「好きです。」
何気ない、その言葉。しかし状況と意志により、その意味は千変万化の色合いを見せる。単なる好意、友情、そして。
愛情としてその言葉を言った途端、世界は確かに一瞬制止した。
そして直後・・・全く違う論理と仕掛けで動く、新しい世界で動き出すのだ。
以前の状態に戻ることは、喩え冗談と偽っても出来はしない。
それが、人の心の最も重大な部分に抵触する感情を含む故に。
故に人は愛を前に惑う。いや・・・必死になるのだ。時に滑稽と見えるほど、切なく一生懸命に。

魔女っ子戦隊パステリオン・外典(二乗)の次 「愛が痛くて逢いたくて

(嘘だろ・・・!?)
彼、日輪高校一年生天乃柾利は、恐らく人生最大であろう衝撃と対峙していた。
確かに最近、意図して薄くしようとしていた自分の「存在感」が大きくなってしまい、周囲に注目を受けはじめていた。しかし。
「え、えっと、今、なんて・・・?」
「何て、って・・・」
放課後学校の裏庭に呼び出され、来て見れば同級生にして轡を並べる戦友・当代パステルレッド天寺鈴璃がいて。
そして、言ったのだ。
「も、もう一度言うよ。あたし、あんたのことが・・・す、好きだっ!!」
あの勝気で、少年のように元気溌剌とていて、そういった恋愛沙汰には障害縁がなさそうと柾利が思っていた鈴璃が。
頬を真っ赤に染めて、そういいきったのだ。
「わ、分かったな?分かった・・・よね?そ、それならいいんだ。じっ、じゃあね!!」
逃げるように身を翻す鈴璃を、柾利はただ見送ることしか出来なかった。


そして、偶然にも同時刻!
「どっ・・・どうしよう・・・どうしよう・・・」
天乃柾利の妹、水奈も同じような衝撃と動転を味わっていた。所は、中学校の下駄箱。
家に帰ろうとしてそれを空けた途端、目にしたのは小さなローファーの革靴に乗っけられた、一枚の便箋。・・・何の手紙かは、丁寧に整えられた赤いハート型の封蝋を見れば、明らかだった。
まさかのラヴ・レター。兄である柾利に対して一途に思い続けていた水奈にとっては、完全に奇襲の一撃だ。しかも差出人はテオ・・・現在パステリオンの「世界を律する力」を求めて三つ巴の戦いを演じる敵対勢力の一つ「新世紀十字軍」の一人だった。日本支部のメンバーでは最年少、水奈と同い年の少年でクワイアボーイズ(少年聖歌隊)を思わせるふわっとした金髪とあどけない表情の可愛い子だったのだが・・・
戸惑う水奈は、返事を出せなかった。

結果、その日の天之家の夕食は恐ろしくしめやかなものとなってしまった。互いに昼間の出来事が頭から離れず、更に互いを意識して一種の後ろめたさを感じてしまい。
結果まともに口を利くことが出来なくなってしまったのだ。
そんな数日が、過ぎて。


「お兄ちゃん、起きてっ、起きてよ。」
「んむ・・・水奈・・・?って、え・・・!!?」
自分の体を小さな手が揺する感覚に、緩やかに柾利の精神は覚醒しだした。妹の水奈の声。聞きなれた、安心できる、愛しい声。
しかし目を開いた途端、柾利の意識は唐突にトップギアでアクセルべた踏み状態となり、激しくスリップする。
「目覚まし時計セットし忘れちゃって、朝ごはん早く準備しなきゃいけないの。ほら早く起きて、お兄ちゃん。」
そう言う水奈。そうだとしたら、なるほど早く起きないといけない、のだけれども柾利は硬直していた。
理由は水奈の格好だ。まだ彼女も起きてすぐらしく、心持寝ぼけたような表情と、やや乱れた髪。いや、問題はそれではなく。
(みっ、見え・・・)
水奈の今の格好を説明するとこうだ。着用している服はパジャマの上着とショーツだけ。そしてパジャマの上着は前をボタンで止める方式なのだが、そのボタンは全部外され、羽織っているだけと言った状態だ。
丁度着替えの途中で柾利のことに思い至り、そのままの格好でやってきたという風情か。それでその格好でベッドの上に乗り、柾利の顔を覗き込むようにしている。
それで、その水奈の声に反応した柾利がそちらを向いたワケで。
前が開いたパジャマはだらんと垂れ下がっており、体の前の部分はかなりの面積が露出してしまっているのだ。バターナイフで一掬い削り取った後のバターの表面のように滑らかで薄い腹部に僅かにくぼんだ臍、細工物のように華奢な鎖骨の凹凸、それらを包む雪花石膏のように白い肌、そして僅かに実り始めた胸乳の、先端部ぎりぎりまでのまだなだらかだが確かにある谷間全部。
更に下半身を覆う唯一の布であるショーツは薄くシンプルな代物であるが、それゆえかえってその布が覆う部位の輪郭を明かしかけているし。
「・・・?どうしたの、お兄ちゃん黙っちゃって。起きてるよね?」
小首をかしげ、目をしばたく水奈。その無邪気な仕草がまた凶悪で。驚きに硬直状態の柾利の脳を解きほぐし、目の前の後継を浸透させてしまう。
「それじゃ、私先に朝食の準備しているから。」
兄の動転を知ってか知らずか、水奈はベッドから飛び降りるとひらりと身を翻した。まるで妖精のように軽やかに踊る肢体、パジャマが羽のようにはためく。
その際にますます上着がはだけ、一瞬胸の先端が見えたような気がしたが、本当に一瞬だったのと朝の陽光の反射でよく分からなかった。

「・・・な、何だったんだ・・・」
取り残された柾利は、動転が収まらないまま目をしばたたく。そしてともかく半自動的といった感じで体を動かし、着替えて、洗面所で顔を洗い、階段を降りて。
「ぬぅわ!?」
最後の数段を踏み外して、勢いよく落ちた。
「あっ・・・大丈夫?お兄ちゃん?」
「いいいいいや、問題ない無い無いけどっ!?!?」
本日二度目の大動転。そして、寝起きの奇襲だったため完全には作用してなかった前回と違い、覚醒した脳にズンと来る一撃。

先ほどパジャマを脱いだ水奈は、エプロンをつけて食事の準備をしていた。
この一文がいかなる意味を有するのかというと。

つまり下着の上に直接エプロンをつけているということである。

がたがたと激しく音を立てて椅子を引っ張り出し、そこに座る柾利。酷くぎこちない動きだが、無理も無いだろう。
殆んど思考停止状態で、水奈のその姿をじっと凝視してしまう。
いつものようにてきぱきと、フライパンを火にかけたり味噌汁の鍋の様子を見たりと働く水奈。しかし、格好が普通ではない。
むき出しになった白い背中と中途をリボンで縛った綺麗な髪、小さな布に覆われたヒップが動く。未だ薄いとはいえ既にはっきりその胸は膨らみ始めているのに、水奈はまだブラをつけてはいない。それゆえ背筋の滑らかなラインは完全に阻害されずに露となり、僅かに体を捻ったときエプロンの横から胸の殆んどが丸見えとなる。
思春期真っ盛りの少年には余りにもキツい光景だ。自然視線がその姿を追い求め、心臓が破裂寸前に高鳴る。
始まる理性と感情・・・というか欲望の葛藤。いつもならば常に理性がきちんと反撃活動を行い欲望を封じ込めるのだが、今日このとき理性の活動は余りに鈍い。
何しろ、その格好をしているのは水奈本人なのだ。それがある意味、「向こうも許容している」という意識が働いてしまうのだ。
「う・・・」
吸い寄せられるように、ふらふらと席を立つ柾利。ゆっくりと水奈の後姿へと近づいていき、伸ばした手が水奈の体に触れようとした、刹那。
柾利は気づいた。見ると、水奈の色白の肌がうっすら紅に染まっている。耳元から首筋にかけては特に・・・ということは恐らく、顔などはもっとまっ赤っ赤だろう。
そして、その細い肩は、震えていて。
「・・・どうしたんだ、水奈?」
柾利に正気を取り戻させるには、充分だった。静かに、問いかける柾利。
「う・・・お兄ちゃん・・・その・・・水奈ね、実は・・・」
暫くもじもじとしていた水奈だが、やがて振り向くと兄の問いに答え始める。やはり顔を真っ赤にして、恥じらいの表情を隠すかのように俯いて。

水奈は思っていた。最近、お兄ちゃんとの仲が疎遠だ。
どうしてだろう。こんなに近くにいるのに、一緒にいるはずなのに。
まるで一人一人であったころのような孤独と、逢いたいというこの気持ちは何だ。目の前に、相手はいるはずなのに。
互いにまるで独りでいるかのように、ぎこちなく距離が開いてしまう。
それゆえ、水奈は知恵を借りることにしたのだ。その選択自体には、問題の無い行動。しかしその相手というのが、裾野雪留だったりしたからこの展開となってしまった。
小さいころ水奈に思い切り股間を蹴られてあわや生殖器粉砕の危機に陥った雪留は、それ以来無意識の恐怖感からどうしても水奈に頭が上がらなかったりするので、快く「彼の全知全能を持って」協力してくれたのだ。
題して。
『彼の心をがっちりゲット!男の子から見た萌える女の子の行動IN同居生活悩殺編』
ちなみに著・裾野雪留・雪彦。何気に親まで一緒になっているあたり、血というかDNAというかが感じられる。
しかし今回のこれはともかく、さっきのはマジで意識していない行動だったらしい。恐るべし水奈(何が)。

「・・・分かった。とりあえず雪留のアホは俺が折檻しておく。」
決然と言う柾利。彼は彼なりに誠心誠意応じたのだが。
「ううん・・・いいの。」
水奈には、それが分かっているから兄の言葉に首を振る。
「違うの、私が頼んだの。だから・・・ごめんね、お兄ちゃん」
それまでの過度の緊張から開放された拍子に涙が溢れそうになった目を伏せ、俯く水奈。その頭をゆっくりと、安心させるように柾利は撫でる。皮膚と髪の毛ごしに、水奈の動悸が治まっていくのが、感じられた。
「馬鹿、悪いことしたわけじゃないだろ、何で謝るんだよ。」
そう言って、穏かに笑いかける柾利。水奈の顔も、僅かに涙が残りながらも微笑へと代わる。はにかみと照れを含んだ、心持上目遣いだけどきちんと柾利の目を見た、笑顔。
「う・・・」
その表情が余りに可愛くて、今度こそ理性が限界に達しかけるが、ここを最後とばかりに、頑張って柾利は耐えた。赤面した顔をそらしながら、やや早口に命じる。
「分かったな、なら早く服着ろ。ご飯は出来てるんだろ?なら食べて学校行くぞ、遅刻したくない。」
「・・・うん・・・」
そして、ようやくいつもどおりの朝が、天之家にやってくる。


「・・・ふむ・・・」
そして二人が学校に行き、誰もいなくなったはずの部屋。そこに、唐突に呟きが空気を支配した。
同時に空間が揺らぎ、その場に現れたのは、一見四十台くらいのアラブ系の顔立ちをした男。濃い髭と太い眉、彫りの深い顔立ちに浅黒い肌。どこからどう見ても典型的にアラビアン。
ただその体を覆うマントと頭巾、そして砂漠でなら砂避けに役立つだろうケドこの日本では何の役に立つのかさっぱりな、たった今まで顔を覆っていた覆面。それら総てが彼を目にも魔術的な勘などからも遮蔽する光学並びに呪力迷彩を施された、表の世界ではありえない超科学と現代新魔術の産物であるというところが、彼の存在を特異なものとする。
彼の名、否コードネームはシャムシール。イラン風の曲刀を意味するそれが表すところは、「超魔科学イスラム戦士団」の大幹部の一人であり、パステリオンとそれが守る「宇宙を律する力」を狙う敵の一人である。・・・恐ろしいことに、このクドい面と年齢で、堂々と高校生としてパステリオンたちの通う高校に転入してきやがった。
毛むくじゃらの手でシャムシールは懐から通信機を取り出すと、スイッチを入れる。
「クンジャか、こちらシャムシールだ。確かに情報どおり・・・うむ、隠し撮りには成功だ。この兄妹の「特殊な事情」の情報を巧くリークすれば、敵の連携を打ち砕くことが出来るだろう。」
語るその口元に、にやりとした笑みを浮かべて。
「まるで気づかれなかったぞ、完全に油断していた。しかし近親恋愛とは、背徳的な。なんにしろこれでマサトシに恋心を抱くパステルレッド、そしてミナに恋心を抱いてこの戦いを停めようとしている新世紀十字軍のテオ、その関係に致命的な混乱が生まれるのは必定だ・・・うむ、うむ。分かった。近日中に、またな。アラーに栄光あれ!」
ぱちり、とスイッチを切る。そして同時に光学・呪力迷彩が作動。再び彼の存在を隠した。



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