!!瑠璃が泣くのは我慢ならねぇ!笑っていて欲しい・・・だから守る!それだけだっ!!」
いや、だからこそか。精一杯、叫ぶ留美奈。
「力が欲しいか?」
と、呼応するように唐突に声が割って入った。
逞しい、力のある声だ。
「なっ・・・」
「誰だ!?」
揃って周囲を見回す、留美奈とテイル。
「うわっはっはっは〜〜〜〜〜!ここだここだ〜〜〜〜!!」
その声は、電信柱の上から響いている。その上にすっくと立つ、紫色の中国風拳法服を着た、銀髪のお下げ髪を靡かせる、口ひげを生やした屈強な初老の男・・・いやさ漢。
「秘密結社バリスタス格闘技指南役・蠍師匠、推参じゃ!」
「っち、他の連中は一体何をしていたんだ!」
舌打ちするテイル。だが、
「ん?ああ、あの雑魚どもか。あんな木っ端でこのわしを止められると思うなよ。」
「馬鹿な!」
その舌打ちはすぐに凍りついた。
十人近いゲートキーパー・・・いずれも超越の能力を持つ、それをこともなげに。
「そして他のものも、この通りじゃ。」
ざっ、と手で示す蠍師匠。
蠍師匠に窮地を救われた鞍馬鴉、鞍馬鴉の方を借りて感電した体を立たせるゲッコローマ、そして気絶して目を回したシャルマを背中に背負った、チェルシー=ローレック。
「ふん。そんなら今ここで僕が」
「貴様ごとき、このわしが相手をするまでも無いわ。それに、おぬしの相手はまだ戦えるぞ?」
テイルに対してはぞんざいな口調ながら、指し示すその手は実に丁寧であった。しかし、それも当然のこと。
体力を殆んど使い果たしながらも、尚気力で刀を正眼に構え真っ直ぐ立つ留美奈、その気迫。
それは、単に巻き込まれたという例えや型枠には入りきらない。運命の濁流に落ちてもそれを遡る、バリスタスが求め、かつて誰もが体現していた気迫だ。
「さて小僧、話を続けよう。力が欲しいか?」
「力・・・?」
「敵を討つ、心を通す、・・・そして何より愛しいものを守る力が!欲しいかと聞いているっ!」
くわっ!と効果ではなく本当に音が聞こえそうな勢いで目を見開く師匠。
対して留美奈は一瞬の逡巡も無く頷く。
「ちぃっ!」
それまでは留美奈をたいしたことが無いと考えていたテイルだが、ここにいたり早急に潰したほうがいいと闘争本能が警報を発する。100tの質量を全力で発揮し、テイルの殺意のまま伸びる穿水刀。
「ふむ小僧。お前がやたら早く消耗する理由と、あの尻尾頭の技を破れん理由は同じだ。おぬしの技には収束が足りない。少ない力でも、錐のように一転に収束すれば、あたかも虫眼鏡を通した日光が紙を焼くように敵を貫ける!」
それをいなしながら、蠍師匠は留美奈の横に立ち、言った。
「小僧、一つ技を教えてやろう。昔、お前と同じ力をもった少年が用いし技だ。よいか、構えと共に声を合わせろ。」
「わかった、ルリを助けるためだ、何だってやってやるぜ!」
そして、にわかの師と弟子の声、そして動きが重なる。野球のボールを投げるフォームに少し近い、片手での突き。
「真空っ、ミッサァ〜〜〜〜〜〜〜ィイルゥ!」
刀の切っ先に浮かぶ、青白いゲート。それは一見小さく、弱弱しく見えた。
だが、其処から発せられた風の断裂は技の名通りに真空を生み、収束され研ぎ澄まされた鎌鼬の弾丸が突進した。それは真っ向からテイルの穿水刀と衝突し、
そのまま打ち砕いた。
「何!?」
ひきつるテイルの顔。穿水刀を幾筋にも切り裂いて、留美奈の攻撃が迫ってくる、それが自分に命中する、それを防ぐ術が無い・・・その事実が信じられなかったからだ。
炸裂!!
「うぁわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!?」
真空ミサイルは穿水刀を遡る形で進み、従って命中したのはテイルの手元。本来それは決して決定打となる一撃ではなかったかもしれないが、技自体の威力と留美奈の気迫と奇襲効果、そして何より精神的打撃の大きさが相まって、十数メートルは吹っ飛ばされたテイルは地面に叩きつけられ、割とあっさり失神してしまった。
「お・・・おっしゃあああああああっ!」
少し間をおいてようやく勝利を実感し、ガッツポーズで叫びを搾り出す留美奈。蠍師匠も、自分の勝利であるかのように喜ぶ。
「おぉおぉ、よくやった、凄いぞ小僧、いや留美奈!」
「おう、やったぜ!どこの誰かはよくしらねぇが、あんがとよおっさん!」
「う〜む、技に基本呼吸とモーションを示してやっただけであっさり使いこなすとは・・・基本が出来ていたとはいえやるではないか!わしはあまり期待しては、あ、いや!信じとったぞ!!」
「・・・おい?」
若干妙なところがあったが、ともかくテイルが吹っ飛んだのを最後に敵ゲートキーパー部隊の抵抗は終わったようだった。
「ふー・・・。」
「今回は厳しかった・・・。」
気が抜けたのか、座り込む留美奈とチェルシー。
「成り行き任せとはいえ、とんだ騒ぎになったな。ところで・・・」
周囲を見回すと、師匠は首をかしげた。
「その肝心の生命のゲートキーパー・更紗瑠璃とやらはどこにおるんじゃ?」
「あ!?」
そういえば。
慌てて立ち上がる留美奈とチェルシーだったが、その答えはすぐに見つかった。
「る、留美奈さん・・・」
当の瑠璃本人が声をかけてきたからだ。
その瑠璃の声が苦しげなもので、さらに瑠璃が黒いオールバックの長髪で真っ黒いスーツ姿の、髪の生え際から頬まで細い傷が一本走った、蛇を思わせる人相の悪さの男に首を押さえられて居るという状況でなければ、言うことなしだったのだが。
「ぱ・・・白龍(パイロン)!!特務の司令官のあんたまで・・・!」
「てめぇっ、瑠璃を・・・!」
「ふ、馬鹿どもめ・・・巫女は返してもらったぞ!さらばだっ!!」
チェルシー、留美奈、そして白龍の声が同時に響き。
爆発!!!
さっきのテイルと同じ水のゲートの力、だが桁違いの威力の、殆んど爆発といっていいレベルの濁流が全方位に炸裂した。
「うりゃは〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
咄嗟に師匠が布を取り出し、高速で振り回し気と旋風の楯と成す。
それで、何とか手近にいたものは守れた。
だが水が引いた後、そこには白龍も、倒れていたテイルも、瑠璃も居なかった。
「っ・・・ちっくしょーーーーーーっ!!」
咆える留美奈。
そこに、ようやく現れた男が笑う。
「くっはは、我が事、成れリ!」
「何!?」
ぐわ〜っ、と思い切り仰け反り、大口開けて高笑いする悪の博士。留美奈は思わず目をむいた。
「ふむ、確かにその通りだな。」
蠍師匠も同意するにいたって、ますます驚きが重なる。
「どっ、どういう意味だよ!まさかお前ら・・・!」
「だれがあんな雑魚とぐるか。そんなことするくらいなら直接奪いに来るわい。」
「奪いに来るつもりだったのか!?」
「もののたとえだ!大馬鹿つんつん頭!!よいか!」
ふと瑠璃が連れ去られた方角を見て、莞爾と博士は笑う。
「瑠璃には、我が発信機を持たせている。」
「えぇぇ!!」
いつの間に!?
「生体親和型、共時性探知だからまず連中にはばれはせん。現に今も、連中の基地の様子を刻々我輩に伝えておるわ。」
ち、ち、ち、と舌を鳴らし、博士はわざとらしく指を振る。
「よいか留美奈よ。仮にあそこで連中を撃退しても、次が、その次が、そのまた次が来るであろう。降りかかる火の粉は払ってばかりではとまりはせん、火元を消さねばどうにもならぬのじゃ。」
蠍師匠も、鞍馬鴉も、ゲッコローマも頷く。そして博士は、とびっきりのいたずらを仕掛けた子供のような笑いを目に浮かべた。
「我等はこれからこの情報を元にHUMA本部攻略作戦に入る。お前は・・・どうする?」
Sideバリスタスの最後に続く