・村正宗思考〜はじまりまで〜
仕事に一段落付け、休息へと思考を切り替えた際にふと思いつく。
(俺は紫暮をどう思っている?)
対タロン戦の末期。「刀」から「村正宗」に戻る際に告げられた、紫暮の想い。
自分はまだその返事をしていない。
戦時中は言うまでも無いとして、戦後は混乱収束を目指して多忙だったせいで、考える時間が無かった……いや
「考えないようにしていた、か……」
ガーライルとの最終決戦後、かつてない昂ぶり覚えた俺は、それを神奈にぶつけた。
初体験の相手であり、気心の知れた仲という意識から自然に事に至り、神奈もそんな俺を受け止めてくれた。その事に後悔は無い。
しかし、事後になって落ち着いた頭に浮かんだのは……紫暮からの告白。
そのことに妙な気まずさを感じて、仕事に集中して考えないようにしていた、というところか。
実際、今まで療養中の紫暮に会いに行こうともしなかったし
「ぬぅ……」
思い出したことで湧き上がってきた気まずさに、悶々としながら一日を過ごした。
終戦から一年後の4月1日(エイプリルフール)
この日を起点に、状況が少し動き出したように思う。
「俺(村正宗)の子を妊娠した」というウソを真に受けて暴走する紫暮に
『暮らしの面倒はこちらがみても……』
混乱していた所為で、いやむしろ混乱していたからこその無意識の発言。
思い返してみても、真偽は兎も角、自分と無関係な事だとは全く思わなかった。
「認知」の二文字すら頭にあった気がする。
その翌々日、数ヶ月にわたる紫暮の攻勢が始まった。
ある時はスイートロリィタなるフリル満載で乙女感溢れる衣装で現れて、感想を求められ。
……素直に可愛いと言ってしまった。何をやってるんだ俺よ。
その次は年齢一桁の姿になってスキンシップを求められ。
……気が付けば紫暮(幼)を膝の上に座らせて、頭を撫でていた。
上2つを合わせたロリィタ&ロリータ状態で、部屋の隅から見つめてきたり。
……その格好での潤んだ上目づかいは凶器だ。殺す気か!
かと思えば、料理を作って振舞ってきたり。
……要練習。
等々。仕事の合間、ごく短い時間ながら、会話や触れ合いを楽しんで帰っていく。
多少やり過ぎな物もあったが、今までの人生を取り戻すような年頃の少女としての行動に、親しみを感じたのは間違いない。
そのたびに心から湧き上がるソレが、好意であることが分かってくる。
俺はその気持ちを……受け入れられずにいる。
戦後、執務室で共に仕事をするようになった神奈が、紫暮が来る直前になると部屋から出ていく。
どこに行くのか聞いても、曖昧な笑みと要領を得ない言葉ではぐらかされてしまう。
神奈とはあの行為後も気の置けない、これまで通りの関係を続けていた。
それだけに、狙ったような二人の交代が、俺と紫暮を二人きりにしようとする行為が気に掛かる。
気持ちを受け入れられない要因の一端がこれだ。何を考えている神奈?
そして、そんな様子を察してか、紫暮も俺に対し一線を引いた微妙な距離に居る。
そうして幾度かの攻勢を受けている内に、あまりにもタイミング良く来たり、やっている事が俺の嗜好に合い過ぎていることに疑問を感じて調べてみると、なぜか神奈がゆまやまはを介して入れ知恵をしていたことが判明。
神奈を部屋に招き、なぜこんな事をしていたのか問いただしたところ
「村正宗が他の女の子と仲良くしてたら、どんな気持ちになるか実験してた」
こんな事を言い出した。
「黙っててごめん。自然な所を見たかったから」
俺が何とも言えないという表情をしていたからか、ばつが悪そうに謝る。
受け入れて続きを促す。
「結果は“特にどうも思わない”だったよ。紫暮さんと一緒に居て、服のこと褒めたり、作った料理食べたりしても、ヤキモキとか焦ったりとかはしなかった」
……口元が引きつってないだろうか?
神奈の出した『結果』に小さなショックを受ける。
「あ、村正宗の事がどうでもいいっていう事じゃないよ。なんて言うか、どんな事してても、結局……そう、“いつも通り”に戻るっていう確信? みたいなのが有るって分かったんだよ」
この言葉が胸にストンと落ち、感じたショックが消える。
“いつも通り” 神奈が俺と居ることをそう感じてくれていた。
暗黙の了解と思っていたことを、神奈の方から改めて言ってくれたことに安堵する。
「安心感というか、そんな感じの。あと何か変化があっても、時間が経つとそれが“いつも通り”の中に組み込まれるんだよね……“初めて”と去年の“アレ”とか」
……これに納得できた事をどう思うべきだろうか?
アレ以降していなかったとはいえ、自分の中で“そういった行為”が、「撫で」と同様の神奈に対するコミュニケーション手段として認識されていることに今気付く。
そして神奈も同じように思っていた事を喜ぶ自分がいる。その身勝手さも……
「だから……」
考え込もうとする俺に、神奈が告げる。
「良いんだよ。紫暮さんを“いつも通り”の中に入れても」
どうしようもない俺への『免罪符』を。
告げられた言葉に眼を見開く俺に、神奈は真剣な面持ちで語りかける。
「村正宗は、もっと人生を重くするべきだと思う。力の使い方を誤らない為に、斬ることができない大切に想う誰かを、増やした方がいいんじゃないかな?」
私だけじゃなくと続け、視線を部屋の隅、刀掛けに置いた霊光刀に向ける。
「正直ね……不安だったんだよ。私一人じゃ支え切れなくて、余計な負担掛けちゃうんじゃないかって」
申し訳なさそうな顔で心情を吐露する。
そんな神奈に返す言葉が見つからず、的を射ない言葉だけが頭の中をグルグルと回り続ける。
「だから、村正宗が必要だって感じたなら、受け入れて良いんだよ。紫暮さん……私の大切な人を、好きになってくれた人を」
でも、と苦笑交じりに続け
「紫暮さん、私のこと敵視してるみたいだから、その辺はどうにかしないとだけど」
それは……難しいんじゃないだろうか?
やってることは手探りで変な方向に行ったりするけど、恋愛観は普通のようだし。
と、悩む俺に
「なんて、今言ったのはあくまで私の意見と希望だよ。参考にしてもらえれば嬉しいけど、最終的にどうするかは村正宗次第」
俺の顔に手を添え、真っ直ぐな眼差しで言う。
「私も、そしてきっと紫暮さんも、村正宗が決めた事なら受け入れるよ。だから、じっくり考えてみて。後悔しないように、自分の気持ちを誤魔化さずに、本当にしたいことを見つけて」
そう言って瞼を閉じ、顔が近付き……唇が、重なる。
「どんな事があっても、私は、神奈は、村正宗……貴方の傍にいるから」
その言葉に思う。敵わないなと。
全てお見通しだったんだこいつは。俺自身すら気付かなかった所まで。
これはダメだ。どうあっても、こいつは俺の人生から外せそうにない。それが分かった。
その日の夜。手慰みに持ってきて資料に目を落としつつ、これまでの紫暮との出来事を思い返す。
神奈の気持ちに甘え、自身のどうしようもなさに呆れながらも、彼女を知ることで生まれた感情を正視し、受け入れ、考える。
どうしたいのか。どうなりたいのか。どうしていくのか。
新しく生まれる想いを感じつつ、古い記憶を呼び起こして吟味する。
過去(まえ)と現在(いま)を繋ぎ合わせて未来(さき)を導き出す。
おぼろげな気持ちに、しっかりとした形を与える。気持ちを、想いを、確かなモノにしていく。
そうして思考に耽っていると、不意に扉がノックされる。
出てみれば寝間着姿の紫暮。急いで資料を片付け、室内に招き入れて布団の上に座らせる。
気持ちを切り替えるためだろうか、部屋が狭いと指摘し、俺の返事を聞いて笑う。
空気が解れたところで本題に入る。
「今日で診断は終わりだと言われた。もう治すところは無いそうだ」
報告は受けている。完治したんだろう、おめでとう。
……うまく言葉にできなかったな。
身体を大まかに見回してみる。
その健康的な様子に病弱だった頃の面影は微塵も見えない。
ついでに好みも把握されているようだ。ぬぅ。
「ふふっ、もっとよく見てもいいぞ。その為にこんな格好で来たんだ」
視線に気付かれてからかわれてしまった。
その仕草と視線、分かってやってるな。誰に聞いたのやら。
「これでようやく……人並みになれた」
と、気を取られていた所で話が戻る。
愁いを込めた眼差し。その意味するところは
「私はもう、戦えない」
『戦士』としての紫暮の“死”。
ここに居るのは、一人の女性としての紫暮。
「ゆま達から言われたよ。『戦場から離れて穏やかな余生を』とな。その為の場所も探しているらしい」
もう望まぬ戦いに身を投じることは無い、平和に生きることができる。
それは喜ぶべきことだろう。
しかし
「私はこれ以上、ここに……お前の傍に居られない。これからも戦い続ける、お前の隣には立てないっ……」
泣いている。
いつもの凛とした振る舞いが消え、哀しみの涙に濡れている。
嘆く心が水滴になり、とめどなく流れては落ちる。
「お、お前と、神奈の関係は、知っている。多くの女性を、囲うのを、厭うているのも。だ、だけど……だけどぉ……」
しゃくりあげながら伸ばされた手が、俺の顔に触れる。
「せ、せめて、思い出……お前との、確かな思い出が、欲しいんだ。だから、だから村正宗ぇ……」
腕が動き俺の首に回される。
掛けられる力に従い、倒れきる前に手をつく。
下になった紫暮が、涙に濡れる顔で
「私を、抱いて」
願いを口にし、俺に身も心も全て委ねるように目を閉じる。
そんな紫暮に
「……一つだけ答えてくれ」
問いかける。
自分でも残酷だと思える選択を、身勝手な期待を込めて投げかける。
「生まれてくる子の為に、俺を殺せるか?」
今この時に一生懸命な紫暮に、まだ見ぬ未来を提示する。
目の前の、抱いてほしいと欲した男を、殺す可能性を突きつける。
現在の愛する男と、未来において愛するであろう我が子を天秤に掛けさせる。
「!……もちろんだ……」
目を見開き、交わる視線から言葉の意味を察して、紫暮は答えた。
「は、母となる以上、我が子を優先、させるとも」
俺の望んだ、期待していた通りの言葉が返ってくる。
どれほどの気力を振り絞っているのか、泣き出しそうな顔を無理に笑顔に変えてまで、俺の勝手な願望に応えようとしてくれている。
「そのためなら、お前で……んっ」
言い切る前に唇を奪って塞ぐ。
それ以上は言わせない。言わなくて良い。
分かったから。もう十分に伝わったから。
口を離して告げる。
「参った。(お前の気持ちは痛いくらいに伝わった。これ以上言われたら立つ瀬がない)」
「すまなかった。(試すような真似をして。まだ素直になれなかったんだ)」
「ここまで言われたら、受け入れるよりない(もう浮気性だとか変なこだわりは捨てる)」
「紫暮の気持ちも……俺自身の想いも(……目をそらしていた、好かれている事、お前に惹かれている事を)」
言葉が出てきてくれない。
本当はもっと伝えたいのに、俺の口は僅かな言葉しか発さない。
それが悔しい。
尊敬した。
仲間と家族の為に、病弱な体をおして、命がけで戦い続けてきたお前を。
守りたいと思った。
誤解され、理解されず、一人苦しみ、傷付いてきた君を。
命を捨てる覚悟で、俺を想ってくれた紫暮を。
「紫暮……お前が欲しい。俺の子を産んでくれ」
欲しいと思った。
こいつとの間に子を成したい。
男として、紫暮という女を抱き、孕ませ、産ませたい。
村正宗という人間を紫暮に刻み込み、形あるものとして残したいと欲した。
「……はい」
そんな猛りを胸の内に抑え込み、紫暮の身体を抱く。
大切に、宝物のように、それ以上のものとして、腕の中に納め……身体を重ねる。
翌日。一波乱を終えたせいか気の抜けた俺を余所に、紫暮が律儀にも俺と一夜を共にした事を神奈に報告しに行った。
その際、これまで入れ知恵されていた事を明かされ、その上で愛人として一方的に迎え入れられた、らしい。
共犯だったゆま達からも説得され、子供が生まれるまではここに残り、それ以降は別居という形で同意したそうだ。
全てが丸く収まった所で、神奈と紫暮のもとへ向かい、二人を抱き寄せ宣言する。
「俺の女はお前たち二人だけだ。これ以上は頼まれても受け入れない」
それを聞いた紫暮は「あ、うん」と照れた笑みを浮かべ、神奈は「仕方ないね」と残念そうに言った。おい。
何はともあれ、俺と紫暮と神奈の3人は、こういう形で落ち着いたのだった。
なお、この日の夜に思いがけない襲撃があったが、それはまた別の話。