エヴァンジェリスト外伝
<魔法騎士と夢導く旅人>



海岸沿いの道を走る。
時速60kmの勢いで吹き付ける潮風。
その心地好い空気をめいっぱい肺に送り込む。

「むふー・・けふっ」

ベスパで疾走する少女が満足げに息を吐いて・・咽た。 口に咥えた棒付きの飴玉が、カリッ、と音を立てる。
少女の吐息が白い雲となって後方に流れる。

「ふむー、この排ガス染みた独特の空気、久方ぶりだねー」

飴玉を転がしながら呟く。
前方に見えてきたのは東京の市街地。 市庁舎やら東京タワーやら、背の高い建造物が遠目でもよく見える。
東京。日本の首都にして文化の結集地。これまで日本中を渡り歩いた少女にとっても、この町は印象深いようだ。

――この世界は、とても綺麗だ。

傍らに広がる海も、前方の人工物の密集地にも、生命の息吹を感じる。
生きとし生ける者は皆、溢れんばかりの生のエネルギーを放っている。 それらは集まり、うねり、力強い波動となって少女を引き付ける。少女は彼らの力に抗えない。
波動を放っているのは、形あるものだけではない。
それを感じることができるのは、少女を含めて極僅かな者達だけだ。それ故、少女は旅することを使命付けられている。

「ふふん、感じるぞ、感じるぞー。 天より与えられし力を持つ者を。まだ目覚めきらぬ輝きを」

意味深な独り言を呟きながら、少女は市街地へと入っていった。








一日目

レインボーブリッジに程近い市街地。

「水のーー龍ーーー!」
「炎の、矢ーー!」
「碧の、疾風ー!」

水で出来た龍、尖った炎の塊、渦を巻く疾風がグロンギの怪人を打ち破る。
それを行っているのは、それぞれ別の制服に同型で色の違う鎧をまとった三人の少女。

「ふぅ・・・これで最後かしら?」

青いロングヘアの気の強そうな少女が他の二人に声を掛ける。

「そうじゃないかな、気配もしないし」

赤いおさげの活発そうな少女が答える。

「まぁまぁ、お二人とも随分と汚れていますよ」

金色のショートへアのおっとりした少女が二人の様子を見て告げる。

「なに言ってるのよ風。あなたもよ」

その言葉に青の少女がツッコミを入れる。たしかに度重なる戦闘で三人ともかなりボロボロになっていた。

「あら、本当ですわね」

風と呼ばれた少女が自分の体を見下ろして言う。
そんな二人を赤の少女が微笑ましげに見つめ

「じゃ、帰ろっか」

二人に帰ることを促す。
その言葉に従い、少女達が帰路につこうとした時

「!」
「どうしたの海ちゃん?」
「海さん?」

突然、海と呼ばれた青の少女がその場で固まる。その瞳はここではない、何処か別の場所を見ているようだった。

「どうやら目覚めかけているようだねー」
「なっ!」
「誰ですか!?」

三人の後方から突然声がかかる。
慌てて二人が振り返ると、そこには

「ふむ。人の名を尋ねる時に、まず自分から名乗るべきだと教わらなかったかねー?」

ハーフタイプのヘルメットにゴーグル、風になびくマフラー、黄色い雨ガッパに雨靴を履き、背中にアイスホッケーのスティックを背負い、口に棒付きの飴玉を咥えた同年代と思われる小柄な少女がいた。
バスパのシートに腰掛け、二人の言動に対し、偉そうな口調で異議を申し立てている。

「あ、失礼しました。私は鳳凰寺 風と申します」
「私は獅堂光。で、君は?」
「ボクは獅子堂戌子。戌子サマと呼びたまえー。で、君たちと同じ、エヴァンジェリストと呼ばれる者だよー」

苗字似てるけど親戚とかじゃないので、と光に向かってお気楽な口調で答える戌子。
エヴァンジェリストと聞いて一瞬緊張が走ったが、敵意の無さそうな様子に光と風が警戒心を解く。が

「という訳で、君達の力、試させてもらうよ。転送!」

ベスパを降り、戌子が右腕が掲げ腕時計のようなものを翳す。
すると上空から光の塊が落下する。光が収まると、そこには身長1mほどのロボットが居た。

「それ行け、ジェントルハーツ!」

その内の一体、頭に一本ネジが刺さった頑丈そうなロボットが二人に襲い掛かる。

「なっ・・うわっ!」
「きゃっ!」

不意打ちに対応できず、思い切り殴り飛ばされる。
しかし何とか体勢を立て直し、手の甲に付いている石から剣を取り出して構える。

「んー、そんな調子でよく戦ってこれたものだねー」

戌子が嘲るように言い放つ。

「炎の、矢ーー!」

その直後に光の魔法によってジェントルハーツが大破し、背中から何か飛び出して消えた。

「そうそう、それくらいやってもらわなくては。炎か、なら次は・・転送!」

再び光の塊が落下する。今度は二つ。
そして出てきたのは不死鳥をイメージした浮遊する二体のロボット。

「炎の、矢ー!」

先手を取った光が炎を放つ。が、現れた二体は即座にその場から退避すると、両腕と頭部から炎を噴出した。
直線的に迫る火線と、広範囲に広がる火炎。 ヒラヒラと不規則に動き回り周囲を炎で覆っていく。

「くっ・・すばしっこくて当たらない」
「でも、私の魔法を使うと・・・」
「炎が広がってしまう。なら対抗できるのは」

二人の視線が固まったままの海に向けられる。

「「『水』!!」」



水のように青く透き通った空間で、海は間の前に居る青く大きな龍と対面していた。

「『魔神』の力・・・私たちの中にあるの?」

海が問いかける。どうやら両者の間で会話が行われているらしい。

「『心』の強さ。それを示せば・・・」

そう呟いた海の後ろで爆音が響く。
我に返り振り向くと、そこには炎に焼かれて傷ついた光と風の姿が。

「拍子抜けだ。まさかこの程度とは・・もっと頑張りたまえー」

呆れたように戌子が諸手を上げて首を振る。

「光! 風!」

二人に駆け寄る海。気を失ってはいるが何とか生きている。
それでもダメージは深そうだ。

「君達は弱いなー、この先まだまだ戦いは続くのだよ?こんな調子で大丈夫かね・・・おや?」

戌子の視線の先、二人の体を抱えた海が怒りの篭った視線を射掛ける。

「光と風に・・・ケガさせたわね」
「それがどうしたというのだね。戦士たるものケガくらいで怯んでいてはいけないよ」

視線と言葉に対し説教をする教師のごとく言い返すと、海に向かって二体のメダロットをけしかけた。

「水のーー龍ーーー!」

即座に放たれた水龍が二体を飲み込む。バラバラになる寸前、機体からメダル飛び出して消える。

「ああー、ボクの友人になんてことをするのだー」
「・・友人・・?」

友人の一言に反応する海。続けざまにけしかけられたメダロットを

「蒼い、竜巻ー!!」

空中で渦を巻く水流で撃破する。

「うぬぅ」

今度は両腕を掲げての転送。 総勢6体のメダロットが現れる。

「水のーー龍ーーー!」

再び水龍での攻撃。しかし回避した数体が海を囲む。

「防りの、風ー!」

だがその攻撃は暴風の壁に遮られ海に届くことは無かった。

「風!」
「・・・・・・・また別の魔法を編み出せましたわね」

回復した体力で魔法を行使した風が倒れる。
あわてて駆け寄る海の背後から別の機体が迫る。

「紅い・・稲妻ーー!」

が、それも同じように起き上がった光の魔法で倒される。

「光!」
「・・海ちゃん・・だ、大丈夫・・・・・・」
「光こそ大丈夫なの!?」

海の問いに笑みで答える。が、ダメージが大きいのかすぐに倒れてしまう。
光にも駆け寄ろうとするが、その間に新たに転送された者が立ちふさがり近付けさせない。

「ふむー、もう一息といったところか」

更に別の指示を出された二体が牽制、海と光達の間が広げられる。
なんとか近寄ろうとする海の様子に

「その二人を捕まえたまえー。ボクが直々に手を下してやろう」

戌子の指示に従い、比較的大きいものが二体掛かりで二人を運んでいく。

「光ー! 風ー!」

呼び声も空しく、二人は戌子の足元へと転がされた。

「さて、どうやって殺そうか。迷うなー・・・首でも飛ばそうか?」

背中のスティックを抜き、光の首に当てる。

「やめて!!」

思わず叫ぶ海。と、その脳裏に先程龍の告げた言葉が思い出される。

「心の強さ・・・」
「しかし馬鹿だなー、この二人は。 仲間を助けるのに力を使うくらいなら、自分たちが逃げることに使えばいいのに。」

スティックを構えたまま二人の行動を批判する。

「馬鹿・・・ですって?」
「馬鹿と馬鹿といってなんの問題があるのかね?よければ教えてくれたまえー」
「・・・あやまりなさい」
「ん?何か言ったかね? もっと大きい声で、聞こえるように言いたまえー」

惚けてまた一体繰り出してくる。

「水のーー龍ーーー!」

水龍で撃破。続けて向かってきたものを剣を抜いて切り伏せる。
そしてそのまま戌子の首めがけて剣を振り

「あやまりなさい!」

戌子の頭上を通り過ぎさせる。

「ふむ、なぜかね?」
「私の友達を侮辱したわ!」
「友達?」
「そうよ!光と風は私の大切な『友達』で かけがいの無い『仲間』なのよ!侮辱するのは絶対に許さないわ!」

怒りを露に、凄まじい剣幕で戌子に詰め寄る。と背後から奇襲

「蒼い、竜巻ー!!」
「ああー、ボクの友人になんてことをー」
「友人?」
「そうとも、彼らはボクの大切な友人なのだよー」

そんなことを言う戌子に海は手を振り上げ、その頬を叩こうと振り下ろす。

「なんてね」

が、その手は戌子に当たることなく空を切った。

「なっ!」
「その友達を思う『心』、確かに戦士としての資格があるものと認めるよ。非礼を詫びる、許してくれたまえー」

驚く海をよそに、いつの間にか背後に回りこんだ戌子が頭を下げる。
と、同時に海の鎧に変化が生じる。見れば、光と風にも同様の変化が起こっていた。
鎧が形を失い、剣の鍔についたレリーフが割れ、中から宝玉を囲む龍のレリーフが現れ鍔自体の形状も変わる。光の剣も鍔の形状が変わり、風の剣は一回り大きくなった。

「鎧が・・・それに剣も・・・え?」

驚く海の目の前に、あの龍が眩い輝きと共に姿を変え、青い甲冑のような姿になるのが見えた。
その輝きに光と風も何事も無かったかのように目覚め、その青い甲冑を目にした。

「あれが、『魔神』・・・」

しばし呆然とその光景を見ていたが、すぐにそれは海の鎧の胸にある宝石に吸い込まれて消えた。

「え?え? 今の龍で、鎧になって」
「『魔神』の力って鎧だったんですね」

二人の声にハッと我に帰り振り返る。

「大丈夫?光!風!」

そしてケガ一つ無い仲間の姿に喜び、手をつないで飛び跳ねる。

「うんうん、仲良きことは良きことだよー」

その様子を見ながら、戌子がしみじみと頷く。
一瞬、地面に紫電が走り、戌子の両手に数枚のメダルが集まる。それをカッパのポケットに入れ、ベスパに跨る。

「キミ、合格」

それだけ言って何処へと走り去っていった。


獅子堂戌子による“開放試練、第一段階”
対象、龍咲海。
――達成。








二日目

ビル風がやけに強く吹いたこの日、風は一人で町を見回っていた。
市民の避難は完了したとはいえ、万が一残っていた人が居ないかを調べるためだ。
光と海も同様にそれぞれの分担する範囲を周っている。

「この辺りには居ないようですね。よかった」

自分の調べていた範囲に逃げ遅れた人の姿は無かった。
その事に安堵し、光たちと合流すべく来た道を引き返し始める。

「! 気のせい・・・ですか?」

気配を感じて振り返るもそこには誰も居ない。
しかし

見られている――

ただの幻覚とは思えない、全身を突き刺すような視線を感じる。息が詰まりそうな緊張感は、錯覚などではない。
気がつくと小走りになっていた。一刻も早くこの場を離れたい、そんな思いが思考を支配する。
ビルの角を曲がり開けた場所へ出る、と。

「やあ、昨日ぶりだね、鳳凰寺風」

昨日の少女―獅子堂戌子が居た。
ゴーグルを装着し、カッパの表面を紫電が迸る。なにより寒気がするようなこの気配は

「・・・あなたですか? 私を見ていらしたのは」

先程感じたあの視線と同じだった。
自然と警戒した口調になる。

「キミもそろそろだと思ったのでね。しばらく見させてもらっていたのだよー」

そんな風に対し、お気楽な口調で戌子が答える。
そろそろとは・・・と考えた風の頭に昨日の海の様子が浮かぶ。

「魔神」の力の覚醒。

それに気づいた風を見て、戌子は笑みを浮かべる。

「!っ・・・」

身構える。
昨日の一件で自身の力は増した。だがそれでも目の前の戌子に勝てる気がしない。それほどまでの実力差を感じてならない。
人よりもおっとりした風ですら警戒心が沸く。それほどまでに戌子は異常だった。

「どうしたのだねー?」

不思議そうな顔で近づいてくる戌子。
その瞬間

「碧の疾風!」
「おおっ!?」

魔法で戌子の視界を塞ぎ、その反対方向へと一目散に駆け出す。
今はまだ勝てない、だが自身の持つ「魔神」の力が目覚めれば・・・そう考えての行動だった。
表通りに出て近くのビルの中に駆け込む。
しばし息を整え、そっと窓から外の様子を伺う。避難を終え、無人となった町は静まり返っていた。
ほっと胸をなでおろしたのも、つかの間だった。

「人を見るなり逃げ出すとは失礼だね、キミー。少しはボクの話を聞きたまえー」

声は頭の上からした。
風は頭上を見上げ、目を丸くした。

「ふふふ、キミが今、何を思っているのか――聡明なボクには手に取るように分かっているよ」

天井から、さきほど振り切ったと思っていた戌子がぶら下がっていた。
いや、ぶら下がっていたという表現は正しくない。正確には上下逆さまに、天井に両足をついて“立って”いた。

「逆さまになっているのに、どうしてボクのスカートがめくれていないのか疑問に思っているね? ふふ、これには仕掛けがあってだね、実はこのスカートが――って・・・」

戌子が話し始めた途端、風は踵を返して駆け出していた。

「あ、コラ!まだ解説が済んでいないのだよー!」

背中に戌子の声を浴びつつ風は走った。
ビルを出て角を曲がり、駅前の広場を目指す。事前に集合場所として三人で決めた場所だ。
だが広場まであと少しといった所で一つ角を曲がると、砂地になった地面をゴロゴロと転がるカッパ姿が待ち構えていた。
風の姿に気づくと、戌子がムクリと身体を起こして赤面する。

「こ、こらー。砂鉄を全身に浴びて、『怪獣カビゴン!』といって驚かそうとしたのに。ネタの仕込み中にやって来ないでくれたまえー」
「す、すみませんっ!」
「ああ、待ちたまえー。まだ持ちギャグは他にも――」

気が付けば逃げていた。
それが何故かは風自身にも分からない。ただ何かが自分の内側へと入って来るような、漠然とした不安感を覚えるのだ。
来た道を引き返し戌子を避けて広場へと走る。

「はっ、はっ、はっ・・・」

息を乱しながら広場の中に駆け込む。
呼吸を整え周りを見渡す。

「光さん、海さん・・・」

光と海はまだ来ていないようだ。
もう一度辺りを見回し戌子の姿を探す。
見当たらない。どうやら逃げ切ることができたようだ。
安堵する風。そこに

「!」

自身を取り囲むように旋風が巻き起こり、一瞬視界が途切れる。
再び目を開けると、穏やかな風に包まれた淡い碧色の空間に四枚の羽を持った巨鳥が佇んでいた。

「・・・鳥・・・・・四枚の羽を持った・・・鳥・・・・・これが、私の『魔神』・・・」

コッ

「! 光さん、海さん」

足音がして碧の世界が消え、代わりに光と海が広場に入ってきた。
風は自分の『魔神』が見えたことを話そうと二人に近づく、と

「私にも『魔神』が・・[ザンッ]・・きゃああ!」

いきなり海が斬りかかって来た。肩の辺りを斬られ鮮血が舞う。

「う・・海さん・・・なぜ・・・光さん!?」

斬りつけてきた海に問いかけ、同じように光にも聞く。
だが光もまた手にした剣で風に斬りかかって来る。飛びのいて距離を取り、二人の様子を伺う。
うつろな瞳には意思の光は見えず、更には時折体に紫電が走る。

「これは・・・」
「誘流メグマ祈呪術。いわゆる毒電波と呼ばれる精神干渉だよ。まぁ、ボクの能力で模倣したモドキに過ぎないが、効果は本式にも負けてないようだねー」

いきなり後ろから声がした。
振り返ると先程転がっていたカッパ姿の戌子が立っていた。その足元からは紫電が流れ出し、地面を伝って2人へと流れていく。

「これはあなたがっ? なぜこんな事を!?」

激しい口調で問いかける。
しかし戌子は口元に笑みを浮かべたまま

「なぜ? そんな事は決まっているじゃないか。キミの力を引き出すためだよ。では、続きといこうか」

暢気な声で答え、片腕を振り上げる。
と同時に光と海が風に向かって切りかかってくる。

「光さん! 海さん!」

攻撃をかわしながら必死に呼びかけるが、その声は届かないようで、二人とも躊躇い無く剣を振り下ろしてくる。
風も剣を出し、攻撃を受け止める。
そうして剣戟を受け続けていると、不意に頭の中に先程の鳥の姿が浮かび告げる。
『我をまとうに相応しい「心」を示せ』と

その言葉に風は目を閉じて意識を集中し、剣を地面へと突き立て

「戒めの、風ーー!!」

風の両腕のそれぞれを起点に旋風が巻き起こり、光と海に絡み付いて動きを封じた。
それを見届けると同時に飛び上がり、戌子の眼前に剣を突きつけ・・・

ガキンッ!

・・ようとして戌子のホッケースティックに阻まれた。

「むふー。なるほど、キミにはそういった魔法があったのか」

感心したように呟くと、風を押し返して距離を取る。

「では、これならどうかね?」

言うが早いか、戌子の足元から紫電が迸り、光たちと同じように地面から風へと流れ込む。
咄嗟のことで反応できなかったため、風の体の表面に紫電が迸った。

「くっ、うぅ・・・(意識が・・遠くなっていく。体が、勝手に・・)」

フラフラと拘束された光たちの下へと歩み寄り、大きく剣を振りかぶる。
薄れ行く意識の中、なんとかして止めようとするも体は言うことを聞かず、戌子が手を振り下ろすと、そのまま光たちを斬りつけてしまう。

(光・・さん、海さ・・ん! 目を・・・覚まして! このままじゃ、本当に・・・あなた達に大怪我を・・)

斬りつけるたびに心が悲鳴を上げる。
消え入りそうな意識に、言うことを聞かない体に。

(いえ・・・殺してしまうかもしれませ・・・)
「ふむー。どうしたというのだね鳳凰寺風? さっき二人を束縛した時の気迫はどこへいったのかねー?」

そんな心情を察したのか、戌子が声のトーンを落とした。
暢気ではあるが殺気立ったその声色には、諦めそうになった風への疑問と不満の色が浮かんでいた。

「突然のことでパニックを起こしたのかね? いやその割には意識があるように見えるよー。ふむー、それとも・・・」

視線を光と海の方に向け、もう一度風に視線を戻すと。

「そこの二人はキミにとってその程度の価値しかない、ということなのかな?」

この言葉を聞いた瞬間、風の中でこれまで三人で戦ってきた記憶が駆け抜けた。
けっして長い付き合いでは無いが、それでも共に戦い、苦難を乗り越えてきた大切な仲間であった。
その思いがキッカケとなり、自分の心に入ってくる波動を押し退けて、意識がハッキリと目覚めていく。
そしてそれは目に見える範囲にも現れ、足元に生じた風の流れが紫電を追いやっていく。

「むふー」

その光景に戌子は満足げに息を吐く。

「碧の・・・・疾風ーー!!」

吹き荒れる強風が非実体であるはずの電波を吹き飛ばす。その風は「心」の力の具現ゆえに。

「光さんも海さんも、私の大切な仲間です! 私の全ての力、「命」をかけて助けたいと思っています! あなたが二人を傷付けようと言うのなら、私は戦います!」

吹き荒れる強風の中で風が叫ぶ。例え圧倒的な実力差があったとしても、負けることが分かっていても、と。
カリッ。と口に咥えた飴玉を音を立てる。

「ふむー、なるほど」

戌子が笑み、風をピッと指差す。

「合格だ、風」

嬉しそうな声で風に告げる。
すでに殺気も得体の知れない雰囲気も消えていた。

「強烈な意志で自我を保ち、自らの領域をもって相手の領域を掃う。 これができれば精神攻撃など通じはしない。 この感覚を他の二人にも教えておいてくれたまえー」
「え?あ、はい・・・!」

戌子の言葉に肯くと同時に、海の時と同じように鎧と剣が変化し始める。
鎧は今までの硬質感な物ではなく、布のように軽く柔らかな物へと変わり、風の剣は更に長く、海の剣は鍔の龍が起き上がり形自体も少し変わり、光の剣は鍔が大型化し何かの顔を思わせる形状になった。
そして最後に、あの4枚の羽を持った鳥が形を変え、どこか神官服を思わせる鎧へと変わり、すぐに胸の宝石へと吸い込まれて消えた。

「鳳凰寺風、キミにも戦士の資格があることを認めよう。だがまだ至るには早い」

そう言って戌子は踵を返した。

「待って下さい! あなたは何者なんですか?」

その背に向かって風は問う。

「ボクはスカウトだよ。キミやボクの持つ力が何なのか。それをもって何を成すべきか。それを教えるためにボクは来た」

マフラーを翻して振り返り、戌子はそう答えた。

「ん?」

その直後、いつの間にか旋風から開放され、壁に寄りかかっていた二人が気付く。

「風ちゃん大丈夫!?」
「そうだ! いきなりあのカッパ女が現れて・・「カッパ女ではない、獅子堂戌子サマと呼びたまえー」・・って」

海が自分の声を遮った相手を見て固まり、光もその姿を見て風を庇うように前に立つ。
その様子を見た戌子が笑み

「では諸君、また会おう!」

ブンッ、という空気を切り裂く音を立て、その場から姿を消した。


“開放試練、第二段階”
対象、鳳凰寺風。
――達成








三日目

とあるビルの屋上、硬いアスファルトの上に寝そべった戌子は、燦々と降り注ぐ日光を全身に浴びていた。
傍らに立てたホッケースティックにかけたカッパが、風に吹かれて微かに揺れている。

「拒否するよー」

左手でコンビニで買った(しっかりレジを使って“支払った”)烏龍茶のペットボトルを弄りながら、右手で携帯電話を掴んだ状態で、戌子は緊張感の欠片も無い声を上げる。

「今すぐそっちと合流しろだなんて、冗談じゃないよー。ボクにはまだここでやることが残っているのだ。大体ボクはキミの指揮下にあるわけじゃないのだから、そんな命令を聞く道理は無いよ」

口調に少しトゲがある。どうやら戌子は通話の相手が嫌いらしい。

「何と言われようと拒否するよー。まだ飴玉には余裕があるし、このまま他の組織に行く事だってできる。どうしてもと言うのなら力ずくで来たまえー。じゃ」

そういって通話を終了する。
起き上がり、ペットボトルの中身を飲み干し、カッパに袖を通してホッケースティックを背負う。

「さて、行くとするか。待っていたまえ、獅堂光」

その言葉を残し、戌子はその場から姿を消した。






「炎の、矢ーーー!!」

光の手から放たれた炎がゴルゴムの怪人を瞬く間に焼き尽くす。
一昨日と昨日とで桁違いに上昇した自身の力。
今まで苦戦が多かったものが、今では僅かにだが加減が必要なほど強くなっている。

(凄い力だ。 今でこれなら『魔神』の力を得たらどれほどの強さになるんだろう?)

力の強大さに驚きながら、その更に先があることに微かな不安を覚える。
今でも十分すぎるのに、これ以上強くなったらどうなってしまうのか、と。

「ええい!」

剣を振るい、雑念と目の前の敵を退ける。
今は戦いに集中しなくては・・・そう思い直し、続けざまに炎の矢を放つ。
文字通り矢のように進む炎が、比較的密集していた敵の大部分を焼く。
と、その炎が突如勢いを増し、あたり一面を炎の壁で包み込む。

「なっ!?」

突然の出来事に驚く光。
その間にも炎は広がり、最終的には視界に入る全てが炎という状態になった。

「これは、一体・・・!」

そして気付く。その存在を。
燃え盛る炎の中で、ひときわ強く燃える炎。

「何か居る・・・これは・・・」

その炎に近づいた瞬間、炎は一つの形を成した。
紅の瞳。燃えるたてがみ。額に一本角が生えた、獅子にも狼にも見える獣。
姿を見た瞬間、光の全てがそれを認識した。

「お前が、私の『魔神』・・・」

その獣に触れようと手を伸ばした刹那。

「その通りだよ、獅堂光」

すぐ傍の炎が弾け、そこからカッパ姿の戌子が現れた。
その背後には炎の出す光明を反射してキラキラと輝く蝶々の輪郭。もしこの場に虫に詳しいものが居れば、それがアサギマダラであることが分かっただろう。
迸る紫電と不可視の力が周囲の炎に干渉し、浸食していく。
そうして退けられた炎の隙間から見えたのは。

「っ! 海ちゃん!! 風ちゃん!!」

地面に突き刺さった無数の鉄骨によって身動きを封じられた二人の姿だった。
どちらも負傷し、気を失っている。

「海ちゃんたちを放せ! どうしてこんな事するんだ!?」

叫ぶ光の姿を見て戌子は微かに笑んだ。

「いやなに、キミが三人の中で一番強くなりそうだと思ったのでね。この二人を消して、その分空いた時間をキミの訓練に当てようと思ったのだよ」

何でもないように戌子は言った。
そしてその口に笑みを浮かべ

「キミは最強の戦士になる素質がある。 ボクの直接指導を受けられるのだ、光栄に思いたまえー」

その言葉を聴いた瞬間、光の思考が一気に弾けた。

「ふざけるな! 海ちゃんや風ちゃんを犠牲にしてまで、私は強くなんかなりたくない!」

敢然と言い返し、怒りの視線で戌子を射る。

「ふむー、なるほど、キミの意見はわかった」
「じゃあ!」
「しかし」

背中からスティックを抜き、先端を光に向ける。

「それでボクが二人を放すかどうかは別問題だ。 ボクはキミに最強の戦士になってもらなくてはならないのでね。 どうしても二人を助けたいのなら、このボクを倒してみたまえー」

言い終わった瞬間、戌子の姿がその場から消えた。

「なっ!?」
「遅い!」

刹那、背後から強襲。
振り返った光に目掛けてスティックで一撃。

「くっ」

身を捻り、なんとかかわす。
空を切った一太刀が地面と接触

ドゴッ!!

「!!」

スティックが当たった部分が大きく陥没し、小型のクレーターのようになる。

(なんて重い一撃だ。 どこにこんな力が・・・)
「む、キミは今、ボクが馬鹿力だと思っただろう。 違うぞー、ボクの能力は怪力などではない。」

光の考えを読んだかのように戌子が抗議する。
その声がした方向に振り向き、目を見開く。

「これがボクの力だ」

紫電をまとった戌子が街灯の柱に垂直に立っていた。
あまりにも当然のように立っているため、自分の方が横向きになっているような錯覚を覚える。いつの間に、そしてどうやって立っているのか。
と、地面から何かが戌子の背後にいる蝶へと集まっていくのが見えた。主に砂地から舞い上がるキラキラと輝くそれの正体は・・・

「(砂鉄? だとしたら)・・・磁力?」
「正解。 やった分かったようだねー。 そう、ボクの能力は磁力・・・正確にはその操作だ」

この能力によって自らが磁力の塊になること、または磁性体の磁力を操作することで、己と金属を強力に引き合わせる。また時には反発させることも可能だ。
建物の骨格となっている鉄筋や地面の下の金属管など、金属に溢れた街は戌子にとって最高のフィールドである。
着ている雨ガッパは異常な磁場の中を移動する際に生じる放電現象から身を守るための装備の一つ。けっして戌子の趣味ではない。

「このスティックもハイスティール製だ。ちゃんと研いであるから切れ味も抜群。我ながら良い仕事してるよー」

そう言ってスティックで首を刈るような仕草をする。ほぼ直角に曲がった先端部の内側に、刃物特有の輝きが見て取れ、死神の鎌を思わせる。

(やるしか・・ないのか!)

剣を取り出し、構える。

「やはり交戦を選ぶかのか」

咥えている飴玉を動かし安定させると、片手でスティックを一振りし

「まぁ、ボクにそれを受ける気はないのだがねー」

刹那、その場から消える。

「な・・!」

姿を消した戌子に、一瞬逃げたのかと思いかけ・・・反射的に海たちの方を見た。
それは単なる勘。何の根拠も無い動作だったが、その目は見事に戌子の姿を捉えた。・・・今まさに風の首を刈ろうとスティックを振り上げる姿を。

「やめろーーー!!」

必死に伸ばした手から炎が迸る。
「矢」の形になっていない、ただの炎。 しかしそれは戌子の眼前を横切り、その行動を一時的に食い止める事に成功した。
その隙を突いて光は二人の前に立つ。

「どういうつもりだ!? 二人を狙うなんて!」
「どういうつもりも何も、ボクはこの二人を消したいのだと初めに言ったじゃないか。 キミはそれを阻止するためにボクを倒さなければならない。 なら今の状況のどこに問題があるのかね? もしあると言うのなら教えてくれたまえー」

ぐっ、と言葉が詰まる。
戌子の言い分に間違いは無い。 戌子の目的は二人を消す事であり、光はそれを阻止するために戦う。
ゆえに戌子が二人を狙うのは当然と言える。

「そこを退きたまえ獅堂光。 ボクは早く二人を消して、キミに訓練を施さなければならないのだ」
「断る! 私は海ちゃんと風ちゃんと、三人で強くなっていきたいんだ!」

断固として動かないという光に戌子は嘆息する。

「そうか・・・ならば、その身をもって守ってみたまえー」

戌子のスティックに紫電が走り、閃く。

「かはっ・・!」

脇腹にスティックがめり込む。 刃のほうではなかったが、十分に勢いが付いた一撃は容赦なく光の体を苛む。

「早く退きたまえー。 ボクもいつまで手加減できるか分からないのだよー」
「いやだ・・・私・・は・・」

強情な光の意思を砕かんとするように、戌子はスティックを振るい続ける。
首を打たれて一瞬視界が白く染まる。腹を打たれて息が詰まる。足を打たれてバランスが崩れる。
それでも剣を地面に突き立て、決して倒れようとはしない。

「しつこいなーキミはー。 早く退きたまえー」
「くっ・・うっ・・」

イラついているのか徐々に攻撃が苛烈になっていく。

「退きたまえー、退きたまえー」
「い・・・や、だ。 絶た・・い・・守るん・・だ!」

狂気すら感じられる猛攻に晒されながらも光の瞳から意思の輝きは消えない。否、それどころか益々強くなっている。

「退きたまえー、退きたま[ガキンッ!]・・お?」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

光が剣を振り上げスティックを受け止めた。
受け止められたスティックが強度の差から軋む。 すぐに引かれ、再度振りかぶる。

ヴ・・!
ガァン!

足元に迫るスティックが剣で弾かれた。満身創痍のはずの光が、信じられない速さでスティックを弾いたのだ。
この事実に戌子の目が少し見開く。

「私は・・・私は絶対に退かない! 私は風ちゃんと海ちゃんと、三人で強くなっていくんだ! お前なんかに、二人の命を奪わせはしない!!」

瞬間、光が炎に包まれる。
防具を、服を燃やし尽くし、その炎が新たな鎧を構築する。

「おお・・・」

バックステップで距離を置きながら戌子は見た。その炎が海と風を拘束している鉄骨を吹き飛ばし、守るようにその周りを取り巻いていくのを。
そして光の背後に獅子を思わせる雄々しい鎧の姿が浮かぶのを。

「うわあああああああ!!!」

全霊を込めた叫びと共に駆け出す。

ジャキンッ!

剣の鍔が変形する。閉ざされた花弁が開くように、その威容を更に増すように。
同時に刀身が炎に包まれ、その威力を高めたのが見て取れる。

「おおー、これがキミの全力かー。ならばボク・・も・・!」

こちらに駆け出した光を見て、迎撃せんとスティックを構えかけ・・・固まる。
力が入らない。体が激しい虚脱感に襲われる。

「ちっ・・・」

その事実に対する舌打ち。その隙を突くように光の剣が振り下ろされた。
高熱の刃がスティックを溶断し、振り抜いた余波が戌子の体を木の葉のごとく吹き飛ばす。

「はっ、はっ、はっ、はっ・・・」

剣を振り抜いた姿勢のまま、しばらく肩で息をする。
だがまだ警戒を解かない。斬った時の感触が余りにも軽すぎた。そのため、まだ戌子は生きていると判断した。

「はぁ、はぁ・・・」

視線の先、大地に倒れる戌子。その手前には二つに分かれたスティック。疲労のせいか猛烈な勢いで吹き出した汗に視界が霞み、それだけしか確認できない。
深呼吸して呼吸を落ち着かせ、ゆっくりと戌子の傍に歩み寄る。と

「それで?これからどうするのだねー?」
「!!」

倒れたまま光を見上げ、カッパのポケットから取り出した飴を咥えながら問う。
よく見れば戌子の体は、剣の振り抜かれた跡だけ燃えて無くなったカッパ以外に特に外傷はない。

「咄嗟に後に飛んでかわしたのだよ。さすがに直撃はマズイのでね。まぁ、余波で飛ばされたのは予想外だったが・・・で、キミはどうするのだ?」
「え、どうって・・?」

聞き返す光を、真剣な顔で見据えると。

「ボクを殺す覚悟があるのかと聞いているのだー」

殺す?
そんなことは考えていなかった。 ただ戌子から二人を守りたい。その一心だった。

「やれやれ」

困惑する光の様子に嘆息し、そのまま体を起こす。

「―――ぎりぎり合格、といったところか。 どうやら力も覚醒したみたいだし」
「え?あ・・・」

戌子の言葉に光は自身の姿を見る。
戦う前の制服の上に防具という形ではなく、それ自体が一個の防具となっている。

「やっぱりキミは最強の戦士となる資格がある。実際に戦い、全力のキミを見てよく分かったよー」

感慨深げに呟くと、燃えて穴の開いたポケットからこぼれた棒付き飴を拾い出す。

「燃えてなくて良かった。これが無いとボクは大変なことになるのだよー」

その様子に先程までの狂気じみた気配は無い。
そんな姿に呆気にとられる光をよそに、戌子の言葉は続く。

「すまなかったね。ボクは怒り出すと止まらなくなるタチでね、危うく殺してしまうところだったよー」
「え? 殺すところだったって・・・そのつもりで攻撃してきたんじゃ・・・」
「そんなわけないだろー。ボクの任務はあくまでスカウトだ。その過程で実力を引き出す為に戦うことはあっても、殺したりなどするものかー。ついでに言うなら、あの二人を消すと言うのもウソだよ。キミに全力で戦ってもらうためのね」

矢継ぎ早に紡がれる言葉に目をぐるぐるさせながら、頭の中で一生懸命整理する。

「まぁ、ゆっくり考えたまえ。 お?」

突然戌子が視線を他所に向ける。つられて光もその方向を見ると。

「わぁ・・・」

海と風がそれぞれ水流と疾風に包まれ、光とは違う形の防具を身にまとっていく。
剣も形を変え、海の剣は鍔が翼を広げた龍のようになり、風の剣は身の丈を超えるほど長さになった。

「ん・・」
「あ・・」
「海ちゃん!風ちゃん!」

二人の元に駆け寄る光。

「光・・」
「光さん・・」

どこかボンヤリとした感じで、光を見つめる二人。
が、視界に戌子の姿を捉えた途端、急速に目が冴え、光を庇うように前に立つ。
その様子を見て戌子が笑む。

「ふふ、本当に友達思いだね、キミたちは。そして、それこそがキミたちの持つ最強の戦士となるための資質なのだろう。今日はもう何もしないから安心したまえー」

暢気な口調でそう言うと、まっ二つになったスティックを拾い、背を向ける。

「待ってくれ! 最強の戦士とか資質とか、どういう意味なんだ!?」

この場を去ろうとする戌子に、光は問い掛ける。
それを聞いた戌子は一度振り返ると

「明日、三人揃って東京タワーまで来たまえー。 そこで全てを話してあげよう」

そう言い残して昨日と同様、ブンッ!という音と共に姿を消した。

「東京タワー・・・」

この場から見えるその場所を見てそっと呟く。
殆ど廃墟と化した街でも、それは変わらずそこにあった。


“開放試練、第三段階”
対象、獅堂光。
――達成








最終日

昨日三人に東京タワーに来るようにと告げた戌子は、その天辺に立って静かに街を見下ろしていた。
いや、正確には“見て”はいない。その目は閉ざされている。
しかし戌子のまぶたの裏には眼下の街並みが拡がっている。ただし、実在の街並みとは違った形、サーモグラフィを通した映像に近い磁場の強弱で感じ取った光景。

「むふー、やはりボクの目に狂いは無かった。彼女達によって、この街に残っていた連中が次々と駆逐されていく」

磁場の乱れという形で知覚される光景を見て感嘆する。
この街のあちこちから感じられる巨大な磁場の乱れ。それがより大きな三つの磁場によって消されていく。

「さーて・・・」

目を開く。

「もうすぐキミ達は真に目覚める事ができる。だからもう少しだけ待っていてくれたまえー」

子供を諭すような優しい口調で戌子は目の前の存在―青い龍、四翼の鳥、炎の魔獣に話しかける。
その言葉を聞き終え、しばらく戌子の周りを回っていた三体が不意に姿を消す。

「来たようだねー」

そう呟くと同時に戌子はそこから飛び降りた。






行く手を遮る多くの敵を打ち倒し、三人は東京タワーの前へとたどり着いた。

「ここで良いのよね?」
「うん、でもどこに・・・」
「あ、光さん、海さん」

風がタワーの上の方を指差す。
二人もその方向を向いた瞬間・・・

「よく来たね、諸君」

戌子がふわりと地面に降り立った。
その対面に向き合うように、光が一歩進み出る。

「聞かせてくれ、なぜ私達に干渉してきたんだ。 お前は何者なんだ!」

力強い「未知」を「智」へと変えんとする問い。
その心に戌子は応える。

「後の問いから先に答えよう。ボクは今この街で戦闘を行っている勢力の一つ、HAに所属するエージェント。コードネーム“あさぎ”。「蟲憑き」と呼ばれる特殊型エヴァンジェリストだ」

その言葉に合わせて戌子の背後に砂鉄が集まり、一匹の大きなアサギマダラを形作った。

「ボクの任務はキミ達のような強力なエヴァンジェリストや能力者を発見し、スカウトする事。その際にその実力を最大限に引き出してやる事が、ボクがボク自身に課した命題なのだよ」

淡々とした口調で戌子は告げ、更に言葉を続ける。

「今までも何人かの戦士を見出し、鍛えてきたが、物になったのは極僅かだ。その僅かの中に入る可能性をキミ達は持っていた・・・最強の戦士となりえる資質をね」

「最強の戦士」この言葉には他とは違う重みがあった。同時に光たちを見る戌子の目は、羨望の色を帯びていた。
そんな戌子に、前に進み出た海が問う。

「あなたの言う最強の戦士って、どんなものなの? あなたに翻弄されてた私達になれるものなの?」

この三日間、三人は戌子の干渉に翻弄され続けた。海は戌子から強者の余裕というものを感じ、光と風もまた同じように感じていたため同意した。

「まず言えることは、キミ達は自分の実力を過小評価しているということだ。本気で真っ向勝負などしようものなら、ボクはキミ達に勝てない。現時点ではね」
「現時点では? なら、この先・・・」
「逆だ。キミ達はこの三日間で劇的に強くなったという意味だ。――ボクはもうこれ以上強くなれない。かつて最強の座に近づいたと夢想した時期はあったが、ボクはとうとう、そこに至る事はできなかった」

この発言に三人は驚いた。強者と感じていた戌子が、真摯な声で自分達のほうが強いと言ったのだ。
そして疑問も浮かぶ。

「なんで強くなれないなんて言うんだ? お前も私達と同い年くらいだろ。まだ先があるじゃないか。なのに・・・」
「ちょっと待ちたまえー! 誰が同い年だ、誰がー、ボクはこれでも17だぞー!」



「「「ええーーー!!!」」」
「どういう意味だー!!」

先ほどの話題を超える事実に三人は驚愕し、それに対して戌子が怒る。
童顔で小柄で声も高い戌子は、どう見ても中学生にしか見えない。カッパで隠れている分を考慮に入れても、スタイルも光と同レベルだ。

「・・・まぁ、実際よく言われる事だから流すが。ボクが強くなれないのは別の要因だ。ボクが最強の名を冠する事ができないのも、ね」

自分の背にいる蝶を眺め、咥えている飴玉の棒をつまみ、自嘲気味に笑う。
その様子がどこか痛々しく、それを聞く三人は黙って話を聞いている他なかった。

「そんなわけで、ボクは自分の手で「最強の戦士」を育てることにしたのだ。ボクの代わりに最強へと至り、いつの日か彼と・・・ボクが知りうる中で最強・・・いや、至強と呼べる強さを持った戦士と共に戦えるだけの力を持った戦士を生み出すために」

その言葉を発した時、戌子の表情は、自分のことでもないというのに誇らしげだった。だが少しだけ寂しげで、悔しげにも見えた。
先程、自分たちのほうが強いと言われたにも関わらず、依然戌子が強者であるという感じを拭えない三人は、この少女が手放しで認めるような人物に興味を持った。

「その戦士というのは一体・・・」
「秘密結社―今はもう只の組織か―バリスタスの幹部、『刀将』村正宗。アメリカHA本部の保有する戦力の大部分を、たった一人で、一振りの刀だけで壊滅させた男。彼のその強さを目の当たりにした瞬間、ボクは愕然としたよ。彼はボクの求めた『最強』の更に上に居たのだから」

戌子の発する言葉は、思いは、既に信仰に近いものになっているようだった。

「ボクが育てた中でも『最強』と言える戦士が何人か居る。立ちはだかる運命を悉く打ち砕き、未来を切り開いてきた事から【Destiny Breaker(運命破壊者)】の異名を持つ「ガンダムダブルエックス」や、ボクと違い蟲と一体化して戦う「融合型」の蟲憑きにして、全てを腐食させる力を持つ【月光蝶】こと「ターンエーガンダム」といった、君達はおろかHAさえも知らない強力な戦士達だ。彼らなら、あの至強の戦士に勝てないまでも、戦う事ができる。一線を退いてしまったボクと違ってね・・・」

悲しげにそう言うと、背中から二つに分かれてしまったホッケースティックを取り出す。

「まぁ彼と戦うかどうかは別にしても、今この時代で力を隠しながら生きるなど不可能なのだよ。いずれは発見され、利用されるか抹殺されるかするだろう。そうなる前にボクは力ある者を見つけ出し、生き残っていけるだけの力を授けてあげたいのだ。少なくとも、ボク以上の実力を有する者、生き残れる可能性を持つ者だけでもね」

戌子の体に紫電が走り始める。背後の蝶の輪郭が分断されたスティックの間に集まっていく。

「そしてボクはキミ達にその可能性を見出したのだ。――生き残れ、光、海、風。この美しくも残酷な世界で。」

ビシィ!

うっすらとしていた輪郭が固まり分断されていたスティックが一本に繋がる。
繋がったそれを数度回転させると、戌子の話に聞き入っていた光の眼前に突きつけた。

「!」
「最終試練だ。 これからボクは全力でキミたちに襲い掛かる」

ガリッと口の中の飴玉を噛み砕き、新しい飴玉を咥えなおす。
カッパの表面から、激しい放電現象が吹き荒れた。戌子の“領域”が拡大される。

「なに、心配は要らない。既にキミ達はボク以上の実力を持っているのだ、本気で戦えば勝てるだろう。だが侮るなよ、現役時には狂戦士と呼ばれたこともあるし、上位のロード相手にも引けを取ったことはない。下手に手加減などしようものなら、その首が刎ね飛ぶと思いたまえー」

紫電の塊と化した戌子の顔つきが、見る見るうちに歪んでいく。引力と斥力、二種類の磁場の影響を受け、充血した右の瞳と鉄分濃度が増した左の瞳の色が異なっていく。
一種の催眠状態となり、獣のように鋭くなった瞳が三人を捉えた。

「海ちゃん、風ちゃん」
「ええ」
「はい」

三人もまた剣を出す。同時にそれぞれの属性、炎、水、風が体を覆い、新たな防具をまとった姿へと変わった。
これまでの話を聞いて、不器用で分かりにくいまでも、戌子の気持ちと思いを感じられたが故に。

ここで引くという判断は、無い。

「っがああああぁあぁあああぁっ!」

戌子の方向と轟音は、ほぼ同時だった。
光の頭上へ瞬間移動した戌子の振り下ろしたスティックが、間一髪差し出された光の剣と衝突し、その足元を数センチ地面へと沈めた。

「ぐっ・・・おおおおおお!」

一瞬の均衡を経て、光が戌子を力ずくで押し返し、吹き飛ばした。
飛ばされた戌子は即座に体勢を立て直し

「水のーー龍ーーー!!」

横合いから迫ってきた水龍を持ち前の感知能力で回避し、逆にその首を刈り取って見せた。
そのまま返す刀で風の首を狙った一撃を繰り出す。

「させない!」

すかさず海が割って入り、剣でスティックを弾く。
だが、その弾かれた勢いを利用し頭上で一回転させ

「おおおおっっ!」

勢いよく地面に叩き付けた。

紫電が弾ける。

戌子を中心とした一帯が、激しい磁場の乱れによって空気ごと揺さぶられる。引き起こされた放電現象が当たりかまわず迸る。

「護りの・・風ーー!」

だがそれも咄嗟に出された風の障壁で防がれる。

「やあーー!」
「ええーーーい!」

障壁によって放電を防いだ光と海は、そのまま左右から斬りかかる。
切っ先が戌子に届く・・・と思われた瞬間。不意に戌子の姿が掻き消えた。

「!?」
「光!後!」
「はっ!」

海の言葉に急いで振り返ると、そこにはスティックを振り上げる戌子の姿。

「くっ・・うわっ!」

なんとか剣で受け止めたものの、その落雷のごとき衝撃に耐え切れず後方へと押しのけられる。

「ちぃ! このっ・・・紅い、稲妻ーー!」

押し退けられた体勢のまま、光の手から赤い雷光が迸る。
しかし

「そんなものが効くか、馬鹿者ーー!!」

戌子の放つ磁場によって、雷光は脇へと反れていった。

「ボクの力は磁力操作だと言ったはずだぞー、どうしてそんな無意味な行動・・・」
「じゃないわよ! 青い、竜巻ーー!!」
「なんとっ・・・」

驚愕の表情を浮かべたまま、背後からの不意打ちを喰らい、吹き飛ぶ。
その吹き飛んだ先には

「戒めの、風ーー!」
「なぁ!」

待ち構えていた風が、魔法で戌子を拘束する。
決まった。この瞬間、三人は勝利を確信しかけ・・・

「なめるなぁーーー!!!」

力ずくで拘束を跳ね除けた戌子の見て、その考えを改めた。
やはり強い。光も、海も、風も、戌子と出会ってからの三日間で信じられぬほど強くなった。それこそ心の中で自らの「力」に対して恐怖心を抱いたほどに。
だが、今この時、全力の戌子と戦って分かった。上には上がいる。
本人が何と言おうとも、自分たち三人と互角に渡り合ってみせる戌子は間違いなく強敵だ。そしてその戌子が認めた「最強の戦士」もまた存在し、それ以上の『至強の戦士』が存在するという。
これから先、そんな戦士達を相手にして勝てるのか?いや、それどころか戦えるのか?生き残れるのか?
・・・それに対する答えは既に、他ならぬ戌子によって出されている。

「自分以上の実力を有する」と。「生き残るだけの力を持つ可能性」を見出したと。
そして「生き残れ」と。

この戦いはその可能性を試すためのもの。それも戌子がその全身全霊を賭けての。それが理解できた。
ならば応えねばならない。自分たちにその可能性を見出した者に対し、それが間違いでは無いと。
証明しなければならない。この五体と心を持って。

改めて剣を構えなおし、戌子に相対する。光を中心に、風と海がその両隣に並ぶ。
迸る「力」。轟炎が、激流が、烈風が、眼前の敵を打ち倒せと荒れ狂う。

「「「行くぞ((わよ/ます))!!」」」
「来たまえー!!」

戌子もまた自分の“領域”を拡大し、全力でその力に対抗する。

決着の時。

「っがああああああっっ!」

戌子が吼える。
磁力の反発を利用しての加速、引き合う力による必中。渾身の力を込めた一撃が繰り出される。

「「「閃光の・・螺旋!!!」」」

三人の剣が組み合わされ、そこから三つの力が併せられた三重螺旋の閃光が迸る。

双撃・・・衝突。

均衡は一瞬。戌子の“領域”を三人の「力」が貫き、そのまま・・・スティックの先端を飲み込み、完全に消滅させた。
「刃」――攻撃部分の消失したスティックが空しく宙を切る。
間一髪だった。あと少し遅ければ三人の首は揃って地面に転がっていただろう。もし“目覚めて”いなかったならば。

「むふー、どうやら無事、覚醒できたようだねー」

大地を踏みしめ、体勢を立て直した戌子の目に映るのは、それぞれの『魔神』をまとった三人の姿。

龍咲 海=海神『セレス』
鳳凰寺風=空神『ウィンダム』
獅堂 光=炎神『レイアース』

自身の見出した「最強の戦士」達の姿を、戌子は満足げに眺め・・・倒れた。
驚き、駆け寄ってきた三人に、戌子は自身の戦士としての形、「蟲憑き」とは何かを話した。

「蟲憑き」・・・それは自分に寄生する「蟲」に己の夢を喰わせ、その代償に力を得る者達のこと。ここでいう夢とは自身の願った望み、生きていく為の精神力を指す。
そして不条理なことに、その大半が得た能力に体が付いていかず、やがては「夢」を食い尽くされて廃人になる運命にある。
戌子の場合、磁力を操作する力を使うがゆえに、大量の鉄分を摂取できる特性の飴玉を常時舐めていることで何とか体調を整えている。

また、「蟲」は取り憑いた瞬間から自我と完全に同化し、それが死ぬと自我もまた壊れ、「欠落者」と呼ばれる意思無き者になるという。


「もっとも、ボクが願った「夢」など、いくら喰われようと一向に構わないものなのだがねー」

そして語る、「蟲憑き」になる際に願ってしまった「夢」を。

「キッカケは、よくある話さ。強盗による一家惨殺事件というやつだ。幼い頃のボクは目の前で家族が引き裂かれる光景を見て、思わず願ってしまったのだよ」

――こんな酷いことをする人間など、一人残らず滅んでしまえ――と。
それは希望とは対極にある、負の属性をもつ夢。
決して叶わない――叶えてはいけない夢。

「そんなボクが何の因果でHA(人類同盟)なんて所に所属したのやら、今もって謎だよー」

体力が回復してきたのか口調が暢気を帯びてくる。

「だがそこでボクは戦ってきた。いつしか戦士として生きることしかできない人間になり、意思の赴くままに戦い続け、やがて減速し戦場に置いて行かれてしまった。後には何も残らなかったよー」

重たげに体を起こしながら自嘲する。

「そんなボクにこのスカウトの任務を与えてくれたのが、元日本支部長補佐の土師圭吾さんだった。残念なことに策略に長け、何度となく上を掻き乱したことで粛清されてしまったが、その後任がボクの任務を継続させてくれている」

ゆっくりと起き上がりながら話を続ける。

「最初は気が乗らなかったが、今はとても感謝しているよー。戦いしか無く、その戦いに置いて行かれたボクに、力に惑う戦士を導くことができることに気付かせてくれたのだから」

まだフラつく体に鞭打って立ち上がると、三人の姿を凝視すると

「ボクの戦士としての寿命は短かったが、その間に色々な事があった。本当に、色々・・・その中でボクが学んだ魔法の呪文がある。ボクは自分が育てた戦士に、必ずこの言葉を教えることにしている。よく聞きたまえ」

くるりと背中を向け、道路の向かいに見えるベスパに向かって足を踏み出す。

「“戦え”!」

ビクッと三人の体が震える。戌子の大声が辺りに響き渡った。

「戦え! 戦え! 戦え! 戦え! 戦え! 戦え! 戦え! 戦え! 戦え!」

歓喜の声だった。戦うことを至上の喜びとしている戦士の雄叫びが何度も繰り返される。
だがそれは、ともすると苦しみに悶える声にも聞こえた。 傷つけ、傷つけられる悲しみが込められ、勝利の喜びと敗北惨めさも含んでいる。
たった一つの言葉に、獅子堂戌子の戦いに満ちた人生が込められていた。
圧倒される三人を振り返り、戌子がバスパに乗る。

「楽しかろうと、悲しかろうと、辛かろうと、苦しかろうと、迷っていても、関係ないのだ。すべては戦うことによって解決できる。何をすればいいのか分からなければ戦え。戦える限り、戦え。戦えなくても戦え。戦いたくば、勝て。ボク達はすべてに勝つことができる。負けても、次に勝つことができるのだ」

確固たる意思を秘めた眼差しで、戌子は三人を見た。微笑し、ヘルメットをかぶる。

「ボクに教えられることは以上だ。もう一度言うが生き残ってくれ。キミ達が生きて戦い続けることが、ボクのやってきた事の証となるのだ。それと・・・」

ポケットから棒付き飴を取り出し、光に放る。

「もしキミ達がバリスタスと接触することがあったら、渡しといてくれたまえー。ボクがHAを追われたら、たぶんそこに所属することになるだろうから」

完全に元の調子を取り戻した戌子が笑いながら告げる。

「あ、そうそう。ボクは一応スカウトだが、上にはいつも戦って逃げられたと報告している。だから安心して、自分たちの心のままに戦ってくれたまえー。ではサラバだ、輝煌帝に連なる者たちよ」

言うだけ言って獅子堂戌子は去っていった。
最後に残していった「輝煌帝」の意味。後に三人はそれを身を持って知る事となるのだが・・・それはまた、別の話。


獅子堂戌子による“最終試練”
対象、魔法騎士。
――達成。








そして

「感じるぞ、感じるぞー。 ボクを呼ぶ声が、目覚めようとする強い意思をー」

今日も戌子は未来の「最強の戦士」を育てるべく、各地を飛び回っている。

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