ゼブラーマン
かなり変わった、ヒーローもの特撮番組へのオマージュ映画。街で起こる、昔の特撮番組「ゼブラーマン」そっくりの怪事件。それに巻き込まれ立ち向かうことになってしまった、特撮マニアの無気力駄目教師が、いつしかヒーローとして、大人の父親としての自覚に目覚めていく話。
さて感想を結論から申せば・・・我が輩的には大変良し!と言えよう。こういう「ヒーロー『になろうとする者』の物語」って、我が輩好みなのですよ。
ただSF味は薄いし派手ではないのであるが。基本的に最後に出てくる宇宙人(緑色半透明、一頭身半で手が三本というかな〜り独特のデザイン)を除けば敵はそれに憑依され人間以上の力を持っているけど外見は基本的に人間(奇怪なコスチュームに身を包んではいるが・・・ただし、それが逆に強烈な違和感となり不気味)ですから。ただその演出が「日常の中の精神的異形」という初期の劇場版「バットマン」や「ブギーポップは笑わない」や「ワッハマン」に通じるイメージを醸しだし、リアリティと同時に倒錯美学を醸し出す。
やたら前衛的な演出やシュールレアリズムの領域にカッとびつつあるギャグは好み分かれるところではあるが、我が輩的には「この作品の味」として認知できる範囲で、面白いと思うし。
そして何より、この作品「ヒーローの写し方」がうまいのですよ。「宇宙の秩序」であり、手袋の継ぎ目すら本来許されるべきではない「完璧」のウルトラマンに対し、等身大ヒーローは血と汗と泥にまみれてこそ「戦士美」を得ることが出来る。ゼブラーマンはなかなかそれを体現している。それにゼブラーマンのデザインもいいし、アクションとCGの融合も、物語もイイ。
最後に、この作品の精神と近いところにあると思われる一文をパンフレットから抜粋。漫画版ゼブラーマン著者のコメントより。
<思えばあの戦争に負けてから僕はずっと「ヒーロー」を待っていた気がする。「先日を変えることは出来ない」と二発のアトミックボムと浅間山荘の鉄球は深いボディブローをくらわしたまま、ヒーローの多くはどこかの国(星)の誰かになった。そんな中で70年代の「裏切り者ヒーロー」は異質な輝きを持っていた。仮面ライダーやデビルマンは一人になっても戦い続けるヒーローであり、あきらめなかった最後の日本人にすら見える。ゼブラーマンはそんなタイプのヒーローであり、それになることが本当に「大人になること」だったのかもしれない>
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