「ネオ・パステル=キャノ〜〜〜〜ン!!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」
また一つ、戦いが終わった。
地球を襲った邪悪が・・・心の歪みと闇の力が融合して生まれた、悲しい存在が消えていく。
それは、はるか昔から繰り返されてきた戦い。
正義の味方の。
神であり、人でもあり、天と地と海であるものたちの。
パステリオンの。
夜の闇を払って、朝の光がまた来るように、少年少女は未来へと世界を進める戦いに身を投じる。
毎年、毎年。
世界の裏で。
そしてその世界の裏で繰り広げる戦いのさらに裏、より孤独な、より過酷な、より複雑な戦いを、人知れず続けるものたち。
パステリオンたちが光であるならば、影。それは暗く、儚く・・・闇に似ながら、闇に非ず。光の下に集い、その存在を世界に知らしめる。己と同じ黒さを持つ闇へと突き刺さる。
魔女っ子戦隊パステリオン・外典(二乗) 「影色の華」
「・・・今回は、終わったな。」
「うん、お兄ちゃん・・・」
「陽極神」天之柾利と「陰極神」天之水奈。
パステリオン支援のため殿軍を努めた二人も、戦いを終えていた。二人とも変身を解き、人間としての姿に戻る。それぞれ歳は高校一年生、中学三年生といったところだろうか。
幾分離れた場所で、決戦に向かったパステリオンを守るため殿軍をつとめていたのだが、大体敵を殲滅したところで、親玉の気配が消えたことを感知したのだ。
「これで帰れるな。水奈、もう大詰め、勉強頑張らないとな。」
おりしも季節は冬も終わりに向かい始め、高校受験へ向けての最後の追い込みという所。妹の頭のよさは信じているとはいえ本人も「お兄ちゃんと同じ高校へ行きたい」と頑張っていたのでやはり気がかりだった兄は、励ましの意を込めて軽く水奈の肩を叩いた。
「じゃ、行くぞ。」
そう言いおいて、先導するように歩き出す柾利。僅かに遅れ、その後に続く水奈。その微妙な距離のせい、か。
「でも、嬉しくないな・・・」
「え?」
水奈の呟きは小さくて、柾利には聞き取ることが出来なかった。
そして、次の日。
「今日は遅くなったな・・・」
帰宅し、家の門をくぐりながら柾利は呟いた。
高校生ともなれば、色々な用事が生じる。それほど社交的な性格ではない柾利だったが、責任感のある性質だったので、誰もやりたがらない事を見過ごせず引き受ける形で、多忙な日々を送っていた。
「・・・?」
と、その時柾利は違和感を覚える。視線を上げ、家を見渡し・・・そして、それに気づいた。
柾利と違って受験生である水奈は、とうの昔に家にいて、勉学に耽っているはずだ。
だが・・・家には明かりがない。もう外は冬の早い日が落ちて真っ暗だと言うのに、家の中までその闇が染み渡っている。
「水奈・・・!何かあったのか!?」
焦燥に駆られた柾利は、慌てて扉を開け、家に駆け込んだ。彼等兄妹は世界の裏での戦いに身を投じるもの、襲撃を受けるなどの自体の可能性もないわけではない。
しかし、それ以上に柾利の心は焦りに焼かれる。水奈との再開以前、独りで住んでいた余りに広く暗く寂しい、そのころに帰ったかのような家の様子に、水奈への想いが加速する。
「水奈ッ!!」
大声で名前を呼び、電気をつけようとする・・・と。
「お兄ちゃん・・・」
水奈が、すぐそこにいた。暗くて表情がよく分からないが、確かに。そして、何故か陰極神の姿になっている。
「どうしたんだ、水奈。何で、変身して・・・」
「・・・」
暫しの逡巡。まるで、罪を犯しているのを見られたような、躊躇いと羞恥がその水奈の仕草には感じられた。
「寂しくて・・・だって、独りで・・・この一年、お兄ちゃんが高校に進学してから、学校でも会えなくて、私も勉強忙しくて、余り会話も出来なくて・・・」
呟く水奈。闇に顔を隠されたようなその様子は、陰鬱で、どこか不気味にも思えるかもしれない。
「戦ってるとき、だけだった。一緒にいられて・・・思いに素直でいられたのは。だから、つい、またあの感覚を、一緒に戦ったときの気持ちを・・・でも、駄目だね。」
悲しいことに、むしろこの世界においてしか、水奈の心は満たされない。
闘争と、野望と、悲劇と、狂気が渦巻く、闇の底。
そこでようやく、彼女の思いは倫理の鎖から解き放たれるのだ。
神の血を受け継ぐという名目否もはや呪縛にも近しい宿業が生んだ、禁忌たる実兄への恋心。
だけど。
それ以上に。宿業も何も関係なく、そんなものを超えて。
二人は、どうしようもないほど互いを愛していた。
「結局この世界では、私はお兄ちゃんの妹以外の何かにはなれない・・・好きなのに・・・どうしようもないほど・・・抑えられない、戦いを望んじゃう、ほどに・・・」
柾利は理解した。
自分の心があまりに空ろであるのと対照をなして、水奈は、その内に闇を抱えている。
それは、本来柾利が背負うはずだった部分すらも。
いびつに分かたれた二人は、互いを求めずにはいられない。
「私、酷い子だ、だからっ・・・!だからっ・・・!」
闇に慣れてきた眸に、徐々に明らかとなる水奈の表情。
自分の中の闇に飲まれかけながらそれに抵抗しようとし、それでも慕情を抑えられずに、混乱と寂しさと孤独の中、暗い部屋で柾利を待っていた妹の顔は。
泣きながらも、美しい少女の顔だった。
「ひくっ、うっ・・・」
小さな子供のように華奢な握り拳で目を拭う水奈。
その姿はあの二人の唐突な別れ、離れたが故に互いを深く心に刻み込んだ日を、柾利は思い出さずにはいられない。
過去も、闇も、二人にとっては余りにも近しい。いつも、それは飲み込もうと顎を開いている。
だけど。
僅かに、雲が途切れた。月の光が窓から差込み・・・水奈の頬についた涙滴を、どんな宝石よりも綺麗に輝かせた。
その悲しみすら、美しい。
その悲しみゆえに、いとおしい。
イザナギとイザナミという兄妹の産んだ異形の神の子、ヒルコ。
以前戦ったその悲しき神の容貌がふとよぎる。何故か己の姿を作り変え、男と女、二人の存在へと分離していた・・・その身を実存にあらざる虚ろな存在としてまで。
混沌たる醜き己の身を恥じてと思っていたが、あるいは。
「寂しいことを言うな、水奈。」
「お兄ちゃん・・・?」
「俺は、お前とばらばらの存在であることが、お前と違う人間であることが、何よりも嬉しい。」
「え・・・?」
兄の言葉の意味が良く分からず。不安そうな表情を浮かべる水奈。ただでさえ今もいつでも、二人の関係には薄氷の危うさがある。
「だって・・・だからこそこんなにも、お前を求めることが出来る。」
心もち緊張しながらの、優しい台詞。自分には似合わないと思っているのだろうか。不器用に微笑むと・・・
柾利は水奈に口付けした。
唇に感じる柔らかさに驚き、それまで涙に覆われていた目を見開く水奈。目の前にある兄の顔は、真摯に、穏かに、目を閉じているところからまるで眠っているように静かに。
水奈を信頼した、温かいキス。
こわばりの解けた水奈の体を、柾利の手がゆっくり抱きしめる。子供ではなく、だが断じて女ではなく、少女であることも微妙な、頑ななくせに華奢である蕾を思わせる体。ゆっくり、撫でるように、いとおしむ様に、それでいて欲するように。
柾利の指が水奈の背中にまわり、その髪に触れた。背中の中ほどまでくる髪は、先のほうをリボンで纏められながらもまるで水にようにさらさらとした手触り。背筋と共に、それを柾利はゆっくりと撫でてやる。
月の光が降り注ぐ、その音が聞こえそうなほど静かに、二人は体と心を合わせていた
「・・・落ち着いたか?」
「うん・・・」
暫く奏していた後、口付けを解いた柾利の問いに、頬を染めた水奈はこっくりと頷いた。丁度柾利の胸板に顔を擦り付けるような格好になり、上気した頬が夜気を吸った服と、それに包まれた均整の取れたらしい体の感触を、酷く鋭敏に伝えて。
思わず今度は水奈がその手を伸ばし、柾利の体に触れる。少年の胴に手を回した後、背の高い柾利の顔を見上げて、その首筋から頬へと手を伸ばし・・・そして、びくっと引っ込める。
「あっ、ごめん、私また・・・」
また、闇雲に柾利を求めている。そういいかけた水奈の手を、柾利はしっかりと掴んだ。ゆっくりと首を振る、もう大丈夫構いはしない・・・と、もはや言葉も必要ない。
そしてまた、唇が重ねあわされる。今度は強く、そして深く・・・
「ん・・・」
息が混ざり合い、そしてそれ以上に欠けた心同士が溶け合っていく。水奈は頬を上気させ、幸せを感じている表情で、体も重ねようと摺り寄せていく・・・
「お〜い、水奈ちゃん!勉強手伝って〜!」
「もう、迷惑よ夜中に!」
「だって、水奈ちゃん学校でもなんか寂しそうで、様子変だったから気になるっていったのは美砂希じゃない、気になるんなら様子を見に行くのが一番・・・って」
と。
そこに突然パステリオン三人組登場。・・・玄関先の上、鍵をかけるのを忘れていた。
・・・
硬直。
「あ」
「い」
「う」
それぞれ一音節だけ声を出して、そのまま固まってしまう鈴璃、美砂希、雪瑠。
「え?」
驚く、水奈。
と、ここまで来れば当然柾利の言葉は、「お」だろうと思われたが、それは裏切られた。
こんなシーンを見られたという事実を認識すると同時に、顔中どころか耳や首筋まで真っ赤に染まる。ただでさえ普段の自己主張が弱い彼に血って、今回の言動は一世一代の決意を要するものだったが故に。
「兄心!!破壊神掌ーー!!!」
ドッカァァァァン!!
「わきゃあああ!」
思わず技を繰り出したりして。
「ちょっ・・・お兄ちゃん!?」
「あ、いや、その・・・」
驚く水奈、先までとは打って変わってしどろもどろの柾利。
「あうあう・・・」
「もう・・・」
「ぶぎゅ〜」
しかしまあ、咄嗟にはなっただけなのでパステリオンである三人にはダメージとはならなくて、
「くすっ」
ただ、僅かな笑いへと昇華される。小さな、だけど花のような水奈の笑顔。
「それでも、歪んだ鏡の奥にある闇の中にも、花は咲くのだ。色のない、それ故に可憐で幻想的な薔薇に劣らぬ美しい、艶やかな花を。」
歌劇「ク・アロス」三幕目、幕引き寸前のセリフより
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