十二天星AFTER・中

ごぼん・・・ごぽっ・・・

時折泡立つ透明なオレンジ色の液体を満たした巨大な水槽。その泡が上っていくのを彩乃は静かに見つめていた。
呆然としたような表情に僅かに畏敬の念を浮かべ、水槽の中の物体を眺め続ける。

  そこに眠るのは始祖。現代に連なる数多の組織の長。神と争いし竜

「! ウィルさんが来ましたね。では失礼します・・・大首領」

  ・・・その魂無き器

深く一礼してその場を後にする。
エレベーターの扉が閉まり、あとに残るのは不規則に泡立つ水槽だけ・・・





郊外の空地。疎らに草の生えた地面に倒れている2人の男。
一方は左腕が肘から下が無く、もう一方は口の端に血が付いている。

「あたたたた・・・」
「ぬうぅ・・・」

十二天星・第十二星将のアーツと、第八星将のレオン。

「えっと・・大丈夫ですかアーツさん、レオンさん。」

その二人の顔を心配そうに覗き込む神奈。
何しろ2人をこの状態にしたのは彼女だから・・・

「あー大丈夫、大丈夫、私もレオンもタフだから、なぁ。」
「うむ!・・・しかしちと堪えたぞ。」
「タフって、アーツさん腕・・・」

ビュルルルル!ギュチ!

アーツの腕の断面から触手が伸びて絡まり・硬化、あっという間に元通りになった。

「エドワ程ではないけど、結構再生能力には自信がある。だから心配無し!」

起き上がりつつ数回掌を開いたり閉じたりして調子を確かめながら言う。
レオンも大丈夫だという事を示すように、バックスプリングで起き上がる。

「ぬぅ、しかしどうなっとんのだ?いきなりキャノンまで撃てるようになってからに。」
「技のキレも良くなったし、まるで憑き物が落ちたような感じだったよ。」

不思議そうに神奈を見つめる二人。
一方の神奈は少し照れたような顔で自分の頭に手を置いて

「えへへへへへ。」

ニヤけていた。
その様子に目の前の二人は顔を見合わせ、ある可能性に行き着いた。

「まさか村正宗に頭撫でられたから、か?」
「何かの禁断症状になっているとは聞いていたが・・・撫でられる事に?」

こくん、と頷く神奈。その顔は歳相応・・・いや少し幼い感じでストレートに喜びを表していた。
もし尻尾があったら凄い勢いで振っていることだろう。飼い主に褒められた犬みたいに。

((マジかい!?))

再度顔を見合わせる2人だった。
その様子を見て、神奈が嬉しそうに語りだした。

「私にとって村正宗は「お兄ちゃん」なんです。いつもは素っ気無いけど、本当に困った時は助けてくれる。辛くなったり悲しくなったら優しく慰めて、励ましてくれる。それでいて甘え過ぎると突き放して叱ってくれる。甘いだけじゃない、本当の「優しさ」をくれる。
村正宗のナデナデは、そんな「優しさ」が一杯籠もってて、小さい頃から撫でられてきた私には、ホントに、禁断症状になるくらい気持ち良くて嬉しい事なんです。」

それを聞いて半信半疑だった2人も納得した。と言うか、しざるを得ない。
幸せそうに緩みきった神奈の顔にはそれだけの説得力があった。

「なるほど・・・それで長期間撫でられなかった事で今まで本調子が出ず」
「先刻、撫でられた事によって回復したと。そういう事もあるんだな・・・」

理解ある二人の星将によって、この件は完全に解明された。

「はい。それで・・・」
「彼の力になりたくて私達の技、「銃闘技」と・・・」
「「逆十字闘技」を身に付けようとしている。だろ?」

訓練前に聞いた修得の理由を先程の言葉と繋げて推理する。
正解だったらしく神奈も大きく頷いた。

「よし!ならばこれより総復習を兼ねた模擬戦を開始する!」
「今まで教えてきた技全てを使い、我々二人を圧倒して見せよ!」
「はい!」

気合を入れた声が木霊し、1対2という変則ながら実用的な模擬戦闘が開始された。

(全てはお兄ちゃん・・・村正宗の為に。)

戦士にして健気な妹、神奈の修練は続く。





煌びやかな結晶のような建物が立ち並び、大地は何かの基盤のように無数の配線が巡る町。
灰色の空の下、人影が全く見られないこの地を蹂躙する2つの巨大な影

「グワァァァァァ!!」
「ギャオオオオ!!」

咆哮する2体の姿は良く似ていた。頭頂部から鼻先へと伸びる鶏冠のような角、背中から突き出した棘、そして体の随所が機械化された青と赤の怪獣。
青い怪獣は冷凍波動を、赤い怪獣は炎をそれぞれ吐きながら町を破壊していく。
本来ならば何らかの攻撃がある筈なのだが・・・いや、つい先頃まで攻撃を受けていた。しかし町の中心にあった塔が青い怪獣の胸の機械部分から発せられた光の粒子を浴びた途端、塔の形状が変わり攻撃が来なくなった。
そして2匹の怪獣も、その塔だけは破壊せずに暴れている。


同時刻、某国で破壊活動を行っていたブレインロボットの一体が暴走を開始した。
空中の何も無い所に機関砲を発砲。更に足下にいる味方であるはずの戦術鬼を狙ったように踏み潰していく。

「ビビビーー!」

妙な電子音を発し、発砲を続けながらフラフラと行ったり来たりを繰り返す。まるで酔っ払いだ。
戦術鬼達の中には自分達を踏み潰そうとするブレインロボットに対し、破壊衝動の元に反撃している者も居る。が、如何せん大きさが違いすぎて直ぐに踏み潰される。
そのまま戦術鬼を追い立てるようにブレインロボットは市街地から離れていった。


その様子をモニターで眺めているのは第六星将のカルクス=ジェミニ。機械仕掛けの椅子に座し、その椅子と左半身の随所をコードで繋いでいる。
時折彼の左目の位置にある四角いモニターに写る線が上向きにたわみ、何となく笑ってるような感じになる。

(そうだ、往けメカブリザラー、メカフレムラー。)

右側の生身の目でモニターを、そして機械の左目で二匹の怪獣…メカブリザラーとメカフレムラー…の様子を見ている。
彼の左目が見ているのは現実の世界ではない。機械化によって異常な空間把握能力を得た右脳がイメージしたプログラム世界、コンピューターワールド。
彼はそこに自らの造り出した電脳怪獣を送り込み、その世界の書き換え及び破壊することが出来る。
それが彼の…人間的感情の大半を代償にして手に入れた…能力。
そして今2体が暴れているのは、モニターに移るブレインロボットのプログラム内。中心の塔はメインプログラムで、町はその他諸々のプログラムだ。

(よし、そのまま破壊を続け、市街地を離れさせたら自爆プログラムを起動。)

淡々と作業を続けるカルクス。
間も無く市街地を抜け海上に出たブレインロボットは、自爆プログラムの発動により爆発した。

「任務、完了。」

誰もいない部屋で一人、抑揚の無い声で任務の完遂を告げる。





夕方、オピウスが応接室に戻ってくると、村正宗はコオネに膝枕をしながら本を読んでいた。
読んでいるのは「新・鉄人計画」と題された本。

「面白イかね?」
「はい・・・しかし、前に見せてもらった「鉄人第二計画」もそうですけど、何故ここに日本の戦史研究室の企画書が?」

本から目を離し思い出したように訊ねる村正宗。
今読んでいる「新・鉄人計画」は、「黄金の混沌」の時代に活躍した鉄人28号の後継機に関する企画書。
当初は太陽エネルギーを動力とする初代に近いデザインだったが、途中で更に高出力な超電動システムが開発されたため、それに合わせて外観も一新した「FX型」に移行。飛行能力も別機体との合体により機動力を向上させる等、様々な提案が載っている。
創案は金田正太郎を中心とした戦史研究室に所属する者達で、本来なら戦史研究室に保管されているはずの書物。
それが何故ここにあるのか?

「カルクス君の趣味だ。彼は電脳世界…コンピューターのプログラム内に侵入し、その情報を自由に操作スる能力を持ってイル。
その能力デ我等の存在の隠蔽や情報収集などを行っていテ、偶に面白そうなデータを見つけるとコピーして持ってくるノダ。」
「あーなるほど、だから・・・」

部屋の隅にある本棚に視線を向ける。この本以外にも世界各国のメカやプログラム関連の資料が幾つか並んでいる。

「マぁ、大半が予算不足や必要性の問題で廃案になっタものダがね。」

そう言って村正宗の向かいの椅子に座り、幸せそうに眠るコオネと読書に戻った村正宗を交互に見る。
そして思案気に天井に視線をやり、数秒何か考え口を開いた。

「ちょっと質問して良いかね、村正宗クン。」
「何ですか?」

本をテーブルの上に置いて向き直る。
その目を見てオピウスはまた何事か考え、質問を口にする。

「君は何故そんなに撫でたがるんだ?」
「好きだから、です。髪の感触は元より、撫でられた反応を見るのも。」
「反応とな?」
「ビックリしてキョトンとした顔。恥ずかしそうに俯く仕草。はにかみながらも嬉しそうに撫でられる様子や、嬉しさを素直に表した笑顔を見ると本当に嬉しくなる。気の強い子が照れて真っ赤になりながら暴れて、でも段々大人しくなる様子も微笑ましい。それに・・・」

一旦言葉を止め、目を閉じる。
そして最上級の喜びを込めて言った。

「それに、俺が撫でてあげた事で、その子が本当に幸せな気持ちなるなら・・・これ以上の快楽はありません!ホントに」

村正宗、大いに語る。
その熱気で室温が数度上昇したのは見間違いでは無いだろう、と後にオピウスは語った。

「なるほど。蛇足で聞くが、どうしてそんなに撫でるのが上手いんだ?」
「キャリア(経験)です。」(0.5秒)

即答だった。

「最初に撫でたのが神奈で、あの時が3、4歳でしたから、大体14年ですね。撫でるのが好きになったのもそれ位・・・たしか泣いてる神奈を慰めるのに伯父さんから教わって、ですね。」
「ふんふん・・・」

先程の余韻が残ってる所為か、信じられないほど饒舌に喋る村正宗。
その言葉を相槌を打ちながら聞くオピウス。

「・・・泣いてる神奈を慰めようと撫でて、暫くして泣き止んだ神奈が撫でてる俺を見て・・・笑ったんです。その顔が頭に刷り込まれてて、泣いてる女の子とかを見たら撫でたくなるんです。泣き顔が笑顔に・・・幸せそうな顔に変わるのが見たくて」

そう言いながら自分の膝の上にあるコオネの頭を撫でる。

なで・・なで・・なで・・

「んー・・・」

心地良いのか寝顔に笑みが浮かぶ。その顔を見て村正宗も嬉しそうに撫で続けた。

「そうしているのを見ると神奈の言っていたことも納得できる。君は本当の「優しさ」を持っているのだね。自分より他者を思いやる事の出来る人間だ。」

その言葉に村正宗の手が止まる。そして表情を暗くした。

「俺は・・・優しくなんかありません。俺は殺人鬼やレイパーと同じで、自分のしたい事を好き勝手にやってるだけです。」

突然自分の行動を否定する村正宗。眉間に皺を寄せ、自らを嫌悪するように話し出す。

「さっきも言った通り、俺が女の子を撫でるのは、その子を幸せな気持ちにする為・・・それを感じる事で得られる自身の快楽の為。殺人鬼が人を殺し、レイパーが女性を強姦することで快楽を得るように・・・他人を幸せにする事が俺の快楽なんです。」

それの何処が悪いというのだろうか?少なくとも嫌悪するほどの事ではない。
村正宗は続ける。

「俺は「強い良心を持っている」という理由でムラマサムネ計画を任されました。けど俺はそれが信じられないんです。失うのが怖くて、思い通りに行かない事に憤り、快楽の為に自分の意に反する事を否定して、欲望のままに生きている筈なのに、そんな俺を周りは正しいと言う。無様にもがいてるだけなのに強いと言う。それが信・・・」
「そこまで」

それまで黙って聞いていたオピウスが言葉を遮り、村正宗の眼を見て諭すように話始めた。

「君の気持ちは良く分かった。その上で言おう。君は「いい人」だ。自分でも信じられないくらいの「いい人」だ。原因は分からないが、君は私やコオネに似ている。」
「似ている?」
「『モザイク(継ぎ接ぎ)』だ。それも「心」・・・自我と呼ばれる部分がね。君は何らかの原因で完全に「心」が壊れてしまっている。それを無理やり元通りにした所為で作り物のような…君の場合は呆れる程「いい人」の…「心」になったんだ。継ぎ跡が綺麗過ぎた所為で他の者には分からなかったのだろうが私の目は誤魔化せない。心当たりもある筈だ。」
「・・・・・・」

確かに心当たりがあった。幼い頃、無力な自分から這い上がるべく敢行した強制憑依。それにより自我が崩壊寸前まで行った事がある。
だが自分でも気付かぬ内に「心」は完全崩壊していたのだろう。オピウスが言った様に継ぎ跡が綺麗過ぎたために、彼を見出した悪の博士も気付かなかったのだ。

「故に君が己の正しさを信じられないのも無理はない。だがね・・・」

言葉を切り、村正宗の目を真っ直ぐに見据える。
その眼差しは第十三星将WILL=オピウスの物ではない。かつて天に座し、全ての生命を見守ってきた大天使、サリエルの物だ。
この世の何者よりも「魂」の在り様を知り、同時に「人間」の多様性に果て無き探求を挑む者。その目が村正宗の「心」を見据え・・・

「・・・君の「優しさ」を否定する理由にはならない。君は他者の幸いを快楽とする「心」を持っている。しかし君の「心」をそのように変えたのは他でもない君自身だ。君は「心」よりも深い場所…「魂」でそうなる事を望んだ。でなければ自らの「良心」を疑い、悩み苦しむ事など出来よう筈がない。それに・・・」

不意にオピウスが笑んだ。その事を不審に思いかけて

ちゅ

・・・唇に温かい感触が触れた。

「えへへへへ♪」

突然の事に呆然とする村正宗を見上げ、先程の感触の主であろう少女が膝の上で笑った。

「コオネは村正宗のこと、大好きだよ。」

そう言って村正宗の胸に顔を埋める。更に

なでなでなで

後ろから頭を撫でられ、ぽふっと柔らかい何かが後頭部を覆った。

「私も村正宗くんの優しいとこ、好きだよ。」

背もたれの後ろから抱え込むように手を回す彩乃。二人の温もりにようやく意識が戻る。

「コオネ・・・それに彩乃姉さんも、って何してんですか二人とも!!」
「むふふ〜♪」
「良いじゃないの〜、このくら〜い♪」

先程の緊迫した空気は何処へやら、顔を真っ赤にしてもがく村正宗。

その様子を見ながら、オピウスは笑んだままの顔でこう言った。

「村正宗くん、君は君が思っているほど大した奴じゃない。迷い、悩み、傷付きながら成長する、愚かしくも素晴らしい、ただの「人間」だ。」

その言葉を、前後の二人に戸惑いながらも、村正宗は「心」に深く刻み付けた。

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