秘密結社バリスタス第一部第六話「手術=オペ=オペレーション=作戦」

(注意・当話はサイト「極東怪人」における協力者、影磁殿のSS「わるだくみとはこういうことさ」と直接つながる形で書かれましたので影磁殿のSSもより完全な形での読者への提供ということであわせて掲載いたします)

わるだくみとはこういうことさ   
  
 影磁

  「ふぅむ・・・?」
  影磁は物陰からこっそりと覗いていた。
  基本的にバリスタス本部は各大幹部毎に大きくブロック分けされた造り
  になっている。それぞれのブロックは各員配下の規模毎に増改築を繰り
  返し、当初の姿ではなくなっているが…
  「一人じゃ・・・やっぱ広過ぎるよなぁ・・・」
  迷彩服の少年が、ブロックへ至るメインゲートの前で呟いていたのだ。
  少年の名はJUNNNKI。ゲリラ戦にて無類の強さを誇る、大幹部中
  最年少のイグアナコマンドー忍者、といったところか。
  彼本人が高い独立性を持つためか、JUNNKI直属怪人は未だ居ない。
  まるで家族のような繋がりを持つこの組織において、それは遠い親戚の
  中にたった一人取り残されたような寂寞感を少年に与えているのだ。
  「…………」
  主を飲み込むメインゲートを見届けると、影磁は黒衣を翻し、ラボへと
  足を急がせるのであった。
 
  数日後の定例予算会議。
  「……という訳で私影磁は、JUNNKI殿直属親衛隊怪人、『十二宮
  の乙女(ゾディアック・シスターズ)』計12体の予算を申請するもの
  である。」
  大幹部連が思案している横で、JUNNKIは違う原因で困惑していた。
  「あの・・・影磁さん?」
  「どうかねJUNNKI殿?これからは見目麗しき12人の妹たちが君の
  生活を潤して・・・」
  「何でおお、女の子なんですかぁッ!?」
  影磁は頭痛をこらえる様な仕草で額を押さえると、指を振りながら舌を
  鳴らした。
  「ちっ、ちっ、ちっ、ちっ、ちっ。…選り取りみどりの食べ放題だぞ!?」
  「だからぁッ!!」
  ………
  ……
  …結局、この案は予算の不足から「保留」となった。

唐突な影磁の爆弾提案に、議事が・・・凍り付かないのがバリスタスのバリスタス足る由縁だ。
・・・単に変人の集まりだからちょっとやそっとの珍事は既に日常の内、というわけだからではない、はず。
「まぼっ。確かJUNNKIさんには妹が一人居たまぼね。それではその妹から実存分霊体・フリッカーを作るマボ。あれなら人間の様々な心理的側面を元に生まれるのでクローンと違ってバリエーションたっぷり、「年上の妹」などという無茶苦茶な事態だってオッケーマボから、年齢問題も解消マボ!」
「で、どうやって一部の特殊なミュータントしかその能力を持たない生存のための囮分身・フリッカー作成を行うんじゃ?生命の危機と心理衝撃を与えようとして肉親に心臓を一突きにさせても、普通の人間だと単に死ぬだけだぞ。第一こんなモトネタがわかりにくいような提案をするな。」
「殺してどうするんですかっ!!」
まんぼうのとんちんかんな提案に、四方八方から突っ込みが集中する。
「・・・えー、この件に関しましては予算・人的資源・倫理などの面から問題がおおいですのでとりあえず保留と言うことにしまして・・・次の議題は、えぇと。」
普段まとめ役をやっているlucarさんが偵察作戦中なので、最近入隊した若い幹部候補が議事を取り仕切っている。・・・普通そう言うのは他の幹部がやる者なのだろうが、議事進行が出来るような人間はマッドサイエンティストの寄り合いであるバリスタス幹部には少ないのだ。わりと常識的なJUNNKIは、この提案に翻弄されてそれどころではないし。
「前回のバスジャックに事件に対抗した出動の件ですが、事後処理の報告がドクターゴキラーから。」
「えぇ。」
ひょいと軽い様子でドクターゴキラー、シャドー、ゴキオンシザースと珍しく三つの名前を持つ幹部が起立する。
「前回の作戦に置いては世界征服への布石ではなく、あくまで防衛活動。突発的な事故ではありましたが戦力の損耗は事実上皆無、それに加えて新たな情報が入った以上あながち悪い結果だったとは言えないでしょう。」
片手はほとんど常に扇子を持っているため、もう片方の利き腕でない方の手でコンピューター端末を操作するシャドーだが、どういう訳か両手を使っている人間と同じくらいに早い。
「HUMAにおけるアルフェリッツ・ミリィ宇宙刑事の出撃禁止処分・・・これはまあいつまで続くか分かりませんが。」
腕を組みながら聞く悪の博士の表情は渋い。純戦術・戦略的な利の他に、何か別のことを考えてこの事実を不快がっているようだ。
「我々が全く関知していなかった秘密結社、UNCRETの存在の確認。それと・・・あの、折原のえると名乗った少女。アレも我々にとって問題になるとお考えでしょうか?」
スクリーンに映し出される、バスに突入していく獣人とアメーバのような生物の姿。そして、どう見ても普通の男子高校生にしか見えないが、「首領」と呼ばれていた少年。のえるの映像はシャドーが彼女の影響力を疑問視していたため、撮られては居なかったらしい。
「なるな。絶対になる。」
シャドーの問いかけに、彼女と旧知の男・・・悪の博士は深く頷いた、
「折原のえる、十四歳。冒険家と考古学者の両親に生まれたハーフで、まだ小学生のころから世界各地を一人で巡っていたらしい。巡った国の分だけ技を持つとか言われているが、身体的には確かに強靱そのものだ。」
「しかしそれでも、マスタークラス練達格闘士という訳にはいかないでしょう?」
マスタークラス・・すなわち、完全に人間の身体能力の限界を超えた、改造人間も機動兵器すら破壊しうるレベルをさす言葉。博士は、微妙な食い違いを見つけたようにゆっくりと首を左右に旋回させる。
「ああ、確かに。強いが、人間のレベルに何とか収まっている。だがそんなことは問題ではない。奴の本質、それは魂の光輝。あの女は地上に降りた太陽。時に人を暖め命をはぐくみ、時に淀む闇を照らし出す。我が輩が・・・我が輩の首領となっても良い、そう思った三人の内の一人だ。」
ざわっ!!!
思わず周囲がざわめき、後一歩でパニックに陥りそうなほどの混乱が生まれた。あの傲岸不遜天上天下唯我独尊を実体化させたような博士が、自分をのえるの下に置いた。あののえるという女は、それほどの者なのか。
一方博士はそんなことに頓着することなく、やや上向いた視線でぼんやりとしていた。その「三人」を思い出すかのように。
「そのうち、一人は死んだ。我が輩にこの道を指し示した人。一人はのえる。そしてもう一人も・・・いずれ出会う。あの魂が埋もれたまま消えることはない、必ず来る。」
ひとしきり騒ぎが収まってから、シャドーは報告を続けた。
「ともかく、前者は戦術的に、後者は戦略的に、我々の今後の行動に影響を与えるものと思われます。とはいえ現段階ではまだ我々は組織拡充と防衛のための示威が目的であり、征服行動に出る段階ではありません。従って重要度はまだ低いですが、後々に役立つでしょう。何か、ご質問は?」
「ギャンドラーについては?」
「考慮するにも値しないですね。普通の犯罪組織の域は出ていませんよ。現段階ではそう直接敵対しているわけではありませんし・・・」
「例の、ダークサイドとかいうのは?」
「あれは、イカンゴフさんが引き取った後は悪の博士の管轄になったはず。」
てきぱきと質問に答えていくシャドー。その言葉には全くよどみが無く、一種の優雅さすら感じられる。
「ああ、それでは次は悪の博士。今の件と、活動事項についてお願いします。」
「うむ。」
ただ立ち上がるだけの仕草にマントを大仰に翻すと、今度は悪の博士が話し始めた。
「あのダークサイド、どうやら絶滅宣言がなされた後も隠れながら生き延びていたらしいのだが、慣れないことの上に元から鈍くさい奴だったらしく仕事上のミスも多かったことから、偽装の為に勤めた会社で手ひどい虐めに合っていたようだ。本来人間を喰う立場にいるダークサイドが、人間に虐待される。それはまぁ猫が鼠にいたぶられるような者だからな、耐え難い屈辱だったのだろうて。それで酒や麻薬に溺れるようになり、とうとうぷっつん切れてあの騒ぎ・・・という寸法よ。」
肩をすくめ、首を左右に振る博士。一々動作が芝居がかったように大きい。
「・・・ルシファー戦争からこっち、彼等下位次元族の勢力は弱りっぱなしだからな。」
ルシファー戦争。「黄金の混沌」最晩期に起こり、「黄金の混沌」を混沌たらしめた戦いである。下位次元において大魔王とまで言われたルシファーと当時下位次元最大主流派の魔族、ことにデーモン族を中心とした全世界規模の侵略である。
その規模は「黄金の混沌」前期における異次元人ヤプールの侵略にも匹敵する者であり、当時多数存在していたヒーロー並びに緒防衛組織はこれに全力で応戦。撃破に成功・・・したのだが、その犠牲は余りにも大きかった。人間の肉体を乗っ取る形で現れるデーモンを倒すと言うことはすなわちつい先頃まで民間人だった者の殺害と言うことにもなるが、それ以前に何時誰が敵になるか分からないと言う恐るべき状況を生む出した。
ヒーロー達が極力その姿を示し人々を安心させなければ、恐慌に陥った民衆は自滅的な行動をとっていたかも知れない。事実、デーモンと勘違いされた人間がリンチで殺される事件まで起こったと伝えられている。この戦いで何人ものヒーローが姿を消し(死亡した者、職を辞した者、中には全く原因不明の失踪をした者までいたようだが、詳細は不明)、今のような強力な集団防衛体制のさきがけとなったと伝えられる。
「それで、結局彼をどうするので?」
「ふん、難しいところだがな。とにかくへたれた根性は叩き直さずにはいられまい。ダークサイドの風俗習慣は尊重したい、だが「知性体間の平等」を考える我等としては、人間より肉体が強いから人間より上等な生き物だという単純な認識は改めて欲しいものだ。喰う者と喰われる者との関係はもっと真摯でなければならぬ。その辺をクリアすればまぁ生気を吸うと行っても死んじまう程までに吸う訳でも無し、我が組織に住まわせても良かろう。」
ソレを考えると、この博士の発言は大変に度量があると言える。もっとも自分の力に自信があるからの言動と言うよりは、単に大雑把で余り深く考えていないのかも知れないが。
「それと、先頃からの各国政府並びに各星系国家への外交交渉の結果だが。まず日本国政府に関してだが、探ってみて驚いたわい。「黄金の薔薇」やタロンなどの海外の財閥系組織との癒着が骨がらみになっていて、とてもではないが手のつけられる状況ではない。よって、我が輩は工作を自衛隊方面に絞ってみることにした。」
「自衛隊?」
首を傾げるJUNNKI。政治的には極めて脆弱な存在でしかなく、規律もしっかりしているため仕掛けは難しい上に利益がないと思えるからだ。
「理由は一つに何処の組織も手をつけようとも考えていない。おおかた中枢を握ってしまえばそこからの司令でいいように動かせるからだろうが・・・あとは我が部下、いや戦友たるアラネスたっての願いと、ちょっとしたこだわりからだ。」
「あぁ・・・」
やや、というか私情混じりのあやふやな理由に聞こえるのだが、集う幹部達は皆とがめることはなく、むしろ肯定の意を示している。元自衛官、本来は国を守る立場であるアラネスが、何故悪の秘密結社の怪人となったのか、皆知っているからだ。
憲法不備による異端者扱い、それをごまかしてのあやふやにして、名誉も無く、守るべき国民になじられ、政争の具とされての、非武装の支援任務。そんな中、アメリカへの屈従の表明のために強行された無謀な行動。非武装同然の状態でのゲリラ最激戦区への出動、結果、彼の所属していた部隊は全滅し、しかもその事実は国民に秘匿された。
ぼろぼろになって荒野に倒れ伏した、見えない鎖に縛られた、この世界で最も哀れで、そしてそれ故に最も気高い兵士。それを助けたのは正義ではなく国家でなく悪、八つの目と三本の角、黒いマントと杖を持った狂科学者。この様を憂いた博士と自衛官は、他の博士の怪人が博士と「親子」的関係なのに対し、「戦友」とでも言うべき独特の立場をもって彼に使えた。
来るべき日本征服の日、それは国民を傷つけずに行われなければならず、そしてこの国を正す形でなければならない。そう、盟約を交わして。
「各国・・・に関しては、手を回すのは未だ時期尚早。そもそも彼等は裏のことをほとんど知らないままに支配されている場合がほとんどだ。それに世界征服の第一段階はまず要石の地たるこの日本を征することから、いたずらに他国に手を広げるのは得策にあらず。ただし・・・」
要石の地。
この日本は何故か、そう呼ばれてきた。この国を手に入れた者が世界を征するという、純粋に地政学的・戦略的なものとは違う、バリスタスですら知り得ない、「千切られし過去」の因縁から発したという、一種の言い伝えのようなもの。それを思い出すような表情を僅かにとった後、博士は再び話を続けた。
「我々が日本を支配したときに、ソレを対外的に承認される下地を作っておかなければならない。それに置いてはHUMAの上層部・宇宙刑事機構に圧力をかけうる、他星系政府からのアプローチが有効と判断した。とはいえ地球との関係が深いバード星、樹雷などは皆現体制を支持する穏健派。そこで各星系において銀河連邦に加入していない星、加入していても非主流派の星を糾合する計画を進めている。この短期間に始めたにしては、良好な状況だ。地球の潜在的軍事力の高さは、どの星も知っているからな。」
ベーダー、ゴズマ、ゾーン、バラノイア、ボーゾック・・・銀河でも名うての勢力が、地球侵攻を狙い反撃されて壊滅した例は枚挙にいとまがない。地球人は技術・文明においては銀連に加盟できないほどのレベルしか(表向きには)ないのだが、その潜在的な力は銀河でも一目置かれているのだ。
「まぁ、現在工作中、時間が相当かかるだろうな。そして、我々の力をより示す必要がある。必要なのは「正義」に対する衝撃的な戦果だ。・・・力がなければ、常にそれを求めようとしなければ、世界から否定されている我等は滅ぶ」
結果として、余り芳しくないと言えるかも知れない。
と言うか、何故に交渉事に不向きのこの男が各国政府への働きかけを担当しているのだろうか。
「予算といえば、経理から各幹部に質問が来ているようです・・・どうぞ。」
幹部候補の手招きで現れたのは、黒い全身タイツに白マントと膝上まで来る長ブーツ、手に鍵をかたどった飾りのついた杖を持っていて、首から上がでかい金庫になっている、これ以上はないほどに怪しい男・・・仮面怪人の一人だ。
「経理の金庫仮面です。え~、各幹部閣下らが申請した予算についてなのですが・・・まずまんぼう様。食料を数トン単位で買い込んでは一人で全部食べるのはおよし下さいませんか、予算並びに食堂総支配のイカンゴフさんに多大な負担がかかっています。」
「まぼぅ・・・」
「くはっは、こやつの胃袋は縮退炉なみだからなぁ」
いきなりの指摘に、空気が抜けた風船のようにちぢかまるまんぼう。その仕草に思わず周囲の人間は笑いかけるが、それはあまかった。あくまで、「まずまんぼう様」なのだから。
「悪の博士閣下。計上した予算の七割方を占める「資料費」とは一体なんでしょうか、会計に詳しい報告がなされいないのです。これもはっきり言って予算圧迫の一因なのですが・・・」
「げよっ!」
仮面を被っているはずの博士の顔が、面白いくらいに焦りへと変化するのが分かる。心理外骨格はこういうとき不利だ。元から激情家なもので、何かあるとすぐ顔に出てしまう。
「兄者はそのお金で資料と号して本やDVDを買ってるマボ。更に今月のインターネット通信費が契約ミスと勘違いで使い放題のつもりでつなぎっぱなしにしたら時間制のままで、目の玉飛び出るような金請求されたマボ。」
「ま、まんぼう貴様っ!!」
さらっとばらしてしまうまんぼうに博士が八つの眼を剥くが、まんぼうは何処吹く風、いやむしろ楽しそうな風情である。
「博士の端末の回線閉鎖。並びに経費で購入した各種書籍類の売却による賠償。」
「そ、それは勘弁せ~~~い!」
人間の頭ならがっぷりくわえ込めそうな大口を開けて騒ぐ悪の博士。少なくとも、威厳は欠片もない。
「何やってるんですかあんたら兄弟は・・・?」
呆れ顔のJUNNKI。だがその顔はすぐ凍る。
「あとJUNNKI閣下も、随分前に改造人間のプロップを作ると行って申請した予算がありますが、未だ現物を拝見させていただいていませんが。」
「・・・それはしゃれにならないから堪忍してくれ・・・」
いたたまれないと同時に何だか阿呆らしい空気が、暗い照明のおかげで倍加されて満ちあふれる。
「え、えー・・・とぉ・・・あの、次の議題にうつりたいんですけど・・・」
と、いたたまれなさに絞り出されるような進行役の声が、まだ響いている内に。

バァン!
「急患!負傷者改造人間十数名、重体患者HUMAヒーロー・ヒロインが二名!!訳は後で説明するから、幹部・白戦闘員(科学者戦闘員)集合!手術・治療準備急いで!!」
「ずわっ!?」
唐突に扉が蹴破られ、改造人間の一段がどやどやと入り込んできた。それは先程少し話題に出た会場偵察行動に出た第一天魔王lucarと護衛部隊どころか偵察中の海域にいた水中戦闘可能な改造人間ほぼ全軍。その内の幾人かは負傷しており、lucarは見慣れないカブトガニ型改造人間の少女を、クリオネ女やイカンゴフ、それとカニンジャー部隊が合同で巨大なヒョウモンダコ型改造人間を背負い運んでいる。重傷者とはこの二人のようだ。
「む、分かった!!」
「そうまぼ、これは急いだほうがいいまぼ。」
「・・・ってまんぼうさん!何でここにいるんですかぁ!?」
いるかそのもののつぶらな瞳を更に丸く大きく見開くlucar。確かまんぼうは自分たちと一緒に戦っていて、それも殿軍を務めていたはずなのに、なんで当然のように本部会議室に座っているのかと言った形相だ。
「まぼまぼ、まぼの特技は、「どこにでもいる」ことまぼから。」
一瞬納得するlucar。だが。
「それだったら何で皆さんに戦いのこと話して受け入れ準備するなりなんなりしてくれなかったんですかッ!」
次の瞬間しっかりとそのことに気付き、僅かに混乱した口調で叫ぶ。
白くて丸いからだが、僅かに横に曲がる。当人は首を傾げているつもりなのだろうが、あいにく丸まるとした彼の体には首も肩もない。そんな意味のない仕草の後、まんぼうはへちゃっと胸鰭同士を合わせた。これは、普通の人間の手をたたく動作に当たる。
「あ。いけないいけない、忘れていたマボ。」
「・・・・・・・つっ!??!!??・っ!!」
頭を抱えるlucar。まったりのんびり、あげくに極めて忘れっぽい性格のまんぼうを相手に共同戦線を張ったり会話をするのは、ある意味で大変に疲れる。これを「見ていて飽きない」と笑い飛ばせるのは博士のような奇人で、悪の組織の幹部とは思えないまっとうな感覚の持ち主であるlucarには、かなりの重荷だ。
「と、ともかくこの人達をお願いします!」
lucarの悲鳴を待つまでもなく、一回目の呼びかけで既に幹部達は動き出している。機材をそろえる者、手術室の確認をする者、患者の容態を確認する者、会議室が途端にあわただしくなる。
そんな中、影磁の光るモノクルがめざとく所在なげに一人立ちつくす影を捉えた。さっきまで議事進行をしていたその影に声をかける影磁。
「君は、確か新入りの・・・」
呼びかけられたことに気付いた少年は慌てて、飛び上がるように影磁に向き直り敬礼する。そう、その影はまだほんの少年だった。六天魔王最年少のJUNNKIと同じくらいかそれよりも少し若いくらいの。
その割に格好は真っ白いタキシードにシルクハットとマントと気取っており、影磁と同じようなモノクルをはめた様子はさながら少年怪盗といった風情である。それと初々しい態度のギャップが影磁の微笑みを誘った。
「あっ、幹部候補白戦闘員、きっどです!」
そして、影磁は。笑い、こう言った。
「よし、少し手伝いなさい・・・そして人体改造技術の真価、その目で確かめなさい!」
実際にはきっどが案内されたのは影磁のオペではなく、JUNNKIの執刀であった。だがそれは年の近い相手のほうが色々と参考にしやすかろう、という配慮である。
だが、手術室に入ったきっどはいきなり驚愕する羽目になる。そこに広がっているのは普通「手術」と呼ぶ光景とはかなり異なる光景が広がっていたのだ。普通白系の塗装のなされている手術室は黒を基調とした暗く怪しい姿で、患者・・・lucarの救ったシーファイター・カブトレオンは革ベルトで診察台に固定されている、といった些細な(?)風景の差異は問題ではない。
ベッドから生えた何本ものマニピュレータ、そして執刀するJUNNKIの両腕は、手術と言うよりまるでチャンバラをしているような、なめらかかつ素早い動き、普通の手術の慎重なメス裁きとは正反対なそれ。激しく血飛沫が飛び散り、既に部屋は真っ赤だ。きっどの白いタキシードもあっと言う間に赤く染まる。
少女の両手両足を切開し、限界以上の出力を絞り出しずたずたに断烈し、質が悪いのか壊死すら始まっている人工筋肉を切り捨てては変わりにバリスタス製の人工筋肉を代わりにつなぎ、折れた骨格をつなぎ硬化させ、免疫系を騙してこの人造筋肉類に対する拒否反応を抑えるベクターウィルス腺をつなげ、(この方法ならば免疫力が落ちて病気にかかることはない)皮膚を縫い合わせる。
「全身がたがただ、酷い未熟な技術で、こんな小さい娘・・・ちぃっ!」
叫ぶやいなや腕を伸ばしたJUNNKIは、あっと言う間に尽きた予備部品の代わりに近くにおいてあった生体部品培養瓶から、研究用に制作した植物型改造人間・・・トリカブトをベースにしたタイプ・・・用の部品を掴み出そうとするが、少し手が届かない。
「こっ、これですねっ!」
「ああ、ありがとっ」
咄嗟にそれを掴んで渡すきっど。カブトレオンの体を睨み付けながらだが、早口でJUNNKIは礼を言った。
ソレで体の駄目になった部分を補い始めたJUNNKI、こうなるときっどにはまた手伝うことが無くなってしまう。しばらく沈黙のまま、メスが肉を裂く音と器具のがちゃつきだけが部屋の中で響く。
その間に部屋を見回すきっど。落ち着いてみてみると、色々なことが解ってくる。改造人間とは元々一つの者として完成された人体にあれこれと付け加える行為、従って改造して加えた部位を欠くと、生体恒常性のバランスが崩れて、例えば筋肉の収縮で骨が折れたり、強すぎる人造心臓の鼓動で未強化の血管が切れたり、一気に崩壊しかねない。そのためのスピードだということ。
その過程での暴走を押さえるための、拘束具紛いのベッド。このベッドはカプセルのような形状になっていて内側は血液で満ちその中にからだが浮かぶような有様だが、この血の大半は初めから入っていた人工血液だった。これは、無茶な手術に患者の肉体を耐えさせるため、切り開かれた体の各部に酸素や栄養を送り込み、さらにテロメラーゼで細胞の寿命を延ばしながら並列的に分裂させることにより、急速な細胞分裂で肉体を老化させることなく、治癒力を高める効果があるようだ。
何度か手術を行ってきたであろうJUNNKIの慣れたメス裁き、そして考えられた設備。きっどは、これは割と良くある、余裕があることなのかと思ったのだが。
「いけない、体のほうは何とかなりそうだけど・・・」
苦々しい、と言わんばかりのJUNNKIの顔。全部聞いたわけではないので状況はよく分からないが、そうとう手ひどい目に遭わされたとlucarは言っていた。
「精神的障害が酷い。多重人格の兆候が出始めている、やむを得ないけど・・・」
これは変身後の身体構造にも影響が出るだろうな、と不機嫌そうに口の中で呟くJUNNKIの横からおそるおそるのぞき込むようにしたきっどは、それでもしっかりとした声で提案した。
「どうにかならないんですか?脳を操作するとか。」
言ってから、きっどははっとした。自分とほぼ同年齢の少年の顔に、信じられないほど張りつめた気がみなぎっている。
「身体は、入れ物。本人の望むままいくらいじってもかまわないけど、心は・・・意志は、不可侵であるべきだと、思ってる。だからうちでは脳改造は反射・知覚神経系の協会外は極力控えるようにしているんだ」
大事なことを告げる、声変わりしたてのまだ僅かに高い声を無理に低めた言葉。つまり、そちら方面への技術の蓄積はないということだが、それ以上に大切なのは、前半部。
「俺達の科学は万能じゃねえ。カーネルさんみたいに死んで蘇ることが出来たのは、ほとんどあり得ないほどの奇跡。その限界の中で精一杯足掻いた博士や影磁さんが、起こした奇跡なんだ。・・・人体改造は人を生まれ変わらせる奇跡。奇跡を起こす気で、運命の神様と戦うつもりで手術をしなければいけねぇんだ。・・・憶えとけよ、」
血を張り付かせた顔で、ほんの僅か笑うJUNNKI。きっども状況が許すほんの少し、苦く若く、そしてほんの少し逞しい笑いを口のほんの端に。

何とか手術が終了し患者の容態が一応の安定を見せた後、幹部達、いや全怪人・戦闘員を集めてlucarの偵察で見た事と戦ったことの全てが報告された。
「・・・そんなことが・・・。」
普段何事に置いても冷静に対処する影磁の顔にすら、紛れもない驚きの相が浮かぶ。戦闘員・怪人達もざわつき、そしてlucar達が示したのと同じく、やがて動揺は憤怒に変わる。当たり前だ。自分たちが様々なよんどころない事情からこんな闇に隠れて苦労しているというのに、対照的に光の中で尊敬と名誉を謳歌するヒーロー達がその有様では、怒るなというほうがどうかしている。
「そ、そういうことなら・・・」
と、こちらはもっと珍しい状況だ。なんとあの悪の博士が焦っている。
「どどっ、どうしたんですか?!」
氷水を入れたコップのように汗が浮かんでいる博士の仮面を少々気色悪げに見ながら、JUNNKIが問う。
「うむ、少し前から地上で「ゲート能力者」特有の次元開穴現象が関知されてな。それがまたHUMAの極東基地の推測位置から出てきた後近郊の都市に移動して、そこで消息を絶ったので独断で諜報班を動かして調べていたのだが・・・」
何で独断なのだ、とつっこんでいる暇はない。それに、つっこみを入れてどうにかなるタマでもない。
「それが?」
「この状況から推察するに、lucar殿が助け出したようになんらかの事情でそのゲートキーパー達がHUMAを離脱した公算が高い。だとするならば・・・」
「追っ手っ!!」
そんな物と遭遇したら、軽装備の偵察班ではいかにも分が悪い。第一偵察班などと仰々しく言ってはいるが、OOB直属の合成怪人やまだ見習いで改造も途中のきっどが参戦していないならば、その戦力はゲッコローマと鞍馬鴉天狗の僅か二体の怪人と少数の戦闘員に過ぎない。
「ますい、まずすぎる!増援を組織してすぐ追う!・・・!?」
そう博士が口に出すのを待ちかまえていたかのように、今度は激しいサイレンが鳴り響いた。
「何だ、どうした!」
「博士、カーネルですがまずいことになりました。近隣をHUMAの部隊が捜索しています。・・・どうやらlucar殿の撤収経路から、大まかな我々の基地の当たりをつけたようですね。このままでは見つかるのは時間の問題・・・先手で奇襲を懸け包囲殲滅するのが得策と提案します。」
「うがが・・・」
更に悪化する状況に、頭を抱える悪の博士。物量に劣るバリスタスは、アジトを発見されたらおしまいである。なにしろ同盟組織であるOOBや、異世界の友邦HVを除けば、基地はこの本部一つしかないのだ。
「・・・っえぇい!やむをえん、諜報班増援には我が輩と蠍師匠が行く!シャドー殿、影磁殿、JUNNKI殿、貴殿らは基地の戦力を率い接近中の部隊に当たって欲しい。」
「心得ました。一兵たりとて生かして返しません。」
包囲には多数の人数が居る、そして敵中に侵入した部隊を救出するには気取られぬよう少数精鋭が良い、その両方を合わせた対応策。
「よし、行動開始!」


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