おジャ魔女、セーラームーン、戦隊にみるリーダー論〜少女系戦隊に多い「カリスマ系友情」型リーダー〜
少し前、サイト「空科傭兵団」管理人清水三毛殿が、このような文章を掲示なされた。(以下、黄色の文章が三毛殿の書かれたもの)
発端は、「オレはおんぷとあいこ派だが、貴様はどうか?」という一言でした。
「ぬるい! どれみなくしてあの世界は存在しえず!」という趣旨の冒頭陳述から、口頭弁論がえんえん1時間弱(謎
おジャ魔女と戦隊のリーダー比較として見事な理論構成だったので、これに私独自のセラムン解釈も加味して、検討。
要は、その3つのチームの共通点と相違点の比較論です。
セーラームーンは、スーパー戦隊の単なる女子版…にみえて、そうでないのは、他言を要しないでしょう。
その個性は、ズバリ月野うさぎにあります。
すなわち、戦隊といっても色んな類型がありますが、概括すれば、それが男子向けである以上、リーダーたるレッドは、「指揮」という対人関係を通じて、上下型の人間関係で部隊をまとめあげていると言えましょう。
軍隊、または会社組織型といってもいいです。
対して、うさぎは、かなり頼りない面があるのですが、多分に包容力が強く、チームの誰をもひきつける魅力があります。そうした、いわば「指揮」という人間関係に依存しない、特殊なリーダーが、部隊をまとめあげている。
セラムンには、部隊としてこうした特色があると思います。
おジャ魔女の主人公どれみも、またしかり。
ドジな点がうさぎに似ており、そういう意味で、セラムンと共通しているといえます。どれみはドジだけれども、誰よりも仲間思いであり、また、仲間が彼女を思うからこそ、結束が成立する。
すなわち、彼女なくして、部隊は成立しないのです。それは、どっか〜ん! 最終クールあたりで、どれみが別れの中心として描かれていたことからも明白である、と弟は論じました。
あいこが二ヶ月いなくても話は進むが、どれみがいないと番組は成立しない、そういう趣旨らしいです。
そういう意味で、どれみとうさぎは共通点があるといえるでしょう。どれみとうさぎを入れ替えても、それなりにチームはまとまりそうな点もその論拠となります。(そう思いません?)
比較するに、
友情などもアリとはいえ、軍隊型の指揮という関係が主軸である戦隊のレッドとは、そこが違うかと。
もとは戦隊から発展した少女戦隊の比較論でした。
この3つに共通する点としては、なんのかんのいっても、リーダーの個性が、部隊全体の雰囲気や、ひいては番組全体の雰囲気を決定付けているというもの。
普通な熱血タイプだったりするとリーダー系キャラは人気がないものですが、やはり大事なんですね。
部隊モノを描く場合、上記のようにリーダーの性質について考察したほうが実り多い作品がかけるでしょう。
アルフェリッツ姉妹は…一匹狼の集団みたいで、あまり部隊モノっぽくはなかったですな(汗) ラスターとかもいて、人数だけみれば結構いるんですが。
・・・・然りっ!!この文を見た瞬間、我輩はチェシャ猫のような満面の笑みを浮かべた。
少女系戦隊におけるリーダーの特撮系戦隊におけるリーダーとの相違は、我輩も別のアプローチから注目していたのだよ。
我輩が研究対象としていたのは「魔法騎士レイアース」と「アキハバラ電脳組」なのであるが、これにおいてもやはり「そう」なのだ。レイアースの三人の中でのリーダーたる「獅堂 光」は、異世界に飛ばされて初めて出会いチームで戦うことを宿命付けられた二人の仲間「竜崎 海」と「鳳凰寺 風」とその性格のよさからいち早く仲間となることにより、魔法騎士三人のチームワークを形成していた。この三人の場合はまあ普通の女の子っぽい(戦士的ではない)海やおっとりした風より、体育会系の光のほうが「特撮系戦隊的な意味での」リーダーの資質が高いようにも思えるが、しかし。
「アキハバラ電脳組」においてはそのパターンはより顕著。
一番とろくて子供っぽい「花小金井ひばり」がリーダー役であるが、彼女は性格的には明らかに指揮官という意味でのリーダーとはもっとも遠い存在である。しかし、彼女は紛れもなくアキハバラ電脳組のリーダーであると言うことは、物語の端々で見ることが出来る。中学生という多感な時代の少女達で結成された隊であるが故に、電脳組のメンバーはいっつも大騒ぎである。そこの中心にほのぼのしたひばりが存在し隊の一人一人とそれぞれ友情で結びつくことにより、丁度接着剤のように部隊を纏め上げていたといえる。
このリーダーシステム(意図して出来るものではないが)は成る程戦士としての心構えなどありえない女の子たちが苦難に立ち向かうのに、有効な形態である。恐らくそれは少女戦士の魁であるセーラームーンがオリジナルと思われ、かなりの数存在するものと思われる。
しかしまあ、このシステムにも問題ないわけでもない。それは中心のリーダーが揺れ動くと、影響が・・・それも目に見えにくいのでやっかいな影響が部隊全体に出るということ。接着剤の役目を果たすリーダーは「みなに優く好かれる」というある意味極めて難しい位置にとどまり続けねばならぬが、不確定な存在である人間にそれは難しい。先の電脳組での例を挙げるとリーダー「花小金井ひばり」は一時恋愛関係で思い悩んで戦線離脱気味だったときがあり、たまたま敵の戦力拡充期が重なったこともあって調子の乱れた電脳組はヒーローヒロインには珍しい「連敗」している。
またもう少し子供らしい事例を挙げると、ひばりがいわゆる「敵ライバルキャラ」である大鳥居つばめ(この子も女子中学生)と、「仲良くしよう」とするわけですな、優しいから。結局この大鳥居つばめは仲間になるのだが、すると必然的にひばりはつばめのことを重視してそっちにかかりっきりにならざるを得ないのであり、それでチームワークが乱れたと感じた(というか、友達を取られたと嫉妬した)他のメンバーと新メンバーつばめとの仲が険悪になったりしていた。
とはいえ、そういう問題を乗り越えて成長する少女達の心理状態の活写は半分少女漫画であり半分バトルものである少女戦隊系にしてはまさに目的に合致といったところと思われ、故にこそこのタイプのリーダーが少女戦隊系に多いものと思われる。
そして、この件に関して朱雀飛鳥殿も興味深い発言をなされた。(以下、赤字部分が朱雀飛鳥殿の文)
これはまさに、西遊記の三蔵法師ではないかッ!!と強烈に思いましたよ!
これまで三蔵さんは「守ってもらうお姫様」という認識しかなかったので
我ながら目から鱗です。
戦隊元ネタとして言わずもがなの、
悟空>熱血のレッド・八戒>お調子者のイエロー・悟浄>クールなブルー
(もっとも、最近の戦隊シリーズの青と黄色はパターン脱却してますが)
当然リーダーは悟空ですが、戦闘シーンだけならはっきり言って他の2匹は不要だったり。
経験も年齢も比べ物にならない「戦闘力も指揮の資質も無い」三蔵は天界の
後ろ盾付きとはいえ、銘々勝手な3名のつなぎとして物語を成立させています。
悟空は正面切って「この阿呆がッ」と豚をののしりこき使うし、八戒は猿への仕返しの
チャンスを狙っている。三蔵というつなぎがいなければふたりの仲は最悪です。
少女戦隊の先駆のうさぎはもちろん友情要素も大きいのですが、実際に戦士達に
守られるべきカリスマの「お姫様」だったわけです。
指揮資質が劣るという、戦闘に置いては致命的性格にもかかわらずリーダーに推される、
お二人の見解から導いた私の考えは
少女戦隊の「一番頼りないが全メンバーの心を抱擁するリーダー」は
少女漫画らしく「守られるお姫様資質」である。
…いえ、本当は「三蔵法師」である、と言いたいんですけどね〜
ふむ。光栄カルト倶楽部「TVヒーローに挑む悪の秘密結社の謎」でも西遊記は取り上げられていたな。西遊記の妖怪特に京劇におけるそれは、いわゆる怪人の元祖である、と。彼等はいずれも人間の体型に動物の要素を併せ持ち(ショッカー怪人そのもの)、それは舞台上では「仮面」で表される。(仮面というのは、一種と特撮着ぐるみの原型)そしてあくまで少数による局地的戦闘に徹しており、かつ大抵の妖怪は何とか洞という洞窟(アジト)に住んでいる・・・と、しかし戦隊系ともこうしてみると確かに絡みますな。そう言う意味凄いですな、西遊記は。良く漫画などでリメイクされるわけです。
しかし「お姫様資質」、これは意表をつかれましたです。どこから来る現象なのかな〜って思ってたら、お姫様とは。成る程、ありそうです。その辺の伝等からくる特質。
しかしそうなると・・・これはそれにどう当てはまるのだろうか。もう一つ見つけた法則なのだが・・・そういう「普段守られてるリーダー」は、「成長すると最強になる」という。
セーラームーンに関しては詳しくは知らないけど銀水晶とか言うアイテムを扱えるのはたしかセーラームーンだけのはず。
レイアースにしても、三人の操る魔神(マシン。意思を持つ魔法巨大ロボ)が合体して最強形態となったときの操者は主人公・獅堂光だ。アキハバラ電脳組でもやはりリーダー「花小金井ひばり」が一番最初にディーヴァ(秘密結社ローゼンクロイツの作った半生体ロボット)との霊機融合(ディーヴァと合体し、新たな人類としての器を得ること。ディーヴァ単体のときより桁違いの強さとなり、単体での大気圏離脱・再突入すら難なくこなす)を果たした。他のメンバーがTV終了後の劇場版までそれを成しえなかったことを思うと、やはりこの場合も彼女が最強と言ってもいいだろう。
西遊記でも、最強である悟空をとめられるのは三蔵の呪文だけだし。あれは微妙に違うかもしれんが。
この辺は朱雀飛鳥殿のご意見では、
ソレは男の子向け(特撮・アニメ・漫画いとわず)にも言えるのでセオリーかと。
読者と同じ普通の「男の子」が展開に沿って強くなっていくのはよい子のユメですから。
とのことであるが・・・我輩はこれにもう一つ付け加えたい。それは「女の子」から「少女」そして大人の「女性」への成長、という概念である。セーラームーンにしてもレイアースにしてもアキハバラ電脳組にしても、最初は普通の女の子だった主人公達はいずれも時に敵との戦いに傷つき、そして敵側の思いや戦いの意味を考えたり、あるいは恋におちて揺れ動く己の心や他者を思いやるということに関し心巡らせたり、そうして成長することにより、「最強」となる。ここでの最強はいずれも「守るが故の最強」、それは女性の、母の、生命の強さであるそれにより近しいと思う。
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