<艦隊これくしょんZero「最終話・瀬乃内海(せのうちかい)海戦・前編(一部抜粋版)」>


くわっ、ずううん!
砲声が幾重にも響き渡り重なり合う。無数の水柱が、多島海狭しと群れ為し立ち上がる。
それらは、海面を激しくのたうち絡み合う二頭の竜の周囲に林立していた。
二頭の竜とは即ち、単縦陣を取り互いに丁字を取ろうと艦隊機動を繰り返す二つの艦隊おであった。
日乃本列島(ひのもとれっとう)の内海である瀬乃内海は狭く、通常であれば艦隊二つがこのように激しい機動戦を行う事は勿論出来はしない。
もつれ合う二つの艦隊は、即ち今この時、人類の命運を争う艦娘と深海棲艦の艦隊に他ならなかった。
そしてそれは、最終局面を迎えつつあった。
要塞軍港鬼姫の進撃を阻止するべく行われた狭渡島(さわたりじま)海戦。
辛うじて要塞軍港戦姫の撃滅には成功したが、艦娘艦隊はその戦いで危急との上層部判断で後退を禁じられた結果、松島型防護巡洋艦三姉妹と富士級前弩級戦艦娘・富士を元とする数多の艦娘が轟沈する大損害をこうむってしまっていた。
人類側に後は無かった。だが同時に、希望が遂に形を為そうとしていたのだ。
これまでは偶発的なディセンションか、研究段階で失敗可能性の高いサモン式召喚に頼っていた艦娘の生産。
その両方を高成功確率で継続的に行いうる、平行異世界の軍事施設の名を元に名づけられた新拠点、「呉鎮守府」が遂に稼動せんとしていたのだ。
それ故に、欧米一体を荒らしまわる第一次世界大戦型軍艦級とは別行動をしている、日清日露戦争型の深海棲艦側もこれを稼動させてしまえば逆転敗勢は明らか。
故にこそ、互いに全力を投入しての艦隊決戦が此処に現出することになったのだ。

「っ、射ってぇえええ!!」
「KIAAAAAAAA!」
矢継ぎ早な初瀬の射撃が、凄まじい制度で連続して敵深海棲艦に叩き込まれる。霊的に再構成された下瀬火薬の浄化の炎が、冥府の黒と死人の白の斑に色づいた深海棲艦の肌を舐めた。
数機の小型砲が火薬に着火されて爆発。通常なら小破〜中破級の損害だが、前夜に行われた駆逐艦・水雷艇隊の突撃よりに叩き込まれていた水雷で空いた穴が拡大した結果、互いの頭を抑えあう高速の単縦陣同士の戦いを繰り広げていたが故の一挙の儀装海水流入で転倒、沈没した。
カッ!
だが同時に、その周囲の深海棲艦の火線が、懸け網のように初瀬の周囲を埋め尽くした。砲火が瞬く。
怨怨と、深海の怨念が込められた黒色火薬の煙が巻き起こる。
「く・・・!」
「初瀬!」
被弾を覚悟して奥歯を噛む初瀬を、増速して単縦陣を僅かに崩して庇ったのは八島だ。元々、やや二列陣に近いほんの少し互い違いな変則的な単縦なのは、戦艦より遥かに小回りの聞く高機動な艦娘をしてこのような戦術機動を行わせるべく、リーダーの三笠が自ら考案したものだ。
ぐわぁん、ぐわらぁん、がぁあん!
両腕を、富士と違い薄い胸の前で組む。手甲と両肩にしつらえられた、富士と同じ艦隊一の分厚さの重装甲が砲弾を受け止める。
体を衝撃と鈍痛が打ち据える。僅かに八島は涙ぐんだが、それはかつてのような苦痛と恐怖によるものではない。
(富士ねえさん・・・!)
富士は、この何十倍もの砲撃を受けて沈んだのだ。自分達を生かすために、たった一人で旗艦戦姫直率艦隊に立ち向かったのだ。
それなのに、笑って沈んで言ったあの人の振り返った姿を。怯え竦み戦いに望む他の皆を理解できずにいた自分なんかを、守ってくれたあの人の愛を。守りたいというう心の強さを。
(富士ねえさん!)
初めて守りたいと思った、もう守れないあの人に貰ったこの心炎の熱さが涙を流させるのだ!
「続けてくれ、八島!俺と!一緒に!」
砲弾の切れ目を、初瀬が縫う。翻るポニーテール。連続して放たれる砲弾が、敵の砲撃を中断させる。
それは、初瀬が八島を信じて照準に集中したが故の高精度。そして、その砲撃は同時に八島に反撃体制を取らせるチャンスとなる。
かつては死に急ぎの初瀬と臆病者の八島として、艦隊一の不仲であった二人が、息をぴったりに合わせる。
富士に貰った八島の心の炎が、死にたがりの初瀬の心を溶かしたのだ。
(お前が、俺を!こんな俺を守ってくれるっていうなら!俺は全力でお前を撃つ者全てを撃つ!その為に・・・俺は生きる!)
入渠中のつかみ合い寸前の激しい問答。湯煙の中自分に覆いかぶさり、八島が零した涙を初瀬は一生忘れない。
「おうっ!っ射ぇーーーーっ!!」
初瀬の射撃を食らって煙を吹く敵に、体勢を立て直した八島の砲撃が追撃で炸裂する!よろめく敵主力戦艦!
「マダ、終ワリデハナイゾ、艦娘・・・!砲撃(アゴーン)!!」
しかし、速度差故に末尾から艦隊機動を補佐する帝爾級深海棲艦が、戦姫や彼女自身と違い知能の低い他の艦を統率して更なる追撃を加えてくる!
敵軍も巧みな艦隊機動と戦略で、未だに多数の主力艦を残しているのだ!
「アノ狙撃艦トイイ、足掻クモノデス!デスガ・・・我ラノ恨ミ、我ラノ本懐、邪魔ハサセナイ!」
激しい砲火が炸裂する!

「はぁああああっ!」
飛来する徹甲弾を、クルップ鋼から鍛え上げられた日本刀である三笠刀が空中で斬り落とす。
双竜の頭の一つ、艦娘艦隊三笠は、敵前衛の砲火集中を、装甲から削り出す事で儀装と同等の霊的加護を受けた刀と、艦娘になることで超常の膂力でブーストされた剣術で防ぎながら疾走する。
数艦を一度に相手取る武勇の艦娘の凛々しい顔には、己が未熟への痛切と、敵手への感嘆が複雑に渦を巻く。
(漣!春日!すまない、私の未熟無能を恨んでくれ・・・)
数の不利を補う為に、ゲリラじみた戦をせざるをする羽目に陥った。前夜に駆逐・水雷隊による先制夜襲を強行し、最大射程を持つ春日による狙撃での霍乱を実施した。
・・・それが、彼女達の未帰還可能性の高い任務であっても。それによって、敵にそれより遥かに大きな打撃を与えうるが故に。彼女達の帰還報告は、未だ、無い。
(だけど、ここで、敵艦隊を生かして返すわけにはいかない!)
艦娘は人間なのか、兵器なのか。その狭間で引き裂かれてきた。自分達を兵器扱いしようとする者にも、超人扱いし超人なのだからと指揮権を少女に委ね責任を強いるものにも。心を切り裂かれてきた。
無論、彼女自身、この指揮が己の名で行われた失敗は己の罪である事柄であることは理解している。だがそれでも、成功は委ねたものの度量の結果、失敗は艦娘の罪と言われては、流石に心痛を覚えぬわけにはゆかぬ。
それでも戦うのは、仲間達の絆と、背負った罪のため。そして。
(鎮守府の為に・・・)
私たちを思い、支えてくれる人もいるから。
傷ついた片目を気丈にも抑えながら、戦い助けた自分達を見上げて、敬意を込めて微笑んでくれた民間人の幼女がいた。
自分達の儀装を精一杯整備し、更に続く戦娘達を送り出さねばならないことを嘆きながらも、艦娘技術を磨いてくれた青年技師がいた。
妖精を従え、祈りを込めて、自分達を癒してくれた巫女がいた。
石炭や鉄を食う身となった自分達艦娘に、それでもおいしく食べられる料理を編み出してくれた料理人がいた。
何より、私のようなディセンション型の艦娘にとっては艦娘になる前から暮らしていた、サモン型の艦にとっては、生まれて初めての日常を与えてくれた家族や友という民がいた。
「帝国、旗艦、戦姫っ!」(そして、強すぎるあの娘の為に!)
それに加えて・・・三笠にはもう一つ理由があった。
眼前で吼える自分と同じもう一振りの研ぎ澄まされたる刃、帝国旗艦戦姫を見る。
(なんて精密な砲撃!なんて緻密な訓練!なんて勝利への執念!他の深海棲艦にない、意思の力!)
彼女の率いる深海棲艦隊は、その錬度において異常なまでの進歩を遂げていた。既に、全艦か全艦がエリート級といっていレベルに達している。
かつて、深海棲艦となる前に砲撃訓練錬度の差で自分達が敗れたことを認識し、帝国旗艦戦姫が鍛え上げたのだ。
それはぎりぎり僅かに伝わってくる欧米の戦局ではありえないことだ。彼女たちほど自我の強く、故に克己する深海棲艦は他にない。
・・・全深海棲艦船が彼女達のようになれば、仮に鎮守府が稼動しても人類は終わりだ。
「帝国旗艦戦姫!貴方ほど、強い敵はない!貴方ほど・・・真っ直ぐな娘もない!」
だがその恐怖以上に。その、念入りに鍛造された槍の切っ先のような、強い剛い有り様に、いつし惹かれていた。
悩み惑い苦しむ、弱い己とは違うあり方。
それは否定しなければならない存在である。何より、多くの仲間達の仇でもあるのに。だが。
「貴方に、勝つ!背負った仲間の命の為にも、背負いきれなかった仲間の命の為にも!貴方に・・・負けるわけにはいかないんだっ!!」
最初は感情に振り回されて暴走していた。むしろ、要塞軍港鬼姫や極東級に操られているようだった。
だけれども、一戦ごとに急激に成長して。どんどん強くなって、賢くなって。その表情に凛々しさと猛々しさと誇りを増して。副官である帝爾を守って見せるまでになった。
そんな帝国旗艦戦姫の成長は、驚きであり、脅威であり・・・己もかくありたいという憧れだった。
だが同時に、彼女の強さは、彼女自身を蝕む怒りと恨みと劣等感と悩みと悲しみと苦しみに炙られた結果であることを知っている。だから、止めなければ・・・終わらせなければ!
憧れ、焦がれ、惹かれ・・・士道じみた愛を持って越えるべく、刃と砲が奔る!

「ウォオオオオオオッ!」
咆哮し、砲撃し、全力疾走しながら、帝国旗艦戦姫は戦闘の歓喜に歯を食いしばった笑顔を浮かべた。
「トーゴー、トーゴー、アア、トーゴーーーーッ!」
感嘆する、驚嘆する、感涙する。
沈む前と現在、混濁した記憶が矛盾に軋む。
その苦痛が、己の命を認識させる。今を生きているのだと、理解させる。
艦娘の山越え、戦艦を囮にしての水雷突撃、アウトレンジ戦法。
いずれも、あの時のトーゴーの戦術ではない。私たちの知らない戦術、後の時代に開発された戦術、艦娘でしか出来ないオリジナルの戦術。
あの眩い艦娘が独力で編み出したものだ。
「トーゴー・・・三笠!三笠ァアッ!蘇ッテ良カッタ、恨ンデ良カッタ、オ前ト会エテ、戦エテ良カッタ・・・!」
憎い。この私の復讐を、報仇を、汚名返上を、名誉挽回を、阻むその強さ。
愛おしい。この私の敵は。この私が挑む相手は。私が張り合う相手は。こんなにも強く、賢く、美しいぞと、誇らしい!
眩い。仲間を思い、仲間を庇い、仲間の喪失に涙するあの美は、怨霊である自分達には、あまりにも眩い!柄にも無く己もまた仲間を庇うようになった。憧れた。欲しい!手を伸ばす!あの輝きが、好きだ!愛してる!抱きしめたい!

「三笠ァアアアアアッ!」「戦姫ぃいいいいいっ!」

竜の双頭が、激しく噛みあう!


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