<艦隊これくしょんZero「最終話・瀬乃内海(せのうちかい)海戦・後編(一部抜粋版)」>

刀を青眼に構え突撃しながら、三笠の心は凪いだ海のように、酷く静かだった。表情から生気の失せた、と言えるほどの。
(これで終われる。)
勝利目指し猛進する帝国旗艦戦姫に対し、三笠は勝利を考えてはいなかった。
帝国旗艦戦姫は、自分を倒して先に進み、建設中の鎮守府を破壊しなければならない。それに対して、自分は帝国旗艦戦姫をここで止めさえすればいいのだ。
即ち。
(差し違えさえすればいい)
自己の生存を放擲し確実に相手に致命傷を負わせることだけを考えればいい。相手の攻撃を食らいながら刀を全力で振ればいいだけ。生き残る事は考えなくていいのだ。
それは腕一本犠牲にしての勝利を狙う帝国旗艦戦姫より、更に捨て身で。いや。
(貴方にあげられるものはこの命まで。裁かれるべき私の命だけ。ごめんね。)
それは、捨て身を通り越した捨て鉢であった。
長く続いた戦い、艦霊が経験した戦いとは違う大苦戦、降り積もる犠牲。数多の死への罪悪感。
それ故に、三笠は認識していた。戦いが終わる時、己は裁かれ、死するべきであると。
それを戦いを通じて絆を結んだ戦姫にしてもらえるのであれば・・・
(なにも、ためらう理由は・・・?!)
接近しつつある、実時間ではごく短い時間。認識が加速し、時間の流れが鈍化する中。
己に対し戦姫が、それまでの戦意とは違う怒りの表情を浮かべた事に気づいた。不甲斐ないと罵るような、期待を裏切られたと失望するような。
それは、酷く三笠の心に衝撃を与えた。差し違えるつもりであるのを見抜かれたということであり、それが、勝率云々以外の所で、彼女を怒らせたということも。
そうだ。彼女はこの戦いに全てを賭けている。差し違えようとするのは、それは無意味だと語るに等しく。
艦娘を道具扱いしようとした政府上層部のように、彼女の、そして自分の尊厳を否定する悪行ではないか?それは。
思考に痛みが走ったのと同時。電信が着信する。
『三笠さん!僕が!いきます!今!貴方にここまで生かしてもらったんだからっ、絶対、今度は僕達が助けます!だから・・・死なないでっ!!』
漣の叫び声。生きていてくれという切なる祈り。彼女とその仲間を死に追いやるばかりであったと思い込んでいた。それなのに。
生き残らせてくれたと。生きてくれと願ってくれるのか。
不意に、ちらと脳裏に、記憶がよぎった。
自分を見上げる、片目に包帯を巻いた少女。彼女がこう言っていたのを。
『おれも、おおきくなったらかんむすになる!みかさおねえちゃんといっしょに、みんなをまもるんだ!』
(嗚呼。何て、愚かなんだろう、私は。)
戦いは終わらない。この戦いが終わっても、私が愛した仲間たちは生き続けるのだ。そして、鎮守府が本格稼働するのであれば、私の後輩たちが、また戦いに身を投じるのだ。
この身が重ねた不器用な試行錯誤の中にある、生き残るための力を。彼女たちに伝えずして、何の艦隊司令艦娘か。
生きねば。この悲しみの源にある愛が、真実であるというならば!
瞬間、三笠は覚醒した。決然、表情に生気が戻る。
気を見て取って、戦姫が笑った。怒気が去り、決戦の凛冽たる闘気に歓喜が混じる。
(ソレデコソ、私ノ三笠!!)
(失礼をした。行くよ、戦姫!決着をつける!)
差し違えさえすればいいと甘えていた頭脳が戦闘の為に全力駆動する。突進する戦姫の構えから意図を読み取る。冷ややかな感触がわずかに流れる。馬鹿正直に差し違えるつもりで突進していれば、腕を犠牲にするつもりでいた戦姫は、自分の腕をいわば変わり身にして体を回して突撃を回避、側面からの蹴撃で己を撃沈していただろう。
我ながら何たる未熟怠惰。そう思いながらも、生きるという思いを覚醒させた今の三笠は、波の先の僅かな飛沫さえも知覚する程に研ぎ澄まされていた。

天気晴朗なれど波高し。
波立ちぬ、いざ生きねやも。

爆音が二発。水音が一つ。
天を砲弾の如く舞う、美しき乙女の影に、響いて消えた。

そして。
「マタ・・・届カナカッタ、カ・・・見事、ダ、三笠。ヤハリオ前ニ、敗北ハ似合ワナイ」
三笠の肩越しに、青空と、届かなかった鎮守府が隠れる岬を一瞬見て。
吐息のかかる距離で、戦姫は、彼女がこの世で最も美しいと信じる艦娘の顔を見た。
捨て身にするつもりだった腕はそのままある。足もだ。だが、水面上にあおむけに倒れこんだ・・・深海棲艦、艦娘共通の霊力蒸気機関による浮上航行効果である・・・体は、徐々に沈んでいきつつある。
心臓と霊力蒸気機関が、完全に串刺しにされていた。霊力蒸気が失われ、最早砲塔旋回もかなわぬ。
「貴方が、不甲斐ないって、怒ってくれたから。そんなに敵に塩を送ったら、駄目だよ。私、貴方に勝たせてもらったようなものじゃない・・・」
深海棲艦の黒い血に塗れて、尚美しい三笠の美貌が、戦姫にぽろぽろと涙をこぼした。それは、艤装の大半を喪失した結果背中に負った火傷の苦痛ではなく、戦姫への哀惜から。
戦姫に覆いかぶさるようにともに「水面に倒れこんだ」三笠の姿勢、そして、爆発四散した砲塔が、彼女のとった行動を描写していた。
相互突進による立会の一瞬。低く跳躍しながら、限界以上の火薬を投入し、全ての砲身を後方に向けて発射。
三笠以後の時代の戦艦武蔵の砲撃は、発射前に甲板から水兵を退避させなければ、衝撃波で水兵を吹き飛ばし死傷せしめたという。
その砲撃衝撃波を、砲塔自体が爆散する程の火薬を一度に炸裂する事で再現し、自分自身を爆発の反動で水面上を「跳ね飛ばした」。
つまり早い話が、全ての大砲を後ろに向けて暴発させ、儀装自爆の反動を自分の背で受けることで自身が砲弾になったみたいに「跳んだ」のだ。
自らの大破を代償とした爆発的速度により一瞬で間合いを無視し、水面の抵抗を受けない為にジャンプして、弾道軌道で、「斜め上空から」戦姫に激突した。
その軌道で戦姫の槍めいた貫手と斧薙ぎの如き蹴撃の間合いの内側に飛び込んで、西洋剣術でいうところのハーフソードに近い、刀身を握っての抱き刺しに近い零距離刺突を三笠は行ったのだ。
斜め上から落下するので通常の突きの動作が巧く使えなかったが故・・・水平に剣を突けば落下しながらであると弾道次第では突きより振りおろしに近くなり、斜め下に無理に刀を突き出そうとすると体勢が歪になってコンピューターゲームならともかくうまく力が入らぬが故と、そもそも懐に飛び込んでの、相手の肘と膝の内側のラインで、相手の体を刀身が貫通していう間に打撃を食らわないため、短距離で目一杯の力を込めるにはのこ西洋剣術の技が良手で合ったが故の選択ではあったが。
叩き斬る西洋剣を鉄籠手で握っているからこそ技として確立した手法を強引に行った為に、いくら日本刀が引いて斬るものといえ激突の衝撃で掌は深く斬れていた。とはいえ、正直指がなくなる可能性も考えていただけに、それで済んで僥倖ではあった。
「アア・・・ソレデモ、悔シイ、ナア・・・マタ、届カナイ・・・置イテ・・・イカレル・・・?」
急速に、戦姫の瞳が霞んでゆく。その体が水底に進んでゆく。意識が混濁し、かつての戦艦としての記憶と今が入り混じる。
「置イテ、イカナイデ・・・提督(アミラル)、私ヲ、捨テナイデ・・・」
蘇るのは、前世の最後。負傷した提督は駆逐艦で脱出する為に、彼女を水兵ごと置き捨てたのだ。
それが、帝国旗艦戦姫の「必死」の根源。二度と見捨てられないために、過去を覆すために、勝利と武勲を追い続けた。届かなかった彼女の「東方征服(ウラジヴォストーク)」を。
ああ、そうだ。私たち艦娘には、提督が必要なのだ。
三笠は理解した。鉄であり、生身であり、兵器であり、少女である自分たちに必要なものを。支えてくれる人を。そして。
「私は。私の艦隊を率いていた。私も、提督・・・のようなものだ。」
三笠は戦姫をかき抱いた。波が服を濡らし、膚を洗う。
生き残ると誓った。艤装は大破し急速に浮力を失いつつある。一緒にいれば、諸共に沈んでしまうかもっしれない。けれど、ここで彼女をただ海に帰しては、本当にあまりに無意味過ぎて切ないではないか。
沈まない。この重みは抱きしめねばならぬものだから、これで沈んでなるものか、と、霊力を懸命にめぐらせながら。
「良く、やった。よく頑張ったな。提督は、お前の戦闘を称える。お前と戦えたことを、誇りに思う」
「・・・私は。」
命と心を伝えるように。魂を取り込んで、これからもともにあろうとするように。
抱きしめる三笠に、戦姫は最後に呟いた。人間の少女のような声で。
「貴方と出会えたことが・・・幸せだった。ありがとう。」
微笑んで、戦姫は目を閉じた。沈んでゆく。
抱きしめた三笠もまた、ゆっくりと水に包まれてゆく。漣は間に合うのか・・・間に合うと信じながら、三笠は・・・


戻る