漆黒の空と大地を、雷光が両断する。
異常なほど濃い闇である。空の暗雲はある一点を中心に渦を巻くようにしながら厚く垂れ込め、雨は凝固したような無風状態とは正反対に水の塊が地上を押しつぶそうとしているように降り注ぎ、地上は首都圏の街中だと言うのに明かり一つ無い。
そしてそれだけではなく・・・何か底知れぬ、精神に働きかける暗さを持つ瘴気のようなものが、この闇を一層まがまがしいものにしていた。
その、雲が渦を巻く中心直下、東京タワー。その複雑な鉄骨を飛び回りながら、戦うものが居た。
一人は、頭の左右で長い髪をリボン状に結び、袖口を絞った白い簡素な服、勾玉の首飾、埴輪の兵士を連想させる鎧を着た、古事記から抜け出してきたような姿の二十歳ほどの青年。紫の翼を羽ばたかせ、鋭い剣を構えている。
もう一人は、20代後半〜30代前半、妖艶な女性の姿をしている。足元まで届きそうな、ウェーブのかかった黒髪。熟れきった肉体を、天女の羽衣のような細い布でわずかに覆っている。媚惑的だが、高飛車な感じはない。だが双方ともに超常の力を振るう以上、ただの人間ではあるまい。
「貴方は・・・強いわね。少なくとも、下で寝ているお嬢さん達よりは、よっぽど。力も、意志も。」
ゆったりとした、誰もが魅了されずには居られない笑みを女は浮かべる。対して、青年は引き締まった、というよりは強張ったようなきつい表情を崩さない。彼女の言う「下で寝ているお嬢さん達」は、倒された彼の仲間・・・いや守護対象だからだ。
「・・・俺はパステリオンの守護者だ。彼女らを守るためには、当然彼女達より強くなくてはならない。」
無表情に、言い捨てるようなその口調。女は、それに母が子を心配するような憐憫の表情を浮かべる。
「自分の命を削るほどの絶対の破壊力、そうでなければ変身の甲斐も無いわよね。でもね陽極神・・・いえ、天之柾利さん。この戦い、貴方にとってしは運命かもしれないけれど義務ではないわ。」
「どういう意味だ、リリス。」
「悩む貴方が、存在意義として戦いを求めるのは分かる、いえ人の苦しみなんて本人でなけば完全には理解できないだろうけど、それでもある程度なら分かるわ。でも、大事な人まで戦いに巻き込むことは、かえって貴方の苦しみに繋がっている。」
「・・・お前達が戦いを起こさなければ、こんなことにもならなかった。」
陽極神、水之柾利、二つの名を持つ青年は搾り出すように答える。折からの豪雨が頬を伝い、涙のようだ。
だが彼自身は、自分の頬を流れるのが涙ではないことを知っている、痛いほどに。涙が出ない、自分の目を。
「私達は、誰とも戦いたくなかったわ。」
対して、リリン、苗字も無いただのリリスは、濡れることも出来なかった。体を素通りする雨を、ぼんやりと見つめている。
「お兄ちゃん、パステリオンさんたちの治癒と避難、終わったよ。」
すい、と空中を舞い、陽極神と似たような格好をした者が下から現れる。ただしこちらの基調色は黒で、背中の羽は金色。そして何よりの違いは、女性だ。
「そうか、ありがとう水奈。これで本気で戦える」
陽極神、柾利のそれまでの引き締まった表情が、彼女に向けられたときはほころんだ。水奈と呼ばれた、おそらく彼の妹である少女も、嬉しそうに微笑み返す。そのさまは、むしろ先ほどの言葉がなければ恋人のようともいえる。
「さて、覚悟してもらおうか。これだけのことをして、ただで済むと思うなよ。」
「僕達は死にたくない、死ぬつもりもない、死ぬ理由も無いよ。」
「あっ!」
リリスの側にも、もう一人加わった。13歳ほどの少年の姿をとっている。僅かな腰布と胸当てを纏い、鋭いというよりは一種猫のような目で、髪の毛は少し長め。リリスとは不自然に年齢の近い親子のような、年の離れた姉弟のような・・・雰囲気はよく似ている。
「死ぬ理由が無いだと、ふざけたことを言うなリリン。」
陽極神の鋭い視線と声に、拗ねた猫のように少年は言い返した。
「だって、僕達には、これが当然のことなんだから、ね!」
そういうと、リリンは勢いよくその小さな拳を突き上げた。
ぐぉおおおおおおおおお・・・・・・
亡者の呻きのような音を立て、雲の渦の中心がシャッターの絞りが逆回転するように開く。だがその向こうにあるのは空ではない。
穴の向こう、そこにまた穴。夜空があり星が瞬いているはずの空間に、暗いというたとえでは当てはまらない、感じられるけど見ることは出来ない、強いていうなれば盲点のような不可視の穴が開いている。
「・・・これは・・・!!」
「ええ。時間穴。」
「逃がさないっ!」
「待って、お兄ちゃん!」
一瞬の騒乱。それを、スポットライトのような、物理学的にはありえない「局地的な暗闇」が包み、消えた。
「劇場版 魔女っ子戦隊パステリオン THE RAST VACATION」
「ちょっとすーちゃん!起きて起きて!」
「ん、んあ!?みこちゃん!?」
驚いたのか、居眠りから目覚めた途端、すーちゃん・・・天寺鈴希はぴょんと小柄な体を飛び上がらせた。もう高校三年生だというのに、一見小学生のころからあんまり変わっていないように見える。少々髪が長くなっているが、ちょっと変わった前髪の分け方も、可愛いけどなんだか元気な少年みたいな顔もそのままだ。
そう、彼女が始めて正義の味方「パステリオン」の一人、パステルレッドとなった時から。
起こしたほう・・・月夜美琴は随分と大人びているから、なおさらだ。大きな眼鏡からコンタクトレンズに変え、ウェーブのかかった腰までのロングヘア。背もぐんと伸びて、見間違えるほどに大人っぽく、そして美しく成長している。同じパステリオンの一人・・・パステリオエローなのに随分と差が出ている。
「あれ!え、なんで東京タワーから・・・あ、夢、か。」
「もう、すーちゃんたら。」
寝ぼけ眼で周囲を見回す、どころかファイティングポーズをとりながらすばしこく左右を向く鈴希、その様子があまりにおかしくて、美琴は僅かに笑ってしまった。
「あ、笑ったなミコちゃん、もう。」
「ふふ、ごめん。」
といいながらも、鈴希は自分でも笑ってしまっている。穏かな空気が流れた。
ひとしきり笑ってから、はたと美琴が手を打つ。
「あ。そうでした、すーちゃん、あと五分で飛行機が付くわよ。」
「えっ、もう!!」
なにしろ、一年八ヶ月ぶりの再会である。この場に居ない「パステリオン」の最後の一人・・・パステルブルー、裾野雪彦は高校二年の春に、「実家の料亭を継ぐ為の修行」と称して何故か中国へ行ってしまった。
料亭といえば普通高級和食である。なのに、なぜ中国へ行くのだろうか。小学校五年まではやはり修行の名目でイタリアに居たそうだし。最近の和食は色々とそういう外国の料理の手法を取り入れつつあるというが。
「仮にも正義の戦隊とあろうものがばらばらになっていいのか」
当時、鈴希はそうフチコたちに尋ねた。が、フチコたちの答えは、
「問題なし。」
何でもこの地球を破壊し「宇宙を律する力」を手に入れるには、ヴァジュラムのアントナンが捕らえたパステルレッド=天寺鈴希からエネルギーを吸収したように、あるいはリーブル十騎集や暗黒鬼神グロージアのようにパステリオンと戦うことによって自らの力を同レベルの領域まで引き上げたり、何らかの形でパステリオンと戦わなくてはならないので、まず侵略者はパステリオンたちと戦おうとするから大丈夫だという。
実際パステルブルー=裾野雪彦はイタリアに居たころ、たった一人でディオ=ディナスティアを撃退したし。
というわけで二年進級と同時に分かれて以来、結局敵も来なかったしずっと会っていないのだ。
「こ〜しちゃいらんないわ!行こっ、ミコちゃん!」
「はうあう!すー、すーちゃん首が絞まる絞まる!」
興奮のあまり美琴の着ているセーターの襟首を思いっきり引っ張り、鈴希はこれまでの八ヶ月に比べると随分短い五分後へ向けて、勇んで走り出した。
後でセーターの首が伸びちゃって美琴に怒られることも予測できない舞い上がった鈴希に、その未来に待ち受ける、かつて無い厳しい戦いを予測することは、ぜんぜん出来なかった。
「う〜〜〜〜っ、長時間の飛行機は疲れるわ〜〜〜〜っ・・・空気悪いし、足伸ばせないし・・・」
入国監査を終えた人たちでごった返す中、「彼」はひときわ目に付いた。
何しろ、男女問わず振り返るほどの「絶世の美女」である。・・・「彼」なのに。その場に居た全員が、彼が実は男であるとは思っても居なかった。着飾って、化粧して、女装しているわけではない、青いブルゾンにタートルネックのセーター、スラックスとどちらかというと簡素な服で、化粧もせず、スーツケースを引きずっている。
だがそれでもかきあげた長い髪は黒真珠もかくやという美しい艶のある黒さを持ち、白磁のごとき玲瓏たる肌に包まれた顔は、流麗なラインを描く眉、高すぎず低すぎずすっと通った鼻筋、知性と生気が絶妙なバランスで溢れる瞳、紅を引いたかのような鮮やかな唇が開けば、真珠のような白い歯が見える・・・といった具合の、形容詞が寄ってたかってもあらわせない美しさだ。
(いっそ、パステリオンの力を使えばよかったんだろうけど、自衛隊とかに見つかったらやばいしね〜・・・)
水を属性とするパステリオンである雪彦は、空の属性を持ち月まで30分で飛べるイエローのようにジャンボジェットどころかコンコルドだってぶっちぎる高速で泳ぐことが出来る。が、そんな高速を出せば水中衝撃波やら何やらが発生して、凄く目立つ。
とはいえ、ようやくと故郷、家族と、戦友が待つ日本へ帰ってこれたのだ。
感慨深げに、祖国の空気を深呼吸する。と、いきなり望んでいた、長いこと電話回線を通さず聞きたいと待ち焦がれていた声がかかる。
「あっ、居た居た、ゆきちゃ〜ん!」
「すーちゃん!」
走りよってきた鈴希の元気な姿と、引きずられてきた美琴の元気な?姿に思わず微笑みがこぼれ、そして次の瞬間凍りついた。
「いや〜、女装してないんで気づかなかった。」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その一言に、まるで致命的なダメージを受けたように雪彦は立ち尽くした。
「し、しまった・・・修行の忙しさ、中華味魔王軍団との戦いにかまけ身だしなみを忘れていたとは・・・折角チャイナドレス新調したのに!」
(女装って、身だしなみなの?というか中華味魔王軍団って何!?)
などと脳内が疑問で一杯になり硬直する鈴希。がっくりと膝を屈する雪彦。
「再会早々何やってるのかなぁ、この二人は・・・」
それぞれにショックを受けたらしき二人に挟まれ、美琴はただだらしなく伸びたセーターの襟をもてあそびながら立ち尽くすことしか出来なかった。
「くっ、気を取り直して・・・」
よろよろと起き上がる雪彦。未だ呆然としている鈴希の背後に回りこむと、急に生き生きと目を光らせた。
「すーちゃーーーん、ひさしぶり〜〜〜〜〜っ!!」
がばしっ!
思い切り胸に腕が回るように抱きつく雪彦。昔から良くやっていたいたずらだった。掴もうとしてもそこにあるのはまっ平らな、なんのとっかかりもない肋骨の上の肉と皮膚なので、笑いとつっこみしか生まないのだ。
むに。
柔らかな衝撃。
雪彦の認識世界が一瞬白一色となり、一瞬の失神から目覚めたときはもう手を離して二、三歩あとずさっていた。
冬なので厚い衣服を着ているので、ぜんぜん気がつかなかったが、鈴希の胸囲は一年八ヶ月でそれまでのネオテニー状態から考えたら驚異の成長を見せていた。最後に一緒に戦ったときは、変身しても小学五年生からまるで変わらぬ身長・体重・スリーサイズだったというのに。
混乱の中、雪彦は何とか次の行動をとった。鈴希の反応に対する覚悟だ。
「きゃあっ!も、もう何すんのよ!」
「・・・・・?」
「まったく、もう。」
顔を赤らめて怒る鈴希。だが、子供っぽい怒鳴り声も、予期したしゃれになるかならないか限界ぎりぎりの鉄拳も飛んでこない。
「い・・・」
「い?」
胸を押さえながら、顔をトマトのように真っ赤にしている鈴希でも、雪彦の様子が変なのは分かった。何かひどくショックを受けているようである。
「いつものすーちゃんじゃない・・・!!!この異常な事態に慌てふためいた私は、思わず顔を昔の少女漫画タッチにして、イナズマフラッシュとともに床が砕けてに落”#$%&’()=~|‘@*:+;」「}{_?<>。!」
「何言ってるのよ!」
後半雪彦の声が滅茶苦茶になったのは、彼のあまりのリアクションにようやっと鈴希が突っ込みの拳を見舞ったからだった。だが、のけぞり倒れる雪彦の表情は何故か満足げだったという。
「ああもう、二人とも何
ドドドドーーーーーーーーーーン!
二人の奇妙な再会をとめようとした美琴の声も、遮られた。
今度は、巨大な爆発音が原因だ。
「「「えぇ!?」」」
「うう・・・」
彼は、何故そのような行動に出ようと思ったのか。それは良く分からない。
精神に以上をきたしていたのかもしれないし、精神的抑圧が限界を超えたのかもしれない。
少なくとも外見は、すこし油じみている以外は普通の男だった。これといってハンディキャップを負っているわけでもない。
「へ、へへ、へへへへへへ・・・・・」
だがとにかく彼はそれを行おうとしていた。
薄笑いを浮かべながら、何度も手荷物のバッグの中身を確認する。
鍛造された鉄の色がきらきらと光って、とてもきれいだった。
一見しつこいボディッチェックの裏をかき、ステンレス製の弁当箱の中に入れて持ち込んだ、一本のナイフ。
振りかざすことによって非日常を作り出し、思考を消滅させる道具だ。何かを断ち切る、彼にとってある種呪術的な意味合いを持つ何かだ。
ハイジャック。
そんな大それた犯罪を犯すというのに、彼の頭の中には一切の恐怖がなかった。いや、複雑にねじくれてしまった感情に既に秩序が失われていただけかもしれない。
だが「精神に異常をきたしているからまともに裁かれない」という安心感と免罪符、何のために警察と法律と裁判所はあるのかさっぱり分からない考え方があったせいでもある。
ともかく薄笑いを浮かべながら男は、飛行機に乗り込もうとした。
「待って・・・」
不意の呼びかけ。その瞬間、男にとって世界は停止した。微妙に時間の流れの違う世界に入り込んだかのように、周囲に居る全ての人間が停止し、音が消える。
聞こえるのは、ただその涼やかな呼びかけの声だけ。
その呼びかけてきた相手に、男は眼も魂も一瞬で奪われた。今まで見たこともないような、男の妄想を全て具現化したような美女がそこに居たのだ。
これは幻覚か、幻覚でもいい。男の脳内をそんな声が響き渡る。
「私を、助けてください。お礼に、貴方の願いをかなえてあげます。」
その魂を奪うばかりの美しさは、唐突極まりない言動を覆い隠した。いや、既に言葉は聞こえていなかった。
意志を奪われたのではない。二つの意志が一つに連結し、コンピューター同士の情報交換のように全てを一度に伝えてしまったのだ。互いの望み、そして相手に対してすることを。
うっとりした表情とは対照的に案外しっかりした足取りで歩み寄ってきた男に、リリスの名を持つ女は、しっかりした表情とは対照的に今にも崩れ落ちそうな足取りで男にしなだれかかった。
ほとんど裸体に近い体を絡め、男の体、いやそれ以上の何かを確かめるようにねっとりと身を摺り寄せる。
そして、口付け。リリスは男の心を、男は、望みをかなえる新たな体を。ともに望むものを、得た。
「ヴォアーーーーーーッ!ヴアアアアアアアアア!」
びりびりと、コンクリートの滑走路、ジェラルミンの機体が振動するほどの咆哮。
「ベエエエエエエエエ!ビィイイイイイイイイイイ!」
巨大な赤ん坊のひきつけ寸前の泣き声に全力回転するチェーンソウ同士がこすれあう音を混ぜ数千倍に拡大したような、とてつもなく不快な轟音だ。
そしてそれを発しているのもまた尋常な存在ではない。空港に居るどの旅客機と比べても巨大な、異形の巨人だ。
体の色はスプレーを拭きつけたかのようなむらのある銀色で、表面は油の薄幕で覆われたような、独特の虹色模様がグラディエーションを描いている。
そして、刃。頭も顔も胴体も背中も手も足も、全身に何十本もの太さも長さもばらばらの刃がびっしりと生えている。
体自体まるで出来損ないの泥人形のようにアンバランスな姿をしているのだが、この全身の刃のせいその異形ぶりはますます際立っている。
「ヴォェエエエエエェエェエェェェエエエエ!」
怪物は、叫びながら左手と比べて随分と長い右手の先に着いたナイフ形の刃で旅客機の翼を切り落とし、返す刀で管制塔を突き刺す。全く無目的かつ傍若無人、地団太を踏む子供のようにあたり一面を破壊し始めた。
「そこまでぇ〜〜〜〜〜〜っ!」
だが!唐突にかかる声!
「ウヴ?」
一瞬、巨人の奇怪な容貌に戸惑いの表情が浮かぶ。これだけの力を持つ自分を呼び止めたのが、一見普通の少女たちであるという事実に。
そしてその戸惑いは、涎の垂れそうな嗜虐の笑みに取って代わられる。
振り上げられる巨腕。がその瞬間逆に激烈な閃光が巨人の目を射た。
「ビェエエイ!?」
後退する巨人、そして光の中から三色の声が沸きあがる。
「「「宝珠、天身!」」」
「天の光もて」
「陰陽の理あらわす二天の日月その光もて」
「地冥の青き闇と剣冠の光もて」
「「「「身に纏わせよ七つの宝珠!」」」
「「「一心 二天 三神 四界 五色 六光 七つのパステルその身に纏えドミニオン!!」」」
赤、黄、青の三原色の閃光。その中から現れるのは、かつて何度もこの地球を救った、三人の戦士。
「天の下に災いをなすものどもよ・・・」
「八百万の神々の力をもちて」
「これを討つ!!」
「「「魔女っ子戦隊!!パステリオン!!!」」」
大地の属性とアマテラスオオミカミの力を持つ、赤い戦士パステルレッド=天寺鈴希。
赤い髪、レオタードのような衣装に、大きめのグローブとブーツがいかにも飛んだりはねたりの動きをイメージさせる。
空の属性とツクヨミノミコトの力を持つ、黄色の戦士パステルイエロー=月夜美琴。
金髪、全体的にふわっとした、飾りの多い衣装。背中のリボンのようなハネがシルエットの特徴になっている。
海の属性とスサノオノミコトの力を持つ、青い戦士パステルブルー=裾野雪彦。
頭の大きなリボン、蒼と黒を効果的に使ったタイトなコスチュームで、手に宝剣クサナギ・ブレードを持っている。
「久しぶりの日本で、まさかいきなり変身とはねぇ・・・」
「まぁ、ある意味私達らしいじゃないの」
「でも18歳になって「魔女っ子」戦隊というのは・・・」
!!!
美琴の何気ない一言に、重い衝撃を受ける鈴希と雪彦。
「い、言わないで・・・折角考えの外に追いやっていたのに・・・」
「「魔女っ娘」と書いてまじょっこと読ませたら、駄目かな?」
などと一見いつものように、戦いは始まった。
だが。
「それじゃあ、いっくわよっ!魔法拳・げんこつボンバーッ!」
跳躍したレッドが、勢いよく殴りかかっていく。強大な魔力をこめた拳、当たれば今までどんな巨大なものでもフッ飛ばしてきた。
「ヴィアオ!」
瞬時に巨人はまるでハリネズミのように丸くなった。全身の刃が逆立つ。
「えぇ!?」
基本的に空は飛べないレッドの力は、空中に跳んでしまったら方向転換が出来ない。そのまま、刃めがけて突っ込んでしまう。
「痛ぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
全身で刃の群れに突っ込んでしまった鈴希。全身傷だらけになって弾き飛ばされる。
「レッド!」
その様を見て、雪彦の闘争心に一気に火がつく。一気に全力を出し、「いかなるものをも切断する」クサナギ・ブレードを振るう。
「このぉ!クサナギブレード・神速一刀!」
キィィィィィン!
硬質の響き。巨大なものが真っ二つになる、豪快な切断音ではない。それは・・・
「う、受け止められた!?切れぬもののないクサナギ・ブレードが!?」
驚愕する雪彦。それまで剣技を得意とするリーブル十騎衆や「常世の玉座」の剣士たちと戦っても、このクサナギブレードを「受け止めた」ものは居なかった。仮にそうしようとしても剣ごと真っ二つになる、はずだった。
だが目の前のこの巨人は、それまで戦った敵とそれほど違いがないはずの刃物で、このクサナギブレードを受け止めている。
「このっ、案外やるじゃない!それならクサナギブレード百烈・・・」
すかさず次の技を放とうとする雪彦。それは切り替えが早かったのか、目の前の現実についていっていないのか。だがそれより先に敵が動いた。それまで使っていたナイフ形の右腕と違い、不器用そうだけど破壊力はありそうな鉈か鉞を思わせる大味で巨大な左腕を振り下ろす。
「何のこの程度・・・・っ!?!」
素早い剣さばきで、雪彦は確かに攻撃を受け止めた。だがそのまま相手のパワーに負けて吹っ飛ばされてしまう。
ガッシャァァァァン!
空港の建物が陥没するほどの勢いでぶつかり、全身の骨が悲鳴を上げる。
「かっ・・・は!」
前進を貫く激痛に苦悶しながら、雪彦はあることに気づいた。
空港の建物が陥没するほどの勢い。昔なら相手に吹っ飛ばされて建物二、三棟貫通してもへっちゃら、大気圏外から落下してようやくダメージを受けるくらい、パステリオンの体は頑丈だったはずだ。それが今は、コンクリートがへこみひび割れる程度の衝撃で、体が限界ぎりぎりのダメージを受けている。
それだけではない。受け止められたクサナギブレード。いやそもそも最初のレッドの攻撃も、昔なら構わず相手を棘ごと粉砕していたはずだ。
(私達の力が・・・弱くなってる!?)
「封魔閃光弾!」
「ビエエエオオオオオ!」
パステルイエローの魔法も、やはり以前ほどの破壊力がない。敵にダメージを与えはするが、以前のように数十メートルの体格と強化呪力鋼装甲を持つ戦略業霊無を一撃で消し飛ばすほどの破壊力はない。そして、それが敵の反撃を招く。
「ビィエエエエエエエオオオオオオオ!!」
「あくぁっ!」
巨人の反撃により、咄嗟に張ったシールド魔法もろとも空港の反対側まで弾き飛ばされてしまうイエロー。
壁際に追い詰められた雪彦と鈴希に、のしかかるようにして巨人が迫る。
「すーちゃん・・・大丈夫っ!?」
自分自身重傷の体であるが、必死に立ち上がり鈴希に肩を貸す雪彦。一瞬二人分の体重がかかった両足が悲鳴の激痛を上げるが、クサナギブレードを杖にして何とか持ちこたえる。
「う・・・くそ・・・このぉ・・・」
半ば意識を朦朧とさせながら、それでも鈴希は戦おうとして握りこぶしを弱弱しく突き出す。
「・・・・っ」
それが何故か、雪彦にはひどく悲しくて。
「ヴォアアアアオオオオオオオオ!!」
「!!」
鈴希をかばい敵を見据えながらも、一瞬雪彦が覚悟を決めかけたその時。
「テラノス・ナックル!」
ドッガァァァァァン!
唐突に、それまでぎりぎりまでパステリオンを追い詰めていた巨人が消し飛んだ。
「ええ!?」
「な、なに・・・?」
たった今まで巨人がふさいでいた空間が急に開けて、そこに立っていたのは、古事記から抜け出してきたような青年戦士の姿があった。
「・・・貴方は・・・誰・・・?」
「俺は、陽極神。パステリオンの守護者だ。」
「・・・そ〜か、そんなことが・・・」
次の日。
新たなる敵、そして謎の「陽極神」の出現に対策を立てるため、鈴希、美琴、雪彦の三人はとりあえず一番広い雪彦の家に集まっていた。
空港には行かなかった三人のマスコット兼アドバイザーとでも言うべき神獣たちに事情を説明する。
たった今唸ったのはカルラ。月夜美琴、パステルイエローの神獣である。本当は日本神話に出てくる金鵄のような黄金に輝く猛禽で戦略業霊無も一撃で破壊するほど強いのだが、今は地球を覆う結界の影響で緑色の小さな丸まっちい梟のような可愛い鳥になっている。
「そう、新しい、それもずいぶん強い敵だったわ。」
「・・・・・・」
美琴の声に、雪彦の神獣・シャガラは何の反応も示さない。いや、示せないのかもしれない。神獣中最大の巨躯を誇る天かける大魚シャガラは、普段はぬぼ〜とした目のまんぼうの姿をとっており、極めて無口、というかこの格好では一言もしゃべらないのだ。
「いえ、違う。あれは、敵が強いんじゃないわ。」
と、何も言わないシャガラの主、雪彦が、唐突に言った。反応するように、ぴくりと神獣達が動く。
「敵の強さは確かにそれなりだけど、周りの破壊状況から見れば今までの敵の強さの平均をそこまで上回るものではなかったはず。あれは、あれはむしろ・・・」
底まで強い語勢であった雪彦の声は、僅かに躊躇いの色を加えた。前の戦い。傷つきながらなおもよろよろと拳を繰り出そうとしていた鈴希の様子が、何故だか思い出される。
だが、言った。言わざるを得なかった。
「パステリオンの力が、弱くなった気がする・・・」
思ったとおり、鈴希が反応した。美琴も。戦士として、気づかないはずがない。だが、認めたくないことでも有る。
鈴希の顔が暗く曇り、それを否定してくれと言わんばかりの目で神獣たちを見た。
だが、望んだ答えは、得られなかった。鈴希の神獣・二本尻尾が有る耳の大きな子狐とでも言うべき外見のフチコが、ついに来るべきものが来たといわんばかりの重々しい口調で呟いた。
「「卒業の時」か・・・」
カルラも頷き、普段はまるで意思表示をしないはずのシャガラすら、何か深く考え込んでいるように見える。
「卒業の時?」
鸚鵡返しに聞き返してしまう美琴。それに、再びフチコが答える。
「ああ。君達のお母さんが、昔パステリオンだった、ってのは知ってるよね。おばあちゃん達も、ひいおばあちゃんたちも、その前のご先祖様からず〜〜〜っと。」
「ええ。」
頷く。それを見て、フチコは話を続けた。
「つまり、代々パステリオンは受け継がれていたんだ。パステリオンは魔力が最も高まる16歳ごろの肉体に、変身、いや成長する。逆にそれを過ぎると、魔力は大人になるに従い衰えていくんだ。次のパステリオンに受け継がれるためにね。」
「それって、つまり・・・」
「そう。・・・君達が、パステリオンを引退するときが近づいている。おそらく、この戦いが最後。それも、魔力が切れるか切れないか、ぎりぎりのね。」
「最後の、戦い・・・」
緊迫した、そして一種の重苦しさに満ちた雰囲気が満ちた。その空気に押し出されたように、鈴希が口を開いた。
「あ、そういえば、まだ言い忘れたことあったわよね。私達を助けて、敵を倒してくれた人がいる。「陽極神」って・・・味方みたいなんだけどね。」
やや沈んだ口調。体はイエローの回復魔法で治療されているとはいえ、それまでにないほどの劣勢の戦いを強いられたという事実は、重い。あの助けがなければ、やられていたかもしれないのだ。
そして何より、突きつけられた重い現実。自然、声までが重く沈んだ。
「「陽極神!?」」
「わ」
が、それも吹っ飛ぶ。かすかといっていい鈴希の声に、急にすっとんきょうな声を三匹、いや二匹かはあげた。
ちらほらと、雪が舞い降り始める。
これが北国ならば積もって積もって片付けが大変になりうんざりするものだが、その心配の少ない一定以上南の方では宗教関係なく浮かれ騒ぐ年末祭りの第一弾が近い季節、よい風情とでもいえるだろう。
そういえば、マッチ売りの少女が死んだのって今頃だったっけ?
とりとめもなく、少女はそんなことを考えた。今頃になって何故、自分は幼児のころ聞かされたお話を思い出したりなどするのだろうとも思う。
幸い高価なブランド物の厚いコートを着ている、童話の女の子のように凍死する心配はない。
だが、それにしては何か、コートを着て体温が保持されているはずの内側から、奇妙な寒さがにじみ出てくるような気がした。
ぼんやりと視線。いそいそと人々が行き過ぎる。まるで時計の針のよう。そうだった。時計の針になってしまえばいいんだった。寒さを忘れるにはそれに限る。
今までずっとかちこちかちこち前に進んできた。このコートを買ってくれた人の顔も、もう思い出せない。針は進んできた方向に戻ることは出来ないんだ。
時計を見る。少し、待ち合わせの時間から過ぎていた。自分から時間を指定しておいて、何で自分でそれをたがえるのだろう。早くしないと、思い出してしまうではないか。早く過ぎ去ってしまわないと。早く会わなければ。
寒い。裸のほうがまだましというほどに、このコートは役に立たない。
「やぁ。」
急に声をかけられた。ナンパだろうか?それなら、それでいい。寒くないなら。
「アリスが時計を気にしてちゃ、ウサギはどうすればいいんだい?」
そういって、笑いかけてきたのはあたしよりも年下、本当に中学生くらいの男の子だ。何でこんなところに、こんな時間に居るんだろう。何であたしに話しかけたんだろう?
「寒い?なら、ちょっと走ろ。あったまるよ?」
にこにこと笑いかける。その途端、何か妙な感覚。少しして、ようやく悲しいのだと気がついた。この子は知らないのだ。私はこれから、数字の書かれた紙きれをもらうために、子供のころした鬼ごっこやかくれんぼより、はるかに単純でくだらない遊びをするんだ。
「ごめん。あたし、待ち合わせしてるから。」
「来ないよ?」
即答。まるで当然のことのように、少年は即答した。慌てて見回すと、あれだけ沢山いた人はどこにもいない。車もない。通りはまるで、陸上競技のトラックみたいだ。
「ねぇ、だから・・・一緒に走ろう?」
手を差し伸べてくれている。走ろう。この通り、こんなに長い。どこまで走れるだろう。どこまでも、走れるだろう。
だから。
あたしは。
答えた。
「うん」と。
きゅん!きゅきゅきゅん!
まるでジェット機の飛ぶような、甲高い音。それが響くたびに、次から次へと、透明人間が手当たり次第に物を壊しているように破壊が広がっていく。
「な、なんなのよ、今度の敵!?」
実際には透明なのではない。きちんとした実体がある。が、早すぎて目が捉えられないのだ。
現場に慌てて駆けつけたパステリオンの目にも、映らないほど。
きゅん!
唐突に、それは止まった。止まって、パステリオンたちを見た。そして、パステリオンたちもまた、相手を見た。
「と、時計?」
前の怪物がナイフの塊だったとしたら、今度のは時計だ。デジタル式アナログ式、いくつかの文字盤。それをコード、クォーツ、歯車、発条など新旧様々な時計部品がつなぎ合わせ、人型をとっている。前回のものと異なり巨大ではなく、身長はせいぜい二メートル半といったところか。そのシルエットは、女性のものである。
「皆、用心して。簡単にはいかないわよ!」
美琴・・・イエローが呼びかける。前回のものより小さいとは言え、早さがある分こちらのほうが手ごわい。スピードの乗った攻撃は、重量の減少をカバーしうるからだ。
それに、あんなことを効かされている以上、慎重にならざるを得ない。
が。
「クサナギ・ブレード神速一刀!」
「え!?雪ちゃん!」
雪彦、パステルブルーは逆にいきなり前に出た。クサナギブレードを凄まじい勢いで振り下ろし、衝撃波で相手を両断しようとする。
「ヒャアアア!」
悲鳴のような耳に障る声を発し相手は再び走り、攻撃をかわす。が、それは雪彦も分かっていたためすかさず次々と攻撃する。
「真空烈斬剣!!」
「ヒェエエ!」
「百烈斬り!!」
「ヒュアアアアア!!」
次々と繰り出される、舞のような剣の妙技。それらを、全てかわしきる敵。動き回るたびに、時計の文字盤が高速で時を刻む。まるで、自分だけの時間を刻んでいるようだ。
「ユキちゃん、凄い勢いね・・・」
びっくりしたように、鈴希はぽかんと口を開けてそれを見ていた。かわされているとはいえ、最盛期の戦いぶりと比べても遜色のない動きである。
「って、見てる場合じゃない!援護しないと!」
「そうだった!封魔閃光弾!!」
イエローの詠唱に従い、光弾が連続して時計怪物に吸い込まれていく。
「ヒュエ!?」
それに気づいた時計怪物だが、既に至近距離、かわしようはない。
「ヒョエエエエエエエエエエ!!」
と!
突如一つの文字盤が高速で逆回転を始め、それに従うように光弾が逆に進み始めた。まるでビデオの巻き戻しのように!
すなわち、イエローの手の中に戻る!
「え!?きゃああああああ!!!」
バシュン!
自分の光弾を自分で受け止めてしまい、墜落するイエロー。
「ミコちゃん!」
同時に、時計怪物は跳躍。一気にレッドに近づく。
「しまっ、すーちゃん!」
舌打ちしながら、ブルーも即座に後を追って跳び、背中をさらす格好になった時計怪物に切りかかる。
が、そこでまた、今度は別の文字盤が逆回転を始める。
「ヒュルルルルルッル!」
「えぇ!??」
すると今度は時計怪物が、ジャンプとまるで同じ機動を逆に描き、するすると戻っていく。
つまり、ブルーのジャンプは相手を捕らえ損なってさらに進み。
「あわっ!」
「しまったっ!!」
レッドと鉢合わせ状態になる。咄嗟に刃は引っ込めたが、完全に正面衝突だ。
「ヒェエエエエエエエエエ!」
笑うような、泣くような、怪物の声。粉雪が舞い散る。
「う、うにょれ〜〜〜〜!!」
ぶつけた鼻を抑えながら、今度はレッドが前に出た。
「魔法拳!げんこつボンバー!!」
と、今度は時計の一つが、急激にゆっくりになる。
「う・・・っ!!」
それに従って、レッドの動きもまた速度が落ちて。
「ヒュアアアア!!」
「いたっ!!」
またそこを狙って時計は攻撃してくる。文字盤の針をミサイルのように飛ばし、レッドを吹き飛ばす。
だが、そこにさっき撃墜されたイエローが復帰、わって入った。二撃、三撃目を火球弾で叩き落す。
そして、今度は術にかからないように精神を集中しようとした、その時。
「あぁ・・・っ!」
突如、イエローが悲鳴を上げる。驚いたような、何か、知識が心に痛みを与えているような悲鳴だ。
「どうしたの!ミコちゃん!」
「あ・・・あの、あの時計、人ですっ!?」
「何だって!?」
「人、です!元は人!それが何かの魔法のような力で、あの姿になっている!」
「それなら・・・ミコちゃんのパステルセラフティーウェーブで!」
「そ、そうね!」
最近使っていないので忘れそうになっていたらしい。優しい光で包み込み、相手を元の姿に戻すワザだ。
「パステルセラフティーウェーブッ!」
一瞬ワザ名の通りセラフ(識天使)を思わせる何対もの光の羽がイエローの背で輝き、時計怪物を包み込む。
が。
「イヤアアアアアアアア!!!」
僅かに光が触れた途端、怪物は悲鳴を上げてそれを打ち破った。
「ヒッヒッ、ヒィィィィィイイイイイイイイ!」
「きゃうっ!」
猛然とイエローに打ちかかり、ベルトのような作りの腕で何度も鞭打つ。
唖然とするレッド。
「な、何で!何できかないの?やっぱり力が・・・」
「ははっ、そんな悩むことはないよぉ。」
「!!」
その声は、戦場であまりにも唐突だった。何しろ、いきなり耳元に話しかけられたのだから。
「ひゃあう!?」
慌てて振り返ると、そこには満面の笑み。一瞬「陽極神」かと思ったが、違った。それどころか、年も、格好も、まるで違う。何故一瞬でも似ていると思ったのだろうかと、むしろ疑問に思うほど。
十三歳ほどの、綺麗な少年だ。人型の猫、とでもいうような。人なつっこく、でもどこか不可解で、本当の奥底にまだ獣の断片が隠れている、ような。
「彼女は、なりたかったんだ。あの姿に。人でない姿に。時間に、縛られない姿に。そう、僕に願った。だから、僕が変えた。」
「貴方が・・・貴方がやったの!?あの空港に現れた怪物も!?」
「うん。だって、僕達は神様だから。小さくても神様だから。お願いをかなえるのが、ボクの仕事なんだ。」
にっこりと、少年は笑った。それは本当に、かけらほどの邪気もない、綺麗な笑顔だった。
「僕、リリン。君の願いも、聞いてあげてもいいよ?願いは何?」
綺麗な笑顔が、近づいてくる。本当に至近距離。思わず鈴希は見つめてしまった。その顔、目、鼻、唇。
そう、唇が近い。
「やめろ。」
ブォン!!
突如空気が唸りをあげる。瞬時にリリンと名乗った少年とレッドのあいだに剣が振り下ろされた。二人とも慌てて避ける。
「あ!!陽極神・・・!!」
間違いなくそれは、空港の戦いで助けてくれた、あの人だった。今度は、パステルブルーのものに似た剣を持っている。
「と・・・?」
今回は、もう一人居た。陽極神と色違いの黒い服を着た少女。
「陰極神・・・ね?」
追いついてきたブルーが、確認するような口調で言う。
「陽極神、陰極神。鉾と楯、対となる三頂神の守護者。・・・でも、当代の守護者は早くになくなったはず・・・なら貴方達は一体、誰?」
警戒がありありと浮かんだ目で、ブルーはにらみつける。
「そんなことを言っている場合ではない。」
そっけない、陽極神の返事。が、雪彦もそれに構っている暇はなかった。
「ビキイイイイイイイイイ!!」
時計怪物がまたこっちにむかってくる。同時に、陽極神と陰極神が無言で身構えた。
だが、あえて雪彦はその二人のさらに前に出る。その行動が予想外だったのか、陰極神は怪訝そうな顔だ。陽極神も、自分は質問に答えなかった割に尋ねる。簡潔だが。
「何を?」
「待ってユキちゃん!」
だが、それを第一にとめたのは、鈴希だった。
「鈴希!?」
「待って、えと、その、あと・・・・・・」
だが、そのあとの言葉が続かなくなった。
だが、目を見れば、雪彦には嫌になるほどその意味が分かってしまう。自分と陽極神の力の差。ここで自分が出ても何の意味もないということ。そしてそれよりも、あの鈴希がそんなことを考えなければならないほどの状況だということ。
それは、鈴希も感じているらしい。そんなことを考えてしまう、臆病な自分。
「私・・・弱くなったのかな?」
うつむいた、悲しい呟き。それは、酷く雪彦の心をかきむしった。傷口は、熱い。
「鈴希を守るのはあたしがやる!あんたみたいなわけわからないのが、急に脇から出てこないで!」
血を吐くような、パステルブルー・・・雪彦の叫び。陽極神は、それに少々意表を突かれたような、軽い驚きの相を見せた。
「ユキちゃん・・・」
「このおおおおおっ!!」
すれ違いざま、反対側の腕を思い切り振るう。
「呪縛結界っ!!」
瞬時に魔方陣が浮かび、時計怪物の体を絡めとる。もがく怪物と蜘蛛の巣のような魔方陣の力はぎりぎりで拮抗していたが、今にも魔法陣は破られそうだった。だが、それは雪彦が剣を振るうには十分すぎる時間だ。
「とどめっ!!」
「だめっ、雪ちゃん!!」
すぐさま、円を描くように剣をふって相手を両断しようとした雪彦は、鈴希の声にその動きを凝固させた。
そうだ、こいつは、人だ。
「キャアアアアアアアアッ!!」
その一瞬の躊躇があだとなった。時計怪物が結界を破ったのだ。体当たりでブルーを突き飛ばすと、一気に走る。
「わっ・・・!」
あっというまに、レッドとイエローの懐にまで入り込んでいた。
「しまっ・・・!」
「コキュートス・フリーズッ!」
キン!
陰極神が動いた。舞うような仕草で空中に魔方陣を編み上げ、時計を捕縛する。ブルーの結界魔法より数倍強力なそれに、まさに相手は凍りついたように動けない。
「とどめ・・・真・天上天下」
「ち、ちょっと待って!」
とどめとばかりに刀を取り出そうとした陽極神を、レッドは慌てて止める。
「こ、殺しちゃ駄目だよ!この人、人なんだから!なんの罪もない、人なんだから!」
「危ない、下がっていろ。」
が、ぶっきらぼうに陽極神はレッドを突き飛ばした。抗議の声を上げようとするレッドだが、すぐさまリリンが切り込んできて引き離される。
「真・天上天下破壊神剣、超次元断裂斬!!」
斬った、というにはあまりにスケールが大きい。空間そのものが真っ二つになり巨大な次元断裂が発生し、その中に時計怪物が飲み込まれた・・・そういったほうが正しい。
凄まじい力だった。パステリオン三人が集まっても、いや対ヴァジュラム戦最後の七人パステリオンにも匹敵するかそれ以上だ。
「あ〜あ!やっちゃった!君非道い!非道いよ!なんてことするんだ!」
リリンが逆上したように空中で地団太を踏む。
顔をくしゃくしゃにして。
両目を押さえる。
泣いて、いるのか。
「人殺し!人殺し!悪魔!化け物!冷血!お前なんか嫌いだっ!!」
凄い勢いでまくし立てると、突如布を掴むような手つきをして・・・まるで空というマントをすっぽり纏うような仕草で消えた。
「あ・・・・あの・・・」
またいきなり全てが終わって。
「いくぞ、水奈」
「うん、お兄ちゃん。」
また、居なくなってしまう。
「待ってっ!!!!」
「!」
自分でもびっくりするほどの大声を、鈴希は出してしまった。
だが、確かに効果はあった。つと、陽極神は振り返った。その表情は変化が乏しく、読みにくい。
「・・・やっぱり、非道だと思うか。」
だがその声は、わずかだが分かるほどの悲しみをたたえて、いた。
「俺も・・・そう思いながら戦っている。だが、俺の目は・・・涙を、流せない。」
静かな、呟き。
「お兄様、早く。」
「分かっている、水奈。」
何かの時間切れを気にしているような口調で、水奈がせかす。頷くと、陽極神はすっと宙に飛び上がった。
「すまない。」
ぽつり。
月の光の中に消えていきながら、陽極神は呟いた。時計の化け物にされた女の子にか、鈴希にか、他の何かにか、すべてにか。
それを、見ながら。
鈴希は。今回、そして前回。あの人が人を殺したことに変わりはない、のに。何故自分の心は、こんなに・・・
そこまで考えて。
鈴希は、うまく考えをまとめられない、まとめられないほど激しい自分の鼓動に、気づいていた。
苦痛に近い表情を浮かべる雪彦に、気づかないままに。
それから何度目かの夜と昼、何度目かの戦いが過ぎて。
また、夜が来た。
今年は、雪が多い。美琴は心底そう思った。それは美しく、悲しく、残酷で、優しい。
衝撃が町を砕き、炎が人を焼いても、それを白が覆いつくしていく。
まるで、傷跡を隠そうとしているかのように。しんしんとではなく、耳が痛くなるほどの無音で降り積もる。
そんな中、月夜美琴は深夜といっていい時間帯の町を歩いていた。一人ではない、二人で。もう一人は若い・・・というには実際には語弊があるかもしれないが・・・男。少し癖の有るやや色の薄い前髪が特徴的だ。
「調べは・・・つきましたか?」
「あぁ、間違いない。あれは「今」の陽極神じゃない。「陽極神」「陰極神」というのは、パステリオン「守護者」・・・といっても実際は後始末や「卒業の時」から次のパステリオンが生まれる間までのかな名詞の星の防衛が仕事らしいが・・・天之家の者が変身する。今の「守護者」は前の戦いなどの後始末で力をほとんど使い果たしているから、聖獣達や雪彦は死んだと勘違いしたようだが。どちらにしろ今は再生・修復はともかく直接戦闘できるほどの力は残ってはいない。」
二人の会話だけが、最小限度の音。それ以外は何も無い。強いて言うなれば二人の靴が雪を踏む、僅かにきしるような音。
「「町の発明おじさん」の言によれば、あの陽極神と陰極神は、未来・・・から来た、んだと。まぁ今までもはるか数千万光年も次元も平気で超えてやってくるような連中が多かったが、今度は流石に特別だな、また。」
「未来・・・。それは敵も同じ、ということですね?」
体をサイボーグ化した、髭が濃くて鷲鼻で、マッドサイエンティスト的な奇行が目立つが、その実心底の優しさと信念を持つ、謎めいた男の肖像を思い浮かべながら、相槌を打つ美琴。
「あぁ。もっとも正体は解析中・・だけど、少なくとも「魔法使い」ではない、むしろ聖獣とかに近いかもしれない、って言っていたな。神か悪魔か、そういった非実体の、霊的肉体存在。」
口元に手をやりながら、考え込む男。同時に美琴も思索をめぐらせるが、それはまた別の観点からのものだ。
仲間達の。
「今回の戦い・・・一番つらいのはおそらく、すーちゃんと雪ちゃん。そばで見ていた私には、分かる。・・・あの二人はこの一年間を埋めるべきなのよ。でも今回の敵は・・・よりによって心の隙に付け入ってくるタイプ。それにしては少し行動が分かりにくいところもあるけど・・・ならば、一番動けるのは、私。」
「大仕事になりそうだな。」
年の離れた、刑事の仕事をほっぽっても自分たちパステリオンの活動を手伝ってくれる恋人に、美琴は笑いかけた。
「それが・・・一番最初に幸せになった、私の義務ですから。」
それは、冬の寒空などはるか彼方だと言わんばかりに暖かくて。
また同時に、芯からの強さを持つ、笑顔だった。
結果として言うならば、この時期、このタイミングで美琴が情報収集に出たのは、過ち・・・というのは言い過ぎかもしれない。不可抗力と言ってもいいくらいだが、事実としてはまずかった。
なぜなら。
「スズキ・・・それじゃ・・・」
鈴希の部屋の扉が、僅かに開かれる。だがそこに人影は無い。
人で無い影ならいた。ドアのずっと下のところ、人間を探す目線で見ていたら気がつかない位置に、ちょこんと二本尻尾の妙に耳の大きくて顔がつまった狐、鈴希の聖獣フチコが。
「あのさ、なんか一人でどうしようもなくなったら、いつでも相談」
「うん。でもお願い。今は、一人にしてくれないかな。」
心配そうな声を出すフチコをあえて遮って、鈴希は重く沈んだ声で言った。扉と反対を向いた机に、突っ伏すようにして座っている。
緩やかだが、拒絶だ。止むを得ずフチコは、そっと扉から身を引き離し、閉める。
とてっ、とてっ、とてっ・・・
軽い、小さな足音が扉から離れていったのを確認してから、鈴希は重いため息をついた。
「フチコ、気遣ってくれてたのにな・・・私、嫌な奴だ。」
がっくりと首をうなだれさせ、その拍子に机にごつりと額をぶつける。鈍い痛みが走り、鈴希は僅かに顔をしかめた。
ぼんやりと机の木目を見つめる。
「あの人と、雪彦・・・私、どうしちゃったのかな。こんなに迷うなんてこと、昔はなかった。」
ため息のような、微かな呟き。それは、確かに事実だ。昔の鈴希はとにかく行動あるのみ一直線で、そう深く考え込んだり悩んだりすることはなかったはずだ。
「それどころか私、一体何で悩んでるんだろう・・・?」
気持ちの中がぐしゃぐしゃになってしまって、何も分からなかった。
とにかく、
雪彦が帰ってきてくれたのが嬉しくて。
でもなぜか以前のように接することが出来なくて。
唐突に現れたあの「陽極神」という人のことが、なぜかとても気になる。
彼は、怪物化した人を殺してしまっているのに。
そしてなぜか彼のことが気になると、雪彦のことが思い出されて、そして心に奇妙な重苦しさと痛みが残る。
まるで雪彦に対して悪いと感じているように。
・・・それら全てのことが混在し、それら全てのことが良く分からない。考えようとすると、思考はいつの間にか堂々巡りへと落ち込んでいく。
まるで、自分の中にもう一人自分がいて、わかるまいわかるまいと心の中の扉を押さえ込んでいるみたいに。鈴希はそう感じた。
そしてそれを、自分の「悪」と感じてしまう。
パステリオンたる自分の中に生まれた、相応しくない要素と。
「やっぱりもう・・・私にパステリオンは、無理なのかもしれない。」
「そんなことないよ。」
「!?」
その声は、あまりにも唐突だった。一度聞いたことがあるだけに、かえって「ありえない」という思いがわいてくる。
瞑りかけた目をかっと見開いた鈴希。その目の前に既に彼はいた。人型の猫を思わせる顔立ちの少年リリン。
にぃっ、と目だけでいたずらっぽく笑うリリン。その顔は、立体映像か何かのように机の表面からひょっこりと出ている。動転にぴくっと僅かに動いた鈴希の足にさわる感覚があった。体も紛れもなく机の下にあるらしい。
体で触ることは出来る。だが、机に対してはまるで幻のように振る舞い、すっと体を貫通させている。
混乱するまもなく、その体制からリリンが立ち上がった。
当然、机の表面からリリンの顔がさらに突き出し。
「っ!?」
咄嗟に椅子を蹴飛ばすように鈴希は立ち上がりとびずさった。顔を真っ赤にして唇を押さえている。確かに触れた感覚が、顔を回る血管をはっきり分かるほど熱くしてしまう。
「あ、ごめんごめん。霊体と肉体で成り立っている人は、実体だけでなりたっている物と違って触れるんだった。」
笑いながら後頭部を掻くリリンだが、そのいたずらっぽい目の輝きは明らかにわざとの行為だと示している。
「なっ、なっ・・・よくも!宝珠・・・」
咄嗟に、怒りも手伝ってそれまでの鬱々とした勘定を忘れ変身しようとする鈴希。
だがリリンは何もしようとはせず、それを平然と見ていた。
心配そうに。
「転身!」
が、光は訪れない、服も体も変化しない。天寺鈴希は天寺鈴希のままだ。
「えっ、あれ・・・っ!」
驚きとともに自分の体を見回す鈴希。「もうじき変身できなくなる」というフチコの言葉が思い出され、赤くなっていた顔が一瞬で蒼白に変化していく。
「だってお姉ちゃん、自分で無理って言っていたじゃない。魔法は心の力、心で拒否しちゃ、使えないよ?」
哀れみ、それも皮肉交じりのものではなく、純粋に心配の表情をリリンは浮かべた。
それは、少なくとも敵がする表情ではない。そのことに、乱れた鈴希の心は揺らいだ。
「でも、大丈夫。」
にっこりと、邪気の無い微笑。リリンは、そうするのが当然といった風の足取りでとびずさった鈴希に歩み寄り、
「欲しい物、全部手に入れればいい。そうすれば、もう何も心配ない」
服を通り抜け、じかに鈴希の肌を、抱きしめた。
「・・・」
その同時。夜闇の中、かっと陽極神は目を開いた。
「どう、したの?」
その緊迫した表情に、傍らにいた陰極神が恐る恐る、覗き込むように尋ねる。
「奴らが出た。今パステルレッドに接触している。」
端的に、ぶっきらぼうなまでに短く言うと陽極神は背中の羽を広げてすっ、と空中に浮かび上がった。それは羽ばたいて飛んでいるのではなく、不可視の力で「浮いている」と言ったほうが正しい。
「行くぞ。」
そう言って、さらに高度をあげる陽極神。だが。
「・・・どうした水奈?」
陰極神に、本来の名前で呼びかける陽極神。だが、陰極神は答えようとしない。
「どうした?早く行かないと、パステルレッド一人ではやつらには勝てない。」
断定するような、陽極神の口調。それは有る意味、酷いのだが。彼にはまだ、わからない。
対して陰極神は、ぴくりとも動かない。うつむいたまま、何かぶつぶつと呟いている。
それは、辛うじてこう聞き取れた。
「お兄ちゃんを、とられちゃうよ・・・。でも、私は・・・」
あまりに断片的過ぎて、内容の意味は分からなかった。いや分かろうとする心に、何か不思議なブレーキがかかってしまった。
「どういう・・・ことだ!水奈!水奈っ!」
慌てて声をかける陽極神。
「貴方も大変ねぇ。」
と、突然声が返ってきた。陰極神のものではない。もっと艶っぽい、大人の女の声だ。
その声に、陽極神は聞き覚えがあった。
「・・・!貴様、リリス!」
「えぇ。」
すぅっ・・・と、まるで幽霊のように、陰極神から出てきたのは紛れもなくリリスだ。
「いつの間に・・・」
相変わらず仮面のような無表情を保ちながら、だが陽極神の心中には激しい焦りが生まれる。ここまで接近されていたのに、まるで気がつかなかったとは。
「ずっと、ずっと前からよ。水奈ちゃんは、もうずっと前から私に呼びかけていた。」
「水奈・・・!お前、水奈に何をした!」
水奈の名前が出た途端、にわかに無表情の仮面を捨て気色ばむ陽極神。
対してリリスは、その慈母のごとき笑みを崩さず、ゆったりと構えている。その白魚のような腕を、細い陰極髪の体に絡めて。
「私は、水奈ちゃんに呼ばれただけ。水奈ちゃんの苦しみを癒し、願いをかなえるために。貴方を守るために。貴方が、誰のものにもならないように。貴方が世界の誰のためであれ、命を捨てないように。」
静かな、同時に激しい、視線の交差。
「意味がわからない。俺には、理解できない。俺は、好かれるような存在ではない」
「水奈ちゃん以外には?」
「っ!?」
何気なく、といった風のリリスの言葉に、異常なほどに陽極神は反応した。かっ、と目を見開き、気圧されたように僅かに汗すら浮かべている。
「貴方は、水奈ちゃんの大切な人。水奈ちゃんは、貴方の大切な人。それ以外、何もいらないというほどに。
「やめろ・・・」
うめくような、陽極神の声。
「世界と妹、どちらを選ぶの?」
「やめろ・・・」
金縛りにあったように、動けない陽極神。それに、リリスは。まるで救いの手を差し伸べるように、提案をした。
とても甘美で、そして、有毒な提案。
「なら、パステリオンと妹なら、どうかしら?」
・・・そして。
裾野雪彦は。
電灯を消した、暗い自室。
無闇と広い和室の、障子に近い隅で、仰向けに寝転がっていた。
眠ってはいない。その目は戦いに臨むときのように、いやそれ以上に真剣に見開かれている。
雪月に反射された青白い光が微かに照らす、花のように美しい雪彦の麗貌。男と生まれたのがまるで何かの間違いだったような。いや、美少女と例えるのも軽々しすぎて出来ない、性を超越した儚い美神、そう例えるのが相応しいほどに、それは美しかった。
だたその美しさをかき消すように、雪彦の表情は厳しい。怒り、それも自分に対してあるいは自分自身の不甲斐無さに対しての、克己を伴う怒りの表情だ。
「すーちゃん・・・」
ため息のように、漏れ出る声。それはまるで声変わりを迎えた年の男のものとは思えない。誰がどう聞いても、女の声だ。
女の声、女の顔、女の体・・・いや、女のような男の体。
女装したいが故にそれらを整えたのではない。それらが頑として己を縛っていたが故に、そこから生じるものと、それ以外の様々な重圧からの一種の精神的防御・・・逃走とも言う・・・として、彼は女装したのだ。
「いや・・・鈴希。」
わざと低い声音を作って、顔をしかめながら雪彦はその場にいない仲間に呼びかける。
「俺は・・・」
あたしは、ではない。あえて男の口調、男の声音を意識して、雪彦はそういった。
「お前を愛している。」
告白。
その相手がいないところでの、いやだからこそ言えた、端的勝つ切実な告白だった。
「何を迷っていたんだろうな俺は・・・馬鹿だ。」
きりりと唇をかみ締める雪彦。本当に、くだらないことで悩んでいたものだ。大陸にいたとき、色々と戦いもし出会いもし友も敵もそれ以上も山ほどいたが、やはり、結局、ここに帰ってきた。
それなのに自分は。些細な物理的力不足で、あれほど取り乱して当り散らすとは。
情けなさに腹が立つ。
一挙動で身を起こした雪彦は、部屋の鏡台につかつかと歩み寄る。
そして、小さく呟いた。
「クサナギ=ブレード・・・」
微かな空気の振るえとともに、青く輝く刀身の、優美な剣が彼女の手に納まる。そして雪彦はその手の重みを確認すると、なんのためらいもなく、ぞんざいに自分の長い黒髪をわしづかみにした。
冬の夜空のように澄んだ黒で、鏡のように輝く自慢の髪。
それにクサナギブレードの刃を当てる。
一思いに、雪彦は髪をばっさりと断ち切った。
頭部に結んでいた大きなリボンを解き、鉢巻としてその秀でた額に巻く。
止めとばかりに、そのたおやかな腕を拳に握り、鏡を叩き割る。
若干皮膚が切れ血が流れたが、それを気にせず、雪彦は障子を開けた。彼女・・・いや彼の象徴たる闇と星。
それだけが、彼の決意に満ちた表情を見つめている。
そして、その時が来た。
12月23日、深夜。
其処には、明日からのクリスマスイヴ、そして続くクリスマスを祝おうとする人々のさざめきも、押し迫る年の瀬、新年に向けた人の営みも、無かった。
其処にあるのは呻きと泣き声・・・とても咆哮とは呼べない、悲しき魔の叫び。
日本国首都東京を埋め尽くす、異形の群れ。
そして、その異形の源に、必死に挑もうとする者達の姿だった。
「パステル・セラフティ・ウェ〜〜〜〜〜〜〜ブッ!!」
「ヴォ!エ!エ!エ!エ!エ!エ!エ!エ!!!!」
欲望を媒介にしたとはいえ、それは複雑で悲しい生の心を剥き出しにしたもの。怪物たちを、力の衰えたパステルイエローは救うことは出来ない。だが、それでひるませることは出来る。
全身から光を発し、電気の無い夜のビル街を縫うようにイエローは飛んでいた。
「間違いないのね、カルラ!」
僅かに尚早と疲労の色を浮かべながら、それでも凛と前を見据え確認するイエロー=美琴。
答えるカルラも、普段のまるまっちい子梟ではなく、本来の聖天位金鷲の姿になり、全力で美琴をサポートしている。
「ああ、ミコト。フチコが鈴希の波動を感知している。鈴希は・・・おそらくあのリリン・リリムも・・・東京タワーにいる!!」
その答えに、光り輝く美琴の顔に翳りが濃く刻まれる。
「捕まっていると見るのが妥当なんでしょうね・・・、でも、この後に及んでもまだ、彼らの目的が読めない・・・!」
リリス、リリン。
まるでどちらが欠けても存在し得ない一対をなしているような、どこか似た、人にあらざるという以外は未だに正体も目的も不明な二人組。
物質を透過する体、人を、その心の一面の望みを引き出して、それを力とする怪物へと変える能力。
だが、彼らはいかなる目的のもとにその能力を行使しているのか。
「うん。だって、僕達は神様だから。小さくても神様だから。お願いをかなえるのが、ボクの仕事なんだ。」
欠片ほどの邪気も無い笑顔で、リリンと名乗った少年はそう言った。
・・・その言葉を、確かめなければならない。そして、鈴希が危険な状況にあるのであれば、助けなければならない。そして、東京、いや現在日本銃に拡大しつつある怪物化した人々を、元に戻さなければ。
やることは山ほどある。
「・・・ユキちゃんには連絡はつきませんか!?」
「駄目だ、シャガラも雪彦も、行方をくらませている。ただ東京タワーに気配を感じないところを見ると、敵に捕まっているわけではないようだが・・・」
そして状況は尚苦しい。だが不思議と、美琴は退く気も怯む気も無かった。
それは、欲望ではなく。
それは、悲しみでもなく。
義務を自ら背負って立つ、誰かのために何かをしよう、そう思う心。それが今美琴を輝かせ、それが今美琴を飛翔させる。
美琴は、突き進んだ。真っ直ぐに。恐れを、苦悩を、捨てるのではなく受け入れ、そしてそれに支配されること無く。
「そこまでだよ。」
「!!」
もう東京タワーまであと数十メートルまで近づいたとき。
「現れましたね・・・」
現れた。リリスとリリンが、彼女達現代パステリオンの前では初めて、二人揃って。
「また邪魔しに来たねっ!もういいかげんにしてよっ!」
ぷっと頬を膨らませてリリンが怒る。命をかけて戦う敵同士に対するとは思えない、子供っぽい怒り方だ。
「すーちゃんを返して貰うわ、そして、この惨事を元に戻す!」
それとは対照的に決然と美琴は言い放つ。そしてリリスは、その二者のどちらとも違う表情を浮かべた。
それは、深い悲しみだ。
「仕方が無い・・・仕方が無いのよ。私達はこうする以外にすべを知らないだけ・・・」
その表情、その言葉。
そして、その頬を伝う涙の輝き。まるで嘘が見当たらない。
動転する美琴。
対して、リリンは逆上した。
「あ・・・っ!よくも!よくも泣かせたな!僕の「半分」を!!」
「え・・・っ!?」
リリスの涙についで、「半分」というリリンの言葉。たて続く謎を受けた美琴には、体に衝撃を受けたように隙が生まれた。
「やっちゃえっ!!」
「!!」
衝撃。
何かに殴られたように弾き飛ばされた美琴は、コンクリートの地面をひび割れさせながら何度もバウンドし、最後に建物に突っ込んだ。
「か・・・はっ!!な、なに・・・!」
何とか身を起こした美琴は見た。地面からまるで瘴気のように立ち上った何かが、今まで戦ったのと同じような怪物に変ずるのを。
パステルイエローとしての高い霊能力は、その瘴気の正体を見破った。
「あれは・・・、死霊、それもうらみつらみを残して成仏できずにいる怨霊!死者の魂すら怪物にするというの!?」
「おおおおおおおおおおおおおおお・・・・・!!」
鎧武者のようなもの、全身炎に覆われたようなもの、真っ白い布のようなもので全身を形作ったようなもの、銃弾が全身から突き出したもの、何か古代の巫女を思わせる服が、服だけで実体化したようなもの・・・。
大小取り混ぜてさらに数十体、それもどんどん増えていく。どう考えても今まで死んだ人間の方が今生きてここにいる人間より多い。
そろって美琴のいるビルめがけて殺到する。
「くっ!!」
ビルが砕け散るその一瞬前に脱出し、空中に退避する美琴。
「パステルセラフティウェーブッ!!」
その光を受けた怨霊怪物たちは、かすったものはダメージを受けただけだが、直撃したものは成仏して消滅した。生身の人間を怪物化したものよりは、実体が無い分効くらしい。
しかし、数が多すぎる。
倒しても倒しても、次から次へと湧き出してくるのだ。一部にはなぜか共食いのように互いに戦い始めるものもいるが、圧倒的な数が押し寄せてくる。
必死に戦う美琴。
「パステルセラフティウェーブ!ウェーブ!ウェーーーーーーブッ!!」
最大級の魔法を連発するその姿は、とても魔法力が衰えているとは思えないほどだ。そして何より、その表情。
その並々ならぬ決意は、流石に読み取れたのかリリンが焦りの色を浮かべる。
「っち!・・・なら!」
叫ぶや、リリンはばっと東京タワーに手を差し伸べた。まるで何かを掴むようにして、叫ぶ。
「来いお前達!願いをかなえてやったんだ、少しくらい助けてくれてもいいだろう!!」
東京タワー展望室、そこから、三体の影が飛び出した。
そう美琴が気づいたのは、その影が目の前で急停止してからだった。
それほどの速さ、明らかに一撃加える目的での踏み込みの加速。なのに何故、止まったのか。
「ぐうっ・・・う。」
「カルラ!」
それは攻撃を実行し終えたからに他ならない。ただし、目標とは異なる相手だったが。
咄嗟に美琴の前にカルラが出て、相手の攻撃を変わりに受けたのだ。落下するカルラを、美琴は慌てて受け止める。
「ふ、さっきはかばえなかったが、今度はうまくいったようだ・・・」
「カルラ・・・貴方って子は・・・。」
「聖獣として当然のことをしただけだ。私のことより美琴。どうやらこれからお前のほうが、私よりも苦しむ羽目になりそうだぞ・・・」
「え?」
自分をかばってくれたことに泣き笑いのような表情を浮かべる美琴の顔から目をそらすように、カルラは美琴の腕の中から、真っ直ぐに、釘づけになったように自分を攻撃した相手を見据えている。
その視線をたどるように、改めて美琴は相手を見・・・そして絶句した。
パステルレッド。
陽極神。
陰極神。
その、三人。
「・・・そんな、すーちゃん!?」
「あはっ、あははははは!」
笑った。悲鳴にも近い美琴の声に、パステルレッドは笑ったのだ。
空虚なほどに軽い笑い声で。
「すっごい!すっごいよこの力!これなら私、・・・あははははははっ!」
「そうだ、もう守護者の務めなどに振り回されることなど無い。禁忌など知ったことか、なぁ水奈。」
「えぇ、お兄ちゃん。」
嬉々とした表情の三人。それを、リリスとリリンはさも満足げに見つめている。
「貴方達っ一体何をしたの!?」
それを見た美琴は、剣で切りかかるかのごとき勢いでリリンに問うた。
「お願いを叶えてあげたんだよ。」
「え・・・?」
あまりに意外な、そして何度も繰り返された答えに愕然となる美琴。
リリンはしゃべり続ける。
「赤いおねーちゃんは、自分の力が弱くなってるのを物凄く苦にしていた。色違いの二人は、兄と妹なのに愛し合っているのを、世間のルールに反しているって悩んでいた。だから、それを解決してあげたんだ。力さえあれば、人であることをやめてしまえば、そんな悲しみからさよならできる。今まで君達が殺してきたのも、皆そんな人たちだったんだよ?」
遂に明かされた真実。
「・・・そう、だったの・・・」
あまりの衝撃に、ただ荘答えることしか出来なかった。
(すーちゃん・・・あの二人も、いいえ今までの人たちも、苦しんで、苦しんで、その苦しさの形が、あの怪物たち、そして今の、あの心が消えたような、三人の顔・・・)
ただ、立ち尽くす美琴。
まるで眼前の三人が今にも攻撃しようとしているのにも気がつかないようだ。
そして・・・!
「そうか、分かった。」
「えっ!?」
「な!?」
「・・・貴方は・・・」
「パステルブルー、裾野雪彦。参上。」
そう、彼は来た。
「ユキちゃん・・・」
「ここからは、俺の出番だ。待ってろ。」
「俺っ、て・・・!」
普段の駆れらしからぬ男らしい言葉遣い、ばっさりと短く切られた紙と鉢巻。そしてそれ以前に、その姿。
「ユキちゃん、凄い怪我してるじゃない!そんな体で・・・!」
そう。
ここまで来るには、東京都中いやもう既に関東一円に広がりつつある怪物たちの群れの中を突破してこなければならなかった。パステルイエローのように彼らを退けるに特別の効果のある業を持たなかった彼は一体一体と戦って強引に突破してきたのだろう、全身傷だらけでぼろぼろになっていた。
「こんな傷なんとも無い。それより問題は鈴希だ。」
掌で美琴の唇を押さえるようにしながら、きっと雪彦は鈴希を見据えた。
その横顔は、あまりにも真剣で。目じりから頬に流れる傷、涙のような血に彩られたその表情は、美琴が一瞬動けなくなるほどに美しかった。それは外見的な要素ではない。内面からにじみ出る精神の光輝が、そう感じさせていた。
「鈴希、今行く。」
「あ・・・」
その雪彦の顔を見た途端、鈴希の表情に変化が走った。動揺。まるで、いたずらを仕掛けているところを見られた子供のような。
「来るな!」
「来ないで!」
それに反応するように、陽極神と陰極神が前に出た。いずれも戦うつもりなのがありありと見えている。
リリンたちも、後ろに控えてはいるが明らかに敵意の視線を向けてきている。それまでの余裕のあるような、緊張感の無い無邪気な様子から変化して。
「少し、時間がかかりそうだな。だが必ずいく。待っていろ、鈴希。」
「・・・・・・・・・」
以前返事の無い鈴希。だが、雪彦は進んだ。
「うぉおおおおおおおおおおっ!!」
「来るなと・・・言っているっ!!」
陽極神が叫び、手を振り上げた。
「Gフレアッ!」
グォオオオオオオオンッ!
「力ある言葉」。叫びのままに、魔法として力が具現化。雪彦の周囲の空間を突然に火炎が包み込む。
「ふぅっ・・・っ!」
クサナギブレードを振り回し、剣圧で持って炎を散らし、突破する雪彦。水の防御魔法を同時に自分の体にかけ、熱を防ぐ。
「ならっ、イレイザーフォース!消えろぉ!」
突き出された陽極神の手。放たれるのは、今度は眩い光の弾。一瞬雪彦はイエローの封魔閃光弾と同じような技と思ったが、それは違った。
周囲の空気が、その光の弾が通過した後内側に吸い込まれるように流れている。熱弾なら膨張した空気が破裂したように動くはず。
ならばこれは。
「!!」
身をよじってかわす。掠めた光は、地上の建物に当たった途端それをすっぽりと削りとってしまった。
雪彦の読みどおり、それは熱ではない。すべての物質をどうやってかは知らないが、完全に消失させてしまう魔法だ。
「それでも、当たらなけりゃ意味は無いっ!」
「なら当ててやる・・・っ!」
一気に加速した雪彦は、既に陽極神の至近距離まで飛び込んでいた。
両者同時にそれぞれの剣を出し、振りかぶる。
ギィィィィィィ!!
耳が痛くなるほどの、高く震える、硬質な金属の砕ける音。
打ち合った瞬間、より硬度に勝る陽極神の剣が、雪彦のクサナギブレードを打ち砕いていた。
「こうなると分かっていたはずだ。何故無駄な突撃をした?」
呟いた陽極神は、次の瞬間はっとなった。雪彦が笑っていた。凄く猛々しい、笑み。
「凄の王・・・!」
それはまさに、彼がその身に宿した神。
「分かってるよ、そんなことは!!」
ばしっ!
それは、剣の音に比べれば大した音ではない。だが当事者達には、より大きく聞こえた・・・確かに。
雪彦の拳が、陽極神の頬を打った音。
「おおおおおおおお!!」
連続して、雪彦は殴り続ける。剣技が主体のパステルブルー、膂力、殴る力は三種の力を使いこなす陽極神や、レッドにも比べれば落ちる。が、それでも雪彦はあえてそれで勝負に出た。
「それなら、テラノスナックルで相手になってやる!」
ドゴォン!
同じ拳ながら、小銃と大砲ほどの威力の違い。真正面からそれを受けた雪彦の体がくの字に折れる、
だが。
「っがあ!」
「何っ!」
それでも雪彦は殴り続けた。驚きながらも陽極神は同じようにテラノスナックルで応戦する。
炸裂するような殴打音が響き渡る。何発も、何発も。
だが。
「何故・・・倒れないんだ、あいつ・・・」
戦いを見つめていたリリンが呆然としたように呟く。何十発もテラノスナックルを受けながらも、雪彦は、倒れない。どれほどのダメージを受けても、必ず一発返してくる。
「くっ・・・!はぁっ!、はぁっ、はぁっ・・・」
そして、まるで潮が引くように殴り合いは終わった。雪彦も陽極神も、互いにぜいぜいと激しく息をついている。
それは陽極神の場合、むしろ殴られたダメージというより自分から仕掛けた攻撃で体力を消耗した、に近い。対して雪彦はもはやぼろぼろ、服もかなり破けて薄い胸板が露になっている。
肩や首の線も、その体つきは決してタフには見えない。しかし、彼は立っている。
そして、肉体の傷とは裏腹に、押されているのは陽極神の方だった。
一歩、雪彦は歩を進めた。
一歩、陽極神は後ずさった。
それで、決着はついた。致命傷を負ったかのように、がっくりと崩れ落ちる陽極神。
つかつかと、いやもう足にもダメージが回っているらしくよろよろと、その横を通り過ぎようとする雪彦。
その横顔に、陽極神は問うた。
「何で、倒れないんだ?」
真剣な、雪彦の横顔。血の乗った唇が、言葉を紡ぐ。
「この愛のためなら、傷ついてもいい。そう覚悟を決めれば、どれだけ痛くても進むことが出来る、それだけだよ。」
雪彦は、ゆっくりと陽極神の顔を見た。そして、陰極神にも振り返る。彼女は一撃で雪彦を完全に封じられるだけの魔法を持っていたが、逆に水から動けずに其処にいた。
静かに、案じるように、雪彦は言った。
「お前達も、そうなるなら、何も怖くなくなるはずだ。」
陰極神も、道をあけた。
歩む。雪彦は、鈴希の前に立った。
「・・・」
怯える小動物のような、鈴希の顔。だが決意に満ちた雪彦の表情は、それに揺らぐことは無い。
自分の顔を、鈴希の顔に近づける。肩を抱く。引き寄せる。
「あっ・・・!」
傍らで見ていた美琴が動揺する間もなく。雪彦は鈴希に口付けをしていた。
静かで、自然で、そして、美しい。その場にいた誰もが、見惚れるほどのキス。
時も、まるで止まったように。
「・・・・」
「。・・・・・・・」
「〜〜〜〜」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
じたばたじたばた。唐突に手足をもがかせ始める鈴希。それは恥ずかしがっているとか抵抗しているとか言うより・・・
思わず呟く美琴。
「ひょっとして、酸欠?」
ドガッ!
とうとう、鉄拳。空中で錐揉み三回転して地面に叩きつけられる、滅茶苦茶幸せそうな顔の雪彦。真っ赤な顔の鈴希。
「ぷっはぁっ!!こっ、殺す気かぁっ・・・!」
肩で大きく息をつく鈴希。
「鼻で呼吸すりゃいいんじゃ」
「うるさいっ!」
「おがはぁっ!」
どうもそんなことにも考えが及ばないほど混乱していたらしく、突っ込みを入れる雪彦に問答無用の突っ込み返しをぶちこむ。
「鈴希・・・おかえり・・・」
そう笑顔で呟く雪彦。
「でも、私は、もう・・・」
鈴希の表情は、うかがい知ることが出来ない。雪彦の裸の胸に顔をうずめている。じっと、耐えるように空を見つめ、雪彦は言った。
「生きるってことは、変わることでも、変わらないことでもある。何度でも、何度でも。俺も、お前も。進んだり戻ったり、悩んだり決めたり。しようじゃないか・・・一緒に、さ。」
ようやく、鈴希の表情が見えた。顔を上げた鈴希は、頬に涙を流していた。目に光がともっていた。そして、笑っていた。
「うん・・・!」
その表情を見た途端、こらえきれなくなったように雪彦もまた顔をくしゃくしゃにして心を現した。
そして、静かに同時に激しく、二人は見つめあい、伝え合っていた。
様々なものを乗り越え。これからまた様々なものが立ちふさがるだろうが、二人は、真の意味、心と心で今、出会った。
「あの・・・。まだ、大団円には早い、ですよ。」
「あ!」
慌ててまた戦闘体制に入る雪彦。僅かによろけかけるが、それを鈴希が支えた。
互いに視線を交わすことは無いが、横顔だけで笑みを伝える。そんな二人に対し声をかけたりリスは、どこかもう諦めたような、既に負けてしまったような表情を浮かべている。
「まだだっ・・・!東京中の僕たちの力を与えた人間達を呼び集めた!完全に包囲したぞ、逃げ場は無い!」
口調は勇ましいが、リリンも言葉とは裏腹にほとんど泣きそうなまでに焦りの顔を浮かべている。
美琴は、自分の作戦が図に当たったことを知りながら、逆にそのせいで酷く沈うつな声となり、語った。
「そうは、いかないわ。今頃皆が、私達と今まで戦い、そして和解していった皆が、私達を守るため、戦ってくれている。貴方達には、誰もいないわ。」
その言葉を証明するように、町で次々と魔法や、それに類する技の閃光が瞬く。
D=アーネ、ブラック=ロア、リーブル十騎集、暗黒騎神グロージア、「常世の玉座」の剣士に魔道師集団・・・
爆発と戦いの光の向こうに、今まで出会い戦いそして分かり合ってきた、仲間の顔が次々と浮かぶ。
さらにっ・・・!
カッ!
突如、夜空に光が生まれた。東京タワーの天辺、それを中心に円を描いて。それはまるで、光満ちる別の場所へと続いた穴・・・
「お〜〜〜〜〜いっ!」
「私達も!」
「一緒にっ!」
其処から現れたのは・・・パステリオン!
「えぇっ!?」
驚く、今のパステリオンたち。自分達とよく似ているが、少し違う。
「おっ、お前達・・・!」
陽極神たちも驚いているが、それはパステリオンたちの驚きとはまた違う意味のようだ。
「酷いよ柾利君、水奈ちゃん!私達置いていくなんてぇ!」
「いっつもそうなんだから、自分達だけで何とかしようとして、他の人置いてけぼりにして自分達だけ重い荷物背負って無理に先いっちゃうんだから!」
「そんなんじゃいつかつぶれちゃうよって・・・あれだけお母さん達に言われたのに。この時代でもお母さん達の世話になってるみたいじゃん。」
まくし立てるもう一組のパステリオンたち。
その言葉で、ようやく彼女達の正体が分かった。
「お母さんって・・・私達がぁ!?」
目を白黒させる鈴希。
「うん。」
「つまり、陽極神や陰極神と同じ時代から来た、未来のパステリオン。私達の子供のパステリオンってことかぁ・・・」
ごすっ。
「何を想像しているのよ、何を!」
「痛い〜・・・」
なぜか赤くなる雪彦と、その後頭部をどつく鈴希。
流石に非常時だし、
「う〜ん、若いころから変わらなかったのね、うちの両親・・・」
などと注がれる視線が恥ずかしいから二人ともすぐ正気に返るが。
「ってそんなことより!」
「そうよ、あの二人は!」
慌てて騒ぎから脱し、たった今までリリスとリリンのいた場所を見やる。が、意外にも動くことなく二人とも其処にいた。
「いいやっ、二人じゃない・・・」
と、唐突に未来のイエローが呟いた。
「こちらに来るのが遅くなったのは、時間穴を開く術のタイミングの問題もあったけど、その時間で彼らの正体を探っていたの。あの二人は、一見そう見えているだけであの姿が実体なんじゃない、一つの存在の相対する要素が、分離して現れた姿。リリス、リリンもあくまで正体を偽るためキリスト教から取った仮の名。実際には、彼らは私達と同じ日本の天津神。」
「えぇっ・・・?」
「不完全に生まれて、それゆえにこうした形でしか人と関わることが出来なかった、神話では捨てられたとされる神の子、ヒルコ。彼らは彼らなりに自分達の存在を考えて、必死に・・・いいきとをしようとしていた、ということね。結果として、こんなことになっちゃったけど」
「願いをかなえるって・・・そういうことだったの・・・」
彼らの顔が・・・歪んだ。
リリンは、怒りに。リリスは、悲しみに。
一瞬で、彼らの輪郭が溶け、融合する。感情の激発が限界を超えたのか、姿を維持できなくなったらしい。正体が、露になっていく。
それは、酷くいびつで、歪んだ姿だった。軟体のようで、何とか人型を保ってはいるが、左右も上下も前後もてんでバランスが取れていない。
醜い・・・そういうことは、その場にいた誰一人として思わなかった。むしろ悲しさと苦しさ、哀れが、伝わってくる。
「ミルナ・・・ミルナぁぁぁぁぁ・・・」
しゅ!
その体から、触手のようなものが伸び出て突きかかってくる。跳躍し、回避するパステリオンたち。
「・・・どうする?」
誰ともなしに、あがる問い。少なくともこのまま倒して終わり、というわけにはいかない、そう思った。
答えを、出さなければならない。それを行うべきは、最も答えに悩んだもの。
鈴希の声が、皆を導いた。
「あの人たちを・・・救うっ!」
声が揃い、動作が揃う。今と未来六人のパステリオン、二人で一つ、ともに戦う決意を固めた陰極神と陽極神。
「パステル・リライビング・レインボォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
ヴァジュラムとの最後の戦いより六年、今再び放たれる七色の虹。だが今度は破壊ではなく、治癒の力だ。
「オ、オオオオ・・・・・・・・っ、??」
最初断末魔のような悲鳴を上げかけていたヒルコの声は、きょとんとしたような疑問に代わっていった。
気がつけば、ヒルコの姿は変わっていた。リリスとリリン、あくまで仮の姿であったはずの、男でもなければ女でもない彼が、二つの可能性としてあこがれた美しい姿に。
そして、外見はリリスとリリンであっても、その肉体は変化していた。
「あ・・・」
地面にしりもちをつくような格好で座り込んだリリスは気がついた。自分達の体は、昔は物質を素通りする、世界に直接関わることの出来ないものだった。だが今は。物に触れることが出来ている。
「さぁて、これでオッケーなんでしょ、貴方達は。」
Vサインをする鈴希。
「どうして・・・」
様々な意味のこもった、リリスの問いかけ。それに鈴希は、彼女の象徴たる太陽のような明るさを取り戻した顔で答える。
「まぁ色々あったけど、私達自身の心の問題でもあったわけだし、さらっと水に流そうじゃないの。」
「でも、私達は、取り返しのつかないことを・・・」
なおも、なにやら言い渋る二人。うつむくリリス。泣き出しそうなリリン。こうしてみると、本当に素直だ。
「ふむ、確かに。そもそも人生において「取り返しのつくこと」なんか少ないと思うがね。せいぜい埋め合わせが出来る程度だ・・・。それをどうするかは、君達次第だがね。」
と、そこに現れたのは、
「あ、「町の発明おじさん」!」
どうも町のほうの戦いもけりがついたらしい。三々五々と、戦いを終えた皆が来るのが彼の肩越しに見えている。
「ここでおじさんから一言・・・」
くわっ、と目を見開く「街の発明おじさん」本名不明。ヴァジュラム戦からずっと、様々な形で戦いに関わっている彼の言葉は。
「こぼれた水は、また汲めばいいっ!!」
だった。
どこかで聴いたような言葉だが、不思議と違和感が無かった。おじさんの独特な、声、のせいだろうか。
「それって、つまり・・・」
「そのままの意味だよ、諸君。」
にやり、とおじさんは笑った。
朝日が、昇りつつある。
「じゃあ、私達はまた、元の時代に返りますんで。」
再びしまり始めた時間の門を見ながら、未来から来たパステリオン達は変身を解く。三人ともそれぞれ、雪彦、鈴希、美琴の子供のころに、よく似ていた。
「ん?」
その姿に違和感を覚える鈴希。子供、ってことは・・・
「お世話になりました・・・」
と、なにやら自首してこれからパトカーに乗る犯人みたいな口調なのは、リリスだ。彼女達は怪物化した人間を全部元に戻した後、今度は未来世界で暴れた分を償うために、未来のパステリオンや陽極神・陰極神たちとともに未来に帰るのだという。
皆そのために怪物たちを殺さずに食い止めていたので、人的被害は最小限にとどめられたと言える。
そっちに気をとられたせいで一瞬消えかけた、違和感。それは、結局すぐ明らかに成ることになった。
「ふぅ・・・」
ため息とともに、変身を解く陽極神、陰極神。
その姿は・・・
「え〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
返信時の面影を残しているが、意外にもまだ小さな子供だ。せいぜいヴァジュラム戦のころの鈴希たち、小学五年生か。それくらいから中学生位の間、といったところ。
その正体に、思わず大声を出してしまう鈴希。
「あ〜〜〜・・・あはあはあは・・・そうだったの・・・。あ、あたしの悩みは一体なんだったんじゃ〜!」
ずっこける鈴希。こんな子供を恋の両天秤に乗っけて一人で悩んでいたとは、一人相撲にもほどというものがある。
「なんだったんだろうな。」
雪彦も同じような思いがあるのが、少々脱力したような半目だ。
対して、陽極神と陰極神だった少年と少女・・柾利と水奈はなにやら変身時とは打って変わってもじついた様子で、雪彦の方を見ている。
「あ〜、何?」
投げやりと一定いくらいきぬけた声で、先手を取って雪彦から声をかける。するとその声に帰って安心したのか、二人はおずおずと前に出てきた・
「あの、雪彦おじさ・・・」
「おい、水奈。今はおじさんじゃない。」
「あ、そうか、ごめんなさい、雪彦さん。あの・・・」
しばし言いよどんだ後、水奈は勢いよくぺこっと頭を下げた。
「ありがとうございますっ!」
柾利もまた、むすっとしてそっぽを向いたままだが、確かに。
「ありがとうよ。」
と口の中でもごもご呟いていた。
にっこりと笑う、雪彦。ふと気づくと、横で鈴希も同じように笑っている。
「それじゃ・・・!」
「ああ・・・今の先にある、私達の未来で、また会おう。」
光の・・・未来世界へと消えていく、結婚前に現れた気の早い子供達を、そういって雪彦と鈴希は、見送った。
そして・・・
その時から少し先、あの未来にはまだ届かない、ちょっとした時間経過の後。
「う〜ん、折角髪も伸びたことだし、やっぱり私もドレス着ようかな〜」
「あんたねぇ、男としての覚悟って奴はどうしたのよ。」
「格好じゃなくて、問題は心、ってことで。」
「だ〜!どっちにしろ着替えている時間なんてない!急いで!」
「分かってるって。なぁ、鈴希。」
「・・・何、雪彦。」
「愛してるぜ。」
「・・・私も・・・愛してる、雪彦のこと。」
繋がっていく。心も、時間も。
とりあえず、今はおしまい。
でも。
未来は・・・