「良いのだな?童。生きる事は輝く事と某は説いたが、舞台を踏むかはそなた次第ぞ。」
「おねがい、するよ。おねえちゃん。ぼくはぼくになりたい。ぼくのおはなしをうちたてたい。‥‥はらぺこあおむしでいるのは、もうやめにしたい。それには、それがひつようだと、ぼくがおもったんだ。」
「‥‥されば、仕らん。」
ヤギノイドの願いに、カブキノイドガールが答えた。派手な化粧を施された容姿が、妖艶な遊女と、愛深き慈母を溶き交ぜた表情となり。歌舞伎衣装と海老の外骨格の印象を併せ持つ両手が、ヤギノイドの頬に添えられた。他の完全に怪物の姿をした男性型バイオノイドやマッド・ガルボのような完全戦闘用女性バイボーグと異なり、可愛らしい男の子の姿に部分部分に山羊の要素が混じり合った、ギリシア神話の精霊サテュロスの如き姿の少年。戦闘能力には乏しいが、〈情報を食べる〉能力で、セントラルシティを大混乱に陥れた。図書館や書店の全ての本を白紙に変えるのは前菜。企業に行けばその中のあらゆる書類を、銀行に行けば全ての預貯金の情報を、証券取引所に行けば全ての証券情報を、ヤギノイドは喰らい消滅させる‥‥間接的に言えば、破滅させた人間の数は、一人も殺さず何も破壊していないにも関わらず、過去のバイオノイド達の中でもトップかもしれぬ。だがその力は、圧倒的な情報量を取り込む事による自我の希薄化・消滅の危険というリスクを伴うもので。
故に少年は物語を欲した。無味乾燥な数字情報ではない、面白い物語を。それに感動する事で己を保ち続ける為に。物語に憧れ、物語を楽しみ、漫画家をアジトに連れ込んで自分の漫画を描かせて楽し気に燥ぎ見せびらかして回る様子を、カブキノイドガールは暖かいと感じていた。だが、唯人の財貨を食らい災いを垂れ流すだけの害虫の如き生き方ではなく、己の物語を歌い上げる生き方をしたい、そう乞われたのであれば、断れぬ。
カブキノイドガールはヤギノイドに口付けをした。怪物細胞が、既にして怪物であるヤギノイドを、更なる高みへと押し上げていく。
そして、戦場に魔神が降臨した。
「じゃま、しないで!これは、ぼくのたたかいなんだから!」
「おのれ!この馬鹿者がっ!」
ジバン抹殺の好機と見て戦場に介入しようとしたマッド・ガルボが苛立ち叫ぶ。専用二輪・黒牙、生機融合砲、生機融合触手、使用不能。だがその程度では、驚きはしない。驚くべきは、バイボーグたる己に匹敵する程に強化されたヤギノイドだ。可愛らしい男の子だった形を中性的な美少年へと変え、ヤギの角と耳があっただけの頭部を、ヤギの頭蓋骨を兜にして被ったような姿へと変え、四肢を圧倒的に逞しくし、禍々しい霊的な六芒星の光輪と翼を背負うその姿は、最早山羊でも精霊でもなく魔神バフォメットの如し。
実際その力は圧倒的だった。マッド・ガルボに対しても振るった、相手の機械式の武器から制御プログラムを〈食らう〉ことで装備の使用を封じる力。これによりジバンは機動十手、仕込旋錐、仕込手錠、専用車、専用二輪、専用戦闘機、機動兵装、その全てが使用不能。その上で、強化された身体を、武術書を食らい掻き集めた、人間が積み重ねた格闘技の術理の知識で駆動するヤギノイドと格闘戦を強いられるのは、絶望的状況、即ち、バイオロンの勝利の筈だった。
(だと言うのに、愚か者が!)
子供の遊びのように闘い、ジバンに対し勝利を誇示し、それで終わりにして、トドメも刺さずに‥‥挙句に、「けんかあそびは、これでおわり。ねえ、いっしょにあそんだし、けんかもおわりにしたんだから。もう、なかなおり、できないかな?」だと?
「やれっ!奴が起爆装置の情報を食う前に着火しろっ!!発射ぁああっ!」
いつか世界を焼き尽くす日の為に営々と製造蓄積を続けている特殊ミサイル。そのうちの一発を持ち出す程、
「‥‥‥‥!?」
「‥‥!!」
ガルボの怒号と共に戦闘員達が機械を操作し発射させるミサイル。ヤギノイドが愕然としながらも、〈力〉を再度発動させようとし。そして、倒れていたジバンも、立ち上がり・・・・!