秘密結社バリスタス第一部第二話「暗夜鬼譚」

「妖気が漂っている、すなわちより科学的にいうなれば下位次元からの次元穴の開穴ならびにそちら側の存在のこの次元への進入が行われ、それも今も行われ続けて、結果向こう側の霊子が大量にこちらにあふれ出している。我等への攻撃とも思えないが。用心することに越したことはあるまい。」
ということで、バリスタス基地はいま警戒態勢、四方に偵察班を出している。
が。
「なんだかなぁ、このメンツ・・・・」
「何か問題でもあるってのかい?坊や。」
「こんな美人二人も連れられて、何が不満なんやろて。」
「いや、美人ってなそりゃそうだけどさあ・・・」
この班のメンツ。JUNNKI、蛇姫、妖桜姫。
なんだか・・・居心地が悪かった。
・・・と!
キュキュン!
「桜色の・・・閃光!?」
咄嗟に飛びのいたJUNNKI。素早く物陰に隠れ、様子を伺う。ゲリラ戦用の改造人間であるJUNNKIには、お手の物だ。居心地の悪さを忘れて、素早く体が動く。
蛇姫と妖桜姫も、素早くそれに続いた。
ぎゅうっ。
(はわっ!?)
暗がりでJUNNKIは思い切り顔を赤らめた。何故って・・・
(おや、どうしたんだい?)
(ななな、何でもありませんっ!)
背中になんか柔らかい感触が思い切り触ってる。これは・・・
と、追われているかのように後ろを気にして走り出てきた人影。一瞬で、JUNNKIは感情をニュートラルに戻した。・・・何とか、だけど。
袂の長い、桜色の和服を着た少女だ。一瞬
(魔法少女か?)
とJUNNKIは判断しかけたが、どうにも違和感がある。何か、より深い、夜のような暗さが付きまとっている。
そして、事実追っ手が来ていた。
「ゲットゲット、オルゲット!」
灰色の皮膚、紫色の目、角というには長さの足りない小さな瘤が頭にちょこんとついた、なんだかぞんざいな造作の生き物達だ。
手に手に棍棒を持ち振り回しているその様子は、ちょいと迫力に欠けるがまぎれもなく昔語りに現れる「鬼」の一族だ。
「ケェッケッケ!ここまでだぜお姫様!」
そいつらを指揮しながら喚くのは、なんだかピエロのような白、緑、紫、黄、青の派手な色彩の服に身を纏った、俊敏そうな体つきの鬼だ。細長い一本角からデュークオルグ、鬼の中では二番目の高位の者と知れる。
「おとなしく一緒に来てくださいって!新たな「マトリクス」、「鮮赤の池」を開いてもらうだけですってば!」
と、あやすような口調で訴える。が、少女はがんとしてそれを拒否した。
「嫌ですヤバイバ!地上侵攻のための門の開放なんて!」

(何だ・・・?あいつら。片方は下位次元生命体のオルグだよな。するってぇとこの妖気は連中のせいだったか。でも、あの女の子は誰なんだ?)
依然として物陰で、様子を伺うJUNNKI。ちょっと状況が複雑のようで、飛び出していくわけにもいかない。
首をかしげるJUNNKIの耳をまるでくすぐるように、柔らかな京訛りの声がした。
(鮮赤の池、この世と鬼の住んだる世の境界線につながる穴をお守りし、穴からはみ出したものを池へとおっ返す、吸血の姫。それがあの子でありんすぇ。)
妖桜姫だ。
(吸血・・・って、ヴァンパイア?それはともかく、何で、そんなこと知ってるんですか?)
きょとっとバイザーの下でJUNNKIも目が動く。暗闇の中でも視力を失うことの無いその目は、傍らの女の嫣然とした、花開くような笑みを見た。
(わっち等女には色々と秘密がありんすぇ)
そういって、笑う。、まるで桜の花が咲いているような、本当にいい顔だ。綺麗なのもある。だがそれ以前にもっと内側から。長い間かかって醸造された酒のようなまろやかさといおうか善い悪い全てを飲み込んだ、そう悟ったと言っていいような表情か。
と、目の前で鬼と渡り合う少女とは、ある意味今は反対といってもいいかもしれない。
本来は無邪気なかわいらしさを持っているはずの、肩口で綺麗に切りそろえられたが似合う丸顔のその表情は緊張している。まぁ、無理も無い。
「さぁ、こっちに来てくださいよぉっ!」
慇懃無礼な口調でヤバイバと呼ばれたデュークオルグがオルゲットに顎をしゃくった。頷いたオルゲットの灰色の腕が伸び、夕維の手を掴もうとする。
「・・・くっ!」
その手を振り払うと、夕維の細く白い手が素早く動いた。同時に、言語を刻むことで意志をあらわし、霊子に干渉する・・・すなわち、呪が唱えられる。
「水よ、桜に寄り添い舞えよ。夜見を包み閉じ込めて・・・桜翔舞!」
叫びとともに、放たれるは桜色の光。
「げ、ゲェェェットッ!?」
光に包まれたオルゲットは、まるで春が来て雪が消えるようにあっさりと消えた。・・・正確には「消えた」のではない。下位次元との門を司る彼女の力により、もといた世界へと強制送還されたのだ。

それを見て、JUNNKIは、妖桜姫の言葉をなんとなく理解した。
妖しき、桜の姫。血を吸い永遠の若さを保つ。
この二人の、不思議な共通点。いずれ語られるか、永遠に秘密のままかはともかく、うっすらと「何故」の答えは見えていた。

きっ、とヤバイバを睨む・・・といっても、もとの顔の造作が可愛いのでまるっきり迫力に欠ける・・・夕維。それは、自分に手を出すとこうなるという意思表示だが、ヤバイバは動じた風は無い。最悪送り返されるだけなのだ、命の危険があるわけでも無い。長い間のおっかけっこで、この娘に相手を殺す度胸が無いことは分かっている。
と、余裕を見せていたヤバイバの表情が崩れた。
「きゃっ!?」
「ゲゲットッ!?」
夕維の後ろに回らせていたオルゲットが、吹っ飛ばされてきたのだ。前からのはおとり、そっちで夕維を捕まえる手はずだったのに。
「那嵬!」
夕維の声。
JUNNKIと同じくらいか、一、二歳年上といった程度の少年だ。無造作にひっくくった長い髪、黒いマント。その顔は赤い奇妙な隈取のようなものが浮かんで入るが、上位の「人にして人にあらざる闇」の常に、気品の有る美しさを持っている。とはいえ、魔族は往々にして実年齢より若い体を維持しているため、この少年が実際いくつなのかは分からない。
手に握っているのは、ジャンケル・・・アクマ族の使う細身の剣。
「夕維に手を出すな!」
きっと追っ手をにらみつけると、ヤバイバの顔にジャンケルの切っ先を向ける。ヤバイバも説得を諦めたらしく、刀身の曲がりくねったナイフを何本も出して身構えた。
「それなら、無理にでも連れ帰ってやるぜぇっ!行けオルゲット」
と、言いかけた時。もう、那嵬は動いていた。
「ど」
銀光乱舞。その光の瞬きが棒立ちのオルゲットたちをすり抜けていく。
「もぉ!?」
と、ヤバイバが言い終わった時にはオルゲットたちは全員やられて、那嵬はヤバイバの咽喉笛にジャンケルを突きつけていた。
「もうやられてる〜〜〜〜っ!?」
語尾がそのまんま悲鳴につながるヤバイバ。
「げげっ、こ、これはちょっとヤバイバ!?」
「ちょっとじゃない、お前、もうおしまいだよ。」
鋭く、圧するような、声で那嵬は脅した。よく聞けば意図的に低めたことが分かるだが、完全に震え上がってしまったヤバイバにはそんなことに気づく余裕は無い。
が、これでけりはつかなかった。
ずばばばばばん!!
闇に慣れた目にはきつすぎる火花が散り、その間を紫色のじぐざくした光が埋めていく。
鬼族の能力の一つ、放電攻撃だ。本来指向性を持たない電気を、霊子でうまく誘導し、敵にぶち当てる。
「くっ!?」
咄嗟に飛びのく那嵬、そしてその隙にこけつまろびつ逃げ出すヤバイバ。
「ふぁっふぁっふぁっ・・・」
変な笑い声だ。エコーがかかったような、いやこれは、複数の口から同じ声音が発せられているのだ。
ぶっとい一本角、顔、胸、腰にそれぞれ一つずつ、合計三つもついだ大きな口。メタリックブルーの体色の、大きな鬼。魔界でも屈指の力と地位を持つハイネスデュークオルグに相違ない。傍らに覆面をつけローブを纏った女のデュークオルグを従えている。
「ラセツ様!ツエツエぇ!」
叫びながらヤバイバはその後ろに駆け込み、何とか一息ついた。
「ふはぁ、危なかった・・・」
「もお、何やってるのよあんたは。」
「すまねぇツエツエ。でもあいつつえぇんだよぉ。」
ツエツエ、とその名の通り長い杖を持った女デュークオルグと会話するヤバイバ。いかにも仲の良い、気の置けない同僚といった感覚で、こういう仲は互いに張り合うことの覆い下位次元の魔族やオルグのなかでは比較的珍しい。
「流石にヤバイバごときでは姫の守役は手に余ったか。だが、このわしはそうはいかんぞ。」
ヤバイバの失敗を対して気にも留めないような口調で、ハイネスデュークオルグ・ラセツはずいと巨体を揺らし前に出た。フォークとナイフを合体巨大化させたような大きな槍を、見せ付けるように振り回す。
「でえりゃあ!」
ぶぉんっ!!
空気が震える一撃を、那嵬はかわした。確かにパワーのある攻撃だが、動きの早さでは那嵬に分がある。
「甘いぜっ!はぁあ!」
その隙に、那嵬は思い切りラセツの青い巨体に刃を振り下ろした。
ガギギッ!
「・・・なっ!」
「ぬふぁはははは!!蚊でも食ったか?」
ラセツの高笑いが響く。確かにラセツの動きは鈍かった。が同時にその分厚い皮膚は那嵬の攻撃をものともしなかったのだ。
「ふんっ!」
「がっ・・・!」
逆にどでっ腹に重い拳をくらい、体を折って吹き飛ばされる那嵬。
「っつ・・・しまった!くそ・・・」
これでは、那嵬の分が悪い。攻撃をかわすのには限界があるが、攻撃が効かないのではどうしようもない。

「見てらんないなぁ・・・」
いらいらとした様子で、JUNNKIは見ていた。が、もう我慢が出来なくなったらしい。
行動に移る、となるとJUNNKIは早い。それまでに得た情報を考え合わせ、どうするべきかをあっという間に考える。
「よし決めた!あっちの追われてるほうに加勢する!」
意外と単純なような気もするが、そうではない。この場合どちらも下位次元民であるということは正義サイド悪サイドという分類はなく、ならば地上へこれ以上ライバル勢力が出るのを妨害せねばならないという理屈だ。
「おい!」
だが・・・いきなり顔を出したのは早計に過ぎた。ただでさえ改造人間というのはインパクトのある顔立ちの上に、下位次元の住人はそちらへの知識が乏しい。
「きゃーっ!!」
「くっこっちにもいやがったか!」
案の定、加勢に立ったサイドに敵と誤解されてしまった。
「わーっ、ちょ、ちょい待ちぃぃ!!」
キン!キンキン、キリリリ!!
素早い二、三の剣戟、そして鍔迫り合い。籠手から斜めに刃が生えているという有利にも不利にもなりうる条件を、JUNNKIはうまく利用していた。鱗刃の間に相手の剣を挟みこむようにして、受け止めている。
と同時に、妙な違和感を感じたJUNNKIは問うた。
「?・・・お前、本当は日本刀のほうが得意なんじゃないのか?」
「なっ!」
それに那嵬は驚愕した。確かに彼の本来の獲物は日本刀なのだが長い戦いの中で折れてしまったので、倒した敵から奪ったこの武器で我慢しているのだ。僅かな手合わせで、それを見抜くとは。
「やるな、てめぇっ!」
「そんな俺が味方についたら、楽になると思わないか?」
「何!?」
また驚く那嵬。いきなりこんなことを申し出られるとは思わなかったのだろう・・・当たり前の反応だ。
気にせずJUNNKIはひょこひょこと歩み寄った。そして、夕維に話しかける。
「あんた・・・吸血姫、ってやつか?それがなんで、こんな所に居る?日の光は、夜族には毒だぜ?「あっち」が、居場所なんじゃないのか?」
ちょっと、意地悪な言い方になってしまった。ただ、JUNNKIは本当の意味で彼女がどんな人格の持ち主なのか知りたかったのだ。戦場である以上、時間はかけられない。
だから、ぶっきらぼうになってしまう。
「あたしは、半分は人間とはぐれ神魔の混血だから。」
悲しそうに、うつむく夕維。
「そうか・・・だから、」
せめて人間らしくしているのか、というJUNNKIの問いを皆まで言わせず、ゆっくりと夕維は首を振った。おそらく、分かっていたのだろう、JUNNKIの考えを。
「だから、どっちでもあるから、争いでどちらが傷ついても、私は悲しいの。」
JUNNKIは、はっとした。そして、自分の考えが浅かったことに、恥に近い思いを抱いた。
この娘は、何と深い愛を持っているのか。両方から終われるはぐれ者でありながら、自らを追うこの世界全てに、愛を注ぎ優しく平和を願う。
「そーゆーやつなのさ、こいつは。おかげで苦労してるんだぜ?自分の命を狙う相手にも優しいんだからさ」
と、傍らに戻ってきた那嵬が苦笑いした。見れば確かに、さっき蹴散らしたオルゲットたちも全員みねうち・・・ジャンケルは両刃なので、剣の横の部分で叩いている・・・でとどめている。
「・・・お姫様を守る騎士も、ご苦労な仕事だな。」
「ちっ、違う馬鹿!そんなんじゃねぇ!」
ぼやくJUNNKIに、那嵬は必要以上に力んで反論した。
「ただ、こいつの姉と俺の兄貴が付き合って、それが眠ったまま「鮮赤の池」を封じてるから、ええいまぁ、早い話が俺はこいつの義理の兄なんだよ!それ以上でも以下でもねぇよ!」
「若いわぁ」
「若いなあ」
「若いやねぇ」
怪人三人、そんな那嵬の様子を状況も忘れてにたにたしながら鑑賞している。
・・・そんなことをしている場合ではなかった。
キュン!パァァン!
「おわっ!?」
唐突に足元に光弾がはじける。圧縮霊子弾、マジックミサイルとも言われる簡単な攻撃魔法だ。
その痕を追いかけるように、ざっざっと不気味なまでの揃った靴音が、取り囲むように迫り来る。
「特甲葬兵部隊「黒い杖」か!」
ばっ、と周囲を見回したJUNNKIの目に映ったのは、そろいの黒いコート、黒い帽子、黒いブーツの男達。手には身長よりも高い霊子制御杖・・・科学的に作られた魔法のステッキが握られている。
数年前、魔法使い、とくに魔法少女と呼ばれる部類の能力を再現しようとして製作した霊装強化服アストラルギアが実験中に被験者一名と研究者17名研究施設一つまるごとまきこんで大爆発した結果、HUMAは科学的な霊子制御技術においてかなり後退した。
結果「完成した」とされた霊子制御杖は、ごくごく初歩的で、しかもむやみと大きな代物だった。魔法にしても、まともに使えるのは単純な霊子弾と拘束呪文だけ。
だが、HUMAはこれに独特の仕掛けをすることで実用に供した。詠唱装置・・・早い話がただのMDに過ぎない。だが。その中には呪文が入っている。これならボタン一つで魔法を使えるようになる。そして、もう一つ。
「クライクライクライクライクライクライクライクライクライッ!」
倍速再生、そして繰り返し。これによって平凡な霊子弾も、機関砲なみの連射兵器となる。さらに複数行動により、相手を手数で圧倒するというわけだ。
「うぬ、ちょこざいな!!」
どでかいフォークをぶん回すラセツ。青光る表皮にそれでも防ぎきれない霊子弾がいくつかあたり散った。流石にハイネスデュークオルグとなるとこんなものは効きはしない。
だが、オルゲットたちは悲惨だ。あっという間にぼろ雑巾のようになって崩れ落ちる。ツエツエとヤバイバもやられはしないものの、雹に降られたようにびしびしと叩かれて逃げ惑う。
それを指揮しているのは、電柱の上にすくっと立った一人の少女だ。尼僧服に少し似た服を身に纏い、手には十字架の紋章が刻印されたグローブをはめて、不気味なまでに長く、黒い刃を六本ずつ両手に握っている。
きっ、と殺気を帯びた視線で鬼どもを、そして夕維をねめつ、言い放つ。
「卑しい吸血鬼め!」
対して、那嵬は微塵も臆せずに咆えた。
「狗っころが夕維をいやしいなんて言うんじゃねぇ!!」
跳躍。人に鬼と言われるほどの身体能力でもって十数メートルを跳躍し、電柱の上の尼僧に斬りかかる。だが相手は、それよりもさらに素早い動きをして見せた。
ざっ、と黒い刃の一本が那嵬の頬を凪ぐ。
「―っ、 やりやがったな!」
咆えると、那嵬はそれまでにない構えを見せた。同時に、顔の紋章の赤がより鮮明になり、僅かに光る。
「はぁっ!」
同時に那嵬の手の平から閃光が放たれる。それをかわした尼僧戦士は片方の手の六本の刃を一度に那嵬に投げつけた。
「!」
ワザを放った直後の那嵬は、大きな隙が出来ていた。そこに、黒い刃の群が突き刺さっていく。
「那嵬っ!」
ギギギギギン!!
「・・・・あ・・・」
けたたましい金属音とともに、六本の刃はすべて空中で叩き折られていた。それを行ったのは、イグアナの鱗で覆われた少年だ。
「なんだか知らないけど、協力するぜ!」
「何でだ!」
「そうさなぁ・・・」
いきなり問う那嵬にちょっとの間悩むような表情を見せた後、にかっとJUNNKIは笑った。
「同じ夜に生きる人間のよしみ、かな。」
その言葉に夕維は、あどけないということも出来そうなきょとんとした表情を浮かべ、そしてそれが暖かい微笑みに変わっていった。
「同じ夜に生きる、人間・・・」
「人間?そいつは人間ではない、吸血鬼だ。人を襲う獣だ。根絶すべき病魔だ。」
冷徹に、ことばの剣を持って切りかかる女。
「へ〜、差別はいけない事だって学校で習わなかったわけ?シエルさん」
からかうような口調で、JUNNKIはやり返した。さりげなくだが、見も知らぬ女の名前を読んで。
「何故、私の名前を知っているのですか?」
女・・シエルもやはりそれに驚いたらしく、問い返してきた。JUNNKIはにやりと笑う。
「差別に関してはさらっと流そうとしても無駄だぜ。でもま、答えとくよ。昔々あるところに、一匹の子狼がいてね。森の奥でひっそりと暮らしていた狼ちゃんを狩ろうっていう馬鹿ハンターが後を絶たなかったもんだから、密猟者どもの総本山には随時見張りを飛ばしてるのさ。覚えがあるだろ?あのときの失敗に終わった狼狩りには、確かあんたも参加してた、って聞いたぜ。イスカリオテ機関ゲヘナマーシャル・シエル=エレイシア!」
先ほどと打ってかわり、口調が鋭く強く、激しく変化する。
「・・・っ」
その答えにシエルは薄い唇をかんだ。思い出しただけで、悔しさに顔が染まっていく。イスカリオテ機関といえば、欧州、いやキリスト教圏の裏社会では知らぬものの無い組織である。ヴァチカン市国の存在しないはずの第十三課、ユダの名を持つ武装組織。キリスト教に逆らう異教徒・異端者・化け物たち・・・いや、「そう認定されたもの達」を容赦なく皆殺しにする、恐怖の虐殺組織だ。
だが大半の先進国・・・すなわちHUMAなどを支援する「正義を決める」国は白人キリスト教国、故に彼等がどれほど殺戮を重ねようと、彼等もまた正義の組織の一部でありお咎めは無い。
その中でもゲヘナマーシャル・・・防疫修道会巡回浄滅吏官といえば単独であるいは部下を引き連れ自由に行動し独立行動で敵を倒す、かなりの高位の位階と戦闘力を持つ立場である。が、そんな彼女等もかつて一度、敗れた(とは彼女達は認めていないようだが)ことがあった。独逸の森の奥深く、その区域では最後の生き残りと言われていた「化け物」、人狼を浄滅しようとしたときに入ったとんでもない邪魔。神を愚弄する言葉を吐き、化け物を助けイスカリオテの兵を蹴散らしてその人狼とともに姿を消した悪魔の仮面。
「あなた方・・・あの男の仲間・・・」
「うん。だから・・・あんたらバカチンとは敵、って寸法さ」
きっぱりしっかり、胸を張ってJUNNKIは言い切った。さりげなく「バチカン」を「バカチン」と言い換えている、かなりきっつい挑発だ。その時イスカリオテから助けられた人狼は今はフェンリルという名でバリスタスにいる。そして彼女を助けた悪魔の仮面とは・・・言わずとても分かる、彼女らの義父「悪の博士」。
異形の集団であるバリスタスと、僅かな異なりすら認めず粛清するイスカリオテ、相容れる要素は無い。
相手を強敵と認めるシエル。同時に一見飄々とした余裕の表情を保ちながらも、JINNKIもまた油断なく相手を見据えている。
もっとも。
「だがよ・・・初対面の相手を信用するほど、俺はお人よしじゃないぜ。」
「ぼ〜やが遠慮するんじゃないよ、大人を少しは信頼しなって、うりうり。」
ぐにぐに。
「だわっ、やめろっ!」
「ち・・・ちょっと、蛇、蛇姫さぁん!」
「あら、夕維ちゃん、嫉妬?大丈夫よ、そのうち大きくなるから」
「そ、そうじゃないですよぉ・・・」
「あ、そっか。那嵬ちゃんとっちゃいけないよねぇ。」
「そ、それも違いますっ・・・!」
「じゃあ、何でさっきより赤くなってるのさ?」
「あ、あうう・・・」
とか後ろで蛇姫が夕維や那嵬とじゃれているので、あまり緊迫感がないんだけど。とはいえこの場で彼女達とまで仲たがいしていてはどうしようもないので、スキンシップも重要なことではある。
「とはいえ・・・こりゃつらい、かも。」
それでも、仮に彼女達と全面協力したと仮定しても、JUNNKIには状況が楽とは思えない。
「ふぁ〜〜〜っふぁっふぁっふぁっ!」
耳障りな笑い声を上げるラセツ。十重二十重に取り囲む「黒い杖」たち。ぎらぎらと刃を光らせるシエル。
これっぽっちの数で切り抜けるには、いささか荷が重い。
・・・と。

ズガァァァァァン!!
硬質の破壊音とともに、ラセツが吹き飛んだ。側転をするような姿勢で跳ね、ガードレールを派手に歪ませる。
「うごぇえええええ!?」
「ひえっ!」
「きゃっ!?」
慌てるオルグたち、黒い杖たちも何が起こったのかと周囲を警戒する。
ドカァァァァン!グワァァァン!ガァァァァァン!!
重く、空気をゆるがせる・・・これは、銃声、いや砲声か?前者にしては大きく、後者にしては鋭い。とにかく次々と大口径弾丸が降り注ぎ、特甲葬兵もオルグたちも大混乱している。
「JUNNKI殿!」
同時に、JUNNKIに通信が入る。ややハスキーで落ち着いた少女の声だ。
「カーネルさんか!」

「うむ、アンボ13と一緒に、遠距離戦装備で。支援射撃をしますので、今のうちに!」
簡略に状況を報告し、再びカーネルは銃爪を引いた。場所はJUNNKIたちから随分とはなれたビルの上だが、これしきの距離、今の彼女の装備ならば問題は無い。
光学・実弾選択式特殊長距離ライフル「精霊(しょうりょう)」、暗視・遠距離精密射撃用視力補正スコープ、アンカー、サポートフォールディングアーム、近距離防護用隠し腕内装追加装甲など、普段は鋭い刃を振るい白兵戦で威力を発揮する彼女を、超一流の狙撃手へと変えている。
機蝗猟兵(きこうりょうへい)・「マシーネンカーネル[イエーガー]」。それがこの装備のときの彼女のコードネーム。機械合成怪人である彼女の体内機械部品を製作した狂技術者影磁の製作したオプション装備だ。(・・・ちなみに他にも色々あるのだが、どう見ても極端に趣味的なコスプレにしか見えない代物まであり、それは悪の博士が「謹んで勘弁してください」と送り返したというが、詳しくは軍事機密らしい)
それに、20Km先から50m級巨大ロボット兵器の装甲を撃ち抜くのを目的として作られた狙撃用改造人間、アンボ13の液体火薬ニードル弾が加わるのだ、たった二人とはいえその火力は凄まじい。

「今だっ!」
混乱のさなか、二つの影が競うように素早く飛び出した。
那嵬と、JUNNKIだ。目標は既に体制が崩れているオルグではなく、もう片方・・・特甲葬兵の長、シエル!
それに気づいたシエルは意地からか咄嗟に撤退ではなく、迎撃を選んだ。
「くっ、舐めないでくださいよ、この程度でっ!」
ざっ、と夜の空気を凪ぐ刃を、那嵬はぎりぎりのところでかわした。驚愕にシエルの目が見開かれる。
「そう何度も顔を切られちゃ男がすたる!」
叫びとともに那嵬の脚が鞭のようにしなり、シエルの脚を払った。そして
「助っ人を全うしないのも男がすたるぜっ!」
おつりとばかりにJUNNKIがショルダータックルをぶちかます。吹っ飛ばされたシエルは運悪く逃げ出そうとしていたオルグたちの群れのど真ん中に落下した。混乱するオルグに踏まれ、殴られ、もみくちゃにされるシエル。お返しに数匹切り刻んだようだがそれがさらにオルグたちをあおり、トドメにそこにも弾丸が落下して・・・
ともかく、決着はついた。
「・・・さぁて、お二方。大丈夫?」
くるっとつま先でわざとらしくターンし、JUNNKIは振り返った。夕維と那嵬は戸惑ったように立ち尽くしている。
あまりの早業についていけなかったのか、夕維は目をぱちくりさせている。
「これで、信用してもらえたかな?」
「え、えぇ・・・」
和服の襟に顔をうずめるように、夕維は頷いた。那嵬もまだ少々しかめっ面をしているものの、その視線に敵意は感じられない。
それがわかって嬉しそうにJUNNKIは笑い、鱗と爪に覆われた掌をすっと差し出し、握手を求め
「って、うおわ!?」
キュンキュン、キュキュキュン!
またぞろ目の前をよぎる光の弾丸。落ち着いて考えなくても分かるだろうに、まだ「黒い杖」部隊は残っていることをJUNNKIは失念していたのだ。
「や、やばっ!」
慌ててインカムをひっぱりだし、通信する。
「逃げるぞ!カーネルさん、煙幕!」
「了解した。」
すぐさま大型の擲弾筒にカーネルは武器を持ち替え、発煙筒をJUNNKIたちも周りに連続して打ち込む。あっという間に白い煙が夜の暗さよりさらに見えにくい蔽いとなってJUNNKIたちを隠した。
「桜・・・吹雪っ!!」
びゅううううううっ!
同時に妖桜姫の花びらが舞い散り、幻惑の香りを撒き散らす。
「それじゃまた会おう!!君達も早く逃げなっ!!」
大慌てでマンホールを空けて飛び込み、姿を消す。
「桜封印!」
「でりゃああっ!!」
「お、おのれっ!逃がすな!」
暗闇を、駆けながら。地上の音を聞き、うまく逃げたらしきその音に、誰にも見えない笑いを、改造人間達は浮かべた。

そして、その場にいた全員が気づいていないことだったが。
この戦いを、はるか彼方から見つめている者たちがいた。それは、三匹の人狼。
それぞれ毛皮の色が違う。金色と銀色、そして最後の一匹はぱっとしない灰色。金と銀の人狼は完全に人と狼が融合した姿をしているが、灰色の人狼は混じり方にむらがあり、血が薄いのか人間の色が強い。鼻筋と耳を除けば顔は人間のものだし、手足は毛皮に覆われているものの体の体毛は薄いほうだ。
そして金色と銀色、二匹の人狼は何か考えているように静かだ。その場所は、対先ほどまで激しい戦いが繰り広げられていたかのように荒れ果てているのに。・・・いや事実、戦っていたのだ。
だが、彼等は戦いをやめた。それは、あのJUNNKIたちの戦いを見たから。彼等の、「夜の住人」への接し方を見たから。灰色の人狼の仲間である、彼等の。
「アンドレイ、もう、やめましょう。こんな無益な殺し合いは。覇権を争うなんて、人間のすることよ。」
ぐるるるる・・・
銀色の人狼が静かに呟く。対して金の人狼は、納得がいかないような唸り声を上げた。声音からすると銀の人狼は女で、金の人狼は男らしい。彼等を人と認めないイスカリオテならば雌と雄といったかもしれないが。
「確かに、あの男はそういったわ。新たな世界が手に入れば、大陸一つを私達にくれると。・・・でも、それを、同じ人狼と争って得てもしょうがないわ。」
るるる・・・
金の人狼は言葉が話せないのだろうか。それでも唸りが低く静かになり、銀の人狼の説得に納得したことを示している。
「あんがと、助かったよ、分かってくれて」
屈託の無い口調で灰色の人狼が喜ぶ。陽気な女の子の顔と、狼の力を併せ持つ、その少女のコードネームはフェンリル、本名ファータ・ゾル・フェルディナント。バリスタスの改造人狼。
「勘違いしないで。私達は予期せぬ事態に出会ったから一時撤退する、それだけよ。」
対照的につっけんどんな口調で答えた銀の人狼。彼女のコードネームはブルコラカス、本名は奥津城魅那。日本人とトランシルバニア人のハーフで・・・人狼で、南米に本拠を置く秘密結社「蝉の王」の仮面エージェントでもある。古代技術による仮面で肉体を強化された・・・フェンリルと同じ、改造人狼。
「・・・もし、貴方の組織がお人よしの故に滅んだら。私達のところに来なさい。」
ふ、と笑いとともに魅那はそういった。
「うん。お互いにねっ!」
やはり笑いとともに、フェンリルも応じる。
そして闇の中、めぐり合ったものたちは、それぞれに相手を心の中に残し、別れた。

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