秘密結社バリスタス第一部第四話「バスジャック・ラプソティ」
組織バリスタスの朝・・・と言っても、夜でも誰かしら起きている奴がいるのでそう明確に区切りがあるわけではないのが実情だ。
だが、一部の見張り・警備を除けば個人的事情でも無い限りたいていの奴は朝に起きる。のだが・・・
「う〜〜〜っ・・・」
のそのそ、と言った様子で博士が研究室から這い出してきた。どうも徹夜で研究をしていたらしい。朝一番から機嫌の悪そうな顔だ。
「む・・・・」
ぎろぎろと、寝不足の血走った目で辺りを見回す。と、その目がその辺にねっころがっているまんぼうを見つけた。
ぐぬぐにぐに・・・
手で押し広げるようにする。弾力を確認しているようでもある。と、弟の腹に頭を乗っけて、寝入ってしまった。
「あの、兄者?そろそろ起きたいんまぼけど・・・・?」
もがくまんぼう。しかし手足が短いのでどうにもならない。
・・・このようにイキナリ朝に逆行している奴を除けば、たいていの奴は起床する。
ぎしっ、ぎしっ・・・
トレーニングマシンのスプリングがきしむ音。
誰だろう、運動器具がおいてあるトレーニングルームの前を通りすがり、JUNNKIは思った。
こんな朝っぱらから律儀にトレーニングルームにいるのは、体鍛えるのがほとんど趣味になっているようなアラネスさんかカーネルさんだろう。蠍師匠も武道家だが一子相伝の拳法使いはトレーニングマシンとは縁がないらしく、自前の道場にいることが多い。
挨拶でもしておこうか、そう思って扉を開けたJUNNKIは、もう少し注意するべきであった。
彼が扉を開けるちょっと前に、器具の音が止まっていたことに。
「あい・・・?」
「ああ、JUNNKI閣下・・・」
JUNNKIの出現に気付いた部屋の主・・・カーネルは咄嗟に敬礼しようとして手に抱えた物を落としかけ、慌てて支え直していた。
「今、一息入れていたところです。・・・JUNNKI閣下もトレーニングですか?」
そうカーネルに言われても、最初に発した奇声のほか、喉にコンクリを飲んだかのようにJUNNKIは一言も発しない。それは、カーネルの持っている・・・いや、抱きかかえているものが原因だった。
それは、実に可愛らしい赤ん坊だった。髪の毛と瞳の色こそ黒いが、目鼻立ちの美しさは紛れもなくカーネル譲りの、女の子かと思うようだが立派な男の子だ。自分を優しく抱くカーネルの顔をくりくりした瞳で見上げるようにしながら、無心に乳を吸っている。
軍衣の聖母子像。柄にもなくそんな言葉が頭をよぎる。それほどまでに赤子を抱くカーネルの表情は慈しみに満ちた物であった。その一心に注ぐ瞳、強く優しく包むような掌、どれをとっても。人生の大半を血煙と硝煙の最中を駆け抜けて過ごし、組織の一員として幾人もの命を奪った幹部とは思えないほどに。
いや、それ故に。自分の抱く大切な、己よりも大切な物が、かつて自分が何度も壊し滅ぼした物であること、かき抱くその手が、何度も真っ赤に染まったことを知るが故に。どのような母にも負けぬ、悲しいまでの真摯な優しさがある。
が、それもよぎっただけで。そんなことよりJUNNKIは別のことで身動き取れずにいたのだった。それでも何とか言葉を絞り出す。
「あっ、あのその。カーネルサン、胸・・・」
「え・・・あっ!?」
子に乳を与える、その陶酔するような母の喜びに浸っていたカーネルは少年とはいえ男の前に肌を晒していることをすっかり失念していた。慌てて反対側に体を返し、軍服の黒い背をJUNNKIに向ける。
「すすっ、すまん、ちょっと見ないで居てくれるか?」
「いやこっちこそごめんなさい!ごめんなさい本当に!」
ぺたんとカエルのようにひれ伏し詫びるJUNNKI。
そう言えば、結婚、していたんだよな・・・。
血脈がドキドキと暴れる脳で、JUNNKIはようやっとそのことを思い出した。彼女、マシーネンカーネルの異世界における(JUNNKI本人も僅かながら加わった)戦い、その中での彼女と同盟組織HV団戦闘員・生栗磁力との恋物語は、今も語りぐさになっている一幕ではあるが、その最終決戦期に彼女が結婚し、子をなしていたことは当時の記録の欠損と戦いのどたばたで余り知られては居ない。
「もう、いいぞ。」
「JUNNKIさん、これからは気をつけて下さい。」
「はぅ・・・はいっ。」
ようやっと頭をあげるJUNNKI。だが、声が前からだけではなく後ろからも聞こえてきたと言うことは・・・
「あは、生栗さん。その何といったらとにかくごめんなさいと・・・」
うっかり肌を見てしまった女の夫の登場に、もうどうすればいいか分からないJUNNKI。Vヒューマノイドのソドムやゴモラといったむこうの仲間を連れて、こっちに来ている異世界の秘密結社の戦闘員、生栗磁力。
「いやまぁ、そんなにはいつくばらないで、立って下さいって。」
ひょいとJUNNKIの手を取り、引っ張るようにして生栗はJUNNKIを立たせた。
「はー、びっくりした。」
思わずほっと息を付くJUNNKI。その仕草にカーネルと生栗は思わず微笑み、赤子も面白そうにそれを見ている。
と、なごみかけた雰囲気を唐突に赤いライトの点滅とけたたましいサイレンがかき消した。
「緊急事態発生、緊急事態発生。作戦行動049。当直総員武装して作戦司令室集合。」
「へぇ!?」
一転して臨戦態勢の組織のアジトになった部屋を見回し、JUNNKIが妙な声を出す。
「こ、今回はこのままほのぼの日常ムードで行くんじゃなかったの?」
「定石破りもまた定石てやつか・・・。」
がりがりと磁力が頭髪をひっかく。カーネルは、僅かに表情を曇らせると呟いた。
「作戦行動049・・・窮地にある味方救援行動か・・・。行きたい、のだが・・・」
立ち上がろうとするカーネルだが、その動きはいささか鈍い。立ち上がり少し腕を突きの形に動かしたところで、がりがりと歯車が擦れるような異音がした。筋肉痛のような鈍痛を感じてカーネルは顔をしかめ、
「大丈夫か?カーネル、そう無理はするな。」
その頭を優しく生栗が抱き留め、元のように椅子に座らせた。
暫く抱き留められた後で放されたカーネルの顔は、やはりまだ微妙に不満そうだ。
「私は今まで随分助けられてきた。それなのに、こんな時に調整中とはな。」
マシーネン=カーネル怪人形態の機蝗兵は、十数年前に「新たなる衝撃を与える者」が悪の博士の設計を元に制作した体を量産型怪人・蝗軍兵を元に再現し、それに更に博士がコピーキングストーンや機械強化式改造をアウトオブベース製部品で行ったもの。
きわめて精緻かつ複雑、そして同時に基本システム事態は恐ろしく旧式、それが長年酷使され続けたのだからずいぶんとがたが来始めている。ことにホメオスタシスすなわち恒常性、生体である改造人間に当然備わっている、人間が体の傷を自分で治すような自己快復能力に問題があるらしく、一度全力出撃すると再調整が必要となってきているのだ。
「・・・大丈夫。それならなおさら、みんなの行為を台無しにするような無茶は控えるんだ。な?お前に何かあったら、みんな悲しむ。俺も、優も。」
優、というのは、二人の子の名前。生栗の声と、きょとんと自分を見上げる優の瞳に諭されたか、ゆっくりとカーネルは優の髪を撫でた。
「ダイジョーブっ、そもそも戦いってのは何かを守るためのものなんだから!僕達は貴方達を守る、生栗さんはカーネルさんをカーネルさんは優君を。それにカーネルさん、少し休めば大丈夫なんでしょっ、そうせっかちにならないならない、先は長いんだから。」
にかっ、と笑いながらJUNNKIも元気にカーネルを励ます。屈託もない、仲間、いや家族とも言える声と顔で。
「ああ・・・そうだ、そうだな。・・・ありがとう・・・」
今まで殺すことと、死ぬことしか考えていなかった自分が。こうして新しい命を生み、皆に守られ生かされている。未来が、ある。我知らず涙するカーネルにさっと手を振り、傍らに立つ生栗に目配せをするとJUNNKIはすぐさま出動していった。
彼のなすべき事のために。
「状況を説明します。」
扇子で顔を覆うようないつもの仕草で、シャドーが集まった怪人達に説明する。
「たった今入った情報によると近郊の都市でバスジャック事件が発生したとのことです。これだけならまだ問題はないのですが・・・。」
「何か?」
顔に「まずいことがあります」としっかり書いてあるような気を持たせる仕草をするシャドー。ぱちっ、と音立てて扇子を畳むと、その扇子でディスプレイに浮かぶ映像を指し示した。
「これは鞍馬鴉天狗殿の配下・鴉忍軍が撮影した映像ですが・・・おわかりになりますね?」
その映像が暫く注視され、そしてどよめきが司令室に溢れた。
バスの運転手のすぐ側に控えている犯人とおぼしき者は、明らかに人ではない格好をしている。直立した黒い毛虫、とでも言うべきか。イソギンチャクというか幻想小説の屍喰大芋虫のような、イソギンチャクじみた口。腕と足はそれぞれ一本の毛虫のような感じでが生えている。
だがそれより問題になったのは、その人質となっている客の一人だ。やや血色の悪い少女を抱きかかえるようにした一人の看護婦・・・ソレは紛れもなく悪の博士怪人軍団所属怪人・イカンゴフの人間態だ。
「看護婦のバイトに出ていたのですが、どうも患者の付き添い中に巻き込まれたようですね。彼女の戦闘能力はそれほど高くなく、人質を取られた状態であのダークサイドに挑むのは多少骨かと。」
「ダークサイド?」
聞き慣れない言葉にJUNNKIが首を傾げる。それにすぐさまシャドーは応えた。
「あか、JUNNKIサンは御存知有りませんでしたな。ダークサイドとは数年前地彼等の世界が崩壊に瀕したので球移住を目論んだ下位次元種族です。この世界にとけ込んで静かに生きようとしていましたが、人間の生体エネルギーを餌としていたので「超光戦士」というヒーローに全滅させられたと思っていたのですが・・・生き残りのようですな。」
ため息を付くと、シャドーは居並ぶ怪人達を見回した。
「では、他に質問はありませんね。HUMAに任せていては怪人であるイカンゴフさんにも害が及ぶ危険があります。従って、この事件は我々が解決する。では、いきますよ。」
引きつった顔のイカンゴフ。
彼らの居場所は、バスの中・・・ジャックされた。そして、戦場の中にある。
バリスタスが出撃したとき、そのバスの周囲では戦いが起こっていた。片方は、ダークサイド出現の報を聞き駆けつけてきたHUMA部隊。それは、分かる。
だが、もう片方は・・・
「も〜〜〜〜っ!何でギャンドラーの連中が居るのよっ!」
HUMA側の部隊を率いるアルフェリッツ姉妹の妹・リュートがぼやく。
ギャンドラーと言えば、マドー・マクーなどの次元犯罪者集団や宇宙海賊バルバンなどの壊滅後、それらの勢力を吸収し急速に勢力を伸ばしてきた一大宇宙犯罪組織である。
元々の出自は惑星クロノス周辺で暗躍していた機械生命体集団で、あのロム=ストールの仇敵でもあった。しかし現在では各組織の残党を束ね全銀河規模で犯罪を牛耳り、それロム達クロノス族も宇宙刑事機構と合同で戦っている、といった寸法である。
そんなど真ん中に、バリスタスはひょいと出てきてしまったのだ。
「おんどりゃあ、なにしてけるかるねん!」
「ゲルトリング?」
唐突に欠けられた大阪弁の声に、シャドーは相手が前回の戦いのデータで見た関西弁で話すネロス帝國の凱聖ゲルトリングかと思った。
が相手はソレを否定した、むしろ怒っている。
「誰がゲルトリングや、ワイの名はデビルサターンNo1、ギャンドラーの妖兵コマンダーや!」
「・・・に、似てる・・・」
なんというか、関西弁以外にも雰囲気とかいろいろなものが、実にそっくりだ。見てくれは銀色を基調とした亜人型ロボットで似ているとは言えないのだが、口調はまるっきりそっくりだ。
「戯言こいとる暇があったらとっととうせんかい!」
「そう言うわけにもいきませんな。我々もあのバスには用がありまして。」
「あんだとこら!」
さらっと、彼等の存在を無視するように通り過ぎようとするシャドーに、デビルサターンは激昂してつっかかった。
「どこいくんじゃぼけぇ!」
ぶぅんっ・・・と空気をふるわせ、彼のマニピュレーターがんだヌンチャクが振り下ろされ・・・バラバラに切り刻まれた。
「なんじゃとぅ!?」
アイカメラのピントをしきりに前後させるデビルサターン。
シャドーは、しっし、といった風に扇子を振る。
「我々はあのバスの中で事件に巻き込まれた同士を救出せねばならない故、急いでいます。ではごめん。」
と、さっさと行こうとしたのだがその前にはもう一人立ちはだかっている。
「貴様らがバリスタスか。新興の組織だそうだが、技術力は大したものの用だな。」
そう挑むように言ったのは、2mを越える体格をした大女だ。鎧のような体の金属生命体だが、顔つきは人間の女性とそう変わらない。大きさと蒼い肌の色を除くならば、だが。
「いかにも、バリスタス第二天魔王、ドクターゴキラー。お見知り置きを。貴方はギャンドラーの・・・」
「ディオンドラだ。」
妙に丁寧なゴキラーの言動に面食らったように、普段とは違い丁寧に礼を返してしまうディオンドラ。
「えぇえぇ、存じております。それで今日はどの様なご用件で?金にならない事では動かない意地汚い犯罪組織の連中が、何を考えて我々の邪魔になるような所をうろうろしているのですか?」
「うくっ!?」
唐突にそれまでの丁寧で穏和な口調から、慇懃無礼にして冷徹な怪人へと姿を変えるゴキラー。扇子の縁ギリギリから覗く両目が、剣呑な刃物を思わせる輝きを示した。
一瞬気を飲まれるディオンドラ。だが何とか取り直し、心持ち身を反らせるようにしながら含み笑う。
「ふっふふ・・・お前達も大変なことだな。あの中に仲間がいるとは不幸なことだ・・・死ぬねぇ、そいつ。」
「何ですと?」
「あのバスジャック犯にはあたし達が持ち込んだ新型麻薬の実験台になってもらったのさ。今回の任務はそれの確認。だからこれで用は済んだと言えるんだけどねぇ・・・」
底まで言ったディオンドラの背後から、話に割って入ってくる奴が居る。
「ディオンドラ姉御!」
「姉御と呼ぶんじゃないっていつもいっているだろうがっ!」
ガッツン!
金属が激しくぶつかり合う音とともに後頭部をはっ倒されるデビルサターンNo1。しかし、ディオンドラの口調といい態度といい、姉御という言葉は非常に似合っていると思うのだが。
「おごご・・・ディオンドラ様、メンツに関わりますよってんこのまま引き下がるわけには参りませんで!ここはわいにお任せ下さい!」
「ほう、どうするのですか?」
危機感無し好奇十割といった風で首を傾げるゴキラー。先程の手合わせで実力の程が割れた以上、この態度も当然の者である。
だがデビルサターンNo1には意外にも秘策があった。
「ふっふ・・・なめるんやないで!わいは残りのデビルサターン2号から6号までを会わせることによって、合体巨大ロボに変化することが可能なんじゃい!」
「ほうっ?!」
胸を張るデビルサターンの言葉に、流石にゴキラーも驚きの様子を見せた。
「いくでぇぇぇっ!合体・・・!?」
「そのデビルサターン2号たちって、これ?」
「へ?」
後ろからかかったのが仲間達の声ではなく少女の突っ込みであることに、振り返るデビルサターン1。
そこにあるのは、死屍累々と言った有様で転がっている五人のデビルサターンと、それらを叩きのめしたとおぼしきHUMAの部隊。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
間の悪い沈黙。
「、ええぇ〜い、退けっ、退けぇーい!」
「が、ガデッサー!」
そしてギャンドラーの面々は脱兎のごとく撤退を始めた。そもそも彼等との戦闘が目的というわけではなかったので追撃はなされなかったが、仮に追撃したとしても補足は難しいほどの逃げっぷりである。
「全く、余計な手間を喰った・・・大体、博士は一体どこで何やってるんだ?」
先程電話で連絡を取って立てた本来の作戦では、既に博士率いる部隊がバスの周囲を包囲しているはずだったのだが、包囲どころか未だ影も形も見えない。
じれたJUNNKIがもう一度通信機を作動させる。
「博士、博士・・・」
「おお、JUNNKI閣下か。」
と、答えたのは博士の銅鑼声ではない。
「蜘蛛さん?一体どうしたんですか?」
「すまん閣下。ちょっとしたアクシデントだ。」
通信機の向こうのアラネスの声は、ちょっと戸惑っているように見える。
「何?今どこなの?」
「赤羽駅。外出中に情報を受け取ったのだが、目標地点までの移動中人間に偽装した格好で、寝不足もたたったのか長時間通勤ラッシュにもまれて気分が悪くなったらしく博士閣下が途中で倒れてな。騒ぎになったんで止むを得ず駅およびその近郊を一時的に占拠する羽目になった」
「何やっとるんじゃあああああ!!!」
思わず怒鳴ってしまうJUNNKI。
「む・・・そうか、まずかったか。かといってこれ以上騒ぎを大きくしてはいかんと思ったのだが・・・」
「いや、そっちはかまわん。阿呆なのは博士のことだ。」
何が悲しゅうて一人で一軍に匹敵する力を持つ大幹部怪人が駅のラッシュに揉まれただけで倒れなあかんのだ。
「そう言わないでもらいたい。閣下は連続出撃の上昨夜は徹夜で各国・各勢力・各星系政府との交渉をされて、疲れている。・・・とはいえ、俺もすぐそちらに行きたいのに行けないのは悔しい。博士が回復し次第すぐさま直行するつもりだ。」
「ぁ、そうしてくれ。なんてったって蜘蛛サンの恋人だし。」
「い、きしゃあっ!馬鹿者!」
ぶつりと通信が切れる。どうも恥ずかしがったようだ。相変わらず恐ろしげな外見の割に純情な男である。
そして、じりじりした時間が流れ。
キィィィ・・・ン・・・
「うおっと!?」
唐突に、上から車が降って来た。いや、きちんと制動をかけ軟着陸した。折り畳んでいたタイヤから空気を高圧噴射して浮力を作っていたようだ。
外見は、かなり古めかしい。銀色のアメリカ産大型車。だが改造が加えられているのは疑う余地は無い。
「・・・ついたか、よし。あ〜、それにしても人いきれと汗と整髪料の混合臭気は嘔吐ものだな・・・」
扉を開け、出てきたのは悪の博士とアラネス。博士は駅で倒れたこともあり、若干憔悴の色が濃い。
「何です?この車。」
「ポインター。黄金の混沌前期において組織された地球防衛軍最精鋭部隊・超警備隊の装備していた万能装甲車。同列組織で、調査を主としていた科学特捜隊の幼年科学技術学校に通っていたころのつてでてにいれてな。あれこれ手を加えて今でも使っているのだよ。」
またわけの分からない過去を吹聴する悪の博士。科学特捜隊の学校に通っていたというが、それが真実となるともともとは正義側の人間だったのだろうか?
「あ、あなたたちっ!」
と、HUMAの部隊から声がかかった。当の博士と大乱闘を演じたアルフェリッツ=ミリィと似ているが、緊迫しながらもやや若い・・・妹リュートの声だ。ばさり、と大仰にマントを翻しながら、博士は声のほうへと振り返る。目玉が八つもついている割に全部が前を向いているので案外視界が狭いらしい。
咄嗟に身構えるリュート。笑って博士は制した。
「くはは、今は戦うつもりはない。こちらにも問題があってな。」
「問題?」
「うちの若いもんがあの中につかまってる・・・どうしよう?」
どてがたぐしゃ!
「?・・・なんじゃ?」
つっころんだHUMAの連中を、怪訝そうな目が八つ見下ろす。
「何じゃじゃなぁ〜〜〜い!!悪の組織がバスジャックされてどうするのよっ!!」
姉に比べれば短めな耳をぴんと逆立てて、リュートが憤る・・・というか、激しく呆れるというか。
「我輩も驚いたわい!」
キレ返す博士。まあそんなことをしていても状況は変化しないので、互いにすぐ収まる。
「それは奇遇だな。」
と、意外にも口にしたのは前回蠍師匠と戦ったロム=ストールだ。
「ほう?」
「妹のレイナがあのバスに乗っているはずなんだ。まずいことになった。」
「レイナ・・・ああ、あの。」
前回ロム達と戦った師匠、蛇姫、フェンリルが思い出した。
「あぁレイナお嬢様、大丈夫でしょうか・・・?」
「レイナもクロノスの戦士、そうそうやられはしないだろ。」
従者のような口調のロボットと、ブルー=ジェットが話し合う。他のHUMA隊員も周りに詰めかけている。が・・・
「?・・・リュートよ、姉のミリィはどうした?」
HUMA側でも最高レベルの力を持つ者の一人である、アルフェリッツ=ミリィが見あたらない。目立つ容姿の持ち主なので、まさか見過ごしていると言うこともあるまい。
「あぁ、それなんですが・・・」
その問いにリュートは答えにくそうにして、ぽりぽりと頭を掻いたり長い耳を神経質に上下させたりして、視線を逸らす。
「まぁ、今回の任務は余り姉に向いた仕事ではないですしほら、任務にあった部隊編成というか・・・」
「早い話が歩く大破壊なミリィが人質救出任務に就いたら、確実に人質諸共大爆発、ってなオチになろうってことさ。」
「マークハンター!」
唐突に話に割り込んで、あまつさえリュートが言いたくなかったことをぽんと話してしまったのは、JUNNKIと戦った傭兵、マークハンターだ。
何処かふてぶてしく、電柱に寄りかかったままで話を続ける。
「まぁ、実際にはいくらあの女が大雑把な性格でも、こういうミッションならそれなりに知恵を使うだろうさ。プロだからな。だがこれまで戦いを見た上層部はそう考えなかった・・・いや、有り体に言やびびったんだろうな、あの女の力によ。それで危険だ怖いってぇんで腫れ物外れ者扱いで出撃禁止、まぁ良くあることだわな。」
吐き捨てるような口調。正義側に雇われていようがそれを信じていないような、擦れた、とは少し違う、冷静なのとも醒めているのも違う、しっかりと見据えている口調だ。
「そ、そんなの酷いですよ。そりゃ確かにミリィさん無茶苦茶しますけど・・・。仲間を信じられなくなったらおしまいです。」
と、対照的に弱い語調なのが宇宙巡査のロア。しかし思ったことを言ってはいる。この状況でミリィの弁護というのはあまり簡単なものではないだろうに。
そんな様子を見て、博士は笑う。様々な要素の絡む、複雑な笑みを。
とはいえ、ここに至っては互いに戦ったり仲間割れしている状況ではない。双方ともに状況の解決のため知恵を絞ったのだが・・・何しろバリスタスは悪の秘密結社、本来人質救出作戦なんて明らかに畑違い、演習すら行ったことがない。
「アンボ13を呼んで、犯人を狙撃してもらいましょう。あいつの腕と銃の威力なら、万が一にも仕損じることはないでしょう。」
それでも早速JUNNKIが提案したこの作戦で、本来なら決まりだったろう。バスに立てこもったダークサイドを狙撃、しかる後突入。良くある手で、堅実だ。
「いや、それが・・・」
しかし、どういうわけか博士陣営の怪人たちの顔は暗い。
「・・・何か?」
「いや、実はな。あいつは今アメリカに仕事に出ている。」
「仕事ぉ?」
すっ頓狂な声を出すJUNNKI。
「奴はもともとフリーの殺し屋でな、今もその基本方針は変わらない。奴が稼ぐ金の一部は我々に仕送りされているのだが、それが我等の資金源の一端のも事実だし。」
ソレを聞いたリュートが、何かを思いついたように会議中の面々に顔を割り込ませる。
「そーいえばあんたたちって、一体どうやって資金繰りしてるの?他の組織みたく企業経営しているみたいでも無いし・・・?」
「うむ。」
大仰に頷くと、語る悪の博士。博士たる者、説明を求められたらしっかり解説すべし。これは博士たる者緊急事態の準備を怠らず、いざことが起きたらこんな事もあろうかと、ときっちり決めるべしに並ぶ世界マッドサイエンティスト会合の規則である。
「主に第一次産業だな。本部基地地下には椎茸からマツタケ、シメジからアガリクスまで何でも生育するキノコ畑がある。それと水中用改造人間や潜水艇を使い、海で漁をしたり昆布やわかめや海苔など海草畑を作る。」
「はぁ!?」
唖然とするリュートをおいてけぼりにするように、懇切丁寧な説明は続く。
「それと今言ったような各員の内職。アンボ13の狙撃手業、今問題のイカンゴフも元々取っていた看護婦の免許があるから普段は病院で働いているし、他にも・・・って、余りばらすと手入れを食らうから、これ以上は秘密だ。」
「あとは有償ボランティアのようなことかな。日本の領海を侵犯して魚取っているロシアや韓国の漁船を拿捕したり、闇金融業者や麻薬売人ぶちのめしたり。それで奪ったもののうち元の持ち主があるものは半分は返し、半分は手間賃としていただくことにしている。」
ぐぐっ、と胸を張る博士。だが対照的に蛇姫は肩をすくめる。
「江戸時代の泥棒が盗んだ金を半分返すのと引き換えに司法取引のように免罪してもらった「半返し」みたいなもんさね。あとは他組織との抗争での略奪金だけど、実質は幹部達が私有財産持ち出しでひぃひぃ言ってるのが現状さね。」
「蛇姫サン、それは言わない約束ですよ。」
ゴキラーが対して緊迫していない風情で伝えるが、もうばれている。
「はぁ・・・」
なんと答えたらいいか分からないリュート。とりあえず無視し、会議は再び続く。
「博士の「恐怖の夜」を使えば?あれは憎悪対象を発狂死せしめるものなわけだから・・・」
「いや、いかん。髑髏作戦と「す」号作戦と連戦したため力を消費しすぎた。」
確かに先ほど駅の構内でぶっ倒れたように、体力を消耗してはいるようだ。仮面の奥にある八つの瞳も普段より落ち窪み、寝不足のように不穏なぎらつきを見せている。
「頭痛が酷い・・・。今「恐怖の夜」を使用した場合、攻撃対象が制御できなくなる恐れがある。」
「つまり?」
「ここにいるヤツラ、敵も味方も無辜の民草も皆死ぬ。」
その博士にしては小声の部類に入る呟きはやっぱり聞こえたのか、周囲のHUMA部隊が一斉に後退した。
と、このように外の連中はさっぱり何にも出来ず時間だけが流れ事件は長期化するように思われた、のだが・・・
「どけどけ〜〜〜〜っ!!」
「何だぁ!?」
唐突に、周囲を固めていたHUMA特甲隊やバリスタス戦闘員・量産型怪人部隊をかき分けるように突如第四の勢力が割って入ってきた。
かなりの速度だったので一瞬の出来事だったが、JUNNKIは見た。
たった二人。ソレもその姿は明らかに戦闘をする者とは見えないセーラー服を着て髪の毛をツインテールに結った中学生ほどの女の子と、こっちは一応組織関係者に見える鎧姿・・・と言っても何だかえらく趣味的で一昔前のファンタジー小説のように見栄え重視な、早い話が鎧として用をなさないほど露出度の高い格好の、赤毛の女。ただし、その赤い髪の毛の中からぴょこんぴょこんと獣の耳が二つ顔を出している。
フェンリルの狼の耳とは微妙に異なり、それは虎や豹、大山猫のような猫科の生き物に近い、いわゆるネコミミ。
「エックス、行くぞ!」
「は〜い!」
そのネコミミの女が相棒とおぼしき少女に声をかける。ネコミミがついていると言っても全体的な雰囲気は猫よりは豹寄りで、その声や目つきは厳しい。
対して少女の声や表情は呑気そのものだが、次の瞬間JUNNKIは目を疑う羽目になった。
ずるぅり!
バスのドアに近づいた少女はいきなりまるでアメーバのように液状化、僅かな隙間からバスの中へと侵入してしまった。
「やった〜!一番乗り〜〜!」
呑気にはしゃぐ声がバスの中から聞こえる。
「エックス!早くドアを開けろ!」
「はいはい、ミーアちゃんせっかち〜」
ぱかっと、ソレまで手をこまねいていた周囲の面々をあざ笑うかのように開くドア。ソレを前にした女は、ばっと両手を顔の前で交差させるという、その筋の人間が見れば明らかに変身の予備動作と取れる仕草をした。
「豹・変・身!ゼネラルキャットッ!」
「豹変」と引っかけたのだろうかと思われるかけ声と共に、ネコミミ女から豹をベースにしたと思われる怪人体へと変化した、恐らく鎧の構造はこの変身時の体の伸長をカバーする為なのだろう。目の肥えた科学者が見れば改造人間ではなく遺伝子改造で作った亜人間型人造生物だと分かるが、それにしてもかなりの高技術と見える。
「ミ〜ア〜〜〜ッ!」
頭を左右に振りながら両手を広げ一声吠える。いかにも怪人的な仕草と共に突入したゼネラルキャット。と、その状況に対処する前に更に状況が変化する。
車内で何度も大きな者が倒れるようなどたんばたんという音がし、
「な、何?」
という、突入したゼネラルキャットの声が響いた。
「何?、って、言いたいのはこっちだ!一体どうなった!」
慌てて駆け出すバリスタス怪人部隊、そしてHUMAも続く。
「ふぅむ・・・。面白い。あの二人のデータ、今の我々の情報にはない・・・。我々にその存在すら知られることのないほどの組織・・・実に興味深い。まだまだ世界は驚きに満ちている。」
そんな喧噪の輪の中で、相変わらず一歩退いた感じでゴキラーはぼんやりを装って眺めている。
時間を少し戻した、ちょい前の車中。
「あはっ、あははははは・・・」
「うぅ・・・」
酔っぱらったような、何処かおぼつかない動きでよたりよたりとバスの中をダークサイドは歩き回る。人間より基本身体能力の高いダークサイドは、麻薬を服用しても依存症になることも中毒することもない。人間で言うところの酒を飲んだような効果しかないのだが、それにしたってこれは泥酔レベルと行っても過言ではないだろう。
「うっふっふ、おいしそうなラームがこんなに沢山、みんな食べられるのを待っている・・・。いぃなぁ、いいぃなああ・・・」
よたよたと歩き回ったダークサイドは、やがて一所で止まった。
「んん〜」
ぎろぎろとした目で、ダークサイドが執着するように見つめたのは・・・看護婦に付き添われた女の子だ。十歳ほどだろうが、ずいぶんと体は小さく、弱々しく見える。
「生きは悪いけど、前菜としてはおいしそうだ。それともゆっくり遊ぼうかなぁ?」
ぐりぐりと頸を動かしながら迫る。女の子に付き添っている看護婦・・・実はイカンゴフは、緊迫した表情で彼女が付き添っている女の子を抱きしめた。長谷川という、そこそこ長いつきあいの患者だ。
(この子を襲うというなら、私は戦おう。私が勝てるかは、わからないけれども。それにしてもこの長谷川さん、重い心臓の病を抱えて、たまに体の調子がいいから看護婦付き添いで家に行っていいって許可をもらって、その道筋でこれ・・・やはり運命は不公平だ)
己の場合も頭に浮かび、イカンゴフの理不尽へのいらだちは募る。ましてや、この娘の心臓の病は法整備の未熟さ故に移植手術が出来ない点から始まっている。バリスタスの技術を持ってすれば直せないこともないだろうが、そんなことをすれば「どうして直ったのか」と追及の手が伸び、それはけっしてこの子の為にはならない。いよいよとなれば決行するかも知れないが・・・
(それまで苦しむとは、そしてその後も苦しむとは。)
イカンゴフの思考は、直後におこった出来事に中断された。
「や・・・やめ、ろっ!」
一人の中学生ほどの少年が、立ち上がったのだ。
「代わりに僕を、く、喰えばいいっ!」
「お兄ちゃん!」
腕の中で悲しく叫ぶ少女そしてイカンゴフも驚いた。健太といったか、彼女の兄だ。争い事なんて大の苦手の、引っ込み思案で大人しい少年だと思っていたが。
顔面蒼白で足はがくがく、声も震えているがそれでも、少年は立っている。
だが、得てしてそう言う行動は相手を刺激する。先程ダークサイトに戦いを挑み、逆に叩きのめされてしまった機械生命体の少女のように。幸いメカ生体なので生命力を餌とするダークサイドに喰われずにはすんだようだが、素人ではなかったであろうが、彼女の腕はそれほどと言うまでもなかった。せいぜい宇宙刑事助手級か。
「うぅるさいぃ・・・ならお前、俺の所に来て喰われるか?出来るか、出来ないだろうにぃぃぃ・・・」
編に粘着質な口調で、ダークサイドはぶつぶつと呟く。普通人間に餌以上の考えを抱かないダークサイドにしては妙な話、まるで何か怨みが絡んでいるようだ。
「うっく・・・」
汗を掻き、顔を引きつらせる健太。同じバスに乗っていた、クラスメートの女の子が止めようとしてでも健太の意志を妨害するのもどうかと板挟みになって悩んでいる中、健太は暫く立ちつくし、
一歩、進んだ。
「いぃぃだろぉ、お前から、くくくくく、喰う!」
不愉快そうに、酷く不愉快そうに、ダークサイドのほうから少年へと歩き出した。
ソレを見て少年は今にも逃げ出しそうなほどおそれの表情を浮かべるが、それでも下がらない、あるいは下がれないでそこに居る。
そして・・・
「やれやれ、暫くぶりに帰ってきたら、日本も物騒になったものねぇ。」
いきなり、緊迫を消し飛ばす、声が響いた。不思議なまでに響きのいい声。状況は全く変化していないのに、何故かもう大丈夫だと思ってしまうような、呑気で、同時に芯の通った。
そしてひらりと、普通に立ってもいいだろうにわざわざ椅子に手を突いてとび越え、通路に立つ声の主。
まるで地上に降りてきた太陽のような。そんなたとえの似合う女の子だった。ハーフなのか東洋的とも西洋的とも取れる顔立ちのやはりこれも年の頃は思春期、中学生ほど女の子だ。
西洋人の美しさ、東洋人の美しさ、そのどちらでもない美しさ、そして彼女自身の内側から沸き立つような生気の輝き。それらがそろった、輝くほどに美しい少女だ。胸を張り、その拍子にやんちゃな感じのする金色のポニーテールが元気に揺れる。
「あたしの健ちゃんの妹を食べようとし、そして健ちゃん本人にも魔の手を伸ばす!そんな悪行世界の平和は気まぐれで守るかどうか決めるけどとりあえず健ちゃんの身の安全は守る局地的正義の味方!この
「全員動くな!このバスは我々UNCRETが占拠する!」
・・・唐突にドアが開き、そこから豹女とアメーバから変形した女子中学生がつっ立つ。
「・・・む?」
状況がよく分からないのか、きょときょとするミーア。
「ちょっと!」
立ち上がった少女にしてみれば、思い切り話の腰を折られた格好である。
「何だ!」
「今は私の出番なんだから、ちょっと待ってて!」
「は〜い。」
「おい、エックス!」
言われた途端素直にイカンゴフの隣の椅子に腰掛け、呑気に遊び始めるエックス。軟体を利用した妙な芸なぞ披露して、場の雰囲気を和ませている。
「・・・まったく・・」
これではミーアも気を削がれる。そして、また少女の舞台だ。
「僕は人以上の存在なんだ!それがお前達餌になにいわれなきゃいけないんだよっ!」
「確かにひどい異常ね、あんた。」
音の同一性を利用した、たわいもない冗句。だがこの状況下でそんなこと言ってられるというのは、よほどの馬鹿か、とんでもない豪傑かだ。
両者は同一のもの、という意見もあるが。
「まぁ、まかしといてよ健ちゃん。」
まるで向日葵のように元気に咲き誇る、根拠なんて何にもないのについつい引き込まれてしまいそうな笑顔。
それが記憶にひっかかり、相手が望んでいた情報を引きずり出す。
「・・・まさか、のえるか?」
「うん!その一言で今の私は大無敵っ!さっきのセリフの続き行ってみようか!この折原のえるさんが許さないわよ!」
そういうと、・・・またずいずいと進み出す。
「あぁっ!こら、ちょっと!待ってってば!」
「お、おいっ・・・!」
止めようとする声なぞ演出か何かと心得ているように、彼女は堂々と前に進む。
「あんたが生物として人間を喰うっていうんなら、あたしは抵抗させてもらうわ、全力で。でもそれ以上はしない。だけど貴方は違う。享楽のままに殺すのは、生き物の狩じゃないわ。そして、その対象に健ちゃんを選んだ・・・それだけでもうこののえるさんの中では死刑確定、徹底的攻撃モード発動なのよ!」
「な、何だとっ・・・!」
理由もなくひるみながらも問い返すダークサイトに、少女の向ける表情はさっきとうって変わった猛々しさ。
その様に、理屈も何もなく、少女より圧倒的に強靱な体を持っているはずのダークサイドはひるんだ。一気に麻薬の酔いが醒める。相手の本気の気配の波動が、生物としての根元の防衛本能を揺さぶる。
逆にその堂々としているのか馬鹿なのかよく分からないけれどむやみやたらに元気な様は、その守られている側にははっきり輝いて写った。バスジャックという、唐突に世界の秩序から切り離された異常空間。その中に降りてきた、希望という名前の太陽。
「・・・かかってきなさいっ!」
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
ぶん、とぶっとい怪物の腕が唸り、爪・・・いやもはや刃と言っていいレベルの凶器が振り下ろされる。
だが、それっきりだ。肉を裂く音も、少女の苦呻も聞こえない。
その刃は、彼女の体に食い込まなかった。
刃が納まったのは彼女の体内ではない。彼女の・・・Vサインのように突き出された人差し指と中指に挟まれて止まっていた。
「真剣白刃取りっ!?」
「ちっちっち。それとはちょっと違うのよねぇ。あれは両掌ではさむでしょう?あたしのは指二本でとっているのよ。」
「大豪院流二本取り、ですね。」
博士の知識の一部を移植されている増殖頭脳ユニットの記憶から、イカンゴフはその技の名前を言い当てた。まるで難しめのジョークのモトネタを相手が知っていたように、のえる、そう健太に呼ばれた少女は嬉しそうだ。
「へー、あんた素人じゃないわね。まあ正体は後で聞くとして・・・」
そうわざとらしく言葉をおくと、きっとのえるは刃を持つ相手をにらみつけた。
「ひ、ひぃぃぃっ!?」
「おぉらぁぁっ!!」
ごがすっ!!ずだぁん!
一瞬。合気道のような感じで相手の力を利用して体勢を崩し、体を流した逆方向から傾いてきた首筋と自分の足を激突させるような蹴り。普通の延髄狙いの蹴りと比べれば威力は二倍三倍といった代物だ。
これにはダークサイドの肉体すら耐えられず、一撃で昏倒してしまう。
「・・・破れかぶれになった時点で、あんた、終わってるのよ。」
ふしゅっ、と軽く息を吐きながら、のえるは呟くように行った。
「・・・いいえ・・・。」
「ん?」
だがイカンゴフは了見しなかった。彼女には、聞こえたからだ。倒れたダークサイドの、半泣きになりながらのつぶやきが。
「やだよ・・・やだよ・・・どうして、どうして虐められなきゃいけないんだ、僕ダークサイドなのに、精一杯隠れて、ラームだって相手が死なない程度にしか吸ってないのに、どうして社会になれていないから仕方ないのに仕事場で虐められなきゃけない、どうしてHUMAに追いかけ回されなきゃいけない・・・どうして、こんな苦しい目にあって生きなきゃいけないんだろう・・・」
彼だって元々住んでいた世界が壊れなければ、こんな事にもならず平凡に生きていられたのだろうに、この世界では彼は異形の化け物でしかないのだ。
その自分たちを喰おうとした化け物に、イカンゴフは語りかける。
「破れかぶれになったら、気を取り直せばいいです、バタバタ騒いでもいいです。落ち着いたら、また道を一歩一歩歩めます。・・・私はそうでした、だからそうは思えない。だから貴方達の前に立ちはだかる。そして戦い、そして生かす。」
「ん、そだね、出来ない場合もあるけど出来る場合もある・・・うん。なかなかいいじゃんあんたら。ぶっ倒すのはあたしの仕事、一発はっ倒してしゃんとさせた後のアフターケアはあんたの仕事って事で。」
「あんたら、じゃありません。秘密結社バリスタス。私を救ってくれた悪の組織。」
「・・・へぇ〜」
何かを思い出すような、そんな微妙な表情を浮かべるのえる。
「真っ向から憎めば、それはそれで正しい力になる。」
ぽつりと呟いた言葉。ソレはこの戦いでののえるの行動原理を現すようでもあるが、あるいは何かイカンゴフに確認を求めるようでもあった。
そして事実イカンゴフもその言葉を聞いたことがあるようで、悩むような顔になる。二人とも、有る男の顔を思い出している。
と、ソレを破る声。
「のえるっ!」
「あ、健ちゃん。どう?凄いでしょ私!さぁ惜しみない賞賛を浴びせてっ!」
子供っぽく笑うのえるだが、健太はそんな状況ではないらしい。まだ血の気の失せた顔でのえるに詰め寄る。
「それどころじゃないよ!あんな無茶して!指取れちゃったらどうするんだよ!」
見事に刃を受け止めたのえるの手を取り、顔に近づけて見る。
「ほら、血が出てるじゃないか・・・って、血っ!?」
前から白かった顔色が更に蒼白になり、へたり込む健太。血を見て貧血を起こしたようなのだが、
「・・・相変わらず変わらないわねぇ、健ちゃん。」
のえるの指の傷ったって、ほんの数ミリ、せいぜい新品の紙切れの縁で切ったような程度なのだが。
「おぉ〜〜〜い!大丈夫かっ・・・?」
バンッ!と勢い良くドアが開く。
このころようやっと動いて飛び込んできたバリスタス・・・だが途端どうすればいいのか分からなくなるJUNNKI。
やや脱力した声になってしまいそうなのを必死にこらえながら、問いかける。
「えっと・・・ど〜なった、そして誰?」
それに対して少女は輝くような生気のある笑いを浮かべると、大きく胸を張って答えた。
「あたしの名は折原のえる・・・近いうちに日本を制する女よっ!!」
「何ぅえ!?」
あまりにとっぴな言葉に目が白黒し、空気を呑んで語尾に変な音が混じる。
「おお・・・そうかお主、のえる殿かっ!久しいな、見違えたぞ!!」
と、突然社内に乗り込んできた悪の博士。
喜色をあらわにして自分より随分背の低いのえるにあわせ身をかがめると、抱きしめてその装甲に覆われた腕でバンバンと背を叩いた。
「博士、また知ってる人で!?」
「うむ、アレは昔、我輩がまだ正義の発明家として世界を渡り歩いていたころ、ニューヨークで会ったことがある。あんときゃたしかお忍びのマリネラ国王やさすらいの冒険家五大雄介と一緒に、劣化ウラン弾に冒された少女を助けるため奮闘したのだったな!」
「え、ああ、あの時の!またえらく変わったわねぇ、あたしも見違えたわよ。あんときはそんな変な仮面、被ってなかったしね。」
「博士、貴方って一体・・・」
「ふん。」
JUNNKIの問いに、博士は寂しげにため息をついた。
「最初から悪であるものなど、おりはしない。・・・地をはいずるものの呻きが、消え行く悲しき叫びが、我輩に空に帰る光へと着いていくことを許さなかったのだ。」
思いのほかに、深刻な口調。やや圧されるJUNNKIだが、博士はすぐ元に戻った。
「ぬぅ、おぬしも遂に日本征服に乗り出すつもりか・・・くっは、負けぬぞ!」
「なんの、みてらっしゃいよ!」
(それにしても何者だ、あの女・・・)
胸を張り合う二人と、ただ見るしかない周囲。・・・だったが、流石に暫くすれば時は動き出す。
「で・・・どうしよう?」
おそるおそる周囲を見渡すJUNNKI。何しろ自分たちは悪の秘密結社、そしてバスの外にはHUMAの大部隊。
「ぬぅ・・・」
別口の連中・・・豹女とアメーバ少女のコンビも自分たちが包囲されている状況に気付いたらしい。
「強行突破するか、しかしこの戦力差ではな。やはりここはバスの中の人間を人質に・・・」
「だーめーっ!人質なんてだめだよぅ!」
「何が駄目だエックス!我々は悪の秘密結社なんだぞ、それがバスジャックしてバスの人間を人質に使わないなんて事が・・・」
「めーなの!」
・・・何やらもめているようだ。
「エックスさん・・・?」
「大丈夫!エックスにまかせればこんなのぐりぐりのげこげこなんだからっ!」
と、イカンゴフが付き添っていた女の子と会話しては、何やら妙な自負をする、エックスと名乗る女の子(に一見思える者)。どうも仲良くなったから人質として使うのはいやといったところなのだろうが、何だか随分幼い思考だ。
「むぅ、どうすれば・・・!?」
「おや?」
深刻な表情で外をうかがっていたゼネラルキャット・ミーアと、ぼんやり外を眺めていたゴキラーが同時に気付いた。特甲隊のプロテクタースーツをかき分けるようにして、一人の少年が大慌てといった様子でこっちに向かってくる。
見た目の年齢は高校生ほど、ぼさっとした髪と眉に割と童顔でお人好しそうな顔立ち・・・ゴキラーがそこまで認めたとき、ミーアが大声で叫んだ。
「しゅ、首領!?」
(首領・・?)
また面白いことになってきた。黙って状況の推移を見守るゴキラー。少年はHUMAの連中からメガホンを借りると、スイッチを入れ話し始めた。
「えー、バスジャックした人達!貴方達の目的は何なんですか!」
「え?」
その問いに、一瞬ミーアは酷くきょとんとした表情を浮かべた。
「そっ、それは、悪の秘密結社の伝統であるバスジャックを敢行し乗客を恐怖のどん底に・・・」
それを聞いて、ゴキラーは笑いだしたい思いに捕らわれた。つまり彼等は純粋に悪の組織の伝統を追い求めてバスジャックを敢行したのであり、それ以上の何の企みも思惑もなかったというわけだ。
なんと純粋な。
「だとしたらー!もう作戦は終了でしょ〜〜〜っ!!」
「・・・をう。」
嘘臭い肉球のついた手をぽんと打ち合わせるミーア。
「・・・なるほどね。」
「面白いな。」
にぃぃ、と妙に深い笑いを浮かべるのえると悪の博士。・・・似てる。
「わっ、分かりました!御自ら危険な前線に助けに来ていただいた上、私の作戦指揮の過ちをもただして下さるとは!首領・・・!私はもう感動でどうにかなりそうです!」
本当に心底から感極まったといわんばかりの表情で、何度も頷くミーア。
何だか随分「いい人」のようだ。・・・悪の秘密結社の構成員なんだから悪人なんだろうけど、いい人。何だか随分矛盾している。
「それでは・・・帰るぞ、エックス!」
「え〜。もうちょっと遊びたいよ〜。」
相変わらずそのアメーバ状の体と同じくにゃくにゃした口調のエックスだが、ミーアがいい加減いらいらした目つきをし出したのに流石に押し黙る。
「いいか、これは首領閣下が自らつくって下さったチャンスなんだぞ。それをむげにすると言うことは・・・!」
「はーい、わかったわかった。じゃ、またね〜。」
ぱたぱたと手を振ると、エックスはまたうにゃっと肌色のアメーバ状になってとろけ、バスの床下から何処かへ消えていく。
「さて、私も・・・。」
その直後ミーアも怪人体への変身の時そうしたように両手をクロスさせる、と。あっと言う間にどう考えても体積の合いそうにない、普通サイズの猫へと変化してまどからひょいと出ていってしまった。
「ほ・・・。圧縮しているのか、光学迷彩か・・・・どっちにしても面白い技だな。」
「と・・・面白がっている場合ではないかも知れないけどっ・・・!」
「なぬ?」
JUNNKIの泡を食った声に、ようやっと状況を認識する悪の博士。HUMAの部隊がこちらに向かってきている。
「・・・・・のへほぃ〜〜〜〜〜〜〜〜!!?!?」
その後は大乱闘になり、のえるともはぐれ、よく分からないままうやむやに帰還。
しかし彼等は知らなかった。この出会いが、この繰り返しが、この突発事項が。後に様々な悲喜劇と、奇跡と、戦いと、勝利を生むことを。