・生前譚〜はじまり〜

終戦から季節が巡り、村正宗が第六天魔王に就任し、諸々の事情に一段落付いた頃。

「村正宗、今いいだろうか?」
夜半、自室で研究資料をまとめていた村正宗のもとに紫暮の声が届く。
扉を開けると簡素な寝間着だけを着た紫暮が、真剣な表情で立っている。

「話したいことがある」
「分かった、少し待っててくれ。片付ける」
そう言って一旦扉を閉め、資料を片付けてから紫暮を中に招く。

「狭い部屋だな。幹部なのだからもっと広い部屋にしたらどうだ?」
「書斎や研究室が別にある。ここには必要な物しか置いていない」
万年床の上に座った紫暮が部屋を見回して可笑しそうに言い、文机の前に敷いた座布団に座った村正宗がそれに答える。
手を伸ばせば、少し動けば触れ合える、そんな距離。
そうか、と笑う紫暮に、先ほどまでの固い感じは無い。

「今日で診断は終わりだと言われた。もう治すところは無いそうだ」
「それは、なによりだ。おめでとう」
完治したことを祝いつつ、その身体を大まかに見回す。
背の中頃まで伸びたつややかな黒髪。
適度にふっくらとした女性らしい身体つき。
湯あみをしてきたのか、ほのかに上気する血色の良い肌。

「ふふっ、もっとよく見てもいいぞ。その為にこんな格好で来たんだ」
視線に気付き、悪戯っぽく笑いながら片手で後ろ髪をかきあげる。
サラサラと流れる髪から仄かに広がる香り。細めた目が艶やかに色香を漂わせる
戦後の混乱をよそに、穏やかな環境で静養した結果、紫暮の体調は改善した。


「これでようやく……人並みになれた」

いち人間として。


「私はもう、戦えない」


小さく苦笑しつつ、ぽつぽつと話し出す。
診断の結果、自身の気脈は身体を保全する形に変化しており、戦闘の為に気力を巡らせることが出来なくなっていたことが分かった。
これまでの望まぬ戦いから解放され、気持ちが緩んだのが原因か……『戦士』としての紫暮は“死んだ”。

「ゆま達から言われたよ。『戦場から離れて穏やかな余生を』とな。その為の場所も探しているらしい」
もともと仕方なく戦っていた面もあり、必要がないのなら戦場に立つことはない。
しかしそれは

「私はこれ以上、ここに……お前の傍に居られない。これからも戦い続ける、お前の隣には立てないっ……」
戦場に立つ、愛しい男の傍に居続ける資格を失ったということ。
どんなに言い聞かせても、体が、心が、戦いを拒否してしまう。
紫暮の視界が涙に歪み、滴が頬を伝い落ちる。

「お前と、神奈の関係は、知っている。多くの女性を、囲うのを、厭うているのも。だ、だけど……だけどぉ……」
ボロボロと涙を流し、しゃくりあげながら、懸命に言葉を紡ぐ。
ゆっくりと手を差し伸ばし、村正宗に触れる。

「せ、せめて、思い出……お前との、確かな思い出が、欲しいんだ。だから、だから村正宗ぇ……」
「おっ」
紫暮の両腕が村正宗の首に回され、強引に引き倒す。
咄嗟に手をつく村正宗の下、紫暮が涙で顔をくしゃくしゃにしながら言葉を紡ぐ。

「私を、抱いて」
組み伏せられたような体勢で懇願する。
全てを村正宗に委ねて、そっと目を閉じる。

「……一つだけ答えてくれ」
そんな紫暮を見下ろしながら問う。

「生まれてくる子の為に、俺を殺せるか?」
行為の先の可能性。
有るかもしれない出来事への覚悟を。

「!……もちろんだ……」
言葉の意味を察して驚きに目を見開くも、交わった眼差しの真剣さを受けて紫暮は答える。

「は、母となる以上、我が子を優先、させるとも」
自分ではなく、生まれてくる子供の事を考える村正宗に。
泣き出しそうに歪みながら、それでも精一杯の笑顔を浮かべて

「そのためなら、お前で……んっ」
その覚悟を伝え……きる前に口が塞がれる。
村正宗の口付けによって。
数秒後、顔を離した村正宗は

「参った」

苦笑交じりに言う、降参だと。

「すまなかった」

謝る。試したことを。

「ここまで言われたら、受け入れるよりない」

曖昧な、困ったような表情で、自身の浮気性を自嘲する。

「紫暮の気持ちも……俺自身の想いも」 

それでもスッキリとした顔で、告げる。

「紫暮……お前が欲しい。俺の子を産んでくれ」
「……はい」

重なる身体と、想い。

 

その果てに……

 

白い部屋の中、響き渡る命の声。
生まれ出でた赤子と母が対面する。
額に生えた角、複眼状の赤い眼球、口内上下に牙。
文字通りの鬼子、異形の子。
そんな我が子を、そっと抱え

「生まれてきてくれて、ありがとう」

角に、瞼に、頬に、唇を落とし、我が子の全てを祝福する。

「私の愛しい子」

限りない愛情を込めて、願う。

“貴方が久しくありますように”


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